<   2015年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧   

医者自身が病気になったら“治療拒否”したいケース30   

2015年 05月 27日
医者自身が病気になったら“治療拒否”したいケース30
PRESIDENT 2013年6月17日号
緩和ケア診療所「いっぽ」医師 萬田緑平 構成=須藤靖貴

医者は自分では絶対に避けるような多大な困難をともなう治療を患者に施術することがある。
私たちは病気になって焦る前に考えておかなければならないことがあった。


医者自身が病気になったら避けたい事例30
【1】余命数カ月で尿管ステント
【2】話の要点がわからない医師
【3】疲労を蓄積・人工透析
【4】拷問に近い・吸引
【5】90歳を超えたら病気を治さない
【6】急性疾患でない胃ろう
【7】軽い病気で大病院
【8】検査大好き病院
【9】外科医の手が不器用、すぐキレる
【10】薬の量が杓子定規
【11】治療中でないのに禁酒
【12】絶対拒否する腎ろう
【13】不勉強、硬直思考の医者
【14】延命見込みなしでの人工肛門
【15】栄養補給を点滴に頼る
【16】絶対勘弁のイレウス管
【17】タバコは絶対悪か?
【18】不要な「安静」の強要
【19】幸福感のない食事
【20】規則正しい生活の強制
【21】比較的負担小・胆道ステント
【22】なかなか退院を認めない
【23】緊急以外の中心静脈カテーテル
【24】治療のテコ入れをしない
【25】胸の出血リスク・胸腔カテーテル
【26】避けたい・尿道カテーテル
【27】医者が紹介する医者
【28】医師の「頑張りましょう」
【29】PTCD・胆汁チューブ
【30】よほど苦しいのなら胃管



医者自身が病気になったら避けたい事例30
※複数医師への取材をもとにプレジデント編集部構成。
「」内は、断りがない限り萬田緑平医師の発言。

【1】余命数カ月で尿管ステント

尿管に入れるチューブ。
挿入後、チューブが詰まってしまうことがあり、数カ月ごとに入れ替える必要がある。
「数カ月単位の延命ならば検討する」。

【2】話の要点がわからない医師
手術失敗など訴訟の俎上にのぼりやすい外科医と違い内科医は、
治療・投薬と結果の因果関係が外科ほどはっきりしないので、
治療の説明をより明確にすべき。

【3】疲労を蓄積・人工透析
腎臓が機能しなくなったときには必要な治療だが、
週に3回、4時間かけて行うので精神的・肉体的疲労が大きい。
「1年以上延命できるならば検討する」。

【4】拷問に近い・吸引
口の奥にチューブを入れて唾液や痰を吸引する。
患者さんに苦痛を与えて咽せさせたところで痰を吸引する場合もある。
「拷問に近い。絶対にやりたくない」。

【5】90歳を超えたら病気を治さない
90歳で検査をすれば何かの病名がつくだろうが、
治療のリスク、検査の負担も考慮し、よほどのこと以外は
自宅でゆっくりしたほうが元気で長生きできるのではないか。


【6】急性疾患でない胃ろう
お腹に穴を開けてチューブで胃に栄養を入れるが、チューブをぶら下げずに済む。
「急性疾患などで意識がはっきりしている状態ならお願いするかも」。


【7】軽い病気で大病院
少々の熱が出たぐらいで、大混雑する大病院にいくのは避けたほうがいい。
近くのクリニックで十分だし、
そこで何かが見つかればすぐに適切な病院を紹介してくれる。

【8】検査大好き病院
患者負担を考えず、不必要な検査を繰り返す。
少なくとも、
「第一の検査では、この部分がわからなかったので、次の検査をします」(内科医)
といった明確な説明が必要だ。


【9】外科医の手が不器用、すぐキレる
全身麻酔をすると、手術室で何が起きているかはわからない。
医者は自分が手術を受けるときは、信頼に足るか
(手は不器用ではないか、すぐキレたりしないか)を下調べ。

【10】薬の量が杓子定規
たいして詳しく診察したわけでもないのに、やたらと出す薬が多い内科医がいる。
患者の年齢や体質、病歴は千差万別。
患者を正視しない思考放棄医師の危険性あり。

【11】治療中でないのに禁酒
治療中の禁酒は常識だが
「“身体にいいこと”よりも“心にいいこと”」で、
酒好きならば楽しくなる効能のほうが尊い。
高齢患者で、酒は高カロリーなので栄養状態は良好だったという例も。

【12】絶対拒否する腎ろう
「延命できてもやりたくない」。
背中から腎臓に直接チューブを入れて尿を排出する。
風呂にも入りにくく、仰向けにも寝にくい。
日常生活に不便を強いられる。

