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【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。   

2017年 10月 23日
【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。

『週刊新潮』2017/4/13号 から始まった大江舜さん(ジャーナリスト)の「団塊絶壁!」(最終回)

「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」
『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。


〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」


〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕

1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの
    東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕

「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。

〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

――――――――――――――――――――――――
「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」

『団塊の世代』
<一九六〇年代の「若者の反乱」は、戦後直後に生まれた人口の膨らみが通り過ぎる嵐であった。
かってハイティーンと呼ばれ、ヤングといわれた、
この「団塊の世代」は、過去においてそうであったように、
将来においても数数の流行と需要を作り、過当競争と過剰施設とを残しつつ、年老いていくことであろう>

まさにその“予言”は当たった。
われら団塊、正も負もたくさんの「遺産」を残し、老いさらばえようとしている。
でも、まだ終わったわけじゃない。
せめて、あと10年あると思いたい。
お楽しみはむしろこれからなのだ。
よろしいか……そう願いたいではないか。
お楽しみと言うには、いささか気が引けるが、日本列島は千年ぶりの「大地動乱期」に入ったと警鐘を鳴らす学者がいる。
東京オリンピックなどに浮かれていても、かつて寺田寅彦が喝破したごとく、天災は忘れた頃にやってくる。


『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。
作家・堺屋太一氏が1976年に小説『団塊の世代』を著して広まった造語。

共通の経験として、
①戦争とモノ不足を知らない、
②人生の最初から高度経済成長の中に育った、
③物心がついた頃にはテレビがあった、などが挙げられ、

「安全は至上の正義、暴力は絶対の悪と信じる」
「経済成長を当然と感じ、既存の体制と組織と習慣に全幅の信頼を置く」
「平等思想に染まっている」
などが共通の性格と捉えられている。

「団塊」とは鉱業の用語。
「堆積岩中に周囲と成分の異なる物質が丸みをもった塊となっている状態」を指す。

〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)

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①堺屋太一●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。
日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。
98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。


「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」
戦後は文民官僚によってベビーブーマーたちが「望ましき日本人」に育つよう設計図が引かれたということなのか。
「日本の戦後史をひもとくと、マッカーサーによる占領時代、その後の吉田茂内閣から佐藤栄作内閣までは政治主導だったが、田中角栄の時代になると、官僚丸投げとなります」

〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


ご自身も『日本列島改造論』の執筆者の一人だった堺屋氏は、戦後、官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つあるという。

「1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化です。
これは田中内閣が“新潟の人間だって、俺のように東京に来て成功できるようにしてやれ”と進めた施策。
だからこそ新幹線はすべて東京から伸びている。
これが首都圏への過度の人口集中を招き、地方との成長格差を助長した。
現在地方都市にみられるシャッター通りはその象徴です。


2つ目が流通の無言化。
かつては雑貨屋の前で店主と奥さんたちが話したりしたものですが、それだと生産性が落ちるので、スーパー、コンビニ、自動販売機など『無言の流通』が拡がった。
このため買い物は『楽しみ』から『仕事』になってしまった。

3つ目が職場単属人間化です。
親類や近所の人とも付き合わず、職場内の人間関係だけで生きる職場人間群の造出です」

都会に出て誰とも話さず、職場にこもって仕事する。
これじゃまるで出稼ぎロボットだ。

「4つ目が人生の規格化。
生まれてから死ぬまでの流れを官僚が決めてしまったのです。
“生まれたら早くから幼児教育を行い、小学校から大学まで浪人をせずストレートに進学し、卒業後はすぐに就職。
ニートになるのは不良だ。就職したら蓄財しろ、お金が溜まったら結婚し子供を作って、夫婦で子育てをしろ。
持ち家を早くローンで購入して、払い終わった頃には中高年。
年金を積んで子供に頼るな。
官僚に年金を払ってくれたら、頭のいい俺たちが上手に運用するからね、そして老後は老人だけで寂しく暮らせ”というものです。
こうした家庭にまで及んだ官僚主導の施策のため、結果として2世代、3世代で住む昔ながらの暮らし方は激減しました。
親と同居すると、嫁姑問題が起きて苦労するといったドラマを盛んに流して、老夫婦単独世帯化に拍車をかけました。
これは、現在の老老介護や孤独死問題につながっていきます。

5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。
この頃の小住宅が空き家になって問題化しているのはご存じの通りです」

これらを、人生の規格化は文部省、小住宅多部屋主義は建設省、流通無言化は通産省……と、各省庁が分担。
さらに官僚制度は終身雇用・年功序列・正社員優遇だから、社会の方もそれに準じさせたというから開いた口が塞がらない。

〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕
「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。
ただしこのエンジンは後押しをするばかりで肝心の方向舵がありません。
操縦席に座るのは、私たち、ひとつ前の世代の官僚です。
大きな力の方向性は私たち官僚と、私たち世代の企業家が決めていたわけです」

それゆえ団塊の世代には、世代的特徴として、自主性・創造性が希薄だという。
「正確に言えば、もちろん、自主性・創造性はあるけれど、集団の中では、そういったものを発揮しない方が得なんです。
その証拠に800万人もいるのに、ユニクロの柳井(正)さんらを除けばこの世代はユニークな企業家を生み出していませんし、ノーベル賞の受賞者もいない」


えろうすんません。不甲斐ないなあ、団塊の世代。
「私が関わった1970年の大阪万博のとき、官僚のシナリオ通りに育った団塊の世代は、大学を出たばかり。
彼らは、消費者として、車やクーラーなど大量生産品を生み出し、経済のパイを大きくしてくれた。
そして会社で中堅社員になる頃、社内のポスト競争に勝ち抜くためにたちあげた過剰なプロジェクトこそバブルの遠因になったのではないか」


〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕

その結果、しわ寄せはそういう親を見て育った、団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形で出てきた。
「日本は、安全・安心・正確・清潔の4点では世界1位水準。
すべてに満足をしてしまい、生物として最も根源的な『子孫を増殖させたい』という欲望がなくなってしまった。
むしろ、地獄の風を吹かせて、活力と苛立ちのある競争社会を作った方がいいのかも」

