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なでしこ鮫島、鮫島が明かした「ロッカーに帰ってからみんなで泣きました」   

2012年 08月 15日

なでしこ鮫島、鮫島が明かした「ロッカーに帰ってからみんなで泣きました」

ロンドン五輪サッカー女子決勝 日本1―2米国 (8月9日 ロンドン)
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「なでしこジャパン」銀メダル

 米国に1―2で敗れ、頂点へあと一歩届かなかったなでしこジャパン。
最大のライバルとの激闘を終えた主将の宮間、大黒柱の沢らは、表彰式では晴れやかな笑顔で銀メダルを受けた。

 試合後のインタビューで「悔しい気持ちはあるけれど、精いっぱい戦った。
すごく幸せな時間を過ごせた」と振り返ったDF鮫島。
「銀メダルもなかなか取れるものじゃない。
ここまで戦えたことに胸を張りたい」と話したが、
表彰式前のロッカールームでは「みんなで泣きました」と明かした。

 昨季1年間、フランス1部のモンペリエに所属した鮫島は、
今季からなでしこリーグ2部の仙台でプレーする。
「福島の方や仙台の方が応援してくれた」と東北の人々の声援に感謝していた。

[ 2012年8月10日 08:29 ]

なでしこ、猛攻のブラジル零封 2点目は鮫島が起点(2012/08/05)
なでしこ鮫島、「鮫島選手はオーバーラップが得意なのに結果としてのアシスト数が少ない。彼女のアシストで点が取れたのがうれしい」
ブラジル破ったなでしこジャパンが準決勝進出 2012/8/3
なでしこ鮫島、鮫島が明かした「ロッカーに帰ってからみんなで泣きました」


【なでしこ、猛攻のブラジル零封 2点目は鮫島が起点】

【日本―ブラジル】2点目の起点となるなど攻守に活躍した鮫島=ミレニアムスタジアム
 ロンドン五輪第8日の3日、「なでしこジャパン」が準々決勝でブラジルに2-0で勝利した。
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 空いたスペースを見つけ、FWの仲間を信じて蹴ったパスが2点目に結び付いた。
元東京電力女子サッカー部マリーゼのDF鮫島彩(仙台)は2点目の起点となるパスを出すなど攻守に活躍。

「相手が前掛かりだったので、あそこが空いていた。
 ゴールまでつながって良かった」と笑顔を浮かべた。
 メダルを獲得するには負けられない試合。
 個人技で勝るブラジルに対し、鮫島は守備に重点を置いた。

 ブラジルが左サイドを突破して攻撃する場面は少なかったが、
 鮫島は逆サイドから上がるクロスに対し体を張り、ピンチの芽を摘んだ。

「どこにボールが出てくるか読みやすいよう、前線からプレスをかけてくれた」。
その流れはカウンターにつながり、鮫島が起点の2点目になった。

 次の準決勝は初のメダルを懸けた試合となる。
「気持ちの勝負。気持ちが前面に出た自分らしいサッカーをしたい」。鮫島は闘志をみなぎらせていた。
(2012年8月5日 福島民友ニュース)


【なでしこ鮫島、「鮫島選手はオーバーラップが得意なのに結果としてのアシスト数が少ない。彼女のアシストで点が取れたのがうれしい」】
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前半44分にはDF鮫島彩の左クロス
 前半44分にはDF鮫島彩の左クロスにファーサイドに飛び込むと、
前に飛び出したGKが触れず、流れて来たボールを宮間がヘディングで無人のゴールへ押し込んだ。

「鮫島選手はオーバーラップが得意なのに結果としてのアシスト数が少ない。彼女のアシストで点が取れたのがうれしい」。

ヘディングでのゴールについては「自分でもビックリ」と笑うが、
「時間帯もそうだし、あそこまで入っていけたことはよかった。GKが来るのは分かったけど、届かないだろうと思っていた」と胸を張った。

