<   2012年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧   

無難な子供はツマらないよ「最近の子役はセリフを言わせても、うまくやりこなす。ツマらないんだよなあ…」   

2012年 11月 27日

無難な子供はツマらないよ
「最近の子役は面接をするとみんなハキハキとしっかり答えることが出来る。
セリフを言わせても、うまくやりこなす。だからツマらないんだよなあ…」


【“平等”な学芸会】

小学校で学芸会があり、観に行った。
1年から6年まで各学年によるミュージカルやお芝居。
観ていると、どうやらどの子にも平等にセリフが与えられている。
たとえば主役の王様は3人いて、場面ごとに交代で演じる。
何十人もいる家来の役も、やはりセリフを振り分け、場面ごとに交代で演じていた。
誰もが活躍できるように構成されていたので、
「うちの子の出番がない」と嘆くこともなければ、
「あの子よりうちの子のセリフが少ないのはどうしてだ」
などと担任に詰め寄るモンスターペアレントにならすにすむ。

しかしこの《皆、平等、皆、平均に》と振り分けられた学芸会。どうだろう。
演じている子供たちも平均的なお芝居をしているように私は感じた。

良くいえば「みんな無難にやってて、ツマらなかったなあ」である。

テレビドラマや映画の子役オーディションの話を思い出した。
ある年配のプロデューサーが言っていた。
「最近の子役は面接をするとみんなハキハキとしっかり答えることが出来る。
セリフを言わせても、うまくやりこなす。だからツマらなんだよなあ…」

【デコボコでいい】
昔はそうではなかった。
テストでカメラを向けると真っ赤になって緊張し、ガタガタ震えだす子がいた。
帰ると言い出したり。
緊張のあまりに泣き出す子もいた。

「でさあ、そういう子ほど(オーディションで失敗したりする子ほど)本番ではすごい力を発揮するんだ。
大人の予想を裏切るようなことをしでかす。
こっちはハラハラドキドキさせられたもんだ。

今は違うね、今のは生まれた時からジイちゃんバアちゃんパパママに
“ほらほら映すわよ~”と写真やビデオを撮られて育つ。カメラに慣れてる。
緊張なんてしない。
“ナントカちゃんこっち向いて~笑って~”なんて言われて育ってみろ、うまく映ることを自然に身につけてる。
無難にやり過ごすことに慣れてるっていうかさあ」

学芸会にも通じるものがあるような気がする。
子供というものは本来はもっとデコボコしたものではないか。
無難に平均的にならされていくことはツマらないことではないか。

そんな風に思うのが、まだ子供なのかもしれない。

北国新聞2012/11/26(ゆくぞ、母ちゃん道:水橋文美江)

【平蔵の独り言】
話には聞いていたが、本当に世の中で今起こっている事だと知った。
一億総中流が崩壊して、みんなと同じならと安心している。

大体、小学校で目立たない女の子が大人になって
いい女になっているし、
タイトロープみたいな生き方しているのが
単純に一つの事に没頭して
スポーツ、芸術、音楽、いい生き方をしていると思う。

《皆、平等、皆、平均に》から何も生まれない。
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-27 16:10 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

国会議員は、もうあてにしないことにしたよ――自らの失職を万歳で歓迎し、「契約4年、中途解雇あり。」   

2012年 11月 19日

国会議員は、もうあてにしないことにしたよ――

・自らの失職を万歳で歓迎し、合戦だ勝負だと
例によって猛々(たけだけ)しい言葉が飛び交う。
被災地視察の写真も、なにがしかの効力を発揮するのだろうか。


・「契約4年、中途解雇あり、更新希望者も新人に交じり一から就職活動を。」シューカツ
当選すれば税金から収入その他が支払われる。雇うに値する人は誰か。
仕事をする人か、仕事をしているふりがうまい人か。
雇い主として、人を見る目の試される時が来た。



 国会議員は、もうあてにしないことにしたよ――。

東日本大震災で工場が全壊したある食品製造会社のトップから、
そんな決別宣言を聞いたのは1年前の秋だった。
地元では有名な老舗の中堅企業。
事業を、雇用を、地域をどう守るか。震災直後から駆けずり回った。

▼助けてくれたライバル会社があった。
再建資金を出資してくれる都会の若者もいた。

やがて議員たちが視察に訪れ始める。
時間を割いて会うが、腰を据え耳を傾ける感じではない。
熱心だったのは写真撮影だ。握手をする姿。被災地を歩く姿。
それが目的だったのか――。そんな疑念が募り、冒頭の心境に至ったという。


▼きのう野田首相が衆院を解散した。
「契約4年、中途解雇あり、更新希望者も新人に交じり一から就職活動を。
衆院議員とは大変な仕事である」。本欄でそう書いてから3年と3カ月余り。

今回も、やはり本来の任期を終えることなく、現職の議員と、そのいすを目指す方々による大がかりなシューカツがまた始まった。

▼自らの失職を万歳で歓迎し、合戦だ勝負だと例によって猛々(たけだけ)しい言葉が飛び交う。
被災地視察の写真も、なにがしかの効力を発揮するのだろうか。

当選すれば税金から収入その他が支払われる。雇うに値する人は誰か。
仕事をする人か、仕事をしているふりがうまい人か。
雇い主として、人を見る目の試される時が来た。

日本経済新聞〔春秋〕2012/11/17付

【平蔵の独り言】
仕事をする人か、仕事をしているふりがうまい人か。
雇い主として、人を見る目の試される時が来た。

〔憂国の士〕志を持って、いない烏合の衆(仕事をしているふり)に
期待しなければいけない 市井の人の独りとして
c0219232_15363134.jpg

三年前のトラウマがあり、反省であるがどうしたものか?
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-19 14:10 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

