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〔なんてことない生活が一番〕普通に生きて、生活している。   

2015年 02月 16日
〔なんてことない生活が一番〕普通に生きて、生活している。
「週刊現代」2014年12月6日号より

【第1部 下積み時代、成功後でどう変わったか有名人が「カネとの付き合い方」を次々に明かす】

〔作家の安部譲二氏〕ある程度のカネは必要だなということ。

〔'80年代の漫才ブームに乗って、漫才師でタレントの島田洋七氏〕
人間、カネがないと暮らしていけないのは確かだが、カネさえあれば幸せというわけではない。
〔所詮は紙切れです〕
昔、ばあさんが『カネは紙ばい』と言っていたのを思い出しました。
『だから、心の金持ちのほうがよかばい』ってね。

〔俳優でタレントの毒蝮三太夫氏〕どちらかと言えば、カネがない場合のほうが幸福感の密度が濃いよね。
人は裕福になるとバカになっちゃうところがあるからね。

〔カネに左右されない〕
それはカネの下品さに負けたくないから。

〔漫画家の黒鉄ヒロシ氏〕それはカネの下品さに負けたくないから。

〔映画監督の井筒和幸氏〕「カネというのは人心を左右させる、汚いものだ」と言い切る。

〔多少の貯えがあればいい〕初代林家三平の妻でエッセイストの海老名香葉子氏
うちによくたけしさん(北野武)が遊びに来るんですが、
すいとんとお漬物を出すくらいです。


〔作家の安部譲二氏〕ある程度のカネは必要だなということ。
でも『幸せはカネではない』なんて、そこそこ基盤がある人だから言えることだ。

【第3部 なぜか、ホッとしている自分に気付いた 転落して手に入れた「私の小さな、小さな幸せ」】

〔元FXトレーダーの磯貝清明氏〕10億円が消えた後に

〔アダルトビデオ業界で一世を風靡した村西とおる氏〕本当の豊かさはそんなところにはない。

〔元中日・西武投手の宮下昌己氏が当時を回想する。〕おカネなんてそこそこでいいと思うんですよ。


「おカネなんてそこそこでいいと思うんですよ。なまじ大金を持っていたら、一時的な楽しみに浪費して、自分や周りのために使うことを忘れてしまう。若い連中を集めた時に、『これで一杯やりな』と言える程度のカネがあれば十分なんです」

〔'70年代にはレギュラー番組の司会を何本も持っていた、せんだみつお氏〕「今、何に幸せを感じるのか」
「猫がかわいい、なんて小さなことに幸せを感じます。エサをあげるときに甘えた鳴き声を出すのがたまらないんです」

〔身の丈に合った小さな幸せを見つけられるか否か。〕
納豆に干物、海苔、味噌汁なんて朝飯がいかに美味いか、ということを痛感するだろうね。
幸せっていうのは案外そばにあるんだよね」
身の丈に合った小さな幸せを見つけられるか否か。
それこそが幸福へのカギを握っていることは間違いないだろう。

【人間に大切なのは愛とカネだよ】
愛がたくさんあれば、カネは少なくてもいい。

〔多少の貯えがあればいい〕

【第1部 下積み時代、成功後でどう変わったか有名人が「カネとの付き合い方」を次々に明かす】
全角度調査「収入」と「幸福度」の相関関係

おカネがなければ、生きていけないおカネがあるだけでは、幸せにはなれない
おカネがあれば、はたして幸せになれるのか。
この大問題は、貨幣が生まれて以来、人類を悩ませてきた。
最前線で活躍する研究者や一家言をもつ著名人への取材を通して、
おカネと幸福度の不思議な関係を明らかにする。

〔作家の安部譲二氏〕ある程度のカネは必要だなということ。
「今年77歳になりますが、この歳になって思うのは、ある程度のカネは必要だなということ。
30代、40代なら働けばいつでも稼げるという気持ちがあるから、貧乏を恐れない。でも、歳を取って気力も体力も衰えてくると、最低限のカネを持ってないと不安だな」
こう語るのは、作家の安部譲二氏だ。
前半生をヤクザ者として過ごし、50歳からは作家として活躍した安部氏の生き様は、一般人と比べるには波乱万丈すぎるかもしれない。
だが、彼もまた人並みにカネの悩みと付き合いながら生きている。
「うちの女房は年金を月にいくらかもらっているんだよ。たいしたもんだ。私は年金なんてまるで縁がない。誰もそんな制度のことなんて教えてくれなかったからね(笑)」
現役時代にはずいぶん稼いで遊んできた人間が、年金暮らしになると、カネとの付き合い方ががらっと変わるように、額面は同じでも、人によってカネが持つ価値や効果は千差万別だ。

〔'80年代の漫才ブームに乗って、漫才師でタレントの島田洋七氏〕
人間、カネがないと暮らしていけないのは確かだが、
カネさえあれば幸せというわけではない。
いろいろなカネとの付き合いをしてきた有名人の話を聞きながら、
カネがもたらす幸せとその限界について考えてみたい。

'80年代の漫才ブームに乗って、
月収8000万円を稼いだこともある漫才師でタレントの島田洋七氏は、一時期、家の押し入れに3億円以上の現金があったという。
ギャラの袋をファンレターと間違えてしまいこんでいたのだ。
「1000万円くらいずつビニールに入っていたけれど、それを破ったらインクの匂いがしました。
だから、やっぱり所詮は紙切れなんですよ。
昔、ばあさんが『カネは紙ばい』と言っていたのを思い出しました。
『だから、心の金持ちのほうがよかばい』ってね。
それで、紙に執着したり、惑わされたりするのはバカらしいと思うようになりましたね。
だから月に何千万円もらっても、金銭感覚はまったく狂いませんでした」
若くして大金を得た島田氏だが、その後、売れなくなった時期もあった。
稼ぎの浮き沈みが激しくても、カネを紙切れだと思える体験があったから、価値観がぶれなかったのだろう。
〔所詮は紙切れです〕
「どれだけ稼いでも、カネの使い道は飲み食いくらいなもの。
弟子やらマネージャーやらを呼んで食べるだけです。
高級なブランド品なんか興味がないですから。
カネと幸せはたぶん関係ないです。
75歳とか80歳になって貯めこんでいる人は逆に焦ると思いますよ。
カネって不思議なもので、知らない人にあげにくいし、あの世に持って行けるわけでもない。
火をつけたら燃える、ただの紙ですしね」

〔俳優でタレントの毒蝮三太夫氏〕どちらかと言えば、カネがない場合のほうが幸福感の密度が濃いよね。
俳優でタレントの毒蝮三太夫氏も、カネがなくとも幸せな生活は送れるという。
「カネはないと不自由だが、ありすぎても不自由ではないと(立川)談志がよく言ってたけど、
確かにそういう面はある。
でも、『満つれば虧く』というように、持ちすぎるとこれほど厄介なものもない。
借りに来るやつがいるとか、襲われるとかいろんな不幸を生む場合もあるから……。
どちらかと言えば、カネがない場合のほうが幸福感の密度が濃いよね。
たとえば、いまは日本人も豊かになって気軽に鰻や、海老の天ぷらを食っている。
だけど昔の江戸っ子なんかは普段はドジョウしか食えないけど、
節約して年に一度くらい鰻を食おうという楽しみがあった。
そういうメリハリがあるほうが、強く幸せを感じるもんなんだ」

