<   2014年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧   

よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。〔山崎武司〕   

2014年 06月 30日
よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。〔山崎武司〕
現役生活を27年も続けられたのは、何事にも正直に生きてきたから。
年をとったら、無理は体の毒。
自分の体との対話が大切なんです。


〔ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。〕

〔本書は人間関係の大切さも教えてくれます。“11年、43歳で楽天を自由契約になったときは、古巣の中日に自ら「雇ってください」と頭を下げ、契約してもらった。言いたいことを言ってきた割に、関係性は保たれているのですね〕

〔いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。〕
c0219232_16101621.jpg

よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。
僕はもともと練習が大嫌いなんです。
年齢を重ねると、今、こういう原因で打てないんだというイメージがはっきりできるようになる。
そこで短時間で補うだけで十分なんです。

たとえば、下半身の切れが悪いと思ったら、30m走を徹底的にやるとか。
ベテラン選手は故障して、その後本来のプレーを取り戻せなくなるパターンが圧倒的に多い。
年を取ると、練習は、身になるより疲労になることのほうが多いですから、無理は体に毒です。
だから「もう、やーめよ」という制御スイッチが必要になってくる。

僕はシーズンオフに入ったら、2月のギャップインまで一切バットは振らなかった。

〔ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。〕
ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。
僕は20年近く、毎年1月になるとハワイで約2週間、
自主トレを行っていたのですが、
毎朝8時からする6km走だけは、
どんなに辛くても歩いたことがない。
一回でも足を止めたら、そのときは野球をやめるときだと思っていました。

〔本書は人間関係の大切さも教えてくれます。“11年、43歳で楽天を自由契約になったときは、古巣の中日に自ら「雇ってください」と頭を下げ、契約してもらった。言いたいことを言ってきた割に、関係性は保たれているのですね〕
中日を自分の主張で飛び出したからといって、そこで仲が悪くなるということはありませんでした。
お世話になった人には節目で挨拶をしたりしていましたし、何か言うときも、自分の中では筋を通してきたつもりですから。
楽天を辞めるときにコーチ就任の打診がありました。
「仕事ないだろう」と。

でも僕は若手に「野球選手は力がなくなったら去るしかないんだ」と言い続けてきましたから。
そこで楽天にしがみついたら、言ってきたことが嘘になる。
だからオファーを受けるわけにはいかなかったんです。

〔いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。〕
40歳を超えてもスラッガーとして活躍した〔山崎武司〕の経験から得られた、
ビジネスマンにも役立つ知識が詰まっています。
いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。

衝突した相手のことは実名で『コノヤロー』って書きましたからね(笑)
02年には山田久志監督とぶつかって中日を去り、
04年は伊原春樹監督とあわなかったこともあってオリックスから解雇通告を受けています。
その正直さが愛される理由でもあるのでしょうが、なかなか真似できることではないですよね。
27年間、プロ野球の世界で生きてきて、ここは誇れるというものがあるとしたなら、
やりたい放題やってきて、これだけ長くできたということかな。
04年にオリックスをクビになり、一時は引退も覚悟したのですが、新規参入した楽天に拾ってもらった。

書いたのは私です。〔山崎武司〕
『40代からの退化させない肉体進化する精神』

週刊現代2014年6月21日号

【平蔵の独り言】「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。

〔独り言〕嘘をつきまくられるのも、努力をしているからですよね!
努力をしていなかったら、嘘もついてもらえないですから。
[PR]

by asanogawa-garou | 2014-06-30 16:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔あなたには本当の友がいますか〕こんなに長く生きてきてもいないもの。その人はあなたを助けてくれますか   

2014年 06月 25日
〔あなたには本当の友がいますか〕ーーーこんなに長く生きてきても、いないもの。その人はあなたを助けてくれますか
週刊現代5月3日号

本当の友とは何なのかーーー。
その問いに答えるのは難しい。
家族とも恋人とも違う、特別な存在。
人生のなかで様々な経験をしていくうえで、人はそれぞれの友情を見つけていくのかもしれない。

【「友人」とは違う】〔山本一力〕

・冠ができると人は寄ってくる。
なかには10年来の知己のような顔をする奴もいる。
でも本物の友には、肩書なんて関係ないんだな


【「私にも、本当の友と呼べるオカマが一人だけいるわ」】〔ニューハーフ・タレントの草分け、カルセール麻紀〕
・01年、カルセールは麻薬取締法違反などの容疑で逮捕された。
潮が引くように、人も仕事もカルセールから離れていった。
でも一人の友人だけは、私の無実を信じ、帰りを待っていてくれた。
〔自分のために泣いてくれた〕

一見、言いたいことを言っているように見えるけど、
実はお互い尊敬しあって、越えてはいけない一線をわかまえているんです。
だから友達でいられる。
あとは阿吽の呼吸。何も言わなくても通じ合っている。

【本来は孤独なもの】〔往年の名投手・村田兆治〕
・「あれを友情と呼ぶのかはわからない。
しかしプロ野球人生を振り返って思い出すのは、
あのときリハビリに付き合ってくれたブルペンキャッチャーだな。

【黙ってカネを渡せるか】〔すべてを失ったとき、初めてわかる友情がある。(俳優・宍戸錠)〕
・「誰にもみせることはなかったけれど、涙が出ました。
火事ですべてを失ったと思ったが、友情だけは残っていたんです。
日活の仲間とは、別に頻繁に会うわけではない。
全員が全員、気が合うわけでもない。
それでも何かあれば駆けつけてくれる。
同じ時間を過ごしたことで生まれる結びつきの強さを、私は改めて知りました」

【気付けばそばにいた】〔作家の江上剛(元第一勧業銀行の行員)〕
・江上が集めたのは、挫折も含めて現場で苦労を重ねてきた一家言あるベテランたち。エリートは外した。
経験上、エリートは修羅場を前にすると逃げたり、物陰に隠れたりしてしまうことが多い、というのが理由だった。
〔いないと嘆くな〕

与えられた職務を先頭に立って自分を捨てるような気持ちでやる。
それを周りが見ている。
そうするなかで、貯人はできてくる。
・肩書ではなく付き合ってくれた人が一人でも二人でもいたら、
自分のサラリーマン人生はよかったと思えるんじゃないでしょうか」

