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大御所たちの名答、珍答が心に染み入る  人生指南役  

2012年 05月 23日

大御所たちの名答、珍答が心に染み入る  人生指南役

「人の悩みは永遠なり」 「人生相談」傑作選    週刊ポスト(2012/5/18号)

これほど面白い読み物はない! 【嵐山光三郎】
「人生相談」の味わい方

元々は人生経験豊かな人が、分からない相談者に丁寧に答えるというところから始まっているわけですが、作家の人生相談というのはゲームのようなもの。
作家というのは皆、常識的世間とは離れて、むしろ無頼の徒ですからね。
いずれの人にも言えるのは、存在自体が回答のような破天荒な人生を送った人ばかりですが、思い通りの人生になっていないところが味噌ですね。

それがまた人生であり、人生相談の面白さでしょうね。


【深沢七郎】:脱力の言葉に励まされる
〔人間には本物なんかありません。みんなニセモノです。〕
《「人生滅亡的人生案内」「話の特集」(1967/9~69/11)》

【柴田錬三郎】:ダンディズムとはこういうこと
〔ムダがあるから、世の中はにぎやかなのではなかろうか。〕
《「プレイボーイの人生相談」「週刊プレイボーイ」(1966/10~69/3)》

【山口瞳】:江分利満氏の説教
〔会社でスランプに陥った〕
まあ、成り行きにませましょうや。
当分は成り行きまかせでいきましょう。
《「山口瞳のマジメ相談室」「週刊文春」(1966/1~67/9)》

【今東光】:あったかい毒舌
上司とうまく行かない場合は
だからおめえも、そこの上司が気に入らないからって、
よそへ行ったところで、やっぱり気に入らない上司はいるさ。
《「極道辻説法」「週刊プレイボーイ」(1975/9~77/8)》

【開高健】:男のやさしさと強さとは
〔御本業の他に、
あなたにとって最も困難なことは何ですか?
「人生。人生そのもの。」〕
《「風に訊け」「週刊プレイボーイ」(1982/6~85/10)》

【北方謙三】:ハードボイルドな生き方を熱く説いた
〔生きるのが嫌で死にたい〕無職の19歳、悲惨の青春を送っています。

男というのは十年間同じところにじっとしていられて、耐えていられるかどうかによって決まることもある、と。
(何をやってもうまくいかない。それもまた青春なのだ)
《「試みの地平線」「ホットドック・プレス」(1986/1~2002/6)》

【宇野千代】:85歳で綴った「女の生きる道」
あなたはあなたの一生の間に、一度もバカなことをしないで、暮らす積もりなのですか。

そんなことが出来るくらい、あなたは悧巧なのですか。
私はあなたに、一度か二度くらいは、バカなことをしてごらんなさい、と言いたいです。
《「日曜くらぶ」「毎日新聞」(1983/9~84/8)》

【中島らも】:人生相談の新境地
「健康のためなら死んでもいい」気で健康管理しましょう。
《「明るい悩み相談室」「朝日新聞」(1984~94)》

――――――――――――――――――――――――――――――

【深沢七郎】:脱力の言葉に励まされる
「ただ、ぼーっと生まれて来たのだから、ぼーっと生きていればいいのです」。
脱力の極致は、今この時代にこそ必要な人生相談だ・・・・。
人間には本物なんかありません。
みんなニセモノです。

どんな人もズウズウしいくせに、ハズカシイような顔をしているのです。
どんな人ゼニが欲しくてたまらないのに欲しくないような顔をしているのです。

【柴田錬三郎】:ダンディズムとはこういうこと
〔ムダなお金を使っている場合か〕
君の云う通りだね。まったく、ムダなお金を、使っているよ。
ところが問題は、人生から、ムダをなくしたら、いかに、つまらないか、
ということだ。
ムダがあるから、世の中はにぎやかなのではなかろうか。
人間は、働くばかりで遊びを知らないと甚だ片よった、コチコチの朴念仁ができあがる。
私は、浪費家で、あらゆる失敗も犯しているからこそ、こういう「人生相談」にも、云いたいことが云えるようだ。