毒蝮氏自身、父は大工で母は体が弱く、子供時代は貧乏暮らしだった。
だが貧しい暮らしに不便は感じても不幸だと感じたことはなかったという。
そして貧乏なだけに、旨いものを食った時にはありがたみを実感できた。
経済的豊かさと幸福感が比例するものではないということを、身をもって体験してきた。
「これも談志の言っていたことだけど、
それなりのカネがあるのに毎日の生活に満足できないようだったら、
貧しかった時代を思い出して『鰻断ち』『天ぷら断ち』でもしてみればいい。
人は裕福になるとバカになっちゃうところがあるからね」

〔カネに左右されない〕
それはカネの下品さに負けたくないから。
カネはあったらあった、なかったらなかったで、それなりに凌げるものです
『カネは天下の回りもの』という言葉を実践しているんです

〔漫画家の黒鉄ヒロシ氏〕それはカネの下品さに負けたくないから。
漫画家の黒鉄ヒロシ氏は「カネの使いかたには、恬淡としていたい」と話す。
「昔の日本人には、カネがなくても晴耕雨読で生きていけるという高い精神性がありました。
江戸時代の寺子屋などでは、そういう考え方を教育していましたからね。
しかし、敗戦後はアメリカから価値観をひっくり返されたんです。
それから、誰かと飲みに行くなら、黙って自分が全部払うという人と行きたいですね。
『俺が払ったぞ』と自慢しない人。
なにも言わなくても、周りは誰が払ったか理解していて、『次は自分が』という付き合い方が理想です。
これがカネに左右されない生き方でしょう。
私は、カネを一気に使うほうです。
それはカネの下品さに負けたくないから。
カネに負けるということは自分の欲望に負けることと同じ。
『カネは使うものではなくて、捨てるものだ』くらいに考えていますよ」

カネを捨てる—その境地に達するのは至難の業だろうが、
いつまでも執着して気を揉んでいては、幸せが逃げていくのは間違いない。

〔映画監督の井筒和幸氏〕「カネというのは人心を左右させる、汚いものだ」と言い切る。

映画監督の井筒和幸氏は「カネというのは人心を左右させる、汚いものだ」と言い切る。
「『カネに目がくらむ』というがごとし。みんな目がくらむんですよ。
俺は全くくらまないけどね。それは、くらむとストレスがたまるに決まってるからね。
それを知っていないとダメです。
これまで俺は『ギャラが少ない』と文句を言ったことは一度もない。
こんな虚業で才能もないくせに『最低これくらいほしい』とか労働組合みたいな文句を言うやつが多すぎる。
芸術の対価というのは相手の評価でしょう?
いっぱいくれるなら、『自分のことを評価してくれているんだな』と感じるし、
少なければ『俺はそれくらいしか評価されてないのか。それで片付けられようとしてるんだな』と思うわけです。逆に人を見る材料になります」

井筒監督は、撮影中の事故で亡くなった俳優の補償金のために多額の借金を抱えたこともある。
'91年、映画『東方見聞録』の撮影中に若手俳優が川で溺死。
翌年映画の制作会社が負債を抱えて倒産したため、
5000万円もの補償金を監督が一人で背負うことになったのだ。
「普通は会社が払うんだろうけど、会社に払えるカネがなかったからね。
誰かが払わなきゃいけないから、俺が払ったんです。別にたいへんでもなんでもなかったよ。
カネはあったらあった、なかったらなかったで、それなりに凌げるものです」

〔初代林家三平の妻でエッセイストの海老名香葉子氏〕多少の貯えがあればいい
うちによくたけしさん(北野武)が遊びに来るんですが、
すいとんとお漬物を出すくらいです。


同じく「人に喜んでもらうおカネの使いかたが大切」だと語るのは、
初代林家三平の妻でエッセイストの海老名香葉子氏だ。

「たとえばみんなで一緒に旅行に行こうというのは、
生きたおカネの使いかただと思います。
あとおカネは人に貸さないこと—貸すと相手は返さないといけなくなる。
もし返せなくなったとき、
疎遠になってしまいますからね。
だから貸すぐらいだったら、
お小遣いとしてあげるんです。
生活の苦しそうな弟子には、
額は小さくてもお年玉だよって、
1万円くらいあげるんです。

それでも生活の足しにはなるでしょ。
反対にお金持ちの人には、いいものをあげても仕方ない。
うちによくたけしさん(北野武)が遊びに来るんですが、
すいとんとお漬物を出すくらいです。
外で美味しいものをいっぱい食べている人には、
こういう手作りのものがいちばん喜んでもらえる。決して背伸びをしないんです」

芸人の妻として林家一門を支え続けてきた海老名氏。
先代の三平は仕事が終わると六本木に飲みに行き、
祝儀袋を全部置いてくるような人だったから、
カネの苦労が絶えなかったという。

「昔の芸人はみんな貧乏でしたね。
どういうわけか人が集まる家で、
小せん師匠(四代目)や圓歌師匠はよく泊まりにいらっしゃいました。
『今からみんなで帰るから』と言われて、
お酒を用意したいと思ってもそのおカネがない。
しかたなくうちに残っていたお酒に水を混ぜたこともありました。
意外とわからないものですよ。

よく江戸っ子は『宵越しのカネは持たない』なんて言いますが、あれは働き手の話。
私たち家を守る側には多少の貯えが必要です。
だから義母や弟子たちと内職をして稼ぎましたよ。
夫は稼ぐようになっても、全部外で使ってきちゃう人でしたからね。
あの頃は外に女の人ができると私がおカネを持っていきました。
『今月分を預かってきました。よろしくお願いします』とね。
おカネがなかったら大変でしたよ。
外の女性と戦うのにもおカネがいるんですから。
だから貯蓄は大事なんです。

でもこの歳になってみると、おカネよりも情の貯蓄が大切ですね。
直接おカネをあげるわけではなくても、
この子のためにこれを買ってあげましょう、
あの子のために払ってあげましょうというように使えば、必ず返ってくるものです。
だからいま私は、情の貯蓄をしてあるんです」

〔作家の安部譲二氏〕ある程度のカネは必要だなということ。
でも『幸せはカネではない』なんて、そこそこ基盤がある人だから言えることだ。
冒頭の安部譲二氏は、作家として駆け出しだったとき、
講談社の雑誌に原稿を書いても原稿料が入って来ないことがあったそうだ。
「『元ヤクザに原稿料支払っても大丈夫か。本当に堅気になったのか』と不安だったんだろうね。でも、本がベストセラーになって、作家として認められた。
印税でばくち打ち時代の借金を返したんだけど、そのあと税務署がきた。
もうすっからかんで払えないので、中学の同級生だった橋本龍太郎(当時は大蔵大臣)のところへ行ったんだ。
名刺に『安部君をよろしくご配慮いただきたい』と書いてハンコを押してくれたので税務署に持って行った。
そしたら、ヤクザ時代の経験があったから本が書けたということで、借金の一部を必要経費として認めてくれたんだ。
このことは絶対しゃべるなよと言われたけれど、もう30年近くも前の話だからいいだろう」
かつて派手に稼いだこともあったけれど、

