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向田邦子『思い出トランプ』・・・・・〔純粋に生きられなくてもいいじゃないか〕   

2011年 11月 30日
向田邦子『思い出トランプ』
〔純粋に生きられなくてもいいじゃないか〕
松任谷正隆さん(談)

 週刊新潮 2011年10月27日(私の名作ブックレビュー)

50年ぶりに小説を読んだ。
本当だ。
書く事が好きなので、他人の文調に影響されたくなかった、というのが長らく読まなかった言い訳である。
文筆家でもないのにおかしな言い訳だ、と自分でも思う。
案の定、この人の文章ならちょっと真似てみてもいいか、と思ってしまった。

それくらい彼女の文章は歯切れがよく、読書素人の僕にもテンポが出せた。
さて、この小説で一貫して表れる感情は『猜疑心』だと思う。
邪悪な、というか、薄汚れた、というか、むくむくと頭をもたげてきて、きれいなはずの心をグレイに染め上げる『猜疑心』。

実は僕もこれと日夜格闘している。格闘しているのに止められない、止まらない。
だから、オムニバスのどのストーリーに対しても、ああそうだよ、と共感した。

よく人を信じろ、と言われる。
信じたいのは山々だ。
でも、自分の中に涌いてくる、この邪悪な気持ちを人様が持っていない、とはどうしても思えない。

心の中で疑い、あらぬことを想像する。
想像がだんだん膨らんで、本当なんだかウソなんだか訳がわからなくなる。
こんな自分が嫌いだ。
もっと純粋に生きたい、とずっと思ってきた。
でも、どうやらそれは無理なようだ。
それでいいんだ、とこの本は教えてくれる。

日常生活の中で、誰もがひとつやふたつはもっている弱さや、狡さ、後ろめたさを、
人間の愛しさ、愛しむ眼で巧みに捉えた、直木賞受賞作など連作13編を収録。

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13編の短編集だが
一話一話に女のたくましさ(業)は全編に共通だ!

【平蔵の独り言】
松任谷正隆さんの50年ぶりに小説を読んだ。

「思い出トランプ」の感想も

先日 旅立ってしまった立川談志さん。
談志さんは「落語とは人間の業の肯定」
と言っていた。

誰もが持っている 業 を語れる人が世の中から旅立って行き、
当たり障りのない事だけ、毎日が過ぎていく!
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by asanogawa-garou | 2011-11-30 15:15 | 人間模様 | Comments(0)

『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)VOL.3~5   

2011年 11月 02日
『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)
ビッグコミックオリジナル「育てるチカラ」沖縄・興南高校野球部 我喜屋優監督
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昨年、沖縄の興南高校が史上六校目となる春夏の甲子園連覇を達成した。

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.1

【最後の言葉まではっきりさせる(言葉と挨拶)】

「お前たち、そこで挨拶の練習をしろ。
(おはようございます、こんにちは)。やってみろ!」

【裏の部分を一生懸命やっている】

裏の部分を一生懸命やっている生徒を大切にしないといけないんです

【無駄は必ず、あとで役に立つんです】

「試合に出られない、それは嫌な経験かもしれない。
ただスタンドで立っているだけだもの。
でも、嫌な経験は数多くすれば実になる。
社会で成功するのは選手よりもマネージャーとか裏方の方が多いじゃないですか。今は無駄かもしれない。でも、そこから人間は覚えていくんです。

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.2

【常識にとらわれてはいけない。
今ある逆境から逃げてはいけない。
野球選手である前に、人間として強くなれ…
社会に出る前に必要なことを我喜屋は教えてくれる】
【野球ができればどこでもいい】(逆境は友達になった方がいい)
【大切なのはこれからの人生だ】

我喜屋は外れた選手にはこう言ってきた。
「試合に出るのも出ないのも関係ない。
大切なのはこれからの人生だ。
将来、社長になってメンバーを使ってやれ。
今は、そのための修修業だと思って、頑張れ」

――――――――『育てるチカラ』・Vol.3

【野球で勝つためには「準備」が必要である。
なかでもっとも重要なのは――、意外にも「躾」】

野球には私生活が出る。
「躾」は、日常の気遣いや気配りにつながっている。
〔躾〕とは行儀作法のことで、人間形成の根幹にあたる。
そこには神仏や自然への感謝と共に謙虚さ、
協調性といった人が生活を営む上での大切な教えが含まれる。
【アイデアが浮かんだら実行する】
【野球には私生活が出る】

 〔一人前の大人にならないと一人前の野球ができない〕
「野球には私生活が出る。私生活から正さないとダメ何です」
これが我喜屋の信念である。
「社会に出たら自分のことは自分でやらなきゃいけないでしょう。
みんな修行の身なんですから」
【野球は気配りの勝負だよ】
 〔五感を鍛えておかないと第六感は働かないよ〕

