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〔森脇浩司・オリックス監督〕 オリックス・森脇浩司監督『地味力』で勝つ!   

2014年 11月 25日
【オリックス・森脇浩司監督『地味力』で勝つ!】
観客の度肝を抜く華麗な采配はない。
有無を言わさず選手を従わせる迫力もない。
それでも森脇浩司は、万年弱小だったオリックスを強くした。

【愛読書は『葉隠』です】

〔ファンを実力で黙らせた〕

〔重視したのは守備だけではない。足を使った野球をチームに定着させた〕
〔苦悩の時代があった〕

〔名将に学んだ哲学〕

 西本幸雄
森脇はふと、視線を感じた。
すると、森脇の練習を黙ってじっと見守る西本の姿が目に入った。
王貞治
さらに王からは、こんな言葉もかけられた。
「『監督やコーチには野球理論が必要。
その裏付けは必ず、偉人と呼ばれる人々の名言から学べるので、たくさん本を読むように』とアドバイスされたそうです。
それ以来、森脇さんは歴史書や伝記を読むようになった」

それが闘将でも知将でもない名将・森脇浩司という男だ。

【謙虚な森脇新監督「監督の実績は僕が12球団で一番下」】2012/10/21
【森脇監督、入団時指揮官に誓った 西本イズム継承】2012/11/27 

【オリ森脇監督「心からおわび申し上げます」】 2013/10/07
【オリックス森脇監督、準備・集中で勝負弱さ改善】 2014/7/6
【オリックス執念実らず 142試合目で力尽く】2014/10/03


【オリックス・森脇浩司監督『地味力』で勝つ!】
観客の度肝を抜く華麗な采配はない。
有無を言わさず選手を従わせる迫力もない。
それでも森脇浩司は、万年弱小だったオリックスを強くした。
彼のもとで戦った選手だけが知る、人間力に迫った。


【愛読書は『葉隠』です】

〔ファンを実力で黙らせた〕
今シーズンの開幕前、
オリックスの快進撃を予想した野球評論家は皆無に近かった。
しかし蓋を開けてみれば、開幕から好調を維持し、
ソフトバンクと1ゲーム差の2位につけている(8月28日現在)。
打率首位を走る糸井嘉男や12球団ナンバーワンの防御率を誇る投手陣など、
躍進の要因に挙げられる選手は何人もいる。

だが、彼らのモチベーションを高め、
「勝てるチーム」を作り上げたのは、間違いなくこの男だ。
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 森脇浩司、54歳。
‘97年から2009年までダイエー(‘05年からソフトバンク)で内野守備走塁コーチや二軍監督を務め、
11年には巨人の二軍コーチに就任。
12年からはオリックスに移り、内野守備走塁コーチを務めた後、
岡田彰布前監督の解任に伴い、シーズン終了直前から指揮をとり始めた。

オリックス前監督の岡田彰布が言う。
「実はね、森脇をオリックスに引きぬいたのは俺なんだ。
試合において重要な役割を果たす優秀なサードコーチャーを探していて、
当時巨人にいた森脇に目をつけた。
巨人でも大事にされているみたいで、渋っていたけど、
最後は俺が直接原監督に電話してなんとか譲ってもらった。

真面目な男で酒は飲まないし、会議でも余計な口出しをしない。
ノックも抜群に上手くて、内野手の指導は全て任せたよ。
選手からの信頼も厚かったわ」

監督就任からわずか2年足らず。
過去10年、優勝はおろか、1度しかAクラスに入れなかったオリックスを、
森脇はどうやって変えたのか。

誰だこいつは!
なんでこんな打てない奴を使うんだ!―――。
昨シーズン、安達や伊藤ら「地味な選手」を多用する森脇に対し、
口の悪い関西のオリックスファンからはそういった不満が噴出した。

しかし森脇は、それらの批判には一切耳を貸さず、己の見る目を信じた。

そして今シーズン、彼らをチームを支える縁の下の力持ちに育てて見せ、
ファンに指導者としての実力を証明したのだ。

〔重視したのは守備だけではない。足を使った野球をチームに定着させた〕
オリックスは昨季オフに大砲が抜けた。
長打力が足りないと、周囲は心配しました。
しかし森脇監督は美味そうにコーヒーをすすりながら、
『(走れない)各駅停車がいなくなったぶん、自分の理想である走る野球ができる』と嬉しそうでした。
事実、走塁での変化は、データに表れている。
‘12年はわずか49だった盗塁数が、13年には84にまで増え、
今季は32試合を残してすでに97に達しているのだ。
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〔苦悩の時代があった〕
守備では派手さはないが堅実な選手を積極的に起用し、
攻撃では単打をつなぎながら泥臭く一つ先の塁を狙って得点を奪う。
まさに「地味力」ともいえる部分を強化し、好調を維持している今季のオリックス。