【13】不勉強、硬直思考の医者
在宅医療や緩和ケアなどの発想についていけない医師が少なからず存在する。
従来の治療のみが本道で、それ以外の道は、自分の地位が下がると思っている場合も。


【14】延命見込みなしでの人工肛門
意思とは無関係に排出されるので、便を受ける袋を装着する必要がある。
がんによる腸閉塞の場合によく使われるが、役に立たない危険性も。
「年単位で延命できるなら検討」。

【15】栄養補給を点滴に頼る
点滴は栄養補給ではなく、主に水分補給。
病院では点滴に頼りすぎるから、
胸水が溜まってしまって胸腔カテーテルなどの治療を行わなくてはいけなくなる。

【16】絶対勘弁のイレウス管
鼻から腸まで入れる太く堅く長いチューブ。
「鼻から箸よりも太く長いものを死ぬまで入れられると思うと……。いくら苦しんでいても、これだけは勘弁してほしい」。

【17】タバコは絶対悪か?
“百害あって一利なし”代表格も、「禁酒」と同じ理由で、
一服がなによりも楽しみの愛煙家なら。
衰弱しても、タバコを爪楊枝に刺してご家族に吸わせてもらった強者もいた。


【18】不要な「安静」の強要
病気治療に安静、も常識だが、寝たきりが続いては気持ちが細ってしまう。
孫がいるのなら、できるだけ一緒に過ごす。
生命力溢れる幼児たちからパワーをもらうのだ。

【19】幸福感のない食事
制限されるような身体に悪い物を大量に食べられるはずもなく、
本人の嗜好に任せて構わない。

好きなものを食べたときの幸福感は年齢性別を問わず厳然たるものがある。

【20】規則正しい生活の強制
規則正しさを強要された病院から自宅へ戻ったのなら、もう好きにすればいい。
それだけで精神が華やいだ例は多い。
食べたいときに食べ、眠いときに眠る。


【21】比較的負担小・胆道ステント
胆管が閉塞したとき、消化管内視鏡を使って胆管に挿入するチューブ。
身体への負担は比較的少ないので、「数カ月単位で延命できるならば検討する」。


【22】なかなか退院を認めない
病院医師は「敗北」を認めたがらない。
しかし抗がん剤治療は撤退のタイミングこそが最良の延命治療になりうる。
頑迷な医師よ、患者本位に意識を軟化させるべきだ。


【23】緊急以外の中心静脈カテーテル
首、肩、足の付け根などから挿入する。
挿入時に出血などのトラブルもありうるし、
入れっぱなしになるため、感染で使えなくなる危険性も。
「使用は緊急時に限りたい」。

【24】治療のテコ入れをしない
処方どおりの投薬をしても症状が改善しないにもかかわらず、
治療方針を是正ぜず、同じ種類、量の薬を出し続ける。
つまりは怠惰。カルテのみを見ている証拠。


【25】胸の出血リスク・胸腔カテーテル
水を針で抜く場合、数日に1回の割合で穿刺しなければならず、
胸の出血や肺に穴が開くリスクがある。
「無駄な点滴をしなければ胸水はそこまで溜まらないのではないか」。


【26】避けたい・尿道カテーテル
病院が比較的容易に挿入する。
患者さんがおむつを拒否する場合に使われることも。
「挿入の煩わしさよりも排尿の苦しさのほうが大きい場合は、使うかもしれない」。

【27】医者が紹介する医者
医者が入院したとき、普段褒めている医者とは別の医者に担当を依頼した、というのはよく聞く話。
医者はしがらみが多く、医者の紹介する医者が信用できない場合もある。


【28】医師の「頑張りましょう」
とりあえず治療を継続したい医師が頻発する言葉。
頑張って完治するならば結構だが、疲弊した患者に「頑張れ」と言うのは思考放棄。
患者の状態を正視していない証拠。


【29】PTCD・胆汁チューブ
皮膚から直接胆管にチューブを入れる。
胆汁は1日数百ミリリットル流れ出るので、チューブの先にボトルをぶら下げる。
「よほどの長期延命効果があっても辞退します」。

【30】よほど苦しいのなら胃管
鼻から胃まで入れるチューブ。
完全拒否の患者さんも多い。
「できるならやりたくないが、余命1カ月でよっぽど苦しんでいたらお願いするかもしれない」。