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.4

【食事は躾の基本である】

「食べ物に無関心な親はダメです」
千円を渡して買って食べなさいという親がいる。
一方に忙しくても自分で作った弁当を持たせる親がいる。
その差は大きいという。
「お金を持たせる親の子は、やはり好き嫌いが多い。
そういう子は反応が悪いし挨拶もできない。
だから食事から指導しないといけないんです」

【小さな綻びを見落としてはいけない】

「子供だって光を当てて水をやり、風を当てないと干からびる。
ようは環境ですよ。環境があって技術があれば心も豊かになる。
特に大切なのが光ですね。
光を当てず、大人が見て見ぬふりをしていたら
どうしていいかわからなくなる。
心の中は見えないけど、一緒にいれば表情からわかる」

【選手を育てるのは愛情ですよ】

「社会人は大人の集団だから放っといても自分たちでやる。
こっちは手取り足取りやるもんだから、それが嫌で早く大人の野球ができるようにしたのさ。
その方が楽でしょう(笑)」
現代の高校生を大人にするには、周到な準備と大変な労力が必要だ。
「選手を育てるのは愛情ですよ」

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.5

【人生は野球だけじゃない】

「野球のスコアボードは9回だけど、人生のスコアボードは一生続く。
お前たちはその長いスコアボードを戦っていくんだ」
「人生は野球だけじゃない、野球だけ出来てもダメだって教えられました」

【根拠があるから選手はやるしかない】

練習試合になると、監督は自分たちの欠点を容赦なく指摘してくる。
試合開始から終わりまで、ずっと怒っています。
選手は、そこから自分に足りないものを探し、なにをすべきか考え、
「ノルマ」以外の練習で繰り返し覚えていく。
「感じる」「考える」力が必要なのだ。
ところが公式戦になると一転、我喜屋は全く怒らない。
それまでに「教えた」というより「学んだ」野球を見せて来いというわけだ。
「大会は楽しかった」

【監督は厳しいだけじゃない】

〔いちばん厳しいのは私生活ですよ〕
「監督は厳しいだけじゃない。ミーティングでも褒めるときは褒めてくれた。」

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――――――――
『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)・Vol.3
【野球で勝つためには「準備」が必要である。
なかでもっとも重要なのは――、意外にも「躾」】

野球で勝つためには「準備」が必要である。
なかでもっとも重要なのは――、意外にも「躾」と我喜屋監督はいう。
野球には私生活が出る。
「躾」は、日常の気遣いや気配りにつながっている。
野球のカバーリングに通じる日常の気配りというフォローが、
チーム力の基となる。
連帯感と協調性とを育てる。
そして、そのことに気づくために選手自身の「考える力」が必要なのだ。

【アイデアが浮かんだら実行する】
〔いつも試合で起こりそうな、実戦的な練習はないか考えてますよ。
アイデアが浮かんだら実行する。必ず結果はでますね〕
日常の練習から試合に向けた準備の蓄積が自信を生み、堂々と自分たちのプレイとなってできる。


【野球には私生活が出る】

〔一人前の大人にならないと一人前の野球ができない〕

「今の子どもは昔の自立型と違って、なんでも両親にやってもらう依存型だから、なにもできない。なにも考えられない。
でも、野球は自分のことは自分でしなければいけないんです。
一人前の大人にならないと一人前の野球ができないんです。
だから、うちは野球選手の前に立派な大人になれるように厳しく躾をしているんです」
〔躾〕とは行儀作法のことで、人間形成の根幹にあたる。
そこには神仏や自然への感謝と共に謙虚さ、協調性といった人が生活を営む上での大切な教えが含まれる。
ところが現在の高校野球は、勝つことばかりに目が向き、人間教育が抜け落ちている。野球が終わったとき、その選手に果たして何が残るのか。
将来を考えた指導がなされていないのだ。
「よその選手たちを見て驚いたことは一度や二度じゃないですよ。
食べ方も片づけ方もなっていないし、身なりも高校生らしくない。
食事の最中、子どもたちを置いて帰ってしまう指導者までいるからね」
食べ方、片づけ方は感謝の現れである。身なりは協調性といっていいだろう。
「野球には私生活が出る。私生活から正さないとダメ何です」
これが我喜屋の信念である。
「社会に出たら自分のことは自分でやらなきゃいけないでしょう。
みんな修行の身なんですから」
夕食で驚いたのが、実に静かなこと。
52人の高校生が無駄口を叩かず、食器も鳴らさない。
残飯もほとんどない。こういった「躾」が日常生活から徹底されているのだ。


【野球は気配りの勝負だよ】

〔五感を鍛えておかないと第六感は働かないよ〕
朝6時、キャプテンの挨拶で選手は四方八方に散る。
15分後、公園、駐車場の空き缶、ゴミを拾って集合。
そこで4~5人が指名され、一分間スピーチが行われる。
思ったこと、感じたことを発言するのだ。
「監督からは散歩中に考えろと。だからネタを探すのに必死です」
これが我喜屋流指導の原点であり、躾であり、「考える力」である。