森脇本人は、その野球哲学をこう語っている。
「微差は大差なんです。開幕して、いきなり10ゲームも離されることはありません。
勝ったり負けたりしながらペナントレースは進んでいく。
ところがシーズンも終盤に近づくと、気がつけばもう挽回不可能な差になっているんです。
これは、どこに原因があるのか。
その日だけ見れば、ほんの小さな差でも、積み重なっていけば大きな差になってしまう。
雪だるまと一緒ですよ。
そうならないためには現実を直視して反省し、次に向かって準備をするしかない。
それを繰り返すことによって、チームも選手も成長できるんです」

森脇は現役時代、決して輝かしい実績を残した選手ではなかった。
攻守を買われ、‘79年に兵庫・社高からドラフト2位で近鉄に入団。
その後順調に成長し、4年目にはショートとして開幕スタメンに名を連ねた。
端正なマスクと確かな守備力。
周囲からは、「近鉄に新たなスターが生まれた」ともてはやされた。
しかし森脇は、ケガに泣かされた。
肩の脱臼、太ももの肉離れ、そして一軍定着後3年目には靭帯を損傷した。
戦線離脱を繰り返した森脇は近鉄から見切りをつけられ、
5年目のシーズン終了後、広島にトレードされた。

しかし移籍先の広島でも、森脇は不幸に見舞われる。
‘86年のキャンプ中、腰の骨を折る重傷を負ったのだ。
1ヶ月以上の入院。その後もリハビリ生活を強いられた。

〔名将に学んだ哲学〕
西本幸雄、仰木彬、古葉竹識、根本陸夫、王貞治、
彼らのような球史に残る名将たちのもと、
選手・コーチとして経験を積んだことも、
指導者になるにあたって大きな糧となった。

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2001年の日本シリーズ。
ヤクルトスワローズvs.近鉄バファローズの試合で始球式にのぞんだ81歳の西本氏

特に、近鉄時代に闘将・西本幸雄から学んだものは多い。
森脇には忘れられないエピソードがある。
森脇が近鉄の本拠地だった藤井寺球場の室内練習場でバッティング練習をしていたときのことだ。
森脇はふと、視線を感じた。
すると、森脇の練習を黙ってじっと見守る西本の姿が目に入った。
当時の藤井寺の室内練習場は、土が深く、スパイクでなければ靴が汚れてしまった。
しかし西本は、スラックスに革靴姿のまま、森脇の練習に最後まで付き合ってくれた。
「あの当時、俺はまだ駆け出しの選手。そんな俺の努力を見ていてくれた。これには感動した」。
本人はいまでもそのことを振り返っては、そう語る。
目立たない選手にも気配り、力を引き出してあげる。

その西本の姿こそ、森脇の指導者としての原点になっている。
西本だけでなく、12年にわたりその謦咳に接した王貞治もまた、森脇に与えた影響は大きかった。

‘06年、ソフトバンクの監督だった王に胃がんが発覚。
監督を一時退くことが発表され、代理として森脇に白羽の矢が立った。
「手術直後、『スポーツ新聞を持ってきてくれ』と王さんは言ったそうです。
試合の結果が気になって仕方なかったんでしょうね。
大変な手術を終えたばかりなのに、自分の体よりも、もうチームのことを気にかけている。
その姿に森脇監督は感銘を受けたようです」

さらに王からは、こんな言葉もかけられた。
「『監督やコーチには野球理論が必要。
その裏付けは必ず、偉人と呼ばれる人々の名言から学べるので、
たくさん本を読むように』とアドバイスされたそうです。
それ以来、森脇さんは歴史書や伝記を読むようになった」

なかでも森脇の愛読書は、
江戸中期に佐賀鍋島藩の藩士が武士としての心得を書いた『葉隠』。
「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」の一節で知られる武道書だ。
地味で温厚だが、心は熱く、義を重んじる。
そんな『葉隠』の理念は、森脇の目指すべき人間像と一致し、彼の胸に響いたのだろう。
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そんな森脇だけに、その指導は細やかで徹底している森脇の指導を受けて
「采配の面で、奇抜だったり、大胆だったりということはありませんでした。
ただ、練習そして試合に向けた準備については驚くほど熱心でした。
『球場に着いたらファールゾーンの広さを確認したほうがいいんじゃないか。
走った歩幅で確かめると試合での感覚をつかめるぞ』
とおっしゃっていたのをよく覚えています。
バッティングに関しても、気持ちの持ち方から、場面に応じた戦術まで指導してくれました。
知識が豊富でしたね。
そしてミーティングでまた、それらを細かく丁寧に説明する。
当然時間は長くなります。
しゃべり方もゆっくりで、わかるまで丁寧に説明してくれます。
そして必ず、『こうするべきじゃないか、こうしたほうがいいんじゃないか』という言い方で、
上からではないんですね。
いつも森脇さんからフレンドリーに話しかけてくれますし、
厳しく言われている選手は、見たことも聞いたこともないですね」


