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「よそ者」人生:日本の世間と感覚がズレているからこそ、作品や研究を生み出せる。(〔物書き人生〕最終章・養老孟司 VS.塩野七生) 共に御年満80歳   

2018年 01月 17日

「よそ者」人生:日本の世間と感覚がズレているからこそ、作品や研究を生み出せる。(〔物書き人生〕最終章・養老孟司 VS.塩野七生) 共に御年満80歳

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養老孟司さんと塩野七生さんは、共に御年80の「同級生」である。旧知の仲でもあるそのお二人が、相次いで新書を出版。
デビュー50年の塩野さんが著したのは『新しき力』。
「ギリシア人の物語」全3巻の悼尾を飾る本書は、歴史長編としては、塩野さんの最後の著作となる。
その作品で主人公に選んだのは、アレクサンダー大王、最後の先品として最も若い主人公である。
一方の養老さんは『遺言』。
一気呵成の書き下ろしとなる本作は、動物とヒト、感覚と意識、アナログとデジタルなどの概念を考察することによって、いまの時代の「おかしさ」を浮き彫りにした新書である。

〔よそ者〕「よそ者」人生
〔「よそ者」「はぐれ者」〕
〔AI(人工知能)〕AIが処理できない存在
〔健康診断〕
〔僕らが小さい頃は80歳まで生きている人はヘンな人というくらい珍しかった〕
〔心配しないで。いずれどうにかなりますよ(笑)〕


〔よそ者〕「よそ者」人生
(塩野)「よそ者」性がないと、常識や当たり前のことに対して「何で?」という疑問を持てなくなるという面がありますよね。
例えばなぜオリンピックが生まれたのかという疑問に対して、多くのヨーロッパ人の間では「戦争ばかりしているのは不毛だから、休戦のためのイベントでもしようということで始まった」というのが常識になっています。
でも私は「よそ者」だから「なぜ」と興味を持って調べていくわけです。
だからもしあの時に養老さんの提言を受け入れて鎌倉に移住していたら「ギリシャ人の物語」は書けなかったかもしれません。
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〔「よそ者」「はぐれ者」〕
(養老)作家というのは、ある程度、「よそ者」性が必要なんです。
「よそ者」性が日本の世間と感覚がズレている「はぐれ者」と感じます。

〔AI(人工知能)〕AIが処理できない存在
(塩野)人工知能によってヒトは職を奪われると言われているけれど、私はちっとも怖くありません。
塩野七生はデータ化不能なものを扱っているから。
だってギリシャの歴史はデータにできないものに突き動かされて書くものだから。

(養老)人間の意識がある時間は、1日の3分2しかないし、その前後だってだいぶ怪しい。
お酒を飲んだりすればあやふやになったりするでしょう。
にもかかわらず、その意識を絶対視して、人間にとって一番最後に進化してきた部分だけをAIにしているんですよ。
だからものすごくたくさんのものが欠落している。
AIの中には、0か1しかない。でも0と1の間には無限があるけど、それは“ノイズ”なのでAIが処理できない存在です。

(塩野)そうか、塩野七生が考えることもノイズということね。
(養老)だからデジタル慣れした人は、同じ室内にいてもメールで話したりするんですよ。なぜなら対面でやり取りするとノイズだらけで邪魔になるから。
(塩野)直接話すことは大事よね。
国際電話で編集者と話していると、それまで考えつかなかったようなことを思いついたりするんです。
編集者は長電話で迷惑かもしれないけど(笑)。
私はコンピュータには触らないし、ケータイも持っていないんです。
ここまでアナログだと絶望的ですよね。
いい加減、始めるべきなんでしょうけれど。
(養老)別にいいんじゃないですか。これからはデジタルからアナログに戻る。というよりも、デジタルに対する人間の対応が変わってくるでしょうね。

〔健康診断〕
塩野:日本で倒れたことがあって調べたらタンパク質の数値がとても悪かった。
でも、帰国してイタリアで検査を受けてみたら許容範囲内だった。
日本とイタリアでは許容範囲が全然違うんです。

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最も偉大なイタリア人女性科学者、リータ・レーヴィ=モンタルチーニ
〔僕らが小さい頃は80歳まで生きている人はヘンな人というくらい珍しかった〕
〔人間ダメな時はダメになりますから大丈夫ですよ〕
〔心配しないで。いずれどうにかなりますよ(笑)〕

(塩野)我々はもう80歳まで生きたんですから、何があってもどうってことないですよね。
(養老)十分ですよ。あとは余計なお世話で生きているだけです。
僕らが小さい頃は80歳まで生きている人はへんな人だ、というくらい珍しかった。
(塩野)私は人に迷惑をかけないようになるべく適度な時に死んだ方がいいと思っているの。
だから長生きのために必要なことと反対のことをするようにしています。タバコは吸う。お酒は飲む。ご飯は好きなものを好きなだけ食べる。
でも何かを食べたいと思っているうちはーーー。
(養老)元気だということ(笑)
いいじゃないですか。
人間ダメな時はダメになりますから大丈夫ですよ。
(塩野)イタリアの学者でノーベル生理学・医学賞をとったリータ・レーヴィ=モンタルチーニは100歳になった時にテレビのインタビューを受けていたんです。
とってもおしゃれでエレガントな方で。
長生きの秘訣を尋ねられて彼女は
「明日目が覚めたら何をすべきかが、私にはわかっているから」と答えていたんです。
その時、私も同じかもしれないと思ったんです。
(養老)心配しないで。いずれどうにかなりますよ(笑)

週刊新潮2018/1/4・11新年特大号

【平蔵の独り言】(よそ者)(はぐれ者)に寛容な社会

〔よそ者〕「よそ者」人生
〔「よそ者」「はぐれ者」〕
〔AI(人工知能)〕AIが処理できない存在

【独り言】
(よそ者)(はぐれ者)に寛容な社会
団塊の世代の“市井”はこんな社会にいたような気がする。

小学3年:担任が年賀状「届かなかった」と言われた。
小学3年の学年末:“挨拶もしない”で転向
転校先:すぐ親切にしてくれた子はクラスの嫌われ者
中学:教室が足らないので二部授業
こずかいのもらえない者同士が夏休み、町工場でアルバイト
(格差社会は当時からあった。貧乏同士、助け合った)
高校、大学:新設校を量産
就職先:希望先は全滅、専門分野で滑り込み
いろいろと紆余曲折はあったが、この分野で来年は50年
(希望先、全滅で良かったと思う。まだ、現役である)

