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【クラブW杯】「むしろ大変なのはこれから」――マドリーを追い詰めた柴崎の責任感と覚悟   

2016年 12月 23日
【クラブW杯】「むしろ大変なのはこれから」――マドリーを追い詰めた柴崎の責任感と覚悟
2016年12月19日広島由寛(サッカーダイジェスト)
「試合に勝っていれば、もっともっと喜べたと思います。ほとんど嬉しさはありません」
「2位も最下位も一緒。歴史的には優勝したレアル・マドリーの名前が残っていくだけ。そこに自分たちの名を刻みたかった」


【クラブワールドカップ2016の決勝で、レアル・マドリーを苦しめた鹿島アントラーズ。】
鹿島アントラーズ、この1ヶ月で手にした「賞金」がスゴいことに!

【クラブW杯】「むしろ大変なのはこれから」――マドリーを追い詰めた柴崎の責任感と覚悟
欧州王者を“本気”にさせたふたつのファインゴール。

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①「自信がないわけではない」という左足で2ゴールを挙げた柴崎。
2点目を目の前で見ていたL・バスケス(右)は「非常に良い形で2ゴールを決めたね」と称賛した。
写真:佐藤明(サッカーダイジェスト写真部)
[クラブW杯決勝]レアル・マドリー 4−2 鹿島アントラーズ/2016年12月18日/横浜国際総合競技場

 右足の負傷により今大会を欠場したガレス・ベイルの代役として、レアル・マドリーの優勝に小さくない貢献を見せたルーカス・バスケスが、鹿島の背番号10について次のように印象を語る。

「非常に良い形で2ゴールを決めたね。そのおかげで、こちらもやり辛くなった部分はあった」

 結果的には、その“2ゴール”が引き金となり、
先制しながらも逆転されたマドリーは「明らかにプレースピードが変わった」(土居聖真)。
すぐさまクリスチアーノ・ロナウドのPKで追いついてスコアを2-2とすると、
延長戦に入ってからさらにC・ロナウドが2点を追加し、激闘に決着をつけた。

 欧州王者を“本気”にさせたのが、柴崎岳だった。
0-1で迎えた前半終了間際、土居のクロスを起点に、
相手のクリアミスを見逃さず、鮮やかに左足ボレーを突き刺す。

 さらに52分には、軽やかなステップで目の前のDFをかわし、「自信がないわけではない」という左足のシュートで再び、ネットを揺らしてみせた。

 クラブ世界一を決めるファイナルの舞台で、あのマドリー相手に2ゴールの活躍ぶり。
しかし、柴崎本人は「僕だけの力ではない。チームとしての流れだったり、プレーがあったなかでの得点。みんなに感謝したい」と謙虚に語る一方、笑顔は見せなかった。

「試合に勝っていれば、もっともっと喜べたと思います。ほとんど嬉しさはありません」

 自身はハイパフォーマンスを披露も、「2ゴールしたとはいえ、チームを勝利に導けなかったのは、非常に悔しいです」と無念の表情を浮かべる。

 下馬評では圧倒的にマドリー有利だった。
当然だ。歴史、クラブ規模、個々のタレント力など、マドリーと鹿島では、すべての面で歴然とした差があることに異を唱えるものは皆無だろう。

 そんな相手に対し、鹿島こそ“本気”だった。真剣に優勝を狙っていた。

「2位も最下位も一緒。歴史的には優勝したレアル・マドリーの名前が残っていくだけ。そこに自分たちの名を刻みたかった」

きのう行なわれたクラブワールドカップ決勝は、欧州王者のレアル・マドリーがJリーグ王者の鹿島アントラーズを下し、2年ぶりのクラブ世界一に輝きました。
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【クラブワールドカップ2016の決勝で、レアル・マドリーを苦しめた鹿島アントラーズ。】
鹿島アントラーズ、この1ヶ月で手にした「賞金」がスゴいことに!
2016年12月19日 11時45分
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③クラブワールドカップ2016の決勝で、レアル・マドリーを苦しめた鹿島アントラーズ。
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④結局2-4で敗れ“クラブ世界一”の称号には及ばなかったものの、あのマドリーを本気にさせたという衝撃は大きい。
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⑤日本のみならず、世界中のサッカーファンが鹿島の奮闘に心を打たれたはずだ。
そんな鹿島といえば、Jリーグチャンピオンシップで準決勝からの出場となり、ここ1ヶ月はタイトなスケジュールが続いていた。
11月23日に行われた川崎フロンターレとの試合から数えて、この日のマドリー戦は7試合目。
今週末には天皇杯の準々決勝も予定されており、1ヶ月間で8試合を行う見込みだ。