ブラジル破ったなでしこジャパンが準決勝進出 2012/8/3
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一方的に攻められていた日本だったが73分、ワンチャンスを生かして追加点を挙げる。
GK福元から左サイドバック鮫島につなぎ、そこからのフィードを相手と競り合いながら大儀見がマイボールにすると、ゴール前に送ったパスを送る。
これを受けた大野が相手をかわし、左足を振リ抜いたシュートはバーに当たり、ゴールに吸い込まれた。

後半28分には、自陣の鮫島から一気に放たれた縦パスが大儀見に渡った。
大儀見はボールにタッチすると同時に相手の背後に回り込み(奇しくも、全盛期のマルタが得意としていたプレーだ)、大野の追加点をアシストした。

【平蔵の独り言】
左サイドバック、DFだから見えないプレィ(守備)

宮間のコメント
「鮫島選手はオーバーラップが得意なのに結果としてのアシスト数が少ない。
彼女のアシストで点が取れたのがうれしい」

が全てを語っている。
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by asanogawa-garou | 2012-08-15 14:15 | なでしこジャパン | Comments(0)

川澄奈穂美を育てた、“世界一のオヤジ”の教育法とは?   

2012年 07月 20日

川澄奈穂美を育てた、“世界一のオヤジ”の教育法とは?
Sportsnavi

■なでしこジャパン、窮地で監督に進言

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女子W杯、川澄(中央#9)らの活躍で優勝。【写真:アフロ】
その窮地を救った川澄の進言とは

 2011年7月17日。
サッカーの日本女子代表“なでしこジャパン”は、ワールドカップ(W杯)決勝の舞台に立っていた。
1ー1で迎えた延長前半14分、対戦相手である米国のエース、
ワンバックに勝ち越しゴールを許すと、なでしこジャパンは窮地に追い込まれた。

[その直後だった。1人の選手がベンチに駆け寄り、佐々木則夫監督に次のように進言した。]

「わたしがサイドハーフ、(丸山)桂里奈さんがFW。ポジションを元に戻していいですか?」

 この直前にポジション変更を指示していた佐々木監督は、
いわば自分の采配に対する反対意見を選手から聞かされたわけだが、それでも静かにうなずいた。
「わかった。そうしよう」。
そう短く伝えた佐々木監督も、実は同じことを考えていた。

「同点の場面と、1点追いかける場面では、選手に求める役割も変わる。ポジションの入れ替えを指示しようと思った矢先に、選手のほうから提案されたわけです」
 佐々木監督は、遠慮なく自分の意見を伝えてきた背番号9、川澄奈穂美の姿を見送りながら、彼女と最初に出会った時のことを思い出していた。
「やはり頼もしい選手だ」と。

 佐々木監督が初めて川澄のプレーを間近で見たのは、06年のことだ。
なでしこジャパンと、将来のなでしこジャパン候補生を集めた「なでしこチャレンジプロジェクト」との合同合宿が行われ、
川澄はチャレンジプロジェクトの選手として、
佐々木はなでしこジャパンのコーチとして参加していた。

「チャレンジ組」の大半は、代表レベルの高度なプレーを「教えてもらおう」とし、
コーチの指示通りにプレーしようと必死だった。

ただ、川澄だけは、プレーを諭され「わたしは今、こういう意図でプレーしたんです」と食い下がった。
「女子選手でこれだけはっきりと、理路整然と、意見を伝えられる選手は珍しい」。
佐々木は後に監督に就任すると、迷わず川澄をなでしこジャパンに引き上げた。


 W杯決勝は、延長後半に澤穂希のゴールで追いついたなでしこジャパンが、その後のPK戦も制した。
初の世界一に輝いたその瞬間を、神奈川県大和市内のパブリックビューイング会場で見届けた1人の男性は、興奮を隠さず絶叫した。