【平蔵の独り言】検診を受けながら、古稀は過ぎ、喜寿へ

〔健康診断〕
〔僕らが小さい頃は80歳まで生きている人はヘンな人というくらい珍しかった〕
〔心配しないで。いずれどうにかなりますよ(笑)〕

【独り言】
48歳:生死を彷徨う(まだ独り言できない)
その後:胆管結石(胆嚢全摘)左冠動脈狭窄(カテーテル)
顔面神経麻痺、歯周病(2本奥歯インプラント)、ドライアイ
胃カメラ、大腸内視鏡、

〔僕らが小さい頃は80歳まで生きている人はヘンな人というくらい珍しかった〕

→へんな人〔心配しないで。いずれどうにかなりますよ(笑)〕



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by asanogawa-garou | 2018-01-17 16:22 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕【百年人生への不安】(後生( ゴショウ) が不安なんですよ) 〔後半生が大変〕   

2018年 01月 11日
〔五木寛之〕【百年人生への不安】(後生( ゴショウ) が不安なんですよ)  〔後半生が大変〕
この国でいう後生(ゴショウ)とは今生(コンジョウ)の後のことだ。
今生とは現世である。だから死んだ後のことが後生なのだ。

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〔後半生が大変〕
〔健康寿命と経済寿命〕
〔加齢というのはとんでもなく厄介なものなのである〕


「やっぱり後生のことが気になりますよね」それを時代の先端をゆくテレビ局のディレクターが口にするのが納得がいかない。

「きみのお家の宗旨は?」
「さあ。たぶん曹洞宗だと思いますけど」
「ふ~ん。どうして後生が気になるんだい」

「定年退職後の人生が気になるのは当然じゃないですか」
「えっ、きみみたいな若い人でも、やっぱり後生のことが気になるのかい」
「そりゃあ、気になりますとも。ぼくだってあと五、六年たてば定年退職ですから」
「失礼だが、きみは、いくつだっけ」
「四十九です」

若いディレクターと書いたが、八十五歳の私にとっては五十歳以下はみな若い人に感じられるのである。

「五十代半ばで定年だって?まさか」
「法律はともかく、うちの局では定年が五十五歳です。だから後生が不安なんですよ」

彼の言うことはわかるのだが、その後生という言葉の使いかたがよくわからない。


後生というのは、この国では一種の仏教用語だからである。
後生をコウセイと読めば中国流になる。
<後生畏るべし(こうせいおそるべし)>とは論語の言葉と昔教わった。
羽生永世七冠が藤井四段に抱く感想だろう。
後生とは後輩、若い人のことだ。

しかし、これをゴショウと発音すると、かなり変わった意味になる。
この国でいう後生(ゴショウ)とは今生(コンジョウ)の後のことだ。
今生とは現世である。だから死んだ後のことが後生なのだ。
「後生、お頼みもうします」
とか、「死んだあと、お浄土にいけますように」
などと昔のお年寄りはひたすら念じたものだった。
「後生の一大事」というのは、ちゃんと往生、成仏できるかどうかという話である。


〔後半生が大変〕
つまり彼のいう後生とは、退職後の生活のことであるらしい。
あの世の話ではないのだ。彼は続けて、
「最近、百年人生というじゃないですか。
そうなると五十代で退職しても、あと五十年ちかく生きなきゃならない。
その後半五十年が不安でないわけがないでしょ」
「要するに後半生のことを言ってるんだね」


〔健康寿命と経済寿命〕
平均寿命よりも健康寿命が大事、とはよく言われることである。
しかし寿命は必ずしも健康に比例しない。
そして、健康寿命のほかに経済寿命ということもある。
特別な人たちをのぞいて、一般に長生きだとお金の苦労をすることが多い。
貯金や年金なども余り当てにできないのである。


〔加齢というのはとんでもなく厄介なものなのである〕

さらに年をとるということは、体のあちこちが不自由になるということだ。
私も現在、身体的能力は十年前にくらべて半減しているといっていい。
道に落とした一円玉を、親切に注意してくれる人がいる。

「一円、落とされましたよ」
「あ、どうも。ありがとう」

と礼を言っても、人通りの多い道路で体をかがめてその一円貨幣を拾うのは、大変な苦労なのだ。
路面に片膝をつかなければ手がとどかないのである。
拾ったら拾ったで、起ちあがるのにまたひと苦労する。
情けないことに、何か片手でつかまるものがないと、膝がガクガクしてなかなか起てないのだ。

万事につけそんな具合いで、加齢というのはとんでもなく厄介なものなのである。

コップ一杯の水を飲むのにも誤嚥しないように慎重に飲まなければならない。
つい二、三日前も、飲んだ水にむせてジタバタしたばかりだ。
百年人生も結構だが、後生のことより後半生のことを重荷に感じるのは、私だけだろうか。

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〔生き抜くヒント!(五木寛之)〕週刊新潮2018/1/4.11号


【平蔵の独り言】
この国でいう後生(ゴショウ)とは今生(コンジョウ)の後のことだ。
今生とは現世である。だから死んだ後のことが後生なのだ。

〔後半生が大変〕
〔加齢というのはとんでもなく厄介なものなのである〕

【独り言】後生と後半生
後生?・・・・・(ゴショウ)
今生(コンジョウ)→今生の別れ(この世)は分かるが

〔後半生が大変〕やはり、後半生の今が大変だ!

加齢:健康を求める戦い(団塊世代はやはり戦うような時代)


【平蔵の独り言】
体をかがめてその一円貨幣を拾うのは、大変な苦労なのだ。
コップ一杯の水を飲むのにも誤嚥しないように慎重に飲まなければならない。

【独り言】
腰をかかめて、膝を曲げて、そして伸ばして:大変!
誤嚥しないように薬を飲むときは、
まず(eテレで見た)誤嚥防止の口のストレッチ!



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by asanogawa-garou | 2018-01-11 15:22 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

向田邦子「眠る盃」〔中野のライオン〕〔新宿のライオン〕   

2018年 01月 07日
向田邦子「眠る盃」〔中野のライオン〕〔新宿のライオン〕

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【中野のライオン】
今の住まいは青山だが、二十代は杉並に住んでいた。
日本橋にある出版社に勤め、通勤は中央線を利用していたのだが、
夏の夕方の窓から不思議なものを見た。

場所は、中野駅から高円寺寄りの下り電車の右側である。

その日は、どうした加減か人並みの時間に吉祥寺行きの電車に乗っていた。
当時のラッシュ・アワーは、クーラーなど無かったから車内は蒸し風呂であった。
吊皮にブラ下り、大きく開け放った窓から夕暮の景色を眺めていた。

私が見たのは、一頭のライオンであった。
お粗末な木造アパートの、これも大きく開け放した窓の手すりのところに、一人の男が坐っている。
三十歳位のやせた貧相な男で、何度も乱暴に水をくぐらせたらしいダランと伸びてしまったアンダー・シャツ一枚で、ぼんやり外を見ていた。

