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〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕   

2017年 07月 28日
〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕

〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
〔朝の光の効用とは〕
〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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①まあ、気にしない事が一番でしょう

世の中には、やろうと思って試みても、なかなか出来ないことが沢山ある。

私にとっては、早寝早起きというのもその一つだ。
健康法や養生について語る人は多い。
専門家もいれば、ごく普通の人もいる。
それぞれに、なるほどと思わせるところが多々ある。

しかし、正反対の意見が堂々と文章になっていると、エッとびっくりする。
これはいい、と共感してやっていた事が、突然、絶対に避けるべき事として挙げられていたりするのだから困ったものだ。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
すべからく筋肉をきたえて健康になりなさい、と説かれると、なるほどと思って慣れないスクワットなどを試みる。
すると突然、スクワットなど百害あって一利なし、即刻やめるべし、という本が店頭に並んだりする。
私の不自由な脚についても、好意あるアドバイスをある方から受けた。
無理をしてはいけない、できるだけエスカレーターやタクシーを使うように、と教えてくれた先生がいた。
反対に痛くても歩かないと廃用性ナントカになるから、リハビリと思って階段を上り下りしなさい、と言う人もいた。
アイシングをすすめる専門家と、患部を温めて血行を良くしなさい、と言う医師がいる。

1日三食きちんと食べろ、いや、食べずに体重を減らすのが脚にいい、など百人百様の説が雨霰と飛びかう。
食事にしても同様である。運動にしてもしかり。

〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
しかし、人間は百人百様だ。
医学の教科書は教科書として、人がそれぞれ個性をもつ存在であることを、もっと重視したほうがいいのではないか。
医学も、科学も、普遍性を土台としている。
しかし、人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ。

〔朝の光の効用とは〕
朝食を食べないと元気がでない人がいる。
逆に朝食を抜いたほうが心身ともに良い、という人もいる。

「なんといっても、朝、ちゃんとお日様の光を浴びないと話になりません」
と、有名大の先生がテレビで力説されている。
朝の光。
それは一体どんなものだろう。
ホルモンの働きを活発化してくれるのか。
それともすり減った股関節を再生させてくれる力を秘めている
ものか。
「朝日を浴びないから脚の軟骨がすり減ってきたんじゃないですか」
と、忠告してくれた人がいた。
その人は毎朝、6時には起きてラジオ体操を日課としていたそうである。
そして今、彼は病をえて大学病院に長期入院中である。
近々、痛む脚を引きずりながら見舞いにいってみようと思う。
大学病院にも朝の光はさすだろうか。


〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
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〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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③まあ、気にしない事が一番でしょう。
生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/07/27号



【平蔵の独り言】
〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。

【独り言】〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
を取り入れて、

ほどほどの メタボ
血圧は毎日計測(降圧剤は離せない)
歯は歯槽膿漏で元から“すっぽり”それから朝晩の歯磨きとメンテナンス
3食しっかり、適度に抜く
早寝早起きはしっかり7時間
水は手放せない
塩分控えめ

自身に合った気にした 日常:(気にしない事 ですかね)


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by asanogawa-garou | 2017-07-28 16:44 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)   

2017年 07月 01日
〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)

〔ジャパン・アズ・No.1の道〕「超高齢社会のトップランナーである日本は…」そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、

その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

〔下山の時代〕

常に先行走者の背中を見て、後を追いかける生き方はつまらない。
そう思いつつ、あれこれ妄想にふけっていると、
ふと外国に先駆けてこの国だけが先行できる分野のことが頭に浮かんだ。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、
その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

五十歳までの人生と、五十から百歳までの人生では、すべてがまったくちがう。

いうなれば下山の時代なのだ。

その後半の時代を生きる思想や哲学、政治や経済などをなんとか創りだす必要があるのである。
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。
世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

(生き抜くヒント!)(五木寛之) 週刊新潮平成29年6月29日

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【平蔵の独り言】
「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

【独り言】
〔四十にして惑わず〕
孔子が晩年に振り返って言ったことば。
『論語・為政』に「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」とあるのに基づく。

七十歳 「従心」
「七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」
(「論語・為政第二」より )

「心のおもうままに行動しても、人としての道理を外れることは無くなった」ということ。
このように、自分の思い通りに振る舞っても倫理規範を外れることがない、というのは、言わば「人間理想の姿」ということが出来ます。
「自分の欲望をコントロールすること」。また「欲望に左右されない心の安定を持つ」ということです。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
〔四十にして惑わず〕→四十を七十(古希)か

〔七十にして惑わず〕2500万人     
→惑って、「下山の時代」を今日も歩く・・・・・・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-07-01 16:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕「深夜ですか」(シニアですか!)・「作家です」   

2017年 05月 20日
五木寛之〔生き抜くヒント〕「深夜ですか」(シニアですか!)・「作家です」

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五木寛之:「深夜ですか!」(シニアですか!)

