タグ:梶芽衣子 ( 4 ) タグの人気記事   

梶芽衣子:バラエティーに出ない理由とは? マツコのお墨付き受けるも「全部お断り」「やっちゃうと、今までの女優生活は何だっていうことになる。俳優として全うしたいので、ちょっときついかな」   

2017年 05月 17日
梶芽衣子:バラエティーに出ない理由とは? マツコのお墨付き受けるも「全部お断り」「やっちゃうと、今までの女優生活は何だっていうことになる。俳優として全うしたいので、ちょっときついかな」

今年70歳になった梶。最近あるバラエティー番組に出演したところ、
「毒舌女優」として出演オファーが殺到してしまったそうだ。
東京出身、江戸っ子気質、正義感は強く思ったことははっきりと言ってしまうため、毒舌にみえてしまうのかもしれないと自分では思っている。


c0219232_15203757.jpg

①徹子の部屋


スポーツ報知 5/12(金) 13:08配信
c0219232_15215306.jpg

②梶芽衣子
 女優・梶芽衣子(70)が12日、テレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜・正午)に出演し、バラエティー番組への出演依頼を全て断っている理由を明かした。

 梶は2015年4月、マツコ・デラックス(44)とナインティナインの矢部浩之(45)がMCを務めるフジテレビ系「アウト×デラックス」(木曜・後11時)でバラエティーに初出演。
歯切れの良いトークを披露し、マツコから「これからバラエティーで売れる」と絶賛された。

〔バラエティーのオファーは全部お断りしました。〕やっちゃうと、今までの女優生活は何だっていうことになる。

 梶は「すごい評判になったらしい。
毎日のように(バラエティーの)オファーがすごくて、1日に4本とか5本とか来ちゃうんです。
ありがたいことだけど、逆に戸惑っちゃう。全部お断りしました」と告白。

司会の黒柳徹子(83)から理由を尋ねられると
「やっちゃうと、今までの女優生活は何だっていうことになる。
俳優として全うしたいので、ちょっときついかな」と明かした。

 また、番組では独身を貫く理由も告白。
駆け出しの頃に婚約していたが、東映の「女囚さそり」シリーズがヒットしたことで仕事を優先せざるをえなくなり、別れを切り出したという。
その時に相手の男性に「一生誰とも結婚するな、死ぬまで仕事しろ」と言われ、その言葉を守り通してきた。
徹子は「私なんて、何も言われなくても独身でいますけどね」と感心していた。

〔梶芽衣子、婚約破棄と独身の理由を明かす「独身、後悔してません」〕
デイリースポーツ 5/12(金) 16:07配信
c0219232_15242937.jpg

③女優の梶芽衣子
 女優の梶芽衣子(70)が12日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演し、かつての婚約破棄の真相と、いまだに独身を貫いている理由を告白した。

 1972年、梶の当たり役となった「女囚701号 さそり」が大ヒット。当時、梶は「婚約していた」が、ヒットが障害になったという。

 「『さそり』の当たり方が異常だったんですよ。
それでもう、私の意思とかナントカはもうこっち(かたわら)にあって、もうどんどんどんどんことが進んで行くだけなんですよ。
ある種、映画会社に入ったあたしたちにとっては商品じゃないですか。
ウケたらそれをやっぱりどんどん売りたいしっていうことが、しょうがないですよね。
『私の個人的なことでそうなんですけど』って言っても、もうそんなことは何にも、誰も聞いてくれない状況になって」と、とても結婚できる状況ではなくなっていた。

 そのうち、「一緒にいたんですけどあんまりうまくいかなくなっちゃって。どうする?っていうことになって。うまく言えないんですけど、フッとこうダメかなって思った瞬間って、ホントにダメになっちゃうんですね。そこから元に戻るってことはちょっと難しくて」と、婚約者との間にも溝ができた。

 梶が「(約束は)何でも守ります。どうしてほしいでしょうか?」と別れを切り出すと、婚約者に「一生、結婚、誰ともするな。仕事は死ぬまで続けろ。そういうことだろ?やめるってことは」と言われ、「あ、そうですね、分かりました」と答えたという。

