【人生は70才より】60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎えがきたら、   

2015年 09月 03日

【人生は70才より】60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎えがきたら、早すぎるといえ。「人生を修める」祝い


仙厓義梵(せんがいぎぼん)

「60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎えがきたら、早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、急ぐなといえ。100歳で迎えがきたらぼつぼつ考えようといえ」

「いつまでも不良老人でいよう」

仙厓義梵のように「柳に風」
 「気に入らぬ風もあらふに柳哉」


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六十歳は人生の花、七十歳で迎えがきたら留守だといえ
八十歳で迎えがきたら、早すぎるといえ
九十歳で迎えがきたら、急ぐなといえ
百歳で迎えがきたら、ぼつぼつ考えようといえ

仙厓義梵 江戸後期の臨済宗禅僧


〔老いるほど豊かに 長寿祝いのすすめ〕
日本経済新聞2015/8/18 一条真也の人生の修め方

日本には、長寿祝いというものがあります。
61歳の「還暦」、
70歳の「古稀」、
77歳の「喜寿」、
80歳の「傘寿」、
88歳の「米寿」、
90歳の「卒寿」、
99歳の「白寿」、
などです。

 そのいわれは、次の通り。
還暦は、生まれ年と同じ干支の年を迎えることから暦に還(かえ)るという。
古稀は、杜甫の詩である「人生七十古来稀也」に由来。
喜寿は、喜の草書体が「七十七」であることから。
傘寿は、傘の略字が「八十」に通じる。
米寿は、八十八が「米」の字に通じる。
卒寿は、卒の略字の「卆」が九十に通じる。
そして白寿は、百から一をとると、字は「白」になり、数は九十九になるというわけです。

 わたしは、儀式の本質を「魂のコントロール術」であるととらえています。儀式が最大限の力を発揮するときは、人間の魂が不安定に揺れているときです。
老いてゆく人間の魂も不安に揺れ動きます。
なぜなら、人間にとって最大の不安である「死」に向かってゆく過程が「老い」だからです。

「人生を修める」祝い
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【平蔵の独り言】
古希がすぐそこ!
さて、どのように生きていくのか・・・・・
日々が見えてきた時に見つけた。

六十歳は人生の花、七十歳で迎えがきたら“留守だといえ”

2年前、左冠動脈狭窄 狭窄度70%
呑気に “天皇陛下は右冠動脈狭窄:バイパス手術”

天皇陛下と反対側の左だ!

そんな呑気なことを言っている病状ではなかった。

カテーテル手術1回目、石灰化が進んでいて撤収
血管の状態が把握できたという事で
ロータブレーターで石灰化を削り取る。
主治医「うまくいったぞ」と顔を向けてニコ!
ステント留置

しかし、術後の報告で「もう一か所狭窄がある。半年後」
“その狭窄が詰まったらどうなるのですか”
「その先の心臓の部位が壊死するだけ」
半年後この狭窄を検査→狭窄度100%
主治医「まだ新しいから、カテーテルでうまくいくでしょう」
バルーン・ステント留置

半年後、狭窄の検査「問題なし、もう来なくていいよ」
“先生 それは冷たい” ということで
毎年、一般外来で診察を受けることになり、今に至る。

【独り言】
七十歳で迎えがきたら“留守だといえ”

古希になったら、“留守です!”

仙厓義梵のように「柳に風」と自然体でいけるか・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2015-09-03 15:37 | 今 今日この頃 | Comments(0)