〔話し、信頼し、任せる〕

代理ではなく、明確なトップに立ったいまもその姿勢に一切変わりはない。
「『調子はどうだ』、こう言いながら、毎日一人ひとりに声をかけていますね。
選手を気にかけ、ときには寮にまで顔を出し、
若手と一緒の布団で寝ることまであるそうです。
さらに特徴的なのは、
スタメンから外した選手や代打を出された選手に、その理由を直接説明すること。
そんなことをやっている監督はいないでしょう。
『実力が足りないから外した。監督命令は絶対』が当たり前の世界ですから。
でも森脇監督は、きちんと説明した上に、最後は必ず『だから次はこうしよう』と前向きに励まして締める。
今季は8番に打順を下げられることも多いTー岡田なんかは、『直接言われれば、頑張らなきゃと思いますやん』と言っています」

地味で温厚だが、選手への愛と野球への情熱は誰よりも熱い。
それが闘将でも知将でもない名将・森脇浩司という男だ。

週刊現代2014/10/11号プロ野球特別読み物

【謙虚な森脇新監督「監督の実績は僕が12球団で一番下」】
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フェニックスリーグを視察に訪れた森脇監督(左)はファンにサインをする
Photo By スポニチ
 低姿勢は12球団一!?
 オリックスの森脇新監督が20日、宮崎でフェニックスリーグを視察した。
戦った相手・ロッテの新監督に決まった伊東勤氏に触れ「監督で比べれば、僕が勝つことはない」とポツリ。チョー謙虚な発言に終始した。

 イケメン度とダンディー度では12球団トップクラスだが、謙虚さは間違いなくナンバーワンだろう。
「僕が年上だけど、キャリアは伊東監督が上。実績十分の監督だから。監督の実績は僕が12球団で一番下」。温厚で実直な人柄がそのまま表れたコメントだった。

[ 2012年10月21日 06:00


【森脇監督、入団時指揮官に誓った 西本イズム継承】
 
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オリックスの森脇浩司監督(52)が、亡き恩師にバファローズ魂の継承を誓った。
26日、近鉄入団時の監督だった故西本幸雄氏(享年91)の自宅を訪問。
監督就任あいさつとともに来季の飛躍を約束した。
西本氏が率いた阪急、近鉄の流れをくむオリックスの指揮官として迎える13年シーズン。
Aクラス入りが最低限のノルマになる。

 誓いを新たに来季を見据えた。
「最善を尽くすので、どうか見守っていてください」―。
西本氏の一周忌だった25日は新人選手入団会見と重なり、この日の訪問となった。

近鉄でプロ生活をスタートさせたのは79年。初めて名前で呼んでもらえたこと。
秋季キャンプで怒鳴られ、バットで叩かれたこと。
公式戦で本塁打を放ち、初めて握手を交わした時のぬくもり…。
思い出は数え切れない。

 「西本監督には短い期間でしたが、たくさんのことを教えていただいた。
練習の際は各選手の動きにいつも目を光らせておられた。
ランニングをする時は、その走る姿勢を見ておられた。
難しい技術のことより基本や姿勢、スタイルを大事にされていたと思います」

 勇退までの3年間、時に鉄拳、時にスキンシップで、プロで生き抜く礎を築いてくれた。
西本氏こそ最高のお手本だ。
森脇監督は「一生懸命やらせていただくという誓いをしました。
仕事、チーム、選手に本気で向き合った方。
今の自分のスタンスの一つになっています」と言葉に力を込めた。
[ 2012年11月27日 06:00


【オリ森脇監督「心からおわび申し上げます」】
デイリースポーツ2013年 10月7日(月)22時21分配信
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本拠地最終戦を終え、来季へ向け5位からの巻き返しを誓ったオリックス・=京セラドーム(撮影・岡田育磨)
 「オリックス1‐0ロッテ」(7日、京セラド)

 オリックスが本拠地、京セラドームでの最終戦を白星で飾った。
竹原の適時二塁打で奪った1点のリードを前田から馬原、佐藤達、最後は平野佳と4投手の完封リレーで締めた。

 森脇監督は試合後のセレモニーで「今シーズンは苦しい、悔しい試合が多い中で1年間、温かい声援をありがとうございました」とあいさつ。
「素晴らしい声援をいただきながら不本意な成績に終わり、心からおわび申し上げます。この成績を真摯(しんし)に受け止め、悔しさを胸に刻み、一回りも二回りも大きくなって京セラドームに戻ってきます。
来年こそは皆様と一緒にクライマックス・シリーズを戦うシーズンにしたい」と、5位からの逆襲を誓った。

【オリックス森脇監督、準備・集中で勝負弱さ改善】
日本経済新聞〔監督たちの戦い〕スポーツライター 浜田昭八 2014/7/6 7:00

 オリックス・森脇浩司監督の口癖は「準備」と「集中」。
それに「今やるべきことを、当たり前にやる」だ。
試合前後の談話に頻繁に出てくる。
ミーティングでも話の根幹は、これで貫いている。
派手ではないが、同監督のぶれない姿勢が如実に示されている。
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好調に首位を走るオリックス。森脇監督が目指すのはあくまでも頂点=共同