 その約束を守って今に至るまで独身を貫いている梶は、婚約者とは「お別れしてから一度もお会いしたことないです。
ウワサも聞かない。45年以上になりますね、もう」といい、「独身、今、後悔してるかって言ったら後悔してませんね」と穏やかな笑顔で語っていた。

〔70歳 歌手も女優も現役で〕
「ものすごく“感謝しています”こんな私でも“生きてきた!”」

c0219232_15245192.jpg

④70歳 歌手も女優も現役で

2013/4/12梶芽衣子:「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして、経験を積んだ私たち世代だから」
〔「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。自らプレッシャーを与えないと。
もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」〕

 「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。
安住していては自分がダメになってしまうから、自らプレッシャーを与えないと。
この曲で果たして新たな道にいけるか分からないけど、私は簡単にはあきらめませんよ。それなりにアウトローを通してきましたけど、もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」

【平蔵の独り言】
〔「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。自らプレッシャーを与えないと。
もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」〕

【独り言】
アラ還から古希にあっという間の10年!

やはり最近は“これでいいのかな”  と自問自答する日々が多いか!

【平蔵の独り言】
〔バラエティーのオファーは全部お断りしました。〕
「全部お断り」「やっちゃうと、今までの女優生活は何だっていうことになる。俳優として全うしたいので、ちょっときついかな」

「梶芽衣子オフィシャルブログ「あいつの好きそなブルース」5/13に

「徹子の部屋、ご覧くださった皆様ありがとう ございます。」・・・・・・

徹子の部屋の中で“こんな私でも”生きてきた“
〔70歳 歌手も女優も現役で〕
「ものすごく“感謝しています”こんな私でも“生きてきた!”」

【独り言】
2017/4/17〔蜷川幸雄(演出家)〕「歳を取る難しさは、立ち止まると“ボケる”んだよ。停止してしまうんだよ!。」
〔同じもの繰り返しの中から、奮い起たせるものを探す〕
でも、普通の生活って、繰り返すことじゃない。
ご飯食べて、働いて、帰って来て、家族を養って、寝る。
その中で自分を掻き立てる持つか、探して
そういうもの同じものの繰り返しの中から、奮い起たせるものを探す。

と梶芽衣子の言葉が重なってしまう!

〔同じもの繰り返し〕〔歳を取る難しさ〕
そうですね“感謝”と“ありがとう”、そして”これからも よろしく“

こんな手紙をもらった。
「1日1日いかされていることに感謝し、少しでも明るく心残りのない日々をすごしましょう」


[PR]

by asanogawa-garou | 2017-05-17 15:30 | 人間模様 | Comments(0)

梶芽衣子:「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして経験を積んだ私たち世代だから」   

2013年 04月 12日
梶芽衣子:「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして、経験を積んだ私たち世代だから伝えられることがあると思った」

【梶 芽衣子、“初”CDアルバム『あいつの好きそなブルース』発売!】
〔宇崎竜童は、「33年間1本の電話もなく、偶然どこかで会うこともなく、俺嫌われたのかと思ってた」〕
〔梶は「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして、経験を積んだ私たち世代だから伝えられることがあると思った」〕

【梶芽衣子:そりゃまあ、36歳のまま変わらないおまささんを62歳の私がやるわけですから涙ぐましい努力も必要ですよ。】
〔杉本眞人の『吾亦紅』を聴いて「こんなふうに日本をちゃんと歌う歌なら私も歌いたい」と思ったのがきっかけだという。〕
〔「日本の言語で演じ、歌う以外はやりたくない」〕
〔「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。自らプレッシャーを与えないと。
もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」〕

【梶 芽衣子、“初”CDアルバム『あいつの好きそなブルース』発売!】
梶芽衣子 / 2011/06/06 16:12掲載
c0219232_1873296.jpg

 女優・梶 芽衣子が5日、タワーレコード渋谷店でアルバム『あいつの好きそなブルース』の発売を記念し、ミニ・ライヴと、この楽曲をプロデュースした宇崎竜童との公開対談を行ないました!