何だ、結局われらは、官僚というお釈迦様の手の平で遊ばされていた孫悟空だったということか。
こう聞くと懸命に生きてきた70年弱が何だかむなしい感じになりませんかね。
猿ではなく、人間に戻るチャンスはまだあるのか。
これからの10年で挽回できるのか。


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

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②おそらく日本で最も知られた「団塊の世代」人、(ビートたけし)
ある意味、「団塊」の枠から外れた生き方をしてきた氏は、こんな風に“総括”する。
「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。
戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
なぜか70歳まで生きてしまった。
いまだに金も稼いだりしてホントに困ったもんだ。
バイク事故の後、今こうやって話しているのが夢で、本当は管に繋がれて植物人間で生きているかも。
どっちが夢だか現実だか」

〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

〔オイラは生かされてしまった〕あの人、あの言葉( ビートたけし) 〔ビートたけし〕オイラは生かされてしまった

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③8月2日深夜、原付バイクで走行中に転倒、頭を激しく損傷し入院していたビートたけしが、9月27日に退院会見を行った。
たけしは顔面の半分が麻痺状態という重い後遺症を残していた。
だが、普通であれば即死だったといわれるほどの大事故を生き延び、
約2ヶ月で話せるまでに回復したのは、本人も言うとおりまさに「奇跡」だった。
入院生活中、胸中をずっと占めていたこの思いから、
己の生き方について改めて考え直したというたけしは
「テレビだけじゃ残りの人生つまらない」と語り、
今後の活動に意欲をみせた。
現在の多方面での活躍ぶりは、言わずもがなである。


あの人、あの言葉週刊現代2017/10/14.21号

〔たけしとたけし軍団〕
収録の時にスタジオの床に釘が落ちていたと。

そこで普段は穏やかなたけしさんが
「こんな危ないところで、うちのもんにやらせられるか」と激怒した。

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【平蔵の独り言】
〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。

【独り言】
官僚が設計製作したシナリオに従って、団塊の世代はイケイケどんどん
その結果が年金支給60歳から65歳そして年金では暮らせない社会

東京一極集中、スーパー・コンビニ、
仕事人間、不寛容社会、(ニュータウンとかっこよく蜂の巣(団地))

“うんうん”と納得!

団塊の世代は“痛い”
67%は働いている。

古希を前に、年金を貰い働いていることに“感謝”
42の厄の年にキツイ仕事で話していた言葉を思い出す。
「俺たち何か悪いことしたか!」
定年になったら、年金をもらって・・・・・

この友は60を前に年金も貰わずに旅立った!

【平蔵の独り言】
【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

【独り言】
団塊の世代は話をしていて分かる。
同じ匂いがしている。
気が付けば、いい時代を歩いてきたのか・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-10-23 14:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕   

2017年 10月 05日
〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

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〔理不尽が付きまとう人生〕

〔人生、いまが好きだ。そんな人生になればいいな!〕
そんな充足感は健康でなければ、味わえない。

心も身体も“時の移ろうんだから”合わせて、年齢に応じて変えていかないと!


〔「年のせい!」〕

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「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕

“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!
旅はまだ続く(人生まだまだ続く)

〔人生は働くことよ〕(1943年生まれ73歳)メルボルン女性

〔つるむな!〕
人生、欲しく欲しくでもうまく思い通りにいかない!

〔才能はないけど、努力ならできる〕


2017/9/25〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕
想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。
「50歳過ぎたら開き直りだ」〔北方謙三1947年生〕


〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕ビートたけしの一言
人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」


「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。

「人間、持って生まれた性分で、精一杯生きるより仕方ないんでしょ?精一杯生きる。誰もそれしかないんだな」(新撰組沖田総司)
人事を尽くして天命を待つ。

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【平蔵の独り言】
〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

【独り言】
時折思い描いて、歩いてきた道が「人生」だと思うから「設計」は・・・・・

【平蔵の独り言】
〔「年のせい!」〕

「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

〔若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕
“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!

【独り言】
古希になって、「健康」と向き合い、悩んでいることは変わらない。
気が付けば、年齢は重ねてきたが、人間としての経験は積んできたのか!

これが「年のせい!」




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by asanogawa-garou | 2017-10-05 15:05 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】   

2017年 09月 25日
〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」〕

〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子

〔93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子〕
「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

―――――――――――――――――――――――――――――――――
【〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?】

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」 → 苦しい時に読みたいビートたけしの一言〕
2017/2/5ビートたけし, 北野武

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①人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」

人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。〔北方謙三1947年生〕

北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」

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②北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」
遊びも決して手抜きをするな! 創刊記念インタビュー

 JAGZY創刊記念インタビューの第1弾として、小説家の北方謙三氏に人生充実の生き様について聞いた。
遊ぶために働き、働くために遊ぶ。
「俺にオン・オフはないのさ」と言い切る北方氏。船に乗り釣りをすることも、スポーツーカーで疾走することも、銀座で飲み歩くことも、すべて小説のネタになるから全力で遊ぶ。
「すべてが必要経費なんだよ」と言うが、税務署だけは認めてくれないという。
齢は“定年”過ぎの65歳。しかし、パワフルな生き方は、ますます磨きがかかっている。その秘訣とは。(写真=八木澤芳彦)


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕
佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」

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「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」span>

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93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。
終戦後の当時まだ〝女性漫才コンビ〟が珍しい時代に、内海桂子・好江でコンビを結成。28歳だった桂子さんはすでに2児の母だった。
一方、コンビを組むことになった好江さんは14歳。
倍ほどの年齢差があり、ひとたび舞台を降りれば2人はコンビではなく師弟関係。稽古を積み、テンポの良い"江戸っ子漫才"で、やがて人々を笑いの渦に引き込んでいく。
そして結成から30年後、漫才界では初となる「芸術選奨 文部大臣賞」を受賞。名実ともに、漫才界を代表するコンビとなった。
さらに、桂子さんは64歳の時に出会った24歳年下の男性と交際。
その13年後、周囲の反対を押し切り晴れて夫婦となる。
今ではその年下の夫がマネージャーに。
93歳の今も、24時間、夫と離れる時はない。
今回は、数々の困難を乗り越えてきた、内海桂子さんの波乱万丈の人生を紹介する。


