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【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。   

2017年 10月 23日
【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。

『週刊新潮』2017/4/13号 から始まった大江舜さん(ジャーナリスト)の「団塊絶壁!」(最終回)

「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」
『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。


〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」


〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕

1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの
    東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕

「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。

〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

――――――――――――――――――――――――
「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」

『団塊の世代』
<一九六〇年代の「若者の反乱」は、戦後直後に生まれた人口の膨らみが通り過ぎる嵐であった。
かってハイティーンと呼ばれ、ヤングといわれた、
この「団塊の世代」は、過去においてそうであったように、
将来においても数数の流行と需要を作り、過当競争と過剰施設とを残しつつ、年老いていくことであろう>

まさにその“予言”は当たった。
われら団塊、正も負もたくさんの「遺産」を残し、老いさらばえようとしている。
でも、まだ終わったわけじゃない。
せめて、あと10年あると思いたい。
お楽しみはむしろこれからなのだ。
よろしいか……そう願いたいではないか。
お楽しみと言うには、いささか気が引けるが、日本列島は千年ぶりの「大地動乱期」に入ったと警鐘を鳴らす学者がいる。
東京オリンピックなどに浮かれていても、かつて寺田寅彦が喝破したごとく、天災は忘れた頃にやってくる。


『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。
作家・堺屋太一氏が1976年に小説『団塊の世代』を著して広まった造語。

共通の経験として、
①戦争とモノ不足を知らない、
②人生の最初から高度経済成長の中に育った、
③物心がついた頃にはテレビがあった、などが挙げられ、

「安全は至上の正義、暴力は絶対の悪と信じる」
「経済成長を当然と感じ、既存の体制と組織と習慣に全幅の信頼を置く」
「平等思想に染まっている」
などが共通の性格と捉えられている。

「団塊」とは鉱業の用語。
「堆積岩中に周囲と成分の異なる物質が丸みをもった塊となっている状態」を指す。

〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)

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①堺屋太一●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。
日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。
98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。


「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」
戦後は文民官僚によってベビーブーマーたちが「望ましき日本人」に育つよう設計図が引かれたということなのか。
「日本の戦後史をひもとくと、マッカーサーによる占領時代、その後の吉田茂内閣から佐藤栄作内閣までは政治主導だったが、田中角栄の時代になると、官僚丸投げとなります」

〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


ご自身も『日本列島改造論』の執筆者の一人だった堺屋氏は、戦後、官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つあるという。

「1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化です。
これは田中内閣が“新潟の人間だって、俺のように東京に来て成功できるようにしてやれ”と進めた施策。
だからこそ新幹線はすべて東京から伸びている。
これが首都圏への過度の人口集中を招き、地方との成長格差を助長した。
現在地方都市にみられるシャッター通りはその象徴です。


2つ目が流通の無言化。
かつては雑貨屋の前で店主と奥さんたちが話したりしたものですが、それだと生産性が落ちるので、スーパー、コンビニ、自動販売機など『無言の流通』が拡がった。
このため買い物は『楽しみ』から『仕事』になってしまった。

3つ目が職場単属人間化です。
親類や近所の人とも付き合わず、職場内の人間関係だけで生きる職場人間群の造出です」

都会に出て誰とも話さず、職場にこもって仕事する。
これじゃまるで出稼ぎロボットだ。

「4つ目が人生の規格化。
生まれてから死ぬまでの流れを官僚が決めてしまったのです。
“生まれたら早くから幼児教育を行い、小学校から大学まで浪人をせずストレートに進学し、卒業後はすぐに就職。
ニートになるのは不良だ。就職したら蓄財しろ、お金が溜まったら結婚し子供を作って、夫婦で子育てをしろ。
持ち家を早くローンで購入して、払い終わった頃には中高年。
年金を積んで子供に頼るな。
官僚に年金を払ってくれたら、頭のいい俺たちが上手に運用するからね、そして老後は老人だけで寂しく暮らせ”というものです。
こうした家庭にまで及んだ官僚主導の施策のため、結果として2世代、3世代で住む昔ながらの暮らし方は激減しました。
親と同居すると、嫁姑問題が起きて苦労するといったドラマを盛んに流して、老夫婦単独世帯化に拍車をかけました。
これは、現在の老老介護や孤独死問題につながっていきます。

5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。
この頃の小住宅が空き家になって問題化しているのはご存じの通りです」

これらを、人生の規格化は文部省、小住宅多部屋主義は建設省、流通無言化は通産省……と、各省庁が分担。
さらに官僚制度は終身雇用・年功序列・正社員優遇だから、社会の方もそれに準じさせたというから開いた口が塞がらない。

〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕
「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。
ただしこのエンジンは後押しをするばかりで肝心の方向舵がありません。
操縦席に座るのは、私たち、ひとつ前の世代の官僚です。
大きな力の方向性は私たち官僚と、私たち世代の企業家が決めていたわけです」

それゆえ団塊の世代には、世代的特徴として、自主性・創造性が希薄だという。
「正確に言えば、もちろん、自主性・創造性はあるけれど、集団の中では、そういったものを発揮しない方が得なんです。
その証拠に800万人もいるのに、ユニクロの柳井(正)さんらを除けばこの世代はユニークな企業家を生み出していませんし、ノーベル賞の受賞者もいない」


えろうすんません。不甲斐ないなあ、団塊の世代。
「私が関わった1970年の大阪万博のとき、官僚のシナリオ通りに育った団塊の世代は、大学を出たばかり。
彼らは、消費者として、車やクーラーなど大量生産品を生み出し、経済のパイを大きくしてくれた。
そして会社で中堅社員になる頃、社内のポスト競争に勝ち抜くためにたちあげた過剰なプロジェクトこそバブルの遠因になったのではないか」


〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕

その結果、しわ寄せはそういう親を見て育った、団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形で出てきた。
「日本は、安全・安心・正確・清潔の4点では世界1位水準。
すべてに満足をしてしまい、生物として最も根源的な『子孫を増殖させたい』という欲望がなくなってしまった。
むしろ、地獄の風を吹かせて、活力と苛立ちのある競争社会を作った方がいいのかも」

何だ、結局われらは、官僚というお釈迦様の手の平で遊ばされていた孫悟空だったということか。
こう聞くと懸命に生きてきた70年弱が何だかむなしい感じになりませんかね。
猿ではなく、人間に戻るチャンスはまだあるのか。
これからの10年で挽回できるのか。


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

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②おそらく日本で最も知られた「団塊の世代」人、(ビートたけし)
ある意味、「団塊」の枠から外れた生き方をしてきた氏は、こんな風に“総括”する。
「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。
戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
なぜか70歳まで生きてしまった。
いまだに金も稼いだりしてホントに困ったもんだ。
バイク事故の後、今こうやって話しているのが夢で、本当は管に繋がれて植物人間で生きているかも。
どっちが夢だか現実だか」

〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

〔オイラは生かされてしまった〕あの人、あの言葉( ビートたけし) 〔ビートたけし〕オイラは生かされてしまった

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③8月2日深夜、原付バイクで走行中に転倒、頭を激しく損傷し入院していたビートたけしが、9月27日に退院会見を行った。
たけしは顔面の半分が麻痺状態という重い後遺症を残していた。
だが、普通であれば即死だったといわれるほどの大事故を生き延び、
約2ヶ月で話せるまでに回復したのは、本人も言うとおりまさに「奇跡」だった。
入院生活中、胸中をずっと占めていたこの思いから、
己の生き方について改めて考え直したというたけしは
「テレビだけじゃ残りの人生つまらない」と語り、
今後の活動に意欲をみせた。
現在の多方面での活躍ぶりは、言わずもがなである。


あの人、あの言葉週刊現代2017/10/14.21号

〔たけしとたけし軍団〕
収録の時にスタジオの床に釘が落ちていたと。

そこで普段は穏やかなたけしさんが
「こんな危ないところで、うちのもんにやらせられるか」と激怒した。

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【平蔵の独り言】
〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。

【独り言】
官僚が設計製作したシナリオに従って、団塊の世代はイケイケどんどん
その結果が年金支給60歳から65歳そして年金では暮らせない社会

東京一極集中、スーパー・コンビニ、
仕事人間、不寛容社会、(ニュータウンとかっこよく蜂の巣(団地))

“うんうん”と納得!

団塊の世代は“痛い”
67%は働いている。

古希を前に、年金を貰い働いていることに“感謝”
42の厄の年にキツイ仕事で話していた言葉を思い出す。
「俺たち何か悪いことしたか!」
定年になったら、年金をもらって・・・・・

この友は60を前に年金も貰わずに旅立った!

【平蔵の独り言】
【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

【独り言】
団塊の世代は話をしていて分かる。
同じ匂いがしている。
気が付けば、いい時代を歩いてきたのか・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-10-23 14:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。それもまたいいではないか。余計なことは考えないようにしよう。   

2017年 09月 15日
〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。
それもまたいいではないか。
余計なことは考えないようにしよう。


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〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
余計なことは考えないようにしよう。

---------------------------

〔捨てる心を捨てる〕
捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
CD、そして本。昔のビデオテープ。古いカセット。着なくなった服。
鞄、ボストンバック、古いトランク。

それらのすべてを手離したとしても、さし当りの生活には全く支障のないものばかりだ。
プラスチックの箱に3杯分ほどある写真。
これを捨てることができるだろうか。
もちろん、捨ててしまったところで、生きていくことに何の差し支えもない。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。
随分あったネクタイは普段用、白・黒で間に合う。
モノを捨てた後に残るものは何だろう。心の大掃除か。

〔モノが捨てられないのは、執着のせいである。〕
そもそもモノに執着するのは、生活上の問題ではない。
要するに心の問題である。
モノが捨てられない、それもまたいいではないか。
もし、あらゆる無用のモノを捨てて、すっきりした空間に身をおいたとしたら、自分ははたして幸福だろうか。

モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
生きている限り、執着は消えない。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死ぬのだ。

余計なことは考えないようにしよう。

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/8/31号

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【平蔵の独り言】
〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

【独り言】〔心の大掃除〕
書類、30年前のものが出てきてビックリ!
(30年結果としてゴミを大事に・・・・・)

クールビズに便乗して、ネクタイを勤めてから初めてやめた。
→結構、快適(ネクタイは 白、黒、普段使いを残して処分)

本、CD、ぼちぼちで執着で捨てられないのか。
あるものを全て捨てるのを考えると・・・・・

『断捨離』 に囚われて、執着が多すぎてなかなか捨てる心にスイッチ"ON"が
切れる。

見ないで、袋にポイポイできれば・・・・・

【平蔵の独り言】
〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

【独り言】
モノに執着し:気合いでいらないと捨てると少しずつスッキリ!

ヒトに執着し:今年も既に3人 旅立った。
       だんだん寂しくなる。

イノチに執着する:これは勘弁してもらおう。
         自分の足で歩ける”健康”のため
       
しかし、生まれて初めての”腰痛”は痛い!
今日も電気マッサージ!

余計なことは考えないようにしよう。

でも、元気なうちに捨てないと!



