<古稀>古稀の壁と扉(なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから)   

2017年 12月 12日

<古稀>古稀の壁と扉(なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから。)


〔古稀〕(人生七十年生きる人は古くから稀 (まれ)である)
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〔古稀を抗うか受け入れるか!〕

〔定年退職者が居場所と孤独に戸惑うのは日本も米国も同じ
60歳からの「黄金の15年」をどう生きるか〕

【〔定年後~60歳からの「黄金の15年」をどう生きるか〕】
〔米国の男性定年退職者も大変〕
〔無気力になって一人ぼっちで過ごす日々〕
〔自分で人とのつながりを築かなければならない〕

【最高の人生の見つけ方】「大切なものは自分の足元にあるのだ」
〔やりたいことをやり尽くしてみると・・・〕
〔覚悟ができていない日本の男性定年退職者〕

【寂聴さん曰く「男はつくづく純情だと思います」】
〔なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから〕

〔褒めちぎるのがいい〕
〔褒められてひとは元気になる〕

―――――――――――――――――――――――
〔古稀〕(人生七十年生きる人は古くから稀 (まれ)である)
「人生七十古来稀なり」・唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)
(人生七十年生きる人は古くから稀(まれ)である)に由来している。
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唐の詩人杜甫

〔古稀を抗うか受け入れるか!〕→〔古稀〕の壁、扉

→「古稀を受け入れる」ことから、新たな人生(扉)が開く。
抗っていても、古稀の壁があるだけ。

(扉)を開けて、踏み出せば、(そこには踏み出すしかない)喜寿を信じて歩んで行く。
“ロードモデル”がない世代、自ら切り開いて行く。

〔定年退職者が居場所と孤独に戸惑うのは日本も米国も同じ
60歳からの「黄金の15年」をどう生きるか〕

DIAMONDOnline 2017.11.8
楠木 新[ビジネス書作家]
生命保険会社に勤務するかたわら、「働く意味」をテーマに執筆、講演などに取り組む。
12万部を超えるベストセラーになった『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『就職に勝つ!わが子を失敗させない「会社選び」』(ダイヤモンド社)など著書多数。近著に『定年後』(中公新書)がある。

【〔定年後~60歳からの「黄金の15年」をどう生きるか〕】
〔米国の男性定年退職者も大変〕
〔無気力になって一人ぼっちで過ごす日々〕
〔自分で人とのつながりを築かなければならない〕


【最高の人生の見つけ方】「大切なものは自分の足元にあるのだ」
〔やりたいことをやり尽くしてみると・・・〕

〔覚悟ができていない日本の男性定年退職者〕


「いつかは、その日が来る」。
それはだれもがわかっているが、近づかないとピンとこない。
いつまでも「この仕事」が続くかのように感じていても、それは、いずれ終わる。
60歳が定年だとすると、家族の扶養義務からも解放されて、かつ他人の介助も受けずに裁量をもって活動できる75歳位までは案外と長い。
それを「黄金の15年」にできるなら、人生の締めくくりとして素晴らしい。
では、その15年をどのように生きるか。
また、その時が来てから慌てないために、いつから、どんな備えをすればいいか。
書籍『定年後』(中公新書)の著者である楠木新氏が語る。

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③『定年後』

「定年後」の生活は、必ずしも事前に思い描いたようには運ばない。
試行錯誤をしながらも、最後に戻るところは、「誰かの役に立つこと」、「自らの家族のところに戻ること」。
2本の米国映画を題材に、あるべき定年後を考えてみよう。(ビジネス書作家 楠木 新)

