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「Reader」と「品格」   

2012年 02月 24日
「Reader」と「品格」
スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、
ドジョウの首相がスピーチしたが、何と、下を向いて原稿を読んでばかり。
あまりの迫力のなさにビックリした。


アメリカ大統領の演説を聴いていると、ユーモアを交えながら「強烈な言葉の力」をもって、
聴衆一人一人の目を見て、身振り手振りで訴える姿は迫力満点!
思わず引き込まれる。

何故、国際社会の中で日本の総理はこんなにもスピーチがヘタなのか。
下手な英語を使うより、堂々と人の心を打つ演説を日本語ですればいいのに。

幕末や明治の日本人が世界で賞賛されたのは、
その立ち居振舞いを含めて「サムライ」の心を伝えたからだと言う人がいる。

そういえば、「ダボス会議」では、
いまや国際的俳優の〔渡辺謙〕さんもスピーチしたそうだ。

「まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます」

「私はさまざまな作品の『役』を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。
その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。
そのころの日本は貧しかった。

当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。

人々は貧しく、汚した着物を着、家もみすぼらしい。
しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。
世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと」


そういえば、藤原正彦さんも
「昔の日本人は英語も話せなかったが品格があり、国際社会に通用し尊敬された」
と書かれていた。

政治家のみならず今の日本人に最も欠けているのは品格なのだろう。
もっとも、私自身、「品格」って言葉がいまもってよくわからないのだが。

渡辺さんは、「日本には『足るを知る』という言葉がある。電気に頼らなくても人間は生きて行けるはず。
がれきの荒野を見た私たちだからこそ、『新しい日本』を作りたいと願っているのです。
支え合いながら生きて行く日本を皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています」と締めくくった。


なんて素晴らしいスピーチだろう。さぁ~やる気が出るような言葉に力をもらえた。
ーーーーーーーー
週刊現代(2/16号)
すってんころりん日記(斉藤由香)

【平蔵の独り言1】
ドジョウの首相と国際的俳優の〔渡辺謙〕さんのスピーチで思い出した。

政治、思想的なことは一切述べないを心情としているが
世界に日本はどう写るのか。

【リーダー】小泉純一郎:「Leader」・管直人:「Reader」2011年2月5日

「総理までの人」と「総理からの人」

管さん、あなたはパスばかり回してシュートしないサッカーのストライカーのように、
決定力が圧倒的に不足していた。

『疎い』という言葉を言ったこの人は志も何も持っていない!

『予算法案を通過させなければ、反逆者だ』
そんなことでしか、先に進むことが言えない首相を持ってしまった!


◆ 先の大戦中、チャーチル英首相は敢闘精神に満ちた数々の名演説で国民を奮い立たせ、英国が勝利する原動力となった
◆演説の天性に恵まれた訳ではない。
若い頃、原稿を練り上げ、鏡の前で練習を重ねた。
後年、チャーチルの息子は父の演説を絶賛されるとこう応じた。
「当たり前ですよ。父は人生の花の時代を演説の草稿書きとその暗記に費やしたんですから」(ニクソン元米大統領『指導者とは』、文芸春秋)
◆野田首相も演説には努力を惜しまなかった。
政治家を目指していた29歳からの24年間、地元の街頭で有権者に語りかけ続けた。
こうして磨かれた演説が民主党代表選で功を奏した。
〈花の時代〉に費やした膨大な時間は無駄ではなかった


9月5日付 編集手帳 より(全文)
 先の大戦中、チャーチル英首相は敢闘精神に満ちた数々の名演説で国民を奮い立たせ、英国が勝利する原動力となった
◆演説の天性に恵まれた訳ではない。若い頃、原稿を練り上げ、鏡の前で練習を重ねた。後年、チャーチルの息子は父の演説を絶賛されるとこう応じた。「当たり前ですよ。父は人生の花の時代を演説の草稿書きとその暗記に費やしたんですから」(ニクソン元米大統領『指導者とは』、文芸春秋)
◆野田首相も演説には努力を惜しまなかった。政治家を目指していた29歳からの24年間、地元の街頭で有権者に語りかけ続けた。こうして磨かれた演説が民主党代表選で功を奏した。〈花の時代〉に費やした膨大な時間は無駄ではなかった
◆野田氏が新内閣を率いて「崖っぷち」の日本を立て直す重責を担う。自称通り〈凡人〉ならば思い悩み、眠れぬ夜もあるだろう。チャーチルが首相になったのは英軍が苦戦し、ドイツへの屈服は近い、と見られていた、はるかに厳しい局面だ。だが、闘志と楽観を抱きながら、就任の夜も熟睡した
◆恰幅(かっぷく)の良さ以外にも、名宰相と野田氏の共通点があっても良い。
(2011年9月5日01時51分 読売新聞)

