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5年後の〔3.11〕震災特番「視聴率全滅」が意味するもの、5年後の熊本地震、メルトダウン隠蔽発覚   

2016年 06月 29日

5年後の〔3.11〕震災特番「視聴率全滅」が意味するもの、
5年後の熊本地震・5年後のメルトダウン隠蔽発覚



日本人は冷たいのか? 震災特番「視聴率全滅」が意味するもの
「5年後の3.11」に起きたこと
(週刊現代2016/4/9 号)

〔「無力感に襲われる」〕
テレビを見ている人も、震災復興が大切だとわかっています。
でもたとえば、いま話題になっている保育園の待機児童の問題は、
自分が現実に子育てや低賃金、
介護の問題に追い立てられてしまうと、
そんな気持ちはなかなか持てません。

東京オリンピックや伊勢志摩サミットを進める国の政策に対し、
「その予算を復興に回すべきだ」と憤った人は多くいた。
しかし今は「介護士の待遇改善を」「奨学金制度の見直しを」と、
より身近なテーマに引きつけて話すことが増えている。

〔答えが出ないことの疲労感〕
「震災・津波・原発事故(メルトダウン):被災地、被災者」
いつも結論が出ないまま、敏感な視聴者は、
放射能の問題が可視化されにくいことをもう知っているんです。
『結局、答えは出ないんでしょう?』(専門家が議論を交わされても、一般の人々は簡単には理解できない。
次の1年後に先送りしているだけ。

震災をきっかけに移住した被災者は言う。
『目を逸らす』という態度と、『端から無関心』は違います。
無力感だったり、変わらない原発行政への絶望だったり、
家族を喪った人を見るのが辛いという気持ちだったり、
そういうものから目を逸らして生きるのは、むしろ生きる術なのではないでしょうか」

〔忘れられないけど忘れたい〕
『総括はまだ』と言いますが、そもそも総括などできないし、する必要もないと思います。

〔不運とではなく、そういう生だったのだ〕
 忘れたいわけではないが、忘れなければ生きていけない。
そんな悲しみが、人間の人生にはあるのだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今年も3月11日にはテレビで震災や原発事故の映像が繰り返し流された。
しかし、震災特番を見る人は年々減り続けている。
あの日のことを、忘れてしまったのか。
それとも、見られない理由があるのか。

Nスペですらダメだった

 誰もが忘れえぬはずの、あの3月11日から、5年が経った。
震災が起こった時刻、14時46分をまたぐ時間帯では各テレビ局が震災特集を放送。
出演者が、犠牲となった方々に黙禱を捧げる姿が映しだされた。

 今年も多くの震災特番が作られ、様々な番組内で特集が組まれた。
NHKは、被災地の課題や原発事故をテーマにした「NHKスペシャル」を多数制作。

 その視聴率は、3月5日放送分が6.0%、6日が7.5%、8日が4.4%、10日が5.5%と推移し、第5夜の11日に、前述した「津波」特番を放送した。

 5年後の3.11に、震災特番の視聴率が全滅した。

この日のことは絶対に忘れない、
自分の力の及ぶ限り、被災地に寄り添っていこう――
誰もがそう思ったはずなのに、人々は震災特番から目を逸らした。

〔「無力感に襲われる」〕

 なぜ人々は震災関連の番組から目を背けるのか。
これは日本人の「冷たさ」の表れなのか。
経済ジャーナリストの荻原博子氏は、今の社会の停滞感が、
震災特番を避ける気持ちに拍車をかけていると指摘する。

「テレビを見ている人も、震災復興が大切だと分かっています。
でもたとえば、いま話題になっている保育園の待機児童の問題は、
お母さんたちにとっては本当に切実です。

 震災直後は、みんな被災地のために、と心を一つにしましたが、
自分が現実に子育てや低賃金、介護の問題など目の前の問題に追い立てられてしまうと、
そんな気持ちはなかなか持てません」

 東京オリンピックや伊勢志摩サミットを進める国の政策に対し、
「その予算を復興に回すべきだ」と憤った人は多くいた。
しかし今は「介護士の待遇改善を」「奨学金制度の見直しを」と、
より身近なテーマに引きつけて話すことが増えた。

 だがもちろん、日本人は、あの大災害を忘れたわけではない。
今年の3.11も、「被災地に向き合わなければ」と心のどこかで思っていたはずだ。
でもそれができなかった。

福島の地元テレビ局記者が、こんな経験を語る。

「取材で知り合った、ボランティアで度々福島を訪れている東京在住の30代の男性から、
先日こんなことを言われたんです。
『怒らないで欲しいんだけど、震災の番組は見ていないんですよ』と」

 理由を聞いてみると、

「自分のできることなんてたかが知れている。
震災の特番を見ると、自分の活動は自己満足なんじゃないかとか、
被災者の感情にはどうしたって寄り添えないのでは、と無力感に襲われるんです」

 と答えたと言う。

「福島で会うとそんな様子は見せないのですが、
テレビを見ることで客観的になると、精神に負担がかかるそうです。
現地の人間の悩みとはまた違ったものだったので、驚きました」(前出の記者)

〔答えが出ないことの疲労感〕

 ボランティアや募金など形のある支援でなくても、
誰もが心のどこかで、被災地を思っている。
でも、テレビを通じてあの災害を見つめなおすことは辛い。
そう考える人は多い。

 でもそれは、心が冷たいのとは少し違うのではないか、と、
震災をきっかけに東京へと移住した60代の被災者女性は言う。

「『目を逸らす』という態度と、『端(はな)から無関心』は違います。
無力感だったり、変わらない原発政策への絶望だったり、
家族を喪った人を見るのが辛いという気持ちだったり、
そういうものから目を逸らして生きるのは、むしろ生きる術(すべ)なのではないでしょうか」

 3.11の報道は、悲しい過去を振り返るものが多くなる。
本当は知らない現実が報じられているのかもしれないが、
伝え方が紋切り型なために、視聴者は番組を敬遠する気持ちが強くなるのかもしれない。

 元日本テレビ記者として貧困問題などのドキュメンタリーを手がけた、
水島宏明法政大学教授はこう語る。

「特に民放で顕著ですが、震災特番が、『24時間テレビ』化している。
3月になったから震災を扱わないといけない、という義務感で番組を作っているように感じられます。

 それ自体は必ずしも悪いことではないでしょう。
しかし番組作りがマンネリ化し、安易なお涙頂戴や、
3.11前後だけ被災地に足を運ぶコメンテーターが復興の遅れを批判するという、
同じような番組ばかりになっている」

 震災から5年が経ち、3.11当時に隠されていた事実が明らかになったり、
新たに大きな困難が発生したりすることは、幸か不幸か少なくなっている。

3・11の「わかりやすい、新しいニュース」が世を賑わすことは多くはない。
そこで、テレビ局はこれまでの蓄積をもとに、番組を作ろうとする。
だがそれでは、どうしても既視感が強いものになってしまう。

 象徴的なのが、3月13日21時から放送されたNHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」だ。
90分間にわたり、震災当時の福島第一原発の緊迫した状況を再現。
当時フクイチの所長だった故・吉田昌郎氏を俳優の大杉漣が演じた。
今年の震災特番の中でも規模の大きい番組の一つだ。

 しかし、視聴率は7.6%と低迷。
直前に放送された『真田丸』と、続く『ニュース・気象情報』の16%超から、一気に数字を落としている。
大河ドラマを楽しんでいた人のおよそ半数がチャンネルを変えた、見るのを嫌がったのだ。

 誰もが関心を持っていた、放射能の問題はどうだろう。
「報ステ」の視聴率が低迷したことは先に触れた通りだ。
原発事故についてはそもそも専門性が高い問題が多いうえに、
放射能の人体への影響は、科学者の間でも議論が定まっていない。
そんなわかりづらさが、事態を難しくしている。

『「フクシマ」論』などの著書がある社会学者の開沼博福島大学特任研究員が言う。

「『報ステ』の特集はセンセーショナルな作りでしたが、
結局は、県民健康調査で報告される甲状腺がんと、
福島第一原発事故由来の放射能との因果関係はわからない。

『報ステ』は昨年からこの問題を追っていますが、
いつも結論が出ないまま番組が終わっています。

敏感な視聴者は、放射能の問題が可視化されにくいことをもう知っているんです。
『結局、答えは出ないんでしょう?』と、はじめから分かってしまう。

 見ている側は、報道にカタルシスを求めています。
答えが出ない問題に、疲労感や、もやもやした思いばかりが募る。
そうなってしまうと、視聴者は離れていく」

 専門家の間で議論が交わされても、一般の人々は簡単には理解できない。
放射能の問題に不安を抱く人たちに、シンプルな答えを出してくれる人がいるわけではない。

〔忘れられないけど忘れたい〕

 本誌は、震災特番の視聴率が低迷していることについてどう考えるのか、
また、今後の放送について各局に問い合わせた。

 各局、「総括はまだ」としながらも、
NHKは「視聴率を想定していない」、
フジ、TBS、日テレ、テレ朝の民放キー局からは「震災報道・番組についての視聴率は度外視」との答えが返ってきた。

そして、どの局も震災報道の社会的な意義を強調し、「今後も継続していく」と回答する。

 ある民放ディレクターは言う。

「『総括はまだ』と言いますが、
そもそも総括などできないし、する必要もないと思います。
私はもし社に『震災特番を作れ』と命じられたらいい番組を作ろうと考えますが、
正直に言うと、自分から手を挙げようとは思いません。
でもそのことで、自分を責めるのはやめようと思っています」


〔不運とではなく、そういう生だったのだ〕

 被災者でもある作家の伊集院静氏は、本誌連載「それがどうした」で、こう書いた。

〈何人かの知人に悔みの言葉を言わねばならない。
どうか笑って欲しいと思うが、
胸の底に残る記憶はそんなに簡単に、
五年くらいで整理がつくものではない。〉

 しかし、と氏は言う。
亡くなった人の死を不運と嘆くことは、逆に彼らの生の尊厳を損なうのではないか、と。

〈不運ではなく、そういう生だったのだ。
 不運と思っては、哀し過ぎるではないか。
 不運と思うな。そう自分に言い聞かせて、今日まで来ている。〉


 忘れたいわけではないが、忘れなければ生きていけない。
そんな悲しみが、人間の人生にはあるのだろう。

2016/04/09号

【平蔵の独り言】
五年後の熊本地震(2016年(平成28年)4月14日)

 2011年の原発事故を巡っては、東電は発生から3日後の3月14日には1号機から3号機で最大55%の炉心溶融、いわゆる「メルトダウン」が起きたことを知りながら、2カ月後の5月まで明らかにしませんでした。
そして、今年2月になって、炉心の5%が損傷した場合はメルトダウンと認めて公表する社内基準があったことを明らかにし、強い批判を浴びています。

【独り言】
自然に対する無力感

都合の悪いことを知らせない無力感
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by asanogawa-garou | 2016-06-29 12:36 | 今 今日この頃 | Comments(0)

同じ方向を向いていれば(安心)という国になった!不思議な日本   

2016年 04月 18日
〔同じ方向を向いていれば(安心)という国になった!不思議な日本〕
日本では異論を言う人間、組織に同化せず自ら行動する人間は左遷されてしまう。
そうして顔色を伺う、
同じような考えを持つ人間ばかりが残り「優秀」といわれる人が揃っていようと、問題解決能力はない。

司法、立法、行政すべて出世すればするほど、同じ考えの人しか残らない。
〔「単線路線のエリート」〕
〔出世するほどダメになる〕

なぜエリートほど大きな間違いを犯すのか?
「国会事故調」元トップが明かす「ニッポンの病理」
日本のエリートたちは、いざというときに明言を避け、
「知らない、忘れた、聞いていない、関与していない」と責任逃れする人が圧倒的に多いのです。
国会事故調での聴取を通じて、私は原発のみならず、日本の中枢そのものが「メルトダウン」していると痛感しました。

「規制の虜」はどの国でも起こりえますが、
日本には、起こりやすい社会構造があるのです。
たとえば、原発問題については、電力会社が地域独占であったことも大きかった。
さらに役所、企業などの多くの組織が持つ、固定化された常識も、「規制の虜」を生んでいます。

〔「単線路線のエリート」〕
日本は「単線路線のエリート」が多いのが問題なのです。
大半の日本人は、大学を出て企業や役所に就職すると、
ずっとその組織に所属し続け、年功序列で出世することが当然だと考えます。
たとえば経産省に入省すれば、省内もしくは外局組織に所属しながら、
入省年次によって昇進していく。
近年は省庁間の人事交流も多少はありますが、「本籍」は変わらない。

企業の場合でも同様です。
異業種への転職はありえますが、
三菱東京UFJ銀行から三井住友銀行に転職するとか、
あるいは東芝から日立に移るなど、同業間での転職はほとんどない。

〔出世するほどダメになる〕

そして「単線路線」において出世するためには、「何もしない」ことが最も重要になってきます。

'13年に人気を博したテレビドラマ『半沢直樹』を思い出してください。
主人公の半沢は常務の不正を暴き、会社の窮地を救いますが、
待っていたのは「出向」でした。
結局、日本では異論を言う人間、
組織に同化せず自ら行動する人間は左遷されてしまうのです。
それがわかっているから、多くの人は異論を言わず、
ひたすら上司の顔色をうかがい、前例を踏襲する。
そうして、同じような考えを持つ人間ばかりが残り、意思決定する。
その世界の中でどれだけ「優秀」といわれる人が揃っていようと、
それでは問題は解決しません。

「週刊現代」2016年4月16日号より

【平蔵の独り言】

戦後、まず団地に入る(文化的な生活)
一戸建てを持つ。
マンションに入る(購入)

〔3種の神器〕
1950年代後半、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の3種類の家電

1960年代半ばの高度経済成長時代には、
カラーテレビ・クーラー・カーの3種類の耐久消費財が新三種の神器と呼ばれるようになる。

価値観が多様化して、格差も広がって来ているのに、
※格差が広がって来ているというのは、勘違いかもしれない。
(戦後、小学生の時、橋の下に住んで、学校に来る仲間もいた)

何故同じ方向を向きたがるのか?
格差社会なら同じ方向を向かなくてもいいのではないか!