「世界一のオヤジになったぞ!!!」

 テレビでも新聞でも繰り返し紹介された、この雄たけびの主は川澄奈穂美の父、守弘さんだ。

■「教えない指導法」で開花した才能
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W杯優勝を見届け、喜びを爆発させる父・守弘さん(中央)と母・千奈美さん(右)【写真は共同】

 世界一のオヤジは、いかにして世界一の娘を育てたか――。

 体育教師の資格を持ちながら、
あえて教員にならなかったという守弘さんは、
本人の言葉を借りれば「教えない指導法」で娘の才能を育んだという。

「キックの蹴り方などの“型”を、大人が教える必要はないんです。大きなけがや事故につながりそうな危険な行為にだけ注意を与えれば、そのほかは子どもの自由にやらせればいい」

 守弘さんは、奈穂美が幼稚園児だったころにサッカーボールを与えただけで、好きなように遊ばせていたという。
それでも奈穂美は、小学校2年生で地元の少女チーム「林間SCレモンズ」に入団したころには、ボールの止め方、蹴り方をある程度身につけていた。
誰かに矯正されることなく、自分の感覚で身に付けた技術は、現在のプレーにもつながる彼女の財産になった。

 また、川澄家は毎年、家族でスキーに出掛けていた。
奈穂美を初めてゲレンデに連れて行った時、守弘さんはやはり大けがをしないためのポイントだけを注意すると、目の前で一度滑ってみせた。
あとは「さあ、やってごらん」の一言だけ。
奈穂美が転倒しようと、とんでもない方向に行ってしまおうと、見守るのみだ。


「教えない指導法」でスキーを習得した川澄は、後にスキー検定1級を取得している。
なお、「体幹の強さ、バランスの良さは、スキーのおかげでもあるかな」とは、守弘さんの分析だ。


■スタミナ、自主性も自然と身につける

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父の教育法で、自主性、スタミナなどを身に付けた川澄【Getty Images】
 さらに、川澄の長所として頻繁に挙げられるのは、無尽蔵のスタミナだ。なでしこジャパンが時折実施する持久力テストでは、毎回ぶっちぎりでトップの成績をたたき出す。
チームメートが顔をゆがめて続々と脱落してもなお、川澄だけはニコニコしながら走り続けている。
「どうやってスタミナをつけたのか?」と本人に問うと、
「思い当たるとすれば、母と走ったことぐらいかな」との答えが返ってきた。

 川澄の母、千奈美さんも、守弘さん同様スポーツ愛好家で、ホノルルマラソンの完走経験もあるという。
ひと月に200キロを走り込んだこともあるといい、その当時10歳前後だった奈穂美も一緒に走っていたそうだ。
「家の近くに約5キロのジョギングコースがあったんです。なーちゃん(奈穂美)は毎日、夕食前に私と一緒に走ったんです。スピードは大人の私と同じでしたよ」

 川澄家の「教えない指導法」は、娘の自主性を育むのにも大いに役立った。
冒頭に引用したW杯決勝での「進言」シーンが示す通り、川澄には、指示されるのを待つのではなく、「自分で考える」「考えを行動に移す」という習慣が子どものころから自然に培われていたのだ。

「たとえばスキーに行く前の晩、親から言われる前に、用具も着替えも全部自分で用意していました」と守弘さんが言えば、林間SCレモンズの加藤貞行代表も、小学6年生当時の川澄を、懐かしそうに振り返る。

「小学生のサッカー大会では、保護者や指導者たちは大会運営に追われて忙しいんです。
そんな時、うちのチームは『ナホ、頼んだぞ』と彼女に伝えるだけで、試合の準備はできました。
ナホは対戦相手を観察して、先発メンバーやフォーメーション、戦術までを決めてくれました。
試合中に監督に向かって選手交代の指示を出したこともあったぐらいで(笑)。
そうやって、子どもたちだけで勝っちゃった試合もあるんです」



