〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。それもまたいいではないか。余計なことは考えないようにしよう。   

2017年 09月 15日
〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。
それもまたいいではないか。
余計なことは考えないようにしよう。


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〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
余計なことは考えないようにしよう。

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〔捨てる心を捨てる〕
捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
CD、そして本。昔のビデオテープ。古いカセット。着なくなった服。
鞄、ボストンバック、古いトランク。

それらのすべてを手離したとしても、さし当りの生活には全く支障のないものばかりだ。
プラスチックの箱に3杯分ほどある写真。
これを捨てることができるだろうか。
もちろん、捨ててしまったところで、生きていくことに何の差し支えもない。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。
随分あったネクタイは普段用、白・黒で間に合う。
モノを捨てた後に残るものは何だろう。心の大掃除か。

〔モノが捨てられないのは、執着のせいである。〕
そもそもモノに執着するのは、生活上の問題ではない。
要するに心の問題である。
モノが捨てられない、それもまたいいではないか。
もし、あらゆる無用のモノを捨てて、すっきりした空間に身をおいたとしたら、自分ははたして幸福だろうか。

モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
生きている限り、執着は消えない。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死ぬのだ。

余計なことは考えないようにしよう。

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/8/31号

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【平蔵の独り言】
〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

【独り言】〔心の大掃除〕
書類、30年前のものが出てきてビックリ!
(30年結果としてゴミを大事に・・・・・)

クールビズに便乗して、ネクタイを勤めてから初めてやめた。
→結構、快適(ネクタイは 白、黒、普段使いを残して処分)

本、CD、ぼちぼちで執着で捨てられないのか。
あるものを全て捨てるのを考えると・・・・・

『断捨離』 に囚われて、執着が多すぎてなかなか捨てる心にスイッチ"ON"が
切れる。

見ないで、袋にポイポイできれば・・・・・

【平蔵の独り言】
〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

【独り言】
モノに執着し:気合いでいらないと捨てると少しずつスッキリ!

ヒトに執着し:今年も既に3人 旅立った。
       だんだん寂しくなる。

イノチに執着する:これは勘弁してもらおう。
         自分の足で歩ける”健康”のため
       
しかし、生まれて初めての”腰痛”は痛い!
今日も電気マッサージ!

余計なことは考えないようにしよう。

でも、元気なうちに捨てないと!



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by asanogawa-garou | 2017-09-15 15:56 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)