[松任谷由美]森光子さんに尋ねた「この先に何があるんですか」「飽きないでください。それだけでいいです   

2012年 11月 16日

[松任谷由美]歌手の松任谷由美さんが森光子さんに尋ねた「この先に何があるんですか」「飽きないでください。それだけでいいです」


春秋 2012/11/16付

 歌手の松任谷由実さんが尋ねた。
「(私は)こんなにステージをやってきて、お客さんも喜んでくれているけど、この先に何があるんですか」。

森光子さんが答える。「飽きないでください。それだけでいいです」。
松任谷さんの対談集「才輝礼賛」にそうあった。

▼「放浪記」の主人公、林芙美子を41歳から演じること2017回、とさらりと書いてしまうのも憚(はばか)られる。
48年間、後年は短くなったとはいえ、しばらくは5時間半の舞台。
代名詞にもなったでんぐり返しは3回続けてやっていた。
役に恵まれなかった前半生から一転、遅咲きの輝きは日々新面目(しんめんもく)あったればこそだろう。

▼それでも、「リコピーのお光」とあだ名されるほどせりふ覚えがよかったから、ときに魔が差した。
著書「人生はロングラン」では、税金のことを考えながら演じていたことがある、と白状し、ちゃんと芝居をしていたと知ってよけい怖くなった、と述懐している。
「飽きないでください」は何より自らへの戒めだった。

▼酒は強くなく、晩年は「私、2センチください」とワインを頼むのがつねだったそうだ。
気取らない森さんのこと、席の楽しさが目に浮かぶようである。
松任谷さんは34歳上の先輩の言葉に「ズッシリ受け止めました」と応じた。
飽きないでください。
こちらもその難しさをかみしめつつ、大女優をしのんでワイン2センチ――。


【平蔵の独り言】
森さん41歳で『放浪記』初主役、89歳まで現役
森さんが挨拶で語っていた自作の川柳がある。
「あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ」

大滝秀治さん48歳までは喰えなかった、87歳まで現役
声が汚いと裏方

<何のために生きているのか>89歳の誕生日
今年になんないとわからなかったですね。
自分のためですね!


「飽きないでください。それだけでいいです」

【独り言】
飽きないでください。・・・
この言葉ですね!
朝晩の体操はもう2年、スクワットも取り組み始めた。

欲張らずに男の健康寿命70歳をめざして!

[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-16 16:51 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

75歳ごろまで「はな垂れ小僧」だった大滝秀治さん「もう駄目だと思ったり まだやれると思ったり」   

2012年 11月 15日

【75歳ごろまで「はな垂れ小僧」だった大滝秀治さん】

・それでも75歳ごろまではまだ、
滝沢修や宇野重吉ら民芸の先輩たちから「叱られてばかりいた」と、述懐している。
c0219232_1510413.jpg

【「役者の芝居っていうのは一番難しいのは普通にやることですね」】
・大滝さんは「役者の芝居っていうのは一番難しいのは普通にやることですね。
普通にやるためには、よっぽどぎっしりつまっていないと。
だから高倉さんには非常になるほどと思って感動しております」と述べ、
共演の高倉を称賛するが、自らも普通に演じつつ、見る者にインパクトを与えてきた。

【健さん「僕が一番尊敬する俳優」/悼む】
・年齢なんて関係なくできるんだと僕も元気をもらいました」
と6歳年上の先輩の演技に感激したことを告白していた。

【倉本聰さん「“海抜ゼロ”からの演技教わった」】
・役の組み立て方が演技者として最高です。演じる人間の履歴を追っていく。
住んでいるところの地図を追っていってね。
“海抜ゼロ”から物事をスタートするというのは大滝さんに教わりました。

【「大滝さんに凄いこと言われた。健康と元気は別物ですよ」(緒形拳)】
・だけど撮影が終わって一緒に帰るとき、
緒形さんは「大滝さんからすごいことを言われた」って言うんですね。

【『よくできました。忘れずに頑張ってください。重吉』】
・存在感抜群の名優 名優 大滝秀治さん 87歳
(悪声と老け顔で役に恵まれない不遇の時代が長く 劇団民芸に入って20年の45歳の時)
c0219232_15141013.jpg

【75歳ごろまで「はな垂れ小僧」だった大滝秀治さん2012.10.7[産経抄]】
 亡くなった大滝秀治さんは20代で劇団「民芸」の創立に加わった1期生である。
しかし当初は「声が悪い」などの理由で、ほとんど役がつかない。無名の役者だった。
永六輔氏の『藝 その世界』によれば「四十八歳までは喰えなかった」と言っていたそうだ。

▼50歳前にテレビの連続ドラマに出演し、ようやく名前も知られるようになったのである。
それでも75歳ごろまではまだ、滝沢修や宇野重吉ら民芸の先輩たちから「叱られてばかりいた」と、
述懐し ている。
まだ「はな垂れ小僧」だったというのである。

▼肺結核を患ったこともあり「長生きはしない」と自ら語っていた。
それが87歳の長寿を全うし、最後は民芸代表をつとめた。
今年8月公開の映画『あなたへ』にも出演、円熟味を増しつつあった。
まさに長寿社会を代表する役者だったのだ。
c0219232_15173920.jpg

【「役者の芝居っていうのは一番難しいのは普通にやることですね」】
「普通」が一番難しい2012年10月6日 東京朝刊
遺作となった「あなたへ」(東宝配給、公開中)の降旗康男監督は
「高倉健さん主演の映画にはよく出ていただき、
アクセントになる演技をしていただいた」と述べ、その秀逸な演技力をたたえた。 (小田克也)

 「あなたへ」は、主人公の倉島(高倉)が故郷・長崎の海に散骨してほしいという妻の遺志を後で知り、旅に出る話。
倉島は、大滝さん演じる船頭の大浦吾郎に、散骨のため船を出してほしいと頼むが「他をあたってくれ」と断られる。