“個”を大切にして、人と人との出会いを大切に

文化人・芸術家・企業人・ 名を残している人は“変人(除け者)”

からしか生まれないと思うが、時代が違うのか・・・・・・・
ホンダ(本田宗一郎)、ソニー(盛田・井深)、松下(松下幸之助)

【独り言】
同じ方向を向いていれば、の社会をつくったのは“団塊世代”?
団地も居住者の高齢化、地域「コミュニティ」の崩壊

日本は大きな時代の変革を乗り越えてきた。
明治維新、太平洋戦争の敗戦

しかし今はリスクがなさ過ぎる。
痛い目に合うことに対してビクビクし過ぎ。
刺激を求めず、「マニュアル人間」が心配・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2016-04-18 14:19 | 今 今日この頃 | Comments(0)

「人の行く裏に道あり花の山」パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点は、リーダーになり得る   

2015年 12月 23日
【「人の行く裏に道あり花の山」パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点は、リーダーになり得る資質のひとつである。】

「人の行く裏に道あり花の山」を地で行き記録破りの増収増益
富士重工業 吉永泰之社長 日経ビジネス リーダーシップの源泉 森 一夫 2015年9月9日

〔飼いならされなかったから社長になった〕パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点
上司の言うことに、パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点は、リーダーになり得る資質のひとつである。

〔「偉くしてくれなくて結構」とゴルフをやらなかった〕
上から「ゴルフをやらないと偉くしないぞ」と半ば業務命令のように言われても、「偉くしてくれなくて結構です」と断った。

〔富士重工の社長にされて、ぼろぼろになるのだけは絶対に嫌だ〕
「100億円以上の赤字だったスバル国内営業が、三ケタの億円の黒字になったのですから、本当にうれしかったですね。」

〔人は人、自分は自分なのだろう〕
「なぜ他人に合わせなくてはいけないのか」
『あなたは耳を作ったの。すごいわね』とほめます。


〔「人の行く裏に道あり花の山」〕
「少しくらい売るのが下手でも、しっかりしたモノ作りによって、誇りの持てる製品を作っている会社」を探した。
一番早く内定をくれた会社に行こうと決めていたので

【「現場を実際に経験して、得をしています」】吉永君が偉くなっても、現場でこういう仕事をして頑張っている奴が、この会社を支えていることを覚えておいてくれよ

〔無駄足でも名刺を置いて回った〕ターゲットを決めると、半年あまり、毎日、同じ場所に無駄足でも、「福岡スバルの吉永です」と名刺を置いて回った。

〔「課長の分際でなんだ」となった末の栄転〕腹の座った先輩、上司のおかげで救われた。

〔危機感を持つ仲間3人と執行役員に〕「人間の社会には妬みとか嫉みがあるから1人だけ目立つのはよくない」

〔女子社員に「当たり前じゃないですか」とどやされた〕誰にもこびず、おごらず、地のままを通してきた。

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〔「偉くしてくれなくて結構」とゴルフをやらなかった〕
 吉永泰之社長は快進撃を続ける富士重工業の顔である。
明るく、ざっくばらんで、サラリーマン経営者だが、俗な言葉で言えばキャラが立つ。
大手の真似をせず我が道を行く同社の今を体現する個性派である。

 「昔を知らない若い人は今の富士重工を見て、社長をやりたいと思うかもしれません。私を見て、けらけら笑って明るくやっているように見えるでしょうからね」。
こう言いながら吉永は、いたずらっぽく笑う。
確かに、同社は記録破りの増収増益を続けており、社長はさぞかし居心地が良いだろうと思うのだが。

「当社には業績の良かった社長なんかいなかったんですよ。」

「偉くしてくれなくて結構」とゴルフをやらなかった
 今はピカピカの会社だが、つい10年ほど前までは貧乏会社だった。
流れが変わったのは前任者の森からである。
 「昔は、興銀では副頭取を、日産さんだと副社長を務めた方が社長に来られたので、みな60歳代後半でした。
私が社長になった時、57歳の勢いのいいのがポッと出てきて、よくしゃべるので、外の方から『社風が変わったんですか』なんて訊かれたものです」

〔人が抱く先入観を裏切ることを楽しむ風がある〕
 吉永はいかにも愉快そうで、人が抱く先入観を裏切ることを楽しむ風がある。
とにかく人と同じことをするのが嫌いなたちである。
例えばゴルフをしない。「時間の無駄」というわけだ。
上から「ゴルフをやらないと偉くしないぞ」と半ば業務命令のように言われても、「偉くしてくれなくて結構です」と断った。
「やれと言われれば言われるほど、やりたくなくなる。
人から指図されるのが嫌なのです」。

〔飼いならされなかったから社長になった〕パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点
 それでも社長にまでなったのは、仕事ができるのは当然として、逆説的だが、
サラリーマンとして飼いならされなかったからだろう。

上司の言うことに、パブロフの犬のように反射的に従うイエスマンでない点は、リーダーになり得る資質のひとつである。

 しかし本人は「社長にはなりたくないと思っていた」そうだ。
業績が停滞する中、2006年に就任した森社長とともに戦略本部長の吉永は、新たな中期経営計画を作る。
翌07年に国内営業本部長になるが、これはびっくり人事だったらしい。
 中計を発表する前夜、森社長に呼ばれて「国内営業本部長をやって」と言われた。
「私がですか」と聞き返したら、「一緒に中計を作ったのだから、企画の仕事はもういいから、国内営業を自分でやってよ」である。
伸びる米国に力を集中する方針を決めたので、その分、販売台数が減っている国内にさらにしわ寄せが行くのは必定だった。

【国内市場赤字の時代に終止符】
 スバル国内営業本部長が難しい仕事になるのは、吉永も当然わかっている。
課題は、縮小する国内市場に合わせた販売体制の再編成、誰にやらせるかが鍵である。
国内市場赤字の時代に終止符
 中心になって道筋を決めた吉永に、そのまま実行させるとは妙案である。
「森さんはなかなかの人だな」と吉永も感心するほかなったが、案の定、ことは簡単には進まなかった。
まず販売網については、店も人も1割減らし、固定費を減らして損益分岐点を下げるのが狙いである。
9月に起きたリーマンショックが後押ししてくれた。
「車が全然売れなくなったため、ディーラーさんはもともと赤字だったので、これは吉永の言うことを聞くしかないと変わりました。それから一気に進みだして、半年もしたら利益が結構出始めたんです」と、吉永は振り返る。

 衝突回避システムの「アイサイト」を載せた車が大当たりしたのも幸いした。
国内営業でずっと続いていた赤字の時代に終止符を打てた。
「100億円以上の赤字だったスバル国内営業が、三ケタの億円の黒字になったのですから、本当にうれしかったですね。ぼろぼろになりかねなかったのが、みんなのおかげで逆に名本部長になっちゃったんです」。

〔富士重工の社長にされて、ぼろぼろになるのだけは絶対に嫌だ〕
 当時、吉永はこう考えたという。
「サラリーマンとして、これ以上望めない良い思いをしたのだから、これで引退しよう。社長にされて、ぼろぼろになるのだけは絶対に嫌だ」。
本音だろうか。
吉永の来し方を見ると、仕事魔であることは確かだが、肩書そのものへの執着はあまりないようである。
 前述のように昔は貧乏会社だったが、今は違う。
15年3月期連結決算では、スバル車の販売台数は全世界で前期比10.4%増えて91万1000台になった。
売上高は同19.5%増の2兆8779億円、営業利益は同29.6%増の4230億円で、売上高営業利益率は14.7%である。
販売台数、売上高、営業利益、経常利益、純利益は3期連続して過去最高である。今期も増収増益の見通しだ。

前任社長から折り紙付きで後継者に指名
 4年前、前任の森社長は「わが社のエース的存在」と折り紙を付けて、吉永を後継者に指名した。
「森さんから11年の2月上旬に言われました。『社長やって。断れないよ』の二言だけでした。森さんは既定路線と思っていたのかもしれませんが、私はそうは思っていませんでした」と、吉永は言う。

 「ホンダの創業者の本田宗一郎さんと藤沢武夫さんのコンビのような組み合わせが富士重工にはふさわしいと思っていたのです。技術系で車にめちゃくちゃ詳しいのがトップになって、事務系が支えるというのがいいとね」。
吉永は事務系である。
「森さんも賛同していたのですが、実際に社長を選ぶのは別だということなのでしょう」。
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② 吉永の意図に反したかどうかはともかく、結果は当たりである。
 
〔「人の行く裏に道あり花の山」〕「少しくらい売るのが下手でも、しっかりしたモノ作りによって、誇りの持てる製品を作っている会社」を探した。

相場の格言にある「人の行く裏に道あり花の山」である。
人が群がる所よりも、ひっそりとした裏山に良い花があるといった意味で、つまり逆張りの勧めである。

吉永には、自分でモノを作りリスクを取って売る製造業の方が好ましく思えた。
しかも「少しくらい売るのが下手でも、しっかりしたモノ作りによって、誇りの持てる製品を作っている会社」を探した。
 その中で一番早く内定をくれた会社に行こうと決めていたので、
「最初から自動車会社に入りたいと思っていたわけではないのです」と言う。
ほかに選んだ会社を聞くと、なるほど渋い。
 その結果、「生き馬の目を抜く」からは程遠い「地味な富士重工」に決まったわけである。
「富士重工は中島飛行機から始まって、良いものを作るけど、シェアが低くて、売るのが下手みたいだな」という印象を持っていた。
富士重工は航空機なども兼営しているが、主力のスバル車で他社にない路線に徹して変わった。吉永は、それにぴたり合っていた。
今に至る展開を見れば、まさに「人の行く裏に道あり花の山」である。

〔人は人、自分は自分なのだろう〕
「なぜ他人に合わせなくてはいけないのか」
『あなたは耳を作ったの。すごいわね』とほめます。


吉永は父親の仕事の関係であちこち転校した。
「友達はどんどんできる方なのですが、転校が多かったので、悩みを打ち明け合うような幼馴染は意外にいないんです。本当に深い話ができるという点では、孤独なのかもしれません。引っ越しばかりしていましたから」。
 幼稚園から小学校1年にかけて米国のシアトルに住んでいた時である。
個性を認める教育に接して、ある種の刷り込みを経験したのかもしれない。
粘土細工で、「人間を作りなさい」と言われると、向こうの子供たちは思い思いに作る。
「ある子は顔だけ、ある子は耳だけ、ある子は鼻だけという具合です。
それを見て先生は『あなたは耳を作ったの。すごいわね』とほめます。
日本では、顔だけ作ると先生が『みんなが手足を付けているのに、どうしてあなたは顔だけなの』と言うので、ものすごく反発しました」。
幼いころから「なぜ他人に合わせなくてはいけないのか」という考えが身についていた。