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by asanogawa-garou | 2017-09-15 15:56 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

この歳になって、我慢するのをやめました。(遅咲きの名優が辿り着いた境地)【笹野高史(66歳)】   

2017年 08月 24日
この歳になって、我慢するのをやめました。(遅咲きの名優が辿り着いた境地)【笹野高史( 66歳)】

〔どんな小さな役柄でも、その登場人物にも歴史や毎日の暮らしがありますよね。〕 2015/12/26

この歳になって、我慢するのをやめました。

〔デザートをいくつ頼んでもいいと知って人生が変わった〕
「津川雅彦さんと食事をする機会があったんです。
デザートを選ぶ段になって
津川さんが『僕はね、これと、これと、これと』ってオーダーをされまして。

『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

〔知らないうちにできてる「刷り込み」ってやつが怖いんだね、なんでも〕


どんな小さな役柄でも、その登場人物にも歴史や毎日の暮らしがありますよね。
シェークスピア劇の門番も、家に帰れば家族がいて、夕飯時に奥さんから隣近所への愚痴を聞かされたりするわけでしょう。
そういう想像をどんどんしていくと役に魂が入るんじゃないかって思う。
これが面白くてたまらない。


〔デザートをいくつ頼んでもいいと知って人生が変わった〕

漠然とした不安を抱えていた矢先、ある光景を見て、自由に生きて行こうと決めた。
「津川雅彦さんと食事をする機会があったんです。
デザートを選ぶ段になって
津川さんが『僕はね、これと、これと、これと』ってオーダーをされまして。
『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

〔知らないうちにできてる「刷り込み」ってやつが怖いんだね、なんでも〕
目からうろこ、でしたよ。
僕の食事の常識には、デザートは一つ、って刷り込まれていたんです。
でも欲張っていいんだと思ってね。
自分を抑えていたいろんな刷り込みを一気に消してみた。
そうしたら、齢50過ぎにして人生観が変わりましたよ」


「いろいろ我慢してきた反動ですかね。
でも物欲は仕事の原動力ですし、もっと言えばその好奇心が生命力そのものなのかな、と。
もちろん不安はあるけど、『この先はどうしよう』って悩んでても埒があかない。
いつ死ぬかさえわからないんだから。
撮影現場でポックリ逝けたら最高だけど、そんなに上手くいかないだろうねぇ」

高齢化する日本では「普通の人の生活や感情がきちんと反映された上質の作品」が必要になると考えているという。
そんな自分だから演じられる役に、まだまだめぐり合えそう。
主役でもワンシーンでも楽しませてもらいます。


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【平蔵の独り言】
『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

【独り言】『もういい年なんだから。したいことすればいいの』
〔同じもの繰り返しの中から、奮い起たせるものを探す〕蜷川幸雄
これから何が起こるのか! 考えても仕方ないし。

〔今、“何でもありと”〕 と最近思い始めているが!




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by asanogawa-garou | 2017-08-24 16:00 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」   

2017年 08月 14日
〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。
〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」

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〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。

一に健康:何百億円手にしても病気がちだったら、なんの意味もない。
     まず体が“健康”でなければ、
     折角の人生を愉しむことはできない。

二に話し相手:人間は1人では生きていけない。
     “話し相手”が必要だ。
     それも相性のいい話し相手がベストである。

三に身の丈の金:金は天下のまわりものである。
     出ていく分がはいればいいことだ。
     自身を通過した金は私になにかを遺してくれた。
     それがわたしの“身の丈の金”なのである。


〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」

〔無思想〕信ずる思想も主義もまったくなかった。
〔無批判〕特定個人への批判や攻撃がないとよくいわれる。
〔無節操〕人生を怖ろしい冗談の連続だと思っている。
     それを受け止めるためには、
     巨大なユーモアの城壁がないと息苦しい。
     無節操な他愛もないことがユーモアの原点

下手な主義主張や正義があると、むしろ行動力のブレーキになってしまう。
無思想でも無批判でも無節操でもいい。
ただひとつ不屈で元気で燃えるようなエネルギーがあればいいのである。


はじめに言葉ありき おわりに言葉ありき(島地勝彦“シマジ流”格言エッセイ集)

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最初、上手いこと言うな!
「男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる」

【平蔵に独り言】

〔人生で大切なことは〕健康、話し相手、身の丈の金
“健康”:これが今は一番、
   内科(血圧/血糖)
   循環器内科(心臓カテーテル)
   消化器内科(胃カメラ/大腸内視鏡)、

   歯科(歯周病・インプラント:歯のメンテナンス 季節ごと)
   眼科(ドライアイ、視野検査)

いつの間にかこんなに・・・・・

“相性のいい話し相手”:自身で相性がいいと思っている話し相手は一人ずつ・・・・・

“身の丈の金”:自身を通過した金は私になにかを遺してくれた。
これは納得、20代から通過した金は今の自分に遺してくれた。
気が付けば、高度成長いい時代を過ごしてきた。
あの世には手ぶらでしか行けない。

毎日の食事、運動
(喫煙15年、禁煙35年、禁酒して22年)


【平蔵に独り言】
〔生き方は無思想、無批判、無節操〕

ノンポリ、ずぼら、ぶれない
ノンポリ、ずぼら:ゆらゆら時と場合
ぶれない:これは変わらない

【独り言】
よく、「余計なエネルギーを使うのは止しましょう」
と口にしているが元気で燃えるようなエネルギーがあれば
もう少しいけるか!



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by asanogawa-garou | 2017-08-14 16:53 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕   

2017年 07月 28日
〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕

〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
〔朝の光の効用とは〕
〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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①まあ、気にしない事が一番でしょう

世の中には、やろうと思って試みても、なかなか出来ないことが沢山ある。

私にとっては、早寝早起きというのもその一つだ。
健康法や養生について語る人は多い。
専門家もいれば、ごく普通の人もいる。
それぞれに、なるほどと思わせるところが多々ある。

しかし、正反対の意見が堂々と文章になっていると、エッとびっくりする。
これはいい、と共感してやっていた事が、突然、絶対に避けるべき事として挙げられていたりするのだから困ったものだ。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
すべからく筋肉をきたえて健康になりなさい、と説かれると、なるほどと思って慣れないスクワットなどを試みる。
すると突然、スクワットなど百害あって一利なし、即刻やめるべし、という本が店頭に並んだりする。
私の不自由な脚についても、好意あるアドバイスをある方から受けた。
無理をしてはいけない、できるだけエスカレーターやタクシーを使うように、と教えてくれた先生がいた。
反対に痛くても歩かないと廃用性ナントカになるから、リハビリと思って階段を上り下りしなさい、と言う人もいた。
アイシングをすすめる専門家と、患部を温めて血行を良くしなさい、と言う医師がいる。