【山口瞳】:江分利満氏の説教
〔会社でスランプに陥った〕
まあ、成り行きにませましょうや。
当分は成り行きまかせでいきましょう。
人生相談のお答えで、「成り行きまかせ」というのはいかにも無責任のようにきこえるかもしれませんが、私自身は決してそうは思いません。

世の中には、歳月でしか解決のつかないことがあります。
若いときの失恋なんかもそうでしょう。
何年か経って考えてみるとバカバカしくなります。

才能は自然にあらわれるというのが私の持論です。
才能とか能力とかは、他人が発見し、認め、評価するものです。
自分で自分のことを考えすぎたり焦ったりしても仕方がないでしょう。

【今東光】:あったかい毒舌
上司とうまく行かない場合は
だからおめえも、
そこの上司が気に入らないからって、
よそへ行ったところで、やっぱり気に入らない上司はいるさ。

なにしろ気にいらねえ野郎は世の中にゴマンといるんだから、
それならいっそのこと、自分が気に入られなえ人間になった方が得じゃねえか。
相手が気に入ったとか気に入らないとかっていうことを考えずに、
自分がたいがいの場合嫌われるような人間になってた方が被害が少なくて済むわな。

【開高健】:男のやさしさと強さとは
御本業の他に、あなたにとって最も困難なことは何ですか?
人生。人生そのもの。

譬えていうと、無気力が源になっているやさしさ、
無気力が川の源になって下流がやさしさになっている、
そういうやさしさの谷川と、タフとハードが源になっていて、
下流がやさしさになっている、そういう谷川があるとと思う。

谷川の上流の岩と石と急流でもみつくされた、
そのあげく出てきたやさしさを持っている、そういう谷川を探すことです。

こういうやさしさには底が入り、いつまでもつづくよさがあるんだね。

いってみれば、
五十三歳のホロ苦い男の横顔に浮かぶやさしさみたいなもんですね。
これは、いい味がしますぞ。

〔悪友との付き合いは断つべきか〕
スラブ族の諺でいうと、
〔犬はノミがいるから体をかくが、ノミがいなくなれば、犬は自分が犬であることを忘れるだろう〕――――こういうんだ。

悪友から離れると、君は君自身であることがわからなくなり、
アイデンティティを失ってしまって、影のない男になってしまうかもしれないよ。
だから、その悪友を失ってはいけない。大事にしなさい。
どうすればいいということじゃない。いままでどおりにやってけばいいんだ。

なお、アングロサクソンの諺で「他人にしてもらいたいことを他人に対してやれ」というのもある。
スラブの英知に立っても、アングロサクソンの知恵に立っても、君の人生航路は決まっているんだ。
その悪友を捨ててはいけないんだよ。聖書では、“汝の敵を愛せよ”と。


【北方謙三】:ハードボイルドな生き方を熱く説いた
〔生きるのが嫌で死にたい〕・無職の19歳、悲惨の青春を送っています。

男というのは十年間同じところにじっとしていられて、
耐えていられるかどうかによって決まることもある、と。

言われた時はわからなかったが、
そこそこ小説で生活ができる状態になった時に初めて、
説得力のある親父の応援のようなものだったということがわかった。

俺はその言葉を君に贈りたい。そして考え直してくれ。

青春なんてものは何かを為し遂げられるような時代じゃないんだよ。
いろんなものを喪くし、いろんな傷を受け、
同時に何か大事なものを一つだけ獲得していく。
たとえば十年後に生きるようなものを獲得していく。
そういう時代なんだと思う。

(何をやってもうまくいかない。それもまた青春なのだ)

【宇野千代】:85歳で綴った「女の生きる道」
〔考えすぎて行動できない!〕
宇野先生のように、考える時間がないくらいその場でパッときめられたら、
何と楽しく気楽なことかと思います。

あなたはあなたの一生の間に、一度もバカなことをしないで、暮らす積もりなのですか。
そんなことが出来るくらい、あなたは悧巧なのですか。

私はあなたに、一度か二度くらいは、バカなことをしてごらんなさい、と言いたいです。
あなたのバカなことはしたくない、と言う気持ちの中には、バカなことをして、損をするのはバカらしい、と言う、損得の感情がひそんでいるのではないか、と思うのですが、どうですか。