 今、社長になって注意しているのは、普通の自動車メーカーと同じように量を追う経営になることである。
スバル車は独特の水平対向エンジンと4輪駆動によって、スポーティーな走りが特長である。
水平対向エンジンは4輪車向けでは世界で同社とドイツのスポーツカーメーカーのポルシェしか生産していない。
 同社の90万台強の生産台数は、トヨタ自動車の10分の1で、自動車メーカーとしては小さい。
しかし今や2ケタ成長である。
2年ほど前は、「100万台以上は目指さない方がいいと思う」と、吉永は話していた。大手メーカーと違う道を指向するからだ。
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【「現場を実際に経験して、得をしています」】
吉永君が偉くなっても、現場でこういう仕事をして頑張っている奴が、この会社を支えていることを覚えておいてくれよ

 富士重工業の社長、吉永泰之は、経営企画の仕事が長いのだが、「現場育ち」を自任している。
入社して5年間、工場勤務と自動車セールマンを経験しており、「あれがものを考える原点になっています」と語る。
 入社した1977年は石油ショックの後で、事務系の大卒採用は9人しかいなかった。
全員、まず工場に入る。半年は生産現場で実習である。
それから工場の総務や経理などに配属される。
フォークリフトで部品を運び続ける日々
 吉永は当時エンジンやトランスミッションを生産していた東京の三鷹製作所に入った。
組み立てラインでの実習は、受け持つ工程が毎日変わった。
「日替わりで初めての仕事をやるのですから大変でした」と振り返る。

9月30日、10月からの正式な配属先の辞令をもらった。
 「生産部工務課」である。
どんな仕事か尋ねたら、「フォークリフトの運転手をやってくれ」である。
想像もしたことのない仕事で、「いやあ、びっくりしました」と言う。
早速、免許を取って、1年半、毎日フォークリフトでトラックから部品を降ろして、生産ラインに運び続けた。
当時、三鷹製作所では2年ごとに大卒の新入社員に、フォークリフトの運転手をさせていたのです」

「おそらく所長さんの発想だと思います。慧眼ですね」と、吉永は思っている。

事務系の大卒でも、長い目で見て貴重な経験になるとの狙いが込められていたのだろう。
現場を経験して「得をしています」
 現場の人とも親しくなる。
今も心に刻み込んでいるある中年工員の言葉がある。
「オレは中学しか出ていない。毎日、ピストンリングを組み付ける仕事をする、しがない工員だけど、息子を大学に行かせた。
吉永君が偉くなっても、現場でこういう仕事をして頑張っている奴が、この会社を支えていることを覚えておいてくれよ」。
 「あのおじさんが言う『偉い人』とは課長のことだと思いますが、会社を支えているのは現場の人たちだということを一瞬たりとも忘れません。
工場にいても管理業務だけでは、本当の現場はよくわからないでしょう」。
吉永は三鷹製作所の計らいに感謝している。

 今も工場に行くと、若かりし頃フォークリフトを運転していただけに、「懐かしい」そうだ。
生産現場の社員たちの中に、自然に入って行ける。
彼らの気持ちも皮膚感覚で理解できる。
「現場を実際に経験して、得をしています」と言う。

〔無駄足でも名刺を置いて回った〕
ターゲットを決めると、半年あまり、毎日、同じ場所に無駄足でも、「福岡スバルの吉永です」と名刺を置いて回った。

 入社3年目のセールス出向では、「行ったことのない遠い所に行きたい」と希望した。
願いがかなって九州の福岡スバルに赴いたが、西日本では「スバル」の知名度は低く、難しい市場だった。
飛び込みセールスに精を出したが、案の定、売れない。
2カ月半あまりたって、やっと待望の1台が売れた。
無駄足でも名刺を置いて回った

 それまで「セールスの仕事が嫌になるというより、焦りましたね」と語る。
来る日も来る日も売れなくて、「途中から真っ青ですよ。
もしも3年間の出向期間中に1台も売れなかったら、オレの人生はどうなるんだろうと思いました」。
 1台売れたといっても、また一からである。
他のセールスマンとお客を取り合うような競争はしたくない。
違う方法を考えた。
複数メーカーの車を売る業販店や農協に販路を開拓すれば、安定的に売ってもらえる。
しかしそこには当然、他のメーカーが既に入っている。
ターゲットを決めると、半年あまり、毎日、同じ場所に無駄足でも、「福岡スバルの吉永です」と名刺を置いて回った。

雨の日もずぶ濡れになって1日も欠かさず顔を出し続けた吉永に声がかかった。
相手にしてくれなった係長の方から「もういいから、こっちに来い。オレが売ってやるから」と言ってくれた。
「ラッキーでしたね」と吉永は言うが、もちろん棚からボタ餅ではない。
努力が実ると、月販5台のノルマは楽に達成できた。
 フォークリフトでの部品の運搬作業に自動車セールスという、いわば泥臭い仕事を続けている吉永に、友人たちは「早く辞めた方がいい」と勧めた。
しかし、しんどい仕事だったが、本人は「自ら望んでメーカーに就職したのだから当たり前」と、ポジティブにとらえていたそうだ。

見込まれている実感があったから3人分働けた
 本社勤務になってからも猛烈に働いた。
国内営業本部の営業管理課で3年過ごし、入社9年目に販売企画部企画課に異動する。
国内営業の企画を担う業務で、「そこから私は企画的な仕事になって行くのです」と吉永は言う。
数カ月たつと、3人分の仕事を任された。
実際に2人を他に異動させたので、掛け値なしに3人分の仕事である。
 さすがに驚いたが、「君ならできる。3倍働けば大丈夫だよ」と課長は太鼓判を押した。
おかげで「もう酒を飲みにも行けず、毎晩、本社ビルが閉まる11時45分ぎりぎりまで仕事ですよ」。
予算の策定、販売目標台数の管理、販売奨励金の立案といった仕事を、1人でこなし、忙しさは尋常ではない。

 頑張れたのは、能力を見込まれての措置だと感じていたからだろう。
吉永に訊くと、「思えば、その課長に見込まれていましたし、その上の部長、さらに本部長にも見込まれていました」と顧みる。
本来業務に加えて、本部長だった松崎常務から頻繁に仕事を出された。
 「毎日のように与えられた宿題を仕上げて、常務に持って行くと、出来の悪さを指摘され『こんなこともわからないのか』と怒鳴られっぱなしでした」。
これが半年も続いて、ようやく合格点をもらえた。
以後は吉永が管理職になってからも、書類の決裁を求めると、即座に判を押してくれた。

〔「課長の分際でなんだ」となった末の栄転〕腹の座った先輩、上司のおかげで救われた。
 仕事を通じての手荒いしごきには、人材を育てたいという思いがこもっていた。
吉永は「先輩方に恵まれました。
しこたま叱られて鍛えられ、本当に有り難いことです」と受け止めている。
「課長の分際でなんだ」となった末の栄転
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④ したがって柔なイエスマンではなく骨っぽい人材を求めていたようだ。
当時の尊敬すべき上司たちについて吉永はこう語る。

「志が高くて、かつ悔しい思いをした先輩が何人もいました。昭和29年(1954年)に富士重工の自動車部門に入った人たちは、今のような業界で最後尾の会社に入ったのとはわけが違います。当時は、どこが自動車産業の覇者になるのか決まっていなくて、富士重工も今のトヨタになれたかもしれないのです」。
 販売企画部の企画課長の時に、吉永は役員とぶつかった。
ある指示が納得できず、実務の担当者として拒否した。
「課長の分際でなんだ」と当然なる。
それでも「会社のためにならない」と従わないため、出されることになった。
普通の左遷であれば、今日の吉永はなかった。

 ところが松崎らの助力で、総合企画部に移ることができた。
会社全体の経営企画の仕事に代わったのだから左遷ではなくて栄転である。
「こんなことは自分ではできません。私はただのサラリーマンですからね」。
吉永の言う通りで、腹の座った先輩、上司のおかげで救われた。
 5年間常務会の事務局を担当して会議に毎回出て書記を務めた。
最高意思決定が実質的にどのように行われるのか、垣間見るまたとない機会を得た。

〔危機感を持つ仲間3人と執行役員に〕「人間の社会には妬みとか嫉みがあるから1人だけ目立つのはよくない」
 サラリーマンにしては破天荒な性格で、それが如実に現れたのは、2005年に51歳で執行役員になった時の経緯である。
人事担当の伊能専務執行役員も吉永を買っていた。
「伊能さんは、心配しなくていいからどんどんやれと発破をかける親分みたいな人でした」と吉永も信頼していた。

危機感を持つ仲間3人と執行役員に
 その伊能が「君は1人だけで執行役員にならない方がいいな」と言う。
「人間の社会には妬みとか嫉みがあるから1人だけ目立つのはよくない」というわけだ。
そんなことがあって1年あまりたったころ、伊能が「この会社をどうしてもいい会社にしたいから、執行役員をやれ」と言いだした。
 川合がいったん立て直したものの、再び富士重工は業績が低迷していた。

吉永は「会社を変えろと言われても、私1人が頑張っても無理ですよ。私も含めて4人くらい一緒に執行役員にしてくれないと、力になりません」と注文を付けた。伊能は「そうか。あと誰だ?」と、まともに訊いてくれた。
 実は吉永は「このままでは会社はつぶれてしまう」と、ともに危機感を持つ仲間3人と夜な夜な集まり、どうすべきか議論していた。
経営企画の吉永と、商品企画の武藤直人、技術の馬渕晃、製造の鴨川珠樹の4人で、それぞれの分野で実務を担うキーパーソンである。
このメンバーの名前を伊能に話した。
そろって執行役員になって力を合わせれば、経営改革を推進できると思い描いていたのだ。

 次の役員人事の季節が来て、「そうしたからな」と伊能から密かに告げられた。希望通り4人を執行役員にするという。
「すごいなと思いましたよ」。
さすがの吉永も驚いたらしい。
竹中恭二社長に呼ばれて、「執行役員をやってくれ」と内示された時、4人は既に知っていた。
「その晩、飲み会を予定していて、4人で酒を飲んで『あいつら、おかしいんじゃないかと言われるくらい働こうな』と話し合いました。本当に働きましたよ」。
その時のことを吉永は鮮やかに覚えている。

〔女子社員に「当たり前じゃないですか」とどやされた〕誰にもこびず、おごらず、地のままを通してきた。
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⑤吉永には安閑としていられない事情がある。
社長になって4年あまり、「業績は非常によい状態ですが、本当の意味でよい会社と言えるでしょうか」と自問する。

「スバルは一流のブランドになったかというと、その入り口にやっと立てただけだと思います。米国ではスバル車を初めて買うお客様が6割です。そうしたお客様に『買ったはいいが、いまいちだね』と思われたら、続きません」。
具体的には、スバル車の購入者が満足するサービス体制の強化である。

 女性社員たちと食事をした時、「後継者を間違えたら駄目ですよ」と釘を刺された。
「そうなの?」と言ったら、「当たり前じゃないですか」とどやされた。
「ここまでみんなが遠慮なく言える社風もすごいなと思いましたよ」と、吉永は楽しそうに語る。
誰にもこびず、おごらず、地のままを通してきた。そして、これからも。


【平蔵の独り言】
車歴 ブルーバード510SSS → 足のいい奴 カリーナ・カリーナサーフ → ・・・・・→ HR-V

サアーて、そろそろ 次(乗りたい車がない!)
“俺は車だ” と顔をしているのがない。

ハイブリッドはイヤ!(おもちゃのチョロQだ)

辿り着いた「スバルインプレッサ」 →(子供と被った → 先日契約した。3ケ月待ちとのこと)

車を楽しむ、最後の選択になるだろうが・・・・・・

【平蔵の独り言】
誰にもこびず、おごらず、地のままを通してきた。

梶芽衣子”〔:私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。〕

人間“個”を歩くということは同じですね!
自身でよく、「他の男は知らないけれど・・・・・」
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by asanogawa-garou | 2015-12-23 15:39 | 今 今日この頃 | Comments(0)