【平蔵の独り言2】
9月5日付 編集手帳(2011年9月5日01時51分 読売新聞)

の続編を見てみたい。

こう言うのかな。

見なさい、こう述べているでしょう。
◆恰幅(かっぷく)の良さ以外にも、名宰相と野田氏の共通点があっても良い。

「恰幅の良さだけですよ」

先見の明に感服です。

たけし流に「ジャンジャン」
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by asanogawa-garou | 2012-02-24 13:25 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

命もいらず名もいらず・明治篇〔山岡鉄舟〕   

2012年 02月 14日
〔山岡鉄舟〕
「命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也。
此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬ也」(西郷隆盛)


【命もいらず名もいらず(明治篇)】(山本兼一(著))
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〔人間として器の大きい〕

〔日本人のこころには、思想や論理より、人の情熱のゆたかさに感動する土壌がある。人間はだれしも、熱情あふれる人間につきうごかされる。〕

〔世の中は、変わっていく〕

〔精神満腹〕
こころだ。
(人を人として生かしているのは、ただひとつ、おのれの精神だ)

こころが貧しい者は、なにをやっても中途半端にしかできない。
こころが熟し、高き志をもつ者は、ついにことを成すことができる。

〔頑なに執着すべきことと、あっさり投げ捨てて頓着せぬことの区別は、わきまえている〕

〔勝つのも自分。負けるのも自分〕

〔人間は、腹のすわり方が現代人とはずいぶんちがっていたものだ〕

〔愚鈍、愚もまた才なり〕

〔心が世の中にとらわれているから、目がうつろだ〕
煩悩よ、消えろ。そう念じれば念じるほど、さらに煩悩が渦巻くのだ。
「人のこころに不動などあるものか。
寒いときは寒い、痛いときは痛い、怖いときは怖い、それでいかんか」


〔日々のつつましやかな暮らしの一つひとつを大切に積み重ねていくこと〕
金をつかわずとも、楽しみは、日々の暮らしのなかにある。
いつもあたりの状況に目を配り、しっかりと地面に足をつけて歩いている。
【泰然自若】時流にまったく左右されない。

〔ぶれない〕

〔あたりまえの人間というのは、もうちっと、弱いもんや〕

〔自分の未熟を糺して(ただして)くれる師など、おいそれと見つかるものではない〕

〔剣術家が剣を無くし、噺家が舌を無くさなけりゃほんとの名人にはなれぬもの〕

〔新しい出会いひとつ、ひとつが新鮮で、それが自身をおかげで磨かれることになる〕

〔人を惹きつける磁力〕

〔ただ人知れず陰徳を積むしかない〕

人は、生きて、死ぬ
おれは、よく生きたか。
よく生きた。
しみじみそう思う。
「そろそろ迎えが来る」
「人払いをしてください」

山岡鉄舟の死は、そのまま、日本の侍の死であった
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【明治篇】

〔人間として器の大きい〕
慢心もない。悔蔑もない。

〔日本人のこころには、思想や論理より、人の情熱のゆたかさに感動する土壌がある。
人間はだれしも、熱情あふれる人間につきうごかされる。〕


〔世の中は、変わっていく〕
明治維新、太平洋戦争、(そしてこの東日本大震災)

いったいなにが変わり、なにが変わらないのか。
しがみついても、どうにもならない。
変わるべきものと、変えてはならぬものがあるはずだ。
変えてよいもの。
変えてはいけないもの。
権威はなくなる。消えてしまう。
勝って驕れる者もなくなる。


〔精神満腹〕
こころだ。
(人を人として生かしているのは、ただひとつ、おのれの精神だ)

こころが貧しい者は、なにをやっても中途半端にしかできない。
こころが熟し、高き志をもつ者は、ついにことを成すことができる。

(男として生きる)
それも、よい男として全力で生き、よい男として悔いなく死にたい。
春風のように爽やかに生きたい。
そうすれば、満ち足りる。
日々、満ち足りた精神で生きていく。