〔米国の男性定年退職者も大変〕
 『アバウト・シュミット』(2002年制作)という米国映画をご存じだろうか。
名優ジャック・ニコルソンが演じる主人公シュミットが、保険会社の部長代理で定年退職日の終業を迎えるのがオープニングである。彼は60代半ばである。
 その夜、彼のハッピーリタイアメントを祝う会がレストランで盛大に行われる。
妻と一緒にメインの席に座り、昔からの友人や仕事の後任者からスピーチを受ける。
後任者は「いつでも会社に遊びに来てくれ」と言い、引き続き仕事の指導もお願いしたいと述べる。
 彼は妻と、今は離れて暮らす娘との三人家族で、仕事一筋だったまじめな男だ。
会社中心の生活リズムが染みついていたせいか退職後は手持ち無沙汰になる日々が続いた。
 家では部屋で横になってリモコンをパチパチしてチャンネルを変える姿がスクリーンに現れる。
これは日本でも米国でも変わらないようだ。
 退職後にシュミットが会社に立ち寄ると、「いつでも来てくれ」と言っていた後任者は忙しいからと嫌がる態度を見せる。
また自分が作成した引継ぎ書類がダンボール箱に入れられたまま放置されていることを知ってショックを受ける。

〔無気力になって一人ぼっちで過ごす日々〕
 退職して何もすることがなかったからか、彼はテレビコマーシャルでアフリカの子どもたちを援助するプログラムを知り、6歳の少年ンドゥグの養父になって彼に手紙を書くようになる。
 間もなくして妻が急死してしまう。
妻の手紙を整理していて彼女と親友が過去に不倫をしていたことを知り、親友に対して怒りをぶちまける。
その後、彼は家で一人ぼっちになって食事の片付けもせずに無気力な日々を過ごす。
 シュミット自身もこれではいけないと思い、
「人生は短い。無駄に過ごすわけにはいかない」
と自ら車を運転して旅に出る。
自分が生まれた土地や通った大学にも行ってみるが、
過去のいい思い出が蘇ることはなく、
逆に厳しい現実が次々とシュミットを襲う。

 さらに、一人娘の婚約相手の実家を訪ねてみると、
婚約者本人もその家族もどうみても彼にはまともにはみえない。
娘に結婚をやめるように諭すが全く耳を貸さない。
シュミットは結婚式で心にもないスピーチを終えると、
すぐにトイレにかけ込み、自らの怒りを鎮めるのがやっとだった。
 結婚式を終えて帰宅したシュミットは留守中に届いていたチャリティ団体からの手紙を見つける。
その中にンドゥグが描いた太陽の下で手をつなぐ人の絵があった。
それを見た彼は思わず涙を流してしまうのがラストシーンだ。
 この映画は、シュミットの日常の姿を淡々と描きながら、彼の戸惑いと孤独を見事に描いている。
ジャック・ニコルソンの演技力には舌を巻く。
日本ではここまでリアルに定年後を扱っている作品はないだろう。

〔自分で人とのつながりを築かなければならない〕
 最後の場面は感動的ではあるが、一人になったシュミットに対して新たな助け船は出ない。
自分自身で人とのつながりを築いていかなければならないことを暗示しており、後味にも厳しさが残る作品になっている。
 私は10年以上前にこの映画を見ていたが、自身が定年退職したうえで改めて鑑賞すると、すべての場面でシュミットと自分を置き換えてみることができた。

【最高の人生の見つけ方】「大切なものは自分の足元にあるのだ」
「最高の人生の見つけ方」
 面白いことに、偶然であろうが、名優ジャック・ニコルソンは別の映画で定年後に対処すべきヒントを示している。
 映画『最高の人生の見つけ方』(2007年制作)は、大金持ちの実業家(ジャック・ニコルソン)と、勤勉実直に生きてきた自動車修理工(モーガン・フリーマン)が、入院先の病院で知り合い、ともに余命6ヵ月であると宣告されるストーリーで、病室で意気投合した二人は、残された時間でやりたいことをすべてやりつくすために病院を脱出する。