〔宇崎竜童は、「33年間1本の電話もなく、偶然どこかで会うこともなく、俺嫌われたのかと思ってた」〕 
 アルバムを出すのは31年ぶり(そのため“CD”の形でアルバムをリリースするのは今回が初!)となった梶、最近ようやくCDプレーヤーを買ったとか。
宇崎竜童は、「33年間1本の電話もなく、偶然どこかで会うこともなく、俺嫌われたのかと思ってた」と語ると、
「本当勝手でごめんね~。ずっと歌を封印しちゃってたのよ」と梶が返す場面も。
78年に初めて2人が共演した『曽根崎心中』では当時、梶から宇崎にオファーがあり実現、宇崎は今でも梶に感謝しているとコメント。
 
 そして今回、『あいつの好きそなブルース』で実現したコラボは、2人が最近対談したことがきっかけ。
33年ぶりとなった再会にプロデュース話が持ち上がり、梶がロックやジャズ、ボサノバの要素を入れたアルバムにしたいと宇崎に要望を出したところ、出来上がってきたアルバムが、全て梶の希望が叶ったアルバムになったと大喜び!
 
 宇崎は「梶さんはレコーディング前は“私はまな板の鯉になる”とおしゃっててくれたのに、俺は包丁を持ったたまま台所に突っ立たされていた感じ(笑)」と言うと、梶は「切り刻んだじゃない!」と応戦するなど、集まった取材陣を沸かせました。
 
〔梶は「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして、経験を積んだ私たち世代だから伝えられることがあると思った」〕 
 梶は「もう一度歌おうと思ったのは、今までいろんな苦労や失敗もして、経験を積んだ私たち世代だから伝えられることがあると思った」、歌手としてまたこれを機に、精力的にライヴもしていきたいと、熱い意気込みを語っています! 期待!
c0219232_1892746.jpg

宇崎竜童(左)のプロデュースで、オリジナルアルバムを発売した梶芽衣子
c0219232_1894937.jpg

梶芽衣子がデビュー41年目初の握手会

 女優梶芽衣子(64)が31年ぶりとなるオリジナルアルバム「あいつの好きそなブルース」(テイチクエンタテインメント)の発売イベントを5日、都内で行い、「一番星ブルース」など3曲を披露した。デビュー41年目にして初めての握手会も行った。
 会場には、プロデュースを手掛けた宇崎竜童(65)も駆け付けた。
ステージで並ぶ宇崎を前に梶は
「若い人にも受け入れられる曲を歌いたかった。若者に聞ける曲は宇崎さんしかいない」
とプロデュースを依頼したと明かした。

宇崎とは1978年(昭53)の映画「曽根崎心中」で共演して以来、疎遠になっていたが、
梶から連絡を取って今回のアルバム制作になったという。

 一方この日、初めてステージを見たという宇崎は「いやあいいねえ。女・勝新太郎だね」と梶を絶賛。
「素で持っている充満したエネルギーをライブにぶつけるべきだよ」と梶に今後もステージに立つことを勧めた。
 [2011年6月5日17時45分]

【梶芽衣子:そりゃまあ、36歳のまま変わらないおまささんを62歳の私がやるわけですから涙ぐましい努力も必要ですよ。】

〔杉本眞人の『吾亦紅』を聴いて「こんなふうに日本をちゃんと歌う歌なら私も歌いたい」と思ったのがきっかけだという。〕
〔「日本の言語で演じ、歌う以外はやりたくない」〕
〔「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。
自らプレッシャーを与えないと。もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」〕

梶芽衣子
ZAKZAK・ぴいぷる  アウトロー貫く女の武士道(8/18)
 かじ・めいこ 
1947年3月24日生まれ、62歳。東京・神田の鮨店に生まれた江戸っ子。
65年、日活に入社。
18歳のとき「青い果実」で主演デビュー、72年「銀蝶渡り鳥」が大ヒット。
78年の「曾根崎心中」でブルー・リボン賞など各主演女優賞を獲得した。
89年から「鬼平犯科帳」、98年から「剣客商売」にレギュラー出演。
歌手としては、80万枚の大ヒットとなった「怨み節」や「女の呪文」「修羅の花」などを発表。
朝、晩、入浴前の1杯のミネラルウオーターを欠かさず、砂糖のかわりにレンゲの蜂蜜、たまに大好きな肉料理を食べるために野菜中心の食生活を心がけ、20代と変わらぬ体重をキープしている。
意外にも「お酒は一滴も飲めません」。