■うっとうしがられてもお構いなし
 長期ペナントレースの間には、選手も首脳陣もつい惰性に陥ることがある。
頻繁に対戦する相手でも、状態は日々に変わる。
その姿を観察、分析し、戦う備えに怠りはないか。
疲れや慣れが災いして、集中力を欠いていないか。
そして、勝つための役目をしっかり把握しているか。

 プロ生活を5年も送れば、監督のこんな話はうっとうしい。
だが森脇はお構いなしだ。
ダイエー(現ソフトバンク)のコーチ時代から終始一貫、これで通した。
優勝を狙える位置にいる今は、これに「1ランク上の準備」や「より集中」などの、強調し、念を押す言葉が加わるようになった。

 監督に昇格した昨季は打線が振るわず、5位に終わった。
それも、終盤に大崩れして最下位に落ちた日本ハムに助けられた形だった。
優勝は2005年に発足した楽天。
オリックスは21世紀になって優勝のない、パ・リーグ唯一の球団になった。

■渋い球団が大補強、覚悟を迫られ
 補強に渋い球団が、今季は大補強した。
そっぽ向いてきたフリー外国人やFA選手の争奪に、積極的に参戦した。
4番候補のペーニャ、捕手・山崎(ソフトバンク)、三塁・ヘルマン(西武)、ベテラン外野手の谷(巨人)、鉄平(楽天)を次々に獲得した。
 さらにキャンプ前には、現役大リーガーでオジー・スミス2世といわれた内野手・ベタンコートを加えた。
李大浩をソフトバンク、バルディリスをDeNAに取られたが、これで穴は埋まった。
 ドラフトでは吉田一将(JR東日本)、東明大貴(富士重工)ら、即戦力の投手に狙いを定めて取った。
「さあ、この戦力で戦え」と、森脇は覚悟を迫られたのだ。

言われるまでもなく、戦う意欲は十分だった。
序盤でつまずいた前年の失敗を繰り返すまいと、慎重にスタート。
4月初めに7連勝して勢いに乗った。金子、西、ディクソンの先発陣が足並みをそろえ、比嘉、馬原、佐藤達、平野佳の救援陣が接戦を締めた。
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金子をはじめ西、ディクソンの先発陣が足並みをそろえてチームを引っ張る=共同

 前年は宮内義彦オーナーに「1点差の試合をなんとかできないか」と苦言を寄せられるほど、接戦に弱かった。
だが、今季は「1点をしぶとく取り、1点差を粘り強く守る」という展開を心掛け、勝負弱い体質は大幅に改善された。

■最強救援陣にやや綻びが気がかり
 気がかりといえば、12球団の中でも最強といわれた救援陣に、
このところ少し綻びが目立つようになったことだ。
セットアッパー佐藤達の速球の威力が落ち気味で、制球ミスも多い。
ストッパー平野佳は、セーブをマークした試合でもすんなりと逃げ切ることが少なくなった。
“勤続疲労”だとすれば、早く手を打たねばならない。
 森脇は「勝つために切り替えを迫られることはあるだろうが
、耐えることも必要」と言い、投手陣の再編までは考えていない。
ただ、夏場を乗り切るために、これまでフル稼働していない井川、東野、新人吉田一らの戦列復帰が待たれる。
 攻撃陣は粒のそろったソフトバンクに比べて、やや見劣りする。
だが、足を使ったキメ細かい攻撃で頑張っている。
大きな誤算は期待のベタンコートがほとんど戦力にならず、足を痛めて治療のために帰国したことだ。

■頂点へ「挑戦者の姿勢貫いて進む」
 来日当初から、太り気味の体を心配する声があった。
グラブさばきには名人の趣があったが、フットワークは最盛期にほど遠く、打撃にもパワーが感じられなかった。
そこで、球団はカージナルス傘下3Aから外野手バトラーを緊急補強した。
28歳の若さに魅力を感じるが、救世主になる力を備えているかどうかはまだ分からない。
 今後のペナント争いはソフトバンクとのマッチレースになると予想される。
「ボクの采配を含めて、ウチに足りないものは多い。だが、挑戦者の姿勢を貫いて進む」と森脇。
クライマックスシリーズ(CS)進出は確定的という声には耳を貸さず、あくまでも頂点を目指している。

【オリックス執念実らず 142試合目で力尽く】
2014年10月03日 10時57分
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敗戦後、ファンに挨拶する森脇監督(手前)らオリックスナイン
<ソフトバンク2-1オリックス(2日)>歓喜の渦をぼうぜんと対岸から見つめるしかなかった。
常勝軍団を土俵際まで追い詰めた森脇オリックスが142試合目で力尽きた。

 あと一歩及ばなかった。
先発のディクソンが2回に一死二、三塁のピンチを招き、細川に先制の中犠飛を許す。
オリックスは7回に二死二塁から代打・原拓の右前打で同点と執念を見せ、馬原、佐藤達、平野佳の必勝継投も跳ね返された。