〔頑なに執着すべきことと、あっさり投げ捨てて頓着せぬことの区別は、わきまえている〕
権威や既得権にしがみつくことは、いちばん醜い。
いまの日本の混乱を深めているのは、そんな男たちだ。

〔勝つのも自分。負けるのも自分〕
勝負は時の運だ。
勝っても驕らず。負けても卑屈にならず。
わかってはいても、そのとおりにふるまうのは簡単ではない。

〔人間は、腹のすわり方が現代人とはずいぶんちがっていたものだ〕

〔愚鈍、愚もまた才なり〕
聡い、聡すぎる。と聡明過ぎれば、どうしても嫌味がにじむ。
聡ければ、明日の利と損が見える。
見えれば、だれしも利にかたむく。それが人間だ。
利も損も見えなければ、利に転ばずに済んでいる。

〔心が世の中にとらわれているから、目がうつろだ〕
顔が悪い。心がねじくれておるゆえ、顔相が悪くなっておる。
「そうだ。そなたの心はねじくれておる。いまの日本がねじくれておるようにな」

煩悩よ、消えろ。そう念じれば念じるほど、さらに煩悩が渦巻くのだ。
「人のこころに不動などあるものか。
寒いときは寒い、痛いときは痛い、怖いときは怖い、それでいかんか」

それでいけないはずがない。

不動心(絶対に動かないこころ)など、あるはずがないではないか。

「寒いときは、寒いぞ。足が痛くなると痛いとしか思えん。
そう感じるのが当たり前であろう。それでよかろう。それがあたり前の人間だ」

〔日々のつつましやかな暮らしの一つひとつを大切に積み重ねていくこと〕
金をつかわずとも、楽しみは、日々の暮らしのなかにある。
いつもあたりの状況に目を配り、しっかりと地面に足をつけて歩いている。

【泰然自若】時流にまったく左右されない。〔ぶれない〕

〔あたりまえの人間というのは、もうちっと、弱いもんや〕
日常生活のはしばしで、生きることに真摯に向き合う姿勢がなければ、
言葉で何を伝えても届かない。

「物は、大は大、小は小となぜ生かしてつかわぬ。陰徳ということがわからぬか」

〔自分の未熟を糺して(ただして)くれる師など、おいそれと見つかるものではない〕
心底、ありがたい。

〔剣術家が剣を無くし、噺家が舌を無くさなけりゃほんとの名人にはなれぬもの〕

〔新しい出会いひとつ、ひとつが新鮮で、それが自身をおかげで磨かれることになる〕
「豪放磊落」のなかにも、繊細な気づいをみせる。

〔人を惹きつける磁力〕
もって生まれた率直さ、率直さにくわえて、意識的に人格を磨いた結果

〔ただ人知れず陰徳を積むしかない〕
「精神満腹」
「精神一到」

人は、生きて、死ぬ
おれは、よく生きたか。
よく生きた。
しみじみそう思う。
「そろそろ迎えが来る」
「人払いをしてください」

山岡鉄舟の死は、そのまま、日本の侍の死であった


【山岡鉄舟】

慶応四年(1868―明治元年)
鉄舟は「精鋭隊」の頭として松岡万・中条金之助らとともに鳥羽伏見の合戦に敗れた徳川慶喜を迎え、
浜御殿の海軍局へ案内し警衛に当たった。

やがて、幕府の方針は、主戦論を退けて恭順にきまり、
勝海舟が終戦責任者の陸軍総裁に就任、
慶喜は上野寛永寺の子院、大慈院に謹慎した。

官軍は慶喜の謹慎を認めず、是が非でも徳川家をつぶし、江戸を武力占領しようとしていた。

海舟は自分で駿府にある大総督府に赴いて交渉しようとして二、三の重役に相談したが、彼らは恐れをなすばかりで乗ってこなかった。

海舟は高橋泥舟の推薦ではじめて鉄舟に会って話をし、使者としてもっとも有能な男をそこに発見した。
誠実と頭脳明晰、死ぬ覚悟もみてとれた。

慶応4年(1868年)、
鉄舟は3月9日官軍の駐留する駿府(現在の静岡市)に辿り着き、単身で西郷と面会。

このとき、官軍が警備する中を「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」と大音声で堂々と歩行していったという。