それでも、タイトルのかかった一戦を数多くこなしてきたことから、
この1ヶ月間でしっかりとした賞金を手に入れた。
その内訳は以下の通り。
【J1 年間優勝】
・賞金1億円
【J1 年間勝点3位】
・賞金2000万円
【Jリーグチャンピオンシップ 準決勝勝利】
・賞金1500万円
【クラブワールドカップ 準優勝】
・賞金400万ドル(およそ4億7000万円)
【合計】
・賞金およそ6億500万円

クラブワールドカップの賞金は発表されていないため、英国『Mail Online』が伝えたものを参考としているが、その額なんと6億5000万円!
Jリーグが発表している「クラブ経営情報開示資料」によると、鹿島の2015年度の人件費は20億2300万円。
つまり、その1/3ほどの額を鹿島はこの1ヶ月で獲得したことになる。
また、6億5000万円というのは入場料収入(7億8000万円)にも近い額である。

なお、鹿島はJ1のファーストステージでも優勝しているため、
これとは別に「ステージ優勝ボーナス」として賞金5000万円を獲得。
また、クラブワールドカップではフェアプレー賞に輝いており、
2万5000ドル(およそ294万円)相当の小切手を手にしている。
この賞金は、ユース育成を目的とした備品購入に使用できるという。

【平蔵の独り言】
FIFAクラブワールドカップ(2016)にJリーグのクラブが決勝に
凄いことが起こった。
サッカーの二大勢力であった欧州と南米のサッカークラブ世界一決定戦が
トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップとして日本で開催されるようになって
12月はトヨタカップ、毎年楽しみにしていた。

ヨーロッパでは、ワールドカップよりチャンピオンズリーグの方が人気がある。
と聞いたことがあるが、
“ワールドカップ”は4年に一度、国を代表して選手を集めての大会
“チャンピオンズリーグ”はヨーロッパのクラブの毎年の大会
スペイン・リーガ
イングランド・プレミアリーグ
ドイツ・ブンデスリーガ
イタリア・セリエA

ヨーロッパ各国のリーグのクラブ優勝
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⑥UEFAチャンピオンズリーグ 2015-16 (UEFA Champions League 2015-16) は、61回目のヨーロッパクラブ王者を決める大会である。
UEFAチャンピオンズリーグとしては24回目であり、新しい大会方式では第7回目。
決勝戦はイタリア・ミラノのスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァで開催された[1]。
決勝戦ではレアル・マドリードがアトレティコ・マドリードを破り2大会ぶり11回目の優勝を果たし、2016 UEFAスーパーカップ及び、FIFAクラブワールドカップ2016の出場権を獲得した。

鹿島は開催国枠で出場したが、
来年はUAEで開催だから、アジアチャンピオンになる事が条件になる・・・・・
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by asanogawa-garou | 2016-12-23 16:45 | サッカー | Comments(0)

【ちょっと一息・一休み】たわいもない話〔『へ』は『おなら』を連想させるため〕   

2016年 12月 19日
【ちょっと一息・一休み】たわいもない話
〔『へ』は『おなら』を連想させるため、〕
〔アンデスメロン〕アンデス山脈とはいっさい関係ない
〔バツイチ〕さんまの額に(×印)を書いて臨み
〔男は狩人〕実は女の方こそ狩人なのかもしれない

〔『へ』は『おなら』を連想させるため、〕
ナンバープレートのひらがなに使われていない文字とは?