 気負いはなかった。
試合前のウオーミングアップではいつも通り、
球場に響くソフトバンクの応援歌「いざゆけ 若鷹軍団」に合わせて「それそれそれそれ!」の掛け声で盛り上がり、
糸井が「ここまでみんなで力を合わせてやってきた。頑張ります」と笑顔で話せば、岸田も「緊張感を楽しみたい」と硬い表情は見られなかった。

 加えて相手が急失速したことで「あんなすごい戦力でも追い詰められると勝てない。五十嵐が1イニングが4つの押し出し(四球)なんて普通なら考えられない。自信になりますよ。普通のチームと思った方がいいですね」(ある選手)とニンマリ。
精神的にも優位に立っていたはずだったが…。

 18年ぶりの優勝はかなわなかった。
オリックスCS雪辱へ「結束力ならウチが上」
東スポWeb 10月3日(金)11時16分配信

――――――――――――――――――――――――
【平蔵の独り言】
2014年【オリックス執念実らず 142試合目で力尽く】
シーズン最後まで戦い抜いて楽しましてくれた
森脇オリックスバッファローズ
これから、どんなドラマを観せてくれるか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2013年1月 の【独り言】2005年仰木彬さんが命をかけた“オリックスバファローズ”に今シーズンから監督をする森脇さん

だが、「名選手=名監督にあらず」という格言を証明する新たな指揮官になるのではないか。そんな期待を抱いている。
「名選手=名監督にあらず」という格言を証明する新たな指揮官になるのではないか。
西本さん:大毎オリオンズ→阪急ブレーブス→近鉄バファローズ、名選手ではない
仰木さん:三原さん(娘婿の中西さん)近鉄バファローズの監督の時→西本さんを後任に
→西本さん(仰木さんを高く評価、毎年のコーチ人事でも仰木放出だけは反対していた。)

〔「世の中には無名でも陰日向なく一生懸命働いている人間がいる。オレはそういう人間の努力は、いつか報われるということを野球で証明したいんだよ」〕
とりわけ闘将・西本幸雄の立ち居振る舞いから得たものは何物にも代え難かった。
と、あった。

現役を18年間
西本幸雄、古葉竹識、王貞治らの下で野球を学び
王さんから〔森脇に監督代行・ロッカールームに戻った森脇に、王は静かに告げた。 「あとは頼むぞ」〕

森脇に監督代行の座が回ってきたのは、ソフトバンクのチーフコーチだった'06年だ。7月5日、福岡ヤフードーム。西武戦が始まる前、王はコーチたちに向かって、こう言った。 
「オレは今日を最後に、しばらくチームから離れる」
ソフトバンクで監督代行として指揮を執り、30勝22敗3分。
オリックスの9試合を合わせると、37勝24敗3分。勝率6割7厘。
この数字は指揮官としての非凡さを物語っている。 
森脇には“心の師”がいる。一昨年11月に他界した西本幸雄だ。
森脇が近鉄に入団した時の監督である。「西本さんには叱り方に愛情があった」。

仰木さん、西本さんと森脇さん  近鉄バファローズ

オリックスバファローズ   森脇監督の今シーズンに期待!
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by asanogawa-garou | 2014-11-25 15:36 | 人間模様 | Comments(0)

(向田邦子)日常の些細な風景も、この人が描けばたちまち色鮮やかに生まれ変わった。   

2014年 11月 13日
〔日常の些細な風景も、この人が描けばたちまち色鮮やかに生まれ変わった。
向田邦子のドラマは、なぜ時代を超えて愛され続けるのか。その魅力を語り尽くす。〕
    


『熱討スタジアム』第124回 〔向田邦子ドラマを語ろう〕
今週のディープ・ピープル 黒柳徹子×鴨下信一×向田和子
週刊現代2014/10/25号
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お茶の間が笑った、泣いた、昭和のテレビは彼女とともにあった

〔森繁久彌も困らせた〕
ある日、収録現場に遊びに行ったら、森繁さんがスタジオの隅でポツンとしているんです。
どうしたのかと聞くと、「脚本ができてないんだ」と。
そのそばで、台本を書かずにスタッフとキャアキャア騒いでいたのが向田さんだった。

〔観察の天才だった〕
遅いし悪筆。けれど、向田さんの文章は素晴らしかった。
ドラマの脚本でもエッセイでも、
日常のありふれた場面に隠されている人間の喜びだとか悲しみだとか、
心の機微を描くのが本当に上手でした。


〔幸せと災いは交互に来る〕
「禍福は糾える縄の如し」ということわざの意味を教えてもらったことがあるんです。
「幸せと災いは縄を撚り合わせたように、交互に訪れるのよ」って。
私は呑気だったから、「幸せだけの縄はないの?」って聞くと、向田さんは「それはない」と言ってましたね。


【企画展「向田邦子の女 向田邦子の男」】
この3編に共通するのは、男の不器用さと女の傲慢さです。
男女平等が唱えられ、
「男らしさ」や「女らしさ」が薄れてきた現在、