【自由】(万人がもっている自由)『君の意見には全く反対だが、君が意見を発表する自由は命にかけても守る』   

2015年 10月 12日

【自由】(万人がもっている自由) 民主主義を表した名言『君の意見には全く反対だが、君が意見を発表する自由は、命にかけても守る』がある。

フランスの哲学者ボルテールの言とされるが、この精神こそ最重要なのだ。

週刊現代2015/10/10号今週の遺言(大橋巨泉)

〔白鵬の力は衰えているか?〕
NHKの解説者である舞の海が鋭い発言をした。
「…それと白鵬の力が衰えている、ということですね」。

優勝の感想を聞かれた横綱は、「…それと“力が衰えた”と言われたので、そうでない所を見せた」という内容のコメントを発した。

そして翌日の新聞によると、それを聞いた舞の海が陳謝したという。
問題は舞の海が「あやまった」事である。

〔本当の「力の衰え」というものは、実は本人しか解らないものだ。〕
「いや外眼には解らないでしょうが、“行った!”と思った打球が塀ぎわで捕られるんですよ」。

〔自由〕万人がもっている自由
ボクの言う自由とは、万人がもっている自由である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【自由】(万人がもっている自由) 民主主義を表した名言『君の意見には全く反対だが、君が意見を発表する自由は、命にかけても守る』がある。

〔白鵬の力は衰えているか?〕
先場所は初日、2日目と連勝したが、その内容は白鵬らしからぬもので、
下位のものに喰い下られ、長い相撲の結果、何とか勝ったという印象だった。
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NHKの解説者である舞の海が鋭い発言をした。
「…それと白鵬の力が衰えている、ということですね」。


ボクも全くの同感で、ターニングポイントを迎えたと感じた。
しかしその後白鵬は立ち直り、通算35回目という、最多記録で優勝を果した。
問題はその後である。

優勝の感想を聞かれた横綱は、「…それと“力が衰えた”と言われたので、そうでない所を見せた」という内容のコメントを発した。

そして翌日の新聞によると、それを聞いた舞の海が陳謝したという。

その瞬間にボクは、「日本は戦前と変わっていない。表現の自由、言論の自由は何処へ行った?」と感じた。
これが民主主義の発達した欧米なら、絶対に起こらない。考えてみると良い。
舞の海の発言は、解説者としての表現であり、それに発奮して優勝した白鵬も立派である。

問題は舞の海が「あやまった」事である。

そんな必要は毛頭ないし、
あのメンバー相手に優勝したからといって、白鵬の力が“衰えていない”という証拠にはならない。

ボクは全勝して当然と考えていたから、白鵬の力は衰えて来ていると信じていた。
問題は、舞の海が謝らざるを得ないような空気が、相撲界(マスコミ界を含めて)にあったという事だ。

ボクも若い頃、ジャズ評論家をしていて、
歯に衣着せぬ発言をすると「生意気だ」とか、「自分で吹いてみろ」などと非難された。
勿論ボクは謝った事などないし、堂々と反論して、のし上って行った。
「自分でやってみろ」と言われたら、この世に評論や評論はなくなってしまう。
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〔本当の「力の衰え」というものは、実は本人しか解らないものだ。〕
本当の「力の衰え」というものは、実は本人しか解らないものだ。
1980年の夏の札幌で、ボクは巨人の一塁手で長年の親友王貞治と、ビールを呑んでいた。
ワンちゃんが言った。
「巨泉さんだから言いますが、ボク今季限りで現役を退くつもりです」、
「えっ、まだ打ってるじゃないの」とボク。
「いや外眼には解らないでしょうが、“行った!”と思った打球が塀ぎわで捕られるんですよ」。
外眼には「芯をはずした」と思われるだろうが、
本人は実は“行った!”打球だった事が多くなり、引退決意とつながった。
勿論ボクは一切他言しなかったが、ワンちゃんはそのまま引退した。
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要するに本人が一番よく解っているのだ。
だからこれはボクの推測だが、白鵬自身は「力の衰え」を感じて居り、
それを指摘され、もう一度ふんどしを締め直した結果の優勝だったと考えている。

そして今場所、大きな故障や病気もなかったのに、
初日2日目と連敗し、三日目から休場となったのだと思う。
人間誰しも成長のあとは、衰えが来る。
そして現役引退となるのである。
何も恥ずかしい事ではない。自然の摂理である。

そしてそれを指摘するのも、反論するのも“自由”なのだ。
ただ“誤報”以外は、謝ったりする必要は毛頭ない。
ボクは舞の海を現在、最高ランクの評論家だと思っているし、
今後もひるまず正論を吐いて欲しい。

〔自由〕万人がもっている自由
ボクの言う自由とは、万人がもっている自由である。
民主主義を表わした名言に、
「君の意見には全く反対だが、君が意見を発表する自由は、命にかけても守る」がある。
フランスの哲学者ボルテールの言とされるが、この精神こそ最重要なのだ。

日本ではいまだに、地位によって上下関係があったり、下位の者や若年者は軽視される傾向がある。

→行政府の長である首相が、質問中の立法府の議員に対して、
「早く質問しろよ」などというヤジが飛ばせるのは、
欧米では信じられないだろう。

〔(哲学者)ヴォルテール〕
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私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。

I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.

【平蔵の独り言】
「…それと白鵬の力が衰えている、ということですね」。

【独り言】
プロとして解説者 舞の海 が解説してくれるから、市井の者にとって相撲の醍醐味が増すと思う。

【平蔵の独り言】〔自由〕「君の意見には全く反対だが、君が意見を発表する自由は、命にかけても守る」

【独り言】〔君が意見を発表する自由は、〕
「早く質問しろよ」(質問者が軽いし、時間つぶしで何も残っていない)

議員も首相も職責を果たす勉強と覚悟があれば、只の笑い話で済ませられるのだろうが!

まあ!首相から〔ポツダム宣言〕を思い出させてもらった。
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by asanogawa-garou | 2015-10-12 18:41 | 今 今日この頃 | Comments(0)

いったいなぜ、日本人はそんなにつながりたいか! 集団が好きな国民性!? ・ 「何か違うことをしよう!」   

2015年 07月 27日
いったいなぜ、日本人はそんなにつながりたいか
集団が好きな国民性!?  日本人特有の「つながりたい症候群」

All About 2015年4月10日 21時45分 (2015年4月11日 10時40分 更新)

「何か違うことをしよう!」

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〔■それは、どこまでも、どこまでも…!?〕 
〔■なんで、そこまでしてつながらなくてはならないのか?〕
〔■「Think Different、何かもっと違うことをしよう!」〕
【日本ではジョブズどころではないな】
〔インドや禅、またデザインもこよなく愛した。〕

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いったいなぜ、日本人はそんなにつながりたいか

〔■それは、どこまでも、どこまでも…!?〕
いったいなぜ、日本人はそんなにつながりたいか
携帯端末にスマートフォンが登場して以後、
ところかまわずスマホに見入る人々で溢れるようになった。
ガラケー時代にも似たような現象はあったが、
スマホに登場した無数のアプリによって、それは加速度的に拡大した。

いまや、LINEやTwitterなどのSNS、無料もしくは課金性のゲームなどが世を席巻している。

スマホ所有者では、これらのアプリを利用しない人を探す方が難しいくらいではないか。
それぐらい普及しているのが現状である。

とくに、若い人達のあいだではLINE(SNSアプリ)は必需アイテムである。
中・高校生あたりでは、このLINEによって生活が支配されたかのようである。
授業中であろうが、就寝中であろうが、それはおかまいなしにやってくる。
「つながれ、つながれ」という脅迫観念を乗せてやってくる。

そして、つながらないやつは、あとでバッシングの的となり除け者扱いをされるそうだ。
LINEは、それまでのコミュニケーションツールと違って、
つながる間口が広く解放されていた。
いわば友達の輪が無限にでも広がるようにである(現在は、利用者が選択できる)。
したがって、嫌が応にも対処を迫られる。

そして、つながらないと「既読」表示されず、送った側はそれに苛立つ。
グループでLINEをしていれば、誰がつながらなかったか一目瞭然となる。
その結果、仲間たちから遠ざけられるか、
いじめの対象になるということが頻繁に発生している。
なかには、事件化するものまであり一概には侮れない。

●学年の半分が参加する「学年LINE」(中略)

里中さんが受け持っている学年では、今年度、数名の中退者が出た。
その中退理由は、健康上の理由や進路変更ではなく、
インターネット、特にソーシャルネットワーキングサービス(SNS)にまつわる人間関係だという。


(学校で深刻化する学年LINE トラブルで中退者続出、生徒にストレスや不安蔓延)

〔■なんで、そこまでしてつながらなくてはならないのか?〕
日本人は、昔から集団が好きである。
いわゆる「群れる傾向にある国民性」ではないかと思われる。違うか。
そこでは、共通の認識や協調性が問われる。
そこから、外れる人がいればそれを排除に掛かる。
そんな傾向が、これまで顕著であったはずだ。
いわば、集団に入らない人は異端として扱われる。

もっと簡潔にいえば、変人扱いだ。

仲間でいることが、そんなに大事なのか。
集団に固執するのは、ある意味ではタコ壷に入っていることと同じだと思う。
異なる意見や社会、生活環境に触れることもなく、したがって視野も狭くなってくる。

孤独を嫌い排除することで、孤独でいることの意味や、その効能を知る機会が失われる。
考えてみれば、孤独は人間性を育む重要な要素であるに違いない。
なぜなら、そこでしか気付かされないものがあるからだ。

それは何か、一人の人間としての責任感を育むということではないか。

仲間や集団に頼ることなく、一人で解決する能力も大人になれば当然必要だろう。
仲間とばかりいれば、きっと誰かが力になってくれる、助けてくれる。
そんな仲間依存症に陥っても不思議ではない。

だからといって、引きこもれという訳ではない。
あくまで、過剰な「つながりたい」ムードへの疑問に他ならない。
コミュニケーションは、大切な人間形成の要素に違いない。
しかし、その必要性を超えてまですることはないだろう。
度を過ぎたコミュニケーションは、百害あって一理なしではないか?と思うが、如何に。

「絆」や「つながる」ということを、一部のミュージシャン等がやたらと持ち上げているが、何かそれで解決するのか。
そんな疑問を感じていた。
その場では気持ちがいいかもしれないが、いったんお祭りの場を離れれば現実と向き合うことになる。
そこでは、絆やつながるだけでは解決できないことばかりだ。

個人的には、「仲間」や「友情」などは大切なものと思う。
しかし、それがすべてではない。
「絆」や「つながる」も同じくである。とにかく、すべてではない。

いまや、もっと違うことを考えてもいい頃ではないかと思う。

現在、大勢が「つながる症候群」のなかで、
そこから外れた異端者の中から時代を担う人材が現れるにちがいないと思う次第である。


〔■「Think Different、何かもっと違うことをしよう!」〕

Think Different

●「Think Different」とは
Appleが1998年に行ったキャンペーン広告。
マーティン・ルーサー・キング牧師やモハメド・アリ、ジャッキー・ロビンソン、ダライ・ラマ、ピカソ、ガンジーやアームストロング船長といった「世界を変えた人物」にフィーチャーして、

「何か違うことをしよう!」と呼びかけた企業イメージ広告。

追記:ジョブズ氏のように(Think Differentの生みの親)と書いたのは、余計だったかもしれない。
いまさらジョブズでもないだろうという意見もあるし、
しかし、いまだに日本では彼に比較しうる人材が出現していないのも事実だろうと思います。

ある日本のIT関係者は、「学生に歴史なんか教えなくていい、プログラミングを教えろ」といったそうである。
いわば、歴史や社会の仕組みなんか知らない人材こそ、日本のIT業界は望んでいるらしい。
たぶん、企業にとって都合がいいからだろう。

【日本ではジョブズどころではないな】
これを聞いて、日本ではジョブズどころではないなと思いました。
ジョブズは、たしかITやコンピュータとは関係ないことに夢中になった人でした。
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〔インドや禅、またデザインもこよなく愛した。〕
カリグラフィーを習ったこともあった。

一見すると関係ないことからアイデアが生まれる。
それを実証したのが。
ジョブズだったのではないか。
当たらずとも遠からずと思いますが、いかがでしょうか。

彼らは仲間を失うことを過剰に恐れているのです。
その傾向は、SNSが広まったことでさらに加速されているように思います。
(株式日記と経済展望より)


【平蔵の独り言】
価値観が多様化して、格差も広がって来ているのに、
※格差が広がって来ているというのは、勘違いかもしれない。
戦後、小学生の時橋の下に住んで、学校に来る仲間もいた)
何故同じ方向を向きたがるのか?