【25年ぶり新曲「女をやめたい」】
 25年ぶりにリリースした新曲のタイトルは『女をやめたい』(テイチク)。
〔杉本眞人の『吾亦紅』を聴いて「こんなふうに日本をちゃんと歌う歌なら私も歌いたい」と思ったのがきっかけだという。〕
杉本眞人の『吾亦紅』を聴いて「こんなふうに日本をちゃんと歌う歌なら私も歌いたい」と思ったのがきっかけだという。

『抱いてよ ここで…』と始まる歌詞の字づらだけを追うと妙に女っぽいが、
自ら「アラ還」と称する元祖アウトローのミューズの歌声は、ドロドロの情念を昇華し、さばけた味わいだ。
 「もちろん、このタイトルは反語ですよ。私も経験していますけど、恋愛って意地の張り合いみたいなところがありますよね。でも、女も本物になると強いだけじゃなく、やさしくなる。そういうことをこの曲はストレートに教えていると思います。
この年代になってやっと照れずに表現できることですけど。アラフォーの方がもっと素直になると、もっといい恋愛ができるんじゃないかと思うんですけどね」
c0219232_1814741.jpg

〔「日本の言語で演じ、歌う以外はやりたくない」〕
 70年代、「野良猫ロック」や「女囚さそり」「修羅雪姫」シリーズに主演。
ふて腐れたようなクールビューティーぶりが、怒れる反体制の若者に熱狂的に支持された。
クエンティン・タランティーノ監督も彼女のポスターを部屋に張りまくるほどの大ファン。
2003年のヒット作「キル・ビル」が「修羅雪姫」のパクリであると明かし、
エンディングに「女囚さそり」の主題歌「怨み節」を使った。
これをきっかけに海外から映画出演のオファーが相次いだが、すべて断ったという。

 「私は日本の言語で演じ、日本の言語で歌う以外はやりたくない。
よその国に行ってそこの文化を演じようとは思いません。
どうして海外でやらないの、って聞かれますけど、大きなお世話。
それだけは曲げられない信念です。
日本人が海外に行っても貫けるものって武士道しかないと思ってますけど、
それができたのは三船(敏郎)さんだけですよ」
 武士道には自分の意志がある、主君に仕えるのも国の犠牲になるのも決してやらされているわけではない-それがすばらしいという。

池波正太郎「鬼平犯科帳」のドラマで、火付盗賊改方長官の長谷川平蔵に仕える女密偵おまさを20年にわたって演じてきたが、この作品をとりわけ大事に思うのも武士道が描かれているからだ。
c0219232_18153250.jpg

 「いまでも鬼平組には慣れというものがないんです。撮影は役宅のシーンから始まるんですが、お頭(中村吉右衛門)が真ん中にお座りになると、それはもうすごい緊張感で。そりゃまあ、36歳のまま変わらないおまささんを62歳の私がやるわけですから涙ぐましい努力も必要ですよ。でも、すばらしい作品に出合えて感謝です」

【20代、仕事充実の中で結婚考えたが】
 生涯の当たり役、おまさも元盗賊でいわばアウトローだが、「女囚さそり」などで確立したアウトローのイメージが強烈すぎて、テレビ出演の依頼が来ない時代もあった。
 「普通のお母さん役をやらせていただきたいといっても、このキャラクターでは無理ですね、と。でもアウトローに抵抗があったわけではないの。この財産を守りながらどう貫いていくかが勝負だったのよ」
 20代後半、本気で結婚を考えたことがあった。
が、仕事に乗っていた時期で「冷静に考えたら絶対、後悔するぞって思ったのよね」。
以来、結婚はないものと覚悟を決めて仕事に打ち込んできた。悔いはない。
 「男は裏切ると思うのよ。でも仕事は裏切らないからね。自分がちゃんとやりさえすれば、だけど。どんな仕事も楽なことなんてほとんどないし、苦痛だったり情けなかったり、みじめだったり…だけど、あきらめたら負けよ。少しでも『やった』という仕事があれば、それが最良の幸せ。成功ってそういうことだから」

