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【伊集院静】〔夏の終わりに〕“サヨナラニモ、チカラガアルンダヨ”   

2016年 10月 03日
【伊集院静】〔夏の終わりに〕“サヨナラニモ、チカラガアルンダヨ”
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別離(わかれ)に“サヨナラ”とは一言も言わなかった。

それでも歳月は、彼等、彼女たちの笑ったり、歌ったりしているまぶしい姿を、ふとした時に見せてくれる。
その姿を見た時、思う。

“さよならも力を与えてくれるものだ”

人の出逢いは、逢えば必ず別離を迎える。
それが私たちの“生”である。
生きていることがどんなに素晴らしいことかを、
さよならが教えてくれることがある。

時間は人間に容赦を与えぬ故に、
驚くほど残酷であり、後年になると、感心するほど寛容で、抱擁力を持つものだ。

“生きていた力”夏のおわりに。

それがどうした〔男たちの流儀〕伊集院静 週刊現代9/24,10/1号

【平蔵の独り言】
“生”生きているから生き抜く努力を
これでいいのかと信じて毎日を過ごしている。

この夏、また別離。
遺影を見ながら、話しかけた。

励ましてくれた人、さよならではなく“寂しくなった”

”寂しい” という言葉は・・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2016-10-03 16:59 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【伊集院静】〔酒に酔った翌日、人間の愚かさについて考える〕もう何万回、自己嫌悪の時間と向き合った   

2016年 01月 14日
〔酒に酔った翌日、人間の愚かさについて考える〕もう何万回、自己嫌悪の時間と向き合っただろうか。【伊集院静】
週刊現代2015/12/26号〔それがどうした【男たちの流儀】〕
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〔人間というのはバカな生きものだ〕しかし愚かで、バカじゃない人間がどこにいるというのだ。

〔ひさしぶりにホテルの部屋の床で寝た。〕
狭い部屋であるが、その部屋で一番狭い、ベッドと書棚の幅50センチしかない場所でコートを着たまま、部屋の大きな鍵を握りしめて寝ていた
(この作家、そんなに鍵が好くなのか、金庫破りじゃあるまいし。)
飲み過ぎたのである。
1年に何度か、こういう寝方をする。

60歳をゆうに越えた人間が、
2日前、書店でサイン会をし、
遠方から来た人に手を握りしめられ、
先生、私はどう生きればいいでしょうか、
と目をうるませて質問をされ、
そりゃ、ああた、きちんと生きなくちゃ、
とのたもうていた作家が、

酒を飲み過ぎて、道端の溝より狭い場所で、
靴を履いたまま、鍵を握って眠っている。

起き上がろうとしたが、身体が嵌まって動けない。
何度か起きようとしたが上手く行かない。

ーーーこのまま一生こうして生きるのか。
いっそ大声を上げて、助けてくれ~と叫んだ方がいいのか。
叫び続ければ部屋の係の人が、

「先生、大丈夫ですか。先生、どうしました?先生、先生、大丈夫ですか」
「うるさい。大丈夫じゃないから助けを求めてるんだろう」

そうして合鍵で(また鍵か)部屋を開けて、どうしてこんなに狭い所に……、と呆きれ返った目で見られるくらいなら、死んだ方がましだ。

どうして起きたらいいか、目を閉じて考えた。
こんな時も考えようとするから、人間というのはバカな生きものだ。
起き上がり、ベッドサイドに腰掛けて、自己嫌悪の時間とむき合っただろうか。
私という人間は本当に愚かだ。バカだ。

しかし愚かで、バカじゃない人間がどこにいるというのだ。
開き直ってどうするんだ。

こんなところを他人に見られなくてよかった。
家族に、東北一のバカ犬に見られなくてよかった。
反省をする。反省は下をむくのが相場だ。
ーーどうしてこんなになるまで飲んだんだ!
この質問。もう何万回して来たんだ。
頭が朦朧としている。何も考えられない。

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どんな1日になるのやら。

【平蔵の独り言】
〔人間というのはバカな生きものだ〕しかし愚かで、バカじゃない人間がどこにいるというのだ。

こんな時も考えようとするから、人間というのはバカな生きものだ。
起き上がり、ベッドサイドに腰掛けて、自己嫌悪の時間とむき合っただろうか。


〔酒に酔った翌日、人間の愚かさについて考える〕(今週の流儀)もう何万回、自己嫌悪の時間と向き合っただろうか。

【独り言】
60歳をゆうに越えた人間が、「バカな生きものだ」・愚か・自己嫌悪

毎週コラム〔それがどうした【男たちの流儀】〕
を読んで、古希に近くなっても対して成長していないな?

