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武骨の人 【 料治直矢 】長嶋茂雄がベンチにいるにもかかわらず「バッターは長嶋」と言ってしまい、  

2011年 02月 14日
「既存の作法や趣味を意に介さず、我が道を行くこと」
料治はまさに武骨そのものと言ってよい。
自らを飾ることなく、ひとには常に優しかったシャイな男

直矢が『テレポート』に出演する直前にトイレに駆け込んで水を頭にぶっかけ、髪の毛を整える。
短パンにゴム草履でニュースを読み、
武骨さは料治自身が選び取った生き方のスタイルであって~

高校生の時 電車の通路に突然(大の字)になり「東京音頭」を歌った、
東大ラグビー部 革ジャンに半長靴というスタイルで卒業まで通している。
楽天的で、あまり努力しないで生きていこう。
これで人生の歩み方が決まった。
授業中、一心にノートを取っている。
見ると、教師や女子学生の似顔絵が描かれていた。

料治の魅力のひとつは、誰に対してもフェアにつきあい、気配りを怠らない対人関係の妙にあったが、その独特の距離感はラグビー部時代に培われた!

「現場のニオイのするツラ」でキャスターが誕生する
「無愛想」「悪漢づら」「態度が悪い」 酷評ばかり
外見と違って、ヒョウキンな一面

管理社会になる前の良き時代
「職業人としての型にはまるのを嫌い、等身大の自分というか、自分の生き方の美学を優先させて、やれば何でもできる人でしたが、敢えてやらない部分があった」
取材相手を尊重する。職業人としての型にはまるのを嫌う。

いかつい外観と優しい心根
人間は余白の部分の面白さ
媚びない、ぶれない、そして群れない。それでいて、仕事のツボははずさない。
相手が誰であっても決して媚びず、緩急があっても自分の構えがぶれることなく、人と群れて大勢に迎合したりしない。(料治評)

『料治さんが言うと青臭い言葉でも重みが出るなぁ』
愚直さと人間力(人柄)弱さも含めて人間性が滲み出てくる。
存在そのものがインパクトを与える。
ボクシングの判定とは「あんなものだ」
と、言う自然体
辻褄を合わせようとしたり、舌触りのいいコメントを口にしないで自分のわかったことだけを言え!
自分で確認したことを口に出す、そういう心構え!
「徹底した現場主義で、先入観を持たず、常にまっさらで取材に臨むというのが料治流」

「釣りってのは人生と同じ。なかなかうまく行くもんじゃない!」

策を弄さない謙虚さやオレがオレがという自己顕示欲の無さ、赤ん坊のような天真爛漫さといった人間性

【異色のアナウンサー】
料治に関して仰天したことが二度ある。
・大水害の取材に何も持たず、着の身着のまま(これといった準備もせずに現場に出かけるのが料治の流儀)
・「アナウンサー出身だと知った時」(ドエライ)驚きだった、同僚が表現している。
その風体といい、饒舌とは言えない話しぶりといい、料治を見てアナウンサーだと思う人間はおそらくいなかったに違いない。

面接「どうだった?」
「いや、アッタマに来た。キミは顔が悪いって言うんだ。
そんなこと言われたって、直しようがないじゃないか」
料治が合格したのは、「オモシロ採り」
・人間的にはものすごく魅力があった。

キャスター料治
とにかく愛すべき人間で、ああいうタイプの男がキャスターをやったケースは全放送局を通じても、料治以外にはいないのではないか
警視庁キャップ時代の料治
・出世欲など全くなく、一種呆けた人生を送っていました。
会社の論理や規範とは異なる独特の人間観、社会観、倫理観を持っていて、上から下に物申したりせず、いつも同じ土俵で同じ人間としてつきあってくれました。そのふところの深さを知って、とてもこんな人にはなれないと思いましたね。想像を絶する大きな存在でした

二日酔いの翌日、料治が「気持ち悪い、殺してくれ!」と叫んでのたうっていたが、しかし、夕方になると、「おお、やっぱり陽が沈むと涼しいなあ。そろそろご出勤かな。おまえも行くか」
(命を短く生きた料治の生きざま)

山小屋でウイスキーをガボガボ飲んで、どんちゃん騒ぎ。
料治はウクレレを爪弾きながら唄を歌ったが、ジャンバラヤとかマンション・オン・ザ・ヒルとかウエスタンが得意だった

「直に当たれ、横並びするな」という原則を忠実に守って、取材指揮に当たった。
その一方で天性の美意識や優しさ、ヒョウキンさなど人間臭いもうひとつの顔を放棄することなく、さまざまな魅力が総動員されて初めて、キャスターとして花開いたのである。
剛毅さだけでなく、武骨さや優しさ、ヒョウキンさなどユニークな引き出しを幾つも持った宝石箱のような男

「料治さんは『料ちゃん』と呼ばれて皆から愛されていた。しかも、時が経てば経つほど愛され方の度合いが増し、深まっていく。きわめて大きな存在でした」

「直子、キミを逮捕する」プロポーズの言葉
お天気お姉さん、「ピンポンパン」初代お姉さんのテレビに向かって「ナオコ~」渡辺直子さん
(一緒になりたいんです)直子さんに言わしめた