【独り言】
〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

毎年、身近な人とのお別れ、行きつけの喫茶店が今月2店閉店
“いつか”とか“そのうち”とか口にしている日々に

“今”、“今日”生きている人生が“普通”なんですね・・・・・・・・・

人生って“普通”


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by asanogawa-garou | 2017-09-25 16:27 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔人生は取り越し苦労の連続か〕これまで思い悩んだことのうち、98%は取り越し苦労だった(マーク・トウェイン)   

2017年 09月 06日
〔人生は取り越し苦労の連続か〕これまで思い悩んだことのうち、98%は取り越し苦労だった(マーク・トウェイン)


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①「シガー ラベルの世界」〜葉巻の箱の小さな芸術〜
MARK TWAIN マーク・トウェイン
葉巻会社:Wolf Brothers Cigar Company (米国)
制作年 :1915年

『トム・ソーヤーの冒険』などの作者であるマーク・トウェインの死(1910年)を悼んで制作された。
•身長:174 cm
•書籍:ハックルベリー・フィンの冒険、もっと見る
マーク・トウェイン、本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズは、
アメリカ合衆国の作家、小説家。ミズーリ州出身。


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②Mark Twain
マーク・トウェイン(1835年~1910年)
米国の小説家。「トム・ソーヤーの冒険」の著者。
「マーク・トウェイン」の由来、”by the mark, twain”は、水深約3.6mのことで、蒸気船が座礁せず通航できる限界の浅さ。

〔人生は取り越し苦労の連続か〕これまで思い悩んだことのうち、98%は取り越し苦労だった(マーク・トウェイン)

思ったようにいかないこともある。トラブルに見舞われることもある。
周囲の人に誤解されることもある。
一生懸命やっていることをきちんと評価してもらえないと感じるかもしれない。

身近なグループから疎外されていると感じることもある。
順風ばかりが吹くわけではなく、いつまで続くか分からない逆風にさらされることもあるのだ。
身近に支え合う仲間がいれば耐えられるのに、
つらいときに限って、誰にも相談できず、
たった一人で立ち向かわなくてはならない状況だったりもする。

いったいどうしたらいいのだろう。このままでは失敗してしまう。
つらくて耐えられない。逃げ出したい。
自分が至らなかったからこうなったのか。力が足りないのかもしれない。余計なことをしたのがまずかったのか。

答えはない。特効薬もなさそうだ。ただ耐えるしかないのだろうか。
思い悩んでもどうにもならないとき、今の悩みは、後から振り返ると、きっと、取り越し苦労だったと思えるようになる。
マーク・トウェイン(アメリカの小説家)


きょうの言葉 北國新聞2017/08/14

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③「マーク・トウェイン」の由来、”by the mark, twain”は、水深約3.6mのことで、蒸気船が座礁せず通航できる限界の浅さ。

英語の名言・格言【マーク・トウェイン】

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④【マーク・トウェイン】名言・格言
・人生で必要なものは無知と自信だけだ。
 これだけで成功は間違いない。

・自分が多数派の側にいると気づいたら、もう意見を変えてもいいころだ。

・やったことは、例え失敗しても、20年後には、笑い話にできる。
しかし、やらなかったことは、20年後には、後悔するだけだ。

私がこれまで思い悩んだことのうち、98パーセントは取り越し苦労だった。

夢を捨ててはいけない。
夢がなくても、この世にとどまることはできる。
しかし、そんな君はもう生きることをやめてしまったのだ。

私に批判的な人たちが、私のことを何と言おうと、
彼らが真実を語らない限りは気にしない。

我々が皆同じ考え方をしたからといって、
それが一番いいということにはならない。
競馬だって、意見の違いがあるからこそ成り立つのだ。

気の利いた即席のスピーチの準備には、大抵3週間以上かかる。

48歳より前に悲観主義者になる者は物事を知りすぎ、
48歳を越えてもなお楽観主義者である者は物事を知らなさすぎる。

若いうちはどんなルールにも従っておくのが良い。どうせ歳をとればルールを破る力が手に入るのだから。


【平蔵の独り言】
〔人生は取り越し苦労の連続か〕これまで思い悩んだことのうち、98%は取り越し苦労だった(マーク・トウェイン)

古希を前に“くよくよ”して対して成長していない!
こんな“きょうの言葉”が目に留まった!

【独り言】
思い悩んでもどうにもならないとき、今の悩みは、後から振り返ると、きっと、取り越し苦労だったと思えるようになる。

古希になっても悩んでいることは同じだろうし、
いままでの悩みも過ぎて見れば、何だろうと忘れているのだから、
毎日“取り越し苦労”と付き合っていく“生きている証拠”・・・・・



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by asanogawa-garou | 2017-09-06 15:34 | 今 今日この頃 | Comments(0)

この歳になって、我慢するのをやめました。(遅咲きの名優が辿り着いた境地)【笹野高史(66歳)】   

2017年 08月 24日
この歳になって、我慢するのをやめました。(遅咲きの名優が辿り着いた境地)【笹野高史( 66歳)】

〔どんな小さな役柄でも、その登場人物にも歴史や毎日の暮らしがありますよね。〕 2015/12/26

この歳になって、我慢するのをやめました。

〔デザートをいくつ頼んでもいいと知って人生が変わった〕
「津川雅彦さんと食事をする機会があったんです。
デザートを選ぶ段になって
津川さんが『僕はね、これと、これと、これと』ってオーダーをされまして。

『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

〔知らないうちにできてる「刷り込み」ってやつが怖いんだね、なんでも〕


どんな小さな役柄でも、その登場人物にも歴史や毎日の暮らしがありますよね。
シェークスピア劇の門番も、家に帰れば家族がいて、夕飯時に奥さんから隣近所への愚痴を聞かされたりするわけでしょう。
そういう想像をどんどんしていくと役に魂が入るんじゃないかって思う。
これが面白くてたまらない。


〔デザートをいくつ頼んでもいいと知って人生が変わった〕

漠然とした不安を抱えていた矢先、ある光景を見て、自由に生きて行こうと決めた。
「津川雅彦さんと食事をする機会があったんです。
デザートを選ぶ段になって
津川さんが『僕はね、これと、これと、これと』ってオーダーをされまして。
『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