その行動力は、西郷をして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛させた。
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このとき、西郷が降伏条件として示したのは、
一「江戸城を明け渡すこと」
二「城中の人数を向島に移すこと」
三「軍艦を渡すこと」
四「兵器を渡すこと」
五「徳川慶喜を備前藩へあずけること」の五箇条であった。

鉄舟は条件をもっともだと思った。
しかし、鉄舟は慶喜を備前藩へあずけるの一条は承服しなかった。
「立場が違って、もし西郷先生が私ならどのようにご返事なさいますか」といって、
西郷の顔を睨んで目を逸さなかった。
とうとう西郷は折れて、この一条を変えるのを承知した。

明治維新後は、徳川家達に従い、静岡県に下る。
6月、静岡藩藩政補翼となり、その時期に清水次郎長と意気投合、「壮士之墓」を揮毫して与えた。

明治元年に起きた咸臨丸事件の時、鉄舟はスタートしたばかりの駿府藩幹事役であった。
この頃はちょうど、東北では新政府軍が会津若松城を包囲攻撃中という時期だ。

駿府藩がもたもたして1ヵ月も空費している間に、
新政府軍の富士山丸、武蔵丸、飛竜丸の3艦が清水港に攻め入り、
咸臨丸を砲撃の上、艦に残っていた副艦長春山弁蔵ら7人を斬殺した。
無抵抗のまま斬殺された7人の死体は、海中に投棄され、咸臨丸は翌朝、官軍艦によって品川まで曳航された。
彼らの死体は投棄されたまま海中に浮遊し、誰も手をつける者はいない。
「賊軍に加担する者は断罪に処す」という新政府の厳重な布告が出ていたからである。

次郎長は「死ねば仏だ。仏に官軍も賊軍もあるものか」と、
有名なセリフを吐いて7人を向島の松の木の根もとに手厚く葬った。

鉄舟は、目を洗われたかと思うほど感動した。
次郎長は単なるバクチ打ちの親分、官軍が駿府に駐留している間、
市中警護役として御用をつとめた男、いわば二足の鞋(わらじ)をはく目明かしぐらいに思っていたが、
その言動からすれば、次郎長の頭の中には、
薩長とか徳川、あるいは征服者とか被征服者といった考えはない。
あるのは、人間として正しいか、正しくないか、正か、邪かといった物差しだけである。

次郎長と鉄舟の交わりは、この咸臨丸事件から鉄舟の亡くなる明治21年まで続いた。

西郷のたっての依頼により、明治5年(1872年)に宮中に出仕し、
10年間の約束で侍従として明治天皇に仕える。

侍従時代、深酒をして相撲をとろうとかかってきた明治天皇をやり過ごして諫言したり、
明治6年(1873年)に皇居仮宮殿が炎上した際、淀橋の自宅からいち早く駆けつけたりなど、
剛直なエピソードが知られている。
明治21年(1888年)7月19日9時15分、皇居に向かって結跏趺坐(座禅)のまま絶命。
死因は胃癌であった。享年53。

豪傑、英雄が数多くいた幕末の時代でも頭一つ群を抜いていたと思うが、
今の世の中、このような人物がどこかにいるだろうか?


【平蔵の独り言】
徳川幕府の勝海舟、官軍の西郷隆盛は知っていたが
山岡鉄舟:幕末に生き、大いなる働きをした人物がいたことを
知った。

豪傑、英雄が数多くいた幕末の時代でも頭一つ群を抜いていたと思うが、
今の世の中、このような人物がどこかにいるだろうか?

とあった、3.11東日本大震災の後、日本は明治維新、先の大戦をどのように
乗り越えてきたのか。

の興味から「山岡鉄舟」を知ったが、
今の世の中にこのような人物がほしい。
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by asanogawa-garou | 2012-02-14 16:28 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

命もいらず名もいらず・幕末篇〔山岡鉄舟〕   

2012年 02月 08日

〔山岡鉄舟〕
「命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也。
此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬ也」(西郷隆盛)


【命もいらず名もいらず(幕末篇)】(山本兼一(著))
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〔世間は、口さがない〕
・われの思うわれと、人の思うわれは違うもの
〔世間の目は、敵の目と思うておくとよい〕
〔世に棲む九割が凡愚〕