先日、土曜の夕方、映画館へいった。
最近ではシネマ・コンプレックスとかいって、映画のデパートのようなビルがある。
そのなかで大人むきの映画を選んで、窓口でチケットを買おうとした。
すると窓口の若い女性が、こちらの顔を見て、

「深夜ですか」

と、きく。
まだ夕方なのに、なにを言ってるんだろうと戸惑った。
ははあ、なるほど土曜日だから夜中のレイト・ショウの前売りのことだな、と推理して、笑顔で

「いや、いまから見るんです」
と、言うと、面倒くさそうに、
「ですから、深夜だと料金が安くなりますけど」
「でも、いま見たいんだよ。ほら、まだ六時過ぎじゃないですか」

「深夜じゃないですか」
「くどいな。深夜じゃない」
と、つい言葉も乱暴になる。
「じゃあ、正規の料金でお願いします」
むっとして料金を払い釣り銭をもらったとき、窓口に小さく出ている表示に気づいた。

<シニア料金>
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として、うんと安い料金が表示されているではないか。
ガラス窓に映る自分の髪は真っ白で、百歳くらいに見えた。

耳が遠くなったわけではない。
最近、音が歪んできこえるのだ。
要するに加齢の一現象にすぎない。

あの売場のお嬢さんは、私が若く見られたいと必死でがんばっているように思ったにちがいない。
恥ずかしいというより、おかしくて、思わず笑ってしまった。
窓口にもどって、「すいません。シニアでした」
と、謝ってチケットをかえてもらおうかとも思ったが、面倒なのでやめた。


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③「すいません。シニアでした」
「さっききたジジィさ、いい年こいてシニアじゃないってがんばるんだよ。笑っちゃう」
とかなんとか同僚と話しているのだろうと思うと、映画を見る気もなくなって、そのまま帰ってきた。おかしかった。

【平蔵の独り言】
「深夜ですか」→「シニアじゃないですか」

高齢者とか前期高齢者とか、立ち向かって認めたくないが
市町村から年金に関する住民税・介護保険料の通知が自動的に
送られてきて、高齢者じゃなくて“シニア”と叫んでいるが
周りを見渡すと団塊世代で溢れている。

生き抜くヒント!粛々と笑う時代に
週刊新潮5月4・11日号



五木寛之:「作家です!」
地方在住のある作家が、ちょっとアル中気味なので、思いきって診療内科を訪れてみることにした。
診察室に座ると、若い医師が「御職業は?」ときく。
「作家です」
と答えた。

すると相手は心配そうに眉をひそめて、
「いつ頃からそう思うようになりました?」
と、きいたという。
いい話だ。

このおかしさが即座にわかれば、あなたはボケていないと思っていい。
しばらくして笑った人は要注意。


【平蔵の独り言】
診察室に座ると、若い医師が「御職業は?」ときく。
「作家です」

→? 即座に否、現在もわからない!

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/04/27号




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by asanogawa-garou | 2017-05-20 16:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕嫌老社会:「流されゆく日々、嫌老社会の理想と現実」・【〔ご機嫌なシニア世代を目指せ!〕】   

2016年 02月 27日
〔五木寛之〕嫌老社会:「流されゆく日々、嫌老社会の理想と現実」・【〔ご機嫌なシニア世代を目指せ!〕】
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①〔団塊スタイル(五木寛之)83歳〕・嫌老社会を超えて

「流されゆく日々、嫌老社会の理想と現実」

【〔ご機嫌なシニア世代を目指せ!〕】
団塊の世代とその一つ上の世代の機嫌が悪いように感じる。

【〔五木寛之〕嫌老社会:「流されゆく日々、嫌老社会の理想と現実」】

だから、年寄りは嫌なんだよな!
いやになっているのは こちらもだ!
「嫌老感」は、まず自分に向けて芽生えるのである。


〔嫌老社会の時代〕
話の話題は80歳が起こすニュース、年金
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〔2015年敬老の日〕80歳以上人口が初めて1000万人を超える
高齢者人口3384万人で過去最多、総人口比は26.7%に
(総人口に占める割合が1/4を超えたのは前年の2014年に続き2年目)
高齢者の就業者数は、11年連続で増加し、681万人と過去最多
就業者総数に占める高齢者の割合は、10.7%と過去最高
(日本の高齢者の就業率は、主要国で最高)
【シルバーウィーク・敬老の日】(80歳以上の高齢者の数が一千万人をこえたという。「人生百年」)〔五木寛之〕

生き抜くヒント( 五木寛之) 週刊新潮2015/10/08 号

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【平蔵の独り言】
気が付いたら“嫌老感”の真っ只中を突き進んでいる。
何か団塊の世代はベビーブーム、高度成長、バブル崩壊、高齢化社会、
自身の意思と関係なく、あえて言えば“神”のみぞ知る。
流れの中に身を置いている。

”いやになっているのは こちらもだ!”
40引いても、50引いても まだ 20(才)も残る。
気が付けば、えっ! そんなに歩いて来たんだ。

身体を動かなくなるし、”よいしょ”と気合いを入れないと一日が始まらない。


「どう解決していけばいいのか?また高齢者たちは今後、社会においてどういう役割を担っていけばいいのか?」
と言っているが、先輩達の元気な生き方を見ながら、今日を歩いている。