 いま再び歌うのは、生き延びるためだという。
c0219232_18171762.jpg

〔「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。
自らプレッシャーを与えないと。もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」〕

「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。
安住していては自分がダメになってしまうから、自らプレッシャーを与えないと。
この曲で果たして新たな道にいけるか分からないけど、私は簡単にはあきらめませんよ。
それなりにアウトローを通してきましたけど、もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」

【平蔵の独り言】
今、出来ることはなんだろう。
若い世代に邪魔しないように!
「話をする事で、何かの参考になるのではないか」
あまり考えずに“うるさいな”と思われてもいいではないか!
イヤなら、寄ってこない。

アラ還になってから、こんな思いで迷いながら歩いているが
ありがたいことに現役を続けられている。

梶芽衣子と同じ世代として、そうかこれでいいのかな!

と、思わせてくれた。
[PR]

by asanogawa-garou | 2013-04-12 17:36 | 人間模様 | Comments(0)

【梶芽衣子】私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。   

2013年 03月 23日
梶芽衣子:私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。

【タランティーノ、大ファン梶芽衣子に大テレ】
【〔梶芽衣子オフィシャルブログ〕】
【「阿川佐和子のこの人に会いたい」】梶芽衣子週刊文春(2010年7月1日号)

【タランティーノ、大ファン梶芽衣子に大テレ】
サンスポ:2013.2.21 05:02
c0219232_16544093.jpg

3月1日公開の映画「ジャンゴ 繋がれざる者」の映画監督、クエンティン・タランティーノ氏(49)が来日し、ファンと公言している女優の梶芽衣子(65)と対面を果たした。
 日本映画に精通し、「女囚さそり」シリーズなどで梶のファンになったというタランティーノ氏にとっては念願の対談。
憧れの女優に笑顔で迎えられると、顔を赤らめながら隣に座って、そっと手を握った。
 赤いバラとチョコレートを贈られたハリウッドの鬼才は「彼女の作品を初めて見て恋に落ちた。偉大な女優でアイコン的な存在!」と大感激。
梶から「今回の作品を観て、監督の信念が伝わってきました。ファンにこれだけ誠実な監督はいない。貫く姿勢が素晴らしい」と絶賛されると、テレた表情を浮かべた。
 「ジャンゴ」は南北戦争直前の米南部が舞台。奴隷のジャンゴと白人のコンビがお尋ね者を殺す“賞金稼ぎ”として活躍。奪われた愛妻をジャンゴが取り戻すための壮絶な復讐劇だ。
 タランティーノ氏は、「独特な世界観とシュールな様式美。僕の作品に大きな影響を与えている」と日本のサムライ映画に敬意を示す。
セリフを極限まで削った「女囚さそり」シリーズについても、「僕の作った『ジャンゴ』もセリフが少ない。傷つけられた人間性は瞳からも伝わる」。
これに梶が「カメラは心を映しますから」と応じるなど、国籍・世代を超えた映画談議で盛り上がっていた。

【〔梶芽衣子オフィシャルブログ〕
〔私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変〕
2012-12-31 13:12:18  梶芽衣子 131
c0219232_16563564.jpg

おはようございます。
9月末より「結婚しない」「鬼平犯科帳」(1月4日放送) 
田村 正和さんの怖い?奥方約の「上意討ち」(2月放送予定)と急にお仕事を頂き 東京~京都
 そして最後に「鬼平」「剣豪」で大変お世話になりました原作者の池波先生の奥様が92才で逝去されましたが お見送り出来ました。
山田 五十鈴さん、淡島 千景さん、小沢 昭一さん、二谷 英明さん、
何度もご一緒し勉強させて頂きました方々も逝ってしまわれました。
現場や会話の中で教えられることが沢山ありましたが、今はそんなこともなく残念です。
松井選手が引退されましたが、高校野球から世界の野球団ヤンキースで先日イチローさんも言っていた様に別格の「あの指輪」も手にされ球史に残る大役を残されました。