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〔日常の些細な風景も、この人が描けばたちまち色鮮やかに生まれ変わった。
向田邦子のドラマは、なぜ時代を超えて愛され続けるのか。その魅力を語り尽くす。〕


〔森繁久彌も困らせた〕
(向田)姉の邦子が台湾で起きた飛行機事故で亡くなってから、もう33年が経ちました。
いま姉が生きていれば84歳。
時間が過ぎるのは早いものです。

(鴨下)向田邦子さんといえば、
ドラマ『あ・うん』や『阿修羅のごとく』、『だいこんの花』など数々のヒット作を生み出した、
昭和を代表する脚本家。
彼女の作品はいまでも繰り返し再放送され、時代を超えて愛され尊敬されています。
僕も演出家として『寺内貫太郎一家』や『幸福』などで一緒に作品を手がけましたが、
本当にユーモラスで、機知に富んだ人でした。
(黒柳)向田さんは脚本家としてだけで、『父など詫び状』などのエッセイでも成功しました。
物書きとしての才能はもちろん、なにより人間が面白かった。

(鴨下)彼女との出会いは強烈だったな。
森繁久彌さんの紹介でした。
‘63年頃だったと思いますが、
当時森繁さんはTBSのラジオエッセイ『森繁の重役読本』という番組に出演していた。
ある日、収録現場に遊びに行ったら、森繁さんがスタジオの隅でポツンとしているんです。
どうしたのかと聞くと、「脚本ができてないんだ」と。
そのそばで、台本を書かずにスタッフとキャアキャア騒いでいたのが向田さんだった。

(黒柳)たしかに向田さんは原稿が遅いことで有名でしたね。
私は女優の加藤治子さんに紹介されて以来、
向田さんと親しくさせて頂きましたが、
1度ラジオドラマで一緒になったことがあったんです。
私たちが連続ものの収録をしているとき、
よくスタジオのガラス越しに必死になって次の脚本を書いている向田さんの姿を見ました。
それで、出来上がったら慌てて私たちのところに持ってくるの。
(鴨下)どうしてあんなに遅かったんだろう。
ドラマでも、1話分まとめて稽古したことがなかったですね。
前半を撮影している間に「できました!」とようやく後半が届く。
そんな脚本家は彼女だけだった。

いざ書き始めても、すぐ中断しちゃうんだよね。
「スーパーで欲しいものが売り切れそうだったから買いに行った」とか
「夕食の出汁を取りに家に帰らなきゃ」とか(笑)

(黒柳)ある時、向田さんが「インスタントラーメンを美味しくする特別な調味料を作ったのよ。
アナタにも一瓶あげる」と自慢げに下さったことがあるんです。
食用油を煮立てて、すりおろしたニンニクとしょうがを入れた、いい香りのする調味料でした。
たしかに美味しいんですけど……。
(向田)そういう研究ばかりしているから、どんどん書くのが遅くなっちゃう。

〔観察の天才だった〕
(黒柳)ドラマ『時間ですよ』などで向田さんとコンビを組んだ演出家の久世光彦さんも、
向田さんのことを「稀代のウソつきだ」って冗談めかして言ってましたね。
久世さんが向田さんと喫茶店で待ち合わせをしていると、
悠然と歩いてくる向田さんが窓越しに見えたそうなんです。
それなのに、店に近づいた途端走りだして、
「ごめんなさい」と店に駆け込んできたらしい(笑)

(鴨下)あの人は字も下手でしたね。
原稿に「犬の目に眼帯」と書いてあったので、
どういう意味か電話して尋ねた演出家がいたそうです。
すると、「あら、それは『戌の日に腹帯』よ」って。

(黒柳)出演者が集まって台本を読んでいた時、
女優の池内淳子さんが「私、こんなことできません」と言い出したことがあったそうです。
その場に向田さんも立ち会っていたので、どうしてできないの、
と台本を見たら、「猿股する」と書いてあった。
向田さんは「狼狽」と書いたつもりなのに、
字が汚ないから印刷屋さんが間違えたみたい。
(向田)お恥ずかしい話です…(笑)

(黒柳)遅いし悪筆。けれど、向田さんの文章は素晴らしかった。
ドラマの脚本でもエッセイでも、
日常のありふれた場面に隠されている人間の喜びだとか悲しみだとか、
心の機微を描くのが本当に上手でした。
(鴨下)演出家は台本を直したくなるものですが、
彼女の作品には手を入れたことがないですね。
彼女は記憶力が良くて、細かいことをよく覚えていた。
お父様が亡くなった時のことを書いたエッセイで、
枕元に駆けつけた時、
向田さんがストッキングを2枚重ねて履いていたことに気づいたくだりがありますが、
そういう細かいディテールを描くことで、グッと作品のリアリティが増すんです。
それが結果として人の心を打つことになる。