小泉今日子(50歳)の特集を見ていたら、
「今日1日が人生“しなきゃと思ったことを明日に持っていけない”小泉今日子50歳」



【〔ご機嫌なシニア世代を目指せ!〕】
団塊の世代とその一つ上の世代の機嫌が悪いように感じる。
〔ご機嫌なシニア世代を目指せ〕逆張りの思考(成毛眞)週刊新潮2016/02/04号

私の上の世代、つまり団塊の世代とその一つ上の世代の機嫌が悪いように感じる。
不機嫌なシニアが量産されてしまっている理由はシニア世代のロールモデルがいなかったことだ。
団塊の世代には先輩が少なかった。
無論、戦争のせいである。
だから、どうしたらいい年の取り方ができるかが分からないまま年を取ってしまった。
日曜朝の放言番組などには不機嫌なシニアが見受けられる一方で、いくらか若いご機嫌なシニアたちもいる。

タモリ70歳、高田純次69歳、稲川淳二68歳、笑福亭鶴瓶64歳、なぎら健壱63歳、所ジョージ61歳。

老人と呼ぶにはまだまだ若い方々もいるが、しかし、今の30代、40代にしてみれば「ああいうシニアにならたい」という憧れの対象であるに違いない。
もちろん、彼らのように肩の力を抜いて、いい加減に生きているように見せるのにも苦労があるはずだが、それでも、自然と不機嫌になるよりは努力をしてご機嫌でいた方がいい。

無論、私の目標は彼らである。
さらに付け加えるならば、不機嫌な人たちが多い団塊以上の方々も今からでも遅くないのでご機嫌方面へと路線変更をした方がいいと思う。

不機嫌な人たちが多い世代だからこそ、ご機嫌な人は目立ち、
それは間違いなく若者から歓迎され、これからの人生が楽しくなる。

それに何より、駅や電車の中で私が心穏やかに過ごせるようになる。

【平蔵の独り言】
老人、高齢者、“「年寄り扱いするな」”に全面対決している自身が気が付けばいる。

〔老〕を生きてきた経験と感じて“嫌われてもいい”と話している自身もいる。
(嫌われれば、逃げていくだろうと自覚している)

元気に活躍している先輩(80歳に近い人から最高100歳(2.26事件を知っている))の話は楽しい。
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by asanogawa-garou | 2016-02-27 15:39 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕(「一日一驚」のすすめ) ちゃんと驚こう、と意識してびっくりするようにしないと、なんとなく   

2016年 01月 13日
〔五木寛之〕(「一日一驚」のすすめ) ちゃんと驚こう、と意識してびっくりするようにしないと、なんとなく1日が過ぎてしまう。

【「一日一驚」のすすめ】

“生き抜くヒント”〔五木寛之〕週刊新潮2015/11/19号

〔男にも更年期〕
〔そして、今は人間あまり驚かなくなってくる。〕


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【「一日一驚」のすすめ】
年をとると感情の起伏が少なくなる。
これがいけない。喜んだり、悲しんだり、ときには怒ったり、そういう事が大切だ。


少々の事では驚かなくなる。
驚くべき場面では、ちゃんと驚く。

「よろこびノート」
中年にさしかかった頃、なんとなく鬱っぽい症状が出てきた。
これはいけないと、「よろこびノート」というのを作った。

1日一回、どんな小さなことでも、無理してよろこぶ。

それを日記のかわりにノートに書き込むのだ。
「きょうは良い天気でうれしかった」
とか、
「喫茶店でジョーン・バイズの曲が流れていてうれしかった」
とか、
「ネクタイが一度でうまく結べてうれしかった」
とか、なんでも強制的にうれしがるのである。そして、それを一行、ノートに書く。
そんなことを半年あまり続けているうちに、いつのまにか、元気になっていた。

それから十年ほどたって、再び鬱が訪れてきた。
できるだけ外では快活にふるまっているので、はた目にはそうとは見えなかっただろう。
しかし、そのときの鬱状態は、かなりひどかった。

「かなしみノート」
そこで再び「よろこびノート」を開始したのだが、これが一向にききめがない。
それなら逆療法だと、こんどは「かなしみノート」というやつを始めた。
「きょうは、行きつけの店の豆大福が売り切れてかなしかった」
とか、
「電車の指定席の番号をまちがって、ほかの乗客の席に座っていて叱られた。かなしかった」
とか、新聞やテレビで報道されるニュースに、いちいちかなしむ。
要するにすべての事柄に、かなしい、かなしいと連発するのだ。

〔男にも更年期〕
これは、ききましたね。
毎日、あくことなくかなしんでいるうちに、2、3ヶ月もすると馬鹿馬鹿しくなってきた。

いつのまにやら気分も明るくなってきた。

やがて60代になった。その辺から訪れてくるのが、初老性の鬱というやつである。

これはなかなかしぶとい。「よろこびノート」や「かなしみノート」で対処できるような相手ではない。

男性にも更年期というのがある。

「びっくりノート」
どう私が立ち向かったか。
あれこれ考えた末に、こんどは「びっくりノート」というのをためしてみることにした。
すなわち「びっくりしたなあ、もう」ということをしゃにむにみつけて、それを一行、ノートに書くのである。