〔会社の看板や肩書がなくなったとき初めて、本当の友がわかる〕
・俺には本当の友がいない、と焦ることはない。
なぜなら友とは、打算や計算でつくるものではないからだ。
むしろ年齢を重ねてできた友こそが、あなたの人生の最晩年を彩り、祝福してくれるのかもしれない。

-------------------------------

【「友人」とは違う】〔山本一力〕

・冠ができると人は寄ってくる。
なかには10年来の知己のような顔をする奴もいる。
でも本物の友には、肩書なんて関係ないんだな
〔現代人は「足るを知れ」〕直木賞作家・山本さん講演
「足るを知れ」
「自分の身の丈に何が合っているかをわきまえれば、
(金銭や物がなくても)人をうらやむことはない」

―――――――――――――――――――――――――――

経営していた会社の倒産などで2億円にも及ぶ借金を背負い、その返済のために小説家となることを決意した山本一力は言う。
「本当の友とは何か。それを定義するのは難しい。
でもそんな存在に一人でもめぐりあえたら、男冥利につきるだろうな。
自分のことを言えば、そう思えるような友が二人いる。
私が高知から東京に出てくるとき、駅に見送りにきてくれた中学時代の同級生二人だ。
彼らは自分で生計を立てて、結婚し、親を見送り、子どもたちを結婚させて、いまも高知できちんとした暮らしをしている。
私はこの二人のことを尊敬している。
あいつらは自分の人生を生きているからね。
でも彼らは私のことを、生涯の友だとか、親友だとかは思っていないかもしれない。こう思っていてほしいと相手に期待するのではなく、私がどう考えているかが大切なんだ」

山本が陽の目を見たのは、02年に、『あかね空』で直木賞を受賞してから。
それまでは苦難の日々を歩んできたが、友人が何かをしてくれたわけではなかったという。
「直木賞に届くまで、ほとんど没交渉だった。私が連絡しなかったからね。
それに賞を獲ったからといって、向こうから何か言ってくることもなかった。
ただ、私が会いたいと声をかけると、時間をつくってくれた。
そのときの親しさは、昔と何も変わっていなかった。
冠ができると人は寄ってくる。
なかには10年来の知己のような顔をする奴もいる。
でも本物の友には、肩書なんて関係ないんだな」

人生のなかで「友人」はいくらでもできる。
しかし、心から信頼できる「本当の友」には、はたして何人出会えるだろうか。
悲しいことや不本意なこと、人生には様々な苦節が訪れる。
そんなときこそ、本当の友の存在をかみしめるのかもしれない。
 
c0219232_17284370.jpg
直木賞を創設した菊池寛の思いなどを語る山本一力さん=香川県高松市、サンポートホール高松
〔現代人は「足るを知れ」〕直木賞作家・山本さん講演
 2012/12/23
 直木賞作家の山本一力さん(64)=高知市出身=を迎えた講演会(高松市、菊池寛顕彰会など主催)が21日夜、香川県高松市のサンポートホール高松であった。義理人情や愛情をテーマに時代小説を描く山本さんが「生き方雑記帖(ちょう)」と題して、現代社会を生きていく心得を説いた。

 10年前に「あかね空」で直木賞を受賞した山本さんは、菊池が盟友の名を冠した文学賞を設けた背景に、社会への貢献と、友を敬っていこうという強い気持ちがあったと指摘した。

 また、菊池が生きていた時代の人は「わきまえを持っていた」とも話し、山本さんの母親がよく「足るを知れ」と言っていたエピソードを披露。
「自分の身の丈に何が合っているかをわきまえれば、
(金銭や物がなくても)人をうらやむことはない」と語った。

【「私にも、本当の友と呼べるオカマが一人だけいるわ」】〔ニューハーフ・タレントの草分け、カルセール麻紀〕
・01年、カルセールは麻薬取締法違反などの容疑で逮捕された。
潮が引くように、人も仕事もカルセールから離れていった。
でも一人の友人だけは、私の無実を信じ、帰りを待っていてくれた。
〔自分のために泣いてくれた〕
一見、言いたいことを言っているように見えるけど、実はお互い尊敬しあって、越えてはいけない一線をわかまえているんです。
だから友達でいられる。
あとは阿吽の呼吸。何も言わなくても通じ合っている。

―――――――――――――――――――――――――――
01年、カルセールは麻薬取締法違反などの容疑で逮捕された。
潮が引くように、人も仕事もカルセールから離れていった。
しかし一人だけ、無実を信じてくれた人がいた。
「逮捕されたときは、ぎっしり詰まっていたディナーショーが次々キャンセルになりました。
違約金だなんだとあるから、留置所に入っているときはその心配ばかり。
精神的にボロボロになったわ。
でも一人の友人だけは、私の無実を信じ、帰りを待っていてくれた。
舟(ふね)かつみという、名古屋の有名なゲイバーのママです。
もう55年来の付き合いになりますが、私は親しみを込めて『かつこ』と呼んでいます。
そのかつこだけは、彼女の店で行われる予定だった私のショーをキャンセルにしなかった。
『(留置所から)でてきたらパーティーしようね。こんなこと笑い話にしちゃおうね』と周囲にも話していたそうです」

〔自分のために泣いてくれた〕

結果としてカルセールの容疑は、「嫌疑なし」の不起訴になる。
かつこの言葉通り、全国からゲイの同業者が駆けつけ、カルセールの疑いが晴れたことを祝った。
「でもね、かつこは私が留置所にいるときは気丈に振る舞っていたくせに、再会すると『あんた、心配したわよ』ってないたのよ。そしてそう言ったきり、あとは何も言わず、ただ近くに座っていたの」
なぜ二人はそれほどの信頼関係を築けたのか。
「いっときの友情は山ほどありました。でもいつも裏切られてきた。
でもかつこだけは、
一見、言いたいことを言っているように見えるけど、実はお互い尊敬しあって、越えてはいけない一線をわかまえているんです。
だから友達でいられる。
あとは阿吽の呼吸。何も言わなくても通じ合っている。
よく『双子みたいね』と言われます。
『こまどり姉妹』ならぬ『カマどり姉妹』って(笑)
気づけば私は71歳、かつこは72歳になった。
実はこの世界でちゃんと生きていける人はほとんどいないんです。
冗談じゃなく、この歳になってもまともに生きているのは、私たち二人くらいです。
人を裏切らない、相手の心に踏み込みすぎない。
人として最低限の見識をわきまえているからこそ、信頼し合えるのかもしれません」