あなたはケチなのです。物質的な意味ではないが、精神的な意味ではケチなのです。
そのケチな心をもって、
人生の大きな得をとり逃がすようなことがあるのではないかと、
私はそれを惧れているのです。

〔私は否定的な人生観の持ち主で、欲求不満のかたまりの様な人間です。いつも、イライラした不愉快な毎日を送っています〕

人生と言うところは、あなたの思っているよりも、十倍も百倍も愉しいところです。
この愉しいところで、あなたはあなたの思っているよりも、
十倍も百倍も愉しい思いをして生活していれば、
ちょうどそれが、ぴったりと当てはまるところなのです。

どうかあなたの人生観を、ちょうどいまの反対に書き直して下さい。
不愉快と言う字を、愉快と言う字に書き直して下さい。
するとあなたは、自分は最初から、こう書く積もりであったと、気がつくことでしょう。
人間と言うものは、その本念の心から、愉快なこと、明るいことを好むものだと言うことに、気がつくことでしょう。

あとは何も考えることはいりません。
何も考えないでいても、明るいことのある方へ歩いて行くことが必定です。
それが人間本来の道だからです。

あなたもまた、自分の行きたいと思う愉快な道へ、明るい道へ、勇往邁進することを、私は信じてやみません。

〔中島らも〕:人生相談の新境地
・さまざまなストレスの山積する都会生活の中にあって、
人はそれぞれ独自のストレス解消法をあみ出していくものです。
この際、あなた自身の内面にもあるストレスを解消してみてはいかがでしょうか。

・「健康のためなら死んでもいい」気で健康管理しましょう。


【平蔵の独り言】
人生の指南役がいた、いい時代 1980年代

【嵐山光三郎】
作家というのは皆、常識的世間とは離れて、むしろ無頼の徒ですからね。
いずれの人にも言えるのは、
存在自体が回答のような破天荒な人生を送った人ばかりですが、
思い通りの人生になっていないところが味噌ですね。


無頼の徒、破天荒な人生 を受け入れられなくなってしまった。

理屈と耳障りな言葉だけを並べる今の世に「いい味」をくれる。

# by asanogawa-garou | 2012-05-23 14:30 | 人生 まだ旅の途中 | Trackback | Comments(0)

ボランティア団体では、大企業病みたいなものは絶対起こらないだろうと思ったら、起こるんですよねぇ。  

2012年 05月 11日
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〔樋口〕志を持った人たちが集まってるわけですから、
常に前向きなんでしょうな。
〔堀田〕わたくしどものようなNPO、ボランティア団体では、
大企業病みたいなものは絶対起こらないだろうと思ったら、
やっぱり起こるんですよねぇ。

いつのまにか易きにつく、楽なほうにつく。
いったん道ができると、そこを歩くほうが、
新たにやぶをかき分けながら進むより楽ですからね。
すると新たに挑戦して道を切り拓こうとしなくなる。

そう感じたら、
一度できあがった道をひっくり返さないといけないですね。
これはいまの日本に必要なことだと思うんです。


〔樋口〕すでに出来上がっている道を進んでいれば、
責任を問われることもないですからね。
なんだか最近、
日本という国全体が責任ということを問わない、
妙な国になっている気がしますな。


〔堀田〕政治家であれば、自分が生まれた国・日本が愛おしい。
日本の国民に幸せになってほしい。
そのために自分はここでやってるんだ、という思いで、
責任から逃れようなんて思わないでしょう。

特に公務員は税金から給料をもらって、
国民を幸せにするために仕事をしているわけですからね。
どういうふうにすれば、日本の国民、市民がもっと幸せに過ごせるか。
それが自分にとっていちばん大事なことだと思えば当然責任感が生じる。

ところが国民を馬鹿にして、俺が引っ張ってるんだというような、
そういう姿勢だと、辛くなるとすぐ逃げ出してしまうんです。


相手に対する共感というか、同じ時代に生きてることを感謝し、
一緒に生きてる人たちの幸せを願う。
それって普通の思いじゃないでしょうか。
この基本的な気持ちを政治家や役人みんながしっかり持っていれば、
日本の政治も変わったと思います。