その隣りにライオンがいる。
たてがみの立派な、かなり大きい雄のライオンで、男とならんで、外を見ていた。
すべてはまたたく間の出来ごとに見えたが、この瞬間の自分とまわりを正確に描くことはすこぶるむつかしい。

私は、びっくりして息が詰まったようになった。
当然のように、まわりの、少なくとも私とならんで、吊皮にブラ下がり、外を見ていた乗客が、
「あ、ライオンがいる」
と騒ぎ出すに違いないと思ったが、誰も何ともいわないのである。
両隣りのサラリーマンは、半分茹で上ったような顔で、
口を利くのも大儀といった風で揺られている。

その顔を見ると、
「いま、ライオンがいましたね」とは言えなかった。
私は、ねぼけていたのだろうか。
幻を見たのであろうか。
そんなことは、絶対にない。
あれは、たしかにライオンであった。
縫いぐるみ、といわれそうだが、それは、現在の感覚である。
二十何年前には、いまほど精巧な縫いぐるみはなかった。
この時も私は少しぼんやりしてしまい、駅前の古びた喫茶店でコーヒーを二はい飲んでから、うちに帰った。

〔早口の東京弁で、おしゃべりで、おまけに気が弱いものだから、少しでも他人さまによく思われたい一心で、時々はなしを面白くしてしゃべる癖がある〕

「中野にライオンがいるわよ」
「中央線の窓からライオンを見たのよ」
私ではいつもの嘘ばなしか、暑気当りと片づけられるのがオチである。


そのあとも、私は、中央線に乗り、例の場所が近づくと、身を乗り出すようにして外をのぞいたが、同じような窓が並んでいるだけで、アンダー・シャツの男もライオンの姿も見えず、その後中野方面でライオンが逃げたというニュースも聞いていない。

ーーーしかしーーー
いまだに、あれはほんもののライオンとしか思えないのである。
人にしゃべると、まるで嘘みたい、と言われそうな光景が、現に起っている。
それを五十人だか百人だかの人間が見ているのに、その中にいて、見なかった人間が、一人はいたのである。
ここまで来たら、もうどっちでもいいや、という気持もある。
記憶の証人は所詮自分ひとりである。
そう思って居直りながら、気持ちのどこかで待っているものがある。

実は、二十年ほど前に、中野のアパートでライオンを飼っていました、という人があらわれないかな、という夢である。
つい最近も中央線の同じ場所を通り、同じように窓の外に身を乗り出して眺めて来たばかりである。
(別冊小説新潮/1979春季号)

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【新宿のライオン】
うちの電話はベルを鳴らす前に肩で息をする。

〔「実は、中野でライオンを飼ってた者なんですが」〕

その電話が掛かったのは夕方であった。
中年と思われる男の声が、もう一度私の名前をたしかめ、
ひと呼吸あってからこう言った。
「実は、中野でライオンを飼ってた者なんですが」
咄嗟に私が何と答えたのか覚えがない。
いたずら電話でないか確かめかけ、相手の声の調子で、
これは本物に間違いないとすぐ判り、
それでもまだ半分は信じられなくて、
「本当ですか。本当にライオンは居たんですか」
と繰り返した。

相手は、物静かなたちの人らしく、はにかみを含んだ訥弁で、
「あなたの書かれたものを読み、当時を思い出して懐かしくなり失礼かと思ったが電話した。ライオンは確かに自分が飼っていた」と言い、
岡部という者ですとつけ加えられた。

この電話のあった5日ほど前に店頭に出た別冊小説新潮(1979年春季号)に私は「中野のライオン」と題する小文を書いている。
二十年ほど前の夏の夕方、中央線の窓から不思議なものを見たーーー。

『私が見たのは、一頭のライオンであった。
お粗末なアパートの、これも大きく開け放した窓の手すりのところに、一人の男が坐っている。
三十歳位のやせた貧相な男で、何度も乱暴に水をくぐらせたらしいダランと伸びてしまったアンダー・シャツ一枚で、ぼんやり外を見ていた。その隣りにライオンがいる。
たてがみの立派な、かなり大きい雄のライオンで、男とならんで、外を見ていた。』

私はびっくりして息が詰まったようになり、
まわりを見まわしたが、ならんで吊皮にブラ下がり、
外を見ていた乗客は誰ひとりとして騒がない。
半分茹で上がった顔で口を利くのも大儀といった風に揺られている両隣りのサラリーマンを見ると、
「いまライオンがいましたね」とは言い出せず、
ねぼけていたのか、幻を見たのか、
いや、あれはまさしくライオンだったと自問自答を繰り返しながら、
狐につままれたような気持ちになり、
駅前の古びた喫茶店でコーヒーを二はい飲んでうちへ帰ったのである。

ことがあれば面白おかしくしゃべり廻るところがあるのだが、
これだけは親兄弟にもしゃべらなかった。
中央線に乗って中野駅あたりを通過すると、
記憶の底から鎌首をもたげることもあったが、
それすら二十年の歳月のかなたに霞みかけていた。
たまたま文章にしたものの、
九十九パーセントは自信はないものだから、
五十人だか百人が見た交通事故現場からそんなものは見もしなかった、という風に全く気づかず立ち去った一人の婦人のことを書き、
百人見て一人見ないこともあるなら、一人が見て百人が見なかったことだってありえないことではないと屁理屈をこねた。

もうどっちでもいいやと居直りながら気持のどこかで待っているものがある。


〔中野にライオンはいたのである。〕

実は二十年ほど前に、中野のアパートでライオンを飼っていましたという人があらわれないかな、という夢である。
絶対に帰ってこない、くる筈のない息子を待つ「岸壁の母」の息子は、二十年ぶりに帰ってきた。
中野にライオンはいたのである。
私は受話器を握ったまま、こみ上げてくる笑いを押え切れず、
裂けた夕刊に顔を押しつけ声をたてて笑ってしまった。
悲しくもないのに涙がにじんでくる。
洟も出てくる。


岡部氏は、私の笑いの鎮まるのを待って、
ポツリポツリと話して下すった。
ライオンは、もともとは新宿御苑のそばで「八洲鶴」という酒の店をやっていた岡部氏の姉上が飼っておられた。
姉上がなくなったあと、岡部氏が引き継ぎ、
のちにライオンごと中野へ引越したのだが、
私が見た当時は百キロ近い体重があった。
一番おどろいたのは、ライオンが牝だったことである。
どこでどう取り違えたのか、私は記憶の中で、ライオンにたてがみを生やしてしまった。MGM映画の見過ぎかも知れない。
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二十年前に電車の窓から一瞬見えた、いや、見たと思いながら、
あれは幻だったのだと自分で打ち消していたライオンが本当にいた、
私は間違っていなかった。
大吉を知らせる電話は、
私に刀の柄に手を掛けるゆとりを与えず、
いきなり真っ向唐竹割りにしたのである。