・じぶんは九割の凡愚にあらず、賢者と思うておる。
 人間とは、それほど愚かなもの。

〔人には、器というものがある〕
・人は器量に応じた仕事しか為せない。
・器量に応じた人生しか送ることができない。
〔人と人との間合い〕
〔迷え。迷うがいい。迷って、迷って、なおさんざん迷った果てでなければ、
「如来像」はこころの焦りを見すかされている〕
〔腹を立つるは、道にあらず候。〕

・腹を立ててしまっては、ものごとの本質が見えなくなる。
たいせつなものを見失ってしまう。
〔初心にかえろう〕
「もういちど礼からはじめよう」
礼をわきまえる。

〔精進する〕
〔徳のこころ〕
〔人が集まるというのは、なかなかむずかしいことだ〕
〔思考回路がいたって単純にして明快がいい〕

人という生き物は、じつは、とても単純にできているのかもしれない。
見栄を張る。
面子にこだわる。
やせ我慢しても、余裕のあるところを見せる。
〔人間の器、じぶんの信(まこと)の気持ち、信のこころ〕
〔人のよろこびが、じぶんのよろこびとして感じられるのは、生来もちあわせた天真爛漫な性である〕
〔志だ。命もいらず、名もいらず、金も出世もいらぬ〕
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山岡鉄舟 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。


【幕末篇】
〔世間は、口さがない〕
・われの思うわれと、人の思うわれは違うもの

〔世間の目は、敵の目と思うておくとよい〕

〔世に棲む九割が凡愚〕
・じぶんは九割の凡愚にあらず、賢者と思うておる。
 人間とは、それほど愚かなもの。

〔人には、器というものがある〕
「器といってわかりにくければ、器量、度量といってよい。
人間が生きていくうえで、いちばん大切なことだ」
・人は器量に応じた仕事しか為せない。
・器量に応じた人生しか送ることができない。

人間の真摯さは自分で決めればよいことだ。
「よく死んだ男が、よく生きた男だ。
(生死一如)生と死が、じつはひとつのものであるということだ」


「大勢の見物人が押し寄せる名所の桜など、ちっともありがたくない。
たとえ、人に知られずとも、ひっそり咲いている山桜のほうが気高く美しい」

〔人と人との間合い〕
じぶんのまわりに越えにくい垣根があるのを感じてしまう
「人のまわりには、そもそも垣根なぞあるものか。
垣根をつくるのは自分。こわすのも自分だ。
自分でがんじがらめにめぐらせた垣根は、自分でこわさねばならぬ」

〔迷え。迷うがいい。迷って、迷って、なおさんざん迷った果てでなければ、
「如来像」はこころの焦りを見すかされている〕


〔腹を立つるは、道にあらず候。〕
・腹を立ててしまっては、ものごとの本質が見えなくなる。
たいせつなものを見失ってしまう。
「腹が立ったら、まずは息を深く吸って、気持ちを落ち着けることだ。
でなければ、道をあやまってしまう」

〔初心にかえろう〕
「もういちど礼からはじめよう」
礼をわきまえる。

〔精進する〕
・なにものにも代えがたい大きな生き甲斐、素になること。

無心になんのわだかまりもなく
おのれの道を求めている(求道者)

人生には、その人間の一生を左右する出会いがある。
運命の扉は、その人間が求めたとおりに開く。

こころを研ぎ澄まし、強く求めていればこそ、またとない出会いにもめぐまれるのだ。
なにも求めていない人間には、
すばらしい出会いなど望むべくもない。


武の道はとりもなおさず〔芸〕の道武芸とは芸術である。
技か。力か。
〔芸〕というのは、そもそも力と技を超えたところにある。
力と技の根底にあるべきものは、なんだと思う。

〔徳のこころ〕
「口にするのは簡単だが、実際におこなうのが難しいのが、〔徳〕というものだ。」
武芸の修行は、人に勝つためではなく、おのれの〔徳〕を積むためにする。

どのように〔徳〕を積めばよろしいでしょうか!
「徳の積み方が分からなければ、おのれを見つめよ。欠点をもっている。
怒りっぽかったり、気が弱かったり、嫉妬深かったり。欠点のない人間はおらぬ。
まずはおのれに欠けているものをおぎなうことだ」

どうすれば、おのれの欠点を見つめ〔徳〕を積む修行ができるのか?