〔樋口〕いまの政治や行政には、そういう「情」を感じません。
一番好きな言葉は「夢」
〔堀田〕いまの日本はこういうふうに
人を幸せにする「夢」のある話を

一生懸命お話しなさっている方がおいでなるんですよね。
目が生き生きしていて、魅力的な方々。
そういう方たちはたいてい会場の中央にいるんです。

で、隅のほうに行くと、
細かい愚痴みたいな話ばっかりしている方々もいる。
そこだけなんとなく暗いんですよね。
目先のことしか見ようとしない。

〔樋口〕「ここに一本の道があるとするやろ。
そこに羊が大将で狼を1000頭引き連れたグループと、
狼が大将で羊を1000頭引き連れたグループが正面で向き合った。
どっちが退きよると思う?」

「そりゃ狼が1000頭おったら、そっちが勝つでしょう」

「違うがな。リーダー次第や。
羊は怖がって後ろを向いたら、部下は全員後ろ向いて退去しよる。
大将が強いならそっちが勝つんや。
トップは絶対強うなけりゃあかん」と。
〔堀田〕しっかり前を向いてないといけないんですねぇ。

週刊文春(2012/4/26号)
【複眼対談】(第19回)樋口武男(大和ハウス工業会長):堀田力


【平蔵の独り言】
東日本大震災から1年が過ぎたが、
日本の政治は明治維新、太平洋戦争に匹敵する
時代の変化を迫られているのに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・変わったと思います。

の言葉が持つ意味は重いですね!

過去形の言葉で表現されて、何も変わっていない。

# by asanogawa-garou | 2012-05-11 15:08 | 人生 まだ旅の途中 | Trackback | Comments(0)

無名選手 2004年のアテネ五輪。開幕前、知名度の低い代表選手を紹介する連載を手がけた。  

2012年 05月 09日
憂楽帳:無名選手
毎日新聞 2012年05月08日 13時05分【須山勉】

〔2004年のアテネ五輪〕
開幕前、知名度の低い代表選手を紹介する連載を手がけた。
選手には失礼な話だが
「メダルには届きそうになく、開幕したら取り上げる機会がないだろうから」という趣旨。


私が担当したAという選手は取材を快諾してくれたが、
ひとつ条件をつけてきた。

「私の前に、職場の上司を取材してくれませんか」

仕事の傍ら競技生活を送っていた彼は、職場にひどく気兼ねしていた。

取材の条件もその配慮。
だが上司に会って驚いた。
五輪出場をたたえるのかと思いきや、
Aがいかに仕事より競技を優先しているか、
とうとうと批判を始めたのだ。


部屋を辞すると、
外で待っていたAが心配そうに「どんな話をしていました?」。

別れ際には
「いい再就職先があったら紹介してください」
と言ってきた。
思いつめた表情だった。

ロンドン五輪まで80日。

有名選手もいいが、名の知られていない選手に注目したい。

アテネで日本は37個ものメダルを取ったが、

予想を覆して表彰台に立ったAの笑顔ほど、
心を揺さぶられた記憶はないからだ。


【平蔵の独り言】
アテネ五輪で表彰台に立った
無名選手A

アテネ五輪から8年
その後、どんな人生を歩んでいるのかな!

そして、ギリシャ債務危機
で、アテネ名物は”デモ”

# by asanogawa-garou | 2012-05-09 17:44 | 今 今日この頃 | Trackback | Comments(0)

世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。  

2012年 04月 26日
世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。

日本代表の川澄奈穂美選手が「ちゃん」づけを嫌い、
芸能事務所からのマネジメント契約の申し入れも断ったと聞いて、
心の中で拍手した。

彼女たちは日陰の時代にも競技をひたむきに追求してきた、なでしこの誇りを受け継いでいる。


憂楽帳:なでしこ(毎日新聞 2012年04月20日 大阪夕刊)
 女子サッカーを初めて取材したのは今から8年前のことだ。
04年4月24日、東京・国立競技場で行われたアテネ五輪アジア予選。
日本は強豪の北朝鮮を破り、2大会ぶりの五輪出場権を獲得した。
 当時は不況でスポンサー企業の撤退が相次いでいた。
00年シドニー五輪出場を逃したことも響いていた。
それでも選手たちはスーパーのレジ打ちなどで生計を立て、
サッカーを続けてきた。