今はごくつつましい生活をしているという安部氏。
飲みに行くにしても、中ジョッキ380円、豚バラの串焼き150円といった大衆的な店で楽しむ。
「でも『幸せはカネではない』なんて、そこそこ基盤がある人だから言えることだ。
俺にあるのはせいぜい前科くらいのもの。
そこまでは言えないね。

人間に大切なのは愛とカネだよ。
愛がたくさんあれば、カネは少なくてもいい。
愛が少ないやつはカネがたくさん要るだろう」
カネで幸せは買えない。
言い古された表現かもしれないが、様々な経験をしてきた人ほど、
その言葉の重みを身に染みて感じているに違いない。

【第3部 なぜか、ホッとしている自分に気付いた 転落して手に入れた「私の小さな、小さな幸せ」】

〔元FXトレーダーの磯貝清明氏〕10億円が消えた後に
「金持ちになってから転落するまで、あっと言う間でした。だから、いまだに実感がありません」
元FXトレーダーの磯貝清明氏はこう語った。
磯貝氏は家業である再生資源回収・卸業の傍ら、FX投資で資産10億円を築くことに成功。
一時は、一日に1億ポンド(当時の円換算で約250億円)を取り引きし、「日本一ポンドを持つ男」と呼ばれたが、'07年のサブプライム・ショックを契機に3億円の負債を抱えるまでに転落した。

莫大なカネを手に入れた人間がそれを失う時、一体、何を思うのだろう。
転落してもなおカネに執着するのか、まったく別のものに幸福を見出すのか。
本章では転落の当事者たちに、その壮絶な経験から得たものを語ってもらった。
磯貝氏の話に戻ろう。
「私がFXに熱中していたのは、ちょうど六本木ヒルズが脚光を浴びていた時期です。まずヒルズの会員制レストランに入会しました。
入会金は併設のスパと併せて300万円ぐらいだったでしょうか。
それだけでヒルズ族の一員になれたような気がして、誇らしい気持ちでした。
その頃、ヒルズ内のジムに行くと、よくホリエモン(堀江貴文氏)を見かけました。
そのだらしない身体を見て、『こいつは俺よりカネを持っているかもしれないけれど、俺のほうが断然イケてるぜ』と思ったりしたものです(笑)」

家賃月80万円の部屋を借り、3200万円のランボルギーニを乗り回し、食費だけでも年2000万円を超える豪遊生活を送った。
だが、そんな生活が長続きするはずはなく、'07年9月の時点で10億円あった資産は3000万円にまで激減。
さらに翌年、国税当局から所得隠しを指摘され、重加算税や刑事罰の罰金などを合わせて3億円の支払いを命じられた。
「本税は支払い終えましたが、まだ延滞利息などが1億円以上残っています。
しんどいですが、正直、ホッとしている部分もあります。」
磯貝氏は今年、結婚したという。
「もし戻れるのなら、今でもヒルズの生活に戻りたいですか?」と磯貝氏に尋ねた。
「あの頃よりも今のほうが、ずっと人間らしい生活を送っていると思います。
やっぱり、喜びや苦しみを分かち合えるパートナーがいるのは大きいですよ。
独身でおカネを持っていてもドンチャン騒ぎするだけでロクなことがありませんから」

〔アダルトビデオ業界で一世を風靡した村西とおる氏〕本当の豊かさはそんなところにはない。
莫大なカネを儲けている最中に強烈な不安を覚える人は少なくない。
「ナイスですね」の掛け声によって、アダルトビデオ業界で一世を風靡した村西とおる氏も、
成功のただ中で似た不安を抱えていた。
「最盛期は毎月10億円の収入がありました。
しかし、金持ちになっていく間、何かに追い立てられるような気持ちから抜け出せませんでした。
というのも、月収10億円といっても、月収10万円の人の1万倍働いているわけではない。
運でしかない、と自分でわかっていました。
だから、『俺はこの収入を維持していけるのだろうか』と不安で仕方がなかった」
村西氏はカネを湯水のごとく使うことで、不安を打ち消そうとした。
「車は1億円のロールスロイスに乗り、4階建てのヘリポート付きのクルーザーを買ったり、女優に高級バッグを買ってあげたり、周囲の人に奢ったりと豪勢な生活を送っていました。
でも、1日に100万、200万円使うっていうのは本当に大変なんです。
しかも、それで尊敬されるどころか、笑われていました。
私がおカネを払ってあげた人たちも全然感謝してくれなかった。
自分は所詮、あぶく銭のなかで踊っているにすぎなかったんです」
その後、多角経営に乗り出すも失敗。

今、村西氏はどんな生活をしているのか。
「今はなんとか食事に困らない程度の生活を送れています。
一文無しになって、すべてものの考え方次第だと気づきました。
孫(正義)さんがお金持ちだといっても、一日5食は食べられません。
本当の豊かさはそんなところにはない。
たまにファミレスに行くんですが、安ワインを飲むだけで、心から『今日は贅沢したな』と思えます。昔はそんなこと思いもしなかった」

〔元中日・西武投手の宮下昌己氏が当時を回想する。〕おカネなんてそこそこでいいと思うんですよ。
スポーツ界ほど、現役時代と引退後の生活が変化する世界も珍しいだろう。
元中日・西武投手の宮下昌己氏が当時を回想する。
「まさに宵越しのカネは持たないという生活でしたね。
周りの先輩たちが競馬のレースに数十万円をポンとかけたり、
ギャンブルに半端ないカネをつぎ込んでいるのを見ました。
僕はそこまでしなかったけど、それが当たり前だと疑わなかった。
若いから今おカネがなくなっても、明日この腕一本で稼ぎ出せるという自信がありました。
でも一方で、現役時代は『こんな生活は今だけだ』と醒めたところもあった」
引退後は吉祥寺で飲食店を経営するも、入居していたビルから立ち退きを求められ閉店。
その後、契約社員としてあちこちの企業を転々とし、現在は都内で家業のコメ屋を継ぎながら、少年野球チームのコーチを務めている。
「おカネなんてそこそこでいいと思うんですよ。なまじ大金を持っていたら、一時的な楽しみに浪費して、自分や周りのために使うことを忘れてしまう。若い連中を集めた時に、『これで一杯やりな』と言える程度のカネがあれば十分なんです」

〔'70年代にはレギュラー番組の司会を何本も持っていた、せんだみつお氏〕「今、何に幸せを感じるのか」
野球界に負けず劣らず、浮き沈みの激しいのがテレビ業界だ。
'70年代にはレギュラー番組の司会を何本も持っていた、せんだみつお氏が自身の経験を語る。
「売れていた時は『地球は俺のために回っている』と勘違いするくらいイケイケな気持ちでした。
しかし、人気商売の宿命で、しばらくすると飽きられ、人気も下火になりました」
せんだ氏は現在、結婚式の司会、講演会の仕事がメインだという。