15分程度の間に1分間話せるだけの材料を探すことは、大人だって難しい。
草木の成長、虫の様子、雲の変化から季節を感じ、拾ったゴミから捨てた人を想像する。道路工事や家の建築から未来を思う……
毎日毎日、考え続けることで想像力が豊かになり気づくことが多くなる。
「野球は気配りの勝負だよ。あるいは第六感、直感の勝負といっていい。
普段から五感を鍛えておかないと第六感は働かないよ」
視覚、聴覚、嗅覚、触覚を散歩でフル活動、朝食で味覚も鍛えられる。
発達した五感は第六感を生み、気配りのできる敏感な心を育む。
これがどれだけ野球に役立つか、社会に役立つか。

ゴミ拾いも同じだ。心を育てる。
「あれは自分の心を洗うんです。面倒くさいけど気持ちいいよ。
自分の後から来る人は汚いものを見なくてすむしね。
それはゴミを落としたやつのカバーでもある。
野球はミスしたやつに文句を言うんじゃなくて、
いち早くカバーすることが大切じゃないですか」

時に、カバー=気配りはエラーした選手の、打たれた投手の心まで及ばなくてはならない。自分の言葉で勇気づける。
特にリーダーなら落ち込んだチームに、自分の態度で諦めないことを示す必要がある。
「日常生活がしっかりしている人間は発言もちゃんとしているし技術も高い。
面倒くさいことを一生懸命やるから精神力も強い。
日常の小さいことの積み重ねが大きな成功を生むんです」

我喜屋は、野球の技術だけでなく、
心の部分もしっかりバランスのとれた人間を育てたいのだ。
それが選手の将来のためであり、強いチーム作りのためでもある。
どんなにうまかろうが野球は所詮、一生の一部にすぎない。
監督として野球部という部活動から社会を教え、部員全員に自信を与える。
それは学校で教えてくれるどんなことよりも、大切なことかもしれない。


――――――――
『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)・Vol.4
・自分に対するちっちゃな期待を確実にこなすこと。
・うちの選手は自分のことは自分で操る。
【食事は躾の基本である】
「日々、成功体験を味わえば、あとで大きな成功につながるんです」
「今日はすべて右打ち」
「絶対に打ち上げない」
「苦手な球を克服する」
と決めて達成すれば成功である。
毎日の成功体験の積み重ねが選手の自信に繋がり、大人の集団に成長させる。
我喜屋が求める「大人」とは?
協調性、道徳心、計画性、行動力を挙げる。
言うなれば年齢ではなく、経験値の問題だ。

そのため躾から選手を指導し、それらを根底から支える「我慢」を育んできた。
泣きたいときに泣けばいいといった自由な感情表現「自然体」が素晴らしいとされて
長いが、裏を返せば辛抱できないということである。
「我慢」は家庭でも学校でもあまり強いられない。
野球に限らずスポーツには「我慢」比べの局面が多い。
社会に出れば必要な場面ばかりだ。
辛抱できない人間は逆に弾きだされる世の中である。
だからこそ、我喜屋は家庭にも苦言を呈する。
「食べ物に無関心な親はダメです」千円を渡して買って食べなさいという親がいる。一方に忙しくても自分で作った弁当を持たせる親がいる。
その差は大きいという。
「お金を持たせる親の子は、やはり好き嫌いが多い。そういう子は反応が悪いし挨拶もできない。だから食事から指導しないといけないんです」

〔週末は選手一人300円を徴収して時間のある母親たちに昼食を作ってもらう。チーム全員が合宿所で同じものを残さず食べることで一体感が生まれ、
作ってくれた人への感謝と「我慢」が芽生える。
食事は躾の基本であることを忘れてはいけない。〕


【小さな綻びを見落としてはいけない】

「練習は常に全力といっても、走塁練習なんかベース直前に力を抜くでしょう。あれじゃ間一髪の場面でセーフにならない。
アウトの練習しているようなもんでしょう。
絶対に全力で駆け抜けてセーフになる練習をしないと。
監督はそういう小さな綻びを見落としてはいけないんです。
そのためには自分も動いて、常に五感を拡げて、
選手個々やチームの状態を把握しておかないと。
だいたい監督が動いていないと周りも動いてくれませんよ」
気や力を抜いた練習は心が疲れる。
その点、全力で練習すると体は疲れても気力は充実する。
充実した練習は必ず選手を逞しく育てる。
「子供だって光を当てて水をやり、風を当てないと干からびる。
ようは環境ですよ。環境があって技術があれば心も豊かになる。
特に大切なのが光ですね。
光を当てず、大人が見て見ぬふりをしていたらどうしていいかわからなくなる。心の中は見えないけど、一緒にいれば表情からわかる」