“個”を大切にして、人と人との出会いを大切に

文化人・芸術家・企業人・ 名を残している人は“変人(除け者)”

からしか生まれないと思うが、時代が違うのか・・・・・・・

FACEBOOKをしませんか → “嫌です” 
(義務感、縛りのある日常! それでなくても縛りが多いのに
自宅に帰ってまで(パソコン) メールもしていない。明日でいいじゃないか)

人と人との 通信手段として 狼煙・飛脚・伝書鳩・電話・はがき/手紙
弁当箱よりも大きな携帯電話・携帯・スマホ/パソコン

時代の必然で生まれてきているからで、便利なツールだ。
上手く付き合っていけばいい!
主役は“人”・・・・・・・・・・・・・・・・

「何か違うことをしよう!」
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by asanogawa-garou | 2015-07-27 16:22 | 今 今日この頃 | Comments(0)

【右を見ても、左を見ても「正論バカ」が日本を滅ぼす なんでも「シロ」「クロ」つけないと、】   

2014年 12月 15日
〔正論バカ〕【右を見ても、左を見ても「正論バカ」が日本を滅ぼす なんでも「シロ」「クロ」つけないと、納得できない人が急増中!】

〔正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。〕 (伊集院静)
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〔正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。〕 (伊集院静)
「その言い方は男の出口を塞ぐ。理詰めでものを言うのはやめろ」

正論(ルール)からは何も生まれない。

できる範囲のことをしていけばいい。

価値観は人の数だけある。

『羊の目』(伊集院静)

価値観は人の数だけある、誰に決められるものでもない

〔正論バカ〕【右を見ても、左を見ても「正論バカ」が日本を滅ぼす なんでも「シロ」「クロ」つけないと、納得できない人が急増中!】

2014年09月17日(水)週刊現代

正論で言い負かして、良い気になってる、「正論バカ」が、日本中で増えている。会社も人も心折れ、ただ黙って従うだけ。
日本はどんどん正しくない道へ。
でも誰も言い返せない、だって正論なんだもの。


〔とにかく相手をやり込めたい〕
注目すべきは、これらの批判を浴びせた人々は、いわゆる「クレーマー」ではないという点だ。
自分が何か実害を被り、補償を求めているわけではない。
とにかく正論を突きつけて、相手をやり込めたい—そんな動機に駆り立てられた人々なのだ。

〔「常識」よりも「理屈」〕
「良い意味でのグレーゾーンが、日本社会からなくなってきています。
慣習や伝統は認めず、なんでも『シロ』『クロ』つけないと納得できない人が急増している。
日本全体がグローバル化、透明化に向かっており、それが曖昧さを限りなく排除する圧力になっている。
その結果、声高に正論を叫ぶ人に対しては、ちょっとどうかとは思っても、従ったほうが無難ということになるんです」

〔他人の悪事をパトロール〕
〔問題が起きたら逃げる〕


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〔とにかく相手をやり込めたい〕

今の世の中を象徴する、「幻のCM」がある。
そのCMはガス会社が制作したもの。
『家族の絆—母からのエール篇』と題され、女子大生の就職活動をテーマにしている。
何度失敗してもくじけず面接を受け続ける女子大生の娘と、それを温かく見守る母。
やっと手応えを感じ、期待が高まるが、最後の最後に落とされる。
涙する娘と、優しく抱きしめる母。
母はガスに火を点け、娘に手料理を食べさせる。
ガス会社としては「母娘の愛」を伝えるハートフルなCMのつもりだったのだろうが、これが思わぬ騒動を引き起こす。

「リアルすぎて心が痛む」
「半官半民の『スーパー勝ち組』企業に就活生の辛さが分かるか」
「そもそも、話の中身がガスと関係ない」

こんな批判が吹き荒れ、CMはあえなく打ち切りとなったのだ。
ガス会社広報部は、打ち切った理由をこう説明する。
「たしかに批判はいただきました。それだけが理由ではありませんが、お客様の反応もひとつの判断材料とし、放映を中止しました」
注目すべきは、これらの批判を浴びせた人々は、いわゆる「クレーマー」ではないという点だ。
自分が何か実害を被り、補償を求めているわけではない。
とにかく正論を突きつけて、相手をやり込めたい—そんな動機に駆り立てられた人々なのだ。

メディアコミュニケーションが専門の江戸川大学教授・濱田逸郎氏はこう語る。
「正論をふりかざす批判者たちの目的は、金銭や補償ではない。
匿名のまま正論を繰り出して相手を言い負かし、自分の承認欲求を満たすことが目的なんです。
まさに一億総覆面レスラー状態になっている。
企業が消費者と向き合うことが、ますます困難な世の中になってきました」

こうした「正論」は今、日本のいたるところで蔓延している。
そして「幻のCM」のように、この正論に屈してしまう企業や大人たちが大勢いるのも、また現実だ。


もう一つ、似たような話がある。
『日本のお母さん』というCMだ。
朝から晩まで家事と仕事に明け暮れる母親が主人公のストーリー。
奮闘する母親の後方で、父親がノートパソコンに向かう姿が一瞬だけ映るのだが、それが『正論好きの人たち』に火を点けた。
「『食事を作るのはお母さんの仕事、しんどくてもがんばりましょう』というメッセージにしかとれない」
「どうして、あの父親は何もせずに後ろで座っていられるのか」
という具合に、「男女差別を助長している」と猛バッシングを受けたのだ。
「共感する意見があった一方で、批判する意見もあったのは事実」と言う。
批判を受けながらも、CMの打ち切りはせず、予定の期間放送を続けた。

販売中止に追い込まれた商品もある。
コンビニの「ファミマプレミアム黒毛和牛入りハンバーグ弁当~フォアグラパテ添え」がそれだ。
ガチョウやアヒルなどに強制的にエサを与え、肝臓を肥大化させて作るフォアグラが、「残酷な食べ物」、「動物虐待」だという批判は世界中で昔からあった。
この弁当の販売が発表されると、動物愛護団体などが同じ論理を展開して批判を始めた。
弁当の販売中止を決めた広報・IR部は次のように言う。
「批判的な意見は22件ありました。私どもはフォアグラは一般的な食材と認識していましたが、見解の違いがあったようです。お客様に不快な気持ちを与えるのは本意ではないので、自主規制に踏み切りました」
ここでも、「正論」が企業活動に横やりを入れる構図が見て取れる。

〔「常識」よりも「理屈」〕

『会社が正論すぎて、働きたくなくなる』の著者で、転職コンサルタントの細井智彦氏が言う。
「良い意味でのグレーゾーンが、日本社会からなくなってきています。
慣習や伝統は認めず、なんでも『シロ』『クロ』つけないと納得できない人が急増している。
日本全体がグローバル化、透明化に向かっており、それが曖昧さを限りなく排除する圧力になっている。
その結果、声高に正論を叫ぶ人に対しては、ちょっとどうかとは思っても、従ったほうが無難ということになるんです」
そうやって、いま日本社会のいたるところで起きているのが、「予想される正論」に先回りをして対応策を考えることだ。
たとえば、あるメーカーのこんな事例がある。
「春先に会社で学生向けのセミナーをするのですが、今年は大雪などの悪天候で中止になることがあった。
なかには中止を知らずに会場までやってきて、『せっかく来たのになんで中止なんだ。交通費を負担しろ』と苦情を言う人もいる。
その対策として、『災害その他の理由で中止になった場合、交通費の補償は行っていません』と注意書きを入れる。
これは従来も行われていたことですが、ここで新たな議論が生まれた。
たとえば、『中止の場合は交通費が出ないということは、開催されたら交通費が出るという意味か』と、悪意ではなく本気で質問してくる人がいるかもしれない。だから、その対策として、『開催の場合も交通費はお支払いしません』という言葉を追加しなくてはいけなくなる。
このように、いろんな可能性に先回りしようとして、文言がどんどんムダに増えているのです」(経営コンサルタント)

従来なら「常識で判断してくれ」のひと言で済んだものが、今ではいちいち明記しないと突っ込まれる。
テレビCMや商品パッケージなどにある説明文が、妙に細かく長ったらしくなっているのも、その表れだ。
「保険業界の広告は注釈がやたら多いのが特徴。
監督官庁からのお達しで『消費者への誤解を与えないため』というのが、一応の理由ですが……」
こう語るのは現役の保険会社社員。
現在の自社の広告につくづく嫌気がさしているという。

〔他人の悪事をパトロール〕
「たとえば、保険料を表示する際、年齢、性別、保険期間、保険料払込期間に加え、『この保険には解約払戻金がありません』ということも表記します。
でも、紙の広告ならともかく、CMでわずか数秒表示されただけの文章を全て読める人なんていません。
会社側も明記したという『アリバイ』さえあればいい。
消費者のためと言いますが、なんの解決にもなっていませんよ」(同保険会社社員)

総合病院で働くある看護師には、こんな経験があった。
「ウチの病院の待合室では、以前はフルネームで患者さんを呼んでいました。
でもある時期から、『なぜ人前で名前を呼ぶんだ、個人情報の流出じゃないか』と文句を言う人が出始めたんです。
仕方がないので、患者さんに番号札を渡して、数字で呼ぶ方式に変更したのですが、数字だと自分が呼ばれていると気づかない患者さんが多くて……。
そもそもウチの患者さんは高齢者が多いので、ハッキリ名前を呼ばないと、そのまま座ってらっしゃるんです。
結局、何度もお席まで呼びに行かなくてはいけなくなって、前より時間がかかるようになってしまいました。
個人情報云々と騒ぐ人なんてごく一部なんですけど、無視できないのがつらいところですね」

他にも、一部のペットボトルには「空容器は投げ捨てないようにご協力ください」などと書かれている。
これは、「ペットボトルのポイ捨てを撲滅する企業努力をしろ」との正論に対応した結果である。
ここでもポイントは、そういう正論を吐く人は直接被害を受けているわけではない、という点だ。
「ポイ捨て=悪」、この誰も反論できない図式をタテに、一方的に企業に努力を迫っているのだ。
クレーム対応コンサルタントの援川聡氏は、こうした正論バカが増長する理由にインターネットの存在を挙げる。
「今の時代、最初は1~2名からの批判でも、ネットが増幅器の役割を果たし、何十何百倍に膨れ上がる可能性がある。
そして、それがまるで世論であるかのような認識をされてしまう。
そうなってから反論したとしても、企業に得るべきものはなく、リスクのほうが大きい。
なので、企業側は先回りして自粛するわけです」
正論を言えば、大企業が自分にひれ伏す—そんな錯覚を抱き、日々、企業の悪事をパトロールする人々がネット上で増殖している。
前出の濱田逸郎氏が彼らの手口を補足する。
「目的の企業だけではなく、取引相手にまで攻撃をしかけるのです。
『電突』と呼ばれ、『なぜあんな企業のスポンサーをしているのか。説明しろ』と、直接電話で要求する。
始末の悪いことに、相手の電話番号を含め、『電突の仕方』といったマニュアルがネットに公開される。
法的にも対処のしようがなく、スポンサー企業としても門前払いすることができないんです」

こうした現状が、企業側にも一つの「歪み」を生んでいる。
「正論バカ」に呼応する「コンプライアンスバカ」の登場である。
前出とは別のある保険会社は、5年ほど前、公式フェイスブックサイトの立ち上げを検討した。
「マーケティング担当役員が、2000万円以上かけて調査会社に委託したんです。でも最終的な結論は『炎上が怖いからサイトは作らない』。
部署の若手は『やる価値はある』と反論しましたが、『何かあったらお前ら責任とれるのか』という上司のひと言でオシマイです」(同社社員)
話はこれで終わりではなかった。この社員が続ける。
「それから数年後、他社の様子を見て、さほど危険はないと判断した役員が、SNSを使ったマーケティングをやっと導入したんです。
でも、他社がやった後では話題にもならない。
システム作りにムダなおカネを遣っただけで、たいした効果はありませんでした。
問題は、完全に仕事として失敗しているのに、数年前に導入に反対した上司は何の責任も取らされないということ。
『コンプライアンスを重視して慎重に仕事をした』と主張する社員を、会社としてはマイナス評価しにくいんです」