60歳を過ぎると、人間、あまり驚かなくなってくる。
要するに心が不感症になって、びっくりすることが少なくなってくるのだ。

しかし、人間、何事も努力である。
どこかにびっくりすることがないかと、鵜の目鷹の目できょろきょろしていると、世の中、じつに驚くことばかりだ。
最初は「1日一驚」などと称していたが、それどころではない。
朝から晩まで、本当にびっくりすることばかりで、まず、そのことに驚く。

〔そして、今は人間あまり驚かなくなってくる。〕

ちゃんと驚こう、と意識してびっくりするようにしないと、なんとなく1日が過ぎてしまう。
驚きは向こうからやってくるものではない。
こちらから身を乗りだしてびっくりしないと、気がつかないうちに行き過ぎてしまうものである。


私(83歳)の初老期のクライシスは、こんなふうにして過ぎ去った。
それでもなお、驚くことの習性はわずかに残って、今の私を支えてくれている。
人生がなんとなくつまらなく感じられるかたがたに、まず「1日一驚」から始めることをおすすめする。

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【平蔵の独り言】
“ドキドキ”が薄くなってきた。
と感じながら、なんとなく1日が過ぎてしまい、
気が付けば年の瀬、1年は早い!

と、感じてモヤモヤしていたら、
びっくりするほどピッタリの“生き抜くヒント”〔五木寛之〕

「一日一驚」、“よろこびノート”と“かなしみノート(腹が立った)”は毎日の5年日記に一行書いているが“かなしみノート”にはなっていない。
今、気がつけば数年で“古稀”
“ドキドキ”を感じることがなくなって閉塞感〔男の更年期〕

“よろこびノート”その日の嬉しかったこと!
「オッ! 久しぶりだが、ネクタイを〆る事が出来た」
(正月の御朔日詣り、初詣をかねて)
「祈願の名前が早く呼ばれた⇒代表で“玉串”かな?⇒「やっぱり!」」
無事、今年も破魔矢と御札をいただいて・・・・・・・

たまに“かなしみノート(腹が立った)”怒り!
まあ!他愛もないこと、書いて朝起きたら・・・・・・・・・


まあ!こんなものか。

身を乗り出してびっくりすることにしよう!
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by asanogawa-garou | 2016-01-13 15:52 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【ため息養生法】(臍下丹田) を意識して、長く、ゆっくりと息を吐く。   

2015年 11月 16日
【ため息養生法】(臍下丹田) を意識して、長く、ゆっくりと息を吐く。
生き抜くヒント!(五木寛之) 週刊新潮平成27年11月5日号
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【ため息養生法】(臍下丹田を意識して)

「腹式呼吸」というのも、お腹で息を吸ったり吐いたりするように誤解している人も少なくない。
無駄に下腹部をふくらませたり、ひっこめたりしたところで仕方がないではないか。
臍下丹田(せいかたんでん)を意識する、ということが大事なのだ。

〔大きなため息〕
長く、ゆっくりと息を吐くことが大事だとわかっていても、
つい肩で息をしてしまうのがふだんの暮らしだ。

息せき切って日を過ごしている自分の生活をかえりみて、
つくづく情けないと思った。
そして思わず大きなため息をついてしまった。
「そうか!」
と、なにかが頭にひらめいたのは、その時である。
そうだ、ため息をつけばいいのだ、と納得したのだ。

〔ため息のもとは、自己嫌悪と人間不信である〕(ため息の効用というものは、たしかにある)

ため息は、はく息である。
「あ~あ」
と、首をふりつつ深いため息をつく。吸う息でため息はつけない。

あ~あ、と大きなため息を二度、三度。
意識して吸う息を工夫するより、このほうがはるかに楽だ。自然でもある。
と、いうわけで、このところ日夜ひまさえあれば大きなため息をつきながら暮らしている。
ため息のもとは、自己嫌悪と人間不信である。
最近はどうにも理解しがたい世相という動機もくわわった。

しかし、ため息の効用というものは、たしかにある。
人知れず弱々しくつくため息ではない。
ああ、なんということだろう、と全身から深いため息をつく。

数日前、なんだか風邪をひきそうな予感がした。
意識して大きなため息をついているうちに、なんとなくやり過ごすことができた。
「ため息養生法」というのもありかもしれないと思う。
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②大橋巨泉さんと五木寛之さんが十数年ぶりの共演!2人とも早稲田大学の出身ですが、早稲田は卒業しない方が偉いのだそうです。(笑)

【平蔵の独り言】
【ため息養生法】(臍下丹田) を意識して、長く、ゆっくりと息を吐く。
丹田がちょうど、課題になっている。
骨盤のストレッチで 下腹部でも腹筋(お腹を膨らませて、楽にやったふり)でもない骨盤をストレッチをすると丹田を意識する事になる。

日々のイライラを「丹田を意識した“ため息「あ~あ」”」で姿勢も良くなってきた気がする。

「あ~あ」青空を見上げようか\(^o^)/
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by asanogawa-garou | 2015-11-16 16:52 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【シルバーウィーク】(80歳以上の高齢者の数が一千万人をこえたという。「人生百年」)〔五木寛之〕   

