【梶芽衣子】私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。   

2013年 03月 23日
梶芽衣子:私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。

【タランティーノ、大ファン梶芽衣子に大テレ】
【〔梶芽衣子オフィシャルブログ〕】
【「阿川佐和子のこの人に会いたい」】梶芽衣子週刊文春(2010年7月1日号)

【タランティーノ、大ファン梶芽衣子に大テレ】
サンスポ:2013.2.21 05:02
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3月1日公開の映画「ジャンゴ 繋がれざる者」の映画監督、クエンティン・タランティーノ氏(49)が来日し、ファンと公言している女優の梶芽衣子(65)と対面を果たした。
 日本映画に精通し、「女囚さそり」シリーズなどで梶のファンになったというタランティーノ氏にとっては念願の対談。
憧れの女優に笑顔で迎えられると、顔を赤らめながら隣に座って、そっと手を握った。
 赤いバラとチョコレートを贈られたハリウッドの鬼才は「彼女の作品を初めて見て恋に落ちた。偉大な女優でアイコン的な存在!」と大感激。
梶から「今回の作品を観て、監督の信念が伝わってきました。ファンにこれだけ誠実な監督はいない。貫く姿勢が素晴らしい」と絶賛されると、テレた表情を浮かべた。
 「ジャンゴ」は南北戦争直前の米南部が舞台。奴隷のジャンゴと白人のコンビがお尋ね者を殺す“賞金稼ぎ”として活躍。奪われた愛妻をジャンゴが取り戻すための壮絶な復讐劇だ。
 タランティーノ氏は、「独特な世界観とシュールな様式美。僕の作品に大きな影響を与えている」と日本のサムライ映画に敬意を示す。
セリフを極限まで削った「女囚さそり」シリーズについても、「僕の作った『ジャンゴ』もセリフが少ない。傷つけられた人間性は瞳からも伝わる」。
これに梶が「カメラは心を映しますから」と応じるなど、国籍・世代を超えた映画談議で盛り上がっていた。

【〔梶芽衣子オフィシャルブログ〕
〔私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変〕
2012-12-31 13:12:18  梶芽衣子 131
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おはようございます。
9月末より「結婚しない」「鬼平犯科帳」(1月4日放送) 
田村 正和さんの怖い?奥方約の「上意討ち」(2月放送予定)と急にお仕事を頂き 東京~京都
 そして最後に「鬼平」「剣豪」で大変お世話になりました原作者の池波先生の奥様が92才で逝去されましたが お見送り出来ました。
山田 五十鈴さん、淡島 千景さん、小沢 昭一さん、二谷 英明さん、
何度もご一緒し勉強させて頂きました方々も逝ってしまわれました。
現場や会話の中で教えられることが沢山ありましたが、今はそんなこともなく残念です。
松井選手が引退されましたが、高校野球から世界の野球団ヤンキースで先日イチローさんも言っていた様に別格の「あの指輪」も手にされ球史に残る大役を残されました。

スポーツ選手の現役は短いのですが、我々は定年はない、でもリストラや
 私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。
唯頂いたお仕事を自分なりに励むしかない。
男優の65才はシルバーグレイ、洗練された格好いい男となりますが 女性の場合は 必ず年令がついてまわる。
あの人老けたわねぇ。になりますが
私はこれより来年は66才になりますが、6×6=36(おまさも36才)をずっと続けるつもりです。
来る年も皆様のご支援をいただきたく、そして「あいつの好きそなブルース」を唄いつづけるともりです。皆々様も良い年でありますこと祈念しております。
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【「阿川佐和子のこの人に会いたい」】 梶芽衣子
週刊文春(2010年7月1日号)
『さそり』の頃は松島ナミな感じで不機嫌だったから、皆に迷惑がられました(笑)
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団塊の世代の女神、梶芽衣子さんが颯爽と登場!
『さそり』の松島ナミ、
『鬼平』のおまさ――
男たちの胸を焦がすオンナをしなやかに
演じ続けて四十五年。
些かの変わりもない美しさとかっこよさに、アガワも驚愕です。