 大浦は、倉島が散骨を迷っているのを一瞬で見抜くが、その後、決意したと分かると「明日は海も静かになるだろう」と、引き受ける。

 主人公の心の移り変わりを浮き彫りにする演技で、降旗監督のいうアクセントが表れる。
大浦の孫を演じた三浦貴大は
「現場に入れば、真摯(しんし)に厳しく自分の役に向かっていく姿に、
役者として大切なものを学ばせていただきました」と、共演の印象を語っている。

 大滝さんは「役者の芝居っていうのは一番難しいのは普通にやることですね。
普通にやるためには、よっぽどぎっしりつまっていないと。
だから高倉さんには非常になるほどと思って感動しております」と述べ、共演の高倉を称賛するが、自らも普通に演じつつ、見る者にインパクトを与えてきた。


 最近では小林政広監督の「春との旅」(2010年)で仲代達矢と共演。年老いた男(仲代)が孫娘と、
面倒を見てくれる所を探す話だが、冷たくあしらう兄の役を好演した。

 「あなたへ」を撮り終えた大滝さんは「今とっても疲れていて、心臓の鼓動がズッズッて突き破るくらい興奮してるものですから、それぐらいの仕事ができることは運がいいといいましょうか」と語っている。

 入院中の大滝さんと手紙をやりとりしてきた高倉は、訃報を知り
「最後の仕事の相手を務めさせていただき感謝しております。
素晴らしい先輩でした」との談話を出した。

 「あなたへ」では、散骨を終えて港に戻ってきたところで、
大浦が「久しぶりにきれいな海ば見た」と、つぶやく場面がある。
そのせりふを聞いたとき、高倉は思わず涙がこぼれたと回想している。
c0219232_1518408.jpg

【健さん「僕が一番尊敬する俳優」/悼む】
 大滝さんの撮影は昨年11月の3日間だけだったが、この際の印象がよほど強かったのだろう。
 本紙元日付の新春特別インタビューで
高倉は「散骨を済ませた後のシーン。
大滝さんのセリフは“久しぶりにきれいな海を見た”というたった一言でしたが、名優が魂を込めて言うと、こんなにも違うセリフになってしまうのかと…。凄い芝居を見せてもらいました。
年齢なんて関係なくできるんだと僕も元気をもらいました」と6歳年上の先輩の演技に感激したことを告白していた。
その後、「あなたへ」の宣伝で出演したNHK「プロフェッショナル」など、多くの媒体の取材でも高倉はこの話を披露しては目を潤ませた。

 自分の役について納得いくまで降旗監督とディスカッションを重ねた大滝さんの姿も高倉は目に焼き付けている。
映画は8月25日に公開されて興行収入21億円を突破する大ヒット。大滝さんは予定した完成披露試写会や初日舞台あいさつを体調不良で全て欠席したが、一番残念そうな顔をしていたのが高倉だった。

 俳優人生が完全否定から始まった共通点もあった。
大滝さんは劇団入りしたが演出家から「声が悪い。裏方やれば」と言い渡された。
高倉も映画デビュー前の演技レッスンで
「俳優に向いていない。ほかの仕事をした方がいい」と告げられた。

 「そういう部分もあって僕はずっと大滝さんを見てきた。自分が頑張る力になってくれる。僕が会った中で最高の俳優さん」

 「今までご一緒させていただいたいろいろな場面が思い浮かびます。本当に素晴らしい先輩でした」と天国に旅立った大滝さんをしのんだ。
c0219232_15204730.jpg

【「大滝さんに凄いこと言われた。健康と元気は別物ですよ」(緒形拳)】
【倉本聰さん「“海抜ゼロ”からの演技教わった」】
大滝秀治さん
 大滝秀治さん主演のテレビドラマ「うちのホンカン」シリーズ(昭和50~56年)などを脚本家として手がけた倉本聰さんの話

 大滝さんはそれまでずっと脇役で主役をなさったことがなく、
あのとき(「うちのホンカン」シリーズ)が初めて。
八千草薫さん、仁科亜季子さんとの組み合わせでシナリオを書きました。
それ以前からつきあいがありましたが、大滝さんはこの作品に非常に入れ込んでおられた。

 ものすごく集中なさる方で、大滝さんおひとりで函館にいらして、おまわりさんの役作りに熱中なさっていた。
旅館で一緒に泊まっていて、用があって大滝さんの部屋に入っても僕に気づかない。
すっかり作品の世界に入っちゃって、床柱を背に宙空をみつめるような人でしたね。
そのときは僕に気がつかなくて、そのまま部屋を出てきたわけですけど。
 緒形拳さん(昭和12~平成20年)主演のドラマ「風のガーデン」(平成20年)を富良野で撮っていたときのことです。
拳さんが医者の役で、大滝さんが病気の老人役。拳さんが大滝さんの住む農家に診に行くシーンで僕をつきあわせたんですけどね、拳さんはそのときがんで死期が近いと分かっていて、そのことを僕らには隠していた。

 だけど撮影が終わって一緒に帰るとき、緒形さんは「大滝さんからすごいことを言われた」って言うんですね。
大滝さんが「君、健康と元気は別のものだよ」とおっしゃったそうです。

僕はそうだなと思って心を打たれました。

もうじき亡くなることが分かっている緒形さんがおっしゃっただけに、そのせりふはすごく残っています。
 大滝さんは緒形さんよりずっと年上でしたが、
大滝さんにしても緒形さんにしても僕なんかにしてもそうだけど、
健康ってたばこをやめろとかじゃなく、仕事をしているのが一番健康にいい。
拳さんも制がん剤を打たないで耐えてらしたし、仕事をすることで最後まで来た。そこの部分が大きいと思う。