コンプライアンスバカも、正論バカの一形態だと言える。
あれも危ない、これも危ないと、他人の仕事のリスクばかりを挙げつらって潰し、自分自身は何のリスクも負わないし、何も生み出さない。

〔問題が起きたら逃げる〕
「コンプライアンスバカというのは、わりといい大学を出てお勉強ができる人に多い傾向がある。
子供の頃から優等生として育ち、ミスをしたくない、評価を下げたくないという思いが強い。
そのため、トラブルが起きる前に回避することばかりを考えて、ツケが現場に回ってくるのです。
しかも、こういう人に限って、本当に問題が起きた時には責任逃れをして、まるで役に立たない」(東京工業大学特任教授の増沢隆太氏)
「正論バカ」に「コンプライアンスバカ」。
こんな連中が社会を支配するようになれば、そのうち「100%正しい」というものしか認めなくなる。
そんなものが存在するかどうかも疑わしいが、いずれにせよ、そういう社会が面白いはずがない。
今年1月から3月まで放送されていた日本テレビ系のドラマ『明日、ママがいない』は、舞台となった養護施設の描き方に問題があるとして猛批判が集まった。スポンサーが次々に降板するなか、代役を名乗りでるも、日テレ側に拒否された高須クリニック院長の高須克弥氏が振り返る。
「あのときのスポンサー企業は、他社が皆降りるから、自分たちも降りようという判断だった。
皆が同じ意見になってしまうのは恐ろしいことで、ひとつ間違えば、一企業のみならず国や民族を滅ぼすことだと思います。
様々な意見が許容されて、偏り過ぎたら倒れないようにバランスが働く。
そんな社会が健全なのであり、少数の大きな声がまかり通る今の時代は、極めて危険だと思います」
前出の細井氏も続ける。
「文句を言われても、ちゃんと答えられるように骨太になっておくこと、腹をくくっておくことです。どんな状況下でも、譲れないものは譲れないと主張していく。正論に無条件に屈するのではなく、その背景というか、正論を吐く人の動機は何なのか、読み取る力を持ってほしいですね」
右を向いても、左を向いても正論ばかり。一々それらに合わせていたら、やがては企業も人も身動きがとれず、何もできなくなる。自分の正しさに酔う正論バカを、時には毅然と無視する見識が必要なのだ。
「週刊現代」2014年9月13日号より

2014年09月17日(水)週刊現代

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【平蔵の独り言】
『羊の目』正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。 (伊集院静)

正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。

正論(ルール)からは何も生まれない。

できる範囲のことをしていけばいい。

【独り言】
30年余前であるが、納品物に問題が起きた。
お詫びと対策を持って、伺った。

以後、この対策をチェックするセクションができた。
高度成長期だったので、新たな問題に対して対策が増えてきた。
やがて納品前のチェックも増えて納期が遅れるようになってきた。

「対策を見直しましょう」
と、提案したが・・・・・・・・・・・・・・

バブル崩壊後、特に感じるのは
企業のトップに上りつめるのは、
管理職時代に何も新しいことをしなかった
つまり、失敗をしなかった。

結局官僚組織、一億総官僚

大宅壮一が以前(50年?)言っていた
「一億総白痴化」
ことばを思い出した。

【平蔵の独り言】
「正論バカ」に「コンプライアンスバカ」。
こんな連中が社会を支配するようになれば、そのうち「100%正しい」というものしか認めなくなる。

【独り言】
誰も責任は取らない世の中
まあ、日本の“行政の長”の軽い事・軽い事
民間は“お詫びを申し上げます・・・・・”
行政は何を言っても責任も“お詫びもない”

猿でもできる反省もない。
反省したら、じゃあどうするかが大事なことだと思うが

反省しなければ、何も考えなくてもいいからですからね!
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by asanogawa-garou | 2014-12-15 17:04 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。〔山崎武司〕   

2014年 06月 30日
よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。〔山崎武司〕
現役生活を27年も続けられたのは、何事にも正直に生きてきたから。
年をとったら、無理は体の毒。
自分の体との対話が大切なんです。


〔ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。〕

〔本書は人間関係の大切さも教えてくれます。“11年、43歳で楽天を自由契約になったときは、古巣の中日に自ら「雇ってください」と頭を下げ、契約してもらった。言いたいことを言ってきた割に、関係性は保たれているのですね〕

〔いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。〕
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よく「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。
僕はもともと練習が大嫌いなんです。
年齢を重ねると、今、こういう原因で打てないんだというイメージがはっきりできるようになる。
そこで短時間で補うだけで十分なんです。

たとえば、下半身の切れが悪いと思ったら、30m走を徹底的にやるとか。
ベテラン選手は故障して、その後本来のプレーを取り戻せなくなるパターンが圧倒的に多い。
年を取ると、練習は、身になるより疲労になることのほうが多いですから、無理は体に毒です。
だから「もう、やーめよ」という制御スイッチが必要になってくる。

僕はシーズンオフに入ったら、2月のギャップインまで一切バットは振らなかった。

〔ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。〕
ただ、小さなことでもいいので、これだけはやっておこうというものを持つことも大事です。
僕は20年近く、毎年1月になるとハワイで約2週間、
自主トレを行っていたのですが、
毎朝8時からする6km走だけは、
どんなに辛くても歩いたことがない。
一回でも足を止めたら、そのときは野球をやめるときだと思っていました。

〔本書は人間関係の大切さも教えてくれます。“11年、43歳で楽天を自由契約になったときは、古巣の中日に自ら「雇ってください」と頭を下げ、契約してもらった。言いたいことを言ってきた割に、関係性は保たれているのですね〕
中日を自分の主張で飛び出したからといって、そこで仲が悪くなるということはありませんでした。
お世話になった人には節目で挨拶をしたりしていましたし、何か言うときも、自分の中では筋を通してきたつもりですから。
楽天を辞めるときにコーチ就任の打診がありました。
「仕事ないだろう」と。

でも僕は若手に「野球選手は力がなくなったら去るしかないんだ」と言い続けてきましたから。
そこで楽天にしがみついたら、言ってきたことが嘘になる。
だからオファーを受けるわけにはいかなかったんです。

〔いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。〕
40歳を超えてもスラッガーとして活躍した〔山崎武司〕の経験から得られた、
ビジネスマンにも役立つ知識が詰まっています。
いかに思ったことを率直に口にして生きてきたかがわかります。

衝突した相手のことは実名で『コノヤロー』って書きましたからね(笑)
02年には山田久志監督とぶつかって中日を去り、
04年は伊原春樹監督とあわなかったこともあってオリックスから解雇通告を受けています。
その正直さが愛される理由でもあるのでしょうが、なかなか真似できることではないですよね。
27年間、プロ野球の世界で生きてきて、ここは誇れるというものがあるとしたなら、
やりたい放題やってきて、これだけ長くできたということかな。
04年にオリックスをクビになり、一時は引退も覚悟したのですが、新規参入した楽天に拾ってもらった。

書いたのは私です。〔山崎武司〕
『40代からの退化させない肉体進化する精神』

週刊現代2014年6月21日号

【平蔵の独り言】「努力は嘘をつかない」と言うけど、努力なんて、嘘つきまくりますからね。

〔独り言〕嘘をつきまくられるのも、努力をしているからですよね!
努力をしていなかったら、嘘もついてもらえないですから。
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by asanogawa-garou | 2014-06-30 16:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

テレビ視聴率「大逆転」の舞台裏!<テレビ朝日>12年度視聴率で初の2冠達成<TBSがフジを抜き3位>   

2013年 09月 05日
テレビ視聴率「大逆転」の舞台裏  2012/08/23
【大異変である。テレ朝が日テレとフジを抑え、四半期3冠王に躍り出た。】
かっては「民放のお荷物」と言われた。
日本中がバブル景気に浮かれた‘80年代後半、視聴率は4大キー局でダントツの最下位だった。

【<テレビ朝日>12年度視聴率で開局以来初の2冠達成  全日は42年ぶり2位】  2013/04/02
〔<年間視聴率>テレビ朝日 開局以来初の2冠 12年度〕

<TBSがフジを抜き8月平均視聴率で3位>  2013/09/05
TBSがフジを抜き8月平均視聴率で3位
■フジテレビ~振り向けばテレビ東京への軌跡
■TBS『半沢直樹』30・0%記録

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<TBSがフジを抜き8月平均視聴率で3位>  2013/09/05
TBSがフジを抜き8月平均視聴率で3位
■フジテレビ~振り向けばテレビ東京への軌跡
■TBS『半沢直樹』30・0%記録

TBS、8月平均視聴率でフジを抜き3位

TBSは2013年8月の平均視聴率が、
ゴールデン(午後7~10時)・プライム(午後7~11時)の両時間帯でともに10.5%で
フジテレビを抜き、在京キー局第3位に浮上したと9月4日の会見で明らかにした。
好調が続くドラマ「半沢直樹」、また「世界陸上」の高視聴率が牽引した。

フジはそれぞれ9.7%、9.9%に留まり、TBSはどちらも10・5%で
フジのトップ3陥落となった。
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【平蔵の独り言】
フジ(リモコン“8”)ほとんど選択しない。
ラテ版もNHK・(テレ朝)

40余年前フジが市谷河田町に社屋があった頃
1年間近くまで通っていた。
頑張ってほしい!

「俺たちひょうきん族」 が懐かしい! 
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【<テレビ朝日>12年度視聴率で開局以来初の2冠達成  全日は42年ぶり2位】  2013/04/02
まんたんウェブ 4月1日(月)10時39分配信
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年度視聴率で開局以来初の二冠を達成したテレビ朝日
 テレビ朝日は1日、12年度の平均視聴率が、ゴールデンタイム(午後7~10時)で12.4%、プライムタイム(午後7~11時)で12.7%を記録し、ともに1959年の開局以来初めての首位を獲得し、12年度の視聴率「2冠」を達成したと発表した。
全日帯(午前6時~深夜0時)は7.8%で42年ぶりの2位を獲得した。

【写真特集】テレビ朝日 : 視聴率好調の理由 “キャストより内容”が時代にマッチ

 ドラマでは、12年民放ドラマトップの平均視聴率24.4%を最終回(昨年12月13日)に記録した米倉涼子さん主演の「Doctor-X 外科医・大門未知子」をはじめ、最終回SP(3月20日)で13年の民放ドラマで最高となる平均視聴率20.7%を記録した
「相棒シーズン11」(シーズン平均17.3%)などが高視聴率を獲得。
お得意のバラエティーでは、安定した人気を誇るレギュラー番組を長時間のスペシャル番組として弾力的に投入するなどして好成績を残した。

 さらに、スポーツ中継では、昨年6月に行われたサッカー日本代表のW杯アジア最終予選3連戦(オマーン、ヨルダン、オーストラリア戦)でいずれも30%超という爆発的数字を記録したほか、同9月の対イラク戦も28.9%、同11月のオマーン戦も30%を獲得。

3月に行われた野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、2次ラウンドの台湾戦の30.3%など高視聴率を獲得、フィギュアスケートでも20%超を連発するなど、スポーツ中継の好成績も2冠達成を後押しした。

 全日帯では、夕方の情報番組「スーパーJチャンネル」やドラマ「相棒」シリーズのリピート放送が好調で、当初は苦戦していた朝の情報番組「モーニングバード」も他局と肩を並べるまでに成長しており、42年ぶりの年度視聴率2位に貢献した。
なお、同局が独自に設定している「プライム2」(午後11時~深夜1時)も年度平均8.5%で8年連続の1位で確定した。

 同局は13年度中にプライムタイム世帯視聴率1位を目標とする経営計画「デジタル5ビジョン」を掲げており、昨年4月には開局以来初の月間視聴率3冠を達成。
その後、12年4月クールの四半期視聴率でも3冠を初めて獲得、
12年度の上期視聴率では初めてプライムタイムでトップに立ち、
12年の年間視聴率でもプライム首位を獲得するなど、好調を持続している。

 同局の早河洋社長は3月26日の定例会見で、
「ここまでの1年あまり、編成、制作、スポーツ、興行などの現業系がフル回転で物作りに取り組んでくれた。その結果、年度を通して先行局と競い合うことができたと思っている。年度が替わってもチャレンジ精神を持って新たな気持ちで取り組みたい」とコメントしている。(毎日新聞デジタル)

