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【「どういう形で人生の一部に加えるか」は「自分で決めること」】『私は負けない』(村木厚子さん)   

2013年 11月 13日
【「どういう形で人生の一部に加えるか」は「自分で決めること」】
『私は負けない』(村木厚子さん)

わき道をゆく(魚住昭の誌上デモ)
週刊現代(2013/11/16号)

〔サラ・パレッキー(著)〕『サマータイム・ブルース』
【「どういう形で人生の一部に加えるか」は「自分で決めること」】
〔なぜ、闘い抜くことができたか〕
『私は負けない』(村木厚子さん(著))

〔「どういう形で人生の一部に加えるか」は「自分で決めること」〕

サラ・パレッキーの『サマータイム・ブルース』に、自分の気持ちにぴったりの言葉があったのでノートに書き写したという。

〔なぜ、闘い抜くことができたか〕
『私は負けない』(村木厚子さん(著))

郵便不正事件で無罪判決を勝ちとった村木厚子さん「男たちが虚偽供述に追い込まれる中、なぜ彼女だけが454日を闘い抜くことができたか?」

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一読してわかった。

人生は常に順風満帆ではいられない。
何かの災難に見舞われる時がある。
自分に何の責任もないのに病気をしたり、事故にあったり。

彼女を支えたのは2人の娘への思いである。
「将来、娘たちがそういう状況に陥った時、
今の私のことを思い出して、
『お母さんもがんばれなかったもの、やっぱり無理なんだよなあ』
とは思ってもらいたくない。
『あの時、お母さんもがんばった。大丈夫、私もがんばれる』
と思ってもらわなくては」
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〔「どういう形で人生の一部に加えるか」は「自分で決めること」〕

サラ・パレッキーの『サマータイム・ブルース』に、自分の気持ちにぴったりの言葉があったのでノートに書き写したという。

「あなたが何をしたって、あるいはあなたに何の罪もなくたって、
生きていれば、多くのことが降りかかってくるわ。
だけど、それらの出来事をどういう形で人生の一部に加えるかはあなたが決めること」

何て素敵なセリフだろう。
自力で人生を切り開いていくことの大切さを村木さんは自らに言い聞かせ、
娘たちにも伝えたかったに違いない。
事実、村木さんはやってのけた。
自力で無罪への道を開く根拠を見つけ出したのである。

【平蔵の独り言】
人生、生きていれば“多くのことが降りかかってくるわ”
「だけど、それらの出来事をどういう形で人生の一部に加えるかはあなたが決めること」

【独り言】
毎日、自己嫌悪の固まり。
“ああすれば良かった!  あんな事をしなければ良かった!  ”
それもこれも、自身で行動したからで、何もしなければ何も思わない。
そんな人生は歩けませんね!

以前 ニュース23  の筑紫哲也さんが
「毎日 ニュース23が終わると自己嫌悪の連続です」
と言っていたことを思い出したが

心の中で、恥ずかしくない生き方をしていこう。
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by asanogawa-garou | 2013-11-13 13:31 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う【天野祐吉】   

2013年 11月 06日
世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う【天野祐吉】
【世界の共通語[ことばの元気学]】
世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う

【コラムニスト天野祐吉氏の典型的な「三丁目の夕日症候群」】
日本が一番豊かだったのは昭和30年代前半の頃だという気がしています。
 もちろん誰もが貧しかった。
ただ、貧しいながらも当時の日本人は、
映画『三丁目の夕日』で描かれたように人間同士の信頼感や助け合いの気持ち、
日本人の美風を持っていた。

【文化貧乏はヤだね】
経済大国もいいけれど、遊びごころのない国は、おカネはあっても貧しいよね。
〔思索者の芯、「フツー」でくるむ(天野祐吉さん死去)〕
天野祐吉さんはフツーの人だった。
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【世界の共通語[ことばの元気学]】
世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う
天野祐吉のあんころじい〔ブログ〕2011-02-28 22:11