スポーツ選手の現役は短いのですが、我々は定年はない、でもリストラや
 私の様に媚びない、めげない、挫けない、加えて酒飲めない となっては大変。
唯頂いたお仕事を自分なりに励むしかない。
男優の65才はシルバーグレイ、洗練された格好いい男となりますが 女性の場合は 必ず年令がついてまわる。
あの人老けたわねぇ。になりますが
私はこれより来年は66才になりますが、6×6=36(おまさも36才)をずっと続けるつもりです。
来る年も皆様のご支援をいただきたく、そして「あいつの好きそなブルース」を唄いつづけるともりです。皆々様も良い年でありますこと祈念しております。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【「阿川佐和子のこの人に会いたい」】 梶芽衣子
週刊文春(2010年7月1日号)
『さそり』の頃は松島ナミな感じで不機嫌だったから、皆に迷惑がられました(笑)
c0219232_1731769.jpg

団塊の世代の女神、梶芽衣子さんが颯爽と登場!
『さそり』の松島ナミ、
『鬼平』のおまさ――
男たちの胸を焦がすオンナをしなやかに
演じ続けて四十五年。
些かの変わりもない美しさとかっこよさに、アガワも驚愕です。

【『鬼平犯科帳』の密偵、おまさ役】中村吉右衛門さんとは二十一年です。
【『太田雅子』から『梶芽衣子』】生半可の覚悟じゃ、女優はできない。
【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
【芝居も歌も、非常にデリケートなものですから】
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
【別れるとき、二つ約束しました。】絶対に仕事を辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」
【『キル・ビル』がヒットしたときに、「梶芽衣子って誰?」】
【驚いたことに、ボブ・ディランの息子さんが】私の大ファンらしいんです。

【『鬼平犯科帳』の密偵、おまさ役】中村吉右衛門さんとは二十一年です。
c0219232_177762.jpg

阿川 今年もテレビドラマ『鬼平犯科帳』の放映がありましたね。
梶  ええ。1989年から十二年続いた番組ですけど、
今は年に1回、2時間のスペシャル版をやっています。
阿川 梶さんは鬼平こと長谷川平蔵の密偵、おまさ役で。
中村吉右衛門さんとは長い仲ですね。
梶  二十一年です。
阿川 うわ~ァ、夫婦みたい。
梶  お互いに歳をとりましたけれど、役は歳をとらないので大変です。
おまさは三十六のままですから。
『鬼平』の凄いところは、皆さん、池波正太郎先生の小説をお読みになった上で、
テレビをご覧になっているんですよ。
阿川 視聴者の方から、おまさについて何か言われたことはありますか。
梶  最初の頃は厳しかったですね。
おまさはあんな色白でいいのか、原作では浅黒いのに、とか。
それから江戸の言い回し。
髪結いさんを「カミユイさん」って言ったら「カミイイです」と。
阿川 時代考証家百万人、みたいなものですね(笑)。
おまさの役づくりで考えていらっしゃることは・・・・。
梶  おまさは十歳のときから平蔵さんを知っているんですが、
当時、平蔵さんはひねくれて非行少年だったんです。
その頃から平蔵さんを知っている女性はおまさしかいない。
ベロベロに酔っ払った平蔵さんを介抱したり、お世話をしてきているので、
ちょっと奥さまの久栄さんとは違いますよね。
平蔵さんに対する恋心は絶対にあると思うんです。
阿川 そりゃ、ありますよね。
梶  「血闘」という話で、おまさは命を落とすかもしれないとわかっていながら、
火付盗賊改方の密偵にさせてくださいと平蔵さんにお願いするんです。
そのぐらいの覚悟ですから、私もとても女を意識しておまさを演じてます。
阿川 おまさを始め、梶さんは報われない女の役が多いですね。
梶  どういうわけか不憫な女が多くて(笑)。
寺山修司さんが「梶芽衣子は日本中の不幸な女を一人で演じている」
なんて書かれたことがあるんですけど、
「私は幸せになっちゃいけないの、寺山さん!」って感じでした。
阿川 私よりちょっと年上の、団塊の世代の男どもにとって梶さんはまさに女神でいらして。
『女因さそり』での猫のように光る鋭い目と真っ黒なストレートヘアと足の長さ。
そして何より、女一人で体制に立ち向かうかっこよさ。
梶  同い年の北方謙三さんと対談したさい、
「学生運動で逮捕されたとき、留置場で仲間たちが『怨み節』
(『女因さそり』主題歌)を歌うのを聴いていた。
 僕らの心情にピッタリだったんだ」とおっしゃっていました。