1日三食きちんと食べろ、いや、食べずに体重を減らすのが脚にいい、など百人百様の説が雨霰と飛びかう。
食事にしても同様である。運動にしてもしかり。

〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
しかし、人間は百人百様だ。
医学の教科書は教科書として、人がそれぞれ個性をもつ存在であることを、もっと重視したほうがいいのではないか。
医学も、科学も、普遍性を土台としている。
しかし、人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ。

〔朝の光の効用とは〕
朝食を食べないと元気がでない人がいる。
逆に朝食を抜いたほうが心身ともに良い、という人もいる。

「なんといっても、朝、ちゃんとお日様の光を浴びないと話になりません」
と、有名大の先生がテレビで力説されている。
朝の光。
それは一体どんなものだろう。
ホルモンの働きを活発化してくれるのか。
それともすり減った股関節を再生させてくれる力を秘めている
ものか。
「朝日を浴びないから脚の軟骨がすり減ってきたんじゃないですか」
と、忠告してくれた人がいた。
その人は毎朝、6時には起きてラジオ体操を日課としていたそうである。
そして今、彼は病をえて大学病院に長期入院中である。
近々、痛む脚を引きずりながら見舞いにいってみようと思う。
大学病院にも朝の光はさすだろうか。


〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
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〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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③まあ、気にしない事が一番でしょう。
生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/07/27号



【平蔵の独り言】
〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。

【独り言】〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
を取り入れて、

ほどほどの メタボ
血圧は毎日計測(降圧剤は離せない)
歯は歯槽膿漏で元から“すっぽり”それから朝晩の歯磨きとメンテナンス
3食しっかり、適度に抜く
早寝早起きはしっかり7時間
水は手放せない
塩分控えめ

自身に合った気にした 日常:(気にしない事 ですかね)


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by asanogawa-garou | 2017-07-28 16:44 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

日野原重明先生〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」   

2017年 07月 26日
日野原重明先生〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」

日野原重明氏「死はGoodbyeではない」
予防医療の普及など日本に大きな影響を与えた医の伝道者
•日経ビジネス編集部2017年7月19日(水)

〔「2020年の東京オリンピックのとき、私は109歳なわけですが、いまからその準備を…」〕

〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」

〔「シニア会員」・「ジュニア会員」・「サポート会員」〕
〔成人病を「生活習慣病」と言い換えるように提言〕
〔「長寿ニッポン」を支える制度作りにも寄与〕『人間ドック』「病気にならないこと」
〔死はグッバイではなくシー・ユー・アゲインです〕



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①『生きかた上手』など数々のベストセラーを持つ医師、日野原重明氏が亡くなった(写真:村田 和聡)

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏が死去したことが7月18日、分かりました。105歳でした。

〔「2020年の東京オリンピックのとき、私は109歳なわけですが、いまからその準備を…」〕
 在りし日の日野原氏が講演のたびに使っていたフレーズです。
その度に会場は笑いに包まれますが、本人はいたって真面目でした。
残念ながら東京五輪をその目で見ることはかないませんでしたが、日野原氏の生き方はこれからも多くの日本人に影響を与え続けていくでしょう。

 本稿では日野原氏の言葉を振り返りながら、日野原氏の功績の一部をご紹介します。改めて、ご冥福をお祈りいたします。

〔「果たすべきミッション(使命)がある」〕 「私は疲労というものを感じたことがないのです」

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 「私は疲労というものを感じたことがないのです」
 日野原氏は100歳を超えてからも現役医師として、講演のために全国を飛び回る。著書も130冊を超え、毎年のように新著を上梓してきた。
 原稿の締め切りが迫っている時には、明け方まで執筆を続け、2~3時間の睡眠で家を飛び出すこともある。
そんな日の朝食はクッキー2枚とコップ1杯の牛乳だけだ。
 「この歳ですから、そりゃあ肉体的な疲労はありますよ。でも一晩寝ると、朝はすっきりして、『さあ、今日もやるぞー!』とフレッシュな気持ちで目覚めるわけです。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」

〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕
 日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。
 日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。
一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。
これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。
 この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。
 「90歳になったとき『新しいことを創はじめたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」

〔「シニア会員」・「ジュニア会員」・「サポート会員」〕

「新老人の会」の「シニア会員」になれるのは75歳以上。
60~74歳は「ジュニア会員」、60歳未満は「サポート会員」である。
日野原氏の発案だ。
 60~74歳を「ジュニア」と呼ぶことに若干の違和感があるが、女性会員などに話を聞くと「私は、まだジュニア会員ですから」とうれしそうに話す。
社会的には「高齢者」と呼ばれる人々が、ここでは「ジュニア」。
そう位置付けられるだけで、人の心持ちは変わる。
 いつも注意深く患者の声に耳を傾け、患者との対話から治療を始める日野原氏は、言葉の効用をよく知っている。