緩和ケア診療所「いっぽ」医師 萬田緑平
1964年生まれ。群馬大学医学部卒業。群馬大学附属病院第一外科に所属。
2008年、緩和ケア診療所・いっぽの医師となる。

【平蔵の独り言】
30のケースを大きく分類すると
〔人生の質〕、〔医者の資質〕(これが一番問題・患者の方を向いていない)
〔生きることを楽しむ〕、

〔人生の質〕
【1】余命数カ月で尿管ステント
【5】90歳を超えたら病気を治さない
【7】軽い病気で大病院
【12】絶対拒否する腎ろう
【14】延命見込みなしでの人工肛門
【21】比較的負担小・胆道ステント
【23】緊急以外の中心静脈カテーテル
【26】避けたい・尿道カテーテル
【29】PTCD・胆汁チューブ

〔医者の資質〕(これが一番問題・患者の方を向いていない)
【2】話の要点がわからない医師
【3】疲労を蓄積・人工透析
【4】拷問に近い・吸引
【6】急性疾患でない胃ろう
【8】検査大好き病院
【9】外科医の手が不器用、すぐキレる
【10】薬の量が杓子定規
【13】不勉強、硬直思考の医者
【15】栄養補給を点滴に頼る
【16】絶対勘弁のイレウス管
【20】規則正しい生活の強制
【22】なかなか退院を認めない
【24】治療のテコ入れをしない
【25】胸の出血リスク・胸腔カテーテル
【27】医者が紹介する医者
【28】医師の「頑張りましょう」
【30】よほど苦しいのなら胃管

〔「生きる」を“楽しむ”〕
【11】治療中でないのに禁酒
【17】タバコは絶対悪か?
【18】不要な「安静」の強要
【19】幸福感のない食事



【独り言】
〔人生の質〕
生きる質を考えたら、うーん・・・・・

〔医者の資質〕17ケースもあった。
・懇意にしている医師に「下手な先生もいますよね!」
→「うん」
・歯周病で何年か前の年末に左の奥歯が突然すっぽり
インプラント(痛い思いをして初めて知った)の治療の時
「先生はどのような経歴、経験をしているんですか」
→「事故などで、顎が砕けてしまった患者の手術をしていました」
(安心して、全てを任せることにした。今でも歯のメンテナンスに年3回)

〔「生きる」を“楽しむ”〕
一番に考えて、酒・タバコは流れでやめた。
しかし、酒は飲みたいが一生分飲んだし、助けてもらった“命”

これが一番問題だと思う。
【28】医師の「頑張りましょう」
もう、十分に頑張っているんですよ!

以前聞いたことがある。欧米では”胃瘻”という継続的な治療はないと!

山岡鉄舟のように病のなか、”そろそろ 余命”だ!
[PR]

by asanogawa-garou | 2015-05-27 17:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【つんく♂】一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選んだ   

2015年 05月 16日
【つんく♂】一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選んだ
【つんく♂メッセージ全文】(スクリーンに掲示された原文まま)
【立川談志】「プライドが許さない。しゃべるのが仕事なんだから」
【忌野清志郎】 忌野清志郎さん死去…58歳ロックに生きた
【ビートたけし】オイラがつんく♂だったら、手術は選ばなかっただろうな!

------------------------
【つんく♂祝辞全文】一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選んだ
デイリースポーツ 4月4日(土)13時21分配信
c0219232_18441759.jpg

①声帯を摘出したことを公表したつんく♂=近畿大学

 声帯がん治療のため療養していた音楽プロデューサー・つんく♂(46)が4日、
母校・近畿大学(大阪府東大阪市)の入学式にサプライズで登場し、
昨年10月にがん再発を公表後は初めて公の場に姿を見せた。
新入生約7000人への祝辞の中で、声帯の摘出手術を受けた結果、
声を失ったことを告白した。以下、入学式で発表された新入生への祝辞。
c0219232_18462847.jpg
②声帯を摘出し声を失ったつんく♂は、ギターを弾きながら懸命に声を出そうとする=近畿大学(撮影・山口 登)

 【つんく♂メッセージ全文】(スクリーンに掲示された原文まま)

 平成27年度 近畿大学にご入学の皆さん 入学おめでとうございます!
この大学の卒業生でもあります私「つんく♂」と申します。

正直言いましょう、今日のこの入学式には、
近畿大学にひっしのぱっちで入学した人。
狙い定めた入った人。
結果的に(滑り止めで)近畿大学に入った人。
いろんな人がいるでしょう。

 でも、あなたにとってどの大学が正解だったんでしょうか…それはわかりません。
ただ、ひとつ言えるのは、この先の人生で、
あなた自身が「ああ、この大学に入ってよかったな。」という道を歩めば良いんだと思います。