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④ジャック・ニコルソン

〔やりたいことをやり尽くしてみると・・・〕

 二人は「やりたいことリスト(棺桶リスト)」を作成し、実にさまざまなことに挑戦する。
専用ジェット機をチャーターして、インドのタージマハル、エジプトのピラミッド、ヒマラヤ山脈などの世界旅行を楽しみ、高級料理を食べ歩き、レーシングカーで競争したり、スカイダイビングで空を舞ったりもする。
その中で二人は互いにかけがえのない友情を育む。
 ややもすると、陳腐な内容になりかねないストーリーであるが、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンという二人の名優のやり取りがリアリティーを出している。
 そして「やりたいことリスト」をやりつくした二人が地元に帰ってくると、実業家は今までうまくいっていなかった娘の自宅を訪問して、ぎこちないながらも孫とも時間を過ごす。
また「社会のために」と資産の寄付を申し出る。
家族思いだった自動車修理工は、以前と同様に温かい家族の元に戻る。
「大切なものは自分の足元にあるのだ」
 残りの人生をとにかく好きなことをやり尽くそうと世界中を巡り、いろいろ行動した2人であったが、最後に戻るところは、「誰かの役に立つこと」、「自らの家族のところに戻ること」だと示していた。
「大切なものは自分の足元にあるのだ」とこの映画は主張しているように私には思えたのである。
米国の定年後も、日本の定年後も「想定通りにはいかない」
 この二編の映画を見ていると、自立して個人で生きていくスタンスが強い米国の老人の方が、より大きな孤独に耐えなければならないのではないかと感じた。

〔覚悟ができていない日本の男性定年退職者〕
 一方で、妻や家族を頼りにしていて一人で生きていく覚悟ができていない日本の男性定年退職者は少なくない。
そして彼らは自分が介護や援助をしてもらうことを前提に考えている。
しかし必ずしもそうなるとは限らない。
 例えば、ある地域では親や配偶者の介護をしている人たちの定期的な会合があって、互いに有効な情報を交換したり、普段の苦しい思いを共有することによって精神的な負担の軽減を図っているそうだ。
その会合の世話役を担っている女性によると、参加者の3分の1は中高年の男性だそうだ。
配偶者との間に年齢差があっても、亡くなったり、病に倒れる順番は決まっているわけではない。
 定年退職者の男性が一人で親の面倒を見ている例や、定年を目前にして妻が若年性認知症を患い、片時も目を離せない状況になって介護に努めている男性の話を聞く機会があった。
「50歳の頃は、定年後は海外旅行にでも行こうと二人で話し合っていたのに、想定していなかった事態に陥った」と語っていた。
私のみならず話を聞いていた男性はみな、身につまされる思いだった。
 会合の世話役の女性に対して、「中高年の男性は、定年後を見据えてどう対応すればよいと思われますか?」と私が聞くと、「会社の仕事だけでなく地域の人ともつながりを持ち、最低限の家事ができること、普段から家族とのコミュニケーションをきちんと取っておくこと」という回答が返ってきた。
 米国でも日本でも、定年後に向けて準備することにはそれほど変わりはないようだ。
(ビジネス書作家 楠木 新)

【寂聴さん曰く「男はつくづく純情だと思います」】
〔なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから〕

〔褒めちぎるのがいい〕
〔褒められてひとは元気になる〕


寂聴さん曰く「男はつくづく純情だと思います」
『95歳まで生きるのは幸せですか?』瀬戸内寂聴さんに聞く
日経ビジネス編集部 2017年11月16日(木)
彼女の元には、いまも多くの迷える男女が法話を聞きに訪れます。
ところが、問題は「男のほう」でした。

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⑤迷える「男のほう」
 新刊『95歳まで生きるのは幸せですか?』では、ジャーナリストの池上彰さんと対談されました。
〔なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから〕
なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから。
そしていったん、うつになっちゃうとそこから逃げ出すのはとっても大変です。
 私も出家する直前、40代のころにうつになったことがあるんです。
そのとき診てくださったのが、古沢平作さんという日本の精神分析の権威の先生でした。
古沢先生はなんと戦前のウィーンであのフロイトに直接習った、フロイトのお弟子さんなんです。
古沢先生の、私は最後の患者さん。
その古沢先生のやり方がとってもユニークでした。
とにかく褒めるの、患者の私のことを。
うつになるってことは、自信を失っている。