部員全員に毎日、その日の反省をノートに書かせる。
すべて提出させたら見る側の体力が厳しいうえ、
選手も人を真似たりするから効果も薄い。
だから数人を選んで抜き打ちで提出させるのだ。
そこで選手の悩みを知る。
光を当て、アドバイスという水を与えれば、明確な目標は見えてくる。

我喜屋の言葉で、もう一つ重要なのが「自分から動く」ということだろう。
それを象徴するのが練習内容である。
「スイング1000回」や
「階段上り下り」「腹筋・背筋」
といったメニューがならぶ。
すべて我喜屋自身が体験したもので、
社会人野球の大昭和製紙北海道のコーチ時代から続くことで、
自分でメニューを考え、体験してから指示してきた。
「どのくらい走ればぶっ倒れるとか自分で体験して、選手に言い訳させないだめですよ」この説得力には誰も反論できない。
また「競走」でもゴールしてからの対応に目を見張る。
早くゴールした者は終了、遅い者はもう一周は、よくある話だが、
我喜屋の場合は真逆だ。
「なんで競走に負けた選手に練習させて、頑張った選手を帰すの。
早くゴールした者が次の練習に進んで、遅れた選手は帰れ、でしょ」
発想の逆転である。練習は辛いものと考えるかわ上達するものと捉えるか。
練習はペナルティではない。指導者の考え方次第で、チームのスタート地点が違ってしまうのだ。


【選手を育てるのは愛情ですよ】

そもそも我喜屋は高校野球の指導者になるつもりはなかった。
社会人野球監督経験者にすれば、あまりにも幼く思えたのだ。
「社会人は大人の集団だから放っといても自分たちでやる。
こっちは手取り足取りやるもんだから、それが嫌で早く大人の野球ができるようにしたのさ。
その方が楽でしょう(笑)」
これまでの高校野球は、自分の命令だけを聞けばいいという監督が多かった。それはただの子供扱いにすぎない。
「子供の野球は監督が操る。うちの選手は自分は自分のことは自分で操る。
そこに違いがある」
現代の高校生を大人にするには、周到な準備と大変な労力が必要だ。
「選手を育てるのは愛情ですよ」
それでも選手に変わろうとする意志が感じられなければどうするか。
「変わるまで言い続けるしかない。
それもただ言うんじゃなくて、変わってくれよと願わないとダメ。
変わらないよ」

選手を上手に育てる魔法はない。
選手のことを真剣に考え、手間暇をかける。
中途半端は絶対に許されない。
そこに指導者の覚悟が試される。
流されやすい現代社会に立ち向かうだけの哲学と意識が必要だろう。
ただ、成長した選手の姿は、それ以上の喜びをもたらしてくれるようだ。
5月中旬、興南高校を訪ねると中間試験の時期だった。
午前中に試験が終わると選手たちは午後1時から5時まで練習。
終わると制服に着替え、家路につくのかと思えば、校舎に吸い込まれていった。
選手たちが自主的に教室を借りて、
野球部全員で2時間ほど勉強するというのだ。
以前、紹介した野球部の5つある委員会のひとつ
「学力向上委員会」が仕切ってのことである。
「ほかの部はやってないよ。野球部だけ。うちは赤点が許されないからね」
一瞬、口元が緩んだ。
うちの子どもたちは野球だけじゃないんだ、そう誇らしげに宣言していた。

――――――――
『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)・Vol.5・自分が決めた道を信じてやればいい。
・逆境を楽しめ。ピンチはチャンス。

【人生は野球だけじゃない】

進路に関し、選手個々と我喜屋監督が面談をする
「自分が決めた道を信じてやればいい。
これが社会人としての第一歩だから、頑張れ」
我喜屋は選手の決断に水を差すことはしない。
常に「考える」ことを求めた選手の決断を尊重する。
我喜屋のこの言葉がある。
「野球のスコアボードは9回だけど、人生のスコアボードは一生続く。お前たちはその長いスコアボードを戦っていくんだ」
「人生は野球だけじゃない、野球だけ出来てもダメだって教えられました」

【根拠があるから選手はやるしかない】
根拠は人を素直にさせる。だが、弱い心が顔を出す時もある。
1000スイングを始めとする種類も量も豊富な「ノルマ」メニューをこなせばそれ相応の力はつくが、時間との戦いである。
練習試合になると、監督は自分たちの欠点を容赦なく指摘してくる。
試合開始から終わりまで、ずっと怒っています。
選手は、そこから自分に足りないものを探し、なにをすべきか考え、
「ノルマ」以外の練習で繰り返し覚えていく。
「感じる」「考える」力が必要なのだ。
ところが公式戦になると一転、我喜屋は全く怒らない。
それまでに「教えた」というより「学んだ」野球を見せて来いというわけだ。
「大会は楽しかった」