【『太田雅子』から『梶芽衣子』】生半可の覚悟じゃ、女優はできない。
阿川 高校生のときにスカウトされて、日活に入った。
梶  あの頃の映画界ってものすごく厳しくて。
芝居も難しいし、とてもじゃないけど続けられないと思いました。
阿川 まだ十七歳ですもんね。
梶  でも、「できません」と弱音を吐くと、
監督やスタッフに「たとえ初めてでも、君はギャラをもらっているプロなんだから『できない』なんて言うな!」と怒られるんです。
イビリもありましたよ。忘れもしません、『夜霧よ今夜も有難う』――――。
阿川 石原裕次郎さんの?
梶  そう、私出てるんです。キッチンから恋敵の浅丘ルリ子さんを見つめるシーンで、
裕次郎さん専属ライトマンの藤林さんという人に「おい新人、これ持ってろ」って大根を渡されて。
大根持って一生懸命見つめていたら、
監督に「お前、何持ってんだ?バカヤロー!」
「え、だって藤林のおとうさんがこれ持てって・・・・・・・」って。
要するに、お前は大根役者だっていういびり。
阿川 意地悪ゥ。それで泣いたり?
梶  泣いてるひまなんかないですよ。
「藤林のおとうさん、ひどいじゃないですか!」って。
阿川 そしたら?
梶  そうしたら、「こういう恥をかいて覚えていくんだ。
どんどん恥かいて、育っていかなきゃ、浅丘さんのようになれないだろう」って。
阿川 ハハァ。で、演技に少しずつ興味をもっていったんですか。
梶  いびられて、私は女優に向いてないのかなと思った頃に、
マキノ雅弘先生の『日本残侠伝』に出ることになって、
先生に「梶芽衣子」という名前をいただいたんです。
それまでは本名の「太田雅子」でやっていたんですが、名前をいただいたということは、
女優としてやっていけってことかなと思って、これは勝負しなきゃいけない、
という気持ちが変わりましたね。
阿川 本気で女優をやろうと。
梶  そうです。生半可の覚悟じゃ女優はできない。
これからは本来の私の性格や人間性は関係ない。
「梶芽衣子」をどういう女優にしたらいいのかって考えたんです。
阿川 どうしようと?
梶  ケースに入ったお人形さんみたいな、
優等生で楚々とした女優さんをやっても私の居場所はない。
ここ(撮影所)にいないのは非行少女だけだ、と思ったんですね。
芝居はできもしないのに、そういう頭だけは働いたんです(笑)。
じゃあ、まずはジーパンでも穿いて撮影所に通ってやるかと。
阿川 それまではスカート?
梶  フリルのスカートも穿いたし、スーツも着ていました。
でもジーパンで通ってたら所長さんに呼ばれて、
「もっと女優らしい格好をしなさい」って叱られまして。
「だって私のイメージってこれじゃないですか。いけませんか」
なんて口答えしてました。
阿川 アハハハハ。生意気!
梶  ほんとに生意気でね。今思い返すとゾッとすることがたくさんありました。
アフレコのとき、私ができないでいると先輩の俳優さんたちがクスクス笑うんですよ。
私は恐いもんなしで
「笑わないでください。あなたたちにもこういう時期があったでしょ!」
主役なんだけどどうしてもやりたくない仕事が来て、断わったこともあります。
それはさすがに「うすら生意気な奴だ」ってことで、ちょっとホサれました。
阿川 仕事がなくなったんですか。
梶  まったくなくなるわけじゃなくて、役の格を下げられるんですよ。
小林旭さんの元恋人の死体役とかね。
で、これはホサれてるな・・・・・・・と感じていたとき、
長谷部安春監督が『野良猫ロック』で使ってくれたんです。
それが私の代表作のひとつになるんですけど。
c0219232_1785861.jpg