■すべて「自分」で生きてきた川澄

 先述したとおり、川澄の父・守弘さんは、教員免許を持ちながら教員の道に進まなかった。
こうして娘とのエピソードをつむいでいくと、彼の教育方針の根底には、学校体育(および日本の人材育成)が陥ってしまった「マニュアル主義」へのアンチテーゼ(正反対の命題)が浮かび上がってくる。
枠にはめて、詰め込んで、言うことを聞かせるのは、
スポーツの本来の在り方からも、
人が育つ過程からもかけ離れていると、守弘さんは考えているに違いない。
事実、彼は世の中に対し、こんな心配を口にする。

「サッカーだけじゃなく、すべての面で親や教師が口を出し過ぎているように思います。それで子どもたちが幸せになっていればいいのですが……」

 言うなれば、川澄奈穂美とは、大人が管理しやすいマニュアル教育の対極で、
自ら問題意識を持ち、自ら目標を掲げて努力してきた存在だ。
だからこそ、自分の長所に自信を持ち、自分の限界を自分で知り、
限界を超える解決法も自分で考えることができる。
 それは、ただ苦しみに耐えるのではなく、「わたしにはできる」と信じてピッチに立つ、なでしこジャパンのイメージそのものだ。

 そして最後に、娘に向けて父は短くエールを送った。

「五輪を楽しんでほしいです。どう準備するかは、昔から娘に任せていますから」

<了>
上野直彦
1965年生まれ。兵庫県出身。女子サッカーの取材を続けており、少年サンデーで好評連載、単行本化されている『なでしこのキセキ 川澄奈穂美物語』の原作者でもある。ロンドン五輪後になでしこ選手の書籍が発売予定。女子W杯日本招致運動は今年で8年目である。

江橋よしのり
1972年生まれ。茨城県出身。フリーライター。2003年以降、世界の女子サッカーを幅広く取材。近著に『世界一のあきらめない心』(小学館)など。なでしこジャパン佐々木則夫監督の著書『なでしこ力』『なでしこ力 次へ』(講談社)や、澤穂希選手の著書『夢をかなえる。』(徳間書店)の構成を担当
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【平蔵の独り言】
女子ワールドカップ(ドイツ大会)準決勝:スウェーデン戦
控えから先発メンバーに起用された川澄奈穂美
活躍の裏には“世界一のオヤジ”に育ぐくまれた
幼稚園児からの「教えない指導法」
子供には無限の可能性があるのだということを
改めて実感させられる。
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by asanogawa-garou | 2012-07-20 16:41 | なでしこジャパン | Comments(0)

世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。   

2012年 04月 26日
世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。

日本代表の川澄奈穂美選手が「ちゃん」づけを嫌い、
芸能事務所からのマネジメント契約の申し入れも断ったと聞いて、
心の中で拍手した。

彼女たちは日陰の時代にも競技をひたむきに追求してきた、なでしこの誇りを受け継いでいる。

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憂楽帳:なでしこ(毎日新聞 2012年04月20日 大阪夕刊)
 女子サッカーを初めて取材したのは今から8年前のことだ。
04年4月24日、東京・国立競技場で行われたアテネ五輪アジア予選。
日本は強豪の北朝鮮を破り、2大会ぶりの五輪出場権を獲得した。
 当時は不況でスポンサー企業の撤退が相次いでいた。
00年シドニー五輪出場を逃したことも響いていた。
それでも選手たちはスーパーのレジ打ちなどで生計を立て、
サッカーを続けてきた。

先制ゴールを決めた荒川恵理子選手は、五輪切符を手にして、
「夢みたい」と言った。

 その後、人気は持ち直したが、男子に比べ、収入も注目度も少ない。
それでもサッカーが好きということを何よりの原動力に努力を重ねてきた。
そんなハングリーでピュアな姿勢が結実したのが、
昨年のワールドカップ初制覇だった。