2015年 10月 05日
【シルバーウィーク・敬老の日】(80歳以上の高齢者の数が一千万人をこえたという。「人生百年」)〔五木寛之〕

生き抜くヒント( 五木寛之) 週刊新潮2015/10/08 号
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今年、80歳以上の高齢者の数が一千万人をこえたという。
テレビのニュースでそれをきいて、本当にびっくりした。

まだまだ、若輩者だ!「六十、七十は洟垂れ小僧」
「退場」に備えて、自分自身の生死を「人生百年」に向けて、堂々と宣言する。

「元気で長生き」(元気が正義)
視力、聴力、脚力

【平蔵の独り言】
気が付けば、目の前に“古稀”
まだまだ、若輩者だ!「六十、七十は洟垂れ小僧」
身体のメンテナンスが増え、
「退場」に備えて
「断捨離」(ピーター)、

高齢者の80歳に向けて、自分自身の生死を「人生百年」に向けて、堂々と宣言する。

【独り言】
”元気が正義”

視力、脚力:メンテナンス

聴力 「鼓膜に穴が開いてます!」
→”えつ! どうしたらいいでしょうか”
→「このままです」
(右からの音が聞き取りにくくなっている)

「退場」に向けて「断捨離」 30年前の書類(ゴミ)が?


〔シルバーウィーク・敬老の日〕
シルバーウィーク・敬老の日 2015年9月21日

なに!“シルバーウィーク”去年あった?

気が付いたら、“還暦”は遥か彼方に通り過ぎ、
まだまだと思っていた“古希”は目前

シルバーウィークになったら、「敬老に日」  うん?

2015年は9月21日
敬老の日は法律によって、「9月第三月曜日」と定められています。
その年によって祝日が変わり、その範囲は9月15日から21日までの7日間のいずれかとなります。

2015年の9月第三月曜日と、敬老の日のなかで一番遅い日、
しかも21日が敬老の日になる年は、次の通り、23日の秋分の日まで5連休となるんです。

  9月19日(土)
  9月20日(日)
  9月21日(月)敬老の日
  9月22日(火)国民の休日
  9月23日(水)秋分の日

休日・祝日に挟まれた平日が「国民の休日」になるため、5連休(シルバーウィーク)   知識の泉 より

春の「ゴールデンウィーク」に対して秋の「シルバーウィーク」

しかし、前回は2009年(6年前)、次は2026年(11年後)

〔2015年敬老の日〕80歳以上人口が初めて1000万人を超える
高齢者人口3384万人で過去最多、総人口比は26.7%に
(総人口に占める割合が1/4を超えたのは前年の2014年に続き2年目)
高齢者の就業者数は、11年連続で増加し、681万人と過去最多
就業者総数に占める高齢者の割合は、10.7%と過去最高
(日本の高齢者の就業率は、主要国で最高)
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【平蔵の独り言】
シルバーウィーク 暇を持て余しながら“敬老の日”
突っ張ってはいるが、少し気になる。

五木寛之さんと同じに80歳以上人口が初めて1000万人を超える

のニュースに“えっ!”

まだまた、高齢者(しゃ)若輩者(もの)
今年2015年のシルバーウィークは “まだまだ若い”
と思い知らされた。


それよりも高齢者総人口比26.7%、日本の将来・・・・・
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by asanogawa-garou | 2015-10-05 15:27 | 今 今日この頃 | Comments(0)

【年甲斐もない生き方】(年をとって円くなったようにみえる人も、本当は内心を表にださなくなっただけ)   

2015年 09月 01日
【年甲斐もない生き方】(年をとって円くなったようにみえる人も、本当は内心を表にださなくなっただけなのではあるまいか)

生き抜くヒント!(五木寛之) 週刊新潮平成27年8月6日通巻3000号記念特大号
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【年甲斐もない生き方】

〔人は年をとると丸くなる〕
人は年をとると丸くなる、という。本当にそうだろうか。
私には、どうもそうとは思えない。
むしろ逆なのではあるまいか。
加齢による成熟などというものはない、感じてきた。
今もそう思う。

〔人によりけり〕
「人は年をとると、円くなると思いますか」

〔年をへて円くなった人よりも、老いてなおエッジの立った人のほうがおもしろい〕
(私だけの偏見だろうか。)
〔めっぽうおもしろい〕(激怒した師の叡空は、ついに手近かにあった枕を法然に叩きつけた)
その師弟関係を伝えるエピソードが、私は好きだ。

【年甲斐もない生き方】

〔人は年をとると丸くなる〕
人は年をとると丸くなる、という。本当にそうだろうか。
私には、どうもそうとは思えない。
むしろ逆なのではあるまいか。
加齢による成熟などというものはない、感じてきた。
今もそう思う。

先日、都心のあるホテルで、地下の階からエレベーターに乗った。
3階のコーヒーショップで打ち合わせの予定があったのである。
エレベーターにほかの客はいない。

1階のロビーのフロアで、2人の客が乗り込んできた。
1人は紫の衣をつけた堂々たる恰幅のお坊さまだった。
袈裟も豪華、偉容あたりを払う貫禄である。でっぷり肥えておられて、血色もすこぶるよい。
もう1人は、そのかたの付き人とみえる痩せた青年僧だった。
両手を膝の前で組み、伏目がちに壁際にかしこまっている。