〔知らないうちにできてる「刷り込み」ってやつが怖いんだね、なんでも〕
目からうろこ、でしたよ。
僕の食事の常識には、デザートは一つ、って刷り込まれていたんです。
でも欲張っていいんだと思ってね。
自分を抑えていたいろんな刷り込みを一気に消してみた。
そうしたら、齢50過ぎにして人生観が変わりましたよ」


「いろいろ我慢してきた反動ですかね。
でも物欲は仕事の原動力ですし、もっと言えばその好奇心が生命力そのものなのかな、と。
もちろん不安はあるけど、『この先はどうしよう』って悩んでても埒があかない。
いつ死ぬかさえわからないんだから。
撮影現場でポックリ逝けたら最高だけど、そんなに上手くいかないだろうねぇ」

高齢化する日本では「普通の人の生活や感情がきちんと反映された上質の作品」が必要になると考えているという。
そんな自分だから演じられる役に、まだまだめぐり合えそう。
主役でもワンシーンでも楽しませてもらいます。


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【平蔵の独り言】
『デザートって、そんなに頼んでいいの?』って思わず言ったら
『いいのいいの。もういい年なんだから。したいことすればいいの』って。

【独り言】『もういい年なんだから。したいことすればいいの』
〔同じもの繰り返しの中から、奮い起たせるものを探す〕蜷川幸雄
これから何が起こるのか! 考えても仕方ないし。

〔今、“何でもありと”〕 と最近思い始めているが!




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by asanogawa-garou | 2017-08-24 16:00 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」   

2017年 08月 14日
〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。
〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」

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〔人生で大切なことは〕一に健康、二に話し相手、三に身の丈の金である。

一に健康:何百億円手にしても病気がちだったら、なんの意味もない。
     まず体が“健康”でなければ、
     折角の人生を愉しむことはできない。

二に話し相手:人間は1人では生きていけない。
     “話し相手”が必要だ。
     それも相性のいい話し相手がベストである。

三に身の丈の金:金は天下のまわりものである。
     出ていく分がはいればいいことだ。
     自身を通過した金は私になにかを遺してくれた。
     それがわたしの“身の丈の金”なのである。


〔生き方は〕「無思想、無批判、無節操な生き方がいい」

〔無思想〕信ずる思想も主義もまったくなかった。
〔無批判〕特定個人への批判や攻撃がないとよくいわれる。
〔無節操〕人生を怖ろしい冗談の連続だと思っている。
     それを受け止めるためには、
     巨大なユーモアの城壁がないと息苦しい。
     無節操な他愛もないことがユーモアの原点

下手な主義主張や正義があると、むしろ行動力のブレーキになってしまう。
無思想でも無批判でも無節操でもいい。
ただひとつ不屈で元気で燃えるようなエネルギーがあればいいのである。


はじめに言葉ありき おわりに言葉ありき(島地勝彦“シマジ流”格言エッセイ集)

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最初、上手いこと言うな!
「男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる」

【平蔵に独り言】

〔人生で大切なことは〕健康、話し相手、身の丈の金
“健康”:これが今は一番、
   内科(血圧/血糖)
   循環器内科(心臓カテーテル)
   消化器内科(胃カメラ/大腸内視鏡)、

   歯科(歯周病・インプラント:歯のメンテナンス 季節ごと)
   眼科(ドライアイ、視野検査)

いつの間にかこんなに・・・・・

“相性のいい話し相手”:自身で相性がいいと思っている話し相手は一人ずつ・・・・・

“身の丈の金”:自身を通過した金は私になにかを遺してくれた。
これは納得、20代から通過した金は今の自分に遺してくれた。
気が付けば、高度成長いい時代を過ごしてきた。
あの世には手ぶらでしか行けない。

毎日の食事、運動
(喫煙15年、禁煙35年、禁酒して22年)


【平蔵に独り言】
〔生き方は無思想、無批判、無節操〕

ノンポリ、ずぼら、ぶれない
ノンポリ、ずぼら:ゆらゆら時と場合
ぶれない:これは変わらない

【独り言】
よく、「余計なエネルギーを使うのは止しましょう」
と口にしているが元気で燃えるようなエネルギーがあれば
もう少しいけるか!



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by asanogawa-garou | 2017-08-14 16:53 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

日野原重明先生〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」   

2017年 07月 26日
日野原重明先生〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」

日野原重明氏「死はGoodbyeではない」
予防医療の普及など日本に大きな影響を与えた医の伝道者
•日経ビジネス編集部2017年7月19日(水)

〔「2020年の東京オリンピックのとき、私は109歳なわけですが、いまからその準備を…」〕

〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕「私は疲労というものを感じたことがないのです」

〔「シニア会員」・「ジュニア会員」・「サポート会員」〕
〔成人病を「生活習慣病」と言い換えるように提言〕
〔「長寿ニッポン」を支える制度作りにも寄与〕『人間ドック』「病気にならないこと」
〔死はグッバイではなくシー・ユー・アゲインです〕



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①『生きかた上手』など数々のベストセラーを持つ医師、日野原重明氏が亡くなった(写真:村田 和聡)

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏が死去したことが7月18日、分かりました。105歳でした。

〔「2020年の東京オリンピックのとき、私は109歳なわけですが、いまからその準備を…」〕
 在りし日の日野原氏が講演のたびに使っていたフレーズです。
その度に会場は笑いに包まれますが、本人はいたって真面目でした。
残念ながら東京五輪をその目で見ることはかないませんでしたが、日野原氏の生き方はこれからも多くの日本人に影響を与え続けていくでしょう。

 本稿では日野原氏の言葉を振り返りながら、日野原氏の功績の一部をご紹介します。改めて、ご冥福をお祈りいたします。

〔「果たすべきミッション(使命)がある」〕 「私は疲労というものを感じたことがないのです」

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 「私は疲労というものを感じたことがないのです」
 日野原氏は100歳を超えてからも現役医師として、講演のために全国を飛び回る。著書も130冊を超え、毎年のように新著を上梓してきた。
 原稿の締め切りが迫っている時には、明け方まで執筆を続け、2~3時間の睡眠で家を飛び出すこともある。
そんな日の朝食はクッキー2枚とコップ1杯の牛乳だけだ。
 「この歳ですから、そりゃあ肉体的な疲労はありますよ。でも一晩寝ると、朝はすっきりして、『さあ、今日もやるぞー!』とフレッシュな気持ちで目覚めるわけです。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」

〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕
 日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。
 日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。
一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。
これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。
 この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。
 「90歳になったとき『新しいことを創はじめたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」

〔「シニア会員」・「ジュニア会員」・「サポート会員」〕

「新老人の会」の「シニア会員」になれるのは75歳以上。
60~74歳は「ジュニア会員」、60歳未満は「サポート会員」である。
日野原氏の発案だ。
 60~74歳を「ジュニア」と呼ぶことに若干の違和感があるが、女性会員などに話を聞くと「私は、まだジュニア会員ですから」とうれしそうに話す。
社会的には「高齢者」と呼ばれる人々が、ここでは「ジュニア」。
そう位置付けられるだけで、人の心持ちは変わる。
 いつも注意深く患者の声に耳を傾け、患者との対話から治療を始める日野原氏は、言葉の効用をよく知っている。

〔成人病を「生活習慣病」と言い換えるように提言〕

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③全国を飛び回る生活を送っていた日野原重明氏。
東京・世田谷の自宅にいるときも、熱心に執筆に取り組んでいた(写真:村田 和聡)
 「政府は75歳以上のお年寄りを後期高齢者などと呼びますがね、あれはダメです。老人という言葉には『人生経験を重ねた思慮深い人』という畏敬の念が入っている。中国語で立派な人を『大人(ダーレン)』と呼ぶでしょう。あれに近いニュアンスですね」
 「一方で、高齢者という言葉には『物理的に年を取った人』という意味しかない。おまけに『後期』などと線引きをする。あれはお役人の発想ですよ。そう呼ばれた人たちがどう感じるか、人の気持ちを考えていない」
 「私は、75歳以上のお年寄りを『新老人』と呼びたい。
世界のどこよりも早く超高齢化社会に入った日本の75歳以上は、国民の寿命が延びたことによって生まれた新しい階層だからです。
新老人たちが生き生きと活躍する社会を作ること。
それこそが私に与えられたミッションだと考えています」
 「後期高齢者」を「新老人」と呼び換える。
「たったそれだけのことで何が変わるのか」と思われる方が多いかもしれない。しかし言葉には人々の考え方を変える力がある。
日野原氏はかつて、言葉による日本人の意識改革に成功している。
 「昔は糖尿病や心疾患、脳血管疾患のことを『成人病』と呼びましたね。
そう呼ぶと患者さんたちが『成人になったのだから、成人病にかかるのは仕方ない』と思ってしまう」
 「しかし、こうした病気は食生活や日頃の運動によって予防できるし、治癒もできる。生活習慣が原因なら、それを改めればよいのです。
『成人病』を『生活習慣病』と呼び換えるだけで、人々の意識は変わるのです。だから公的な文書でもそう呼び換えるよう、政府に働きかけました」
 厚生省(現厚生労働省)は1980年頃から糖尿病などを「成人病」と表記してきたが、日野原氏らの提言を受け入れる形で90年代後半から「生活習慣病」に呼び変えた。
 生活習慣病という言葉は日本人の間に広く定着。
それを予防するために多くの人が自分の体重や血圧を気にかけ、適度な運動を始めたり、食生活を改善したりし始めた。

〔「長寿ニッポン」を支える制度作りにも寄与〕『人間ドック』「病気にならないこと」


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④日野原重明氏は、「長寿ニッポン」を支える制度の定着にも貢献した(写真:村田 和聡)
 戦後間もない1947年、日本の医療事情は劣悪で、病院も医師も薬も、すべてが不足していた。
日本人の平均寿命は男性50.1歳、女性54.0歳だった。
 そんな時代にいち早く、「病気を治す」ことではなく「病気にならないこと」に注目した医師がいた。
聖路加国際病院の橋本寛敏元院長と、国立東京第一病院(現国立国際医療研究センター)の坂口康蔵元院長である。
日野原重明氏は橋本院長の右腕として予防医療の制度立ち上げに奔走した。
 「病院は病気の人が来るところというのがそれまでの常識でしたが、病気を予防するためには健康な人が病院で受診する必要があるのです。
寿命が延びていけば、やがて健康な人がどう老いていくかという問題が重要になると我々は考えました」
 「最初は『定期健康検査』と呼んでいましたが、これを聞きつけた新聞記者が船を点検・修理するドックからの連想で『人間ドック』と書き、いつの間にかこの呼び方が定着しました。
最初の利用者は政治家です。政権についている時の政治家は激務に追われますが、内閣が辞職するとしばらく暇になる。
その期間に『体のお手入れをされたらどうですか』とお勧めしたのです」
 聖路加の内科医長だった日野原氏は、国立東京第一の小山善之医長と組んで、人間ドックの仕組み作りを進めた。
人間ドックを健康保険の対象にしてもらうため、日野原氏と小山氏は東京・乃木坂にある健康保険組合連合会の本部にも通った。
 血圧測定、血液検査、検尿、心電図、レントゲンといった健康診断の定番メニューはこの時に固まった。
 「今は技術が進んだおかげで、日帰りでほとんどの検査が受けられますが、当時は検査機器の性能が劣っていたので、検査をするのに1週間かかりました。優れた装置がなくて、当初は肝臓の検査はできませんでした」
 こうして54年、国立東京第一と聖路加は日本初の人間ドックを開始した。両病院合わせて7床でのスタートだった。
 「健康な時に病院に行くという習慣は、当時の日本人にはありませんでした。
我々は病気を予防したり、早期に発見したりするためには、自覚症状がなくても定期的に健診を受けた方がいい、という考え方を日本中に広めなくてはなりませんでした」
 人間ドックを普及させるうえで、国民の誰もが名前を知っている政治家に受診してもらうことは大いに効果があった。
ある日、とある大物が聖路加の人間ドックにやってきた。
読売新聞のオーナーで衆院議員も務めていた正力松太郎氏である。
 「1週間の健診の最後に会食の時間があったのですが、正力さんに会いたい人たちが皆さん受診に来ましたよ」
 この頃から日野原氏は正力氏の主治医になり、正力氏の最期をみとることになる。こうしてまずは政財界の有力者から始まった人間ドックが徐々に一般の人々にも広がり、「長寿ニッポン」を支える制度として定着していく。