特別な理由から使われていないひらがなもある。

『お』・『し』・『へ』・『ん』

「『お』は『あ』と誤認される恐れがあるため、
『し』は『死』を連想させるため、
『へ』は『おなら』を連想させるため、
『ん』は発音しづらいため、
『ゐ・ゑ』は旧仮名遣いで、ほかに同じ発音の文字があるため――といった理由から使用されておりません」(国土交通省自動車情報課)
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【平蔵の独り言】
『お』・『し』・『ん』は“ふむふむ”と納得するけれど、
『へ』で『おなら』は如何にもその時の官僚(担当者)の
趣味の問題・・・・・・・


〔アンデスメロン〕
〔アンデスメロン〕アンデス山脈とはいっさい関係ない
元々、網目のあるメロンは一本にたった1個しか実らない栽培の難しい果物。
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これを一本のつるに複数実がなるように長年のかかって実現した。
このマスクメロンを作る人、売る人、買う人、3つに「安心です」
(メロンは“しん”を取って食べるから「安です」)を略す形で命名された冗談のようなネーミングから

【平蔵の独り言】
年少の頃はマクワ瓜(黄色い、種がたくさん詰まった)が病人のお見舞い果物に、
めったに口に入らないものだったが、
〔アンデスメロン〕安心です。の“しん”を取って食べるから「安です」
ネーミングした人の発想が楽しい。


〔バツイチ〕さんまの額に(×印)を書いて臨み
さんまが大竹しのぶと離婚の会見でさんまの額に(×印)を書いて臨み「バツイチですね」
あれから“バツイチ”という言葉が流行った。
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【平蔵の独り言】
さんまが何気なく書いた“×”がこんなに日常会話に受入られるとは
離婚が軽くなって“バツ!”“バツイチ”・・・・・


〔男は狩人〕実は女の方こそ狩人なのかもしれない
「男は狩人」恋の駆け引きにおいて、男は自分から動いて意中の女性にアプローチするものだと考えられてきた。
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しかし女だって恋はしたい。
意中の「狼」をパートナーにしたければ、
狼の前に弱そうな姿をさらすことで、
獲物にされるチャンスを作る。

意中の「狩人」をパートナーにしたければ、
相手の作戦にうまく乗り、
どこを撃てばハートに当たるのかそれとなく的を示し、
時に予想を裏切る行動をすることで相手をより近くへ引きつけ、
今こそ矢を射るときだと思わせる瞬間をそれとなく知らせる。

ううむ。
実は女の方こそ狩人なのかもしれない。

【平蔵の独り言】
草食系、絶食系、などと女から逃げる口実にしているが
元々“女” という動物は面倒くさい動物なのだから
男が狩人にならない限り、日本の発展は期待できないではないか?
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by asanogawa-garou | 2016-12-19 17:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

「大リーグの歴史変えた40人」に選ばれた野茂英雄、〔野茂37位に 米誌が特集〕   

2016年 12月 08日
「大リーグの歴史変えた40人」に選ばれた野茂英雄、〔野茂37位に 米誌が特集〕
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①米誌の「大リーグの歴史を変えた40人」に選ばれた野茂英雄氏=共同
日本経済新聞 夕刊2016/11/29付

 米スポーティング・ニューズ誌がこのほど「大リーグの歴史を変えた40人」を特集し、ドジャースなどで通算123勝を挙げた野茂英雄が37位に選ばれた。
選手だけでなく、大リーグの発展に寄与した人物を選定する企画で、日本選手でただ一人のランク入りだった。
 野茂は1995年にメジャーに挑戦し、ストライキの影響で短かった同年に13勝を挙げて新人王に輝いた。「イチローや松井秀喜ら新世代の日本人の先導役となった」とたたえられた。

 1位に選ばれたのはベーブ・ルースだ。
草創期に通算714本塁打を放って人気を広め「野球にとって初めての象徴的存在で、今日でも最高の選手であり続けている」としている。
 2位は黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソン。
有色人種にメジャーへの扉を開いた功績が認められた。
(共同)

【野茂英雄のトルネードに球場が沸く「今でも応援してくれるファンがいる」】
野茂英雄のトルネードに球場が沸く「今でも応援してくれるファンがいる」
名球会ベースボールフェスティバル2016が1月11日
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②名球会ベースボールフェスティバル2016が1月11日、ヤフオクドームで行われ、往年の名選手達が躍動した。

一際注目を集めたのが、日米両球界で活躍し、通算201勝を挙げた野茂英雄氏。
往年のトルネード投法を見せると、球場全体が沸いた。
「今でも応援してくれるファンがいる」と語っていた野茂氏はファンの前で全力投球。
伝家の宝刀フォークも投げるなど、以前と変わらないピッチングに大観衆が酔いしれた。

また、自身も所属していたロサンゼルス・ドジャースへの入団が決まった元広島の前田健太投手に対しては、「チャンピオンリングを獲ってくれれば自分もうれしい」とエールを送った。