 なぜ、今、私は声にして祝辞を読みあげることが出来ないのか…それは、私が声帯を摘出したからです。

去年から喉の治療をしてきていましたが、結果的に癌が治りきらず、
摘出するより他なかったから、一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました。

c0219232_18482554.jpg

 そんな私に、「今年も近畿大学の入学式のプロデュースをお願いしたい!」と、
この大学から依頼がありました。

その時に思いました。
「ああ、この大学を卒業してよかったな。こんな私がお役に立てるなら精一杯頑張ろう!」
そう心に思いました。

昨年末から何度も大学とメールでやり取りしたり、スタッフが伝言してくれたり、
を繰り返しつつ、今日、この日を迎えました。

 KINDAI GIRLSの皆さん、吹奏楽、応援部の皆さん、
その他たくさんの学生の皆さんが、
今日の日の為に夢中でレッスンしたり、準備してくれました。
「みんなで一緒に新入生を迎え入れよう!」と。

 ここまでの人生はもしかしたら受け身だった人もいるかもしれません。
親が言うから…学校の先生がすすめたから…でも、もうすぐ皆さんは成人します。
もう自分の人生を歩んで行くんです。
後悔しても意味がないんです。
今から進んでいくんです。
自分で決めて進んで行けば、絶対に何かを得、
そしてまた次のチャンスへと繋がっていくんだと思います。

 私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。
皆さんと一緒です。
こんな私だから出来る事。
こんな私にしか出来ない事。
そんな事を考えながら生きていこうと思います。

 皆さんもあなただから出来る事。
あなたにしか出来ない事。
それを追求すれば、学歴でもない、成績でもない、
あなたの代わりは無理なんだという人生が待っていると思います。

 近畿大学はどんな事にもチャレンジさせてくれます。
だから何もしなかったら何もしないなりの人生をチョイスすることになるし、
自分で切り開いていく道を選べば、
きっと自分を大きく育てるようなそんな大学生活になるでしょう。

 仲間や友人をたくさん作り、世界に目をむけた人生を歩んでください。
私も皆さんに負けないように、新しい人生を進んで行きます!

 だから最後にもう一度言わせてください。
皆さん、近畿大学への入学、本当におめでとう!
「ああ、良かった!」と思える大学生活をセルフプロデュースしてください!

 そして、今日のこの出会いに感謝します。ありがとう!

平成27年4月4日

近畿大学入学式プロデューサー  つんく♂
c0219232_18513558.jpg

【つんく】一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選んだ
デイリースポーツ 4月4日(土)13時21分配信

 つんく♂さんは昨年2月に喉頭がんが見つかり、
後に「完全寛解した」と発表したが、昨年10月に声帯の検査でがんが見つかったと公表していた。
喉の治療をしてきたが、結果的にがんが治りきらず、
「一番大事にしてきた声を捨て、生きる道」を選んだという。

【立川談志】「プライドが許さない。しゃべるのが仕事なんだから」
 同じ喉頭がんを患った落語家の立川談志さんは生前、
がんが再発し声帯摘出手術を勧められた際に
「プライドが許さない。しゃべるのが仕事なんだから」と拒否したとされる。
c0219232_18531070.jpg

落語家・立川談志さん、喉頭がんのため75歳で死去

【忌野清志郎】 忌野清志郎さん死去…58歳ロックに生きた
咽頭がんが転移し、
がん性リンパ管症で亡くなった歌手の忌野清志郎さんは
最初、放射線と抗がん剤の併用療法を受けていたが、
途中から抗がん剤だけの治療に変えたという。
以前と同じように歌うことは難しくなり、それを心配したためとみられている。
c0219232_1855631.jpg

ステージで勢いよくマイクを回す忌野清志郎

【ビートたけし】オイラがつんく♂だったら、手術は選ばなかっただろうな!

「命」をとるか「商売道具」をとるかっていうのは、
確かにプロフェッショナルとして働く者にとって「究極の選択」なのかもしれない。
だけどこういう話ってのは感情論ではなく、
あくまで合理的に判断するべきなんじゃないかって思うよ。

バンド『シャ乱Q』のボーカルでミュージシャンのつんく♂が、
喉頭がんで咽喉がんで声帯を摘出したっていうんだけどさ。
『自分で決めたことが正解なんだよ』

名のある歌い手が、生きていくために泣く泣く決断したっていうんで、
ワイドショーやらいろんなところで感動的な話として扱われているわけなんだけどね。

たとえば、まだ年齢が若いんであれば後の人生を考えてリスクを取り除くのが基本だろうし、
逆にジジイやババアが残りわずかの余生のために
大事な体のパーツを取って不自由して生きるってのは別の話だろ。