そんなせんだ氏に、「今、何に幸せを感じるのか」を訊いた。
「猫がかわいい、なんて小さなことに幸せを感じます。
以前はそんなことを考える余裕もなかった。
エサをあげるときに甘えた鳴き声を出すのがたまらないんです。
7年前から飼い始めたのですが、それ以来、司会や講演会などの仕事が増えました。いわば招き猫です」

〔身の丈に合った小さな幸せを見つけられるか否か。〕
では一体どうすれば幸せになれるのか。第1部に登場した毒蝮三太夫氏に訊いた。
「中東の石油王になりたいと思ったことはあるよ。
プールに寝転んで、美女を何十人も侍らして……そんな酒池肉林のハーレムをつくってみたいってね(笑)。
でも、実際にそんな体験をしたら、逆に納豆に干物、海苔、味噌汁なんて朝飯がいかに美味いか、ということを痛感するだろうね。
幸せっていうのは案外そばにあるんだよね」
身の丈に合った小さな幸せを見つけられるか否か。
それこそが幸福へのカギを握っていることは間違いないだろう。
「週刊現代」2014年12月6日号より

【平蔵の独り言】
〔身の丈に合った小さな幸せを見つけられるか否か。〕と言っているが、
登場している人はなんてない生活をしてこなかった

下積み時代、成功後でどう変わったか
転落して手に入れた「私の小さな、小さな幸せ」

経歴の人だと、思った。

【独り言】

この特集の何とも言えない違和感はここにあったのか!

市井の人は普通に生きて、生活している
不自由な日常の中にも豊かな日常の暮らしがある。
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by asanogawa-garou | 2015-02-16 14:44 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔励ましの坂〕を上りきれ:ルールは一つ“足を着かずに上りきる”何を得ようと挑むのか   

2014年 10月 06日
日本紀行〔励ましの坂〕:ルールは一つ“足を着かずに上りきる”
何を得ようと挑むのか

北海道、小樽〔励ましの坂〕を上りきれ


【長い長い 励ましの坂(おたる坂まち散歩 第1話 励ましの坂(はげましのさか))】

日本紀行〔励ましの坂〕:ルールは一つ“足を着かずに上りきる”
何を得ようと挑むのか
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最近になって名前が付けられた坂があります。

励まし遇わないと上れない。
いつしか〔励ましの坂〕と呼ばれるようになりました。

夏ともに、全国から多くの旅人が〔励ましの坂〕を上ろうと集まって来ます。

坂に挑む、上りきる。

挫折、立ち直るきっかけ

旅人の背中を押す励ましの声

励ます人もまた旅人
励まし、励まされて


今の自分がどれくらい頑張れるか!
もう、おじさんになるとあがくしかないんで「あがいてあがいて」(46歳)

頑張らなくていい、年齢を重ねるごとに増していく不安。
それでもまだまだ頑張れる!
自分自身を勇気づける欠かせない場所「あがいてあがいて」上りきる。

何か本当にちっちゃなことで、何か自信になることがあれば、
誰でも 辛いことがあっても
何か為し遂げるための心を支える“つっかい棒”にはなるとは思いますんでね。
その一つですよ
人それぞれ何かあると思いますよ。


北海道小樽、短い北の夏が終わります。

NHKにっぽん紀行
「“励ましの坂”を上りきれ
~北海道 小樽~」


【長い長い 励ましの坂(おたる坂まち散歩 第1話 励ましの坂(はげましのさか))】

 手宮のバスターミナルから煤田山(ばいでんやま)の項上にある末広中学校までは、904メートルあり、標高差は83メートル、最大斜度は24パーセントあります。
車ではあっという間の道のりも、徒歩では約20分かかります。

 地域に住まう方々のこの坂に対しての思いは、筆舌に早くしがたいものがあります。
 この坂は、登りもさることながら、下りの方も大変なのです。
特に、冬の雪が降った日などは滑りやすいので、からだ全体で足元に注意を払って下ります。
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「もしも滑って転び、骨折でもしたらどうしよう。
周りに迷惑をかけるし、完治するまでひと苦労だ。ああ怪我などまっぴらご免だ」

そんな思いから一歩一歩に全神経を集中して坂を下るのです。
 しかし、今度は帰りの 「登り」 が、また大変です。
比較的ゆるやかなのは、手宮小学校のところまで。
そこを過ぎると胸突き八丁、まるで山登りでもしているような感じです。
ハァハァと呼吸を荒げ、背を丸め、うつむき加減にしてがんばって登っていきます。
全身汗みどろのまさに 「奮闘」なのです。

 この坂を誰言うとなく「励ましの坂」というようになりました。

そして、そこを登るとき「人生は重荷を負うて煤田山を登るが如し、急ぐべからず、ただただ無心に励むべし。
他人が困っていたならば手を貸し、慰めの言葉をかけ、共に健やかに生きている喜びをかみしめるべし」 と呪文のようにつぶやきながら登ります。

「励ましの坂」とは、言いえて妙であり、よく命名したものだと思います。
そして、「励ましの坂」を登りつめると、目の前には洋々たる海原が広がっているのです。
協力:小樽史談会
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【平蔵の独り言】
今の自分がどれくらい頑張れるか!
もう、おじさんになるとあがくしかないんで「あがいてあがいて」(46歳)

頑張らなくていい、年齢を重ねるごとに増していく不安。
それでもまだまだ頑張れる!
自分自身を勇気づける欠かせない場所「あがいてあがいて」上りきる。

――――――――――――――――――――――――――― 

【独り言】
「あがいてあがいて」

毎日、一生懸命生きて 今日も“あがいて”

肩の力が抜けて、頑張らなくていい。

とはいかないですね。
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by asanogawa-garou | 2014-10-06 14:46 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔一番大変なのは(阿闍梨になった後の)人づきあいが一番大変だ。〕阿闍梨さん〔比叡山(延暦寺)〕   

2014年 10月 03日
〔一番大変なのは(阿闍梨になった後の)人づきあいが一番大変だ。〕阿闍梨さん〔比叡山(延暦寺)〕

【佐藤健が滋賀県大津市を訪ねる後編!比叡山延暦寺へ向かうと…『鶴瓶の家族に乾杯』】

〔一番大変なのは(阿闍梨になった後の)人づきあいが一番大変だ。〕

〔千日回峰行をしている時、人と会わない時のほうが楽〕
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阿闍梨さんにお話を1時間聞いた後の佐藤健さんの感想

「阿闍梨さんはすごく意思の強いというか、精神力が
とにかくある方という印象」

千日回峰行をしている時、人と会わない時のほうが楽

一番大変なのは(阿闍梨になった後の)人づきあいが一番大変だ。

(千日回峰行をしても)突然悟る瞬間があるわけではない
とにかく千日続ける
一度決めたらやることが大事


千日回峰行の修業が終わってからの方が修業。


鶴瓶の家族に乾杯「佐藤健 滋賀県大津市」
2014年9月29日放送

佐藤健が滋賀県大津市を訪ねる後編!比叡山延暦寺へ向かうと…『鶴瓶の家族に乾杯』
佐藤は道を極めた人に会いたいと比叡山延暦寺をめざす。
苦労とご協力のおかげで阿闍梨さんと呼ばれる、
過酷な修行を経験した人に面会が許され、
そのお話に大きな刺激をいただく。