【監督は厳しいだけじゃない】

〔いちばん厳しいのは私生活ですよ〕
「時間のことや身だしなみとか。朝の散歩だってもっと寝かせてくれと思いましたよ。でも起きるとすっきりする。
服装もどんなに暑くてもシャツの第一ボタンまで締めて裾はズボンの中に必ず入れるんです。最初は抵抗ありましたよ。
でも、それが当たり前になってきた時、
結構、チームとしてまとまってきた気がしました」
・身だしなみは「協調性」を生むが、さらに一体感をうんだ。
・規律を重んじたことで強い仲間意識が芽生え、それが互いを助け合う気持ちを生む。
私生活の厳しさが、結束力を生んだ。
「監督は厳しいだけじゃない。ミーティングでも褒めるときは褒めてくれた。」


ビッグコミックオリジナル
「育てるチカラ」沖縄・興南高校野球部 我喜屋優監督

昨年、沖縄の興南高校が史上六校目となる春夏の甲子園連覇を達成した。


【平蔵の独り言】
「育てるチカラ」のコラムは人生の4コーナーから最終ストレッチを走っているのに思ったほど成長していない日々を過ごしている中で、
なるほどと興味を持って、楽しく読んでいる。
我喜屋優監督は何も変わったことをしていない。
ただ、今みんなが忘れてしまっている事の積み重ねをしている。

・挨拶、食事、食事の片付け。
・身なり、気配り、日常生活を一生懸命にやる。
・「躾」は、日常の気遣いや気配りにつながっている。
・〔躾〕とは行儀作法のことで、人間形成の根幹にあたる。
【食事は躾の基本である】:「食べ物に無関心な親はダメです」

「面倒くさいことをコツコツ一生懸命やると精神力が強くなる。」
「小さい積み重ねが成功を生む」
「選手を育てるのは愛情ですよ」
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by asanogawa-garou | 2011-11-02 17:26 | あの人 この一言 | Comments(0)

『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)VOL.1~2   

2011年 11月 02日
『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)
ビッグコミックオリジナル「育てるチカラ」沖縄・興南高校野球部 我喜屋優監督
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昨年、沖縄の興南高校が史上六校目となる春夏の甲子園連覇を達成した。

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.1

【最後の言葉まではっきりさせる(言葉と挨拶)】

「お前たち、そこで挨拶の練習をしろ。
(おはようございます、こんにちは)。やってみろ!」

【裏の部分を一生懸命やっている】

裏の部分を一生懸命やっている生徒を大切にしないといけないんです

【無駄は必ず、あとで役に立つんです】

「試合に出られない、それは嫌な経験かもしれない。
ただスタンドで立っているだけだもの。
でも、嫌な経験は数多くすれば実になる。
社会で成功するのは選手よりもマネージャーとか裏方の方が多いじゃないですか。今は無駄かもしれない。でも、そこから人間は覚えていくんです。

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.2

【常識にとらわれてはいけない。
今ある逆境から逃げてはいけない。
野球選手である前に、人間として強くなれ…
社会に出る前に必要なことを我喜屋は教えてくれる】
【野球ができればどこでもいい】(逆境は友達になった方がいい)
【大切なのはこれからの人生だ】

我喜屋は外れた選手にはこう言ってきた。
「試合に出るのも出ないのも関係ない。
大切なのはこれからの人生だ。
将来、社長になってメンバーを使ってやれ。
今は、そのための修修業だと思って、頑張れ」

――――――――『育てるチカラ』・Vol.3

【野球で勝つためには「準備」が必要である。
なかでもっとも重要なのは――、意外にも「躾」】

野球には私生活が出る。
「躾」は、日常の気遣いや気配りにつながっている。
〔躾〕とは行儀作法のことで、人間形成の根幹にあたる。
そこには神仏や自然への感謝と共に謙虚さ、
協調性といった人が生活を営む上での大切な教えが含まれる。
【アイデアが浮かんだら実行する】
【野球には私生活が出る】

 〔一人前の大人にならないと一人前の野球ができない〕
「野球には私生活が出る。私生活から正さないとダメ何です」
これが我喜屋の信念である。
「社会に出たら自分のことは自分でやらなきゃいけないでしょう。
みんな修行の身なんですから」
【野球は気配りの勝負だよ】
 〔五感を鍛えておかないと第六感は働かないよ〕

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.4

【食事は躾の基本である】

「食べ物に無関心な親はダメです」
千円を渡して買って食べなさいという親がいる。
一方に忙しくても自分で作った弁当を持たせる親がいる。
その差は大きいという。
「お金を持たせる親の子は、やはり好き嫌いが多い。
そういう子は反応が悪いし挨拶もできない。
だから食事から指導しないといけないんです」

【小さな綻びを見落としてはいけない】

「子供だって光を当てて水をやり、風を当てないと干からびる。
ようは環境ですよ。環境があって技術があれば心も豊かになる。
特に大切なのが光ですね。
光を当てず、大人が見て見ぬふりをしていたら
どうしていいかわからなくなる。
心の中は見えないけど、一緒にいれば表情からわかる」