【『鬼平犯科帳』の密偵、おまさ役】中村吉右衛門さんとは二十一年です。
【『太田雅子』から『梶芽衣子』】生半可の覚悟じゃ、女優はできない。
【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
【芝居も歌も、非常にデリケートなものですから】
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
【別れるとき、二つ約束しました。】絶対に仕事を辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」
【『キル・ビル』がヒットしたときに、「梶芽衣子って誰?」】
【驚いたことに、ボブ・ディランの息子さんが】私の大ファンらしいんです。

【『鬼平犯科帳』の密偵、おまさ役】中村吉右衛門さんとは二十一年です。
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阿川 今年もテレビドラマ『鬼平犯科帳』の放映がありましたね。
梶  ええ。1989年から十二年続いた番組ですけど、
今は年に1回、2時間のスペシャル版をやっています。
阿川 梶さんは鬼平こと長谷川平蔵の密偵、おまさ役で。
中村吉右衛門さんとは長い仲ですね。
梶  二十一年です。
阿川 うわ~ァ、夫婦みたい。
梶  お互いに歳をとりましたけれど、役は歳をとらないので大変です。
おまさは三十六のままですから。
『鬼平』の凄いところは、皆さん、池波正太郎先生の小説をお読みになった上で、
テレビをご覧になっているんですよ。
阿川 視聴者の方から、おまさについて何か言われたことはありますか。
梶  最初の頃は厳しかったですね。
おまさはあんな色白でいいのか、原作では浅黒いのに、とか。
それから江戸の言い回し。
髪結いさんを「カミユイさん」って言ったら「カミイイです」と。
阿川 時代考証家百万人、みたいなものですね(笑)。
おまさの役づくりで考えていらっしゃることは・・・・。
梶  おまさは十歳のときから平蔵さんを知っているんですが、
当時、平蔵さんはひねくれて非行少年だったんです。
その頃から平蔵さんを知っている女性はおまさしかいない。
ベロベロに酔っ払った平蔵さんを介抱したり、お世話をしてきているので、
ちょっと奥さまの久栄さんとは違いますよね。
平蔵さんに対する恋心は絶対にあると思うんです。
阿川 そりゃ、ありますよね。
梶  「血闘」という話で、おまさは命を落とすかもしれないとわかっていながら、
火付盗賊改方の密偵にさせてくださいと平蔵さんにお願いするんです。
そのぐらいの覚悟ですから、私もとても女を意識しておまさを演じてます。
阿川 おまさを始め、梶さんは報われない女の役が多いですね。
梶  どういうわけか不憫な女が多くて(笑)。
寺山修司さんが「梶芽衣子は日本中の不幸な女を一人で演じている」
なんて書かれたことがあるんですけど、
「私は幸せになっちゃいけないの、寺山さん!」って感じでした。
阿川 私よりちょっと年上の、団塊の世代の男どもにとって梶さんはまさに女神でいらして。
『女因さそり』での猫のように光る鋭い目と真っ黒なストレートヘアと足の長さ。
そして何より、女一人で体制に立ち向かうかっこよさ。
梶  同い年の北方謙三さんと対談したさい、
「学生運動で逮捕されたとき、留置場で仲間たちが『怨み節』
(『女因さそり』主題歌)を歌うのを聴いていた。
 僕らの心情にピッタリだったんだ」とおっしゃっていました。