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「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」
千日で地球約1周分の距離を歩く荒行。
失敗すれば自らの命を絶つ掟で行う。
7年間をかけて通算1000日。
実際は975日で終わらせる。
終わってからもずっと修業は終わらないという
意味合いであえて25日残す。
断食、断水、不眠、不臥の行。

光永圓道阿闍梨さんから佐藤健さんへの言葉。

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『依心(えしん:身)より依所(えしょ)』
よりどころとなる場所の大切さを説いた言葉があります。
人と人、心と心のつながりばかりに目が向きがちな世の中ですが、
今後さらに何か大きなことを成し遂げようと思った時、
何かに集中できる場所、心落ち着く環境を探して下さい。
さらなるご活躍をお祈りしております。
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【平蔵の独り言】
「阿闍梨さんはすごく意思の強いというか、
精神力がとにかくある方という印象」
一番大変なのは(阿闍梨になった後の)人づきあいが一番大変だ。

(千日回峰行をしても)突然悟る瞬間があるわけではない

――――――――――――――――――――――――――― 

【独り言】
「人づきあいが一番大変だ。」

阿闍梨さんでも 「人づきあい」
人づきあいで一喜一憂していていいのですね!

『鶴瓶の家族に乾杯』 人と人の出会いが楽しいですね。

毎週欠かさす観ているのはこの番組と 『ドキュメント 72hours』

やはり主役は 市井の人たち!
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by asanogawa-garou | 2014-10-03 16:18 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

『分岐点』あのときの私の選択は、正しかったのか?誰もが持つ人生の〔分岐点〕 【選ばれざる道】   

2014年 07月 13日
『分岐点』あのときの私の選択は、正しかったのか?誰もが持つ人生の〔分岐点〕 【選ばれざる道(詩人ロバート・フロスト)】

【『分岐点』あのときの私の選択は、正しかったのか?誰もが持つ人生の〔分岐点〕】

【『選ばれざる道』ニューイングランド地方をこよなく愛した合衆国の詩人、ロバート・フロスト】

――――――――――――――――――――――――――― 

【『分岐点』あのときの私の選択は、正しかったのか?誰もが持つ人生の〔分岐点〕】

 
人生の分かれ道が歴然としているのと、はっきりわからないのでは、どちらが苦しいのだろう?
岐路はほんとうに岐路だったのか?


フロストの詩の『ため息』はこう言っているようにわたしには思える。
―――選択の結果よりも、あの分かれ道で人生が変わったと、
本人が後から振り返って思えることに意味があるのだ。

〔ロバート・フロスト〕の『選ばなかった道』という詩

一人の旅人が森の分かれ道で、人通りの少なそうなほうの道を選び、
いつの日か「あれが人生を変えたんだな」と言ってため息をつく自分を思い描く、というもの。
この男はどんな気持ちでため息をつくのだろう?

『もし、こっちの道を選んでいなかったら?』

分岐点で選んだ岐路、元に戻せない。

今、振り返って思えるのが、あの分かれ道で選んだ分岐点(岐路)

※週刊現代201407 ブックレビュー『平凡』 評者 文芸評論家・翻訳家  鴻巣有季子

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【『選ばれざる道』ニューイングランド地方をこよなく愛した合衆国の詩人、ロバート・フロスト】

(〈私家版〉高校英語教養講座(近藤 肇(著) 第9講 映画のお話)

の最後の3行

人生には、右に行くか左に行くかで選択をしなければならない分岐点が、何度もある。
身はひとつだから、どちらかしか選べないのは言うまでもない
後になって、あちらへいっておけばよかったと後悔しても遅い。
今の自分があるのも、あの時こうしようと選択したからだと、胸を張って言えるようでありたい。

近頃、卒業間近の三年生には、必ずこの詩を教えて「はなむけ」としている。
最後の授業で、こんなキザなマネをするようになっているのも、
ボクがそこそこの年齢になった証なのかもしれない。


-----日本語訳-----『選ばれざる道』

The Road Not Taken
"選ばれざる道" by ロバート・フロスト

黄色い森の中で道が二つに分かれていた
残念だが両方の道を進むわけにはいかない
一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ
一方の道の先をできるだけ遠くまで眺めた
その先は折れ、草むらの中に消えている

それから、もう一方の道を歩み始めた
一見同じようだがこちらの方がよさそうだ
なぜならこちらは草ぼうぼうで
誰かが通るのを待っていたから
本当は二つとも同じようなものだったけれど

あの朝、二つの道は同じように見えた
枯葉の上には足跡一つ見えなかった
あっちの道はまたの機会にしよう!
でも、道が先へ先へとつながることを知る私は
再び同じ道に戻ってくることはないだろうと思っていた

いま深いためいきとともに私はこれを告げる

ずっとずっと昔:
森の中で道が二つに分かれていた。そして私は・・・
そして私は人があまり通っていない道を選んだ
そのためにどんなに大きな違いができたことか

(そのことが どれだけ大きく私の人生を変えたことかと)

【平蔵の独り言】
人生の岐路(ターニング・ポイント)は、
今になって人生という時間を経て
「あの出来事が、人生の岐路だったんだ」
と、思う。

ブックレビュー『平凡』の一文から『選ばれざる道』を知って
以前【独り言】にも、もしあの時別の道を選んでいたら
と言っていたが、別の道はない。
岐路は自らが選んだから今があるのであって

『選ばれざる道』の詩で読み取れるように
一本の道しか、歩んで行けない。

日常の(挫折など)洗礼を浴びて,
“とんがって”歩いて行くことが、恵まれた道・・・・・・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2014-07-13 17:26 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔市井の人が1番偉いんだ…〕普通に生きて、生活している。〔下町には〕とりたてて大きな事件は起こらない   

2013年 10月 10日

〔市井の人が1番偉いんだ…〕

【普通に生きて、生活している】2012/8/27

【〔下町には…〕とりたてて大きな事件は起こらない】2013/10/10
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【〔下町には…〕とりたてて大きな事件は起こらない】

下町には、
いろんな事情を持った人間を抱え込む懐の深さや、
住んでいる人の暮らしが家の外にほんの少しだけはみ出しているような独特の感覚があります。


とりたてて大きな事件は起こらない、
ささやかな日常が積み重なっていく、単調な暮らしがある。

それが下町にはある。(人の暮らしの中に)

しかし、季節の移ろいは歩くとある。
それはささやかな暮らしの中にもある。(年とともに見えない“老い”という形で)

みんな、少なからず〔心に蓋〕して向き合って歩いていく。

「このままで終わる」

後悔してはいない

そんなに生き方で三国連太郎さんは歩いていたのか!