牡だと思ったライオンは、牝であった。
見えなかったが、ライオンのまわりには鉄の格子があった。
電車の窓から見当をつけた場所も少し違っていた。
二階だと思ったのは一階であった。

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5月に入って、新宿で一夕ライオン青年とお目にかかる段取りが整った。

ライオン青年は二十年昔のライオンを語り、
牝ライオンは、名前を”ろん子”といった。
はじめは猫ほどの大きさだったがみるみる大きくなった。
「あいつは、ただの一度もほえなかった」
だから街なかで飼えたのでしょうと、かなしく笑われた。
せまい中で飼っていたので佝僂病になり、
多摩動物公園で預かってもらった。


それにしても、たのしくも不思議な一夜であった。

あと二十年か三十年したら、耄碌した私はこんなことを言うかも知れない。
「昔、新宿でライオンとお酒のんだことあったのよ」
(別冊小説新潮/1979・夏季号) 


【平蔵の独り言】
お客様は、2010/1/23にこの商品を注文しました。

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〔向田邦子〕「眠る盃」のあとがき

「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と覚えてしまった少女時代の回想に、戦前のサラリーマン家庭の暮しの手触りをいきいきと甦らせる表題作をはじめ、片々とした日常から鮮やかな人生を截りとる珠玉の随筆集。
知的なユーモアと鋭い感性を内に包んだ温かな人柄が偲ばれるファン待望の書。・・・・・「眠る盃」(向田邦子)

一番おどろいたのは、ライオンが牝だったことである。
どこでどう取り違えたのか、私は記憶の中で、ライオンにたてがみを生やしてしまった。


【独り言】
「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」
牡だと思ったライオンは、牝であった。

市井の人の日常はそんなに変わったことが起こらない。
しかし、向田邦子の手に掛かると起きている。

2010年に読んでいたが8年経って、
週刊現代 それがどうした〔男たちの流儀〕伊集院静2017/12/9号
で蘇ったのだ!

向田邦子は20年前に見たライオンが1979年に蘇ったのだ!

【平蔵の独り言】
それにしても、たのしくも不思議な一夜であった。
あと二十年か三十年したら、耄碌した私はこんなことを言うかも知れない。
「昔、新宿でライオンとお酒のんだことあったのよ」

【独り言】
耄碌した向田邦子から“新宿のライオン”の話、
何ていうか聞きてみたい。
でも、聞くことは叶わない!


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by asanogawa-garou | 2018-01-07 17:14 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【伊集院静】〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい〕中央線から見えたライオン   

2018年 01月 02日
【伊集院静】〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい〕中央線から見えたライオン
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〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい〕
それがどうした〔男たちの流儀〕中央線から見えたライオン【伊集院静】

〔大人になるとさして面白いことなどないのが人生であるから〕
〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい、面白いことであふれてるんじゃないか〕

〔人生は君たちが考えているより長いし、考えているより短い〕

自分の半生の大半が旅路の中にあったことは、この連載でも何度か書いた。
少年の頃から自転車でも、トラックの荷台でも、頬に風が当たり、流れる風景を見るとワクワクした。

それは今も同じで、電車でも飛行機でも、車窓に映る景色を眺めているだけでまたたくうちに時間が過ぎる。

待てよ、もしかして私はこれまでの半生でかなりの時間を風景を見続けていたのか?
そうだとしたら、恵まれた半生と言える。

〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい〕
通院している歯科医院が阿佐ヶ谷にあるので、時折、昼間の中央線に乗る。
その時、私はドアの側に立つ。
そこで沿線の家々や木々、空、雲などを眺める。
見ていて飽きないし、もうすぐ冬だナとかと、
オヤ、こんな時に祭りか、子供御輿しはあるのかと、
その日、その時間でしか遭遇しないものに目が引かれる。

〔中央線から見えたライオン〕
たしか作家の向田邦子さんだったと思うが、
中央線に乗っていて、
或る家の窓から”ライオン”がこっちを見ている姿が目に留まり、
自分の錯覚ではと思い、
その後も電車がそこを通る度に目を凝らして車窓を見ている文章があった。
まさかと思われようが、
結論としてそこに”ライオン”が暮らしていたのである。

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〔大人になるとさして面白いことなどないのが人生であるから〕
楽しい話である。何が楽しいか?
大人になるとさして面白いことなどないのが人生であるから、
その手のことにめぐり逢うのは、
どこか誰かからのプレゼントに思えてしまう。

〔人生はこちらが考えているより、まだまだ楽しい、面白いことであふれてるんじゃないか〕
そう思えるだけで、
現状の些細なことに悩んでいた自分がこまか過ぎるのではと思えて来る。
人生は考え方ひとつで違う風景になる。
ユーモアとはそういう力を持っている。

〔人生は君たちが考えているより長いし、考えているより短い〕
それがどうだ!
通院の折の車両に乗る人たちの7割近くがスマホを覗いている。
初めはたいした普及だと思ったが、すぐに思った。
ーーーこの風景は不気味じゃないか?
そう、不気味どころか、何かが間違っているし、
おかしい時間の過ごし方なのである。

おぞましい光景から目を離し、
私は午後の武蔵野の空を、雲を眺める。
あの雲はどこへ行くのだろうか。
どこかの窓辺で、どこかの散歩道で、
何ごとかをかかえた人たちが、イイ雲だナ、と仰ぎ見ている。

スマホが悪いとは言わぬ。
ライオンを見つけないとも勿論言わぬ。

しかし人生は君たちが考えているより長いし、考えているより短い。
短さは、君の周囲にかつていて、
若くしてこの世を去った人たちを思い出せばわかる。
人は決して順番でこの世を去ることはない。
人は寿命で生を終える。

週刊現代 それがどうした〔男たちの流儀〕伊集院静 2017/12/9号

【平蔵の独り言】
〔人生は君たちが考えているより長いし、考えているより短い〕
それがどうだ!
通院の折の車両に乗る人たちの7割近くがスマホを覗いている。
初めはたいした普及だと思ったが、すぐに思った。
ーーーこの風景は不気味じゃないか?
そう、不気味どころか、何かが間違っているし、
おかしい時間の過ごし方なのである。

〔中央線から見えたライオン〕
以前読んだ記憶があるので、向田邦子を検索したら〔眠る盃〕と出てきた。
本棚から〔眠る盃〕を出して、読み返してみた。

〔中野のライオン〕
今の住まいは青山だが、二十代は杉並に住んでいた。
日本橋にある出版社に勤め、通勤は中央線を利用していたのだが、
夏の夕方の窓から不思議なものを見た。