人として生きる道〔心〕だ。
人というのは、骸骨だ。骸骨に皮をかぶせ、〔心〕をいれたものだと思え。

〔人が集まるというのは、なかなかむずかしいことだ〕

〔思考回路がいたって単純にして明快がいい〕
人という生き物は、じつは、とても単純にできているのかもしれない。見栄を張る。
面子にこだわる。
やせ我慢しても、余裕のあるところを見せる。
そんな負けず嫌いの気持ちが、案外、人間の背筋をまっすぐ伸ばすのかもしれない。
人間が生きていくための原動力になる場合もある。

愚鈍に行く。生きる。
おのれがつねに、春風のごとく清々しい(すがすがしい)人間でありたいと
念じていればこそ身についた
「人間の人となりを感得する素地」資質であろう。

〔人間の器、じぶんの信(まこと)の気持ち、信のこころ〕
なぜ生まれ、なぜ生きるのか?
どのように生きればいいのかは、いささか分かってきた。
【自分のためになり、人のためになることをせよ】
無私のこころはすばらしい。
かといって、自分を捨てきって他人のために生きるのはむずかしい。
自分のためになって、なお、他人のためになることこそ、なすべきであろう

〔人のよろこびが、じぶんのよろこびとして感じられるのは、
生来もちあわせた天真爛漫な性である〕

〔志だ。命もいらず、名もいらず、金も出世もいらぬ〕
名を惜しんでどうする?生きてやり抜くのが本当の武士の道

生きるとは、ただひたすら、目の前のことを、全身全霊の力をふりしぼってなし遂げることだ。
おのれの生を全うする道など、ありはしない。
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山岡鉄舟 江戸百万人の命を救った「江戸城無血開城」の立て役者
【平蔵の独り言】
3.11 東日本大震災:明治維新、太平洋戦争に匹敵する
この震災を目の当たりにして、どのように歩んできたのか
歴史を振り返らせてもらい 山岡鉄舟に巡り逢った。
名前も知らなかった。

命もいらず名もいらず・幕末篇〔山岡鉄舟〕

読めば読むほど、今このような人がいたら
と感じたしまう。

司馬遼太郎が何故、〔山岡鉄舟〕 を取り上げなかったのか。

命もいらず名もいらず・明治篇〔山岡鉄舟〕
が楽しみだ!
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by asanogawa-garou | 2012-02-08 17:07 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

(堀文子の言葉)【ひとりで生きる】 「人はそもそも孤独なんです」   

2012年 02月 06日

「みんなひとりが寂しいといいますが、
人といれば本当に寂しくないのかしら?
 人はそもそも孤独なんです」


【ひとりで生きる】

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群れない
慣れない
頼らない

これが私のモットーです

人間誰でもいろいろな意味で、悩んだり、悔しかったり、ひどい目に遭ったり、
生きるということは毎日が大騒ぎじゃないですか。
そんなときに、お説教されるのは嫌ですが、
何か自分の気持ちに相応しい言葉と出合ったりするのは嬉しいものです。
私は、人に相談もしないし、
自由でいることに命を懸けてきたような人間ですから、
私の言葉が何の役に立つのかわかりませんけれど。

【自由は命懸けのこと】
〔九十代は初体験〕
私は今九十代のスタートなんです。
あと何年でお迎えがくるのか知りませんが、初めてのことなんです。
「九十代」は初体験です。

自由は、命懸けのこと。
群れない、慣れない、頼らない。
これが私のモットーです。

群れをなさないで生きることは、現代社会ではあり得ないことです。
何をするにしても誰かと一緒にしなければならない。
それを私はしないよう道を選んで、私のような職人にはよかったと思います。

身体が衰えてきますと、誰でもが何もできない諦めの老人と思うでしょう。
〔けれども、私は知らなかったことが日に日に増えてきます〕
いままで「知っている」と思っていたことが、本当は「知らなかった」と。
それが、だんだんわかってくるのです。

【蘇生の軌跡】
〔素直に嘘をつかない〕
素直に、嘘をつかず、正直に、一心不乱に生きていればいいのだと思いました。

嘘をついたり、ごまかしたり、飾ったりしていると、
自分の体のなかに自然があることがわからなくなってしまう。
細胞もおかしくなるに違いない。
嘘をつくと嘘の電流が体のなかに流れるんだと思います。