〔死はグッバイではなくシー・ユー・アゲインです〕

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⑤増大が続く医療費について、医学界と経済界を代表する2人が話し合った(「日経ビジネス」2015年6月1日号特集より、年齢は対談を行った2015年当時。写真:山田 哲也)
 高齢化社会に突き進む日本では老人の医療費増大が止まらない。
だが、老人を悪者にしても何も始まらない。
医学界と経済界を代表する2人の賢人は、「医を仁術に終わらせてはならない」と声をそろえた。
国民医療費は2025年に50兆円を超え、そのうち6割以上を65歳以上の医療費が占める見込みだ。
〔人生の質〕
日野原重明氏:医療界だけではなく、社会全体で考えるべき問題だと思います。
まず無駄な医療をやめることです。
医療を営業と考える医者は延命治療に夢中になりがちです。
患者や家族には「長生きは良いことだ」という思い込みがあり、医者も延命した方がもうかるからです。
しかしチューブにつながれて最期を迎えることが患者や家族にとって本当の幸せでしょうか。
社会的にみれば膨大なコストがかかっている。
 お年寄りに「長生きするな」と言っているのではありませんよ。
人生の質を言っているのです。
私は日本におけるホスピスの普及に力を注いできました。
ホスピスでは、天から与えられた命を、最後まで質高く全うすることに重きを置きます。
患者には「最期が来ましたよ」と自覚してもらい、「また天国でお会いしましょう」と家族とお別れしてもらいます。
グッバイではなくシー・ユー・アゲインです。
 延命治療をやめれば、住み慣れた自宅で最期を迎える人が増えるでしょう。
病院より、自分がずっと生きてきた場所で最期を迎えたいと望む人は多いのではないでしょうか。
これを実現するには医者も患者も家族も考え方を改めなくてはなりません。死に抗うのではなく、死を受け入れる考え方が必要です。
 欧米ではこうした考え方の下、ホスピスや在宅医療の体制が整備されています。
努力すれば日本でも、コストを抑制しながら医療の質を上げることは可能だと思います。
そのためには教育から変えていかなくてはならない。
 ルネ・サンド(1928年に国際社会福祉協議会を設立したベルギーの医学者)は「国民の参与なくして国民の健康は作られない」と言っています。
まず社会の中のいろいろな層の人々による協力体制を作る必要があります。「真の健康社会を作る」ことを国民の総意にしなくてはならない。
稲盛和夫氏:サンドの言葉は経営にも通じると思います。
全従業員の参与がなければ良い経営は実現できません。
 私が再建に関わった日本航空(JAL)を例に取ればパイロット、客室乗務員から整備のエンジニア、荷物を運ぶ人、機内食を作る人、機内や空港を掃除する人まで、すべての人がそれぞれの役割をきちんと果たし、なおかつ自分の持ち場で収益を考えてもらう必要がありました。
 医療も同じだと思うのです。ドクターから看護師さん、食事を担当する人まで、医療に関わるすべての人が、どうすればコストを上げずに、患者さんに良い医療を提供できるか。
皆で考えるところから始めたらいいのではないでしょうか。
書籍『日野原重明先生の生き方教室』

【平蔵の独り言】
〔『さあ、今日もやるぞー!』。なぜなら、果たすべきミッション(使命)があるからです」〕
 日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。
 日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。
一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。
これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。
 この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。
 「90歳になったとき『新しいことを創はじめたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」
 「新老人の会」の「シニア会員」になれるのは75歳以上。
60~74歳は「ジュニア会員」、60歳未満は「サポート会員」である。
日野原氏の発案だ。
 60~74歳を「ジュニア」と呼ぶことに若干の違和感があるが、女性会員などに話を聞くと「私は、まだジュニア会員ですから」とうれしそうに話す。
社会的には「高齢者」と呼ばれる人々が、ここでは「ジュニア」。
そう位置付けられるだけで、人の心持ちは変わる。
 いつも注意深く患者の声に耳を傾け、患者との対話から治療を始める日野原氏は、言葉の効用をよく知っている。

【独り言】〔七十にして惑わず〕
気合を入れないと1日が始まらない。
日野原重明先生の『さあ、今日もやるぞー!』
をもらおう!

【平蔵の独り言】
 「政府は75歳以上のお年寄りを後期高齢者などと呼びますがね、あれはダメです。老人という言葉には『人生経験を重ねた思慮深い人』という畏敬の念が入っている。中国語で立派な人を『大人(ダーレン)』と呼ぶでしょう。あれに近いニュアンスですね」

【独り言】
それにしても“前期高齢者”“後期高齢者”、高齢者でくくるな!
まあ、定年退職後の年金世代を管理しやすいように官僚が考えた言葉

「シニア会員、ジュニア会員」
シニアの自立をする社会環境を作っていけばいいのに・・・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-07-26 15:12 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生は一度しかない。〕「老いは突然やってくる。だんだんと年老いていくのかと思っていたのだが」   

2017年 06月 30日
〔人生は一度しかない。〕「老いは突然やってくる。だんだんと年老いていくのかと思っていたのだが」

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「老いは突然やってくる。だんだんと年老いていくのかと思っていたのだが」エミリー・ディキンソン(アメリカの詩人)

【「老いは突然やってくる。だんだんと年老いていくのかと思っていたのだが」】

人生は一度しかない。
老いていくことを経験する機会も一度だけだ。


「老い」がどんなものか、古今東西の書物から学ぶことができないわけではない。
だが、書物に書かれた「老い」がそもそも何歳の時のことだか分からない。
読み取れるのは抽象的な「老い」ばかりだ。

・身近な年上の人のようすや言葉からなら、年齢と付き合わせることができる。

・人生の先輩たちの動作を見ながら、言葉を聞きながら、「まだ自分は大丈夫」と思う。

そして何年か後に「ああ、ついに自分にも来たか」とまた思う。

・疲れが取れない。

・息が切れる。
・体が硬い。
・目がよく見えない。
・動作が鈍い。
・視野が狭まる。

・どの項目も、漏れなくやって来て、服用する薬の数が増えてくる。

・ゆっくり、そして、確実に、衰えてくる。

・突然、転ぶ。振り返っただけでは体が硬くて後ろが見えない。
・眼鏡を置いた場所を思い出せない。


毎日伸びる髪の毛に、ある日突然我慢できなくなって散髪したくなるのと同じように、ある日突然、自分の新しい衰えに気づくのだ。

きょうの言葉2017/6/30北國新聞


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②老いは突然やってくる
【平蔵の独り言】
「老いは突然やってくる。だんだんと年老いていくのかと思っていたのだが」
こんな“きょうの言葉”が目に留まった!