【本来は孤独なもの】〔往年の名投手・村田兆治〕
・「あれを友情と呼ぶのかはわからない。
しかしプロ野球人生を振り返って思い出すのは、あのときリハビリに付き合ってくれたブルペンキャッチャーだな。

―――――――――――――――――――――――
「投手は孤独な仕事。どんなピンチでも、マウンドには自分一人しかいない。
だから俺は、人に頼るのではなく自分の力だけを信じて生きてきた」
そう言い切るのは、マサカリ投法を武器に通算215勝を上げた往年の名投手・村田兆治だ。
プロの世界に薄っぺらい友情なんて必要ないーーー
そう心に決めていた村田だが、82年、酷使に酷使を重ねてきた肘が悲鳴を上げる。
靭帯の断裂「投げた瞬間、頭がズキンと痛くなった」と村田は回想する。
周囲は「村田は終わった」とささやいた。
「あれを友情と呼ぶのかはわからない。
しかしプロ野球人生を振り返って思い出すのは、あのときリハビリに付き合ってくれたブルペンキャッチャーだな。
名前?いいじゃないか、そんなのは。忘れたよ(笑)
しかし彼が、プロとして私に向き合ってくれたのは覚えている。
ブルペンキャッチャーは投手が勝っても負けても給料が上がらない。
だから中には、仕事をこなすだけの者もいる。でも、彼はそうではなかった。
私のボールを見極めアドバイスを送り、いい音を出してキャッチングすることで気持ちを乗せてくれた」
2年以上に及ぶリハビリ後の85年、村田は開幕11連載を達成し、カンバック賞を獲得した。
「何としても復活したい私とプロとして仕事を全うする彼。我々には、プロの世界に生きる者同士の信頼関係があったんだ」

【黙ってカネを渡せるか】〔すべてを失ったとき、初めてわかる友情がある。(俳優・宍戸錠)〕
・「誰にもみせることはなかったけれど、涙が出ました。火事ですべてを失ったと思ったが、友情だけは残っていたんです。
日活の仲間とは、別に頻繁に会うわけではない。
全員が全員、気が合うわけでもない。
それでも何かあれば駆けつけてくれる。
同じ時間を過ごしたことで生まれる結びつきの強さを、私は改めて知りました」

―――――――――――――――――――――――――――
「エースのジョー」の愛称で親しまれ、日活の黄金期を支えた宍戸錠が語る。
「昨年の2月、自宅が全焼したんです。家財道具から思い出の品にいたるまで、何から何まで燃えてしまった。大きなショックを受けました。
そのとき支えてくれたのが、日活の仲間でした。
渡哲也は、まだ火事現場が煙っている状況のなか、自分が動けない状態だったため、代理の人間を通じて見舞金を持ってきてくれました。
高橋英樹は自ら事務所を訪ねて、励ましてくれた。
吉永小百合は、『気を落とさないでがんばって』と書かれた激励の手紙と見舞金をすぐに送ってくれた」
「誰かが火をつけたのではないか」、宍戸はそう疑心暗鬼になっていた。
そんなときだったからこそ、かつての仲間たちからの損得勘定のない励ましが、心に響いた。
「誰にもみせることはなかったけれど、涙が出ました。火事ですべてを失ったと思ったが、友情だけは残っていたんです。日活の仲間とは、別に頻繁に会うわけではない。全員が全員、気が合うわけでもない。それでも何かあれば駆けつけてくれる。同じ時間を過ごしたことで生まれる結びつきの強さを、私は改めて知りました」


【気付けばそばにいた】〔作家の江上剛(元第一勧業銀行の行員)〕
・江上が集めたのは、挫折も含めて現場で苦労を重ねてきた一家言あるベテランたち。エリートは外した。
経験上、エリートは修羅場を前にすると逃げたり、物陰に隠れたりしてしまうことが多い、というのが理由だった。
〔いないと嘆くな〕

与えられた職務を先頭に立って自分を捨てるような気持ちでやる。
それを周りが見ている。
そうするなかで、貯人はできてくる。
・肩書ではなく付き合ってくれた人が一人でも二人でもいたら、自分のサラリーマン人生はよかったと思えるんじゃないでしょうか」

―――――――――――――――――――――――――――
異動や転勤によって同じ職場にいる時間は短く、出世競争や厳しい上下関係があるため本音で語り合うのも難しい。
そんなサラリーマンの世界で、定年までのあいだに、心から信頼できる友をつくれる人は少ないだろう。

しかしなかには、サラリーマン生活において生涯の友を見つける者もいる。
元第一勧業銀行の行員で、作家の江上剛がその一人だ。
「逮捕者11人を出した総会屋利益供与事件が'97年、第一勧銀で起こりました。そのとき、当時広報部にいた私に、行内の体制を改革しろと指令がくだりました。体質が改善できなければ、新たな逮捕者が出るという危機感があり、私は現場に強い10人を選抜してチームをつくりました。このときのチームのメンバーが、いまも友情が続く『戦友』になりました」
江上が集めたのは、挫折も含めて現場で苦労を重ねてきた一家言あるベテランたち。エリートは外した。

経験上、エリートは修羅場を前にすると逃げたり、物陰に隠れたりしてしまうことが多い、というのが理由だった。
銀行にとって直接利益を生むわけではない、ある意味『負を背負いこむ仕事』だった。しかしだからこそ、友情が生まれたという。
「10人はみな、チームを組んで初めて会う人がほとんどでした。それぞれ思うところはあったでしょう。なかには『こんな仕事やりたくない』と思っていた人もいたはずです。そんな思いを抱えながらも、ともに戦っていった。そのなかで、決して派手ではないけど、確かな友情が育っていくのを感じました」

〔いないと嘆くな〕

サラリーマンが本当の友をつくるためには、何が必要なのか。江上が続ける。
「現役時代、普段から『人を貯める』ことを心がけることです。
打算によってではなく、信頼によって動く人をつくるということです。
私はこれを『貯人』と言っています。
名刺をいくら配っても、貯人ができるわけではない。
与えられた職務を先頭に立って自分を捨てるような気持ちでやる。
それを周りが見ている。
そうするなかで、貯人はできてくる。
肩書ではなく付き合ってくれた人が一人でも二人でもいたら、自分のサラリーマン人生はよかったと思えるんじゃないでしょうか」