【感動していたい】
〔楽しみながら日々を過ごす〕
息の絶えるまで感動していたい。

現状を維持していれば無事平穏ですが、新鮮な感動からは見捨てられるだけです。
私は岐路に立たされたときは必ず、未知で困難な方を選ぶようにしています。

〔死ぬまで前を向いて〕
私も機嫌よく死にたい。
生き生きと死にたいということは、たくさんの先輩から学びました。
そういう方がこの世からどんどん消えていきます。
老残のかけらも見えぬ、阿部なを先生の迫力の原動力が知りたかった。
「死ぬまでに体の悪い所は直しておかないと。」
何というすごい生き方だ。

〔みんなひとりが寂しいといいますが、人といれば本当に寂しくないのかしら?  人はそもそも孤独なんです。〕
私は人に迷惑をかけますから、ひとりを選ぶんです。
私には習慣性がないんです。
同じことの繰り返しが嫌いなんです。

人を見るときも本能で、好きか嫌いかで、損得ではきめません。
地位や名誉、肩書きなんてうつろいやすいもので、それにふりまわされないようにすることです。

〔美徳を吹聴してはなりません。美徳自慢は無粋の限りです。〕
ばか正直。
ばか丁寧。
くそ真面目。

美徳にそんな言葉をつけて
「過ぎる」ことをいましめていた昔の人の粋な感覚に圧倒されます。

「恥を残しては死にたくない。」
なんて焦ったこともありましたが、私の恥を見て笑った人もいずれ死ぬんですから「まあいいや」と思うようになり、整理のできないまま年をとりました。

恥を笑われることの心配をしているより、せっかく生きているのだから、
したいことをしたいと思います。
もう時間は残り少ないのです。

一生は一回しかないんです。

〔反省なんてしたらダメなんです。反省したら前のところに留まってそこから上には行けないのです。〕
反省は、失敗したことを叱るお説教みたいなものですから、
これから進む前に戻れということになるわけでしょう。

反省なんかしないで、自分のことを「バカ!」って叱るのがいちばん。
バカでいたくなければ、自分で何とかするでしょう。
本当にやりたかったことは忘れずに諦めないでいれば、
何十年と月日が過ぎても、不思議とチャンスはやってくるんです。
いくつになっても、誰にでも、あきらめなければそのチャンスはきます。


【孤独を糧として】

私にとって、しいんと引き締まった孤独の空間と時間は何よりの糧である。

本気で、自分の孤独と向き合う。
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日常の暮らしを捨て、世のしがらみから逃れた時、人間本来の新鮮な感覚が戻ってくる。
刻々と失われていく身心のエネルギーの目減りを防ぐのは、自分自身の力でしかできないことだ。
人の助けで埋められるような生やさしいものではない。

老いにさからわず、私は私の手足で働き、私の頭の回線を使うしか方法はないのだ。
過去の功績によりかかり、人を従えたがる老人の甘えを何とか寄せつけないよう心掛けたいものである。

日本はバブルの真っ最中。恥知らずの国に成り下がり、品位を失ったこの国で死ぬのは嫌だ。
私は日本脱出を決めた。
1987年70歳の春のことだった。

【美にひれ伏す】

奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、時流をよそに脱俗を夢見て、
私は一所不住の旅を続けてきた。

自分の無能を恥じ、己との一騎打ちに終始し、知識を退け、経験に頼らず、
心を空にして日々の感動を全身で受けたいと心掛けた。

肩書きを求めず、ただ一度の一生を美にひれ伏す、何者でもない者として送ることを志してきた。

その時その時をどう生きているか、その痕跡を絵に表すので、一貫した画風が私にはないのだ。
結果として画風が様々に変わって見えても、それらはすべて私自身なのである。

紅と黄口朱。
私の好みに答えてくれたこの二つの赤が、あと僅かしか残っていないのだ。
私の分身のような絵の具との別れの時が近づいている。
あと幾度この赤を使えるか。私の終わりも近いのだ。
残り少ないこの絵の具を見る度に、やり場のない悲しみがつき上げてくる。

泥水をかきまわし、その混沌のなかから顔を出すようにしていつも私の絵は生まれてきた。
人は必ずその絵の意図や説明聞きたがるが、
「こうなってしまった」と答えるしかない。
私の作品には主張も意図もない。

主張せず、押しつけもせず、雲や水のように形も定めず行方もしれない絵。
修練や努力も役立たず、定義の仕様もない。

【乱世を生きる】
私の時代は、あまりに重圧がすごいので、反発する力もすごい。
自由を求めての大脱走みたいなもので、穴を掘って、ズボンの裾に砂を詰めて、
まるで映画『大脱走』のスティーヴ・マックイーンになったような気持ちだったのです。
今の若者には初めから重圧がない。
重圧がなくなってしまうと、かえって何をしたらいいのかわからなくなるのかもしれません。