〔褒めちぎるのがいい〕
だからひたすら一生懸命褒めてあげる。
ああ、あなたは着物の趣味がいいなあ。性格がいいなあ。
古沢先生は、徹底的に私のことを褒めてくださいました。
そうしたらね、治ったの、私のうつ。
褒められてひとは元気になる
褒めちぎるのがいい、と。
歯が浮くような台詞を並べて褒めても大丈夫。
そのくらい盛大に褒めるのが、うつには一番効くんです。
古沢先生に教わった「うつの人は褒めてあげよう」は、その後の私の人生の指針のひとつになりました。
いま、私のところには、法話を聞きにたくさんの人々が訪れます。
法話を聞きたい人には、人生がつらいって人がとても多い。
だから、私はそんな人たちのことを徹底的に褒めます。
お話をうかがって、とにかく褒めてあげる。
するとね、ちゃんと治るのよ。
いままで何人のうつを治したか数えきれないほどです。
どうやって褒めるんですか?
うつ状態のひとはとにかく自信を失っています。
その自信を取り戻すのが目的ですから、褒める内容はなんでもいいんです。あなたはとってもチャーミングよ、今日の洋服の色はとっても素敵だわ、いい声しているわよね。ほんとうにたわいもないことでいいから、そのひと自身の個性を褒めてあげる。
会うたびに褒めてあげる。
すると何度か顔を合わせるうちに、だんだん元気を取り戻してくるんです。
 「日経ビジネスオンライン」の読者でもある、中年以上の男性も褒められると元気になるんでしょうか?


私の法話を聞きにいらっしゃる方たちの中にも、うつっぽくなった中高年の男性、多いですから。
 そもそも、人間、歳をとったら、だいたいうつ状態になりやすくなります。
なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから。
そしていったん、うつになっちゃうとそこから逃げ出すのはとっても大変です。
もう定年で職場を去らないといけない。
でも、そのあとの人生の希望や展望が見えない。
僕はどうすればいいんだろう。

〔褒められてひとは元気になる〕
 褒めちぎるのがいい、と。
 歯が浮くような台詞を並べて褒めても大丈夫。
そのくらい盛大に褒めるのが、うつには一番効くんです。
古沢先生に教わった「うつの人は褒めてあげよう」は、その後の私の人生の指針のひとつになりました。
 いま、私のところには、法話を聞きにたくさんの人々が訪れます。
法話を聞きたい人には、人生がつらいって人がとても多い。
だから、私はそんな人たちのことを徹底的に褒めます。
お話をうかがって、とにかく褒めてあげる。
するとね、ちゃんと治るのよ。
いままで何人のうつを治したか数えきれないほどです。
 どうやって褒めるんですか?
 うつ状態のひとはとにかく自信を失っています。
その自信を取り戻すのが目的ですから、褒める内容はなんでもいいんです。あなたはとってもチャーミングよ、今日の洋服の色はとっても素敵だわ、いい声しているわよね。
ほんとうにたわいもないことでいいから、そのひと自身の個性を褒めてあげる。会うたびに褒めてあげる。すると何度か顔を合わせるうちに、だんだん元気を取り戻してくるんです。

『95歳まで生きるのは幸せですか?』(PHP研究所)


【平蔵の独り言】
〔古稀〕(人生七十年生きる人は古くから稀 (まれ)である)

【独り言】
〔古稀〕の知ると、抗うことも受け入れることも
同じことだと思う。
抗うことを受け入れて「一日一日を過ごす」

【平蔵の独り言】
〔定年退職者が居場所と孤独に戸惑うのは日本も米国も同じ
60歳からの「黄金の15年」をどう生きるか〕
【最高の人生の見つけ方】「大切なものは自分の足元にあるのだ」

【独り言】
「黄金の15年」ということは、現在“古稀”で10年は過ぎた。
まだ、抗う日々の気持ち「そうか、居場所と孤独か!」
喜寿まで 7年、受け入れれば・・・・・

【平蔵の独り言】
【寂聴さん曰く「男はつくづく純情だと思います」】
〔なぜかというと人生に面白いことがどんどんなくなるから〕

【独り言】
 面白いこと、感激することが経験的になくなってくるのか
“純情”???