 大滝さんには仕事に対する姿勢をものすごく教えられました。
僕は時々、「創るということは遊ぶということ。創るということは狂うということ」という文章を色紙に書くときがありますけど、まさに大滝さんをイメージした言葉です。

 劇団民芸で初期は苦労なさいました。
「そんなガラガラ声は使わない」と宇野重吉さん(民芸創立者で俳優・演出家)にいわれたりしてね。
芽が出たのはずいぶん後で、下積みが長かったようです。

 役の組み立て方が演技者として最高です。演じる人間の履歴を追っていく。
住んでいるところの地図を追っていってね。
“海抜ゼロ”から物事をスタートするというのは大滝さんに教わりました。
日本のほかの俳優とは全く違う。
いい意味でアメリカのメソッド演技(役柄の内面を大切にする演技法)を一番つかんだ俳優さんじゃないかな。勉強してつかんだのではなく、結果としてつかんだんじゃないかな。


【倉本聰氏 大滝さんへ別れのあいさつ“追いはぎの大滝”は「僕の師匠」】
 脚本家の倉本聰氏(77)が22日、東京・青山葬儀所で営まれた俳優の大滝秀治さん(享年87)の「お別れの会」で、別れのあいさつを述べた。

 大滝さんの初主演ドラマ「うちのホンカン」(75年)や「北の国から」(81年ほか)の脚本を手掛け、40年の親交があった倉本氏。
「若いころ宇野重吉さんに壊れたハーモニカのようだと酷評されたというあなたの声。しかし、あなたはそのハーモニカでいくつものすてきなブルースを僕らのために奏でてくださった」と称えた。

 大滝さんが牧場主を演じた「北の国から」では、現地の農家から強引に服を借り“追いはぎの大滝”と恐れられたエピソードを披露。
大滝さんの役作りを「狂気」と表現し「大滝さん、あなたは俳優の役割について(役の)履歴づくりから役を生み出すということを僕に教えてくれました。あなたは僕の師匠でした」と倉本氏。
「あなたとテレビに打ち込んだ日々がどんどん遠くへかすんでいきます」と寂しげだった。
[ 2012年10月22日 15:14 ]
c0219232_15231266.jpg

【『よくできました。忘れずに頑張ってください。重吉』】
存在感抜群の名優 名優 大滝秀治さん 87歳(悪声と老け顔で役に恵まれない不遇の時代が長く 劇団民芸に入って20年の45歳の時)

大滝さんは戦後、民衆芸術劇場(劇団民芸の前身)の養成所1期生として入団。
少しかすれて甲高い独特の声は、故・宇野重吉さんから「壊れたハーモニカ」と評され、演出部に回されたそうです。その後、代役に駆り出され、俳優に転じたそうです。
悪声と老け顔で役に恵まれない不遇の時代が長く、
「徹子の部屋」などでも声に劣等感があると話されていました。

そして、劇団民芸に入って20年の45歳の時、
宇野重吉さんの演出する東京裁判を舞台にした「審判」で、滝沢治さんと共演。
これは大抜てきだったそうです。

この「審判」で紀伊国屋演劇賞を受賞。
この作品が大きな転機になり、活躍されるようになったようです。

日刊スポーツの復刻記事を読みますと、この作品について
「名古屋公演の時、宇野先生が訪ねてきた。楽屋まで来たけど、一言も話さずに小さな紙を渡すんだ。
『よくできました。忘れずに頑張ってください。重吉』
って書いてあった。宇野先生に褒められたのは、最初で最後だったなあ。
紙を持ってるかって。大事な宝ですよ。もったいなくて、ほかの人に見せられません」

と語ってらっしゃいますね。

このほかにも
「僕は気が小さくて、憶病で、すぐクヨクヨする人間。
恥をかきたくないから、一生懸命やるんだ。芝居が楽しいかって?
 冗談じゃない。せりふを覚えるのはつらいし、初日が開けても(千秋)楽が早く来ないかと思うぐらいなんだから。
でも、もう56年も続けている。その苦痛に耐えることが、快感になっちゃったのかな」
とあります。


【大滝さんが描いたという絵入りの色紙が配られ、「もう駄目だと思ったり まだやれると思ったり」という自筆の文字が書かれていた。】

c0219232_1510023.jpg

【平蔵の独り言】
30代の頃、世話になった先輩の年賀状に
「40、50は はな垂れ小僧」という事がよく分かりました。
じゃあ、自分は「鼻くそ」以下かと思ったが
75歳ごろまで「はな垂れ小僧」だった大滝秀治さん
60、70は鼻たれ小僧〔死ぬまで現役90歳〕内海桂子

もう暫らく「はな垂れ小僧」で行ける。
それには、「憎まれっ子、世に憚る」

まずは男の健康寿命70歳(健康第一!)
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-15 14:45 | 人間模様 | Comments(0)

ベガルタ仙台レディースがチャレンジリーグ無敗優勝、なでしこ鮫島「多くの人に感謝したい」   

2012年 11月 08日
ベガルタ仙台レディースがチャレンジリーグ無敗優勝、なでしこ鮫島「多くの人に感謝したい」
・鮫ちゃん歓喜!仙台優勝でなでしこリーグ昇格決めた
・"鮫島がチャレンジリーグ仙台移籍(仏モンペリエから) デビュー戦勝利 
・「東北やチームに貢献」 仙台L・鮫島選手が入団会見