まあ!こんなものか・・・・・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2016-01-14 15:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【“許せないと思うことの大切さ” 「許せない人に出逢うことが、生きるということだ」】 (伊集院静)   

2014年 05月 28日
【“許せないと思うことの大切さ” 「許せない人に出逢うことが、生きるということだ」】 (伊集院静)

【正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。】 (伊集院静)
正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。

・「その言い方は男の出口を塞ぐ。理詰めでものを言うのはやめろ」

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【“許せないと思うことの大切さ” 「許せない人に出逢うことが、生きるということだ」】(伊集院静)
それがどうした「男たちの流儀」週刊現代2014/5/10・17号

“許せないと思うことの大切さ”
(今週の流儀)「許せない人に出逢うことが、生きるということだ」
「許せないことに遭遇したり、許せない人と出逢ったりするのは、私がどこか他の人と違っていたり、自分に問題があるからなのでしょうか」

初め、その質問を聞いた時、何が言いたいのだろうかと思った。
よく聞いているうちに、許せないことや許せない人に出逢うことがどこか特別なことであると思っている人が案外と多いのがわかった。
さらに言えばそういうことと出逢うことが災難だったり、悪いことなのではと思っているのだ。

そこで今週は、その人たちが考え違いしている点を話しておこう。

許せないこと、許せない人に遭遇するのは、外を歩いていて吹いてきた風に当たるようなものである。
極端に言えば、人にとっての空気や水のような存在と言ってもよい。

人間が生きて行けば、許せないこと、許せない人に必ず出逢うものだと私は思っている。
だから逆に申せば、許せないこと、許せない人と出逢うことが、生きるということでもある。

大切なのは許せないことに出逢い、それに対し自分の意志で“許さない”と決意することである。
許せるか、許してあげられるか、という問題は別の問題で、
人間が生きて行く上で、許せないことはむこうからやってくるものだと理解し、
それは誰にだってやってくるとわかることが、まずは大切なことだ。

許せないこと、許せない人に出逢うことは私は生きる上で大切なことだと考える。
誰だって嫌な思いをしたくない。
しかしそれは避けては通れないことなのではないか。
綺麗事ばかりを見て一生生きた人はいないはずだ。


許せない、とは人間の意志の温度を試しているものかもしれない。

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【平蔵の独り言】
“許せないこと、許せない人に出逢うことは”
綺麗事ばかりを見て一生生きた人はいないはずだ。

(今週の流儀) 「許せない人に出逢うことが、生きるということだ」

【独り言】生きていく中の日々の葛藤ということですね?



【正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。】 (伊集院静)
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「その言い方は男の出口を塞ぐ。理詰めでものを言うのはやめろ」
正論(ルール)からは何も生まれない。

できる範囲のことをしていけばいい。

価値観は人の数だけある。

『羊の目』(伊集院静)

価値観は人の数だけある、誰に決められるものでもない

【平蔵の独り言】
週刊文春(2013/08/29号「阿川佐和子のこの人に会いたい」)
第149回直木賞(桜木紫乃)『ホテルローヤル』
〔桜木〕デビューしてから伊集院静さんの『羊の目』を読んで、
価値観は人の数だけある、誰に決められるものでもない、
ということに思い至ったんです。

直木賞をいただいて、
伊集院さんからお花が届いたんですけど、
最初は気がつかなかったんですよ。

〔阿川〕えっ?
〔桜木〕「神崎武美」って書いてあったから。
『羊の目』の主人公の名前で贈っていただいたんですよね。
部屋で一人になって一息ついたとき、「……あれ?神崎武美!?」って。
〔阿川〕やるなあ。大人の流儀。
〔桜木〕大事なことにきづかせてくれた小説の主人公からのお花ですからね。
→『あなただけのカレンダー』