(黒柳)向田さんのまわりには、どんな時でも面白いことが起きるのね。
ある時、タクシーから降りる際、
「お釣りはいいから」っておカネを渡したら、
運転手さんに「奥さん、いいのか。本気にするぜ」と言われたことがあったそうです。
おかしいなと思ったら、おカネじゃなくて自宅のカギを渡してた(笑)。


(鴨下)そういう細かいことをすべて覚えている。観察の名人なんだ。
ドラマでも、それは活かされていた。
『寺内貫太郎一家』では、朝食シーンで献立をテロップで流していたけど、
「昨日の残りのカレー」なんていうのもあった。
視聴者に「あるある」と思わせる描写が得意でした。

(向田)どちらかと言えば世の中を斜めから見ていたのかもしれません。
素直に物事を見ても本の「タネ」は見つかりませんから。
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〔幸せと災いは交互に来る〕
(黒柳)細かいことにはこだわらなかった。
直木賞を受賞した「かわうそ」という作品がありますが、
作中に登場する女性の顔をかわうそにたとえるべき場面で、
ゲラを見たら「いたち」になっていた。
タイトルが「かわうそ」なのだから、それはおかしいだろうと思いますよね。
「いたちとかわうそって区別がつかないのよ。やーね」
と笑っていましたけれど。

(鴨下)でも、ここが大事と思ったら、徹底的に調べるんですよ。
『寺内貫太郎一家』で「親不知」がテーマの回があったんですが、
なぜこういう字になったのか調べ始めて、
夢中になりすぎて台本が3日も遅れたことがあります。
しかも、歯について調べるうちに気になって、
「なぜ八重歯というのか」なんて関係ないことまで調べていた(笑)

(黒柳)あんな素敵な人なのに、
人気作家になってからも恋愛の話は聞いたことがなかったですね。
以前、森繁久彌さんが「僕と向田クンの仲を怪しんでいる人もいるようですが、誓って何もありません」っておっしゃっていたことがあったけど(笑)。
隙がないタイプだから、向田さんを口説くには殿方もかなり勇気が必要だったのでしょう。
(鴨下)間違いを起こしにくい人なんだよ(笑)。
向田さんは、人に会うときは基本的に一対一だから、
僕も彼女の部屋に朝の4時とか5時までいたこともあったけど、何もなかった。
(向田)あるとき、久世さんが「朝まであの人の家にいても何も噂にならない。僕だって男なのに」と複雑な表情をしてましたね(笑)

(黒柳)向田さんと知り合ったばかりのころ、
「禍福は糾える縄の如し」ということわざの意味を教えてもらったことがあるんです。
「幸せと災いは縄を撚り合わせたように、交互に訪れるのよ」って。
私は呑気だったから、「幸せだけの縄はないの?」って聞くと、
向田さんは「それはない」と言ってましたね。
向田さんの人生を振り返ると、本当に禍福は糾える縄の如しだな、と思うんです。
テレビで大活躍中に乳がんを患って、直木賞を取った翌年に亡くなってしまったーー。
(鴨下)事故とはいえ、51歳で亡くなったのは早過ぎましたね。
生前、彼女は「同じことしてると飽きるから、少しずつ違うことをやるのよ」と言っていました。
だから脚本だけじゃなくエッセイも書いていたんだと思います。
でも、みんなでワイワイやる仕事が好きだったから、
生きていたら今もテレビの脚本を書いていたかもしれませんね。

(黒柳)結局、私は向田さん脚本のテレビドラマには出演したことがなかったんです。
「あなたみたいな人は『寺内貫太郎一家』や『時間ですよ』には向いてないのよ」って。
そのかわり、「いつか個性的なお婆さんの話を書くから、そのとき出てね」と言ってくれていました。
私も、早くお婆さんになって向田さんの作品に出るのを楽しみにしていたのに……。

(向田)姉は気忙しい人でしたから、人よりも早送りでいきたんでしょうか。
(鴨下)それに、彼女の作品は、色あせることなく残っている。
いまでも彼女は作品のなかに生き続けているんだと思います。

【企画展「向田邦子の女 向田邦子の男」】
かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館
会期2013年11月20日(水)~2014年2月11日(火)
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1980(昭和55)年に「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」の3編で直木賞を受賞した向田邦子。
短篇3作品かつ連載中という異例の受賞には本人も驚きました。
この3編に共通するのは、男の不器用さと女の傲慢さです。

向田が描く女と男の世界。
そこにはそれぞれが生まれもった性質が見え隠れします。
男女平等が唱えられ、
「男らしさ」や「女らしさ」が薄れてきた現在、
彼女が描く女と男を通してそれぞれの魅力を改めて見つめる機会となれば幸いです。

【平蔵の独り言】
日常の些細な風景も、この人が描けばたちまち色鮮やかに生まれ変わった。

ある日、収録現場に遊びに行ったら、
森繁さんがスタジオの隅でポツンとしているんです。
どうしたのかと聞くと、「脚本ができてないんだ」と。
そのそばで、台本を書かずにスタッフとキャアキャア騒いでいたのが向田さんだった。