 世界一になっても、なでしこジャパンらしさは失っていない。
日本代表の川澄奈穂美選手が「ちゃん」づけを嫌い、
芸能事務所からのマネジメント契約の申し入れも断ったと聞いて、
心の中で拍手した。

彼女たちは日陰の時代にも競技をひたむきに追求してきた、
なでしこの誇りを受け継いでいる。
【高橋秀明】


強豪・なでしこJAPAN 昼は「農家」「仲居」「レジ打ち」
ドイツで開催されている女子サッカーW杯で、
その強さが世界で認められているなでしこJAPAN。

しかし、それだけの実力を持ちながら、国内での影は薄い。
しかも代表クラスの選手でさえ、普段は“赤貧生活”を強いられている。

 代表選手のほぼ全員が、日本の女子サッカーリーグ「なでしこリーグ」のチームに所属している。

その中で「最も待遇が良い」(サッカー協会関係者)といわれる「INAC神戸」でさえ、
「給料は月額で10万円前後。
当然、家賃や食費もそこから捻出しなければならないので、
練習に手製の弁当を持ってくる選手もいる」(球団関係者)という状況だ。

「そもそも給料が出ること自体が珍しいケース」と語るのは、
代表のキャプテンでW杯5大会連続出場となる澤穂希(32)だ。

「昼間に練習できるだけで恵まれている。
代表でも多くの選手が昼間はレジ打ちなどのバイトをして生計を立て、夜に練習しています。
私は神戸に所属しているのでサッカーに専念できていますが、昔のチームでは昼に練習なんてできませんでした」

 昼の顔が「温泉旅館の仲居」「農家」という選手もおり、
「就職先を斡旋してくれるチームに選手が集まりやすい」(サッカー協会関係者)傾向があるという。
※週刊ポスト2011年7月8日号
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【平蔵の独り言】
なでしこジャパン ありがとう!
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by asanogawa-garou | 2012-04-26 18:10 | なでしこジャパン | Comments(0)

なでしこジャパン:女子ワールドカップ(ドイツ大会)初優勝   

2011年 10月 11日
なでしこジャパン:女子ワールドカップ(ドイツ大会)初優勝
2011/7/17 女子ワールドカップ ドイツ大会 優勝
2011/9/11 なでしこジャパン、アジア最終予選一位通過


【女子ワールドカップ(ドイツ大会)】
女子ワールドカップが開かれているとは知らなかった
[1次リーグ、メキシコ戦で 澤 ハットトリック]
((釜本のゴール記録を抜く)昭和43年メキシコオリンピックでサッカー(銅メダル)獲得の立役者)
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・1次リーグを2勝して、ベスト8に進む最後のイングランド戦の完敗したころから、マスコミも注目し始め知った。
当然、試合も見ていなかった。

[ドイツ戦から気になる選手(左サイドから駆け上がってきて、ドリブルのボールさばき、スルーパス、クロス) 誰だろう?]
(長友を彷彿させるのような サイドバックは)

・手をペンギンのように振って、内股(女の子走り)の15番(鮫島彩)と知った。
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鮫島彩・Q&A でこのように語っている。
――鮫島選手といえばドリブルが持ち味のひとつですが、狙いは常に「ゴール」ですか?
「積極的にゴールを目指して得点が取れれば最高なんですが、仕掛けることで相手ディフェンスのバランスがくずれて、味方の選手がフリーになって、結果としてゴールにつながればいいと思っているんです」

【平蔵の独り言1】
プレミアもリーガ・エスパニョーラ、ブンデスリーガもサイドバックにいいプレイヤーのいるチームが実績を上げて、注目されている。
ロベカル(ロベルト・カルロス)、メッシ
FW、2列目のシュート、ゴールは華やかだが、サッカーの醍醐味はその過程にあると自負しているものとしては、15番(鮫島彩)のプレーは見ていて楽しい。
・DFラインから前線までをカバーしている攻撃的左SB、サイドをスピードに乗ってドリブルして切り込み、時にはシュートを打つ。