〔会社の看板や肩書がなくなったとき初めて、本当の友がわかる〕
・俺には本当の友がいない、と焦ることはない。
なぜなら友とは、打算や計算でつくるものではないからだ。
むしろ年齢を重ねてできた友こそが、あなたの人生の最晩年を彩り、祝福してくれるのかもしれない。

「サラリーマンのなかには、会社を退職したとたん、人間関係が希薄になるのではと、心配している人も多いでしょう。
しかし本当の友情というのは、むしろ会社を離れ、何の利害関係もなくなったときこそ、育まれるものなんだと思います。」

前出の山本ー力も、「本当の友に出会うことに年齢制限などない」という。
「いつ本当の友に出会うか。これは誰もわからない。
僕はいま66歳だけど、還暦を過ぎて出会った人が本当の友となるかもしれない。そこには定義も理屈もない。だって、わからないんだから。
60歳だろうが70歳だろうが、『俺には親友がいないかもしれない』と嘆くことはない。
まだまだ時間はある。
しかも年を重ねたほうが、相手の良さも悪さも見えるようになる。棺桶の蓋をお互いに閉めあおうと、誓える友は、いくつになっても出会えるよ」

俺には本当の友がいない、と焦ることはない。
なぜなら友とは、打算や計算でつくるものではないからだ。
むしろ年齢を重ねてできた友こそが、あなたの人生の最晩年を彩り、祝福してくれるのかもしれない。

週刊現代5月3日号

【平蔵の独り言】
〔あなたには本当の友がいますか〕ーーーこんなに長く生きてきても、いないもの。
その人はあなたを助けてくれますか

【独り言】
社会人になって、見てくれている人がいる。
上司だったり、仕事の関係者だったり
飲みに連れまわされた先輩だったり

個人的に辛い時、助けてくれた“そばにいる人”

“友”というより、
いままでの〔人生〕を振り返れば
〔人生〕一人では生きていけない一人ではない。
これからも大勢の人と関わり合って

恵まれているを実感するですね・・・・・・・・・・・・・
[PR]

by asanogawa-garou | 2014-06-25 17:39 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【林 隆三】それが60代になると、肩の力も抜けて少し楽しいねって丸みも加わってくる。   

2014年 06月 16日
【林 隆三】それが60代になると、肩の力も抜けて少し楽しいねって丸みも加わってくる。
c0219232_16161489.jpg

やっぱり70歳っていうのは、60歳とは違いますか?
50代はまだ男だっていうリキミがあるんですが、それが60代になると、肩の力も抜けて少し楽しいねって丸みも加わってくる。

ところが、70歳になって僕は初めて風邪をひいたりして調子が悪くなったときに、あ、ちょっと体力落ちてきたな、疲れが残るぞと自覚した。
初めて加齢ってあるんだなと思いました。
恵まれてやってきた、と思います。


<人間としてのリアルな感覚が薄れていくことに危機感があるんです。どんどん肉体が崩壊し、遠くなっていくのはすごく怖い>

〔人生は夕方から楽しくなる:「人生の大根役者」呼ばれてにやり 林隆三さん〕(2009年7月4日掲載)

 「若いころの熱き思いが体のどこかに残っている。長いこと役者をやっていて、あかはついているけど、自分の視点や立ち方といった芯の部分は変えたくない。ぶきっちょでも何か自分なりの感じ方を確認していたい」
 「賢治の朗読も、ピアノを弾いての弾き語りもちゃんと最後までやった。
でも、司会者との会話で同じことを繰り返してしゃべったと知って、落ち込んじゃった。ばかなことをした。ああ、いい年して」
 本気で悔しがっている。まだまだとんがっている。

毎日新聞エンタメ2014年06月09日
c0219232_1617236.jpg

近くの公園に移った。手には宮沢賢治の作品集。低い声が流れ出た=須賀川理撮影
 キャリアを積んだ俳優が最も嫌う言葉が、「大根役者」だろう。
ところが、「人生の大根役者」と呼ばれたら、にやりと笑う男がいる。林隆三さんである。
 もともとは、フランスの音楽家、シャルル・アズナブールが作ったシャンソンの題名だ。
 詞がふるっている。

 <お世辞も言えず 頭をさげず うそもつけない 立ち回るのも世渡りも下手 正直なだけ>

 曲を知ったのは1960年代末。
「渋谷(東京)のジァンジァンというライブハウスでオープニング歌手として歌った」。
役者に歌わせたいということだった。

「当時は、こういうアウトローの歌が受けたんです。若造には難しい曲だったけど、何度も歌って覚えました」

 ただ、歌手より、役者がしたかった。俳優座養成所を卒業して間もない20代半ば。
 「なんで、才能のあるおれに芝居の仕事がこないんだ」

 自信とやる気ではち切れんばかりの若者と、既存の社会との折り合いの悪さは、昔も今も変わらない。
ましてや、安保の時代。みんな、とんがっていた。

 歌詞はこう続く。

 <たとえ私は 飢えて死んでも魂は売らぬ だから私は この人生の大根役者>

 「歌っているうちに気がついた。これは、まさにおれの歌じゃないかって」

 77年に、新藤兼人監督の「竹山ひとり旅」で第1回日本アカデミー賞主演男優賞をとり、才能を証明した。
それから、舞台やテレビドラマに引っ張りだこになった。
 「役者の仕事はうそをつくこと」と言う。
だからこそ、「このうそはつきたくねえなあ」と、時に仕事を選んだ。周りを戸惑わせてきた。

 「若いころの熱き思いが体のどこかに残っている。
長いこと役者をやっていて、あかはついているけど、
自分の視点や立ち方といった芯の部分は変えたくない。
ぶきっちょでも何か自分なりの感じ方を確認していたい」

 8年前に始めたのが、宮沢賢治の朗読劇だ。
お気に入りは「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」。
賢治が自身を投影したとされる虔十少年が、周囲から笑われても、
家族に見守られて小さな杉林を育てる童話だ。