ニューヨークタイムズに、4分の1ページくらいのサイズの広告が出た。
スペースの真中に、一行のキャッチフレーズ。

I think the universal language of the world is not English but a smile.
(世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う)

この広告の仕掛け人が、箭内さん。
若いシンガーソングライターの高橋優さんの新曲「福笑い」の発売広告なのだった。

それにしても、「世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う」というのは、
とてもいいコピーだ。

いまのアメリカに批評の矢を射かけながら、英語ではなくて「笑顔」だといわれたら、アメリカ人も「それはそうだ」と笑わずにはいられない。
そんな批評とユーモアの混じり加減がみごとだと思う。

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【コラムニスト天野祐吉氏の典型的な「三丁目の夕日症候群」】
日本が一番豊かだったのは昭和30年代前半の頃だという気がしています。
 もちろん誰もが貧しかった。
ただ、貧しいながらも当時の日本人は、映画『三丁目の夕日』で描かれたように人間同士の信頼感や助け合いの気持ち、日本人の美風を持っていた。


天野祐吉氏 最近流布の「三丁目の夕日症候群」批判に反論
NEWSポストセブン 2011年4月16日 16時00分 (2011年4月16日 16時33分 更新)

 コラムニストの天野祐吉氏が、最近よく耳にするのが「三丁目の夕日症候群」という言葉である。
つまり、昭和を懐かしむ風潮など無意味だという批判だ。
しかし天野氏は、「昭和ブーム」は単なる懐古趣味ではないと反論する。
 * * *
 昭和8年生まれの私は約62年間続いた“昭和”を生きた人間の一人です。
振り返ると、日本が一番豊かだったのは昭和30年代前半の頃だという気がしています。

それ以前の昭和は、戦争と戦後の混乱による“血まみれの昭和”だったといえる。
そんな時代が終わり、ようやく人間らしい暮らしに戻ることができたのがこの時期でした。
 もちろん誰もが貧しかった。
ただ、貧しいながらも当時の日本人は、映画『三丁目の夕日』で描かれたように人間同士の信頼感や助け合いの気持ち、日本人の美風を持っていた。
軍隊を持たないという世界でも稀有な国として歩んでいく新しい時代に向かって、誰もが希望に燃えていました。

 日本人が変わっていったのは30年代半ばからの高度経済成長によってです。
経済大国への道をまっしぐらに突き進み、「豊かさ」=「モノを買うこと」という神話が生まれた。“カネまみれの昭和”のはじまりです。

 戦後、日本では欲望が解放されました。
それ自体は悪いことではありません。
問題は欲望の矛先がモノに向かったということです。

 本来、お腹と心は同時に満たされるべきものです。
お腹だけが一杯になり、心は空っぽになったのが問題だった。
文明的なものにはカネを払うが、
文化的なものには見向きもしないという風潮に染まっていったのです。

 江戸時代の町人は、たとえ貧乏でも歌舞伎を観に行き、
一番安い天井桟敷から「成田屋っ」とかけ声をあげて楽しんだといいます。

今の人は、携帯電話やゲームといった生活を便利、快適にするものにしかお金をかけません。
心を耕すことに興味を持たない“非文化大国”になってしまった。

これは20世紀後半からの先進国全体の傾向といえます。
その中でも日本は突出しているように感じます。

あまの・ゆうきち/1933年東京生まれ。
明治学院大学中退後、創元社、博報堂を経て独立。
マドラ出版を設立し、1979年に『広告批評』を創刊。
同誌の編集長・発行人を経てコラムニストとして活躍。
2007年3月まで松山市立子規記念博物館館長を務め、現在は名誉館長
※週刊ポスト2011年4月22日号
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【文化貧乏はヤだね】
経済大国もいいけれど、遊びごころのない国は、おカネはあっても貧しいよね。

朝日新聞(1/23付け)の「CM天気図」に
天野祐吉氏が『文化貧乏はヤだね』と題して書いている。

「パチンコって〔文化〕ですか?」と若い友人に聞かれた。
「遊びの〔文化〕を創造する」というCM(パラッツォ)を見たらしい。
能楽を大成した世阿弥の言葉を借りたり、遊びの研究で知られたオランダのホイジンガの
名言を引用したり、毎回ぼくも目をパチクリさせているCMである。