今、『あなただけのカレンダー』をさがしている!
ではなく、今まで生きてきた(証)を語って行こう。それがどうした「男たちの流儀」
(伊集院静)
週刊現代2013/12/28号


【独り言】
『羊の目』(伊集院静)
価値観は人の数だけある、誰に決められるものでもない

正論かもしれない。しかし正論にろくなものはない。
その言い方は男の出口を塞ぐ。理詰めでものを言うのはやめろ

価値観:個性があって当たり前、人間だもの
だいたい普通の人 の普通って?

正論:その言い方は男の出口を塞ぐ(女にかなわない一つですね)

「僕らの時代」で伊集院静さんは時計をしていない。
若いとき、時計をするのをやめた。
と、言っていた。

20代のまだ駆け出しの頃、時計をやめた。
仕事に行くとき、電車の時間に間に合うか
と、腕時計を見て駅に着くたびに駅の時計を見て
この何ともどうにも解決できないことに
イライラとしている状態が嫌になって
どうにもならないことから “諦め、解放”

40余年目の安堵!

「まあ! そんなに道を外れていないんだ」
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by asanogawa-garou | 2014-05-28 15:23 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔伊集院静〕「許せない」はもう、やめにしないか。「かつて、私もあの人は許せなかった」   

2014年 04月 29日
〔伊集院静〕「許せない」はもう、やめにしないか。「かつて、私もあの人は許せなかった」
週刊現代 2014/4/26号

〔哀しみの周辺に許す、許さないがあるんだろう〕
「生きるということは哀しいことであり、哀しみとともに歩くことである。
それが、大切な人たちを失ってなお生きてきた私の実感。
そして、その哀しみの周辺に、許す、許さないがあるんだろうね」


〔孤独が人を育てる。大人の男は群れてはいけない〕

〔誰か一人のために、丁寧に誠実に書く。それが文章の基本〕
サラリーマンなら懸命になれる時期はそう長くはない。
だから現役の人たちには、今やっておかないとだめだよ言いたいね。

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〔哀しみの周辺に許す、許さないがあるんだろう〕
3月刊行の最新刊『許す力 大人の流儀4』は、発売から1ヵ月で17万部のベストセラーとなった。

「つまりは、許す、許さないが多くの人にとってこれほどまでに普遍的かつ大きなだったということだろうね。
どうやら人間のなすあらゆる禍には、このことが関わっているらしい。
国と国にしてもそうだ。
日本と韓国はいま、お互いに許せないと言い合って、収拾がつかなくなっている」

「許す力」と言いつつも、伊集院は決して許し方のノウハウを説くわけではない。
何せ、冒頭の章の題からして「許さなくていい」なのである。
曰く <それもあなたの生き方だから>。


「母から『あなたの度量のちいささを直しなさい』と言われてね。
生きるとはこうした理不尽さの連続であり、傷つかない人生などない。
人は皆、許せないことを抱えて生きているんだとわかってからは、
せめて『許せない』と自分を責めるのはやめにしないか、と」

理不尽は他者からの仕打ちだけではない。
逃れられない運命の理不尽にも、人はときに遭遇する。
<妻を死に至らしめた運命を許せなかったのである。
運命に噴った己一人がのうのうと生きることが許せなかったのである>

「生きるということは哀しいことであり、哀しみとともに歩くことである。
それが、大切な人たちを失ってなお生きてきた私の実感。
そして、その哀しみの周辺に、許す、許さないがあるんだろうね」
生きるために運命を許し、自分を許した。
そして、創作に勤しむ現在がある。


〔孤独が人を育てる。大人の男は群れてはいけない〕
「そもそも文章を書くのは、気力、体力の勝負、
私に言わせれば、才能などというものはほんのわずかでいい。
じゃあなぜ書けるかというと、長い間書き続けて培った、
慣性の法則のようなものがあるからだろうな。