【なでしこ 左サイドバック(鮫島彩)】
(所属チーム:米国・ボストンブレーカーズ)は東日本大震災でサッカーを続けられない状態になり、米国に移籍するまで在籍したのは、なでしこリーグの東京電力。
社員として福島第1原発で勤務していた鮫島は、東日本大震災の影響によるチームの活動停止を受け、一時はサッカーをやめることも頭をよぎった。
 それでも競技を続けたのは「すぐにサッカーができる環境を周りの人が整えてくれた」ことへの感謝の気持ちから。
国内の他チームは「心情的に難しい」と、英語も話せないまま異国に新天地を求め、1試合の出場を果たしてから代表に合流。
W杯では「少しでも勇気づけたい」と、被災者のことを思って戦い続けた。

なでしこ鮫島、新天地モンペリエに出発(2011/9/18)
W杯ドイツ大会初戦からロンドン五輪アジア最終予選まで全11試合連続フル出場でアジア最終予選1位突破に貢献した。
不動の左サイドバック。
米国ボストンからフランスのモンペリエに移籍
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【女子ワールドカップ ドイツ大会】
準々決勝(ベスト8):ドイツ戦 1-0:延長後半3分、澤からのクロスを丸山が値千金のゴール
(後半頭から 永里に替えて丸山を投入、その丸山が延長後半にゴール!)
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準決勝(ベスト4):スウェーデン戦 3-1:川澄のループシュートを含む2点(ドイツへ入ってから好調だったがサブメンバーの川澄を大一番で先発)
「前線からの守備」戦術で先発起用した川澄が大仕事
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佐々木監督がスウェーデン戦で打った手は控えの川澄奈穂美を先発メンバーに起用したことだった。
「前線で守備、攻撃とも走り回れ」
これが川澄に与えられた役目だった。川澄はスタミナのあることではチームでも有数の選手だった。
「運動量を求められての起用でした。だから守備では相手にプレッシャーをかけ続けようと思っていました」と川澄は振り返った。
この川澄先発は日本の関係者、メディアも驚いた。
こういうところに佐々木監督の深みのある作戦といろいろなタイプの選手を作っていた巧みさがうかがえた。
永里優希を外し、安藤梢と2トップを組ませた戦法は、前半19分にその川澄の同点ゴールという結果をもたらした。
後半に入り、15分に澤のゴールで逆転すると、19分、飛び出した相手キーパーのクリアボールが川澄の足元に。
すかさず29mの位置から無人のゴールめがけて放ったループシュートが決まり、この試合2点目。このロングシュートはFIFAの「ゴール・オブ・ザ・デイ」に選ばれた。
準決勝という重要な試合で、始めて先発メンバー変更をやってのけた佐々木監督の勝負勘と選手使いの妙が光った。