もちろん、パチンコだって〔文化〕である。
歌舞伎だって映画だって競輪だって、ついでにいえばCMだって〔文化〕である。
つまり、人間がつくり出したものは、ピンからキリまで含めて、みんな〔文化〕だといってもいいだろう。

で、その〔文化〕は、ヒマから生まれる。
ヒマのないところからは 〔文化〕は生まれないし、育つこともない。
ついでにいえば、文化人というのはヒマ人のことだ。

で、そのヒマを積極的につぶすことを遊びという。
何に積極的かは人によって違うので、遊びの種類に上下はつけられないが、
近ごろの遊びにはやたらせかせかしたものや、カネのかかるものが目立つ。
ケータイゲームもそうだが、遊んでいるというより、遊ばれているようなものが多い。

亡くなった作家の色川武大さんが「昔の寄席には”しびれるような退屈さ”を感じさせる芸人がいた」と言っていたが、いまはそういうものをじっくり楽しむようなこころのゆとりがなくなってしまったんだろう。

江戸人には遊びの名手が多かったという。
自分の鼻をつまんで遊ぶとか、カネはなくても遊べる遊び方をいろいろ書いた本もある。
「遊びの文化を創造する」主体は企業じゃない、ぼくら一人ひとりなんじゃないだろうか。
経済大国もいいけれど、遊びごころのない国は、おカネはあっても貧しいよね。

「文化を創造する主体は、ぼくら一人ひとり」という言葉から、
ジョン・F・ケネディの大統領就任演説(1961年)の一文を連想した。
経済も文化もそうだけど、国にばかり頼るのではなく、自分たちでできることをしていく、
国はそういう市民を応援するようにしていくことが大切なんじゃなかろうか。
あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。


〔思索者の芯、「フツー」でくるむ(天野祐吉さん死去)〕
天野祐吉さんはフツーの人だった。

CMはみんなが見る。
そのフツーなものの中に、時代のそよぎや、人の心のうつろいを見つけて届けてくれた。
フツーで、すごい人だった。
 1979年に「広告批評」を創刊。
待ちうけていたかのように「おいしい生活。」(西武百貨店・82年)
「おしりだって、洗ってほしい。」(東陶機器・同年)などなど、話題のCMがあらわれ、社会現象として語られる時代になった。
 「CMは、想像力を切り開き、鍛える」。天野さんはそう語っていた。
やわらかいことばの下には思索者のゴリッとした芯があった。
「広告批評」82年6月号には「まず、総理から前線へ。」「とにかく死ぬのヤだもんね。」と反戦広告を並べて話題を呼んだ。
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【平蔵の独り言】
〔世界の共通語は英語ではなくて笑顔だと思う〕
【独り言】貧しい国の子供たちほど、目がキラキラ輝いていることを思い出した。

〔日本が一番豊かだったのは昭和30年代前半の頃だという気がしています。
 もちろん誰もが貧しかった。
 ただ、貧しいながらも当時の日本人は、
 映画『三丁目の夕日』で描かれたように人間同士の信頼感や助け合いの気持ち、
 日本人の美風を持っていた。〕
【独り言】小遣いも少ない。バイト(働いて小遣いを稼ぐ)
 みんな貧乏だったが、毎日は楽しかった。
 電話もない。テレビもない。

 まあ、比較してもしょうがないですよね!

〔経済大国もいいけれど、遊びごころのない国は、おカネはあっても貧しいよね。〕
【独り言】お寺、神社を中心にお祭りが生まれて来た。
 その関わりあいを無くしている。
 文化人=ヒマ人 が遊びごころの余裕を持っていない。

 高度成長期を突き進んできた 団塊の世代 が
 高齢者世代に突入 ヒマ人になるが、文化人になれるかな?

“フツー” を語れる人が少なくなっていく。
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by asanogawa-garou | 2013-11-06 16:29 | 人間模様 | Comments(0)