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向田邦子【エッセー「ねずみ花火」】
ウェイトレスや看護婦さんやユニフォームを着て働く人を見るたびに、
この下には、一人一人、どんなドラマを抱えているかも知れないのだ。
十把ひとからげに見てはいけない、と自分にいいきかせている。

〔家族の何気ない日常をこまやかに描き出したエッセイ〕    
不自由な日常の中にも豊かな日常の暮らしがある。
普通の生活というのが一番大事なんだという感じ
家族そろってご飯を食べて
他愛のない話をしているのが
一番なんだなと思います。
エッセーを読んでいると、心がおだやかになっていくと感じる。

【今、】
皆それぞれ、いろんなものを犠牲にして働いている。
いろんなものを背負って生きている。
だからこそ、今を(仕事には)真剣に向き合って行かなくては!

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【平蔵の独り言】
下町には、
いろんな事情を持った人間を抱え込む懐の深さや、
住んでいる人の暮らしが家の外にほんの少しだけはみ出しているような独特の感覚があります。
―――――――――――――――――――――――――
【独り言】
今も下町には残っているのかと思うが、

高度成長に入口、39年東京オリンピックの頃
遊ぶ時、子供・小学生・中学生が思い思いに交じり合って
みんな貧乏だから、他所の家を羨ましがったりすることもなく
少し裕福な家(自営業、お店)にテレビを見に集まったり、
飲み物、お菓子を貰ったり、

出来ることをしていたように思う。

―――――――――――――――――――――――――――

【普通に生きて、生活している】2012/8/27
・名が知られていることに何の意味があるのでしょうか。
・市井の黙々と真面目に働いている人間が一番偉い。

たとえば工場の人々の職人技は、
別に有名になりたいとおもってやっているのではない。
人の役に立つ技術を自分の能力の限り追い求めているだけ。
それが仕事をする人間の本来の姿である。

〔『キマジメ人生相談室』作家〔山口瞳〕…〕

・高度経済成長期を「一生懸命生きた」人々の身近な悩みに作家が親身に答える
週刊現代(2012/5/19号ブックレビュー)
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「宮本武蔵なんて、ちっとも偉くないよ、アイツは強かったんだから。
ほんとに『えらい』のは一生懸命生きている奴だよ」


高度経済成長期に、
「一生懸命生きている奴」の本人は真剣でも、他人には滑稽だ。
『人生相談』とは小説よりオモシロイ。

日本人たちの「悩み」はどこか哀れで懐かしい。
山口瞳はそれによく付き合っている。
こういう人生指南役が、いまはいないような気がする。

「市井の人として生きる」

市井の人として生きることと、
自己実現を達成して名誉や富を獲得した人間の幸福度の差異はなにほどにもないのかも知れない。

「普通の人として、平均的な庶民として」ではあるが、
人間は【煩悩】の固まりであると思うから、欲があるから「悩み」がある。

市井の人(しせいのひと): 街の中にいる普通の人という意味。

【平蔵の独り言】
「市井の人として生きる」
市井の黙々と真面目に働いている人間が一番偉い。
日々「悩みながら」ですね!
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by asanogawa-garou | 2013-10-10 16:00 | 市井の人が一番えらい | Comments(0)

〔笑福亭鶴瓶〕人間って、みんな面白い。だから、無理に面白くしようとしないでいいんです   

2013年 02月 07日
〔笑福亭鶴瓶〕人間って、みんな面白い。だから、無理に面白くしようとしないでいいんです

「作ったらアカンのです。見る人には、わかる。“あざとい”と感動できない。」

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【笑いにおいで】
NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』。
ゲストと日本各地を訪れ、ときには海外まで足を伸ばし、
そこに住む人と出会い、交流していく。
ただそれだけの番組なのだが、今やNHKの看板番組のひとつになっている。

なぜ、これほどの人気があるのか。

鶴瓶はこう語る。
「大事なのは“何もしない”ということなんです。何も作らない。この自分のこだわりを、何年もかけてNHKの人たちに理解してもらったんです」

この番組は、テレビの常識にことごとく反して作られている。
台本はない。スタッフは、事前視察はするものの、
番組がとりあげることは一切、住民には伝えない。

鶴瓶も、準備しない。
待ち合わせ場所に行くまで、ゲストと顔合わせも打ち合わせもない。
オープニングでゲストが鶴瓶を見つけた瞬間の、
あの安堵の笑顔や言葉は、まさに“本音”の反応なのだ。
そしてそこから行き先を偶然に任せた撮影が始まる。
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〔人間って、みんな面白い。だから、無理に面白くしようとしないでいいんです〕

「作ったらアカンのです。見る人には、わかる。“あざとい”と感動できない。
面白いものは、後からできあがるんです。段取ったらダメなんですよ。
“美意の案配”という故事があります。
起こったことすべてに意味がある、という意味の言葉です。
僕はこの言葉が大好きなんですよ。
すべての行動に意味があるんやから、思うように、自然に動いたらええんやと。最初は嫌に思えることでも、必ずどこかでいいことにつながるんです」


相手から面白い話を次々と引き出していく、あの独特の話術も同じだという。

「何かあると思って聞くんではなく、“何もない”と思って聞くんです。
人間って、みんな面白いんですよ。無理に面白くしようとしない。
僕は、聞き方が上手なわけでもないんですよ。自分が楽しんでいるだけ。
ただ、まずは人を好きにならないといけないですよね。
嫌いになったりしたら、自分が煩わしいだけやないですか。
面白さも、人を受け入れるところから生まれるんです」

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〔“面白さ”を生み出す天才と言えば、ビートたけしだ。〕
鶴瓶は、年末の特別番組『たけしが鶴瓶に今年中に話しておきたい5~6個のこと』で毎年共演している。
今年で4度目。鶴瓶にとって、たけしの存在は特別だという。
「あれだけの大物に突っ込む人、もういないですからね」

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〔勘三郎が古典落語への挑戦を支えてくれた〕
中村勘三郎とも親交があった。
「今日、お別れをしてから来たんです。」

テレビタレントとして絶頂にいた鶴瓶は、50歳を超えてから突然、落語を始めた。
その新たな挑戦を応援してくれたのが、勘三郎だった。

落語を始めて4年目で、古典落語の名作『らくだ』をひっさげ、落語ツアーを行った。
横綱のような演目を選んだことに、プレッシャーがないはずがなかった。笑いはもらえた。
だが、自分が自分でないかのような高座に、納得がいかなかった。

初日の夜、鶴瓶は、悔しくて泣いた。
しかし、歌舞伎座で観客として高座を見ていた勘三郎は、鶴瓶にこう語ったという。
「公演前は、
『なんであなたが古典落語なんかやるの。そんなことしなくても、日常の話をするだけでも十分面白いじゃないの』
と反対してたんです。

ところが見終わったら、良かった、と言うてくれて。
『あなたがあんなアガっている姿を見たことがない。
それは、伝統に敬意を持っている証拠。だから、あなたは古典落語をやるべき人だ』と。
うれしかった。同時に、この人にはかなわんな、と思いました」


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〔落語の世界は天才だらけで、とてもかなわない。僕は、僕らしい落語をやりたい〕
鶴瓶だからこその落語のかたち

『笑福亭鶴瓶一門会』
トリの演目に選んだのは、人の死をテーマにした古典落語の名作『死神』。
色っぽい女死神を登場させ、
男女の愛情を絡めた鶴瓶流の演出が加えられた一席に、観客は万雷の拍手で応えた。