〔<年間視聴率>テレビ朝日 開局以来初の2冠 12年度〕
毎日新聞 4月1日(月)12時36分配信
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テレビ朝日本社ビル =東京都港区で、本社ヘリから小出洋平撮影
 テレビ朝日は1日、2012年度の年間視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)がゴールデンタイム(午後7~10時)で12.4%、プライムタイム(同7~11時)で12.7%となり、NHKを含む在京キー局で首位だったと発表した。いずれも開局以来初めて。

 全日(午前6時~翌日午前0時)は7.8%で、日本テレビの7.9%に次いで2位だった。


【平蔵の独り言】
サッカー中継、ドラマ「おみやさん」、「相棒」、「科捜研の女」
確かに  リモコンは真ん中“5”(テレ朝)
を見たい番組を選択している。

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テレビ視聴率「大逆転」の舞台裏  2012/08/23
【大異変である。テレ朝が日テレとフジを抑え、四半期3冠王に躍り出た。】
かっては「民放のお荷物」と言われた。
日本中がバブル景気に浮かれた‘80年代後半、視聴率は4大キー局でダントツの最下位だった。

そのテレビ朝日がいま躍進している。
4月クール(4月~6月)の四半期視聴率で、
‘59年の開局以来初となる3冠(全日、ゴールデン、プライム)を達成した。

〔テレ朝はなぜ強くなったのか。昨年末、早河洋社長が社員向けに行ったスピーチだ〕
「福島第一原発の初期報道に当たる5日間、あるいは10日間、
我々は大事なことを報道していなかったんじゃないか。
これは報道スタッフの責任ということではなく、私自身の責任として感じたことです。

政府は、東電は、なぜ2ヶ月経ってからメルトダウンを認めたのか。
なぜ8ヵ月も経って、核燃料が圧力容器を突き破ったと発表されたのか。
あとからあとから情報が出てくるが、
実際は水素爆発の時点で大量の放射性物質が環境の中に放り出されたわけです。


災害報道はえてして定型に陥っていく。
被災地はかわいそうだ。という情緒的な物語に落とし込んで終わりでいいのか。
それを考え続けてほしい」


原子力ムラと利害関係のあるテレビ局の社長としては、
かなり踏み込んだ、リスキーな発言だ。

だが、社長がここまではっきりと旗幟を鮮明にすれば、現場の士気は上がる。

及び腰の他局を尻目に政府、東電、原子力ムラの批判を続け、
視聴者の圧倒的な支持を獲得。

社長の号令のもとリスクがとれるテレ朝。
昨年まで30年間、
交替で3冠を独占してきた日テレ、フジの2大巨頭にとってもその存在は脅威だ。


【ありえない巨額投資】

50年以上視聴率下位に甘んじてきたテレ朝が「大逆転」を果たすための秘策、
「たとえば00年、01年~08年のアジアサッカー連盟主催の地上波独占放送権を獲得した。
多額の放送権料(推定約100億円)を考えるとまさに賭けでしたが、
『サッカーはテレ朝』というイメージを視聴者に植えつけたし、
視聴率的にも成功した。
『あの局は元気がいいな』と視聴者に思わせることもテレビ業界では必要なんです。先行投資のようなものですね」


【ワイドショー・バラエティ・ドラマ お客は何でも知っている】


[ドラマ]:最近のドラマの低調ぶりを分析する。
「まず脚本が幼い。
ドラマは脚本が何より大事なのに、
いまの制作者は口うるさい実力者の起用を避け、
何でも言うことを聞く若い脚本家を起用します。
ドラマの不調は便利な脚本家を使い続けたツケなのではないでしょうか。
作り手側の都合だけで脚本を書いている。
ドラマは大きなウソをつく代わりに、
細部は徹底的にリアリズムを追求しないと、
視聴者にすぐに見透かされてしまうんです。」

[自主映画]:「かつては注意喚起するだけで人々が動いてくれた時代があった。
でもいまは『共感』がないと人は動いてくれません。
テレビ局が番組内で自社映画を機械的に大量宣伝するような手法も、もう通用しなくなりつつある。
名前を連呼する選挙活動と同じで、『この映画はすごいんだ』だけでは意味がない。
作り手自身が信じていないコンテンツを、着飾らせて押しつけようとしても絶対にバレます。
そして、それは結果的に視聴者を裏切ることになる」


【お笑い芸人はいらねえよ】

何か志を持てば、いまのテレビはもっと良くなるんじゃないか。
具体案を挙げるなら、『お笑い芸人を一切使わない』という誓いを立てたらいい。

最近のお笑い芸人は内輪話を繰り返しさらけ出してるだけだろ。
それによりかかって番組を作っているディレクターって寂しくないか。
自分の作りたいものがないんだよ。
10%が目標なら、タレントに頼ればいい。
でも20%は取れない。
お客さんはバカじゃないから、『また同じことやってる』ってバレるんだ。

『アメリカ横断ウルトラクイズ』にタレントが必要だったか?
テレビマンは『本物』を撮ればいいんだよ」

ほうっておいてもテレビを観てくれる時代は終わった。
この戦国時代を勝ち抜くためには、
「サービス精神」と「志」を併せ持つ作り手が求められている。

――――――――
30年間、交替で三冠を独占してきた日テレ、フジ(巨人:日テレ、笑っていいとも:フジ)

週現スペシャル〔おごれるフジは久しからず。リスクをとったテレ朝が勝った〕
週刊現代2012/8/18・25号

【平蔵の独り言】
3.11からか?地デジからか リモコンは真ん中“5”(テレ朝)
パブロフの犬 でない国民にならないと
ますます沈没していく日本を浮上させるのは マスメディア

見たいドラマがない。
バラエティがつまらない。
 (出演者同士が面白がっている。お笑い芸人のどこが面白いのか。)
報道は最悪(全ての局がスライドを流している。)
違う断面から切り込んでもいいのではないか。

以前・・・・・日本を〔パブロフの犬〕にするマスメディア!

〔東日本大震災の報道〕
〔一年経ち、福島県のある村長の言葉〕
〔「テレビはカネで黙らせられる」(コンプガチャ)〕

日本の明るい明日が見えてきたのかな!
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by asanogawa-garou | 2013-09-05 15:29 | 今 今日この頃 | Comments(1)

〔『半沢直樹』の世界は本当だった!「銀行マンの出世争いはこんなにエグい」〕   

2013年 08月 17日
〔『半沢直樹』の世界は本当だった!「銀行マンの出世争いはこんなにエグい」〕  週刊現代2013/8/17・24号

『融資を引き上げろ』
『部下の手柄は上司のもの。上司の失敗は部下の責任』
『(銀行は減点主義です)』

〔40代から「黄昏研修」〕
〔『半沢直樹』に熱狂的なファンがついている!〕

『半沢直樹』が証明してみせた"テレビ離れ"の本当の原因
今日性のないドラマは消えていく

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『融資を引き上げろ』
「銀行は、晴れた日に傘を差し出し、雨の日には傘を取り上げる。銀行員の常識は世間の非常識だ」

『部下の手柄は上司のもの。上司の失敗は部下の責任』
という風潮は今も残っているのです。

『(銀行は減点主義です)』
銀行内で出世していくには、まずはミスをしないこと、その上で成果を上げることが求められる。
(銀行は減点主義です)
「一度でもバツがつくとそれが出世に響く」

〔40代から「黄昏研修」〕
「どんな世界にも派閥はあるが、とくに銀行はその傾向が顕著です。」
派閥はどうやって作られるのか。
多くの場合、若手行員の時代から先輩の“引き”によって自然と派閥が生まれていく。
一方で、先輩や上司から“引き”のない行員は、派閥に入ることさえできず、出向対象としてリストアップされます。
同期との成績争いや派閥争いに負け、出世レースから脱落すると、
40代から「黄昏研修」と呼ばれるセミナーが待ち受けている。
他の業界よりも「肩たたき」=出向が早いのも銀行の特徴である。
一般の企業なら働き盛りの40代半ばで、第二の人生、
そして老後の生活設計を考えることを強いられるのだ。
銀行の場合、同期入行の行員が100人いたとすると、50歳で残れるのはわずか3人。
役員にまで昇りつめるのは、せいぜい1人だ。
あぶれた97人は、必然的に「出向」ないしは「転籍」となる。
それまで、融資先や顧客から、銀行の威光を背景に「エリート扱い」をされてきた銀行マンたちが、日の当たらない存在へと立場を移すのである。
そのとき、彼らのプライドは打ち砕かれ、受け入れ先に対して卑屈になってしまうとしても仕方がないだろう。
一般の人よりも一足先にやってくる、サラリーマンの“黄昏”時だ。

〔『半沢直樹』に熱狂的なファンがついている!〕
清濁併せ呑むヒーロー『半沢直樹』に熱狂的なファンがついているのは
『半沢直樹』のようなヒーローが今、多くの人を惹きつける理由をこう分析する。
「かつては銀行マン=エリートと思われていたけれど、
今やそんな特別視される存在ではありません。

昔は侍のようなバンカーもいました。
50年代に倒産寸前に陥ったホンダに、
重役たちの反対を押し切って融資を継続したという
三菱銀行のバンカーの存在は、今も伝説として語られています。


しかし、今は企業の財務しか見ませんから、こんなことはできないでしょう。
だからこそ、上司と対峙して、理不尽には徹底的に抗い、ときには汚いやり方にも手を染める、
清濁併せ呑むヒーロー『半沢直樹』に熱狂的なファンがついているのではないでしょうか」

――――――――――――――――――――――――――――
『半沢直樹』が証明してみせた"テレビ離れ"の本当の原因2013年08月14日(水) 高堀 冬彦 現代ビジネス
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TBS日曜劇場『半沢直樹』公式HPより
TBS日曜劇場『半沢直樹』の勢いが止まらない。
視聴率は初回が19.4%。以後、第2話が21.8%、第3話が22.9%、第4話が27.6%、第5話は29%---。
「録画率が高まったので、もうドラマでは高視聴率は取れない」。
そう口にするテレビマンが増えていたが、そんな考え方は間違っていたらしい。『半沢直樹』の視聴率は、録画機器の普及率が低かった昭和の時代と比べても遜色がない。

1970年代の『時間ですよ』(TBS)や『寺内貫太郎一家』(同)とほぼ同水準だ。

どんな時代だろうが、面白いドラマは高視聴率を得ることを『半沢直樹』は証明した。
パソコンやゲーム、スマホの出現も関係なかった。
近年、視聴者のテレビ離れが指摘されていたが、
それは単に魅力的な番組が不足していただけだったらしい。

既存作品の否定によって進化してきたドラマ
『半沢直樹』は今後のドラマ界の潮流も変えてしまうだろう。
爆発的人気を得るドラマが登場すると、それまでのドラマは急速に色褪せてゆくものだから。

たとえば、バブル期の1980年代後半から90年代前半に台頭したトレンディドラマを失速させたのは、日本テレビの『家なき子』(1994年)だったと思う。フジテレビ『東京ラブストーリー』(1991年)に代表されるトレンディードラマは、恋愛至上主義で、登場人物たちの関心事はもっぱら異性だったが、『家なき子』は親子愛の尊さを見る側に突き付けた。恋愛至上主義の否定だ。

バブル期の恋愛観には、金銭的条件に左右されやすいという脆弱さがあった。
拝金主義がピークに達していたころで、
「三高(高収入、高学歴、高身長)」の男性が無条件にもてはやされていた。
そこに登場した『家なき子』の主人公・すず(安達祐実)は、露骨に金に執着して、見る側に嫌悪感さえ抱かせたが、彼女こそ拝金主義がカリカチュアライズされた存在であり、バブルというものを体現していたのだ。

見る側が嫌悪したのは、実は自分たちの生きている時代だった。
すずが本当に大切にしていたのは母親(故・田中好子さん)だ。
母親もすずに無私の愛情を注ぎ、命懸けで彼女を守った。
その親子愛の尊さは、三高などの条件に支配される恋愛とは次元が違った。
恋愛至上主義が色褪せてしまうのも仕方がない。

非現実的な刑事ドラマを終わらせたのは、フジ『踊る大捜査線』(1997年)だろう。
警察組織の仕組みやキャリアとノンキャリアの違いなどをリアルに描き、
それによって、一人の敏腕刑事が事件を次々と解決するような
非現実的ドラマは過去のものになった。
テレビ朝日『相棒』(2002年~)の主人公・杉下右京も東大卒のキャリアであり、
だからこそスーパーマンぶりにも一定の説得力が保たれている。