【独り言】
急にこの2週間程、腰痛に襲われてる。
「老い」を認めてないと突っ張っているが、
その実、素直に認めている自身がいる。

先日、基幹病院の受付で「車いすで行きましょう」
→“いや、何とかいけます”
→「お仕事をさせてください」
→(何故か素直に)“はい!ありがとうございます”

自身、辛いくせに強がっている。
 何十人、何百人と見ていて人には
見透かされているのだ!

【平蔵の独り言】
「老い」と「生きる!」を実感している日々が

“幸せ”:“自分の脚”で“普通のことができる”→「生きる!」

〔古稀〕を「生きる」とは、受け入れることはすごいことだ。(寺島しのぶ)

エミリー・ディキンソン(アメリカの詩人)
1830年代の詩人が「老いは突然やってくる」

しかし、古希は“痛い”(腰痛は痛い)・・・・・・・



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by asanogawa-garou | 2017-06-30 16:00 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔司馬遼太郎と新撰組『燃えよ剣』〕司馬が幕末を舞台に通俗的なサラリーマン小説を書いたんだ。   

2017年 06月 10日

〔司馬遼太郎と新撰組『燃えよ剣』〕司馬が幕末を舞台に通俗的なサラリーマン小説を書いたんだ。


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〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)

司馬を読んだサラリーマンたちは、「ひょっとしたらオレだって」と思ったのだろう。
「そういうことだ。そこが司馬の策略というか、狡猾なところだな。司馬は、剣も強ければ人望もあるというオールマイティーな人物を肯定的に描くことはなかった。
そして、どこか欠けたところがある人間を魅力的に描いた。
新撰組なら、清河八郎や芹沢鴨、山南敬助はあまりよく描かれていない。司馬に悪く描かれた人物の子孫の中には、怒り狂っている人もいるそうだ」


〔女性に人気がある理由〕
(ベルギー人記者)
「当時は、長く続いた江戸の太平の世の末期で、武士らしい武士はほとんどいなかった。
だから、武士道を体現しようとする新撰組は、京都の女性には久々に見た“武士”として新鮮に映ったのかもしれません。
皮肉なのは新撰組のメンバーのほとんどが百姓出身ということです。
生まれつきの武士は、武士としての自分のアイデンティティーについて深く考えることはありません。
一方、武士階級出身ではない場合、『武士とは何か』と考え抜き、その理想を追求しようとします」

そういう意味では、新撰組は武士もどきであり、コスプレのようなものかもしれない。
若者たちが揃いの浅葱色の羽織を着て、剣の腕を競い合う。

豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。

女性に人気というのも頷ける。
アイドルグループのように、「私は近藤」「私は土方」「私は沖田」と贔屓を作ることができた。

欧米にも新撰組ファンはいる。
ネット上の百科辞典では、英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語版で、かなり詳しい解説がある。
池田屋事件、組織の上下関係、掟・規則などが紹介され、揃いの羽織袴や誠の旗の写真も載っていた。

「主君に対し、最後まで忠義を尽くす」
という彼らの生き様が、エキゾチシズムの文脈で捉えられている面もある。
「新撰組の特徴の鉢巻きも珍しかったんだと思いますよ」(ベルギー人が頷く)

「新撰組について調べたが、野蛮な集団という認識しかないな。
腕っぷしは強かったのかもしれないし、会津藩の松平には忠誠を誓っていたが、やっていることは酔っぱらって暴れるヤクザと同じだ。
ロマンチックな美談に仕立て上げられているが」(フランス人記者が吐き捨てた)


「滅びの美学」
(フランス人記者)
「やはり新撰組を美化した作家の影響が大きいのではないか。幕末の政情不安の中、右往左往する人間の姿を、平和になった現代の小説家が面白おかしく書いたわけだ。」

織田信長や坂本龍馬、新撰組が繰り返し物語の題材になるのは、日本人がいまだ「滅びの美学」に価値を認めていることを示すのではないか。
勝海舟についても書いているが、勝は明治政府から爵位をもらっており、最後が盛り上がらない。

週刊新潮6/1号(東京情報・新撰組という物語)ヤン・デンマン

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【平蔵の独り言】〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)

司馬を読んだサラリーマンたちは、「ひょっとしたらオレだって」と思ったのだろう。

「そういうことだ。そこが司馬の策略というか、狡猾なところだな。司馬は、剣も強ければ人望もあるというオールマイティーな人物を肯定的に描くことはなかった。
そして、どこか欠けたところがある人間を魅力的に描いた。


【独り言】
〔燃えよ剣〕土方歳三(栗塚旭)
を見て、原作司馬遼太郎全集を通勤途中で読んでいた。

近藤勇、土方歳三、沖田総司は主役たち、清河八郎、芹沢鴨、新撰組を笠に着て、悪事を重ねた。

と思っていたが、まあ”単純“な頭でいままで居たことか?

【平蔵の独り言】
若者たちが揃いの浅葱色の羽織を着て、剣の腕を競い合う。
豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。
女性に人気というのも頷ける。
アイドルグループのように、「私は近藤」「私は土方」「私は沖田」と贔屓を作ることができた。

【独り言】
豪傑な近藤勇、クールな土方歳三、天真爛漫な沖田総司というキャラクターのバランスもよかった。

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→あ! アルフィ


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by asanogawa-garou | 2017-06-10 16:34 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

習得すれば人生が変わる? 一生役立つ「7つのスキル」   

2017年 04月 21日
習得すれば人生が変わる? 一生役立つ「7つのスキル」

@Forbesjapan リーダシップ
2017/02/05 09:00

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①Travis Bradberry ,
CONTRIBUTOR
I cover emotional intelligence and leadership performance.