深々とお辞儀をし、拍手の中で幕がおりていく。

それを制して、最後に、鶴瓶はゆっくりと語りはじめた。
「僕の落語のテーマは“愛”なんです。
人間はいずれ死ぬんですよ。死ぬと思うてなくても死ぬんです。
志半ばでも、持って行かれる。簡単に死んでしまう。
短い人生なんだから、人を好きでいたい。面白いことをやり続けたいんです。
勘三郎も、同じ思いだったと思います。
クサいと思われるかもしれませんが、人生って、笑いって、愛なんですよ」



〔短い人生なんだから、人を好きでいつづけたいんです〕


密着インタビュー【笑福亭鶴瓶】「笑いにおいで!」週刊現代(2013/1/5・12号)


【平蔵の独り言】
ゴールデンタイム見る番組がほとんどない『鶴瓶の家族に乾杯』は何気なく、
唯一毎週見ている。
じいちゃん、ばあちゃんが主役になったり、
日々の暮らしを地道に生きている人たちが主役になったり、
鶴瓶は市井の人たちを主役にしている。

鶴瓶が言うように番組出演者仲間が楽しんでいる、
受けを狙っている“あざとい”番組ばかりの中で、キラッと光るのだろう。

人間って、みんな面白い。だから、無理に面白くしようとしないでいいんです。

〔短い人生なんだから、人を好きでいつづけたいんです〕

これが難しいですね!
“煩悩”いっぱいの毎日の中で!

健康年齢まで残り短いが、
楽しく活きたい・・・・・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2013-02-07 14:07 | 市井の人が一番えらい | Comments(0)

【人は、答えの出ない悩みに悩むもの】   

2012年 05月 30日
人は、心の問題を心の扱い答えの出ない悩みに悩むもの。
(倦怠:ストレス、苛立ち・イライラ)

だから時々、アハハッと悩みを笑い飛ばすことだって必要なんです!


〔人はなにかに救いを求めずにはいられませんが〕

心の置き所が分からなくなってしまって!

心の問題、心の扱いの!?

〔人は、答えの出ない悩みに悩むもの。だから時々、アハハッと悩みを笑い飛ばすことだって必要なんです!〕

神仏に委ねて、アハハッ!

ビッグコミック・オリジナル(2012/6/5号)

【平蔵の独り言】
以前、解決できないことは

この問題は「神様、あなたに委ねます」

とお願いして、前へ進む!

ということを聞いたことがある。

一日の終わり、夕方・夜・寝る前にくよくよと考える。
目が覚めてもリセットされていないと、引きずることになる。

寝られない時は“本を読む”“疲れて寝る”
朝になる。

神仏に委ねて、アハハハハッ!
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by asanogawa-garou | 2012-05-30 16:13 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

大御所たちの名答、珍答が心に染み入る  人生指南役   

2012年 05月 23日

大御所たちの名答、珍答が心に染み入る  人生指南役

「人の悩みは永遠なり」 「人生相談」傑作選    週刊ポスト(2012/5/18号)

これほど面白い読み物はない! 【嵐山光三郎】
「人生相談」の味わい方

元々は人生経験豊かな人が、分からない相談者に丁寧に答えるというところから始まっているわけですが、作家の人生相談というのはゲームのようなもの。
作家というのは皆、常識的世間とは離れて、むしろ無頼の徒ですからね。
いずれの人にも言えるのは、存在自体が回答のような破天荒な人生を送った人ばかりですが、思い通りの人生になっていないところが味噌ですね。

それがまた人生であり、人生相談の面白さでしょうね。


【深沢七郎】:脱力の言葉に励まされる
〔人間には本物なんかありません。みんなニセモノです。〕
《「人生滅亡的人生案内」「話の特集」(1967/9~69/11)》

【柴田錬三郎】:ダンディズムとはこういうこと
〔ムダがあるから、世の中はにぎやかなのではなかろうか。〕
《「プレイボーイの人生相談」「週刊プレイボーイ」(1966/10~69/3)》

【山口瞳】:江分利満氏の説教
〔会社でスランプに陥った〕
まあ、成り行きにませましょうや。
当分は成り行きまかせでいきましょう。
《「山口瞳のマジメ相談室」「週刊文春」(1966/1~67/9)》

【今東光】:あったかい毒舌
上司とうまく行かない場合は
だからおめえも、そこの上司が気に入らないからって、
よそへ行ったところで、やっぱり気に入らない上司はいるさ。
《「極道辻説法」「週刊プレイボーイ」(1975/9~77/8)》

【開高健】:男のやさしさと強さとは
〔御本業の他に、
あなたにとって最も困難なことは何ですか?
「人生。人生そのもの。」〕
《「風に訊け」「週刊プレイボーイ」(1982/6~85/10)》

【北方謙三】:ハードボイルドな生き方を熱く説いた
〔生きるのが嫌で死にたい〕無職の19歳、悲惨の青春を送っています。

男というのは十年間同じところにじっとしていられて、耐えていられるかどうかによって決まることもある、と。
(何をやってもうまくいかない。それもまた青春なのだ)
《「試みの地平線」「ホットドック・プレス」(1986/1~2002/6)》

【宇野千代】:85歳で綴った「女の生きる道」
あなたはあなたの一生の間に、一度もバカなことをしないで、暮らす積もりなのですか。

そんなことが出来るくらい、あなたは悧巧なのですか。
私はあなたに、一度か二度くらいは、バカなことをしてごらんなさい、と言いたいです。
《「日曜くらぶ」「毎日新聞」(1983/9~84/8)》

【中島らも】:人生相談の新境地
「健康のためなら死んでもいい」気で健康管理しましょう。
《「明るい悩み相談室」「朝日新聞」(1984~94)》

――――――――――――――――――――――――――――――

【深沢七郎】:脱力の言葉に励まされる
「ただ、ぼーっと生まれて来たのだから、ぼーっと生きていればいいのです」。
脱力の極致は、今この時代にこそ必要な人生相談だ・・・・。
人間には本物なんかありません。
みんなニセモノです。

どんな人もズウズウしいくせに、ハズカシイような顔をしているのです。
どんな人ゼニが欲しくてたまらないのに欲しくないような顔をしているのです。

【柴田錬三郎】:ダンディズムとはこういうこと
〔ムダなお金を使っている場合か〕
君の云う通りだね。まったく、ムダなお金を、使っているよ。
ところが問題は、人生から、ムダをなくしたら、いかに、つまらないか、
ということだ。
ムダがあるから、世の中はにぎやかなのではなかろうか。
人間は、働くばかりで遊びを知らないと甚だ片よった、コチコチの朴念仁ができあがる。
私は、浪費家で、あらゆる失敗も犯しているからこそ、こういう「人生相談」にも、云いたいことが云えるようだ。

【山口瞳】:江分利満氏の説教
〔会社でスランプに陥った〕
まあ、成り行きにませましょうや。
当分は成り行きまかせでいきましょう。
人生相談のお答えで、「成り行きまかせ」というのはいかにも無責任のようにきこえるかもしれませんが、私自身は決してそうは思いません。