場所は、中野駅から高円寺寄りの下り電車の右側である。

その日は、どうした加減か人並みの時間に吉祥寺行きの電車に乗っていた。
当時のラッシュ・アワーは、クーラーなど無かったから車内は蒸し風呂であった。
吊皮にブラ下り、大きく開け放った窓から夕暮の景色を眺めていた。

私が見たのは、一頭のライオンであった。
お粗末な木造アパートの、これも大きく開け放した窓の手すりのところに、一人の男が坐っている。
三十歳位のやせた貧相な男で、何度も乱暴に水をくぐらせたらしいダランと伸びてしまったアンダー・シャツ一枚で、ぼんやり外を見ていた。
その隣りにライオンがいる。たてがみの立派な、かなり大きい雄のライオンで、男とならんで、外を見ていた。
すべてはまたたく間の出来ごとに見えたが、この瞬間の自分とまわりを正確に描くことはすこぶるむつかしい。

【独り言】”中野のライオン”は木造のアパートにいたのである!
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「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と覚えてしまった少女時代の回想に片々とした日常から鮮やかな人生を截りとる珠玉の随筆集。

ガラ携の“一斉メール”で知らないでいいことが送られてきたり、
“フェイスブック(Facebook)”やりましょう!→「やりません!」
→“せっかく誘ってあげているのに、いつもそうなんだから”

若い頃から今でも興味のある記事、本、情報から得るもので
結構忙しい・・・・・・・・・

「眠る盃」を読み返してみたら、さすが“向田邦子”
2014/11/13(向田邦子)日常の些細な風景も、この人が描けばたちまち色鮮やかに生まれ変わった。

日常の些細な風景(出来事)がこんなに記憶に残るのか!

「中野のライオン」「新宿のライオン」をアップする!
(講談社文庫 と 向田邦子 に許してもらおう)


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by asanogawa-garou | 2018-01-02 16:04 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。   

2017年 10月 23日
【団塊絶壁!】ベビーブームに経済成長、画一教育ーーー。こうした“環境”の中で育ってきたのが、われら団塊世代の特徴である。

『週刊新潮』2017/4/13号 から始まった大江舜さん(ジャーナリスト)の「団塊絶壁!」(最終回)

「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」
『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。


〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」


〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕

1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの
    東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕

「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。

〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

――――――――――――――――――――――――
「団塊の世代とは、800万人もの巨大な人口の塊です。」

『団塊の世代』
<一九六〇年代の「若者の反乱」は、戦後直後に生まれた人口の膨らみが通り過ぎる嵐であった。
かってハイティーンと呼ばれ、ヤングといわれた、
この「団塊の世代」は、過去においてそうであったように、
将来においても数数の流行と需要を作り、過当競争と過剰施設とを残しつつ、年老いていくことであろう>

まさにその“予言”は当たった。
われら団塊、正も負もたくさんの「遺産」を残し、老いさらばえようとしている。
でも、まだ終わったわけじゃない。
せめて、あと10年あると思いたい。
お楽しみはむしろこれからなのだ。
よろしいか……そう願いたいではないか。
お楽しみと言うには、いささか気が引けるが、日本列島は千年ぶりの「大地動乱期」に入ったと警鐘を鳴らす学者がいる。
東京オリンピックなどに浮かれていても、かつて寺田寅彦が喝破したごとく、天災は忘れた頃にやってくる。


『団塊の世代』昭和22,23,24年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代を指す。
作家・堺屋太一氏が1976年に小説『団塊の世代』を著して広まった造語。

共通の経験として、
①戦争とモノ不足を知らない、
②人生の最初から高度経済成長の中に育った、
③物心がついた頃にはテレビがあった、などが挙げられ、

「安全は至上の正義、暴力は絶対の悪と信じる」
「経済成長を当然と感じ、既存の体制と組織と習慣に全幅の信頼を置く」
「平等思想に染まっている」
などが共通の性格と捉えられている。

「団塊」とは鉱業の用語。
「堆積岩中に周囲と成分の異なる物質が丸みをもった塊となっている状態」を指す。

〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)

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①堺屋太一●1935年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省入省。
日本万国博覧会を企画、実現する。78年通産省を退官、執筆・評論活動に入る。
98年、小渕内閣の経済企画庁長官に就任。現在、上海万博日本産業館総合プロデューサー、早稲田大学大学院ファイナンス研究科学督。『知価革命』『団塊の世代』『秀吉』など著書多数。


「団塊の世代とは、官僚が創造した作品なのです」
戦後は文民官僚によってベビーブーマーたちが「望ましき日本人」に育つよう設計図が引かれたということなのか。
「日本の戦後史をひもとくと、マッカーサーによる占領時代、その後の吉田茂内閣から佐藤栄作内閣までは政治主導だったが、田中角栄の時代になると、官僚丸投げとなります」

〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。


ご自身も『日本列島改造論』の執筆者の一人だった堺屋氏は、戦後、官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つあるという。

「1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化です。
これは田中内閣が“新潟の人間だって、俺のように東京に来て成功できるようにしてやれ”と進めた施策。
だからこそ新幹線はすべて東京から伸びている。
これが首都圏への過度の人口集中を招き、地方との成長格差を助長した。
現在地方都市にみられるシャッター通りはその象徴です。


2つ目が流通の無言化。
かつては雑貨屋の前で店主と奥さんたちが話したりしたものですが、それだと生産性が落ちるので、スーパー、コンビニ、自動販売機など『無言の流通』が拡がった。
このため買い物は『楽しみ』から『仕事』になってしまった。

3つ目が職場単属人間化です。
親類や近所の人とも付き合わず、職場内の人間関係だけで生きる職場人間群の造出です」

都会に出て誰とも話さず、職場にこもって仕事する。
これじゃまるで出稼ぎロボットだ。

「4つ目が人生の規格化。
生まれてから死ぬまでの流れを官僚が決めてしまったのです。
“生まれたら早くから幼児教育を行い、小学校から大学まで浪人をせずストレートに進学し、卒業後はすぐに就職。
ニートになるのは不良だ。就職したら蓄財しろ、お金が溜まったら結婚し子供を作って、夫婦で子育てをしろ。
持ち家を早くローンで購入して、払い終わった頃には中高年。
年金を積んで子供に頼るな。
官僚に年金を払ってくれたら、頭のいい俺たちが上手に運用するからね、そして老後は老人だけで寂しく暮らせ”というものです。
こうした家庭にまで及んだ官僚主導の施策のため、結果として2世代、3世代で住む昔ながらの暮らし方は激減しました。
親と同居すると、嫁姑問題が起きて苦労するといったドラマを盛んに流して、老夫婦単独世帯化に拍車をかけました。
これは、現在の老老介護や孤独死問題につながっていきます。