【ベガルタ仙台レディースがチャレンジリーグ無敗優勝、なでしこ鮫島「多くの人に感謝したい」】

SOCCER KING 11月5日(月)16時27分配信
c0219232_1615912.jpg

無敗優勝を決め、サポーターにあいさつする仙台レディースの選手たち
 4日、プレナスチャレンジリーグ2012の第22節が開催。
前節、なでしこリーグ昇格とリーグ優勝を決めているベガルタ仙台レディースは、本拠地ユアテックスタジアム仙台で日本体育大学女子サッカー部に1-0で勝利し、リーグ成績20勝2分で無敗優勝を果たした。

 なでしこジャパンのメンバーで、
ベガルタ仙台レディースの鮫島彩は「今シーズンは特に苦しいと思ったことはないですし、ここには自分の意思で戻ってきました。2部でもしっかり成長したいという気持ちがあるので、そこの芯はぶらさずにいきたいと思います。これだけのメンバーがそろっていて、これだけのサポートがあれば、優勝するのは当たり前のこと。優勝はただの通過点だとは思っています。自分がシーズン途中に来た時にはチームができあがっていました。新チームができた時から色々な苦労をして頑張ってきた選手たちがいるからこそ、自分はこの無敗優勝という場に立っていられるので他の選手や色々な人たちに感謝したいと思います」

「(11月下旬に開幕する皇后杯に関しては)今のままでは確実に勝てないと思うので、そこをどれだけ変えていけるかということに懸かってきますが、それを不安というよりは楽しみにやっていきたいと思います」
とコメント。優勝を喜びながらも、視線は既に次の戦いを見据えていた。


【鮫ちゃん歓喜!仙台優勝でなでしこリーグ昇格決めた】
c0219232_1642126.jpg

 なでしこチャレンジリーグ第21節の5試合が28日、各地で行われ、
なでしこジャパンのDF鮫島彩(25)が所属する仙台が19勝2分けの勝ち点59で優勝し、
来季からのなでしこリーグ昇格を決めた。

 仙台は今年、東日本大震災の影響で休部となった東京電力マリーゼを移管する形で正式発足。06~11年に東京電力に在籍した鮫島は「マリーゼの仲間ともう一度サッカーをやりたい」と今年8月に加入した。
[ 2012年10月28日 16:39 ]

「思い切り喜びました」鮫島 なでしこL昇格で歓喜のダンス
スポニチアネックス 10月29日(月)9時53分配信
c0219232_1655325.jpg

<S世田谷・仙台>抱き合って優勝を喜ぶ鮫島
 ◇なでしこチャレンジリーグ 仙台5-0S世田谷(2012年10月28日)

 なでしこリーグの2部に当たる「なでしこチャレンジリーグ」で優勝し、
来季のなでしこリーグ昇格を決めたベガルタ仙台レディース。
日本代表のDF鮫島彩(25)はフル出場で2点目をアシストするなど大勝に貢献した。

 仲間とともに“1部復帰”を果たした鮫島は試合後、約600人のサポーターの歌に合わせて踊った。「素直に正直にうれしい。一つの目標を成し遂げることができた。こういう場でサポーターと喜べるのも楽しいし、思い切り喜びました」と歓喜に浸った。


【"鮫島がチャレンジリーグ仙台移籍(仏モンペリエから) デビュー戦勝利】
 
"鮫ちゃん「お帰り」仙台デビュー戦勝利
c0219232_1674938.jpg

「お帰り鮫ちゃん」と書かれた横断幕の前で軽快な動きを見せる仙台DF鮫島
<プレナス・チャレンジリーグ:仙台3-0長野>◇第17節◇16日◇ユアスタ
 鮫ちゃんの仙台デビュー戦に8658人が熱狂した。
今夏、モンペリエ(仏)から仙台レディースに加入したなでしこジャパンDF鮫島彩(25)が、長野パルセイロ戦の後半開始から登場。
左の攻撃的MFで出場し、38分に3点目を“アシスト”するなど勝利に貢献した。
 鮫島がピッチに現れると、大歓声が湧き起こった。
8月21日の入団会見から約1カ月。
「おかえり鮫ちゃん!これからずーっと一緒に戦おう」の横断幕でサポーターから歓迎された。
この日のために、クラブは試合会場を約2万人収容のユアスタに変更。
8658人の大声援に「1部でも見たことがない。幸せです」と笑顔を見せた。
 デビュー戦をゴールで飾りたかった。
先週に右太ももを痛め、この日はベンチスタート。
後半開始から左の攻撃的MFで出場した。
9分に約20メートルの距離から右足で移籍後初シュートを放つ。
38分には、ゴール前で相手GKがはじいたところを左足で狙うがポスト直撃。はね返りをMF高橋奈々(23)が押し込み、チーム3点目を“アシスト”した。45分間でシュート2本。「多くボールに触れたけど、結果を出さないと」。
 たとえ2部でも、仙台にいる仲間とプレーしたかった。
昨年、福島第1原発事故の影響で東京電力マリーゼが活動自粛。
悩んだ末に日本を離れた鮫島は、常盤木学園高の先輩でもあるGK天野実咲(27)にメールで「チームはどう?」と近況を聞いていたという。
関係者が「戻ってきたときのために空けていた」という背番号9をつけ鮫島の新たな挑戦が始まった。【鹿野雄太】
 [2012年9月17日6時51分 日刊スポーツ 紙面から]


【「東北やチームに貢献」 仙台L・鮫島選手が入団会見】
c0219232_16103724.jpg

記者会見でユニホーム姿を披露する鮫島選手
 サッカー女子のチャレンジリーグ、ベガルタ仙台レディース(仙台L)に加入した
日本代表「なでしこジャパン」のDF鮫島彩選手(25)=宮城・常盤木学園高出=が21日、
仙台市泉区のユアテックスタジアム仙台で入団記者会見に臨み
「東北やチームに貢献するため、全てを出し切りたい」と決意を語った。
背番号は9に決まった。