エレベーターの扉が閉まった瞬間、そのお坊さまが、突然、「十三階」といわれた。
体格にふさわしい腹に響くようなバリトンだった。
私は思わずエレベーターの中を見回したが、私たち三人のほかに誰かがいるわけでもない。
若いお坊さんのほうは、壁にはりついたようにかしこまっていて、まったくなんの反応も示さない。
その「十三階」という声は、どうやら私に向けて発せられたもののようだった。
たしかに階数を表示するボタンの盤には、私がいちばん近い。

若い頃の私なら、
「はい、はい、十三階ですね」
と、笑顔でボタンを押しただろう。
それよりも、お二人が乗りこんでこられた時に、自分のほうから、
「何階ですか」
と、ごく自然におたずねしていたはずである。

しかし、人は老いたからといって、必ずしも円くなるわけではない。
事もなげに、
「十三階」
と、いい放って、あたりを睥睨するような高僧の気配に、私は年甲斐もなく腹を立てたのである。
私はきこえないふりをして、そっぽをむいていた。

〔人によりけり〕
「十三階だ」
と、ふたたび太い声がきこえた。
だが、私はボタンを押さなかった。
エレベーターが3階に着いてドアが開き、私は黙って廊下へでた。
背後でドアの閉まる音がした。

そのとき、一瞬、ひどく後悔した。
素直に十三階のボタンを押せばよかった、とつくづく思った。

3階のコーヒー・ショップで約束していた人と会って、仕事の話をしたあと、
「人は年をとると、円くなると思いますか」
と、たずねると、
「どうですかね。人によりけりじゃないでしょうか」
と、当りさわりのない返事が返ってきた。
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〔年をへて円くなった人よりも、老いてなおエッジの立った人のほうがおもしろい〕(私だけの偏見だろうか。)

「人は年をとると、悪いところや欠点が露骨にでるような思うな。
円くなるというのは、要するに覇気がなくなって、どうでもいいような気になっていくことじゃないでしょうか」

私が重ねていった。相手は黙って微笑するだけだった。

人による、というのは確かだろう。老いてなお向上心の衰えない人もいるし、
周囲にきめこまかな思いやりを忘れない人もいる。
しかし子供にかえったような感じで、好き放題にふるまう老人もいる。
角がとれて円くなったというのは、要するに何かがすりへってしまったというではないだろうか。

仏教では、よく、「自利利他」ということを説く。
自分を利することと、他人を利することを一体とするというのが理想であるらしい。

しかし、年をへて円くなった人よりも、老いてなおエッジの立った人のほうがおもしろい、というのは私だけの偏見だろうか。

〔めっぽうおもしろい〕(激怒した師の叡空は、ついに手近かにあった枕を法然に叩きつけた)

この国の浄土教の先駆者であった法然は、比叡山で「知恵第一の法然」とよばれたほどの秀才だったが、
若くしてドロップアウトした。
黒谷別所というところで聖たちの群れに身を投じたのだ。
別所に集まるのは、いわゆる正統派の修行僧たちの立場を放棄して、
本来の仏道を求めるグループである。

そこで師として仰いだのが慈眼房叡空という学僧だった。
この叡空という人が、めっぽうおもしろい。
戒律をきびしく守る人で、法然はさまざまな影響を受ける。
その師弟関係を伝えるエピソードが、私は好きだ。

なにかの問題で、師と法然が激しく対立する。
尊敬する恩師といえども、自説を曲げないところがいかにも法然らしい。
世慣れた円満な人柄にみえる法然だが、実に絶対に妥協しない一徹な人だった。

両者の論争は、はてしなく続き、
激怒した師の叡空は、ついに手近かにあった枕を法然に叩きつけたというのだ。

どっちもどっちであるが、
私はそんな師、叡空と弟子、法然の立ち回りがおもしろくて仕方がない。

その当時、叡空は一体何歳ぐらいだったのだろうか。
昔は四十過ぎれば老人である。
若き弟子の反抗に、枕を投げつけて怒る学僧の姿を想像して、つい笑ってしまうのだ。

年とともにわがまま勝手になってくる自分をかえりみて、
恥じ入りつつも、ふと思う。
年をとって円くなったようにみえる人も、
本当は内心を表にださなくなっただけなのではあるまいか。
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③皆、穏やかそうに見受けられるが“トゲ”だらけ!

【平蔵の独り言】
〔人は年をとると丸くなる〕
人は年をとると丸くなる、という。本当にそうだろうか。
私には、どうもそうとは思えない。
むしろ逆なのではあるまいか。
加齢による成熟などというものはない、感じてきた。
今もそう思う。
〔人によりけり〕
「人は年をとると、円くなると思いますか」
〔年をへて円くなった人よりも、老いてなおエッジの立った人のほうがおもしろい〕(私だけの偏見だろうか。)
〔めっぽうおもしろい〕(激怒した師の叡空は、ついに手近かにあった枕を法然に叩きつけた)

【独り言】
五木寛之さん(今年82歳)でも、丸くなったかと
言っている。
還暦を過ぎたら、少しは分別が付くのか思っていたが
昨日まで生きてきた人生の新しい時間だから
丸くなる→〔人によりけり〕
エッジが立った人のほうが→〔毎日がおもしろい〕
そして、手近かにあった枕を