もうひとつは、体のパーツを失うことによって、
その人の「生き甲斐」がどれくらい制限させるかってこともよく考えるべきだよな。

だから、つんく♂の判断はよく理解できる。
40代で若いからまだまだこの先の人生があるし、
確かに歌手で世に出た人ではあるけど曲や詞を書く才能だってあるし、
いろいろな表現手段があるわけでね。

その考え方でいけば、もしオイラがつんく♂の立場だったら
たぶん何もしないんじゃないかと思うね。

いつもいっているように、
オイラはやりたいことは大体やってきたし、いつ死んだって構わないって思ってる。
もう68歳なんで声帯を取ったってすぐに死んじまうかもしれないし、
声を出せなくなってその後不自由して生きていくのも面倒だ。

今のまんまで行けるところまで行ってみようって考えるだろうな。
まァ、これが別の臓器なら話も変わるんだろうけど、
それでも無理して延命したいとは思えないんだよ。

なかなか、つんく♂みたいな思い切った判断ができないってのもよく分かるね。

忌野清志郎さんだって声帯を取らずにがん闘病することを選んだと聞くし、
立川談志さんだってそうだったしね。

やっぱりしゃべりや歌をベースに芸の道を究めてきたってタイプは
なかなかスパッと割り切れないと思うんだ。
それまで積み重ねたものがなくなってしまう恐怖があるだろうからね。

週刊ポスト2015/4/24号ビートたけしの21世紀“毒談”第1251回
c0219232_18573830.jpg

【平蔵の独り言】
つんく♂:生きる道を選んだ
【つんく】一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選んだ

【ビートたけし】オイラがつんく♂だったら、手術は選ばなかっただろうな!
もう68歳なんで声帯を取ったってすぐに死んじまうかもしれないし、
声を出せなくなってその後不自由して生きていくのも面倒だ。

今のまんまで行けるところまで行ってみようって考えるだろうな。
まァ、これが別の臓器なら話も変わるんだろうけど、
それでも無理して延命したいとは思えないんだよ。

なかなか、つんく♂みたいな思い切った判断ができないってのもよく分かるね。

忌野清志郎さんだって声帯を取らずにがん闘病することを選んだと聞くし、
立川談志さんだってそうだったしね。

【独り言】
“人生”は今という日常から別れる(この人たち)のが怖いから
朝、起きて食事をして仕事をして
病気の治療をして
ということが、古希を目前に“そうか!”
と感じ始めてきたが、

自分の足(意志)で歩ける努力を・・・・・
朝晩のストレッチ、週2回のリハビリ、毎月の内科
年1回の冠動脈狭窄検査、etc

“生きる”
今日、12月で100歳になる人生の先輩に会ってきて、
元気をもらってきた!
来週、『シャ乱Q』「シングル・ベッド」
カラオケに行って

“今のまんまで行けるところまで行ってみよう”
[PR]

by asanogawa-garou | 2015-05-16 19:00 | 人間模様 | Comments(0)

【マツコ・デラックス】飽きられるのはわかっている。私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間では   

2015年 05月 07日
【マツコ・デラックス】飽きられるのはわかっている。私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間ではないの。

〔マツコからの突然の電話〕
〔私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間ではないの。〕
サラリーマンや農家や漁師さん、そういう人たちが1番偉いの。
これほど役に立たない人間がどうにかおまんまを食えているのは、そういう人たちが世の中を支えてくれているからなのよ。

〔人生のターニングポイントなんて言葉にできない〕
『あれがあったから、今の自分があります』なんて言うけれど、
そんなの全部後付けでしょ。
ただただ日々に追われて生きてきて、たまたまここに辿り着いただけなんだもん」

〔超ドライな子供だった〕
〔両親との知られざる関係〕

〔自分を過信していたというか、自分一人で何かを変えられることなんて出来るはずはなくて、ちょっとずつ、みんなで変えてゆくしかないのにね〕
両親も、このまま家に引き籠もっていたら本当にだめになると思ったんじゃないかな。
だから母親から「次の家にあんたの部屋はないんだから、出て行きなさい」と言われたの。
〔1人でも寂しくない〕
〔私の私生活なんて、あんなものよ〕
〔飽きられるのはわかっている〕
どんな人間でも、生まれた時の「宿命」なんてないよ。
今自分がやっている人にだけ、自分の道が見えてくるんじゃない。
仕事も人生も、今与えられていることを精一杯やる。
その繰り返しでしかないと私は思っているから。

c0219232_21493787.jpg

レギュラー番組9本、いまやテレビの王様

初めて明かされるマツコ・デラックスの素性(彼女はいったい何者なのか)
画面に映った時の迫力は他の芸能人とは全く異なる。
口調はエラそうだけど、なぜかついつい見てしまう。今、テレビ業界で最も存在感のある人物ーーーマツコ・デラックス本人が吠えた。