 喫茶店内にいることも忘れた様子で林さん、よく通る声で演じた。
 「虔十さーん。今日も林の立ち番だなす」

 離れた場所から声を掛ける村人の様子が目に浮かぶ。
使い慣らされた花巻弁(岩手)の素朴な響きがなんともいい。
「ぼくの両親は山形の出身で、父の仕事の都合で少年時代は仙台で育った。
だから、東京で長く暮らしていても、どこか東北にひかれていく。
田舎の山並みを見るだけで気持ちよくなって、
ぽかんと口を開けている自分と、賢治の描いた世界が重なるんです」

 原点は母親の昔語りだった。またもや、林さんは声を張り上げた。
 「子どものころ、東北の海で盛んだった捕鯨の様子を語ってくれた。
『ざぶーん、ざぶーんとくじらっこが泳いでいたのさ。
捕鯨しぇんのモリっこがよお、ぶるぶるぶると、
くじらっこの背中さ刺さって、まず痛いこと』って」

 熱のこもった言葉がどれほど想像力を膨らませ、感動させてくれるのか。
それを伝えたくて、小学校の体育館や公民館など150カ所を回った。面白くなければ子どもはそっぽを向く。いつも真剣勝負だ。

 「最近、失敗しちゃった」とぽつり。
母校の中学校で、頼まれた朗読会の冒頭、盛り上げようと校歌を熱唱した。
ところが、張り切りすぎて酸欠となり、頭がくらくら。

 「賢治の朗読も、ピアノを弾いての弾き語りもちゃんと最後までやった。
でも、司会者との会話で同じことを繰り返してしゃべったと知って、落ち込んじゃった。
ばかなことをした。ああ、いい年して」
 本気で悔しがっている。まだまだとんがっている。
【坂巻士朗】

 ◇人物略歴
 ◇はやし・りゅうぞう
 1943年、東京都新宿区生まれ。俳優。
NHKドラマ「天下御免」「たけしくん、ハイ!」など出演多数。
中学生から親しむピアノは玄人はだしの腕前だ。



花の15期

☆はやし・りゅうぞう=1943年9月29日生まれ。東京都出身。立教高校中退後、63年に俳優座養成所に入所。同期から原田芳雄、地井武男、栗原小巻、太地喜和子ら多くのスターが生まれ「花の15期生」と呼ばれた。

赤座美代子 同期・林隆三さん訃報「残念」かわいがられた“末っ子”
c0219232_16221869.jpg

林隆三さんを偲んだ赤座美代子
Photo By スポニチ 2014/6/9
 女優の赤座美代子(70)が4日に腎不全のため亡くなった俳優の林隆三さん(享年70)を悼んだ。
9日、所属事務所を通じてファクスでコメントを発表した。

 1963年に俳優座養成所入りした林さんとは同期の仲。
「隆三さんはリュッコと呼ばれて、皆の末っ子のような存在でした。
教室で休み時間にピアノ弾きしながら楽しそうに歌っていたのが忘れられません。
最近は得意の東北弁で宮沢賢治の朗読公演をしたりして、
被災地支援などいい仕事をしていらしたのに…残念です」と肩を落とした。

 先に鬼籍に入った太地喜和子さん、原田芳雄さん、地井武男さん、夏八木勲さんらを含め、
林さん、赤座、小野武彦(71)前田吟(70)栗原小巻(69)村井国夫(69)ら、そうそうたる顔ぶれは俳優座「花の15期生」と呼ばれる。

林隆三さん 昨年手術していた…同期・小野武彦「本当に元気に…」
c0219232_16384843.jpg

林隆三さんを偲んだ小野武彦
Photo By スポニチ
 4日に腎不全のため亡くなった俳優の林隆三さん(享年70)は昨年、手術をしていた。
9日、俳優の小野武彦(71)が所属事務所を通じてファクスで発表した追悼コメントで分かった。

 1963年に俳優座養成所入りした林さんとは同期の仲。
今年4月に俳優座養成所の仲間と会う機会があり
「昨年の手術がウソのように本当に元気にしていたので、ただただ驚き、まだ心の整理がつかない状態です」とショックの大きさがうかがえる。

 「しばらくして落ち着いたら、隆三の朗読やライブ映像などを見たり聴いたりしながら、静かに振り返る時間を持ちたいと思います」と故人をしのぶ時間をつくるとした。

[ 2014年6月9日 16:35 ]


原田さん、地井さんに続き…俳優座「花の15期」ショック
夏八木勲さん死去
c0219232_16402853.jpg

11日に死去した夏八木勲さん。13年3月撮影
Photo By スポニチ
 俳優座養成所時代に苦楽をともにした仲間たちもそれぞれの言葉で夏八木さんをしのんだ。同期には先に鬼籍に入った原田芳雄さん、地井武男さん、太地喜和子さんらを含め、林隆三(69)、小野武彦(70)らそうそうたるメンバーがいて「花の15期生」と呼ばれた。

 中でも夏八木さんととりわけ仲良しだった前田吟(69)は「養成所2年の夏、千葉の海で2人で遠泳の競争に出たことがあるんです。ところが、泳いでいる途中で彼が私の横からどんどん離れていくんです。後で聞くと、足がつったので、おまえのそばで泳ぐと巻きこんでしまって2人とも溺れてしまうからな…だから離れて泳いだんだよ。夏八木勲とはそういう男なんです」と青春時代の秘話を明かして悔やんだ。

 栗原小巻(68)は「人の心を打つ演技に、敬服していました。全ての俳優の夢、作品は残る――。どうぞ、安らかに」と悼み、赤座美代子(69)も「年齢を重ねてますます良い俳優になっていくのを、同期として誇らしく、またうらやましく拝見していました。無口で優しく、若いころから存在感のある人柄でしたが、最近とみに風貌も演技も味が出てきて、良い仕事をされるはずだったのに…15期の仲間が原田芳雄、地井武男と次々と病に負けて亡くなっていくのは寂しいし、悔しいです」とコメントを寄せた。

[ 2013年5月13日 06:00 ]