少しも丸くなっていない。

まだ、傘寿までかなり時間がある・・・・・

元気は人生の正義である。(シマジ の座右の銘)
ですね!
元気な人生をエッジの立った感性で、歩いていけますね!
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by asanogawa-garou | 2015-09-01 16:26 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【五木寛之】生きることは大変だから「歓び」を   

2015年 01月 08日
【五木寛之】生きることは大変だから「歓び」を
             2014.03.14  ZAKZAK by 夕刊フジ
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〔■「生き方語れる人間ではない」〕

 世の中にはおせっかいが多い。
人生や生き方に関するハウツー本はあふれ、アドバイスをしてくれるテレビ番組は引きも切らない。だが…。

 「『こうですよ』『こうしなさい』とハッキリ言ってほしい人が多いようですね。
特にテレビはそう。
でも、ボクの性には合いません。
親鸞の『面々の御はからいなり』(ご自分でお決めになること)という言葉が好きなんです」

 約20年前に累計600万部のベストセラーとなった『生きるヒント』を再構成した新版を出した。
一般的な生き方のハウツー本とはひと味もふた味も違う。
題名通り、あくまで「ヒント」を提示するだけだ。

 「そもそもボクは人に生き方を語れるような人間ではないのです。
年齢を重ねるごとに『迷い』が深まってゆく気がしますしね」


 押しつけがましくないだけに、むしろスンナリと腑に落ちてくる。

 たとえば『歓ぶ』の章。
著者自身の体験が率直に語られている。
50代から60代にかけて男の更年期に苦しみ、
しんどい思いが続くなかで「1日1回必ず歓び、それを手帖に書くことを決めた」。
それで随分、救われたのだ、という。

 「人は絶対に『死』から逃れられず、寿命や生まれてくる環境も自分では決められません。
そう思うと『生きる』ということだけで十分、大変なことでしょう。
だからこそ歓びをもって生きたい。
どんな小さな慎ましやかな歓びであってもいいと思うのです」

〔■現代社会の病理「物語が欠如」〕

 戦争中だった少年時代には、いつも身近に死を感じていた。

 「戦争や大災害が起きると、人は『死』を考えます。
だが、『生』と『死』は切り離せないものです。
どちらかだけではなく、日ごろから常に両方を考えていることが大事。
『思い込み』でもいい。
若いときから自分なりの『死生観』を持つことでしょうね」

 80歳を過ぎた今、自身の「個人的な死」よりも「世代的な死」を思うことが増えた。
毎年3万人近い自殺者が出る一方で、
超高齢化社会になり、死にたくても死なせてもらえない人が増えてゆく。

 「これから日本人は『90歳までの人生』を覚悟しなければなりません。
大変なことですよ。“姥捨て山”もありませんから」

 イマドキの…というような安易な批判にくみするつもりはない。
だが、今の社会は、やはりどこかおかしいのではないか。病理は自殺だけではない。
親殺し、子殺し、虐待、いじめ…。

 それは「物語が欠如しているからじゃないですか」。
歌舞伎、講談、浪曲、紙芝居、おとぎ話といったさまざまな“物語”だ。

 「日常のなかで語られる『因果応報』『勧善懲悪』のストーリーを人は自然に身に付けていきました。
今はそれがないから、ケンカをしても『これ以上殴ったら死ぬ』とか、『人を殺したら家族まで苦労する』とかいう想像力が働きません。
ストーリーを構成する力に欠けているのではないか」

〔■本が売れない…「今の方が自然」〕
 活字離れが叫ばれて久しい。
その中にあって、新聞や雑誌の連載をこなし、
小説、随筆、対談と常に多くの本が出版されている。
どうしたら、こんな元気な80代でいられるのか。

 「肩書を持たないことです。ペンクラブも今は名誉理事だけ。
ただね、『本が売れない』といいますが、純文学が何十万部も売れた昔こそがバブルだったんですよ。
今ぐらいが自然じゃないでしょうか」

 ライフスタイルについては、こだわりがある。
健康診断は一度も受けたことがなく、食事にもあまり気をつかわない。
昼夜は逆転。夜中に仕事をして、昼ごろに起きるという生活を続けている。

 「ただね、健康に気をつかっていない、といわれるのは違うと思う。
病院を頼らない以上、自分の身体から聞こえてくる声に真剣に耳を傾けてきました」

 仕事への意欲も変わることがない。
軌跡を追い続ける親鸞は、80を過ぎても著作活動をこなし、
90歳まで生きた。
その師である法然は80歳、本願寺中興の祖である蓮如も85歳まで生きた。

 「念仏系(浄土宗、浄土真宗など)はみんな長生きですね。
どちらかといえば、『熱血の宗教』じゃない、血圧を下げるような宗教だからじゃないですか(苦笑)。
『親鸞』で平安末期から鎌倉という時代を10年、書き続けてきたので、
次はその時代を背景に時代小説でも書いてみたいですね」 (ペン・大谷順 カメラ・栗橋隆悦)
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【平蔵の独り言】
 たとえば『歓ぶ』の章。
著者自身の体験が率直に語られている。
50代から60代にかけて男の更年期に苦しみ、
しんどい思いが続くなかで「1日1回必ず歓び、それを手帖に書くことを決めた」。それで随分、救われたのだ、という。