どんな仕事においても、できる人というのはこの法則をこしらえるまで相当踏ん張っている。
「こうやって生きるしかない」という覚悟ができているということだと思う」


ふと、「さすらった、と言ったけれども」と氏がつぶやく。
「今でも、酒を飲んだあと、人と歩いていると、何も変わっちゃいないなと思う。
とくに、二日酔いで目覚めた朝、床に脱ぎ捨てたスーツなぞをぼんやり眺めて座っていると、『このままじゃまずいぞ』と。やっぱり、一人の時間だけが、当人を改革させるんだろう。

大人の男は群れてはいけない」

〔誰か一人のために、丁寧に誠実に書く。それが文章の基本〕
小説や文章はいつもたった一人のために書いている。と伊集院。
「相手は見えないけれど、誰かのために丁寧に誠実に。それが文章の基本だね。
百万人のためには書かない。
結果、百万人のためになれば、おいしいお酒を飲めるということになるけれど(笑)」
丁寧に、誠実に。そして言い添えるならば、「懸命に」ということになるだろう。
だからこそ氏の文章は読む人の胸に沁み、心を動かす。

「陶芸家とか絵描きとか、一生をかけて取り組む長い仕事というのもあるけれど、

サラリーマンなら懸命になれる時期はそう長くはない。
だから現役の人たちには、今やっておかないとだめだよ言いたいね。


そして、懸命にやっているとしても『まだまだこの程度じゃ足りない』と思うことが大事。
自分よりももっとやっている人が、必ずどこかにいるはずだと」

許されざる運命を受け入れ、己の道を懸命に進む人々を、
伊集院は作品のなかでしばしば「愚者」と表現する。
最新小説『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』では、
作家人生に並走した亡き友人たちのことを、愛情を込めてこう称した。

「自分も含めて、私は『愚者たれ』と言いたい。
謙虚であるためにも、それくらいがいいんだと思う」


【家族の前では口にしないが、いつでも死ぬ覚悟はある。
目が覚めるたび『ああ、今日か』と】


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【「許せない」はいつも「生きる」の隣にある。】
生きるとは、理不尽で許せないことに出あうこと。
「許せない人や行為というのは、まるで、水や空気のようにそばにあるもの。
だったら、いっそ許さなくてもいいんじゃないか。
ただ、許しちゃおうかなっていうくらいの気持ちでいると、ラクになる。
もしかしたら許せるかもしれないと思えてきて、力がわいてくる。
それが“許す力”なんです」

身内にも、許せない人間がいる。人間が小さいって言われたっていい。
許せない気持ちを捨てたらオレじゃなくなる。
“許せない力”はバネにもなるんだよ。

若い時分、自分を許せないこともあった。
再会したら謝りたい人も何人かいる。
だからといって、年齢を重ねて丸くなったわけじゃない。
譲れない“軸”が、きわめてシンプルになったのだ。


「自分のためだけに生きたい、というですよ」

(サンデー毎日)


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【平蔵の独り言】

生きるということは哀しいことであり、哀しみとともに歩くことである。
〔誰か一人のために、丁寧に誠実に書く。それが文章の基本〕
「こうやって生きるしかない」


【独り言】
毎月の月命日、お墓詣り

2月の初め、大切な人との相次ぐ訃報、旅立ちの別れ

カテーテル治療で入院中(3回目)、ひたすら病棟を歩く。
入院中は朝早くから、喧騒で目覚めるが
退院の朝は 「えっ!」 そうか退院したのか

「こうやって生きるしかない」

生きているんですね。
今起こっていることが人生
死ぬ覚悟はできていない・・・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2014-04-29 15:14 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(1)

【“許す”というテーマに受けた 私は聖人君子が嫌いなのだ。】 (伊集院静)   

2014年 03月 05日
【“許す”というテーマに受けた 私は聖人君子が嫌いなのだ。】 (伊集院静)

【“許すことで何かがはじまる” 「人間は皆、許せないことを抱えて生きている」】(伊集院静)

【“許せないときにはどうするか”「許してあげられない自分を嫌いになる必要はない」】(伊集院静)