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# by asanogawa-garou | 2017-12-12 16:27 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。   

2017年 10月 23日
【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。

『週刊新潮』2017/4/13号 から始まった大江舜さん(ジャーナリスト)の「団塊絶壁!」(最終回)

「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」
『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。


〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」


〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕

1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの
    東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕

「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。

〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

――――――――――――――――――――――――
「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」

『団塊の世代』
<一九六〇年代の「若者の反乱」は、戦後直後に生まれた人口の膨らみが通り過ぎる嵐であった。
かってハイティーンと呼ばれ、ヤングといわれた、
この「団塊の世代」は、過去においてそうであったように、
将来においても数数の流行と需要を作り、過当競争と過剰施設とを残しつつ、年老いていくことであろう>

まさにその“予言”は当たった。
われら団塊、正も負もたくさんの「遺産」を残し、老いさらばえようとしている。
でも、まだ終わったわけじゃない。
せめて、あと10年あると思いたい。
お楽しみはむしろこれからなのだ。
よろしいか……そう願いたいではないか。
お楽しみと言うには、いささか気が引けるが、日本列島は千年ぶりの「大地動乱期」に入ったと警鐘を鳴らす学者がいる。
東京オリンピックなどに浮かれていても、かつて寺田寅彦が喝破したごとく、天災は忘れた頃にやってくる。


『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。
作家・堺屋太一氏が1976年に小説『団塊の世代』を著して広まった造語。

共通の経験として、
①戦争とモノ不足を知らない、
②人生の最初から高度経済成長の中に育った、
③物心がついた頃にはテレビがあった、などが挙げられ、

「安全は至上の正義、暴力は絶対の悪と信じる」
「経済成長を当然と感じ、既存の体制と組織と習慣に全幅の信頼を置く」
「平等思想に染まっている」
などが共通の性格と捉えられている。

「団塊」とは鉱業の用語。
「堆積岩中に周囲と成分の異なる物質が丸みをもった塊となっている状態」を指す。

〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)

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①堺屋太一●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。
日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。
98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。


「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」
戦後は文民官僚によってベビーブーマーたちが「望ましき日本人」に育つよう設計図が引かれたということなのか。
「日本の戦後史をひもとくと、マッカーサーによる占領時代、その後の吉田茂内閣から佐藤栄作内閣までは政治主導だったが、田中角栄の時代になると、官僚丸投げとなります」

〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


ご自身も『日本列島改造論』の執筆者の一人だった堺屋氏は、戦後、官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つあるという。

「1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化です。
これは田中内閣が“新潟の人間だって、俺のように東京に来て成功できるようにしてやれ”と進めた施策。
だからこそ新幹線はすべて東京から伸びている。
これが首都圏への過度の人口集中を招き、地方との成長格差を助長した。
現在地方都市にみられるシャッター通りはその象徴です。


2つ目が流通の無言化。
かつては雑貨屋の前で店主と奥さんたちが話したりしたものですが、それだと生産性が落ちるので、スーパー、コンビニ、自動販売機など『無言の流通』が拡がった。
このため買い物は『楽しみ』から『仕事』になってしまった。