【選手を育てるのは愛情ですよ】

「社会人は大人の集団だから放っといても自分たちでやる。
こっちは手取り足取りやるもんだから、それが嫌で早く大人の野球ができるようにしたのさ。
その方が楽でしょう(笑)」
現代の高校生を大人にするには、周到な準備と大変な労力が必要だ。
「選手を育てるのは愛情ですよ」

――――――――『育てるチカラ』 ・Vol.5

【人生は野球だけじゃない】

「野球のスコアボードは9回だけど、人生のスコアボードは一生続く。
お前たちはその長いスコアボードを戦っていくんだ」
「人生は野球だけじゃない、野球だけ出来てもダメだって教えられました」

【根拠があるから選手はやるしかない】

練習試合になると、監督は自分たちの欠点を容赦なく指摘してくる。
試合開始から終わりまで、ずっと怒っています。
選手は、そこから自分に足りないものを探し、なにをすべきか考え、
「ノルマ」以外の練習で繰り返し覚えていく。
「感じる」「考える」力が必要なのだ。
ところが公式戦になると一転、我喜屋は全く怒らない。
それまでに「教えた」というより「学んだ」野球を見せて来いというわけだ。
「大会は楽しかった」

【監督は厳しいだけじゃない】

〔いちばん厳しいのは私生活ですよ〕
「監督は厳しいだけじゃない。ミーティングでも褒めるときは褒めてくれた。」

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お前たち、よくこれで甲子園を目指します!
         なんて言えたな、と(苦笑)。

興南高校野球部(我喜屋優監督) Number734号(2009/7/30)
「僕が興南に監督として来たときの子どもたちには驚いたねぇ。寝ない、起きられない、食べられない、整理整頓できない、挨拶できない、しゃべれない。もう、ないない尽くしで、お前たち、よくこれで甲子園を目指しますなんて言えたな、と(苦笑)。だから、生活面では容赦しなかった。学ぶ力があれば野球はうまくなるんですよ。『なんくるないさ(なんとかなるさ)』なんて絶対に言わせない。時間厳守、整理整頓、挨拶の徹底。それが、こんちわですよ」
と監督に就任した'06年当時を振り返る。「なんくるないさ(なんとかなるさ)なんて絶対に言わせない」と生活面の指導を徹底。'10年には甲子園の春夏連覇を成し遂げ、沖縄にはじめて大優勝旗をもたらした。
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「魂知和」と書いて「こんちわ」と読む。

 こん、ちわ?
「ああ、それはね、『魂知和』と書いて『こんちわ』と読むんです。興南の野球部の創部当時のモットーなんです」
 魂を込めてこそ時間を守れる。整理整頓に知恵を使い、挨拶を徹底することで仲間との和を築く。そうか、だから“こん”がハッキリと聞き取れたのか。
 こん、ちわー。
 彼らの挨拶は、今の興南が目指す場所を象徴していた。興南は、我喜屋監督が就任して早々の'07年夏、いきなり沖縄大会の決勝戦に進んだ。

こん、ちわー。
 遥か彼方の選手たちが一斉に帽子を取って頭を下げる。陽射しが照り返して、眩い眼下のグラウンドには、真っ白なユニフォームを着た130人の野球部員が散らばっている。
 こん、ちわー。
 こん、ちわー。
 ちわー、ではない。こん、ちわーなのだ。こん、が遠くからでもハッキリと聞こえる。高校球児は、ちわー、とか、ちわーす、だと思っていたのに、興南球児は全員が、こん、ちわー、だったので、やけに新鮮だった。
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『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)・Vol.1
【最後の言葉まではっきりさせる(言葉と挨拶)】
選手たちの練習を中断をさせた。
「お前たち、そこで挨拶の練習をしろ。
(おはようございます、こんにちは)。やってみろ!」
掛け声に不満を持った監督の指示に、選手はニ組に分かれ、大声で挨拶を始める。
我喜屋は選手たちの声を背後に聞きながら言った。
「ほらね、後ろがはっきり聞こえない。
沖縄の子はね、発声がちょっと苦手なんですよ。
最後の言葉まではっきりさせることが、
ゲーム中においても的確な指示に繋がるんです」
確かに「おはようございまぁ…」と聞こえる。
「次、(オーライ、任せた。)10回ずつ」
ふたたび我喜屋の声が飛ぶ。
「たまにこういう練習させますよ。絶対、身に付くから。
そうすると試合でも自然と声が出るようになるんです」
この日、我喜屋は選手たちに試合時の整列と挨拶、日常生活の挨拶から試合中の掛け声まで、言葉に意識を持たせ、さまざまな発声練習をさせた。
一見、野球とは結び付かないが、我喜屋の指導法は、こういった礼儀・作法が野球に繋がることを教えてくれる。
たとえば昨秋の九州大会順々決勝、勝てばセンバツ出場をほぼ手中にできる大事な試合を、興南高校はミスで落とした。
決定的な場面で送りバンドを投手と三塁手が譲り合い、その後タイムリーと犠牲フライで三点を失って得点6-5とわずか一点の差で敗れたのだ。
「選手たちはショックだったと思う。ほんとちっちゃなミス、オーライ、任せたという声の掛け合いができなかっただけで大きな甲子園出場を逃したんだもん。声を大にして言うけど、小さいことができないと大きなものを失うんです。
言葉と挨拶は大切ですよ」
そして語気を強めてたたみかけた。
「高校野球の場合、先輩を見ていたらわかるだろう、は当てはまらない。
毎年、一からやり直しです。新チームになってすぐは保育園児。
そこから始まって小学生、中学生、
夏までに高校野球へ成長させなくてはいけない」
高校野球の監督には辛抱強さが必要なのだ。
それも技術や戦術といった高度な野球の指導ではなく、
まさに保育園の園児を教えるように人間教育から始めなくてはならない。