先制ゴールを決めた荒川恵理子選手は、五輪切符を手にして、
「夢みたい」と言った。

 その後、人気は持ち直したが、男子に比べ、収入も注目度も少ない。
それでもサッカーが好きということを何よりの原動力に努力を重ねてきた。
そんなハングリーでピュアな姿勢が結実したのが、
昨年のワールドカップ初制覇だった。

 世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。
日本代表の川澄奈穂美選手が「ちゃん」づけを嫌い、
芸能事務所からのマネジメント契約の申し入れも断ったと聞いて、
心の中で拍手した。

彼女たちは日陰の時代にも競技をひたむきに追求してきた、
なでしこの誇りを受け継いでいる。
【高橋秀明】


強豪・なでしこJAPAN 昼は「農家」「仲居」「レジ打ち」
ドイツで開催されている女子サッカーW杯で、
その強さが世界で認められているなでしこJAPAN。

しかし、それだけの実力を持ちながら、国内での影は薄い。
しかも代表クラスの選手でさえ、普段は“赤貧生活”を強いられている。

 代表選手のほぼ全員が、日本の女子サッカーリーグ「なでしこリーグ」のチームに所属している。

その中で「最も待遇が良い」(サッカー協会関係者)といわれる「INAC神戸」でさえ、
「給料は月額で10万円前後。
当然、家賃や食費もそこから捻出しなければならないので、
練習に手製の弁当を持ってくる選手もいる」(球団関係者)という状況だ。

「そもそも給料が出ること自体が珍しいケース」と語るのは、
代表のキャプテンでW杯5大会連続出場となる澤穂希(32)だ。

「昼間に練習できるだけで恵まれている。
代表でも多くの選手が昼間はレジ打ちなどのバイトをして生計を立て、夜に練習しています。
私は神戸に所属しているのでサッカーに専念できていますが、昔のチームでは昼に練習なんてできませんでした」

 昼の顔が「温泉旅館の仲居」「農家」という選手もおり、
「就職先を斡旋してくれるチームに選手が集まりやすい」(サッカー協会関係者)傾向があるという。
※週刊ポスト2011年7月8日号

【平蔵の独り言】
なでしこジャパン ありがとう!

# by asanogawa-garou | 2012-04-26 18:10 | サッカー | Trackback | Comments(0)

マラドーナ選手の「神の手」ゴール  

2012年 04月 18日

マラドーナ選手の「神の手」ゴール


「神がアルゼンチン人だった日」とは
マラドーナ選手の「神の手」ゴールの記念日に組まれた地元紙の特集である。
むろん86年のサッカーW杯準々決勝のヘディングを装ったハンドのことだ

▲マラドーナ氏は7年前のテレビで、ゴールを見て戸惑うチームメートに

「早く自分を抱きしめないと審判が得点を認めないぞ」

と呼びかけた舞台裏も披露した。

そして何より振るっていたのが
「ゴールはマラドーナの頭と神の手によるものだ」
との当時のコメントだ

▲このコメントと、同じ試合での5人抜きゴールがなければ、
ハンドは単なる誤審スキャンダルに終わったろう。

余録:「神がアルゼンチン人だった日」とはマラドーナ選…
毎日新聞 2012年03月09日 01時38分

【平蔵の独り言】
余録:「神がアルゼンチン人だった日」とはマラドーナ選…
には、マラドーナのことではないことが載っていたが、

伝説となった「神の手」の舞台裏のコメントが楽しい。

何でも、白黒/善悪でかたずけてしまう今の風潮から
このようなことはプレーと伝説は生まれないだろう。

人生 こういうことが楽しいと思うのであるが・・・・・


# by asanogawa-garou | 2012-04-18 15:47 | サッカー | Trackback | Comments(0)