〔マツコからの突然の電話〕
「今、インタビュー依頼の企画書を読んで電話してるんだけど、こんなオカマの素性を探って何が面白いのかね。
みなさんに知って欲しいような面白い話もそうないし、過去を切り売りする商売ってのはおしゃれじゃないわよ。
しかも、もう色々と取材もしてるみたいだけど、本当に私のことを知っている人たちは、ベラベラと週刊誌にしゃべるようなことはしないから。
取材を断った人たちからも、もう続々と連絡は入っていたわ」
深夜、本誌記者の携帯に一本の電話がかかってきた。
電話の主は歯に衣着せぬ物言いと、独特の切り口でテレビから引っ張りだこのマツコ・デラックス(42歳)だった。


〔私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間ではないの。〕
私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間ではないの。
サラリーマンや農家や漁師さん、そういう人たちが1番偉いの。
これほど役に立たない人間がどうにかおまんまを食えているのは、そういう人たちが世の中を支えてくれているからなのよ。

私は本来でしゃばるのも嫌だし、
本当はもっと緩やかにメディアとお付き合いしていきたいと思っていたから、
まさかこれほどガッツリ関わることになりとは想像もしてなかった。
でも、それも流れだからね。
ずっと1人暮らしだけど寂しいとかいう気持ちはない。
結局1人でいるのが好きなんだと思う。
以前、いいなあと思っている人がいて、借金がある人だったから、おカネを貸してあげたの。
で、そのまま逃げられたんだけど、寂しいという気持ちにならなかったからね。
たぶん1人でいいんだと思う。
一生男がいなくても、友人や仕事仲間はいるんだしね。
だから、一緒に仕事をしてくれる人がいなくなったときに「絶望」が訪れるんじゃない?
今はこれだけの人が一緒に仕事をしたいといって、アンタたち週刊誌もちょっかい出してくれるわけじゃない。
でもそれもいつか無くなるわけよね。
そのとき本当の絶望が訪れる気がする。
c0219232_2153788.jpg

〔人生のターニングポイントなんて言葉にできない〕
現在、マツコはレギュラー番組9本を抱えるほどの超売れっ子。
その姿をテレビで見ない日はなく、いまやテレビの王様と言っても過言ではない。
だが、この人気タレントの素性は意外なほど知られていない。
そこで本誌はマツコの同級生や知人など、周辺取材を行っていた。
まさにその最中の出来事だった。

「私は自分の過去を話すことが嫌いなの。
自分で自分のことを語るってものすごくかっこ悪いことじゃない。
『どうやって今のマツコさんは形成させたのですか』とかよく聞かれるけど、
そんなこと自分でわかる人っているのかしら。
人生のターニングポイントなんて言葉にできない。
『あれがあったから、今の自分があります』なんて言うけれど、
そんなの全部後付けでしょ。

ただただ日々に追われて生きてきて、たまたまここに辿り着いただけなんだもん」

特に本誌がマツコの母親に接触したことには、憤りを感じているようだった。
「親のところに取材に行くのだけは絶対にやめて。
うちの両親は、アンタたちが取材に来ても私になんの連絡もしてこないの。
そういうできた親なの。
取材が来たからって何でも話す親じゃないんだよ。
ちゃんとした両親は子供のことなんてベラベラ話さない。
2人とももう80歳を過ぎているんだから、そっとしておいてよ。
なんで親への取材にこんなに過剰に反応するのかって?
あのさあ、オカマの親なんだよ。
綺麗な女優さんの親じゃないの。
私は何を言われても構わないけど、両親がとやかく言われることだけは絶対に許せない」
c0219232_2154357.jpg

〔超ドライな子供だった〕
本誌はこれほどテレビに出演しているマツコに絶大な影響力があること、
そうした人物の過去も含めた素性は国民的な関心事であることを根気よく伝え、最終的にマツコはインタビューに応じることを了承した。