 仙台Lは、原発事故で活動を休止した東京電力マリーゼの選手を受け入れて誕生した。
元マリーゼの鮫島選手は
「高校時代を過ごした大好きな仙台で、チームメートともう一度、サッカーをしたかった」と、仙台Lに移籍した理由を説明した。

 代表では左サイドバックを務めている。
「サポーターや自分自身が求めるのは積極的な攻撃参加。ゴール前でボールをたくさん触れるポジションでプレーしたい」と、攻撃的な役割に意欲を示した。
 鮫島選手は昨年、マリーゼから米チームを経てフランス1部リーグのモンペリエに入団。
ことし7月、仙台Lに初のプロ契約選手として移籍した。
仙台Lでのデビューは9月16日にユアスタ仙台で行われる長野パルセイロ戦の予定。

<記者会見での一問一答/価値ある移籍と判断 攻撃的プレー見せる>
 -入団の決め手は。
 「(東京電力マリーゼ時代の)チームメートともう一度サッカーをやりたかった。
2部所属チームなので悩んだが、成長したいという強い気持ちが自分にあれば問題ない。
人生のこのタイミングで価値のあることと判断した。
仙台が大好きなのも理由。
母校の常盤木学園高の友人や恩師に、またプレーを見てほしい」


 -どんなサッカーを見せたいか。
 「ゴール前での積極的なプレー。
監督には、攻撃的なポジションを、さりげなくというより強くお願いしています。
ワールドカップ(W杯)ドイツ大会やロンドン五輪で課題を感じたフィジカル面も強化したい」

 -仙台L初のプロ選手となった。
 「女子サッカーの発展のためには環境の向上が必要。
仙台Lが強くなるためにもプロ契約した。
強豪の常盤木学園高の選手たちがプレーしたいと思えるチームになってほしい。
そうすれば、仙台全体が女子サッカーで活気づくと思う。
これまで海外にいてできなかったサッカー教室などを通しても地域に貢献したい」

 -サポーターへ一言。
 「ベガルタ仙台のサポーターは人数も多く、熱いと高校時代から感じていた。
その中で試合ができるのが本当に楽しみ」

【平蔵の独り言】
3.11から 鮫島彩 のサッカー人生は波乱万丈、
ベガルタ仙台レディース「なでしこチャレンジリーグ」で優勝
「思い切り喜びました」鮫島 なでしこL昇格で歓喜のダンス
鮫島彩は「今シーズンは特に苦しいと思ったことはないですし、ここには自分の意思で戻ってきました。2部でもしっかり成長したいという気持ちがあるので、そこの芯はぶらさずにいきたいと思います。」


自分の意思で戻ってきました。


これからの活躍に更に期待!
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-08 16:15 | なでしこジャパン | Comments(1)

『悩むヒマありゃ、動きなさいよ!』〔死ぬまで現役、90歳〕内海桂子   

2012年 11月 02日

『悩むヒマありゃ、動きなさいよ!』
              〔死ぬまで現役、90歳〕内海桂子

芸歴74年、90歳現役芸人・内海桂子がしかも、芸人になる前に、すでに9歳でそば屋に奉公に出ているから、働きだしてから80年以上たってんですよ。

そんな90歳のアタシが日々考えている「生きる」「老いる」、そして「働く」ということについて、縦横無尽に語り尽くした奇跡の人生談義。

「がんばらない60歳からの実践」毎日好きなことをして、頑張らない、楽しいことを。【帯津良一(76)】
『悩むヒマありゃ、動きなさいよ!』〔死ぬまで現役、90歳〕内海桂子
c0219232_1459143.jpg

【「死ぬまで現役」と構えない】
今年、90歳になる現役芸人、内海桂子師匠
転んだら、起きりゃいいのよ「人生の知恵」

「世直し都々逸」
年寄りをいたわるばかりが
政治じゃないよ
生かして使えよ老いの知恵

「身から出たサビ、磨くは自分、見栄を捨てれば、身が光る」

人生、転ぶのを怖がってたら、何も始まらない。転んだら起きりゃいいのよ。

「足で歩いちゃダメ。腰で歩くのよ。
こうやって腰をふりながら歩くと下半身が活性化するの」
今も1ヶ月に2~3日、浅草の東洋館で舞台に立つ。
「死ぬまで現役、なんて構える必要はない。
ババアはほかにやることないんだから。
120歳になっても時代に合わせて生きていくでしょうね」
――――――――――――――――――
そして笑う……。
c0219232_1504846.jpg


【もっと、体を動かしなさいよ】

〔生きる価値って何なのさ?〕
〔グチを言う前に動くの〕
「老化現象なんて“甘え”の言い換えよ。」
〔無縁社会なんて言葉を聞くと腹が立って仕方がないよ。〕
〔大事にしてもらおう、なんて思っちゃダメよ〕
〔痛みを我慢するより、気休めの薬を飲むほうがイヤなのよ〕
〔運っていうのは、腕組んで待ってたってダメ〕


【もっと、頭を使いなさいよ】

〔ボケ知らずにはワケがある〕
「歳をとったからといって、頭休ませてなんかいられない」

〔借金は絶対にごめんだね〕
「カネの使い方に、人の生き方が表れるのよ。」

〔心は言葉に表れるわね〕
「ちょっと気を利かせりゃ、会話の効果はグッと上がるの。」

〔読書は身を助く〕
「人生の豊かさは、読んだ本の数次第よ。」

〔ものごとの裏側もよく考えないといけないね〕
近ごろ、ちょいと考えればわかりそうなことにも、気を配らなくなってきたように思えるよ。
ものごとの裏をよく考えて行動しなきゃダメ。


【もっと、心を配りなさいよ】

〔普段の心構えが肝心〕
人に見られてるってことを常に意識しなさいよ。

〔相手のことを考えすぎたら気配りなんてできないわよ(気づいたときにパッとね)〕
相手の気持ちをこまごま考えてたら、何もできないわよ。

〔病気なんて、病院がつくっているようなもんよ〕
アタシは、仕事を休んだことないのよ。88歳で肺炎にかかったときだって、鼻にチューブ入れて国立演芸場まで行ったんだから。
さすがに舞台をこなした後、強制的にベッドに寝かされたけれども。

〔世の中まさに十人十色〕
いろんな形をした人が、世間にはいるワケ。

〔くよくよしたって何も始まらないよ〕だからこそ自分の身近なことを考えたらいいんじゃない?