【“そう易々と許すことはできない” 「傷つかない人生はこの世に存在しない」】(伊集院静)
それがどうした「男たちの流儀」週刊現代2014/3/1号


【“むしろ許すという気持ちこそが大切なのであります。”】(白山比咩神社)
今月の言葉2014年1月1日「道は忠恕( ちゅうじょ) のみ」
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【“許す”というテーマに受けた 私は聖人君子が嫌いなのだ。(伊集院静)】
『それがどうした(男たちの流儀)』週刊現代(2013/10/12号)

この欄で、“許す”というテーマを考察して欲しいと言われた。

私にはそのテーマは書けない。
それでいいと思っている。

私は聖人君子が嫌いなのだ。

母は時折、こう言う時があった。
「そのことは許してあげなさい」
「いや、それはできない」
私がきっぱりと言うと伏目がちにこう続けた。
「人はいろんな事情をかかえて、あなたにそうしたのだと思います。
生まれた時から、赤ん坊の悪人はいるはずがありません」

それでも私は一度でも私を侮辱した人間への憤りを忘れることはない。
こころの狭量な男なのである。

この欄で“許す”というテーマを考察して欲しいと言われた。

私にはそのテーマは書けない。それでいいと思っている。
私は聖人君子が嫌いなのだ。

【平蔵の独り言】
人間(業)の生き物だから、
聖人君子の仮面を被っているのが嫌いと言っている。
と思う。

以前、家人から“人の悪口をいうのめずらしいね”

侮辱された時、ずっと忘れることなく
自分を曲げてまで、ということは何度かある。

【“許すことで何かがはじまる” 「人間は皆、許せないことを抱えて生きている」】(伊集院静)

それがどうした「男たちの流儀」週刊現代2013/12/28号

“許すことで何かがはじまる”
(今週の流儀)「人間は皆、許せないことを抱えて生きている」

人が人を許す行為の中には、どこか人間の傲慢さが漂う。
いや漂うのではなく、根底に人が人を上から見る発想があるのではないか。
そう考えると、人や、人の行為を許せないで、
いつまでもその人のこころの中に、許せないという感情が残るのは、
むしろ人間らしいこころのあり方なのではないかと思う。

しかし小事のことでいちいち人を許すとか許さないとか発想もしたことがない。

許すという行為の隣りには、許せない状況がある。

理不尽というものと似たものと言ってもいいかもしれないが、
根本は人間として、なしてはならぬ行為に対してのものだ。

それ故に憤るのである。
その憤怒の炎が消えぬことが、許せないという感情につながる。

ただおぼろではあるが、許すという行動、
許すことから何かがはじまることはたしかなような気がする。

“許すことで起きる活力”“許す力”というものもあるのではないか。

【平蔵の独り言】
“許すことで何かがはじまる”
「人間は皆、許せないことを抱えて生きている」

やはり、許せないことを抱えてしまうのが、市井の人間なのかな!


【“許せないときにはどうするか”「許してあげられない自分を嫌いになる必要はない」】(伊集院静)
それがどうした「男たちの流儀」週刊現代2014/1/4・11号

“許せないときにはどうするか”
(今週の流儀)「許してあげられない自分を嫌いになる必要はない」

私は許せないものをかかえたら、その大半は許さなくていいと思っている。
許してあげられない自分を嫌いになる必要もない。

「何と言われてもかまわん。
許せない奴は許せないし、許せない出来事を簡単に許すようじゃダメだと考えてる」

「ただ許せない状況に自分には問題はなかったかは考えるよ。
こちらにも問題があったら、許す、許さないの対象にはしない。
問題なければ墓場まで離さない」

ただひとつ私は“許せない”という考えに付帯条件をつけている。
“許せない人”に関しては、それを口にしないことだ。


【平蔵の独り言】
“許せないときにはどうするか”
(今週の流儀)「許してあげられない自分を嫌いになる必要はない」

やはり、許せないことを抱えてしまうのが、市井の人間なのかな!