栗原小巻 俳優座同期・林隆三さん訃報に悲痛「胸がつぶれそう」
c0219232_1641820.jpg

林隆三さんを悼んだ栗原小巻
Photo By スポニチ
 女優の栗原小巻(69)が4日に腎不全のため亡くなった俳優の林隆三さん(享年70)を悼んだ。

 1963年に俳優座養成所入りした林さんとは「親しい同期」で「悲しみに胸がつぶれそうです」と悲痛な思いを吐露した。
 
 NHK大河ドラマ「黄金の日日」(78年)などで共演。
「芸術への強い志を持った真の俳優でした。演じた作品と林隆三という役者の記憶は永遠です。」と評し「『リュッコ』とニックネームで呼べる親しみやすさと、作品への真剣な姿勢の両方がありました。もっと一緒に作品を作れればよかったのに、と悔やまれます。どうぞ安らかに」と冥福を祈った。

 先に鬼籍に入った太地喜和子さん、原田芳雄さん、地井武男さん、夏八木勲さんらを含め、林さん、小野、赤座美代子(70)前田吟(70)栗原小巻(69)村井国夫(69)ら、そうそうたる顔ぶれは俳優座「花の15期生」と呼ばれる。
[ 2014年6月9日 12:25 ]
c0219232_16422956.jpg

【平蔵の独り言】
50代はまだ男だっていうリキミがあるんですが、
それが60代になると、肩の力も抜けて少し楽しいねって丸みも加わってくる。

 本気で悔しがっている。まだまだとんがっている。

恵まれてやってきた、と思います。

<人間としてのリアルな感覚が薄れていくことに危機感があるんです。
どんどん肉体が崩壊し、遠くなっていくのはすごく怖い>

【独り言】
60代になると、肩の力も抜けて少し楽しいねって
の言葉にホッとしていた。

そして“まだまだとんがっている。”

還暦もとうに過ぎ、古希を実感し始めて、
“まだまだとんがっている。”
「恵まれている」 と口にしている自分がいる。
ことも感じる。

林隆三さんはとんがったまま、旅立ったのか・・・・・・・・・・・
[PR]

by asanogawa-garou | 2014-06-16 16:45 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(1)

〔小泉今日子〕「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなる・・」   

2014年 06月 10日
〔小泉今日子〕「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなるじゃないですか」

〔「やり残したのは出産」「死に憧れていた」小泉今日子の赤裸々トークが達観しすぎ!?〕

【インタビューで激白 小泉今日子が“痛烈”業界批判の波紋】
〔■「もっと大人がちゃんとしろ」〕

------------------------------------

「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなるじゃないですか」〔小泉今日子〕

c0219232_1740734.jpg

〔「やり残したのは出産」「死に憧れていた」小泉今日子の赤裸々トークが達観しすぎ!?〕
メンズサイゾー 2014年6月9日 18時00分 (2014年6月10日 15時40分 更新)
c0219232_17413962.jpg

※イメージ画像:小泉今日子『Nice Middle』ビクターエンタテインメント
c0219232_17422495.jpg

 毎回、3人のゲストがトークを繰り広げる『ボクらの時代』(フジテレビ系)。
8日の放送では、前週に引き続き小泉今日子、中井貴一、ドラマディレクターの宮本理江子の3人が登場した。

小泉と中井は、宮本が演出を担当した2012年のドラマ『最後から二番目の恋』でダブル主演を務めており、現在、第2シリーズの『続・最後から二番目の恋』が放送されている。

 前週、恋愛観やドラマの表現方法、アイドル論などについて語った3人は、
今週も自由なトークを炸裂させた。中井がドラマの収録現場について話し出すと、
小泉は「私がすぐスケバンみたいになる」「私が一番いい加減で…みんな真面目だから」と謙遜、
共演者の飯島直子を「あの人は素敵ね」と絶賛した。

後輩が小泉のことを「キョンキョン」などと呼ぶと、
飯島は「ちょっと早いんじゃない?
 キョンキョンって呼ぶの」と注意してくれるようで、
中井は「そこの体育会系的なところは、レディースを見るようだもん」と2人の関係性を語っていた。

 また、宮本は芸歴が長い小泉のことを「すごく普通のところを、同時に持ち合わせてる」と評し、
「そうしてるのって、実は大変じゃないですか」とねぎらいを見せた。

それを受けて、中井は小泉のことを「すごく稀有な人だと思う」と表現。

まわりからは“業界チック”なポジションにいるように見えるが、
実際に付き合ってみると「なんだ、普通の人じゃない」と、
芸能界からは一番遠いところにいると感じるようだ。


 今では、普通に電車に乗ることもあるという小泉。
アイドル時代も試みたが、まわりの迷惑なども考えてさすがにやめたといい、
「そろそろ、電車いけんじゃないかな」と挑戦したようだ。

アイドル時代にはできなかったことを「後から取り戻した感じ」があるという小泉は、

「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなるじゃないですか」

と有名人ならではの苦悩も垣間見せた。

 歌手、女優として長く活躍している小泉だが、
2人からはプロデューサーやディレクターとしての才能があると言われ、
中井から「唯我独尊に見える後ろ姿を残しながら、実は協調性をすごく重んじる」
「人を操るタイプだと思う」と絶賛されていた。

 また、死ぬことに対する不安を聞かれた際には
「死ぬことが怖いってあんまり思ったことがなくて…」
「子どもの頃、むしろ憧れていたところがありました」と明かした小泉。…

しかし、48歳となった今は「どうせ死ぬしな、と思って」
「(死が)見えてきたしね」と、考え方が変わっているようだ。

 3人の中で唯一子持ちの宮本は「子どもが生まれたときに死を考えた」と話し、
中井は「基本的に大人って子どもを持たないとダメ」「大人になれない」と持論を展開。
姉がシングルマザーだという小泉は、「(シングルマザーに)自分がなろうとは思わないけど」「自分が子どもを持つってことが、ずっと怖いって思ってた気がします」と心境を吐露した。

しかし、やり残したことを考えたとき、「子ども産まなかったな、子ども育てるっていう経験しなかったな」という思いが出てくることもあるようだ。

「小泉は前週も『初のレズビアン女優を目指す』などの発言で笑いを誘っていましたが、死についても達観している様子がうかがえます。

以前、マツコ・デラックスからも『男たちを後ろで操るタイプ』『将来は裏でフィクサーとして活躍する』といった分析をされていましたが、業界人ほど小泉のプロデューサー気質を高く評価しているのかもしれませんね。

『あまちゃん』の出演で再ブレイクともいえる活躍を見せている小泉ですが、
『楽しく飲めるお酒さえあればいい』と基本的にはマイペースで仕事をするのがモットーのようです。