彼女は何者なのか。本人の口から、数々の新たな事実が明かされる。

自分がゲイなんじゃないかと気づいたのは、物心がついたときから。
女の子と付き合ったりしてみたけど、やっぱり違った。
小学生の頃から私は「超ドライ」な子供だったと思う。
私、小学校5年生のとき、登校拒否したことがあるの。
子供っぽく振る舞うとか、みんなで仲良くすることとか、
ちゃんとしたふりをすることが辛かったから。
別にいじめられていたわけでもないわよ。
かといって、人気者だったわけでもない。
それだけ。いまでも連絡を取り合う友達は一人もいない。
ゲイであることも含め、すべてをさらけ出して付き合っていたわけではなかったからなのかね。

〔両親との知られざる関係〕
´90年代初頭にゲイカルチャーブームがあって、セクシャリティとしてのゲイが注目された。
テレビで社会におけるゲイを語るようになったのよ。
それを見た時に、自分がゲイであることにちゃんと向き合ってみないと私の人生、話になんないなあと思って、それで、ゲイ雑誌で働き始めたのよ。
だけど、思ったことが出来なくなって5年で辞めてしまった。
ゲイカルチャーの黎明期に携わることが出来ても、
それを大きく広げることが出来なかった自分に、無力感のようなものが襲ったのよね。
それが私には許せなかったの。
まあ今になって思えばそれは私の驕りだったんだけどね。

〔自分を過信していたというか、自分一人で何かを変えられることなんて出来るはずはなくて、ちょっとずつ、みんなで変えてゆくしかないのにね〕
それで、勝手に夢破れて実家に帰ったのよ。
実家にいるときは、やっぱりテレビを見ていたわ。
2年間引き籠もり生活を送った。
ああ、私はこのまま誰にも愛されず、誰にも見つけられずに死んでいくのねと思っていた。
そんな私に手を差し伸べてくれたのが、中村うさぎだった。
彼女がたまに仕事を振ってくれて、そういう時だけ社会と触れ合うことができた。
両親は何も言わなかった。
もちろん「働け」とは言うけど、私のセクシャリティや仕事内容に関しては、
必要以上に踏み込んでこなかった。
自分たちが理解できないから聞かないようにしてくれたのか、
それはわからないんだけど、デリケートなことには触れない人たちなの。
子供に対して過剰に関わる今の親に比べたら、真っ当な感覚だと思う。
ただ、老夫婦二人が身の丈にあった生活をしようと引っ越しを決めたタイミングで、実家を出ていくように言われたわ。
両親も、このまま家に引き籠もっていたら本当にだめになると思ったんじゃないかな。
だから母親から「次の家にあんたの部屋はないんだから、出て行きなさい」と言われたの。
しかたなくボロアパートで一人暮らしを始め、

それから本格的にフリーのライターとして活動するようになった。
その後、ミッツ(・マングローブ)と知り合いになって、
彼のいとこの徳光正行さんが司会を務める『5時に夢中!』(東京MXテレビ)に、ひょんなことから出演することになった。
そこからね。いろんなことが開けていったのは。
もちろん両親も、今は私がゲイだって知っているに決まっているけど、
自分からカミングアウトしたことはないし、これからもするつもりはないわ。
両親が聞いてくれば正直に話すけどね。
実家には6年くらい帰ってない。
両親とどう向き合うか踏ん切りがついたら、帰ろうと思っていたら、
それから6年も経っちゃってたわ。
c0219232_21564641.jpg

〔1人でも寂しくない〕
テレビに出るようになってから、何度も自分を売らなければならない、
魂を売らなければならないと思う瞬間もあったけど、
それでも嫌なものは嫌と言うようにしてきた。
そこはゲイでよかったかなと思う。
家族もいないから女房、子供を食わせる必要もないし、
最後は自分だけがのたれ死ねばいいんだから。
私はゲイだけど、だからといって自分を理解しろというのは驕りだと思っているの。
所詮みんな他人なんだから、理解されないのは当たり前なんだよ。
だから私は理解してくれとも思わない。
好きに受け取ってくださいと言うほかないじゃない。
女装だってそうよ。
私がテレビで女装をすることになった理由もすごく単純で、
四六時中女装をしたいわけじゃない。
だけど私がフリーライターの時、大きな仕事をするチャンスがあったの。
その時に、マツコという名前で、ドラァグ・クイーン(女装)としてクラブイベントに出たりしているのを編集者が知っていて、
どうせだったらって、女装時の名前で書くことになったのよ。
それでマツコという人生を生きるようになったってこと。
今でも仕事の時以外は女装していないわよ。
もちろん女装はしたくてしてるんだけど、女になりたいわけでもないし、
常に女装していたいわけでもなくて、あくまであれは私の「一面」なのよ。
でも世の中、視聴者は私の女装している姿を受け入れてくれたんだから。
だからそれは精一杯やろうと思っている。