3つ目が職場単属人間化です。
親類や近所の人とも付き合わず、職場内の人間関係だけで生きる職場人間群の造出です」

都会に出て誰とも話さず、職場にこもって仕事する。
これじゃまるで出稼ぎロボットだ。

「4つ目が人生の規格化。
生まれてから死ぬまでの流れを官僚が決めてしまったのです。
“生まれたら早くから幼児教育を行い、小学校から大学まで浪人をせずストレートに進学し、卒業後はすぐに就職。
ニートになるのは不良だ。就職したら蓄財しろ、お金が溜まったら結婚し子供を作って、夫婦で子育てをしろ。
持ち家を早くローンで購入して、払い終わった頃には中高年。
年金を積んで子供に頼るな。
官僚に年金を払ってくれたら、頭のいい俺たちが上手に運用するからね、そして老後は老人だけで寂しく暮らせ”というものです。
こうした家庭にまで及んだ官僚主導の施策のため、結果として2世代、3世代で住む昔ながらの暮らし方は激減しました。
親と同居すると、嫁姑問題が起きて苦労するといったドラマを盛んに流して、老夫婦単独世帯化に拍車をかけました。
これは、現在の老老介護や孤独死問題につながっていきます。

5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。
この頃の小住宅が空き家になって問題化しているのはご存じの通りです」

これらを、人生の規格化は文部省、小住宅多部屋主義は建設省、流通無言化は通産省……と、各省庁が分担。
さらに官僚制度は終身雇用・年功序列・正社員優遇だから、社会の方もそれに準じさせたというから開いた口が塞がらない。

〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕
「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。
ただしこのエンジンは後押しをするばかりで肝心の方向舵がありません。
操縦席に座るのは、私たち、ひとつ前の世代の官僚です。
大きな力の方向性は私たち官僚と、私たち世代の企業家が決めていたわけです」

それゆえ団塊の世代には、世代的特徴として、自主性・創造性が希薄だという。
「正確に言えば、もちろん、自主性・創造性はあるけれど、集団の中では、そういったものを発揮しない方が得なんです。
その証拠に800万人もいるのに、ユニクロの柳井(正)さんらを除けばこの世代はユニークな企業家を生み出していませんし、ノーベル賞の受賞者もいない」


えろうすんません。不甲斐ないなあ、団塊の世代。
「私が関わった1970年の大阪万博のとき、官僚のシナリオ通りに育った団塊の世代は、大学を出たばかり。
彼らは、消費者として、車やクーラーなど大量生産品を生み出し、経済のパイを大きくしてくれた。
そして会社で中堅社員になる頃、社内のポスト競争に勝ち抜くためにたちあげた過剰なプロジェクトこそバブルの遠因になったのではないか」


〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕

その結果、しわ寄せはそういう親を見て育った、団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形で出てきた。
「日本は、安全・安心・正確・清潔の4点では世界1位水準。
すべてに満足をしてしまい、生物として最も根源的な『子孫を増殖させたい』という欲望がなくなってしまった。
むしろ、地獄の風を吹かせて、活力と苛立ちのある競争社会を作った方がいいのかも」

何だ、結局われらは、官僚というお釈迦様の手の平で遊ばされていた孫悟空だったということか。
こう聞くと懸命に生きてきた70年弱が何だかむなしい感じになりませんかね。
猿ではなく、人間に戻るチャンスはまだあるのか。
これからの10年で挽回できるのか。


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

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②おそらく日本で最も知られた「団塊の世代」人、(ビートたけし)
ある意味、「団塊」の枠から外れた生き方をしてきた氏は、こんな風に“総括”する。
「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。
戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
なぜか70歳まで生きてしまった。
いまだに金も稼いだりしてホントに困ったもんだ。
バイク事故の後、今こうやって話しているのが夢で、本当は管に繋がれて植物人間で生きているかも。
どっちが夢だか現実だか」

〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

〔オイラは生かされてしまった〕あの人、あの言葉( ビートたけし) 〔ビートたけし〕オイラは生かされてしまった

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③8月2日深夜、原付バイクで走行中に転倒、頭を激しく損傷し入院していたビートたけしが、9月27日に退院会見を行った。
たけしは顔面の半分が麻痺状態という重い後遺症を残していた。
だが、普通であれば即死だったといわれるほどの大事故を生き延び、
約2ヶ月で話せるまでに回復したのは、本人も言うとおりまさに「奇跡」だった。
入院生活中、胸中をずっと占めていたこの思いから、
己の生き方について改めて考え直したというたけしは
「テレビだけじゃ残りの人生つまらない」と語り、
今後の活動に意欲をみせた。
現在の多方面での活躍ぶりは、言わずもがなである。


あの人、あの言葉週刊現代2017/10/14.21号

〔たけしとたけし軍団〕
収録の時にスタジオの床に釘が落ちていたと。

そこで普段は穏やかなたけしさんが
「こんな危ないところで、うちのもんにやらせられるか」と激怒した。

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【平蔵の独り言】
〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。

【独り言】
官僚が設計製作したシナリオに従って、団塊の世代はイケイケどんどん
その結果が年金支給60歳から65歳そして年金では暮らせない社会

東京一極集中、スーパー・コンビニ、
仕事人間、不寛容社会、(ニュータウンとかっこよく蜂の巣(団地))

“うんうん”と納得!

団塊の世代は“痛い”
67%は働いている。

古希を前に、年金を貰い働いていることに“感謝”
42の厄の年にキツイ仕事で話していた言葉を思い出す。
「俺たち何か悪いことしたか!」
定年になったら、年金をもらって・・・・・

この友は60を前に年金も貰わずに旅立った!

【平蔵の独り言】
【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

【独り言】
団塊の世代は話をしていて分かる。
同じ匂いがしている。
気が付けば、いい時代を歩いてきたのか・・・・・


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# by asanogawa-garou | 2017-10-23 14:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕   

2017年 10月 05日
〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

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〔理不尽が付きまとう人生〕

〔人生、いまが好きだ。そんな人生になればいいな!〕
そんな充足感は健康でなければ、味わえない。

心も身体も“時の移ろうんだから”合わせて、年齢に応じて変えていかないと!


〔「年のせい!」〕

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「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕

“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!
旅はまだ続く(人生まだまだ続く)

〔人生は働くことよ〕(1943年生まれ73歳)メルボルン女性

〔つるむな!〕
人生、欲しく欲しくでもうまく思い通りにいかない!

〔才能はないけど、努力ならできる〕


2017/9/25〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕
想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。
「50歳過ぎたら開き直りだ」〔北方謙三1947年生〕


〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕ビートたけしの一言
人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」


「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。

「人間、持って生まれた性分で、精一杯生きるより仕方ないんでしょ?精一杯生きる。誰もそれしかないんだな」(新撰組沖田総司)
人事を尽くして天命を待つ。

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【平蔵の独り言】
〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

【独り言】
時折思い描いて、歩いてきた道が「人生」だと思うから「設計」は・・・・・

【平蔵の独り言】
〔「年のせい!」〕

「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

〔若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕
“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!

【独り言】
古希になって、「健康」と向き合い、悩んでいることは変わらない。
気が付けば、年齢は重ねてきたが、人間としての経験は積んできたのか!

これが「年のせい!」




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# by asanogawa-garou | 2017-10-05 15:05 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】   

2017年 09月 25日
〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」〕

〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子

〔93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子〕
「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

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【〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?】

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」 → 苦しい時に読みたいビートたけしの一言〕
2017/2/5ビートたけし, 北野武

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①人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」

人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。〔北方謙三1947年生〕

北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」

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②北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」
遊びも決して手抜きをするな! 創刊記念インタビュー

 JAGZY創刊記念インタビューの第1弾として、小説家の北方謙三氏に人生充実の生き様について聞いた。
遊ぶために働き、働くために遊ぶ。
「俺にオン・オフはないのさ」と言い切る北方氏。船に乗り釣りをすることも、スポーツーカーで疾走することも、銀座で飲み歩くことも、すべて小説のネタになるから全力で遊ぶ。
「すべてが必要経費なんだよ」と言うが、税務署だけは認めてくれないという。
齢は“定年”過ぎの65歳。しかし、パワフルな生き方は、ますます磨きがかかっている。その秘訣とは。(写真=八木澤芳彦)