メッセージ性の弱いドラマを打ちのめしたのは、日テレ『家政婦のミタ』(2011年)だろう。
大切な人を失って絶望した人間が、再生していく過程が鮮やかに描かれた。

東日本大震災から約半年後の放送。
被災者だけでなく、誰にでも大切な人を失った経験はあるはずだから、広く共感を集めた。
このドラマの放送後、いわゆる「ハートフルな作品」なるものが陳腐化していった。
甘ったるいだけに見えてしまうようになった。
ドラマは既存作品を否定することによって進化し続けてきた。

リメイクのヒット作もあったが、当たるリメイクには、ほぼ例外なく抜本的変化が加えられており、単なる焼き直しではなかった。
失敗の典型例は名作映画『砂の器』(1974年)のリメイクだろう。
連続ドラマ、スペシャルドラマとして何度もリメイクされたが、
一度として映画を凌いだ作品はない。
リメイク版ではキャストや設定の一部が変えられたが、本質的な違いはなく、
スケールダウンしただけ。それでは元祖版を超えられるはずがない。

今日性のないドラマは消えていく
振り返ってみると、爆発的人気を得たドラマには共通点が見出せる。
いずれにも今日性があり、時代が織り込まれていた。
トレンディードラマ全盛の時代は、若年層が表向き経済的に恵まれ、
将来への不安があまりなかったから、恋愛に没頭できた。
ときには恋愛をゲームにさえする余裕すらあった。
恋愛至上主義が成立する土壌があった。

警察の不祥事が続発し、「警察=正義」という図式が成り立たなくなった後の『踊る大捜査線』や『相棒』には、警察内の腐敗がしっかり盛り込まれた。
『家政婦のミタ』には、父親・阿須田 恵一(長谷川博己)の不倫や母親の自殺があった。
実際、この世知辛い時代に何一つ問題や不安を抱えていない家族は、そうないだろう。

そして、『半沢直樹』には、現代ビジネス社会の暗部が刻み込まれている。

多くのテレビマンは、「テレビの真骨頂は生(放送)だ」と口にするが、ドラマも同じなのだろう。
それを分かっていながら、実践するのは難しいらしく、旧態依然とした作品も少なくない。

各局のタイムテーブルには、10年前、20年前に放送されていても不思議がないようなドラマもあるが、いずれも視聴率は振るわない。

今日性の有無だけではなく、もちろん質も大切だ。
テレビマンの一部には「視聴率は低かったが、質や芸術性は高かった」と口にする人もいるが、どうも疑わしい。
本当に質が高ければ、視聴者だって支持するはずだ。
視聴者の目を舐めてはいけない。「質や芸術性は高いのに、見てもらえない」という言い分は、一部テレビマンの驕りにほかならないと思う。

映画の興行収入を見てみれば分かる。
邦画の興行収入の歴代1位は宮崎駿監督による『千と千尋の神隠し』で、約304億円。
この作品の質と芸術性を誰が否定できるのだろう。
本当に良質であれば、ドラマも広く支持を集めるはずなのだ。
質が抜群と評判の日本テレビ『Woman』も徐々に視聴率を伸ばしている。

最近、活字メディアで書かれているドラマは、『半沢直樹』『Woman』、そして『あまちゃん』の3作品しかないと言っていいくらいだ。
いずれの作品も今日性と質の高さを併せ持っている。
『Woman』は現代を懸命に生きる市井の女性を、細部に至るまでリアルに描いている。
主人公・青柳小春を演じる満島ひかりと、母親・紗千役の田中裕子の演技は白眉としか言いようがない。
『あまちゃん』は1980年代と今のサブカルチャーを対比させることにより、現代をくっきりと浮き彫りにしている。筋書きも凡百ではなく、意外な展開の連続であり、放送が始まると同時に犯人が分かってしまうような2時間サスペンスとはレベルが違う。
これから先、今日性のないドラマは消えていくのではないか。

1970年代の『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』にも当時としては斬新な演出が採り入れられており、しかも時事問題が随所に盛り込まれていた。

また、現在のドラマ界には、「まず、数字(視聴率)を持っている役者を起用する」という考え方も根強く存在するが、そんなドラマ作りは廃れていく気がする。

『半沢直樹』主演の堺雅人にアイドル的人気はないし、『Woman』の満島ひかりは民放ドラマ初主演。
『あまちゃん』主演の能年玲奈にいたっては、新人なのだから。
この3作品の好調を受けてもドラマ界の潮流が変わらなかったら、本当にテレビ離れが止まらなくなってしまう気がする。


【平蔵の独り言】
『融資を引き上げろ』
「銀行は、晴れた日に傘を差し出し、雨の日には傘を取り上げる。銀行員の常識は世間の非常識だ」
これは今も変わっていない。(引き剥がし)
バブルの時、地銀でバブルに踊った地銀と手堅い地銀を見てきた。
某都市銀行が分不相応な融資を持ってきた。

このドラマは、高度成長期に走ってきた “団塊の世代”にとっても
団塊の世代に頭を押さえつけられてきた 40-50代にとっても

叫びたい “今日性” の出来事が含まれているからだと思う。

特に最近思うのは、何もリスクを取ってこない人間が
企業にも政治にもトップとして残ってしまう。
リスクを取って勉強して努力した人間が一度の失敗で残りのノンポリ(マスメディアも含む)が
舞台から引きずり下ろして、みんな安心している。

『半沢直樹』が証明してみせた"テレビ離れ"の本当の原因
に1970年代から2013年(今)を述べられている。

これを”市井の人“が共感しているのだろう。

行く末を見てみたいが(そして誰もいなくなった)
にならないでほしい・・・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2013-08-17 16:54 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

開成、灘、筑駒 卒業30年後の「神童」たち・天才と呼ばれた子どもたちは、大人のなって幸せに・・・   

2013年 05月 31日
開成、灘、筑駒 卒業30年後の「神童」たち
天才と呼ばれた子どもたちは、大人のなって幸せになったのだろうか

週刊現代 2013/5/11・18号

〔『小学校時代から神童と呼ばれました』。3校の卒業生は必ずそう謂う。少しズレた感覚で青春を送った彼らも、大人になり、50歳を前にして思う。俺はいつから『特別な人間』じゃなくなったのかーーー〕

【『小粒』な人ばかり】
「一言で言えば『小粒』ですよね。自分の目に見える範囲の仕事しかしない。最後の最後で『それは政治家の領域でしょ』と逃げる。

【選挙に勝てない】
〔そこで支えてくれたのが、地域の名もない若者やオバチャンたちです。〕

【人を喜ばすことができない】

【人生いろいろ、秀才もいろいろ】
〔行方不明になったやつもいる。無職でブラブラしているやつもいる〕

〔人生いろいろ。どんな進学校をでても、その先の人生は保証されない。
だが、エリートコースを外れた「神童」たちのほうが、どこか生き生きして見えるのは、気のせいだろうか。〕


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〔『小学校時代から神童と呼ばれました』。3校の卒業生は必ずそう謂う。少しズレた感覚で青春を送った彼らも、大人になり、50歳を前にして思う。俺はいつから『特別な人間』じゃなくなったのかーーー〕

「自分は特別なんだ、ずっとそう思って生きてきました。でも自分の会社人生の先が見えてきて、気づいたことがあります。ひっとしたら、灘高卒という学歴は俺にとって邪魔だったののかもしれない、って」

自分では同期の誰よりも優秀だと思ってきましたが、50歳を前にして、役員になれないことがハッキリとわかった。

「中学生の時代から、親であれ、親戚であれ、同級生であれ、『周囲に尊重されている』という安心感に包まれて生きてきた。
しかし、会社組織はもちろん、自分の築いた家庭においても、無条件で尊重されることはありえないんですね。
家庭では妻に役立たずと言われ子どもに無視され、会社も私を役員に選ばなかった。
灘高卒でなければ、もっと謙虚に生きられたかもしれない。
そう思うことがあります。
それでもなお、私にとって『灘高を出た』という事実は大切なのです。
理屈ではなく、心と身体に染みついた、大切なアイデンティティなんです」

「灘なは優秀な人間も多くいたことは認めますし、私も同級生たちから大きな刺激を受けました。
ですが『本当に才能溢れる人間』は、灘のような学校に入って来ないんじゃないかと、社会に出てから思うようになりました。」

灘にせよ開成にせよ、ああいう学校は『周囲に合わせて自分の欲求を修正できる人間』を入試で選別している。
いい学校に入って欲しいという親の欲求に敏感な子どもだから入れるわけで『神童』ではなく『秀才』なんだと思います。
マグマのように内発的な衝動を持っている人間が入れる学校ではないんですね」


【『小粒』な人ばかり】
「自分は特別」と思い続ける人がいる一方で、受験秀才だからこそ、高いレベルでの「安定」を求めるタイプも多い。

開成卒の40代霞ヶ関キャリア官僚は、開成→東大を経て中央官僚になる人間の「限界」を痛感しているという。

「一言で言えば『小粒』ですよね。自分の目に見える範囲の仕事しかしない。
最後の最後で『それは政治家の領域でしょ』と逃げる。
それでいて、内心では政治家より自分のほうが頭がいいと思っている。

霞ヶ関ってペーパーテストエリートにとっては居心地のいい職場なんです。
すべての仕事が紙ベースで進み、アドリブがいらない。

世の中の動きに鈍感であっても許される。
目の前の課題書類を決められた時間内で仕上げるのは、
まさに受験エリートの得意とするところです。」

【選挙に勝てない】
〔そこで支えてくれたのが、地域の名もない若者やオバチャンたちです。〕
三重県知事の鈴木英敬氏(38歳)は、政治家として灘高→東大の学歴を邪魔に思うことがあるという。
「『一定の努力を積み重ねてきた証拠』と評価されることもある一方で。
『ああ、そういう階層の人間か』と見られることもある。
政治家は『身近な存在』であることが重視されるから、そういう意味ではマイナス面もありますね」
鈴木氏は‘11年の三重県知事選に当選する前、
’09年の衆院選で三重2区から出馬して落選している。

その時に「世間の厳しさ」を身をもって体験した。
「選挙が近ずくにつれ、結果を見越して人が離れていく。そして実際に落選。
無職になるわけだから嫁さんに謝り、翌日からどうやって家族を養っていくか、
先が見えない不安と焦燥に襲われた。
衆院選のために数千万円の借金をしていましたし。人生で初めての、大きな苦難でした。
悩んだ末、この三重で、地域に根づいて頑張るしかないと思った。

〔そこで支えてくれたのが、地域の名もない若者やオバチャンたちです。〕

落下傘で落選して、僕と付き合っても何の得もないのに、応援してくれる人が出てきた。そういう人たちへの思いが、僕の政治家としての原点です」

【人を喜ばすことができない】
ペーパーテストには正解があるが、接客業にすべての人が喜ぶ「公式」などない。
相手によって、タイミングによって、柔軟に変えていかなければならない。
現場で学ぶ。それは学歴至上主義とは真逆だが、世間では当たり前のやり方だった。
早稲田も慶応もバカ、東大以外はみんな一緒。
そうした異常な価値観が、この3校の驚異的な東大合格者数を支えていることは想像に難くない。
だが、実際の世の中には、テストの点数で計れない重要なものがたくさんあることに、
彼らは大人になって気づくことになる。

【人生いろいろ、秀才もいろいろ】
〔行方不明になったやつもいる。無職でブラブラしているやつもいる〕
「自分は灘での6年間、本当に自由に過ごし、それが人生の進路にも影響した。
だから灘校生には医者や弁護士ばかりでなく、もっと多様な道に進んでほしいと思います。
正直、現状はもったいない。せっかく優秀なんだから、もっといろんな場所で、世の中に貢献できるとおもうんです」

〔人生いろいろ。どんな進学校をでても、その先の人生は保証されない。
だが、エリートコースを外れた「神童」たちのほうが、どこか生き生きして見えるのは、気のせいだろうか。〕


【平蔵の独り言】
開成、灘、筑駒 卒業生はやはり「神童」
だからこのような経験ができると思う。

しかし、社会を動かしているのは地道に働いている
市井の名も知れぬ人たち、納税者が主役であるはず!

霞ヶ関キャリア官僚も政治家も国の舵取りをする志がないのであれば
“国滅びて山河あり”

東日本大震災から2年を過ぎて、この国の行く末は・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2013-05-31 16:36 | 今 今日この頃 | Comments(0)