〔成人病を「生活習慣病」と言い換えるように提言〕

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③全国を飛び回る生活を送っていた日野原重明氏。
東京・世田谷の自宅にいるときも、熱心に執筆に取り組んでいた(写真:村田 和聡)
 「政府は75歳以上のお年寄りを後期高齢者などと呼びますがね、あれはダメです。老人という言葉には『人生経験を重ねた思慮深い人』という畏敬の念が入っている。中国語で立派な人を『大人(ダーレン)』と呼ぶでしょう。あれに近いニュアンスですね」
 「一方で、高齢者という言葉には『物理的に年を取った人』という意味しかない。おまけに『後期』などと線引きをする。あれはお役人の発想ですよ。そう呼ばれた人たちがどう感じるか、人の気持ちを考えていない」
 「私は、75歳以上のお年寄りを『新老人』と呼びたい。
世界のどこよりも早く超高齢化社会に入った日本の75歳以上は、国民の寿命が延びたことによって生まれた新しい階層だからです。
新老人たちが生き生きと活躍する社会を作ること。
それこそが私に与えられたミッションだと考えています」
 「後期高齢者」を「新老人」と呼び換える。
「たったそれだけのことで何が変わるのか」と思われる方が多いかもしれない。しかし言葉には人々の考え方を変える力がある。
日野原氏はかつて、言葉による日本人の意識改革に成功している。
 「昔は糖尿病や心疾患、脳血管疾患のことを『成人病』と呼びましたね。
そう呼ぶと患者さんたちが『成人になったのだから、成人病にかかるのは仕方ない』と思ってしまう」
 「しかし、こうした病気は食生活や日頃の運動によって予防できるし、治癒もできる。生活習慣が原因なら、それを改めればよいのです。
『成人病』を『生活習慣病』と呼び換えるだけで、人々の意識は変わるのです。だから公的な文書でもそう呼び換えるよう、政府に働きかけました」
 厚生省(現厚生労働省)は1980年頃から糖尿病などを「成人病」と表記してきたが、日野原氏らの提言を受け入れる形で90年代後半から「生活習慣病」に呼び変えた。
 生活習慣病という言葉は日本人の間に広く定着。
それを予防するために多くの人が自分の体重や血圧を気にかけ、適度な運動を始めたり、食生活を改善したりし始めた。

〔「長寿ニッポン」を支える制度作りにも寄与〕『人間ドック』「病気にならないこと」


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④日野原重明氏は、「長寿ニッポン」を支える制度の定着にも貢献した(写真:村田 和聡)
 戦後間もない1947年、日本の医療事情は劣悪で、病院も医師も薬も、すべてが不足していた。
日本人の平均寿命は男性50.1歳、女性54.0歳だった。
 そんな時代にいち早く、「病気を治す」ことではなく「病気にならないこと」に注目した医師がいた。
聖路加国際病院の橋本寛敏元院長と、国立東京第一病院(現国立国際医療研究センター)の坂口康蔵元院長である。
日野原重明氏は橋本院長の右腕として予防医療の制度立ち上げに奔走した。
 「病院は病気の人が来るところというのがそれまでの常識でしたが、病気を予防するためには健康な人が病院で受診する必要があるのです。
寿命が延びていけば、やがて健康な人がどう老いていくかという問題が重要になると我々は考えました」
 「最初は『定期健康検査』と呼んでいましたが、これを聞きつけた新聞記者が船を点検・修理するドックからの連想で『人間ドック』と書き、いつの間にかこの呼び方が定着しました。
最初の利用者は政治家です。政権についている時の政治家は激務に追われますが、内閣が辞職するとしばらく暇になる。
その期間に『体のお手入れをされたらどうですか』とお勧めしたのです」
 聖路加の内科医長だった日野原氏は、国立東京第一の小山善之医長と組んで、人間ドックの仕組み作りを進めた。
人間ドックを健康保険の対象にしてもらうため、日野原氏と小山氏は東京・乃木坂にある健康保険組合連合会の本部にも通った。
 血圧測定、血液検査、検尿、心電図、レントゲンといった健康診断の定番メニューはこの時に固まった。
 「今は技術が進んだおかげで、日帰りでほとんどの検査が受けられますが、当時は検査機器の性能が劣っていたので、検査をするのに1週間かかりました。優れた装置がなくて、当初は肝臓の検査はできませんでした」
 こうして54年、国立東京第一と聖路加は日本初の人間ドックを開始した。両病院合わせて7床でのスタートだった。
 「健康な時に病院に行くという習慣は、当時の日本人にはありませんでした。
我々は病気を予防したり、早期に発見したりするためには、自覚症状がなくても定期的に健診を受けた方がいい、という考え方を日本中に広めなくてはなりませんでした」
 人間ドックを普及させるうえで、国民の誰もが名前を知っている政治家に受診してもらうことは大いに効果があった。
ある日、とある大物が聖路加の人間ドックにやってきた。
読売新聞のオーナーで衆院議員も務めていた正力松太郎氏である。
 「1週間の健診の最後に会食の時間があったのですが、正力さんに会いたい人たちが皆さん受診に来ましたよ」
 この頃から日野原氏は正力氏の主治医になり、正力氏の最期をみとることになる。こうしてまずは政財界の有力者から始まった人間ドックが徐々に一般の人々にも広がり、「長寿ニッポン」を支える制度として定着していく。