【“そう易々と許すことはできない” 「傷つかない人生はこの世に存在しない」】(伊集院静)

それがどうした「男たちの流儀」週刊現代2014/3/1号

“そう易々と許すことはできない”
(今週の流儀)「傷つかない人生はこの世に存在しない」
人が人を許すことについて今週も書く。

「許すとは、高き姿勢や夾竹桃」

人が人を許すという行為にはどこか相手を上から見ている態度、
雰囲気が感じられることがある。
さらに言えば私も含めてこころから、
心底相手を許しているのだろうかと勘ぐる時もある。

人が人を許すということは、さほど厄介なものなのだろう。
許すということがそれほど大変であるのなら、
許すことができる方法を考える前に、
そもそも許されない行為がどんなふうに自分の前で起こり、
許されない相手がどうやってあらわれたかを
考えてみるのも答えを見つける方法かもしれない。

私が思うに、人は誰でも生きて行く限り、
許せない行動や許せない相手と、必ず出逢うのではないか。

それが大なり小なり、その人を傷つけたとすれば、
傷つかない人生はこの世に存在しないのではないか。

この考えがすべて当たっていなくとも、
身に覚えのある人はたくさんいると思う。
生きている限り、許せないものに出逢ってしまう。
許せないものに出逢うのが生きることである。

そうだとしたら許せない自分をダメな人間だといちいち悩んだりするのは、
しんどいことばかりになって心身によくないに決まっている。
一番良いのは忘れてしまうことだろう。
私はいくつかの許せない行為、相手の大半は忘れてしまっている。
その理由は許せなかったことがたわいのないことだったからだ。
ひとつには“時間がクスリ”であろう。

ただひとつ言えるのは、どんなに哀しく辛くとも、
人はそれを内仕舞い、平然と生きている。
これが大切なのではないか。

“人はさまざまな事情を抱えていても、それでも平然と生きている”
許せないのなら、私は許さなくていいのではないかと思う。
今日の午後、あらたに許せないものと出逢っても、
これは私には許せないナ、とつぶやきポケットに入れてしまえばいいのではないか。

そうして大切なのは、許せないものをわざわざ目の前に引っ張り出して凝視しないことである。

いつか許せば、それはそれで生きる力になるだろうが、
許せないものも人のこころの中で何かしらの力になっている気がする。

ここまで書いて、わかったようなことを書いている自分が許せない。

【平蔵の独り言】
“そう易々と許すことはできない”
(今週の流儀)「傷つかない人生はこの世に存在しない」

人が人を許すということは、さほど厄介なものなのだろう。

許せないのなら、私は許さなくていいのではないかと思う。
そうして大切なのは、許せないものをわざわざ目の前に引っ張り出して凝視しないことである。

いつか許せば、それはそれで生きる力になるだろうが、
許せないものも人のこころの中で何かしらの力になっている気がする。

ここまで書いて、わかったようなことを書いている自分が許せない。

【独り言】
“許せない”は人生について回っている “人の業か!”

許せない ⇒ 「許せないナ」と呟きポケットにしまう ⇒
許せないものも人のこころの中で何かしらの力になっている。

ということは 許せないをバネにしているのかな・・・・・・・・・・・・・・


【“むしろ許すという気持ちこそが大切なのであります。”】
(白山比咩神社)今月の言葉2014年1月1日「道は忠恕( ちゅうじょ) のみ」
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白山比咩神社:平成26年1月1日
今月の言葉「道は忠恕のみ」
――論語・里仁第四――

人の生きる道とはいかなるものか。
「忠」すなわちすべてに誠の心を似て尽くし、
「恕」人をあまり責めないということを心がけないといけない。

むしろ許すという気持ちこそが大切なのであります。
孔子はこのことをまた、「吾が道、一以て(いちもっ)之れ(これ)を貫く」とも言っております。



【平蔵の独り言】
“むしろ許すという気持ちこそが大切なのであります。”

人の生きる道で「忠」、「恕」も難しいけど

“許す”はなお難しい選択肢なのですね!
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by asanogawa-garou | 2014-03-05 16:32 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

『あなただけのカレンダー』(伊集院静)   