1.  口を閉ざすべき時を知る
2.  心の知能指数(EQ)を高める
3.  時間を管理する
4.  聞く耳を持つ
5.  「ノー」と言う
6.  質の高い睡眠を取る
7.  ポジティブでいる



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②Monkey Business Images / shutterstock.com
あらゆる点で、学ぶことは学ぶ内容と同じくらいに重要だ。
「自分を高めることは可能だ」「将来には今の自分の能力以上の何かができる」、
そう考えることは胸が躍るようなことであると同時に、充実感を与えてくれることでもある。

ただ、与えられた時間は限られている。
最大の恩恵をもたらすスキルを身に付けることに、できる限りの力を注ぐべきだ。
一度身に付ければあなたに永遠に利益をもたらし続けるのは、次の7つのスキルだ。

1. 口を閉ざすべき時を知る

誰かと対立した時、歯止めが効かない感情に任せて自分の意見を主張し続ければ、人間関係をひどく損なうことにもなる。
自分自身の感情を読み取り、それに対応すれば、無駄な争いを避け、自分の考えを主張すべき時にだけそうすることができる。
これが意味するのは大半の場合において、黙っている方が得策だということだ。

2.  心の知能指数(EQ)を高める

心の知能指数(EQ)は、自分と他者の感情を認識し、理解する力であり、その認識を自分の行動や他者との関係のコントロールのために活用する能力のことだ。
働く人たちを対象に行った調査の結果から、業績の高い人の90%はEQが高いことが分かっている。
一方、業績が振るわない人の中でEQが高い人は20%だった。

当然ながら、EQ値の高い人は収入も増える。
EQの高い人は低い人に比べて、年収が平均2万9,000ドル(約327万円)多い。
EQと収入はかなり直結していることが分かっており、EQが1ポイント上がるごとに年収は1,300ドル増えるという。
EQを高めれば、より幸福を感じられるようになり、ストレスも減るということだ。

3.  時間を管理する

効果的な時間活用を阻む最大の問題の一つは「緊急性の絶対的な力」だ。
即座に対応しなければならない小さなことが、本当に重要なことを後回しにしてしまうことは多い。
本来すべき仕事が全く進まなかったと思いながら、オフィスを出たことが何度あるだろうか?
自分の時間を効果的に管理する術を学べば、最高の状態で仕事を進めることができるようになる。
それも将来にわたってずっと、毎日そうすることができるようになる。

4.  聞く耳を持つ

多くの場合、私たちは人の話をきちんと聞いていると「思って」いる。
だが、実際には次に相手に何を言おうかを考えている。
本当に「聞く」ということは、相手が話している内容だけに集中することだ。
相手の言うことを評価せず、ただ理解しようとすることは、高めることができる重要なスキルの一つだ。

職場では多くの人が色々なことを話しており、聞く機会は溢れている。
だが、そこには口調やボディーランゲージ、語られていない言葉から読み取るべき重要な情報がある。
つまり、人の話を聞かない(そして見ていない)ことで、あなたが職場で何かから脱落する可能性もあるということだ。

〔悲観する「本能」に屈しないことも重要〕
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5.  「ノー」と言う

カリフォルニア大学サンフランシスコ校が行った調査の結果、「ノー」と言うことが難しいと思う人ほどストレスを感じ、燃え尽き、さらにはうつ状態になる可能性さえ高まることが分かっている。
断ることは、実際に多くの人にとってかなり難しいことだ。
だが、「ノー」と言うべき時にそう伝えることは、不要な制約からあなた自身を解放し、生活において大切なことに費やす時間とエネルギーを与えてくれる。

6.  質の高い睡眠を取る

質の高い睡眠が脳に良いことは誰でも以前から知っているが、米ロチェスター大学の研究は、それがどのように脳に良いのかを明確にした。
脳は睡眠中に、目が覚めている間の神経活動の副産物である有害なタンパク質を排除していることが分かったのだ。
質の高い睡眠が満足に取れず、有害なタンパク質が脳細胞内に残れば、情報処理や問題解決の能力が衰え、創造力が失われ、情動反応が増すことになる。

7.  ポジティブでいる

ポジティブであることが希望的な観測でしかないように思える時、前向きなことに目を向け続けようとするのは難しい。
私たちが前向きでいることを本当に邪魔しているのは、危険を察知してそれに集中するという人間の脳に本来備わっている、生存のための機能だ。
これは、人類が狩猟や採取によって生活し、日々身近な誰か、または何かに命を奪われる危険と隣り合わせで生きていた時代には非常に有効だった。

だが、それは大昔の話だ。
現代では脅威を見つけ出そうとするその機能が、私たちに悲観や消極性をもたらしている。
前向きな気持ちを維持するためには、集中力と注意力が必要だ。


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【平蔵の独り言】
【習得すれば人生が変わる? 一生役立つ「7つのスキル」】
1.  口を閉ざすべき時を知る
2.  心の知能指数(EQ)を高める
3.  時間を管理する
4.  聞く耳を持つ
5.  「ノー」と言う
6.  質の高い睡眠を取る
7.  ポジティブでいる

2つに分けられるか!
〔自身のスタンス(立ち位置)〕
1.口を閉ざすべき時を知る:話を聞いて、結果が同じならそれでいいではないか。
それから口を挟む。
2.心の知能指数(EQ)を高める:まずは(自身そんなに頭が良くない)・人の知恵を借りる。
4.聞く耳を持つ:話を聞いて、何を言いたいかまとめることは仕事としてやってきた。
ポジション的には“副”が付いた方のがこれをやりやすい。
5.「ノー」と言う:自分は自分、人は人。同調できるものは認める。嫌なものは“嫌”
「Facebook」やりませんか!→“やりません”(いつも誘ってもそうなんだから)
※何で他人の知りたくないことまで、見なくてはいけないのか!

〔自身の性格〕
3.時間を管理する:社会人になって暫く経った頃、時計を持つことを止めた。
→出張中、時間に間に合うかと時計を見て、駅の時計を見て、
余裕を持って行動すればいいのに(これがなかなかできない)
“イライラ”している。(嫌になって、時計を外した)
6.質の高い睡眠を取る:質が高いか分からないが、いつの間にか寝ている。

7.ポジティブでいる:?どちらかというと(でも、どうにもならないことに“くよくよ”)

気が付くと人との関わり合いで助けられていると思う・・・・・・・・・



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by asanogawa-garou | 2017-04-21 17:17 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)