5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。
この頃の小住宅が空き家になって問題化しているのはご存じの通りです」

これらを、人生の規格化は文部省、小住宅多部屋主義は建設省、流通無言化は通産省……と、各省庁が分担。
さらに官僚制度は終身雇用・年功序列・正社員優遇だから、社会の方もそれに準じさせたというから開いた口が塞がらない。

〔こうした状況で育った「団塊の世代」〕
「こうした状況で育った団塊の世代を一言で表すなら『猛烈なエンジン』でしょうか。
ただしこのエンジンは後押しをするばかりで肝心の方向舵がありません。
操縦席に座るのは、私たち、ひとつ前の世代の官僚です。
大きな力の方向性は私たち官僚と、私たち世代の企業家が決めていたわけです」

それゆえ団塊の世代には、世代的特徴として、自主性・創造性が希薄だという。
「正確に言えば、もちろん、自主性・創造性はあるけれど、集団の中では、そういったものを発揮しない方が得なんです。
その証拠に800万人もいるのに、ユニクロの柳井(正)さんらを除けばこの世代はユニークな企業家を生み出していませんし、ノーベル賞の受賞者もいない」


えろうすんません。不甲斐ないなあ、団塊の世代。
「私が関わった1970年の大阪万博のとき、官僚のシナリオ通りに育った団塊の世代は、大学を出たばかり。
彼らは、消費者として、車やクーラーなど大量生産品を生み出し、経済のパイを大きくしてくれた。
そして会社で中堅社員になる頃、社内のポスト競争に勝ち抜くためにたちあげた過剰なプロジェクトこそバブルの遠因になったのではないか」


〔団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形〕

その結果、しわ寄せはそういう親を見て育った、団塊ジュニア世代以下の「欲ない、夢ない、やる気ない」という形で出てきた。
「日本は、安全・安心・正確・清潔の4点では世界1位水準。
すべてに満足をしてしまい、生物として最も根源的な『子孫を増殖させたい』という欲望がなくなってしまった。
むしろ、地獄の風を吹かせて、活力と苛立ちのある競争社会を作った方がいいのかも」

何だ、結局われらは、官僚というお釈迦様の手の平で遊ばされていた孫悟空だったということか。
こう聞くと懸命に生きてきた70年弱が何だかむなしい感じになりませんかね。
猿ではなく、人間に戻るチャンスはまだあるのか。
これからの10年で挽回できるのか。


【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)

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②おそらく日本で最も知られた「団塊の世代」人、(ビートたけし)
ある意味、「団塊」の枠から外れた生き方をしてきた氏は、こんな風に“総括”する。
「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。
戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した。
なぜか70歳まで生きてしまった。
いまだに金も稼いだりしてホントに困ったもんだ。
バイク事故の後、今こうやって話しているのが夢で、本当は管に繋がれて植物人間で生きているかも。
どっちが夢だか現実だか」

〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

〔オイラは生かされてしまった〕あの人、あの言葉( ビートたけし) 〔ビートたけし〕オイラは生かされてしまった

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③8月2日深夜、原付バイクで走行中に転倒、頭を激しく損傷し入院していたビートたけしが、9月27日に退院会見を行った。
たけしは顔面の半分が麻痺状態という重い後遺症を残していた。
だが、普通であれば即死だったといわれるほどの大事故を生き延び、
約2ヶ月で話せるまでに回復したのは、本人も言うとおりまさに「奇跡」だった。
入院生活中、胸中をずっと占めていたこの思いから、
己の生き方について改めて考え直したというたけしは
「テレビだけじゃ残りの人生つまらない」と語り、
今後の活動に意欲をみせた。
現在の多方面での活躍ぶりは、言わずもがなである。


あの人、あの言葉週刊現代2017/10/14.21号

〔たけしとたけし軍団〕
収録の時にスタジオの床に釘が落ちていたと。

そこで普段は穏やかなたけしさんが
「こんな危ないところで、うちのもんにやらせられるか」と激怒した。

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【平蔵の独り言】
〔「団塊の世代」を設計製作したのは誰か?〕(堺屋太一)
〔官僚が団塊の世代に対して行ったことは5つ〕
1つ目が情報・産業中枢・芸能界・文化創造活動などの東京一極集中化
2つ目が流通の無言化。
3つ目が職場単属人間化
4つ目が人生の規格化
5つ目がウサギ小屋と欧米から揶揄された80平方㍍以下の小住宅多部屋主義。

【独り言】
官僚が設計製作したシナリオに従って、団塊の世代はイケイケどんどん
その結果が年金支給60歳から65歳そして年金では暮らせない社会

東京一極集中、スーパー・コンビニ、
仕事人間、不寛容社会、(ニュータウンとかっこよく蜂の巣(団地))

“うんうん”と納得!

団塊の世代は“痛い”
67%は働いている。

古希を前に、年金を貰い働いていることに“感謝”
42の厄の年にキツイ仕事で話していた言葉を思い出す。
「俺たち何か悪いことしたか!」
定年になったら、年金をもらって・・・・・

この友は60を前に年金も貰わずに旅立った!

【平蔵の独り言】
【断崖絶壁!】「おいらたち本当に恵まれていると思うよ。戦争に巻き込まれることもなく、貧乏からバブルまで経験した」(ビートたけし)
〔どうせ死ぬんだからおたおたするんじゃねえってことよ!〕
死ぬまでみんなで夢を見て、わいわいお祭り騒ぎ。
それが団塊絶壁世代らしい生き方というものさ。

【独り言】
団塊の世代は話をしていて分かる。
同じ匂いがしている。
気が付けば、いい時代を歩いてきたのか・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-10-23 14:58 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕   

2017年 10月 05日
〔人生〕“人生って”普通じゃダメなんですか!〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

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〔理不尽が付きまとう人生〕

〔人生、いまが好きだ。そんな人生になればいいな!〕
そんな充足感は健康でなければ、味わえない。

心も身体も“時の移ろうんだから”合わせて、年齢に応じて変えていかないと!


〔「年のせい!」〕

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「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕

“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!
旅はまだ続く(人生まだまだ続く)

〔人生は働くことよ〕(1943年生まれ73歳)メルボルン女性

〔つるむな!〕
人生、欲しく欲しくでもうまく思い通りにいかない!