2013年 08月 31日
『あなただけのカレンダー』(伊集院静)

新しい人生のカレンダーを作りなさい。
若いときとはまるで違う、これからのあなたの人生のカレンダーだ。

そこにこれから自分がなすべきことを記しなさい。
何をやろうか、何ができるか、ではない。
これをやろう。これをやるんだと、決意を記すのだ。

私は自分のカレンダーを四十歳の半ばで作った。
勝手な夢と希望だから今もかなわぬことばかりだ。
それでもないよりあった方がよかった。

あなたにも新しいカレンダーを持つ資格がある。
なぜならあなたは今日まで世間の荒波を越えてきた。
実はそれ自体が素晴らしいことなのだ。

十二分に何かをなしてきたと言えなくとも、
ここまで十分に何かをなしているのだ。
その上、私たちは十二分に若いし、恋だってできる。

私のカレンダーの反省から一言。
夢はシンプルで欲張りすぎぬよう。
さらに言えばこれまで着ることのなかった新しいカラーを
身につけるくらいのモダンさがあった方がいい。
やはり人生はお洒落でなくては。

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2010/7頃のトヨタの車(SAI・サイ) 広告らしい

【平蔵の独り言】
週刊文春(2013/08/29号「阿川佐和子のこの人に会いたい」)
第149回直木賞(桜木紫乃)『ホテルローヤル』
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〔桜木〕デビューしてから伊集院静さんの『羊の目』を読んで、
価値観は人の数だけある、誰に決められるものでもない、
ということに思い至ったんです。

直木賞をいただいて、
伊集院さんからお花が届いたんですけど、
最初は気がつかなかったんですよ。


〔阿川〕えっ?

〔桜木〕「神崎武美」って書いてあったから。
『羊の目』の主人公の名前で贈っていただいたんですよね。
部屋で一人になって一息ついたとき、「……あれ?神崎武美!?」って。

〔阿川〕やるなあ。大人の流儀。

〔桜木〕大事なことにきづかせてくれた小説の主人公からのお花ですからね。

【平蔵の独り言】
『羊の目』《価値観は人の数だけある》→ から 
伊集院静『あなただけのカレンダー』 に辿り着いた。

今だから、『あなただけのカレンダー』の一つ一つの言葉に
納得したり、励みになったり・・・・・・・・・・・

―――――――――――――――――――――――
あなたにも新しいカレンダーを持つ資格がある。
なぜならあなたは今日まで世間の荒波を越えてきた。
実はそれ自体が素晴らしいことなのだ。

【独り言:還暦から古希に向かって 納得と感謝】

十二分に何かをなしてきたと言えなくとも、
ここまで十分に何かをなしているのだ。
その上、私たちは十二分に若いし、恋だってできる。
【独り言:うーん 若い  先日、病院で88歳の人から
「若いな」と言われた
寂聴さんは“恋:プラトニック” でいい】

さらに言えばこれまで着ることのなかった新しいカラーを
身につけるくらいのモダンさがあった方がいい。
やはり人生はお洒落でなくては。
【独り言:遠近両用のフレームを先日選んだ時、
やっぱり 同じような 好み で選んでしまうので
ちょっと殻を破ってみたがこの程度か】

【独り言:『あなただけのカレンダー』とは、
     還暦から初めた、「5年日記は2冊目」
     入院して、カテーテル検査&治療の際
     栄養指導を受けた毎日のノート 4ヶ月目
     今まで生きてきた(証)、から
     新しいカレンダーが作られていくような気がする】


―――――――――――――――――――――――

こんなことも言っている

人に受けた恩はその人以外の誰かに返すのが世の慣いと言うが、
私にその能力がない。
情けない話しだ。
『それがどうした(男たちの流儀)』伊集院静

週刊現代(2013/08/31号)

【独り言:伊勢湾台風の時、
     "かけた恩義は忘れても、受けた恩義は忘れるな”
     という誰の言葉か知らないが、いまでも不思議と憶えている。
     でも日常で、なかなかできないですね!
     伊集院さんでも そうなんだ】
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by asanogawa-garou | 2013-08-31 19:13 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)