〔死はグッバイではなくシー・ユー・アゲインです〕

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⑤増大が続く医療費について、医学界と経済界を代表する2人が話し合った(「日経ビジネス」2015年6月1日号特集より、年齢は対談を行った2015年当時。写真:山田 哲也)
 高齢化社会に突き進む日本では老人の医療費増大が止まらない。
だが、老人を悪者にしても何も始まらない。
医学界と経済界を代表する2人の賢人は、「医を仁術に終わらせてはならない」と声をそろえた。
国民医療費は2025年に50兆円を超え、そのうち6割以上を65歳以上の医療費が占める見込みだ。
〔人生の質〕
日野原重明氏:医療界だけではなく、社会全体で考えるべき問題だと思います。
まず無駄な医療をやめることです。
医療を営業と考える医者は延命治療に夢中になりがちです。
患者や家族には「長生きは良いことだ」という思い込みがあり、医者も延命した方がもうかるからです。
しかしチューブにつながれて最期を迎えることが患者や家族にとって本当の幸せでしょうか。
社会的にみれば膨大なコストがかかっている。
 お年寄りに「長生きするな」と言っているのではありませんよ。
人生の質を言っているのです。
私は日本におけるホスピスの普及に力を注いできました。
ホスピスでは、天から与えられた命を、最後まで質高く全うすることに重きを置きます。
患者には「最期が来ましたよ」と自覚してもらい、「また天国でお会いしましょう」と家族とお別れしてもらいます。
グッバイではなくシー・ユー・アゲインです。
 延命治療をやめれば、住み慣れた自宅で最期を迎える人が増えるでしょう。
病院より、自分がずっと生きてきた場所で最期を迎えたいと望む人は多いのではないでしょうか。
これを実現するには医者も患者も家族も考え方を改めなくてはなりません。死に抗うのではなく、死を受け入れる考え方が必要です。
 欧米ではこうした考え方の下、ホスピスや在宅医療の体制が整備されています。
努力すれば日本でも、コストを抑制しながら医療の質を上げることは可能だと思います。
そのためには教育から変えていかなくてはならない。
 ルネ・サンド(1928年に国際社会福祉協議会を設立したベルギーの医学者)は「国民の参与なくして国民の健康は作られない」と言っています。
まず社会の中のいろいろな層の人々による協力体制を作る必要があります。「真の健康社会を作る」ことを国民の総意にしなくてはならない。
稲盛和夫氏:サンドの言葉は経営にも通じると思います。
全従業員の参与がなければ良い経営は実現できません。
 私が再建に関わった日本航空(JAL)を例に取ればパイロット、客室乗務員から整備のエンジニア、荷物を運ぶ人、機内食を作る人、機内や空港を掃除する人まで、すべての人がそれぞれの役割をきちんと果たし、なおかつ自分の持ち場で収益を考えてもらう必要がありました。
 医療も同じだと思うのです。ドクターから看護師さん、食事を担当する人まで、医療に関わるすべての人が、どうすればコストを上げずに、患者さんに良い医療を提供できるか。
皆で考えるところから始めたらいいのではないでしょうか。
書籍『日野原重明先生の生き方教室』

【平蔵の独り言】
〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕
 日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。
 日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。
一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。
これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。
 この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。
 「90歳になったとき『新しいことを創はじめたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」
 「新老人の会」の「シニア会員」になれるのは75歳以上。
60~74歳は「ジュニア会員」、60歳未満は「サポート会員」である。
日野原氏の発案だ。
 60~74歳を「ジュニア」と呼ぶことに若干の違和感があるが、女性会員などに話を聞くと「私は、まだジュニア会員ですから」とうれしそうに話す。
社会的には「高齢者」と呼ばれる人々が、ここでは「ジュニア」。
そう位置付けられるだけで、人の心持ちは変わる。
 いつも注意深く患者の声に耳を傾け、患者との対話から治療を始める日野原氏は、言葉の効用をよく知っている。

【独り言】〔七十にして惑わず〕
気合を入れないと1日が始まらない。
日野原重明先生の『さあ、今日もやるぞー!』
をもらおう!

【平蔵の独り言】
 「政府は75歳以上のお年寄りを後期高齢者などと呼びますがね、あれはダメです。老人という言葉には『人生経験を重ねた思慮深い人』という畏敬の念が入っている。中国語で立派な人を『大人(ダーレン)』と呼ぶでしょう。あれに近いニュアンスですね」

【独り言】
それにしても“前期高齢者”“後期高齢者”、高齢者でくくるな!
まあ、定年退職後の年金世代を管理しやすいように官僚が考えた言葉

「シニア会員、ジュニア会員」
シニアの自立をする社会環境を作っていけばいいのに・・・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-07-26 15:12 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)   

2017年 07月 01日
〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)

〔ジャパン・アズ・No.1の道〕「超高齢社会のトップランナーである日本は…」そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、

その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

〔下山の時代〕

常に先行走者の背中を見て、後を追いかける生き方はつまらない。
そう思いつつ、あれこれ妄想にふけっていると、
ふと外国に先駆けてこの国だけが先行できる分野のことが頭に浮かんだ。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、
その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

五十歳までの人生と、五十から百歳までの人生では、すべてがまったくちがう。

いうなれば下山の時代なのだ。

その後半の時代を生きる思想や哲学、政治や経済などをなんとか創りだす必要があるのである。
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。
世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

(生き抜くヒント!)(五木寛之) 週刊新潮平成29年6月29日

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【平蔵の独り言】
「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

【独り言】
〔四十にして惑わず〕
孔子が晩年に振り返って言ったことば。
『論語・為政』に「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」とあるのに基づく。

七十歳 「従心」
「七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」
(「論語・為政第二」より )

「心のおもうままに行動しても、人としての道理を外れることは無くなった」ということ。
このように、自分の思い通りに振る舞っても倫理規範を外れることがない、というのは、言わば「人間理想の姿」ということが出来ます。
「自分の欲望をコントロールすること」。また「欲望に左右されない心の安定を持つ」ということです。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
〔四十にして惑わず〕→四十を七十(古希)か

〔七十にして惑わず〕2500万人     
→惑って、「下山の時代」を今日も歩く・・・・・・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-07-01 16:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔司馬遼太郎と新撰組『燃えよ剣』〕司馬が幕末を舞台に通俗的なサラリーマン小説を書いたんだ。   

2017年 06月 10日

〔司馬遼太郎と新撰組『燃えよ剣』〕司馬が幕末を舞台に通俗的なサラリーマン小説を書いたんだ。


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〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)

司馬を読んだサラリーマンたちは、「ひょっとしたらオレだって」と思ったのだろう。
「そういうことだ。そこが司馬の策略というか、狡猾なところだな。司馬は、剣も強ければ人望もあるというオールマイティーな人物を肯定的に描くことはなかった。
そして、どこか欠けたところがある人間を魅力的に描いた。
新撰組なら、清河八郎や芹沢鴨、山南敬助はあまりよく描かれていない。司馬に悪く描かれた人物の子孫の中には、怒り狂っている人もいるそうだ」