これに対して、「野茂はやっぱり野茂だった。ブランクがあるのに、あまりそれを感じさせないよな。トレーニングしてるのかな」「清原とか楽しそうだったね。それにしてもスゴいメンバーだった」「清原と佐々木の対決とか興奮した。野茂のトルネードが見れてうれしかった」など、ファンからはさまざまな声が寄せられていた。
《浜田哲男》
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③野茂英雄(2003年3月31日)

【「最高の輸出品」クリントン大統領も讃えた! 野茂英雄の偉大なる功績】
Excite Bit コネタ 2015年5月19日 12時01分
ライター情報:さのゆう
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④「野茂英雄―日米の野球をどう変えたか」
近年、多くの日本人野球選手が海を渡ってメジャーリーガーとなっている。
もはや日本のスター選手、例えば最近でいうとマー君やダルビッシュがメジャー移籍を表明した際も「ついにこの日が来たか」とそこまでファンも驚かなかったのではないだろうか。
しかし、つい20年ほど前までは日本のスター選手がメジャーに行くことなど、誰もが夢物語のように思い、非現実的なことだった。
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⑤「野茂は日本からの最高の輸出品」
【当時のクリントン大統領は「野茂は日本からの最高の輸出品」と讃えた】
では、誰がメジャーへの扉をこじ開けたのだろう。
それは「野茂英雄」である。
野茂の名は知っている人も多いのではないだろうか。
1989年、史上最多となる8球団からドラフト1位指名を受けた野茂は競合の末、近鉄に入団。
その後、ルーキーイヤーから4年連続で最多奪三振と最多勝を獲得し、名実ともに日本最強投手だった。
しかし、まだまだ選手としてはこれからという6年目のシーズンに日本を離れメジャーリーグのドジャースへと移籍したのだ。
今回は「野茂英雄―日米の野球をどう変えたか」(著:ロバート・ホワイティング/PHP研究所)を参考に、どのようにアメリカに渡った野茂は野球界を変えてパイオニアと呼ばれるようになったのか探っていこう。

【パイオニア】
野茂はなんと言っても日本人がメジャーに行く道をつくった人物だ。
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⑥「自分の夢を叶えたかった」などではなく意外なものだ。
そもそも野茂がアメリカに渡った最大の理由は「自分の夢を叶えたかった」などではなく意外なものだ。

それは当時在籍していた近鉄バファローズと揉めたから。
監督だった鈴木啓示の「とにかく走れ」という根性論の練習、複数年契約などを認めない球団フロントに愛想をつかせた。
その後、野茂は団野村(スポーツ代理人。サッチーの連れ子でもある)とともに、なんとかアメリカへ行く道はないかと模索した結果、「任意引退」という野球協約の抜け穴を発見する。
しかし、かつて同じように野球協約の抜け穴で巨人入りを目指した「江川事件」がバッシングを受けたように野茂も多くのバッシングを受けることになる。…

マスコミ・プロ野球オーナー・王や長嶋なども含めたプロ野球OB・近鉄の球団社長、挙句の果てには実の父親からも非難された。
しかし、図太い性格の野茂は「売国奴」、「どうせしっぽを巻いて逃げる」などと周囲に言われてもなんとも思わなかった。
「正しいことをしているから」と信じて最終的にはロサンゼルス・ドジャースと契約を結んだ。
後で詳しく説明するが、野茂は1年目から大方の予想を裏切り大活躍。
それまで野茂に罵声を浴びせていた日本人はとたんに「日本の誇りだ」と手のひら返しを見せたのである。

この野茂の活躍により、日本人でもメジャーで活躍できるのだと証明され、MLBの球団は日本人の有力選手を物色するようになる。
また、野茂の活躍を契機に日本でも海を渡るための制度化が進み、イチローなども利用したポスティングシステム導入へとつながった。
最近の日本選手が障害なくメジャーへ行けるのは、「任意引退」という手段を使ってでもアメリカへ渡った野茂の壮絶な覚悟のおかげなのだ。
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⑦野茂の活躍により
【成績も凄かった】
ドジャースで1995年シーズンを迎えた野茂は初登板から好投する。
その後の登板でも好投が続き、最終的には1年目のシーズンは13勝をマークすると同時に、最多奪三振・新人王のタイトルを獲得する。
また、日本人初となる(そして現在でも野茂ただ一人)オールスターでの先発投手を務めたり、リーグ最終登板でチームをPO進出に導くピッチングをしたりと記憶の面でもかなり大きな印象を与えた。
このように野茂が初年度から活躍できたのは「トルネード投法」と呼ばれる独特のフォーム、そして150km/hを超えるストレートと信じられないほどの落差のフォークボールがあったからだ。