〔意地はなくさないようにね〕
ときには「オシマイかなぁ」なんて思ったこともあるわよ。
入院中に命のことを考えたこともあったわよ。
でも、もちろん色恋も忘れず意地もなくさず。

〔全員賛成なんてないわよ〕
他人の言うことを、ちょっと気にしすぎじゃない?
世の中にはいろんな見方があるのよ。

〔危ない橋だって、ときには渡るべきね。ワンパターンじゃつまらない〕
若い人はもとより年寄りだって、危ないとわかっている橋でも、あえて渡ることを決断しなきゃならないときもあるんですよ。

〔金銭感覚はほどほどが大事ね〕
必要以上のカネは、心の貧しさを招くわよ。
おカネにこだわればこだわるほど、心は貧しくなるもんですよ。

〔忘れるのが人間のいいところよ〕
「いつまでも過去にこだわりすぎないことね。
人間、生きてりゃいいことばかりじゃないよね。」

〔人間、終わり方が重要よ〕
「生まれたときは悪くても、死ぬときはいい。それが最高の人生ね。」
でも、どうせだったら、人生に幕を下ろすともに「生まれてきてよかった」
c0219232_1514689.jpg

――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――
【もっと、体を動かしなさいよ】

〔生きる価値って何なのさ?〕
生きてるなら生きてる価値を自ら見出さなきゃいけないよ。
いたわられるだけじゃ、そのうちお払い箱よ。

〔グチを言う前に動くの〕
「老化現象なんて“甘え”の言い換えよ。」
歳をとると、確かにあちこちのネジが緩んでくるわ。
だからといって、「腰が痛い」「ヒザが痛い」なんてグチばっかり言ってると、よけいに痛くなるばかりなの。
自分を甘やかしちゃダメね。
体の調子に文句言ったり悩んでるヒマありゃ、廊下ふきでも何でもしなさいよ。
それが一番の老化防止なんだからさ。

〔無縁社会なんて言葉を聞くと腹が立って仕方がないよ。〕
ウチの近所なんて下町だから、いまだに「向こう三軒両隣」精神が生きているのよ。
知らない人にもあいさつし、声をかけるなんて当たり前のことじゃない?
まぁ、もはや何でもかんでも国に頼るワケにいかない時代なんだから、
まずは、年金で生活している高齢者たちこそが、
無縁社会をどうすべきか、声を上げるべきだと思うわ。

〔大事にしてもらおう、なんて思っちゃダメよ〕
入院したとき、車いすに乗せられそうになってわかったの。
「ああ、勝手に老人扱いして手なずけようってワケだな」って。

だいたい、病院が車いすを勧めるのは、得てして面倒くさいから。
それに乗せられたら、外身も中身も本当にサビ付いちゃうわよ。

〔痛みを我慢するより、気休めの薬を飲むほうがイヤなのよ〕
体にメスが入ったんだから痛いのは当たり前。
アタシにとって痛みを我慢するよりもイヤなのが、
こういった気休めの鎮痛剤を飲むことなの。
でも、歳をとってもピッとしているためには「痛いよ、かゆいよ」よりも、
自分の気概を優先したほうがいいのよ。

〔運っていうのは、腕組んで待ってたってダメ〕
長い芸人人生でわかったのは、運は待ってたってやっては来ないということ。
動いている人にこそ、運は向くのよ。

―――――――
【もっと、頭を使いなさいよ】

〔ボケ知らずにはワケがある〕
「歳をとったからといって、頭休ませてなんかいられない」
常に脳みそをフル回転させて、日々頭を使い続けるのが、手っ取り早いボケ防止策なのよ。

〔借金は絶対にごめんだね〕
「カネの使い方に、人の生き方が表れるのよ。」
カネの使い方で生き方が決まるの。
きれいに生きるか、薄汚れて生きるか。働いてカネ稼いでる限り汚れようないでしょ?

〔心は言葉に表れるわね〕
「ちょっと気を利かせりゃ、会話の効果はグッと上がるの。」

会話って、つまりは心と心の通い合いなのよ。
ところが、わかってない人が意外と多いわね。
「ちょっとお待たせしますが」
なんてセリフは出てきゃしない。
ちょっとした言葉の言いようで人の気分は変わる。

〔読書は身を助く〕
「人生の豊かさは、読んだ本の数次第よ。」

本には自分には経験できない他人の人生とか知恵とかが、いっぱい詰まってるんだから。
だいたい、アタシは小学校4年、好江ちゃんは小学校2年で中退だから、ふたり合わせても5年そこそこ。
でも「学校出てないネ」って思われるのは本当にイヤだったから、
毎日本を読んで、それをもとにネタをつくったワケ。

漫才コンクールで優勝できたし、芸術祭奨励賞などの賞を取れたのも、読書のたまものであるのよね。
とにかく、本を読めば言葉と知識が増え人生も豊かになる。
これは間違いなしですよ。

〔ものごとの裏側もよく考えないといけないね〕
近ごろ、ちょいと考えればわかりそうなことにも、気を配らなくなってきたように思えるよ。
ものごとの裏をよく考えて行動しなきゃダメ。