「お釣りはいいから」っておカネを渡したら、
運転手さんに「奥さん、いいのか。本気にするぜ」と言われたことがあったそうです。
おかしいなと思ったら、おカネじゃなくて自宅のカギを渡してた(笑)。


【独り言】
市井の人の日常はそんなに変わったことが起こらない。
些細なことの観察力が、向田邦子のドラマ、エッセイに ほっとするのだろうと思う。

“素”の向田邦子を知って、旅立って33年経っても
色褪せることのない人だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【平蔵の独り言】
この3編に共通するのは、男の不器用さと女の傲慢さです。
男女平等が唱えられ、
「男らしさ」や「女らしさ」が薄れてきた現在、

【独り言】
男女平等じゃないんですよね。
性差があるから、哺乳類の世界だと思うので、
ライオンもペンギンもツバメも
雌とペアを組むために雄は命がけの努力をしているのに
人間(日本人?)は“草食系”という言葉で
かたずけている。
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by asanogawa-garou | 2014-11-13 14:29 | 人間模様 | Comments(0)

(五木寛之)【深夜、つくづく思うこと】低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい   

2014年 11月 04日
(五木寛之)【深夜、つくづく思うこと】低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい
生き抜くヒント!(五木寛之) 週刊新潮2014/10/30号

【深夜、つくづく思うこと】
〔低気圧と片頭痛〕「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、・・・・・」
〔物忘れがひどい〕ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
〔はかなくもしぶとい〕はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。


<よくがんばってるなあ>と、思わずつぶやく。
これだけ無駄遣いしてきて、
なお働いてくれている体の各部に対して、
畏敬と感謝の念をおぼえずにいられないのだ。

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。

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【深夜、つくづく思うこと】
なにが丈夫ったって、人間の体ほど丈夫なものはない。
最近、つくづくそう思うようになった。
心臓ひとつとってみてもそうである。
何十年どころか、ときには百年以上も、一瞬も休まず働き続けているのだ。
まあ、あれこれ故障するときもあるとはいえ、とりあえず丈夫である。

〔低気圧と片頭痛〕「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、・・・・・」
年をとって、良かったこともいくつかある。
ひとつは動脈硬化がすすんで、血管が過敏でなくなったことだ。
以前は低気圧がやってくるたびに血管が拡張したり収縮したりして、そのつど片頭痛がおきて大変だった。

最近、たて続けに台風がくる。気圧の乱高下もはげしい。
かっては新聞の天気図とにらめっこしながら、一喜一憂したものだった。
高気圧から低気圧に変わる直前から、頭が割れるように痛みはじめるのである。
最近はそれがない。

「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、
血管性の片頭痛に悩まされることがなくなりました」と、
先日、知人の医師にいったら、
「それは年をとって血管が硬化したせいでしょう」
と、あっさり断定されてしまって心なきもの、それは医師である。


〔物忘れがひどい〕ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
物忘れがひどい。
いわゆる短期記憶というやつはそこそこであるが、
昔のことがどんどん記憶から遠ざかっていく。
それも大事なことは忘れて、どうでもいいことは細部まで憶えているのが癪の種。

しかし、これもいい面がないでもないような気がする。
ありとあらゆる世間のことを、頭一杯につめこんでいたら、
夜もぐっすり眠れないのではないか。

ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
昔のことを何から何まではっきり憶えていたなら、
夜は眠れないにちがいない。

〔はかなくもしぶとい〕はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。
全身にガタがきているとはいえ、
これだけ使ってまだなんとか役にたっているというのは、
奇跡というしかないだろう。

もちろん、あちこちに不具合いは生じている。
ちゃんと検査を受ければ、即入院ということになるかもしれない。

それでもこうして息をして、自分の脚で歩いている。
虫の声もきこえる。
文庫本も読むことができる。
自分の歯でものを噛むことも、自分の耳で深夜ラジオをきくこともできる。

ありがたい、と思うのは当然だが、
それより先は、人間の体というものの丈夫さにあらためて驚く。

それと同時に、転倒や誤嚥や、
ちょっとしたことで失われる命のはかなさをも痛感する。

はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。
深夜、つくづくと自分の手をみたり、足の裏を観察したりする。
啄木のような人生に対する深い感慨はない。

<よくがんばってるなあ>と、思わずつぶやく。
これだけ無駄遣いしてきて、
なお働いてくれている体の各部に対して、
畏敬と感謝の念をおぼえずにいられないのだ。

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。


【平蔵の独り言】
低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい

【独り言】
片頭痛に長年悩まされ、
雨になるのは天気予報より当たる。
など、自身で諦めてきた。

先日、痴呆の検査を受けろ!
と言われて、腹を立てながら受けたが
長年診てもらっている“脳神経外科”の主治医を訪ねたら
「まだ、働いているんだろう? あはははは・・・・・」

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。

ですね!

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by asanogawa-garou | 2014-11-04 16:22 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)