【裏の部分を一生懸命やっている】
次の言葉に耳を疑った。
「うちは特待生をとりません」
興南高校は通常とは違う角度から採用している。
「最初は高野連も信用してくれなかったけど、
私は中学生を勧誘しないし、OBの推薦も受け付けない。
最初からゲーム出場が約束されているような特待生がいたら、
ほかの子のやる気がなくなる。
だから通常の特待生はとりません。
そのかわり学歴優秀とか模範となる生徒には入学後に奨学金制度がある。
模範というのは(大人)。
協調性があり、練習、授業、先生に対する態度など総合的に優れて、
なおかつ経済的に大変と思える生徒ですよ。
ただ私は推薦するけど最終的には理事会が決めること。
監督が決めたら偏見が出るからね。
だから選手じゃなくてマネージャーが奨学生になることもある。
試合に出るから模範というわけじゃないよ。
裏の部分を一生懸命やっている生徒を大切にしないといけないんです」

特待生という存在は野球を強くするには簡単かつ有効な制度である。
ただ、その扱いを間違えると不平等が際立ち、
チーム内に不協和音を生む諸刃の剣でもある。
よく生徒のことをミカンにたとえ、
腐ったミカンがひとつあると、箱の中のミカンはすべて腐ってしまうと言われる。
だが、逆に真面目なミカンがあると、みんな真面目になっていくから面白いと
我喜屋は言う。
興南高校も我喜屋が就任した時は正選手の6~7割が特待生、
でも、活躍したのはそのうち一人か二人。あとは無駄金だよ

現在、興南高校野球部に入るためには、一般学生と一緒に受験し合格する必要がある。
「どんな選手でも、入学して興南高校の一員になってから入部する。
その考えは貫いています。だから、どんな選手が来るかわからない(笑)。
ただ入学したら横一線からのスタート。それが大切です。
選手のやる気が違うし、自ら興南を選んだ一生懸命な子なら、
こっちも心から育ててやろうという気になります」
大切なのは選手のやる気である。
我喜屋はそれを引き出し、(大人)へと成長させチーム力を増大させてきた。
一年生は、とにかく部に放り込んで慣れさせるのが肝心というが、
練習に来なくなる部員はいる。我喜屋は基本的に待つ姿勢だ。
「なれるまで強制はしません。ノイローゼになるからね。
今の子は精神的に弱いから、昔のように軍隊式は無理。
根性の要らない時代に育っているから精神面も配慮しないと…」

【無駄は必ず、あとで役に立つんです】
興南高校では一年生だけの紅白試合がある。
病院で腸炎と診断され、長期間休んでいた一年生が治ったと言って参加し、
翌日から腹痛を訴えた。
「こうなったら難しいよ。ただ三年間、辞めるなよ、とだけは伝えました。
だって卒業後の方が人生は長いんですよ。
最後まで部活を続ければ先輩後輩合わせて200名以上のネットワークができる。将来に向けて人脈は多いほうがいいじゃないですか」

たが、選手のなかには将来のことより、試合に出られない今が辛く思える場合もある。
「試合に出られない、それは嫌な経験かもしれない。
ただスタンドで立っているだけだもの。
でも、嫌な経験は数多くすれば実になる。
社会で成功するのは選手よりもマネージャーとか裏方の方が多いじゃないですか。
今は無駄かもしれない。でも、そこから人間は覚えていくんです。
東大合格者の多いことで有名な進学高校は無駄のない受験勉強をしているというけど、心の教育をしているか疑問が残る。
そういうエリートばかり集めても組織はうまく機能しない。
エリートばかり集めたチームは勝てない。
細かいところに気が回らない選手じゃ勝てるわけがない。
いろんな無駄を知っているからこそ、細かいところにまで気がつくようになる。
無駄は必ず、あとで役立つんです」