―――――――
【もっと、心を配りなさいよ】

〔普段の心構えが肝心〕
人に見られてるってことを常に意識しなさいよ。
若い子より、ある意味、ジジババのほうが他人の目を意識すべきじゃないの?
年齢通りに見せちゃったら終わりって気でいつもいるから、
いまだに自分の足できちんと歩いて、舞台に立てば踊りも踊るってワケなのよ。

〔相手のことを考えすぎたら気配りなんてできないわよ(気づいたときにパッとね)〕
実は、気配りっていうのは、気づいた時にパッとやるのが大事なの。
「おせっかいかしら?」
「うるさいのでは?」
なんて、相手の気持ちをこまごま考えてたら、何もできないわよ。

〔病気なんて、病院がつくっているようなもんよ〕
アタシは、仕事を休んだことないのよ。

88歳で肺炎にかかったときだって、鼻にチューブ入れて国立演芸場まで行ったんだから。
さすがに舞台をこなした後、強制的にベッドに寝かされたけれども。

ところが今は、年寄りの「痛い」「辛い」を、何でも“病気”にしちゃうのはいけないね。
それでもってジジババ連中も、
「病気なんだから、ゆっくり休んで」
なんて言われるがまま、何もしないんだから。
そりゃ、ものは忘れるし体も動かなくなって当然よ。

アタシだって、ものを忘れることもたびたびありますよ。
でも、忘れても頭を使って思い出そうと努力する。
だって、病院とか薬に甘ったれるようになるなんて、まっぴらごめんだからね。

〔世の中まさに十人十色〕
人間はね、全部同じってワケにはいかないのよ。
世の中は、全部同じってワケにはいかないよ。
いろんな形をした人が、世間にはいるワケ。
自分の性格を殺しちゃダメ。
相手に合わせりゃいいの。

〔くよくよしたって何も始まらないよ〕
震災や原発事故の処理もなかなか進まず、暗たんたる気持ちになるわね。
政治も頼りないし。
だからこそ自分の身近なことを考えたらいいんじゃない?

〔意地はなくさないようにね〕
ときには「オシマイかなぁ」なんて思ったこともあるわよ。
ツイッターの自己紹介で並べた
「ゲタ骨折、大腿骨折、右乳がん、右手首骨折、右目緑内障」のうえに肺炎と、
80越えたら体にもガタがきだしたわ。入院中に命のことを考えたこともあったわよ。
でも、もちろん色恋も忘れず意地もなくさず。

〔全員賛成なんてないわよ〕
他人の言うことを、ちょっと気にしすぎじゃない?
世の中にはいろんな見方があるのよ。
全員賛成するなんてあり得ない。

〔危ない橋だって、ときには渡るべきね。ワンパターンじゃつまらない〕
若い人はもとより年寄りだって、危ないとわかっている橋でも
、あえて渡ることを決断しなきゃならないときもあるんですよ。
安全な橋ばかり歩いていたら、危険は少ない代わりに成長は望めませんから。

漫才だって時間とともに変わっていったし、
都々逸だ、絵だ、最近はツイッターだと、いろんなものにチャレンジしているでしょ。
年齢なんて関係ないの。まったく違う世界に飛び込むのもいいものよ。

〔金銭感覚はほどほどが大事ね〕
必要以上のカネは、心の貧しさを招くわよ。
おカネにこだわればこだわるほど、心は貧しくなるもんですよ。

〔忘れるのが人間のいいところよ〕
「いつまでも過去にこだわりすぎないことね。
人間、生きてりゃいいことばかりじゃないよね。」
アタシはこう思うよ。
「イヤなことでも・1日過ぎりゃ・いつか忘れて・いるものよ」って。
いつまでもイヤなこと考えてたって仕方がないじゃない?
どうせ次の日になれば、また新しいことに出会うワケだし。
そういう前向きな姿勢、考え方が、幸せを呼び込むんだと思ってますよ。

〔人間、終わり方が重要よ〕
「生まれたときは悪くても、死ぬときはいい。それが最高の人生ね。」
だって、生まれてくる環境は選べないけど、最期を迎える状態は自分次第なワケだからね。

人生いろいろ、人それぞれ。いいときもあれば悪いときも当然ある。
でも、どうせだったら、人生に幕を下ろすともに
「生まれてきてよかった」って納得できるのが最高の人生じゃないかな。


【おわりに】

「米寿です・酒は一合・ごはんは二膳・夜中に三回お手洗い・四の五の言ってる暇はない・
 百までたったの12年」(都々逸)。
もう寝ます。

2010年8月31日記念すべきはじめての“つぶやき”

90のババアから元気をもらおうってのは、やっぱりちょっとおかしいわよ。
平成24年3月吉日台東区竜泉にて
内海桂子
c0219232_1524648.jpg

【平蔵の独り言】

竜泉:本籍地だ!(台東区竜泉2丁目)

〔読書は身を助く〕
「人生の豊かさは、読んだ本の数次第よ。」

〔相手のことを考えすぎたら気配りなんてできないわよ(気づいたときにパッとね)〕
〔世の中まさに十人十色〕
〔くよくよしたって何も始まらないよ〕
〔全員賛成なんてないわよ〕

〔忘れるのが人間のいいところよ〕
「いつまでも過去にこだわりすぎないことね。
人間、生きてりゃいいことばかりじゃないよね。」

〔人間、終わり方が重要よ〕
でも、どうせだったら、人生に幕を下ろすともに「生まれてきてよかった」って
納得できるのが最高の人生じゃないかな。


元気もらった!
90のババアから元気をもらおうってのは、やっぱりちょっとおかしいわよ。

と、言われてもね。(もらったものの、勝ち!)
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-11-02 15:04 | 人間模様 | Comments(0)