〔女性に人気がある理由〕
(ベルギー人記者)
「当時は、長く続いた江戸の太平の世の末期で、武士らしい武士はほとんどいなかった。
だから、武士道を体現しようとする新撰組は、京都の女性には久々に見た“武士”として新鮮に映ったのかもしれません。
皮肉なのは新撰組のメンバーのほとんどが百姓出身ということです。
生まれつきの武士は、武士としての自分のアイデンティティーについて深く考えることはありません。
一方、武士階級出身ではない場合、『武士とは何か』と考え抜き、その理想を追求しようとします」

そういう意味では、新撰組は武士もどきであり、コスプレのようなものかもしれない。
若者たちが揃いの浅葱色の羽織を着て、剣の腕を競い合う。

豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。

女性に人気というのも頷ける。
アイドルグループのように、「私は近藤」「私は土方」「私は沖田」と贔屓を作ることができた。

欧米にも新撰組ファンはいる。
ネット上の百科辞典では、英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語版で、かなり詳しい解説がある。
池田屋事件、組織の上下関係、掟・規則などが紹介され、揃いの羽織袴や誠の旗の写真も載っていた。

「主君に対し、最後まで忠義を尽くす」
という彼らの生き様が、エキゾチシズムの文脈で捉えられている面もある。
「新撰組の特徴の鉢巻きも珍しかったんだと思いますよ」(ベルギー人が頷く)

「新撰組について調べたが、野蛮な集団という認識しかないな。
腕っぷしは強かったのかもしれないし、会津藩の松平には忠誠を誓っていたが、やっていることは酔っぱらって暴れるヤクザと同じだ。
ロマンチックな美談に仕立て上げられているが」(フランス人記者が吐き捨てた)


「滅びの美学」
(フランス人記者)
「やはり新撰組を美化した作家の影響が大きいのではないか。幕末の政情不安の中、右往左往する人間の姿を、平和になった現代の小説家が面白おかしく書いたわけだ。」

織田信長や坂本龍馬、新撰組が繰り返し物語の題材になるのは、日本人がいまだ「滅びの美学」に価値を認めていることを示すのではないか。
勝海舟についても書いているが、勝は明治政府から爵位をもらっており、最後が盛り上がらない。

週刊新潮6/1号(東京情報・新撰組という物語)ヤン・デンマン

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【平蔵の独り言】〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)

司馬を読んだサラリーマンたちは、「ひょっとしたらオレだって」と思ったのだろう。

「そういうことだ。そこが司馬の策略というか、狡猾なところだな。司馬は、剣も強ければ人望もあるというオールマイティーな人物を肯定的に描くことはなかった。
そして、どこか欠けたところがある人間を魅力的に描いた。


【独り言】
〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)
を見て、原作司馬遼太郎全集を通勤途中で読んでいた。

近藤勇、土方歳三、沖田総司は主役たち、清河八郎、芹沢鴨、新撰組を笠に着て、悪事を重ねた。

と思っていたが、まあ”単純“な頭でいままで居たことか?

【平蔵の独り言】
若者たちが揃いの浅葱色の羽織を着て、剣の腕を競い合う。
豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。
女性に人気というのも頷ける。
アイドルグループのように、「私は近藤」「私は土方」「私は沖田」と贔屓を作ることができた。

【独り言】
豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。

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→あ! アルフィ


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by asanogawa-garou | 2017-06-10 16:34 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

「「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」という故岸信介元内閣総理大臣の養生訓」 〔3ヶ条〕   

2017年 06月 07日
「「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」という故岸信介元内閣総理大臣の養生訓」 〔3ヶ条〕

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〔岸信介〕岸信介元首相の長生きの秘訣・転ぶな、風邪引くな、義理を欠け・・・
安倍首相のお爺さんである、岸信介元首相は90歳の長寿を全うされたことでも知られています。

そんな岸本元首相がある席で、長生きの秘訣について言った言葉が、

“転ぶな、風邪引くな、義理を欠け、”だったそうです。

義理を欠けと言っても、岸元首相は義理堅い人だったと言われています。
義理で付き合うと無茶なことをしてしまうことがあるから気をつけろ、ってなことだったのかな、と思います。
酒の席とかね、無理に勧められても困りますもんね。

転ぶな、風邪引くな、というのは、常日頃から行動や健康には気をつけろ、みたいなことだったんじゃないでしょうか。

これって、健康を考えることにもつながると思いますよ。

暴飲暴食をしないようにして、常日頃から食生活に気を付け、
適度な運動をして、健康的に過ごし、
あれこれ考えすぎないでストレスを貯めない生活が、
結局は長生きにつながるよ、ということなんだろうと思います。

それと、気をつけて生きてさえいれば、そのうちに何かいいことがある。
だから長生きはするもんだよ。という意味もあったのかなあ、と言う気がします。

今まで不摂生してこられた方でも、今から頑張って長生きしましょう。
必ずやいいことが待ってると思いますよ。

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岸首相の、60年安保

1.〔転ぶな〕
  老化現象として足腰が弱くなってきます。
そのため、「転ぶ」つまり、転倒事故が意外と多く発生しているのです。
特に高齢の場合、転倒が命取りになる、つまり死因の上位に入っていることが統計からも表れています。

不注意で転ぶと骨折や関節を痛め、それをかばう事で姿勢が崩れ、歩き方が悪くなり、体のバランスも悪くなり、内臓病の原因にもなるようです。

また、骨折などあると、寝たきりになる事もあり筋力が衰え、ますます足腰が弱くなります。

したがって、よく言われるように一日30分ないし1時間歩くようにする。
一日一万歩歩くのは理想である。
無理しないで運動を心がけが必要と思います。

2.〔風邪を引くな〕
 風邪ですが、やはり昔から万病の元といわれるように、油断できない病気ですし、普段のちょっとしたゆるみからかかりやすい病気とも云えます。

高齢者は、体力特に免疫力が弱くなっているので、風邪を引いて、肺炎になってしまうことがあります。
早寝早起き、無理しないことです。

3.〔義理を欠け〕
 毎日の生活を規則正しくして、徹夜などの無理をして生活のリズムを崩さないようにという戒めなんだと思います。
常にマイペースを維持することが体調管理の基本的なことのようです。