〔私の私生活なんて、あんなものよ〕
女性週刊誌に、私が男の姿でコンビニ袋をぶら下げたプライベートの写真を
撮られたことがあるけど、私の私生活なんてあんなものよ。
派手な遊びはしていないし、特に楽しみなんてない。
食事だって基本、テレビ局のお弁当よ。
c0219232_21581886.jpg


〔飽きられるのはわかっている〕
・だからテレビ局から仕事をもらったら、絶対に手を抜かずどんなことでも粛々と淡々とやってきたのよ。
プライベートを捨てたとか言われるけど、
まあ元々プライベートを謳歌してきた人生じゃないからね。
私は、人間は仕事をする生き物だと思っているの。
それが動物とは違うところ。思慮して、計画を立てて、仕事をする。
それが人間。
私は自分が楽しく生きようなんて思っていないのよ。
だってこんな化け物が画面にさらされて、
不快な思いをしている人たちだっているんだから、
たまたまテレビを見た人がちょっと面白いとか、
得したと思ってもらわないと、申し訳ないなと思うの。
だからテレビ局から仕事をもらったら、
絶対に手を抜かずどんなことでも粛々と淡々とやってきたのよ。
それが今の結果。

だからといって、いま思い通りにいってない人に対して、
あきらめるな、絶対に成功が待っているなんてことは言えないよ。
そもそも、今の私を見てこれが成功だと言える?
完全無比の成功者なんて絶対にいない。
だから、自分語りをしたり、格好良い言葉を吐いたりはしたくないんだよ。
今、幸せかどうか問われれば、それは幸せですよ。
一緒に真剣勝負してくれるスタッフがいて、私を必要としてくれる人がいる。
これも引き籠もっていた時、自暴自棄にもなったけど、
そこで腐らずに、誰も見ていなくてもやり続けた結果だと思う。
私を見つけてくれて、新しいステージを用意してくれた人や、
それを見た人たちが、また新たな活躍の場を提供してくれた。
その繰り返し。
見つけてくれたという意味では、
私の拙い文章をおもしろいと思ってくれた読者のみなさんや、
こんな化け物を見続けてくれている視聴者のみなさんも一緒。
だから、見つけてもらった以上は、その人たちの為にも、
必死に頑張らなくちゃいけない。そうでしょ。

私だっていずれ飽きられる日が来ることはわかっている。
だけど、だからといって、そのために保険かけて、
予防線を張って生きていくつもりはないの。
前に向かって突っ走っていくしかないのよ。
今、私を見つけてくれている人たちのために、感謝しながらね。
だから過去を振り返ったってしょうがない。

どんな人間でも、生まれた時の「宿命」なんてないよ。
今自分がやっている人にだけ、自分の道が見えてくるんじゃない。
仕事も人生も、今与えられていることを精一杯やる。
その繰り返しでしかないと私は思っているから。

週刊現代2015/4/18号 初めて明かされる(マツコ・デラックス)の素性〔彼女はいったい何者なのか〕
c0219232_21592645.jpg

【平蔵の独り言】
私は決して、皆さんに偉そうに話せるような人間ではないの。
サラリーマンや農家や漁師さん、そういう人たちが1番偉いの。
これほど役に立たない人間がどうにかおまんまを食えているのは、そういう人たちが世の中を支えてくれているからなのよ。
【独り言】
サラリーマンや農家や漁師さん、そういう人たちが1番偉いの。

そうですよね!普通に生きて、普通に生活している人(市井の人がですよね)
〔市井の人が1番偉いんだ…〕普通に生きて、生活している。2013/10/10

【平蔵の独り言】
人生のターニングポイントなんて言葉にできない。
『あれがあったから、今の自分があります』なんて言うけれど、
そんなの全部後付けでしょ。
【独り言】
『分岐点』あのときの私の選択は、正しかったのか?誰もが持つ人生の〔分岐点〕 【選ばれざる道】2014/07/13
人生の岐路(ターニング・ポイント)は、
今になって人生という時間を経て
「あの出来事が、人生の岐路だったんだ」
と、思う。

振り返る機会があった時に気付くのですよね。

【平蔵の独り言】
どんな人間でも、生まれた時の「宿命」なんてないよ。
今自分がやっている人にだけ、自分の道が見えてくるんじゃない。
仕事も人生も、今与えられていることを精一杯やる。
その繰り返しでしかないと私は思っているから。

【独り言】

マツコ・デラックス は“市井の人”を忘れていない!
[PR]

by asanogawa-garou | 2015-05-07 15:19 | 人間模様 | Comments(0)