決勝(ファイナル):アメリカ戦 2-2(延長・PK3-1)
後半アメリカ先制、81分同点
延長前半アメリカ先制、延長後半終了3分前に同点
PK GK海堀のセービング(PK3-1)
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PK戦までもつれたW杯決勝を制して優勝したなでしこジャパン。
世界ランク1位のアメリカを倒し世界の頂点に立った
「パワーとスピード」のアメリカに、「連動性と走力」で対抗する日本。
しかし、どうもしっくりこない。
パスミスからピンチを招くことも多く、アメリカがゲーム序盤を支配。
日本はハイプレッシャーにさらされながら耐え続け、前半が終わった。
 前半に勝負をかけていたアメリカに対して、日本はそれをしのいでチャンスを狙っていた。
後半、アメリカに先制を許しはしたが、徐々に日本のいい攻撃パターンが出るようになってきた。
 すると81分、永里優希のクロスを丸山桂里奈が中央で受け、こぼれたクリアボールを宮間あやが押し込んだ。同点。試合は延長に突入する。
 延長戦の直前、最初に引き上げてくる澤を、水を持って迎えたのはベテランGK36歳の山郷のぞみだった。山郷は澤にドリンクを差し出すと、澤の足をほぐしはじめた。
ベンチの選手たちが、ピッチで走り続けた選手全員に同じ行動を取った。
 延長前半、アメリカが再びリードを奪う。
104分、警戒し続けていたワンバックの一撃だった。これで終わりか――。
しかし、なでしこたちは誰ひとりとして、そんなことを思っていなかった。
「絶対に私たちの方が勝ちたい!って気持ちが強かった」と鮫島彩が言うように、彼女たちはあきらめていなかった。
そしてチャンスは訪れた。
117分、宮間のCK。ニアに走り込んだ澤が右アウトサイドで合わせる。ゴール。
日本が再び同点に追いついた。
 延長後半終了間際には、岩清水梓がモーガンの突破を退場覚悟のファウルで阻止。
佐々木監督はピッチから出る岩清水から視線を外さず、ベンチに戻ってくると声をかけた。
「それでいい」。
直後、延長後半終了のホイッスルが鳴り響いた。
 この時点で勝負は決していたのかもしれない。
たしかに日本はPKが決して得意ではない。
しかし、それ以上にアメリカには「なぜこんな展開になったのか」という焦りや混乱、
割り切れない思いが120分を通して蓄積していたはずだ。
失うものがない日本の方が精神的に有利だった。
 さらにGK海堀あゆみのセービングが冴えわたった。
1本目をストップして追い風を生みだすと、2本目にミスを誘い、3本目を再びセーブ。
日本4人目のキッカーである熊谷紗希のプレッシャーを取り除いた。
 ピッチでは澤が、近賀が、鮫島が、そしていつも動じる表情を見せない宮間までが、祈るように静かに目を閉じ、その瞬間を迎えようとしていた。
 熊谷の蹴ったボールがゴールネットに吸い込まれた瞬間、ピッチは歓喜に包まれた。
はかなくも強く、まっすぐで不器用な、けれど世界で一番美しい花がそこにはあった。
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澤穂希 PKの順番は10番だった? 2011.7.14 09:07
(PKの間、一番最後に澤・鮫島と並んでいた 10番目)
澤穂希がワールドカップ決勝のPK戦でける順番が10番だったそうです。
「PKは苦手でけりたくない」という澤穂希は、順番を決めようとする佐々木監督に
「最後にしてください」と頼んだという事です。
岩清水が退場して10人となっていた日本で、澤はGK海堀より後の「10番」に。
周囲からは「ええっ」「澤さん、ずるい」などと声が上がったが、佐々木監督は
「さっきお仕事をしてくれたから」と延長後半の澤の同点ゴールを理由に順番を確定。
笑いが起きたらしい。

そして、極めつけは澤がPKを大の苦手にしていることです。
5年前のドーハアジア大会の北朝鮮との決勝戦で、先攻の日本は澤が1番手で蹴りましたが相手GKに阻止されてしまい、日本は2-4で敗れて大会初優勝を逃した苦い経験があるからです。
澤はこれがトラウマになって、現在に至るまで公式戦では2度とPKは蹴ってないです。
最も大事な場面であんな難しいゴールを決める人でも自信が無いのだから、PK戦とは全く別物なのでしょう。
これだけ不利な材料が揃っていたにも関わらず、GK海堀あゆみの驚異的な大活躍もあって勝ったのだから、本当に恐れ入ります。
やはり、笑顔で円陣を組んでリラックスしていたのが良かったのかもしれませんね。