世の中には、歳月でしか解決のつかないことがあります。
若いときの失恋なんかもそうでしょう。
何年か経って考えてみるとバカバカしくなります。

才能は自然にあらわれるというのが私の持論です。
才能とか能力とかは、他人が発見し、認め、評価するものです。
自分で自分のことを考えすぎたり焦ったりしても仕方がないでしょう。

【今東光】:あったかい毒舌
上司とうまく行かない場合は
だからおめえも、
そこの上司が気に入らないからって、
よそへ行ったところで、やっぱり気に入らない上司はいるさ。

なにしろ気にいらねえ野郎は世の中にゴマンといるんだから、
それならいっそのこと、自分が気に入られなえ人間になった方が得じゃねえか。
相手が気に入ったとか気に入らないとかっていうことを考えずに、
自分がたいがいの場合嫌われるような人間になってた方が被害が少なくて済むわな。

【開高健】:男のやさしさと強さとは
御本業の他に、あなたにとって最も困難なことは何ですか?
人生。人生そのもの。

譬えていうと、無気力が源になっているやさしさ、
無気力が川の源になって下流がやさしさになっている、
そういうやさしさの谷川と、タフとハードが源になっていて、
下流がやさしさになっている、そういう谷川があるとと思う。

谷川の上流の岩と石と急流でもみつくされた、
そのあげく出てきたやさしさを持っている、そういう谷川を探すことです。

こういうやさしさには底が入り、いつまでもつづくよさがあるんだね。

いってみれば、
五十三歳のホロ苦い男の横顔に浮かぶやさしさみたいなもんですね。
これは、いい味がしますぞ。

〔悪友との付き合いは断つべきか〕
スラブ族の諺でいうと、
〔犬はノミがいるから体をかくが、ノミがいなくなれば、犬は自分が犬であることを忘れるだろう〕――――こういうんだ。

悪友から離れると、君は君自身であることがわからなくなり、
アイデンティティを失ってしまって、影のない男になってしまうかもしれないよ。
だから、その悪友を失ってはいけない。大事にしなさい。
どうすればいいということじゃない。いままでどおりにやってけばいいんだ。

なお、アングロサクソンの諺で「他人にしてもらいたいことを他人に対してやれ」というのもある。
スラブの英知に立っても、アングロサクソンの知恵に立っても、君の人生航路は決まっているんだ。
その悪友を捨ててはいけないんだよ。聖書では、“汝の敵を愛せよ”と。


【北方謙三】:ハードボイルドな生き方を熱く説いた
〔生きるのが嫌で死にたい〕・無職の19歳、悲惨の青春を送っています。

男というのは十年間同じところにじっとしていられて、
耐えていられるかどうかによって決まることもある、と。

言われた時はわからなかったが、
そこそこ小説で生活ができる状態になった時に初めて、
説得力のある親父の応援のようなものだったということがわかった。

俺はその言葉を君に贈りたい。そして考え直してくれ。

青春なんてものは何かを為し遂げられるような時代じゃないんだよ。
いろんなものを喪くし、いろんな傷を受け、
同時に何か大事なものを一つだけ獲得していく。
たとえば十年後に生きるようなものを獲得していく。
そういう時代なんだと思う。

(何をやってもうまくいかない。それもまた青春なのだ)

【宇野千代】:85歳で綴った「女の生きる道」
〔考えすぎて行動できない!〕
宇野先生のように、考える時間がないくらいその場でパッときめられたら、
何と楽しく気楽なことかと思います。

あなたはあなたの一生の間に、一度もバカなことをしないで、暮らす積もりなのですか。
そんなことが出来るくらい、あなたは悧巧なのですか。

私はあなたに、一度か二度くらいは、バカなことをしてごらんなさい、と言いたいです。
あなたのバカなことはしたくない、と言う気持ちの中には、バカなことをして、損をするのはバカらしい、と言う、損得の感情がひそんでいるのではないか、と思うのですが、どうですか。

あなたはケチなのです。物質的な意味ではないが、精神的な意味ではケチなのです。
そのケチな心をもって、
人生の大きな得をとり逃がすようなことがあるのではないかと、
私はそれを惧れているのです。

〔私は否定的な人生観の持ち主で、欲求不満のかたまりの様な人間です。いつも、イライラした不愉快な毎日を送っています〕

人生と言うところは、あなたの思っているよりも、十倍も百倍も愉しいところです。
この愉しいところで、あなたはあなたの思っているよりも、
十倍も百倍も愉しい思いをして生活していれば、
ちょうどそれが、ぴったりと当てはまるところなのです。

どうかあなたの人生観を、ちょうどいまの反対に書き直して下さい。
不愉快と言う字を、愉快と言う字に書き直して下さい。
するとあなたは、自分は最初から、こう書く積もりであったと、気がつくことでしょう。
人間と言うものは、その本念の心から、愉快なこと、明るいことを好むものだと言うことに、気がつくことでしょう。

あとは何も考えることはいりません。
何も考えないでいても、明るいことのある方へ歩いて行くことが必定です。
それが人間本来の道だからです。

あなたもまた、自分の行きたいと思う愉快な道へ、明るい道へ、勇往邁進することを、私は信じてやみません。

〔中島らも〕:人生相談の新境地
・さまざまなストレスの山積する都会生活の中にあって、
人はそれぞれ独自のストレス解消法をあみ出していくものです。
この際、あなた自身の内面にもあるストレスを解消してみてはいかがでしょうか。

・「健康のためなら死んでもいい」気で健康管理しましょう。


【平蔵の独り言】
人生の指南役がいた、いい時代 1980年代

【嵐山光三郎】
作家というのは皆、常識的世間とは離れて、むしろ無頼の徒ですからね。
いずれの人にも言えるのは、
存在自体が回答のような破天荒な人生を送った人ばかりですが、
思い通りの人生になっていないところが味噌ですね。


無頼の徒、破天荒な人生 を受け入れられなくなってしまった。

理屈と耳障りな言葉だけを並べる今の世に「いい味」をくれる。
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by asanogawa-garou | 2012-05-23 14:30 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

「宮本武蔵なんて、ちっとも偉くないよ、ほんとに『えらい』のは一生懸命生きている奴だよ」   

2012年 05月 20日

「宮本武蔵なんて、ちっとも偉くないよ、アイツは強かったんだから。

ほんとに『えらい』のは一生懸命生きている奴だよ」


高度経済成長期に、
「一生懸命生きている奴」の本人は真剣でも、他人には滑稽だ。
『人生相談』とは小説よりオモシロイ。

日本人たちの「悩み」はどこか哀れで懐かしい。

山口瞳はそれによく付き合っている。
こういう人生指南役が、いまはいないような気がする。

〔『キマジメ人生相談室』作家〔山口瞳〕…〕

高度経済成長期を「一生懸命生きた」人々の身近な悩みに作家が親身に答える
週刊現代(2012/5/19号ブックレビュー)
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by asanogawa-garou | 2012-05-20 14:53 | 市井の人が一番えらい | Comments(0)