〔才能はないけど、努力ならできる〕


2017/9/25〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕
想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。
「50歳過ぎたら開き直りだ」〔北方謙三1947年生〕


〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕ビートたけしの一言
人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」


「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。

「人間、持って生まれた性分で、精一杯生きるより仕方ないんでしょ?精一杯生きる。誰もそれしかないんだな」(新撰組沖田総司)
人事を尽くして天命を待つ。

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【平蔵の独り言】
〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

【独り言】
時折思い描いて、歩いてきた道が「人生」だと思うから「設計」は・・・・・

【平蔵の独り言】
〔「年のせい!」〕

「年のせい!」という病気はない。「どう幸せ!」になるか病気に向き合う。

30代で悩んでいたようなことを80代でもやっぱり悩んでいるし
それはいくつになったって同じ

〔若そうにしても、60歳になれば60歳が、70歳になれば70歳〕
“誉められる”と嬉しいし力が湧くもんだ!

【独り言】
古希になって、「健康」と向き合い、悩んでいることは変わらない。
気が付けば、年齢は重ねてきたが、人間としての経験は積んできたのか!

これが「年のせい!」




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by asanogawa-garou | 2017-10-05 15:05 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】   

2017年 09月 25日
〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」〕【ビートたけしの一言】

〔北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」〕

〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕佐藤愛子

〔93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子〕
「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」

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【〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?】

〔人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」 → 苦しい時に読みたいビートたけしの一言〕
2017/2/5ビートたけし, 北野武

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①人生は山あり谷あり「それって普通じゃねえか」

人生は山あり谷あり。良い時もあれば、つらい時もあるものです。


〔「人生設計」っていうけれど、「人生」って「設計」できるのだろうか?〕

〔君は、いまある自分と、違う自分を想像できるか。〕想像だけならたやすいが、真剣にそれを考えることができるか。
私は歳だから、もうそういうことはやめる。〔北方謙三1947年生〕

北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」

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②北方謙三氏「50歳過ぎたら開き直りだ」
遊びも決して手抜きをするな! 創刊記念インタビュー

 JAGZY創刊記念インタビューの第1弾として、小説家の北方謙三氏に人生充実の生き様について聞いた。
遊ぶために働き、働くために遊ぶ。
「俺にオン・オフはないのさ」と言い切る北方氏。船に乗り釣りをすることも、スポーツーカーで疾走することも、銀座で飲み歩くことも、すべて小説のネタになるから全力で遊ぶ。
「すべてが必要経費なんだよ」と言うが、税務署だけは認めてくれないという。
齢は“定年”過ぎの65歳。しかし、パワフルな生き方は、ますます磨きがかかっている。その秘訣とは。(写真=八木澤芳彦)


〔だいたい生きるってことが“たの苦しいこと”ですからね〕
佐藤愛子
「本音を言えば、「本が売れて、何がめでたい」(笑)」

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「生きているなんて辛いなんて思ったことはない。生きているからいろんなことができた(内海桂子(94歳))」span>

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93歳!今なお現役 爆笑漫才師・内海桂子

大正、昭和、そして平成と生き抜く女性は、今もなお三味線と都々逸などを舞台で披露している。
その人は〝芸人〟内海桂子さん、93歳。
終戦後の当時まだ〝女性漫才コンビ〟が珍しい時代に、内海桂子・好江でコンビを結成。28歳だった桂子さんはすでに2児の母だった。
一方、コンビを組むことになった好江さんは14歳。
倍ほどの年齢差があり、ひとたび舞台を降りれば2人はコンビではなく師弟関係。稽古を積み、テンポの良い"江戸っ子漫才"で、やがて人々を笑いの渦に引き込んでいく。
そして結成から30年後、漫才界では初となる「芸術選奨 文部大臣賞」を受賞。名実ともに、漫才界を代表するコンビとなった。
さらに、桂子さんは64歳の時に出会った24歳年下の男性と交際。
その13年後、周囲の反対を押し切り晴れて夫婦となる。
今ではその年下の夫がマネージャーに。
93歳の今も、24時間、夫と離れる時はない。
今回は、数々の困難を乗り越えてきた、内海桂子さんの波乱万丈の人生を紹介する。


【独り言】
〔人生〕人生って“普通”じゃ、ダメなんですか?

毎年、身近な人とのお別れ、行きつけの喫茶店が今月2店閉店
“いつか”とか“そのうち”とか口にしている日々に

“今”、“今日”生きている人生が“普通”なんですね・・・・・・・・・

人生って“普通”


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by asanogawa-garou | 2017-09-25 16:27 | 今 今日この頃 | Comments(0)

〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。それもまたいいではないか。余計なことは考えないようにしよう。   

2017年 09月 15日
〔五木寛之〕〔捨てる心を捨てる〕モノが捨てられないのは、執着のせいである。
それもまたいいではないか。
余計なことは考えないようにしよう。


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〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
余計なことは考えないようにしよう。

---------------------------

〔捨てる心を捨てる〕
捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
CD、そして本。昔のビデオテープ。古いカセット。着なくなった服。
鞄、ボストンバック、古いトランク。

それらのすべてを手離したとしても、さし当りの生活には全く支障のないものばかりだ。
プラスチックの箱に3杯分ほどある写真。
これを捨てることができるだろうか。
もちろん、捨ててしまったところで、生きていくことに何の差し支えもない。

〔心の大掃除〕
考えてみると、人間が生きていく上で必要なものは、ごくわずかである。
随分あったネクタイは普段用、白・黒で間に合う。
モノを捨てた後に残るものは何だろう。心の大掃除か。

〔モノが捨てられないのは、執着のせいである。〕
そもそもモノに執着するのは、生活上の問題ではない。
要するに心の問題である。
モノが捨てられない、それもまたいいではないか。
もし、あらゆる無用のモノを捨てて、すっきりした空間に身をおいたとしたら、自分ははたして幸福だろうか。

モノが捨てられないのは、執着のせいである。
執着はどこからくるのか。生きていればこその執着だろう。
生きている限り、執着は消えない。

〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死ぬのだ。

余計なことは考えないようにしよう。

生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/8/31号

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【平蔵の独り言】
〔捨てる心を捨てる〕捨てる、ということができない。
モノが捨てられないのは、執着のせいである。

【独り言】〔心の大掃除〕
書類、30年前のものが出てきてビックリ!
(30年結果としてゴミを大事に・・・・・)

クールビズに便乗して、ネクタイを勤めてから初めてやめた。
→結構、快適(ネクタイは 白、黒、普段使いを残して処分)

本、CD、ぼちぼちで執着で捨てられないのか。
あるものを全て捨てるのを考えると・・・・・

『断捨離』 に囚われて、執着が多すぎてなかなか捨てる心にスイッチ"ON"が
切れる。

見ないで、袋にポイポイできれば・・・・・

【平蔵の独り言】
〔モノが捨てられない、それもまたいいではないか。〕
モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。
あらためて前後左右を見回すと、これもまたいいかな、と思われてくる。

【独り言】
モノに執着し:気合いでいらないと捨てると少しずつスッキリ!