【平蔵の独り言2】
女子ワールドカップ(ドイツ大会)初優勝 :すべては澤のハットトリックから
始まった。
準々決勝・ドイツ戦:後半頭から斬った“丸山”が決勝のゴール
準決勝・スウェーデン戦:(ドイツへ入ってから好調だったがサブメンバーの川澄を大一番で先発)“川澄”のループシュートを含む2点
決勝(ファイナル)アメリカ戦:先制されては同点、延長前半ワンバックのゴール、延長後半117分、“宮間”のCK。ニアに走り込んだ“澤”が右アウトサイドで合わせる。ゴールで再び同点。
PK戦GK海堀あゆみのセービング。
主役:澤穂希、脇役:丸山、川澄、宮間、海堀 他  監督:佐々木則夫

東日本大震災の暗い思いを爽快になでしこジャパンW杯優勝を「サッカーの神様」がくれた。

[なでしこジャパン、アジア最終予選一位通過]2011/09/11
9月1日からロンドン五輪アジア最終予選が始まるなでしこジャパン。
・予選は6か国の総当たりで上位2か国が五輪出場権を獲得する。

わずか11日間で5試合を戦う超過密日程を通算4勝1分け、勝ち点13の1位で予選を終了、3大会連続4回目の五輪出場を決めた。
日本3―0タイ  ロンドン金へ号砲!川澄弾がなでしこ救った!!
日本2―1韓国 なでしこ2連勝 韓国に2―1で勝利
日本1―0オーストラリア 川澄、五輪王手弾!なでしこ、豪州も突破し3連勝
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日本1―1北朝鮮佐々木監督「冷や冷やドキドキ。まずは安心」
・北朝鮮に苦戦し、後半37分にオウンゴールで先制も、終了直前に失点して1―1で引き分けた
日本1─0中国中国下し無敗で1位


【平蔵の独り言3】
読売新聞が2011/7/19の[社説]・[編集手帳]・[よみうり寸評]
すべて「なでしこジャパン」であった。
ロンドン五輪アジア最終予選を1位通過
これからのロンドン五輪まで話題が豊富で目が離せない。
なでしこジャパン、フランスのモンペリエ鮫島彩

【編集手帳】◆サッカーの女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で日本代表「なでしこジャパン」が初優勝の快挙を成し遂げた。
準々決勝の直前には全員で被災地のビデオ映像を見たという。
被災者の懸命に生きる姿が選手たちに上を向かせ、選手の躍動が被災者に上を向かせる。
【よみうり寸評】◆今年一番の爽快な思いだった。
「なでしこジャパン」に心から、おめでとう、そして、ありがとう
【社説】なでしこ世界一 日本中を元気付けてくれた


◆今年一番の爽快な思いだった。「なでしこジャパン」に心から、おめでとう、そして、ありがとう
7月19日付 よみうり寸評  から
 今年一番の爽快な思いだった。「なでしこジャパン」に心から、おめでとう、そして、ありがとう
◆〈最後まであきらめない〉――その強い心と行動力でつかんだ夢の世界一。
  過去一度も勝てなかった米国相手のW杯決勝戦はそれを象徴するゲームだった
◆延長戦まで2度も先行されながら、その都度追いつき、2―2でもつれ込んだPK戦の末の快勝。
  延長戦でのキャプテン沢穂希の同点ゴール、PK戦でのGK海堀あゆみの2本のセーブはともに神業を思わせる高度のプレーだった
◆決勝までドイツ、スウェーデンの強豪を倒してきた歩みでも、
  途中出場や初先発だった丸山桂里奈、川澄奈穂美らの活躍を思う。
  強い結束の勝利だ
◆延長も時間切れ寸前にレッドカードで退場した岩清水梓。
  レッド相当かどうかに疑問もあるが、あのプレーも〈あきらめない〉表れ。
  ゴール正面で米の決勝点を身をもって防いだ
◆18年も日本代表で戦い、今大会のMVPとなった沢は最後まであきらめない日本イレブン全員の象徴でもある。
(2011年7月19日13時46分 読売新聞)
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by asanogawa-garou | 2011-10-11 17:28 | なでしこジャパン | Comments(0)