 「人は絶対に『死』から逃れられず、寿命や生まれてくる環境も自分では決められません。
そう思うと『生きる』ということだけで十分、大変なことでしょう。
だからこそ歓びをもって生きたい。
どんな小さな慎ましやかな歓びであってもいいと思うのです」

【独り言】
「どんな小さな慎ましやかな歓びであってもいいと思うのです」

「1日1回必ず歓び、それを手帖に書くことを決めた」
5年日記、一日7行 そのうちの1行を楽しかったこと!
にしている。
1日を思い起こして、「小さな慎ましやかな歓び」
にしているが、これがなかなか・・・・・
やはり、嫌な事はすぐ出てくるが、“慎ましやかな”は出てこない。
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by asanogawa-garou | 2015-01-08 12:34 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

(五木寛之)【深夜、つくづく思うこと】低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい   

2014年 11月 04日
(五木寛之)【深夜、つくづく思うこと】低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい
生き抜くヒント!(五木寛之) 週刊新潮2014/10/30号

【深夜、つくづく思うこと】
〔低気圧と片頭痛〕「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、・・・・・」
〔物忘れがひどい〕ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
〔はかなくもしぶとい〕はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。


<よくがんばってるなあ>と、思わずつぶやく。
これだけ無駄遣いしてきて、
なお働いてくれている体の各部に対して、
畏敬と感謝の念をおぼえずにいられないのだ。

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。

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【深夜、つくづく思うこと】
なにが丈夫ったって、人間の体ほど丈夫なものはない。
最近、つくづくそう思うようになった。
心臓ひとつとってみてもそうである。
何十年どころか、ときには百年以上も、一瞬も休まず働き続けているのだ。
まあ、あれこれ故障するときもあるとはいえ、とりあえず丈夫である。

〔低気圧と片頭痛〕「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、・・・・・」
年をとって、良かったこともいくつかある。
ひとつは動脈硬化がすすんで、血管が過敏でなくなったことだ。
以前は低気圧がやってくるたびに血管が拡張したり収縮したりして、そのつど片頭痛がおきて大変だった。

最近、たて続けに台風がくる。気圧の乱高下もはげしい。
かっては新聞の天気図とにらめっこしながら、一喜一憂したものだった。
高気圧から低気圧に変わる直前から、頭が割れるように痛みはじめるのである。
最近はそれがない。

「このところ生活習慣をきちんとしているせいか、
血管性の片頭痛に悩まされることがなくなりました」と、
先日、知人の医師にいったら、
「それは年をとって血管が硬化したせいでしょう」
と、あっさり断定されてしまって心なきもの、それは医師である。


〔物忘れがひどい〕ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
物忘れがひどい。
いわゆる短期記憶というやつはそこそこであるが、
昔のことがどんどん記憶から遠ざかっていく。
それも大事なことは忘れて、どうでもいいことは細部まで憶えているのが癪の種。

しかし、これもいい面がないでもないような気がする。
ありとあらゆる世間のことを、頭一杯につめこんでいたら、
夜もぐっすり眠れないのではないか。

ボケるいうのも、一種のフォーカスの技法なのだ。
昔のことを何から何まではっきり憶えていたなら、
夜は眠れないにちがいない。

〔はかなくもしぶとい〕はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。
全身にガタがきているとはいえ、
これだけ使ってまだなんとか役にたっているというのは、
奇跡というしかないだろう。

もちろん、あちこちに不具合いは生じている。
ちゃんと検査を受ければ、即入院ということになるかもしれない。

それでもこうして息をして、自分の脚で歩いている。
虫の声もきこえる。
文庫本も読むことができる。
自分の歯でものを噛むことも、自分の耳で深夜ラジオをきくこともできる。

ありがたい、と思うのは当然だが、
それより先は、人間の体というものの丈夫さにあらためて驚く。

それと同時に、転倒や誤嚥や、
ちょっとしたことで失われる命のはかなさをも痛感する。

はかなくもあり、しぶとくもあるこの命。
深夜、つくづくと自分の手をみたり、足の裏を観察したりする。
啄木のような人生に対する深い感慨はない。

<よくがんばってるなあ>と、思わずつぶやく。
これだけ無駄遣いしてきて、
なお働いてくれている体の各部に対して、
畏敬と感謝の念をおぼえずにいられないのだ。

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。


【平蔵の独り言】
低気圧と片頭痛・物忘れがひどい・はかなくもしぶとい

【独り言】
片頭痛に長年悩まされ、
雨になるのは天気予報より当たる。
など、自身で諦めてきた。

先日、痴呆の検査を受けろ!
と言われて、腹を立てながら受けたが
長年診てもらっている“脳神経外科”の主治医を訪ねたら
「まだ、働いているんだろう? あはははは・・・・・」

明日のことはわからない。
しかし、今日、いまこうして生きていることがありがたいのである。

ですね!

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by asanogawa-garou | 2014-11-04 16:22 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)