自然型・自然派・自然体で存在感の人間
【料治直矢】
44歳で「ナオコ~」(二人だけの結婚式)
(1985年6月取材中に小指をつぶれて切断)
うまい酒を飲んだ?
(強烈な美意識を持った人だったので、この世界で生きて行くことが非常に辛かった。だから、酒を浴びるほど飲んだんじゃないかと)

61歳【寂しそうな背中】
「じゃあ、またな」

「ふかくこの生を愛すべし」
ひとりの人間として生き抜くことである。
「ありのままの武骨でけれんない人」
「素朴で、既存の作法や趣味を意に介さず、我が道を行くこと」

『報道特集』キャスター 料治直矢


【平蔵の独り言】
 明日(2010/11/15)で料治さんより2年長く娑婆にいることになる。
「じゃあ、またな」 と言う未来に過去(今を)後悔しないで
「ふかくこの生を愛すべし」

もうこのような人は出てこない「生き難い時代になってしまった」

2010年9月25日キャスターを務めた田丸美寿々が「降板」した事を知った。
『報道特集』時代の流れから降りたように感じた。

2011/02/14 酒と戦って勝った人間は歴史上ひとりもいない。
『ぼくは見ておこう』松原耕二のライフ・ライブラリー
“ドリンキング・ライフ”に料治直矢さんことが載っていた。

  酒と戦って勝った人間は歴史上ひとりもいない。料治直矢
『報道特集』キャスター料治直矢
2月の寒い日、番組の後のスタッフルームでディレクターに
まあどうだと言って酒を注いでくれた。
紙コップにストレートのウィスキーだった。
お礼を言って口をつけた。
というより舐めたと言うほうが正確だろう。
酒飲みの私もストレートは強くてとても飲めなかった。

料治は取材の苦労話を聞いてくれたうえに、
ときおり自らの体験談も語ってくれた。
30分も話しただろうか。
気がつくとウイスキーはなくなっていた。
私についでくれた時にはボトルはまだ開けたばかりだった。
わずか半時間の間に料治はウィスキーを一本飲んでしまったのだ。
まるで麦茶を飲んでいるようだった。
このままでは体を壊すと誰もが思った。
それからほどなく料治は病に倒れ亡くなった。

飲みっぷりがそのまま人生を示していた。
正義感に溢れ、きわどい取材ではカメラの前で見事に殴られた。
鬼瓦のような顔つきが時おりシャイな笑顔に変わった。
バレンタインデーにはTBSで一番たくさんチョコレートが届いた。
選ばれし人しか持ちえない『色気』と『本気』が料治にはあった。
余計なことは話さず、決して知ったかぶりをしなかった。
それどころか、僕は取材もしなければ新聞も読まないとうそぶいた。
あさましさや卑しさを嫌い、自分の美学を貫こうとしていた。
気の利いたことを言おうなどと思わなくとも、
「これはおかしい」と料治が言えば本当におかしいんだと皆が納得した。
そんなキャスターだった。

取材に行った時のことだ。
小船同士がぶつかり、料治の小指が間に挟まった。
見ると小指が半分とれかけてぶらぶらしている。
急いで病院に行くと、医師からふたつの方法がありますと言われた。
手術をしてつなぐか、切断するかですと。
料治は顔色ひとつ変えることなく、
「切ってください」とすぐさま言ったという。
いまでもTBS報道局で伝説となっている話だ。
なにしろ小指だ。
その後テレビでそのことに気付いた視聴者が、
「まさかこの人・・」と思ったのは想像に難くない。

ときに思う。
料治が生きていたらどんな仕事をしていただろうか。
今の日本を彼はどう見て、どんなふうに伝えただろうかと。
酒が病に直接結びついたのかはわからない。
ただあれほど飲まなければ、という思いは拭えない。
「歳をとってからは、疲れるために
 酒を飲んでいたようなもんだよ」と
料治が笑いながら言ったのをなつかしく思い出す。
なぜあれほどの酒を体に流し込んだのだろう。
いまとなってはわからない。
でも、と私は思う。いいではないか。
60年以上生きて充分な仕事をした。
そしてこれほど多くの人の記憶に残っているのだ。

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人はなぜ酒を飲むのか。
酒は内気なものに自信を、孤独な者に癒しを、
迷えるものに方向を与える。
夢をもてあましてグラスの氷を見つめるうち、
何か重要な啓示を受けた気になることもある。

だがほとんどの場合、錯覚だ。
翌日起きても何も変わっていない。
すべては繰り返しだった。

酒を飲んで過ごしたあの膨大な時間を
他のことに振り分けていたら、
僕ももう少しましな人間になったのではないか。
取り返しのつかないほど無為な時間を
過ごしてしまったのではないか。
ふとそう考えることがある。

その一方でこうも思う。
酒を通じて多くの友人と出会ったし、
女性とも仲良くなれたし、
飲みながらの議論で大いに鍛えられた(と思う)。

なによりかけがえのない楽しい時を
たくさん送ることができたではないか。

【平蔵の独り言】
30年酒を友に歩いてきたが、今は病で呑めなくなってしまった。
人はなぜ酒を飲むのかあるように
なによりかけがえのない楽しい時を
たくさん送ることができたではないか。

そして今も送ることができていると感じる日々を過ごしていると思う。


by asanogawa-garou | 2011-02-14 16:28 | 人間模様 | Trackback | Comments(0)

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