【『太田雅子』から『梶芽衣子』】生半可の覚悟じゃ、女優はできない。
阿川 高校生のときにスカウトされて、日活に入った。
梶  あの頃の映画界ってものすごく厳しくて。
芝居も難しいし、とてもじゃないけど続けられないと思いました。
阿川 まだ十七歳ですもんね。
梶  でも、「できません」と弱音を吐くと、
監督やスタッフに「たとえ初めてでも、君はギャラをもらっているプロなんだから『できない』なんて言うな!」と怒られるんです。
イビリもありましたよ。忘れもしません、『夜霧よ今夜も有難う』――――。
阿川 石原裕次郎さんの?
梶  そう、私出てるんです。キッチンから恋敵の浅丘ルリ子さんを見つめるシーンで、
裕次郎さん専属ライトマンの藤林さんという人に「おい新人、これ持ってろ」って大根を渡されて。
大根持って一生懸命見つめていたら、
監督に「お前、何持ってんだ?バカヤロー!」
「え、だって藤林のおとうさんがこれ持てって・・・・・・・」って。
要するに、お前は大根役者だっていういびり。
阿川 意地悪ゥ。それで泣いたり?
梶  泣いてるひまなんかないですよ。
「藤林のおとうさん、ひどいじゃないですか!」って。
阿川 そしたら?
梶  そうしたら、「こういう恥をかいて覚えていくんだ。
どんどん恥かいて、育っていかなきゃ、浅丘さんのようになれないだろう」って。
阿川 ハハァ。で、演技に少しずつ興味をもっていったんですか。
梶  いびられて、私は女優に向いてないのかなと思った頃に、
マキノ雅弘先生の『日本残侠伝』に出ることになって、
先生に「梶芽衣子」という名前をいただいたんです。
それまでは本名の「太田雅子」でやっていたんですが、名前をいただいたということは、
女優としてやっていけってことかなと思って、これは勝負しなきゃいけない、
という気持ちが変わりましたね。
阿川 本気で女優をやろうと。
梶  そうです。生半可の覚悟じゃ女優はできない。
これからは本来の私の性格や人間性は関係ない。
「梶芽衣子」をどういう女優にしたらいいのかって考えたんです。
阿川 どうしようと?
梶  ケースに入ったお人形さんみたいな、
優等生で楚々とした女優さんをやっても私の居場所はない。
ここ(撮影所)にいないのは非行少女だけだ、と思ったんですね。
芝居はできもしないのに、そういう頭だけは働いたんです(笑)。
じゃあ、まずはジーパンでも穿いて撮影所に通ってやるかと。
阿川 それまではスカート?
梶  フリルのスカートも穿いたし、スーツも着ていました。
でもジーパンで通ってたら所長さんに呼ばれて、
「もっと女優らしい格好をしなさい」って叱られまして。
「だって私のイメージってこれじゃないですか。いけませんか」
なんて口答えしてました。
阿川 アハハハハ。生意気!
梶  ほんとに生意気でね。今思い返すとゾッとすることがたくさんありました。
アフレコのとき、私ができないでいると先輩の俳優さんたちがクスクス笑うんですよ。
私は恐いもんなしで
「笑わないでください。あなたたちにもこういう時期があったでしょ!」
主役なんだけどどうしてもやりたくない仕事が来て、断わったこともあります。
それはさすがに「うすら生意気な奴だ」ってことで、ちょっとホサれました。
阿川 仕事がなくなったんですか。
梶  まったくなくなるわけじゃなくて、役の格を下げられるんですよ。
小林旭さんの元恋人の死体役とかね。
で、これはホサれてるな・・・・・・・と感じていたとき、
長谷部安春監督が『野良猫ロック』で使ってくれたんです。
それが私の代表作のひとつになるんですけど。
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【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
梶  それが『女囚さそり』のお話だったんです。
伊藤俊也監督も脚本を持っていらして。
原作の劇画と脚本を読んだら、
自分の中で松島ナミの役づくりがちょっとできたんですね。
で、監督に「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」と言ったんです。
阿川 ご自分からおっしゃったの?
梶  そう。「ギャーギャーわめくより、ひと言も喋らないほうが不気味だし、恐い。
これって映画の歴史にない主人公になるんじゃないですか」って。
阿川 そうしたら監督は?
梶  「・・・・・・・・これ、僕のデビュー作なんです」って(笑)。
「初監督の作品で主役がひと言も喋らないのは・・・・・・・ちょっと時間をください」。
だから私はハッキリ申し上げました。
「お待ちします。でも、脚本通りに台詞を言えということでしたら私は辞退します。
喋らないのならお受けします」って。
それで、あの無言の『さそり』ができたんです。
さすがにまったく喋らない、というわけにはいきませんでしたけどね。

【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
梶  これを言ったら作曲の菊池(俊輔)先生に怒られちゃうかもしれないけど、
本来の譜面は「♪花よきれいとおだてられ~」なの。
阿川 メロディアスな感じ。