行きつけのバーでは、初対面のお客さんと意気投合することもあるなど、
中井たちの言うように意外すぎるほど“普通”な素顔が小泉の魅力ということでしょう」(芸能ライター)

 中井がもともと裏方志望だったことを受けて、「そのくらいの気持ちの方が、(芸能界で)長生きしてますね」と、自身も最初は「やめたくてやめたくてしょうがなかった」と明かした小泉。

気負いすぎない姿勢とあくまで“普通”の感覚を保つことが、
長く芸能界の第一線で活躍し続けられる秘訣なのかもしれない。
将来的には、本当にプロデューサーとして辣腕をふるう小泉の姿を見てみたい気もするが…。
(文=津本ひろとし)

【平蔵の独り言】
「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなるじゃないですか」

【独り言】
『ボクらの時代』は数少ない毎週欠かさず見ている番組であるが
何て、肩に力の入っていない と 小泉今日子 を見た。

「市井の人として生きる」
普通って・・・・
みんな、普通だと思うのだが
百人いたら百人の個性があるのが普通だと思うから
キョンキョンの言うことで “普通” ってそうですよね・・・・・・・・・

【インタビューで激白 小泉今日子が“痛烈”業界批判の波紋】
日刊ゲンダイ2014年4月15日

c0219232_17514546.jpg

 小泉今日子(48)が意気軒高だ。
 昨年大ヒットしたNHK朝ドラ「あまちゃん」の余勢を駆って、
17日からは中井貴一とダブル主演のドラマ「続・最後から二番目の恋」(フジテレビ系)がスタート。

「小泉今日子、48歳。」というセリフでスタートする化粧品CMも好評。
生き生きとしたオトナの女の魅力を振りまいている。

 新ドラマのスタートを前にさまざまな雑誌のインタビューに出演しているが、
中でも発売中の「AERA」での発言が業界内で注目を集めている。

ドラマの撮影中のエピソードや生い立ちなどを振り返りながら、
突然、舌鋒が鋭くなったのは今のテレビ界に話題が及んだ時だった。

「私、ドラマが、テレビが、大好きなんです。
テレビがつまんないと<どういうこと!?>って思う。
面白い番組がないとチャンネルを必死で回しちゃう。
テレビにはもっと頑張ってほしいな」と切り出すと、
「私みたいに事務所に入っている人間が言うのもなんだけど、
日本の芸能界ってキャスティングとかが“政治的”だから広がらないものがありますよね。
でも、この芸能界の悪しき因習もそろそろ崩壊するだろうという予感がします」
と痛烈な業界批判。

〔■「もっと大人がちゃんとしろ」〕

 小泉の苦言はこれで終わらない。
若い女性アイドルたちへ、芸能界の先輩としてどんな声を掛けるかと問われると、

返す刀で「若い人たちに向かってよりも、若い人たちを動かしている大人たちに向かって説教したい」
「若い子たちは頑張るしかないんだよ、頑張っているんだよ、人の人生を何だと思っているのよ」
「もっと大人がちゃんとしろと言いたいな」とバッサリなのだ。


 今どき、ドラマの出演者が芸能プロの政治力や力関係で決まることは“子役”でも知っているが、業界の内側にいる人間からこうした声が上がるのはまれ。しかも、発言者が30年以上も最前線を生きてきたキョンキョンなのである。

「小泉自身は芸能界の最大手プロダクションに長年、所属していますが、
若い頃は事務所の言うことを聞かずに勝手に髪を切ったりと型破りなアイドルだったのは間違いない。
それでも、芸能界で仕事をする以上、守るべきルールを守りながら、
確たる“自分”を貫いてきたという自負がある。

だからこそ、キャスティングが政治力優先で決まる現状が腹立たしいのでしょう。
実力と人気の裏づけがある小泉だからこそ言える至極まっとうな正論です」
(芸能リポーター)

 小泉流の痛烈なメッセージは業界の“常識”を変える一刺しとなるのか。

【平蔵の独り言】
「若い子たちは頑張るしかないんだよ、頑張っているんだよ、人の人生を何だと思っているのよ」
「もっと大人がちゃんとしろと言いたいな」


【独り言】
みんな横並び、幼少の頃からマニュアル通り、冒険もさせてもらえなかった世代は
「もっと大人がちゃんとしろと言いたいな」
と言われても何をしていいかわからないですよね・・・・・・

結局、政治力と力関係からはじき出されたら、生きにくい社会なんですね。
[PR]

by asanogawa-garou | 2014-06-10 18:02 | 人間模様 | Comments(0)

【川澄奈穂美】気付いたら声を掛け合う なでしこのチームワーク〔サッカーは「ミスのスポーツ」でもある〕   

2014年 06月 07日

【川澄奈穂美】気付いたら声を掛け合う なでしこのチームワーク
〔サッカーは「ミスのスポーツ」でもある〕

c0219232_1626364.jpg


〔控えでも自分の役割を果たすのが大事〕
〔なでしこジャパンのチームワークとは?〕

【ミスを恐れずにチャレンジしたい】

〔サッカーは「ミスのスポーツ」でもある〕
〔サッカーの友達には何でも相談できる〕
〔大学で受け継がれていたメッセージ詩集〕
〔前十字靱帯断裂の大ケガで感じたチームの絆〕
〔気付いてあげることが大切〕
2013/3/1
-----------------------------

c0219232_1627837.jpg

〔控えでも自分の役割を果たすのが大事〕
悔しくても練習は全力で取り組むことで、必ず試合に出られるチャンスがくると信じていました。

チームワークを高めるためには「自分の立ち位置を知る」のが大事だと思います。

〔2011年のFIFA女子ワールドカップ。〕
スウェーデン戦で2ゴールを決めるまで、私自身、先発メンバーには選ばれず、控えにまわることが多かったんです。
思うように試合に出られないのは悔しいですよ。
でも、先発で出られないのは実力。
不機嫌な顔をしてチームに悪影響を与えちゃったら何にもならないですよね。
悔しくても練習は全力で取り組むことで、必ず試合に出られるチャンスがくると信じていました。

チームワークを高めるためには「自分の立ち位置を知る」のが大事だと思います。
なでしこジャパンのみんなは、先発、控え選手からスタッフまで「勝つために自分が何をやるべきか」を全員が理解し、それに対してしっかり取り組んでいたと感じます。