ヒトに執着し:今年も既に3人 旅立った。
       だんだん寂しくなる。

イノチに執着する:これは勘弁してもらおう。
         自分の足で歩ける”健康”のため
       
しかし、生まれて初めての”腰痛”は痛い!
今日も電気マッサージ!

余計なことは考えないようにしよう。

でも、元気なうちに捨てないと!



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by asanogawa-garou | 2017-09-15 15:56 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕   

2017年 07月 28日
〔五木寛之〕「何がなんだか判らない」 健康法や養生について語る人は多い。〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕

〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
〔朝の光の効用とは〕
〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。

〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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①まあ、気にしない事が一番でしょう

世の中には、やろうと思って試みても、なかなか出来ないことが沢山ある。

私にとっては、早寝早起きというのもその一つだ。
健康法や養生について語る人は多い。
専門家もいれば、ごく普通の人もいる。
それぞれに、なるほどと思わせるところが多々ある。

しかし、正反対の意見が堂々と文章になっていると、エッとびっくりする。
これはいい、と共感してやっていた事が、突然、絶対に避けるべき事として挙げられていたりするのだから困ったものだ。

〔スクワット〕年をとっても筋肉は増える。
すべからく筋肉をきたえて健康になりなさい、と説かれると、なるほどと思って慣れないスクワットなどを試みる。
すると突然、スクワットなど百害あって一利なし、即刻やめるべし、という本が店頭に並んだりする。
私の不自由な脚についても、好意あるアドバイスをある方から受けた。
無理をしてはいけない、できるだけエスカレーターやタクシーを使うように、と教えてくれた先生がいた。
反対に痛くても歩かないと廃用性ナントカになるから、リハビリと思って階段を上り下りしなさい、と言う人もいた。
アイシングをすすめる専門家と、患部を温めて血行を良くしなさい、と言う医師がいる。

1日三食きちんと食べろ、いや、食べずに体重を減らすのが脚にいい、など百人百様の説が雨霰と飛びかう。
食事にしても同様である。運動にしてもしかり。

〔人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ〕
しかし、人間は百人百様だ。
医学の教科書は教科書として、人がそれぞれ個性をもつ存在であることを、もっと重視したほうがいいのではないか。
医学も、科学も、普遍性を土台としている。
しかし、人間は普遍的であるだけでなく、個性的な存在だ。

〔朝の光の効用とは〕
朝食を食べないと元気がでない人がいる。
逆に朝食を抜いたほうが心身ともに良い、という人もいる。

「なんといっても、朝、ちゃんとお日様の光を浴びないと話になりません」
と、有名大の先生がテレビで力説されている。
朝の光。
それは一体どんなものだろう。
ホルモンの働きを活発化してくれるのか。
それともすり減った股関節を再生させてくれる力を秘めている
ものか。
「朝日を浴びないから脚の軟骨がすり減ってきたんじゃないですか」
と、忠告してくれた人がいた。
その人は毎朝、6時には起きてラジオ体操を日課としていたそうである。
そして今、彼は病をえて大学病院に長期入院中である。
近々、痛む脚を引きずりながら見舞いにいってみようと思う。
大学病院にも朝の光はさすだろうか。


〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
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〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。


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③まあ、気にしない事が一番でしょう。
生き抜くヒント!(五木寛之)週刊新潮2017/07/27号



【平蔵の独り言】
〔まあ、気にしない事が一番でしょう。〕
ジョギングはするなと言う。
メタボのほうが長生きだと言う。
血圧は高目が当り前だと言う。
歯は磨くなと言う。
1日1食で十分だと言う。
いや、三食ガッツリ食べろと言う。
早寝早起きしろと言う。
水は飲み過ぎるなと言う。
日本人は塩分の不足が問題だと言う。
まあ、気にしない事が一番でしょう。

【独り言】〔要するに世の中は普遍的ではない〕いや、すべてが同じではない。人生は例外に満ちている。
を取り入れて、

ほどほどの メタボ
血圧は毎日計測(降圧剤は離せない)
歯は歯槽膿漏で元から“すっぽり”それから朝晩の歯磨きとメンテナンス
3食しっかり、適度に抜く
早寝早起きはしっかり7時間
水は手放せない
塩分控えめ

自身に合った気にした 日常:(気にしない事 ですかね)


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by asanogawa-garou | 2017-07-28 16:44 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)

〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)   

2017年 07月 01日
〔下山の時代〕「ジャパン・アズ・No.1の道」高齢化先進国 「超高齢社会のトップランナーである日本は…」(全く世界が経験してない未知の人生を創りだす必要がある)

〔ジャパン・アズ・No.1の道〕「超高齢社会のトップランナーである日本は…」そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、

その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

〔下山の時代〕

常に先行走者の背中を見て、後を追いかける生き方はつまらない。
そう思いつつ、あれこれ妄想にふけっていると、
ふと外国に先駆けてこの国だけが先行できる分野のことが頭に浮かんだ。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そして世界各国が、その後に続く。
これは日本の歴史の中で未曾有の出来事だと思っていたのだが、
その実、世界のトップを走る超高齢社会に直面していたのである。

五十歳までの人生と、五十から百歳までの人生では、すべてがまったくちがう。

いうなれば下山の時代なのだ。

その後半の時代を生きる思想や哲学、政治や経済などをなんとか創りだす必要があるのである。
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。
世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

(生き抜くヒント!)(五木寛之) 週刊新潮平成29年6月29日

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【平蔵の独り言】
「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
そこに活路を切り開くことが、高齢化先進国のこの国に期待させているらしい。世界がそれを注視している、いうのは冗談ではない。

【独り言】
〔四十にして惑わず〕
孔子が晩年に振り返って言ったことば。
『論語・為政』に「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」とあるのに基づく。

七十歳 「従心」
「七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」
(「論語・為政第二」より )

「心のおもうままに行動しても、人としての道理を外れることは無くなった」ということ。
このように、自分の思い通りに振る舞っても倫理規範を外れることがない、というのは、言わば「人間理想の姿」ということが出来ます。
「自分の欲望をコントロールすること」。また「欲望に左右されない心の安定を持つ」ということです。

「超高齢社会のトップランナーである日本は…」
〔四十にして惑わず〕→四十を七十(古希)か

〔七十にして惑わず〕2500万人     
→惑って、「下山の時代」を今日も歩く・・・・・・・・・・


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by asanogawa-garou | 2017-07-01 16:20 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)