今春、卒業した部員は入学時53名で、卒業時にも45名が残っていた。
そこには選手が辞めないための工夫があるのだが、

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『育てるチカラ』沖縄・興南高校野球部(我喜屋優監督)・Vol.2
【常識にとらわれてはいけない。今ある逆境から逃げてはいけない。
野球選手である前に、人間として強くなれ…社会に出る前に必要なことを我喜屋は教えてくれる】

〔やっぱり野球は外でやらないと〕
午前中の激しい雨が小雨になった午後、
選手たちは長靴をはき、ウインドブレーカーを身につけ打撃練習を始めた。
「雨が降ったら、なんで練習、中止にするの?」
「やっぱり野球は外でやらないと、特にバッティングは、子どもの箸と同じで毎日やったほうがいいんですよ」
興南高校の我喜屋監督は当たり前のように涼しい顔で答える。
「私の野球はすべて、なんで?から始まるんです」
・雨の中でボールがダメになるなら濡れても構わないボールを使えばいい。
・グランドが荒れるなら整備すればいい。
常識にとらわれず、やれない理由をひとつずつ潰していく。
それが我喜屋の考えだ。

【野球ができればどこでもいい】 (逆境は友達になった方がいい)

1968年、夏の甲子園で興南高校が初のベスト4進出を果たした。
「興南旋風」のチームの主将が我喜屋だった。
卒業すると北海道白老町にある大昭和製紙北海道へ、
1月のこと。一面銀世界。気温は氷点下10度を下回っていた。
「寒いなんてもんじゃない。寒いって言わない。大変って言わない。プラス思考でいくって」
そして降り積もる雪を見ながら、こう思ったという。
「逆境は友達になった方がいい。逃げていたらいつまでも追いかけてくる。
逆境が普通になれば逆境は逆境でなくなるんです」
我喜屋はグラウンドにある雪を取り除いた。
「氷点下15度ぐらいなら十分に練習できますよ」
雪をどけて練習を始めた大昭和製紙北海道は日に日に強くなった。
そして1974年、都市対抗野球で優勝。黒獅子旗が初めて津軽海峡を渡ったのだ。
「逆境を乗り越えると精神的に強くなる。人前でも上がらなくなるんです」

【大切なのはこれからの人生だ】
我喜屋の指導を現すキーワードが、「逆境」、それと「役割」である。
「ベンチ入りのメンバーじゃない人間がいかに頑張ってくれるか。
チームのために自分を犠牲にできるか。
それができる選手が多いから、うちは勝てるんです」
高校野球とはいえ、ベンチ入りメンバーだけで勝てるほど甘くはない。
メンバーのために練習を手伝い、
スタンドで応援してくれる控え選手の心づかいがあるからチームが一丸となって勝ち進むのだ。
選手と控えに亀裂の入ったチームは、些細なピンチで脆く崩れ去る。
そこに心が入っていないためである。
我喜屋は外れた選手にはこう言ってきた。
「試合に出るのも出ないのも関係ない。大切なのはこれからの人生だ。
将来、社長になってメンバーを使ってやれ。今は、そのための修修業だと思って、頑張れ」
メンバーに引き上げられないと、悔しさを前面に出す選手もいる。
「それは素直に出せばいい。でも監督として情けはかけない」
毅然とした態度が信頼を育んできた。
また、興南高校野球部には独自の委員会がある。
「環境保全委員会」
「時間/風紀委員会」
「学力向上対策委員会」
「節約委員会」
「記録/情報分析委員会」
「チームワーク委員会」。
部員全員がどこかに所属しチームのために働く。
チームの一員という自覚を持つことで選手自身が一人一人、自分の役割を考える。
それがチームに一体感を生むのだが、同時に選手が社会に出ていく準備も作り上げているのだ。
自分はどうやって社会や会社に貢献するか。
それが「考える力」である。


ビッグコミックオリジナル
「育てるチカラ」沖縄・興南高校野球部 我喜屋優監督

昨年、沖縄の興南高校が史上六校目となる春夏の甲子園連覇を達成した。

【平蔵の独り言】
「育てるチカラ」のコラムは人生の4コーナーから最終ストレッチを走っているのに思ったほど成長していない日々を過ごしている中で、
なるほどと興味を持って、楽しく読んでいる。
我喜屋優監督は何も変わったことをしていない。
ただ、今みんなが忘れてしまっている事の積み重ねをしている。

・挨拶、食事、食事の片付け。
・身なり、気配り、日常生活を一生懸命にやる。
・「躾」は、日常の気遣いや気配りにつながっている。
・〔躾〕とは行儀作法のことで、人間形成の根幹にあたる。
【食事は躾の基本である】:「食べ物に無関心な親はダメです」

「面倒くさいことをコツコツ一生懸命やると精神力が強くなる。」
「小さい積み重ねが成功を生む」
「選手を育てるのは愛情ですよ」
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by asanogawa-garou | 2011-11-02 16:41 | あの人 この一言 | Comments(3)