梶  素敵な歌なんだけど、ナミは無言の女でしょう。合うかなあ・・・・・?と思って。
「よし、語りでやってやれ」って、菊池先生にお許しをいただいて
(言葉をぶつけるように)「♪花よ、きれいと、おだてられ~」
阿川 なるほど!
梶  私の中に、完全にナミの感性が入ってきていたからできたんですね。
私、ぶきっちょだから、その役になりきらないとできないんです。
あの頃はずーっとナミな感じでいたから、みんなに迷惑がられました。
「何が気に入らなくてそんなに機嫌が悪いの」って(笑)。
阿川 でも、それで『さそり』もシリーズ化されましたね。
梶  私としては一本で辞めたかった。でも会社は許してくれないですよね。
なんせ当たりましたから。二本目は東映のお正月映画にまでなったんです。

【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
阿川 なぜ辞めたかったんですか?
梶  自分の中で、松島ナミを消化しきったからですね。
シリーズを降りるのは恩を仇で返すことだから、
非難されても、映画界から抹殺されてもしょうがないことです。
そう思って四本やりましたけど、結局そこで降りました。
お客が入らなくなるまで続けていくよりも、自分の意思でやめたほうが、
この先何があっても耐えられると思ったから。
で、これからは、どんな小さな役でもやる、いろんな役ができる俳優になりたいと。
阿川 ほお。
梶  それは『さそり』がヒットして、名前が世の中に知られたからこそできることなんです。
でもナミは特殊な役ですから、あまりにイメージが強く、最初はテレビに出ても大変で。
私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。
阿川 何が一番大変でしたか。
梶  二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
でも、たとえ二番手以下であっても、アウトロー女優の私がやっていきたいと思った
ことは貫いていますよ。
阿川 カッコい~い。
梶  その覚悟がなければ、降りるなんて言えませんよね。
今にして思うんですけど、『鬼平』のおまさは、私がやった役、全部に通じてるんです。
だから、『鬼平』に巡りあって、私の女優人生四十五年の約半分の二十一年間、
アウトサイダーのおまさをやらせていただいてることは、私の宿命だった気がするし、誇りなんです。
阿川 アウトローを貫いているその姿がクエンティン・タランティーノ監督にぞっこん惚れられて、『怨み節』と『修羅の花』が『キル・ビル』の挿入歌として使われたんですよ。

【芝居も歌も、非常にデリケートなものですから】
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
梶  今、私、海外からのオファーがすごくあるんですよ。
東欧のビール会社のCMとか。お酒飲めませんからってお断りしたんですけど。
阿川 タランティーノ効果かしら。
梶  最近もフランスから私のドキュメンタリーを作らせてくれって。
阿川 引き受けたんですか。
梶  いえ、海外のお話は全部お断りしてます。
ニューヨークからもハリウッドからもアジアから来ますけど、
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。
でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
芝居も歌も、非常にデリケートなものですから。
阿川 筋を通す人ですなあ。
私が伺うのも憚られるんでございますが、結婚するお気持はなかったんですか?

【別れるとき、二つ約束しました。】絶対に仕事を辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」
梶  ありました。結納を交わした相手がいました。
一緒に住んでいましたし、実際に女房をやっていました。
あとは判子を押すだけで・・・・・・・。『さそり』がヒットする前です。
阿川 えっ、そうだったんですか?
梶  それがある日、映画が当たって世界が変わっちゃって、
簡単に辞められなくなちゃたんですよ。
結婚するというのは仕事を辞めることだし、
辞めたらもっといろんな役ができる役者になりたいという夢が消えて絶対後悔するし、ヒットした映画は大事だし。
阿川 結婚して女優も続ける、という選択肢はなかったんですか。
梶  「辞めてくれ」と言われてましたから。
私はぶきっちょだから、同時に二つのことはできませんしね。
別れたのは二十七のとき。六十三年の人生で、あの決断が一番苦しかったかな。
阿川 うわ~ん、可哀相。
梶  別れるとき、約束したことが二つあるんです。
「絶対に仕事は辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」。
阿川 きつすぎるよ、それ。それでも、仕事を選んだ。
でもそれからずいぶん時が経って、
「今なら結婚できるかな」と思う人はいなかったんですか。
梶  結婚は考えたことないですね。恋愛はもちろんありますけど。
だって恋愛するなとは言われてないもの。
私、モテないわけじゃないんだから(笑)。
阿川 重々承知しております(笑)。
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【『キル・ビル』がヒットしたときに、「梶芽衣子って誰?」】
梶  『キル・ビル』がヒットしたときに、若い方たちの間で「梶芽衣子って誰?」という声
がすごくて、『さそり』『野良猫ロック』『曽根崎心中』なんかがDVD化されて、
世界中で売れたんですね。そこでティチクが『恨み節』と『修羅の花』をCDにしたら、これも売れて、じゃあ新曲をってことになった。
私は歌はあまり得意ではないんですけど、自分の中で緊張感を持って元気になれる仕事ですから。
それで去年出したのが『女をやめたい』。
阿川 強烈なタイトルですよね(笑)。
梶  やめてませんけどね(笑)。
こよなく女でありたいっていう気持ちの裏返しですよね。
これも好評いただいたので、
三月に『梶芽衣子ベスト・コレクション』というCD全集を出したんです。
CD六枚に八十二曲。
それにインタビューDVDと写真集も入っているんです。