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕
佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」

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「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」span>

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93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。
終戦後の当時まだ〝女性漫才コンビ〟が珍しい時代に、内海桂子・好江でコンビを結成。28歳だった桂子さんはすでに2児の母だった。
一方、コンビを組むことになった好江さんは14歳。
倍ほどの年齢差があり、ひとたび舞台を降りれば2人はコンビではなく師弟関係。稽古を積み、テンポの良い"江戸っ子漫才"で、やがて人々を笑いの渦に引き込んでいく。
そして結成から30年後、漫才界では初となる「芸術選奨 文部大臣賞」を受賞。名実ともに、漫才界を代表するコンビとなった。
さらに、桂子さんは64歳の時に出会った24歳年下の男性と交際。
その13年後、周囲の反対を押し切り晴れて夫婦となる。
今ではその年下の夫がマネージャーに。
93歳の今も、24時間、夫と離れる時はない。
今回は、数々の困難を乗り越えてきた、内海桂子さんの波乱万丈の人生を紹介する。


【独り言】
〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

毎年、身近な人とのお別れ、行きつけの喫茶店が今月2店閉店
“いつか”とか“そのうち”とか口にしている日々に

“今”、“今日”生きている人生が“普通”なんですね・・・・・・・・・

人生って“普通”


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# by asanogawa-garou | 2017-09-25 16:27 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。それもまたいいではないか。余計なことは考えないようにしよう。   

2017年 09月 15日
〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。
それもまたいいではないか。
余計なことは考えないようにしよう。


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〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
余計なことは考えないようにしよう。

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〔捨てる心を捨てる〕
捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
CD、そして本。昔のビデオテープ。古いカセット。着なくなった服。
鞄、ボストンバック、古いトランク。

それらのすべてを手離したとしても、さし当りの生活には全く支障のないものばかりだ。
プラスチックの箱に3杯分ほどある写真。
これを捨てることができるだろうか。
もちろん、捨ててしまったところで、生きていくことに何の差し支えもない。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。
随分あったネクタイは普段用、白・黒で間に合う。
モノを捨てた後に残るものは何だろう。心の大掃除か。

〔モノが捨てられないのは、執着のせいである。〕
そもそもモノに執着するのは、生活上の問題ではない。
要するに心の問題である。
モノが捨てられない、それもまたいいではないか。
もし、あらゆる無用のモノを捨てて、すっきりした空間に身をおいたとしたら、自分ははたして幸福だろうか。

モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
生きている限り、執着は消えない。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死ぬのだ。

余計なことは考えないようにしよう。

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/8/31号

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【平蔵の独り言】
〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

【独り言】〔心の大掃除〕
書類、30年前のものが出てきてビックリ!
(30年結果としてゴミを大事に・・・・・)

クールビズに便乗して、ネクタイを勤めてから初めてやめた。
→結構、快適(ネクタイは 白、黒、普段使いを残して処分)

本、CD、ぼちぼちで執着で捨てられないのか。
あるものを全て捨てるのを考えると・・・・・

『断捨離』 に囚われて、執着が多すぎてなかなか捨てる心にスイッチ"ON"が
切れる。

見ないで、袋にポイポイできれば・・・・・

【平蔵の独り言】
〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

【独り言】
モノに執着し:気合いでいらないと捨てると少しずつスッキリ!

ヒトに執着し:今年も既に3人 旅立った。
       だんだん寂しくなる。

イノチに執着する:これは勘弁してもらおう。
         自分の足で歩ける”健康”のため
       
しかし、生まれて初めての”腰痛”は痛い!
今日も電気マッサージ!

余計なことは考えないようにしよう。

でも、元気なうちに捨てないと!



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# by asanogawa-garou | 2017-09-15 15:56 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)