〔森さんの座右の銘〕
森さんの座右の銘であった「風邪を引かない、転ばない、お医者様の言うことを良く聞く」という言葉

〔「義理を欠け」とは?〕
「転ぶな、風邪引くな」は森さんの座右の銘と同じですが、
では、「義理を欠け」とはどういう意味でしょうか?
たとえば、「体調が悪い時に会合に出ないといけない場合は思い切って休め!」というような意味でしょうね。

年を取りますと、知人が亡くなるケースも多く有るでしょう。
その時に「遠方のお葬式に出かける」とか、
「葬式に出られないから、夜遅くにお通夜に出かける」とか、
そういう場合に「身体のためには義理を欠いて欠席しても良いのではないか?」というような意味です。
周囲に気を使って無理をして自分の体調を壊すような事のないように!
という意味ですね。

森さんの座右の銘は「風邪を引かない、転ばない、お医者様の言うことを良く聞く」だったそうです。名言ですね。

風邪は万病のもと・・・
転ぶと、骨粗しょう症があれば骨折し、下手をすれば命にかかわる・・・
信頼できる医師にかかる・・・

【平蔵の独り言】
“転ぶな、風邪引くな、義理を欠け、”

〔森さんの座右の銘〕
森さんの座右の銘であった「風邪を引かない、転ばない、お医者様の言うことを良く聞く」という言葉

【独り言】
“転ぶな、風邪引くな”日常生活で日頃心がけている。
“義理を欠け”毎年の懇親会は欠席、
葬式が増えてきているが、不義理かお通夜は避けて告別式

“お医者”年間の検査、季節・月単位
(心臓CT(右冠動脈狭窄(ステンド・カテーテル手術)、
胃カメラ(とりあえず 良性病変)
大腸内視鏡(ポリープ 4つ これも良性)
   季節単位(歯のメンテナンス、(歯周病で歯がある日すっぽり、インプラント)
   月単位(内科(血糖値・他))
目のメンテナンス(ドライアイ・他))

“歳を取る難しさ”は〔蜷川幸雄(演出家)〕「歳を取る難しさは、立ち止まると“ボケる”んだよ。停止してしまうんだよ!。」

これから一日一日が難しい・・・・・・・

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by asanogawa-garou | 2017-06-07 16:24 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕「深夜ですか」(シニアですか!)・「作家です」   

2017年 05月 20日
五木寛之〔生き抜くヒント〕「深夜ですか」(シニアですか!)・「作家です」

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五木寛之:「深夜ですか!」(シニアですか!)

先日、土曜の夕方、映画館へいった。
最近ではシネマ・コンプレックスとかいって、映画のデパートのようなビルがある。
そのなかで大人むきの映画を選んで、窓口でチケットを買おうとした。
すると窓口の若い女性が、こちらの顔を見て、

「深夜ですか」

と、きく。
まだ夕方なのに、なにを言ってるんだろうと戸惑った。
ははあ、なるほど土曜日だから夜中のレイト・ショウの前売りのことだな、と推理して、笑顔で

「いや、いまから見るんです」
と、言うと、面倒くさそうに、
「ですから、深夜だと料金が安くなりますけど」
「でも、いま見たいんだよ。ほら、まだ六時過ぎじゃないですか」

「深夜じゃないですか」
「くどいな。深夜じゃない」
と、つい言葉も乱暴になる。
「じゃあ、正規の料金でお願いします」
むっとして料金を払い釣り銭をもらったとき、窓口に小さく出ている表示に気づいた。

<シニア料金>
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として、うんと安い料金が表示されているではないか。
ガラス窓に映る自分の髪は真っ白で、百歳くらいに見えた。

耳が遠くなったわけではない。
最近、音が歪んできこえるのだ。
要するに加齢の一現象にすぎない。

あの売場のお嬢さんは、私が若く見られたいと必死でがんばっているように思ったにちがいない。
恥ずかしいというより、おかしくて、思わず笑ってしまった。
窓口にもどって、「すいません。シニアでした」
と、謝ってチケットをかえてもらおうかとも思ったが、面倒なのでやめた。


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③「すいません。シニアでした」
「さっききたジジィさ、いい年こいてシニアじゃないってがんばるんだよ。笑っちゃう」
とかなんとか同僚と話しているのだろうと思うと、映画を見る気もなくなって、そのまま帰ってきた。おかしかった。

【平蔵の独り言】
「深夜ですか」→「シニアじゃないですか」

高齢者とか前期高齢者とか、立ち向かって認めたくないが
市町村から年金に関する住民税・介護保険料の通知が自動的に
送られてきて、高齢者じゃなくて“シニア”と叫んでいるが
周りを見渡すと団塊世代で溢れている。

生き抜くヒント!粛々と笑う時代に
週刊新潮5月4・11日号



五木寛之:「作家です!」
地方在住のある作家が、ちょっとアル中気味なので、思いきって診療内科を訪れてみることにした。
診察室に座ると、若い医師が「御職業は?」ときく。
「作家です」
と答えた。

すると相手は心配そうに眉をひそめて、
「いつ頃からそう思うようになりました?」
と、きいたという。
いい話だ。

このおかしさが即座にわかれば、あなたはボケていないと思っていい。
しばらくして笑った人は要注意。


【平蔵の独り言】
診察室に座ると、若い医師が「御職業は?」ときく。
「作家です」

→? 即座に否、現在もわからない!

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/04/27号




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by asanogawa-garou | 2017-05-20 16:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)