【驚いたことに、ボブ・ディランの息子さんが】私の大ファンらしいんです。
阿川 ライブも始めたんですか?
梶  三月のライブには、驚いたことにフランスの国営放送とかイギリスから取材が
来たの。もっと驚いたのはボブ・ディランの息子さんが私の大ファンらして・・・・・・・。
阿川 なにィ~!?
梶  ライブのときに取ったアンケートで、私が一番興味あったのはファンの年齢層。      十八歳から七十代までいらしたんです。
三十代後半までが『キル・ビル』、それから団塊世代までが過去の映画、
それ以上の方がおまさのファン。
「おまさが歌を歌うの?」ってびっくりされたんじゃないかしら(笑)


【平蔵の独り言】
梶芽衣子が十七歳でデビュー今も現役の女優をしている。

〔「梶芽衣子」をどういう女優にしたらいいのかって考えたんです。〕
梶  ケースに入ったお人形さんみたいな、
優等生で楚々とした女優さんをやっても私の居場所はない。
ここ(撮影所)にいないのは非行少女だけだ、と思ったんですね。
芝居はできもしないのに、そういう頭だけは働いたんです(笑)。
じゃあ、まずはジーパンでも穿いて撮影所に通ってやるかと。
阿川 それまではスカート?
梶  フリルのスカートも穿いたし、スーツも着ていました。
でもジーパンで通ってたら所長さんに呼ばれて、
「もっと女優らしい格好をしなさい」って叱られまして。
「だって私のイメージってこれじゃないですか。いけませんか」
なんて口答えしてました。
阿川 アハハハハ。生意気!
梶  ほんとに生意気でね。今思い返すとゾッとすることがたくさんありました。
アフレコのとき、私ができないでいると先輩の俳優さんたちがクスクス笑うんですよ。
私は恐いもんなしで
「笑わないでください。あなたたちにもこういう時期があったでしょ!」
主役なんだけどどうしてもやりたくない仕事が来て、断わったこともあります。
それはさすがに「うすら生意気な奴だ」ってことで、ちょっとホサれました。
阿川 仕事がなくなったんですか。
梶  まったくなくなるわけじゃなくて、役の格を下げられるんですよ。
小林旭さんの元恋人の死体役とかね。
で、これはホサれてるな・・・・・・・と感じていたとき、
長谷部安春監督が『野良猫ロック』で使ってくれたんです。
それが私の代表作のひとつになるんですけど。

【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】
二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。

思い切りと覚悟で今も歩いているからだと思う。

もう少し、同じ時代に活きていけるか。

頑張ろう!
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by asanogawa-garou | 2013-03-23 16:25 | 人間模様 | Comments(1)

Commented by PineWood at 2015-08-08 03:26 x
シネマベーラ渋谷で梶芽衣子特集で(曽根崎心中)(ああ、ひめゆりの塔)(子どもの頃に戦争があった)などを見ました。時代劇の魅力は言うまでも無いのですが、戦争中のものでもしっかりした生き方を示し熱演されていたのが印象的でした!