自活とか、自由というものは、どんなに辛いことか。
ワガママとは違って、責任は全部自分で背負わなければならない。
自由の裏には過酷な任務があることを心得ておかねばならない。

それに耐えるだけの体力と気力がないと、真剣に遊ぶこともできない。
私の知らないこと、できないことをやってのける、
ひとくせもふたくせもある友人ばかりを選んだのは正解で、
私の無頼は人間の幅を広くしてくれて、のちの人生にとって大事な時間となったのです。

【自然への思い】
黙って、手を合わせるような心で、花は見るものである。

〔81歳の時、青い罌粟(ケシ)、ブルーポピーを求めてヒマラヤへ旅をしました。〕
岩場で足を踏み外しそうになったり、バンベで酸素吸入したりしながら、やっと探し当てた瞬間を忘れません。
標高四千五百メートルのガレ場の岩陰で出会った、
全身を鋭いとげで武装した草丈二十センチほどのブルーポピーの青い花。
生きものの生存を拒絶されたような厳しい環境のなかで咲くこの花は、
氷河期の生物か宇宙からの使者のように思え、易々と描く気にはなれませんでした。
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名のある華やかな花たちは珍重されるが、
振り向かれることもなく道端や庭の隅にひっそりと咲く、名もなき花。
讃えられることもなく、うとんじられながら志をまげず、生き続けたけなげさ。
踏まれても摘まれてもあきらめず、自力で生き抜いてきた名もなき雑草たちの姿には、無駄な飾りがない。
生きる為の最小限の道具だてが、侵し難い気迫となって私の心を打つのだ。

「むさぼらず、誇らず、黙々と下積みの暮らしに徹する名もなき者の底力が、どくだみを描く私の体に地鳴りのように響きわたるのだった」

生きものはやがて死に、会うものは別れ、財宝も名利も仮の世の一時の驕りであることが、
否応なく見えてくる今日この頃である。

この先、どんなことに驚き熱中するのか。
私のなかの未知の何かが咲くかも知れないと、これからの初体験に期待がわく。
私にはもう老年に甘えているひまなどないのだ。

死は、人間に課せられた一度きりの初体験であり、
誰の真似もできず、誰の助けを借りることもできない。
私がこれからどのような過程で死を迎えるのか、私は私の成り行きを眺めるつもりである。
九十の齢を迎えた今、逆らうことを忘れ、成り行きのままに生きる安らぎの時が、いつの間にかきたようだ。

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【平蔵の独り言】
自由は、命懸けのこと。

群れない、慣れない、頼らない。
これが私のモットーです。

〔みんなひとりが寂しいといいますが、人といれば本当に寂しくないのかしら?  人はそもそも孤独なんです。〕

【独り言】孤独は辛い!  こっちですね!
〈やっぱり『友達』っていいな!〉
◆芥川龍之介の歌がある。
〈幾山河(いくやまかわ)さすらふよりもかなしきは都大(みやこおお)路(じ)をひとり行くこと〉。
にぎやかで華やいだ空間に身を置くとき、大のおとなでも孤独は骨身に染みとおる


一生は一回しかないんです。
〔反省なんてしたらダメなんです。反省したら前のところに留まってそこから上には行けないのです。〕
反省は、失敗したことを叱るお説教みたいなものですから、
これから進む前に戻れということになるわけでしょう。

反省なんかしないで、自分のことを「バカ!」って叱るのがいちばん。
バカでいたくなければ、自分で何とかするでしょう。

【独り言】:よく言われる「バッカじゃない」・・・・いいんだ!

老いにさからわず、私は私の手足で働き、
私の頭の回線を使うしか方法はないのだ。
過去の功績によりかかり、人を従えたがる老人の甘えを何とか寄せつけないよう心掛けたいものである。
九十の齢を迎えた今、逆らうことを忘れ、成り行きのままに生きる安らぎの時が、いつの間にかきたようだ。
(2011年7月 齢93歳)

【独り言】「そうかそうか」と思いながら
出来そうにないけれど歩けていける処まで歩いていこう。
30年経ったら、こんな心境になるのかな(ムリだろうナ!)
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by asanogawa-garou | 2012-02-06 15:52 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)