〔なでしこジャパンのチームワークとは?〕
ワールドカップで上位に来るような国のチームは、どこも素晴らしいチームワークをもっています。
でも、フィジカルで格上の相手に勝つために、なでしこにとって、どの国よりも強いチームワークが生命線だったことは間違いないと思います。

ある試合の終了間際で同点に追いつかれたことがあるんです。
後半ロスタイムに、ディフェンス選手のクリアミスから失点したので、彼女はすごくショックを受けていました。
でも、ポジションの近い選手や彼女の様子に気付いた選手が試合後にもしっかりと声を掛けていました。
なでしこは、ミスは一人の責任ではなくてチームで共有するという意識が高いですね。
誰かがミスをしても、気付いた人がすぐに声を掛ける場面は多いです。

c0219232_16291790.jpg

c0219232_16351775.jpg

〔サッカーは「ミスのスポーツ」でもある〕
私も試合でミスしちゃうことはありますよ。
ポジションが前なのでミスが直接失点に繋がることはあまりないですが、
ミスをカバーしてくれるディフェンス陣にはいつも感謝しています。
そもそも、サッカーには「ゴール」という最大の成功があるけど、
それは1試合に多くて数回のことでしかありません。
あとはミスでプレーを終えることがほとんどです。
だから、ミスを恐れていては何もできません。

無気力や何も考えずにやってしまうミスは叱咤されるべきでしょうけど、
チャレンジした結果のミスには次がある。
私自身、ミスは恐れずにどんどんチャレンジする気持ちを大切にしています。
c0219232_1649392.jpg

〔サッカーの友達には何でも相談できる〕
今年(2013年)も、チームではキャプテンをやることになりました。
2年前にキャプテンになった時には経験豊富な選手が何人か移籍してきてくれて、キャプテンだから引っ張るというより、みんなに支えられていた感じでしたけど。
今年は高卒の選手が4人も入ってきたりして若いチームになったので、
少し「しっかりしなきゃ」とは思ってます。
でも、特別なことをやろうとは思っていません。
練習にしっかり取り組んで、その練習態度で、若い選手に「早くこのレベルまで来い!」って激励する気持ちでいます。

そもそも、私はあまり悩まないタイプなんですよね。
何か相談するのは、やっぱりチームメイトやサッカーの友達が多いです。
何かあったらすぐチームメイトに話しちゃう。
サッカーの友達って、たとえば何年も会っていなくても、再会したらすぐに心を開いて話し合えるのが不思議ですよね。

c0219232_16494734.jpg

〔大学で受け継がれていたメッセージ詩集〕
c0219232_1650764.jpg

〔前十字靱帯断裂の大ケガで感じたチームの絆〕
ただ、私がメンバーに入ったことで、同じ4年生の仲間がメンバー外になってしまいます。
少し複雑ではありましたが、そのメンバー外になった仲間が、真っ先に私に駆け寄ってきて「おめでとう」って言ってくれました。
大学4年の時に、左膝の前十字靱帯を断裂したことがあります。
サッカーでは多いケガなんですけど、日体大の女子サッカー部では前十字をケガした人にチームメイトが贈るメッセージ詩集が受け継がれていたんです。
ノートに手書きで、勇気付けられるたくさんの詩が書いてある。
最後のインカレに出場する目標に向かって、リハビリに取り組む励みになりました。
次の年には後輩が同じケガをしたので、
私も白いノートを買って手書きで詩を書き写してプレゼントしましたよ。

その時のリハビリはぎりぎりで間に合って、目標だった大学生活最後のインカレに出場して、優勝することができました。
ただ、私がメンバーに入ったことで、同じ4年生の仲間がメンバー外になってしまいます。
少し複雑ではありましたが、そのメンバー外になった仲間が、
真っ先に私に駆け寄ってきて「おめでとう」って言ってくれました。
今でも、その時のことを思い出すと涙が出そうになっちゃいますね。
c0219232_1653413.jpg

〔気付いてあげることが大切〕
サッカーで、誰かのミスをチームで共有するように、誰かが気付いて、声を掛けてあげることが大切なんでしょうね。

自殺する人が多い現状は、とても悲しいことだと感じます。
よく「自殺する勇気があるなら……」と言う人がいるけど、自殺に使うのは勇気じゃないと思うし、自殺を思い悩むほど追い込まれた人は、普通じゃない精神状態になってしまうんだろうと思います。
サッカーで、誰かのミスをチームで共有するように、誰かが気付いて、声を掛けてあげることが大切なんでしょうね。

「私は悩まない」なんて言いましたけど、少しも悩みがない人なんていないと思います。
でも、自分だけで解決できないと、深刻になってしまうことがあるのかも知れません。
自分で考えて「どうしようもない」と感じたら、言葉に出して友達や家族に相談するのがいいんじゃないでしょうか。
知り合いに話すのがためらわれるなら、電話して相談できる窓口もありますよね。
ミスや悩みって、言葉にすると少し気が楽になることもあるかも知れないし。
悲しい選択をする人が、少しでも減ることを願っています。
c0219232_1655495.jpg

【平蔵の独り言】
2011女子ワールドカップ(ドイツ大会)準決勝(ベスト4):スウェーデン戦
サブメンバーから 先発起用された 川澄
「前線で守備、攻撃とも走り回れ」
これが川澄に与えられた役目だった。
川澄はスタミナのあることではチームでも有数の選手だった。

「運動量を求められての起用でした。
 だから守備では相手にプレッシャーをかけ続けようと思っていました」

と川澄は振り返った。

【独り言】
川澄は言っているが、
チームワークを高めるためには「自分の立ち位置を知る」

全て「自分の立ち位置」ですね!
サッカーのチームワークも
生きていく中の生きずらさも

川澄はサッカーを通して、語ってくれている。

サッカーはゴールよりも、ゴールにつながる過程が面白いと思うので、
過程で手を抜けば、ゴールにつながらない。
W杯チャンピオン、オリンピック銀メダルのなでしこジャパンに
相手チームも必至でチャージしてくるし、ミスしたらじゃあどうするか
ですね!
[PR]

by asanogawa-garou | 2014-06-07 16:23 | なでしこジャパン | Comments(0)