当時、野茂と対戦した大打者たちはみな絶賛のコメントを残している。
例えばバリー・ボンズは「あんな投手見たことない」と話し、
サミー・ソーサは「あんな打ちにくいフォークは初めてだ」と話した。

【ノーヒッターに】
そしてメジャーでの2年目のシーズン、野茂はより大きなインパクトを日米のファンに残した。…

"常識外"とも言えるノーヒットノーランをロッキーズ戦で達成したのだ。
というもの、野茂が記録達成した球場「クアーズ・フィールド」はかなり標高が高く打球が飛びやすい。
そのため投手にとってはかなり不利な球場だ。
事実、「クアーズ・フィールド」を本拠地とするロッキーズはそれまで直近7試合の平均得点は10点を超える(そのすべての試合で2ケタ安打を記録する)ほどだった。
野茂はそんな球場、しかも試合当日は気温が低く雨も降るという投手にとって最悪の環境の中で達成。
ドジャース監督は「史上最高のピッチングとして歴史に残すべき」と話し、
「完全試合より価値があるノーヒットノーランだ」とも言われた。
また、野茂はその後、ア・リーグでもノーヒットノーランを記録し、メジャー史上5人目となる両リーグでのノーヒッターとなった。

【ファン人気が凄かった】
それまで見たことのないフォームで快投を続ける野茂に日本のファンのみならず、アメリカファンも熱狂。
そんな彼らは「NOMO マニア」と呼ばれ、「野茂が投げれば大丈夫」と歌われたテーマ曲まで登場した。
人気は数字にも表れ、スタジアムの 観客動員数が野茂登板の時には4%アップすると言われたほど。
また、ジム・キャリー主演の「ライアーライアー」の中では、ジム・キャリー演じる主人公の息子が「僕はノモになる!」と叫ぶシーンまで登場する。
ハリウッド映画に登場するほど当時の野茂は人気があった。

このようなフィーバーを通して野茂は「メジャーリーグの救世主」と呼ばれるようになった。
なぜそこまで称賛されたかというと、野茂が渡米する前年、メジャーは大規模なストライキが起きてファン離れが深刻だった。
そんな中、野茂が彗星のごとく登場してスタジアムへとファンを呼び戻したからだ。ラソーダ(当時のドジャース監督)も「彼がMLBを救った」と語っている。
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⑧野茂は「メジャーリーグの救世主」
【日米関係も改善】
野茂が救ったのはメジャーリーグだけではない。…

日米関係をも救ったのだ。
1995年当時は貿易摩擦などの影響で日米関係は冷え込んでいた。
そんな中、野茂が好投したことで関係に好ましい影響を与えたのだ。
米大手メディアのNY times紙は「野茂のおかげで日本の鎖国癖は消えつつある」で語り、
当時のクリントン大統領は「野茂は日本からの最高の輸出品」と讃えた。

このように野茂はただ「アメリカで活躍した」という事実以上に多くのものを残していったことが分かる。
日本人選手にメジャーリーグという選択肢を与えてくれたのは間違いなく野茂英雄だ。
あの黒田博樹もドジャースでメジャー生活のスタートを切ったときに
「野茂さんがいなければ我々は誰もアメリカに来られなかった」と語っている。

日本とアメリカの野球に橋を掛けて、日米球界に大きすぎる貢献をした彼はまさしく"英雄"ではないだろうか。
(さのゆう)

【平蔵の独り言】
小学生の時、巨人ファンであったが、
千葉茂が移籍して監督をしたパリーグは近鉄ファンになっていた。

近鉄は巨人の水原、三原・川上、千葉のライバル関係で出された
三原監督、千葉茂監督で在籍し、
仰木彬さんで野球人生を開花した、野茂英雄・・・・・
思い返せば、愉しい球団だった。
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by asanogawa-garou | 2016-12-08 15:50 | 人間模様 | Comments(0)