【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
梶  それが『女囚さそり』のお話だったんです。
伊藤俊也監督も脚本を持っていらして。
原作の劇画と脚本を読んだら、
自分の中で松島ナミの役づくりがちょっとできたんですね。
で、監督に「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」と言ったんです。
阿川 ご自分からおっしゃったの?
梶  そう。「ギャーギャーわめくより、ひと言も喋らないほうが不気味だし、恐い。
これって映画の歴史にない主人公になるんじゃないですか」って。
阿川 そうしたら監督は?
梶  「・・・・・・・・これ、僕のデビュー作なんです」って(笑)。
「初監督の作品で主役がひと言も喋らないのは・・・・・・・ちょっと時間をください」。
だから私はハッキリ申し上げました。
「お待ちします。でも、脚本通りに台詞を言えということでしたら私は辞退します。
喋らないのならお受けします」って。
それで、あの無言の『さそり』ができたんです。
さすがにまったく喋らない、というわけにはいきませんでしたけどね。

【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
梶  これを言ったら作曲の菊池(俊輔)先生に怒られちゃうかもしれないけど、
本来の譜面は「♪花よきれいとおだてられ~」なの。
阿川 メロディアスな感じ。

梶  素敵な歌なんだけど、ナミは無言の女でしょう。合うかなあ・・・・・?と思って。
「よし、語りでやってやれ」って、菊池先生にお許しをいただいて
(言葉をぶつけるように)「♪花よ、きれいと、おだてられ~」
阿川 なるほど!
梶  私の中に、完全にナミの感性が入ってきていたからできたんですね。
私、ぶきっちょだから、その役になりきらないとできないんです。
あの頃はずーっとナミな感じでいたから、みんなに迷惑がられました。
「何が気に入らなくてそんなに機嫌が悪いの」って(笑)。
阿川 でも、それで『さそり』もシリーズ化されましたね。
梶  私としては一本で辞めたかった。でも会社は許してくれないですよね。
なんせ当たりましたから。二本目は東映のお正月映画にまでなったんです。

【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
阿川 なぜ辞めたかったんですか?
梶  自分の中で、松島ナミを消化しきったからですね。
シリーズを降りるのは恩を仇で返すことだから、
非難されても、映画界から抹殺されてもしょうがないことです。
そう思って四本やりましたけど、結局そこで降りました。
お客が入らなくなるまで続けていくよりも、自分の意思でやめたほうが、
この先何があっても耐えられると思ったから。
で、これからは、どんな小さな役でもやる、いろんな役ができる俳優になりたいと。
阿川 ほお。
梶  それは『さそり』がヒットして、名前が世の中に知られたからこそできることなんです。
でもナミは特殊な役ですから、あまりにイメージが強く、最初はテレビに出ても大変で。
私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。
阿川 何が一番大変でしたか。
梶  二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。
でも、たとえ二番手以下であっても、アウトロー女優の私がやっていきたいと思った
ことは貫いていますよ。
阿川 カッコい~い。
梶  その覚悟がなければ、降りるなんて言えませんよね。
今にして思うんですけど、『鬼平』のおまさは、私がやった役、全部に通じてるんです。
だから、『鬼平』に巡りあって、私の女優人生四十五年の約半分の二十一年間、
アウトサイダーのおまさをやらせていただいてることは、私の宿命だった気がするし、誇りなんです。
阿川 アウトローを貫いているその姿がクエンティン・タランティーノ監督にぞっこん惚れられて、『怨み節』と『修羅の花』が『キル・ビル』の挿入歌として使われたんですよ。

【芝居も歌も、非常にデリケートなものですから】
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
梶  今、私、海外からのオファーがすごくあるんですよ。
東欧のビール会社のCMとか。お酒飲めませんからってお断りしたんですけど。
阿川 タランティーノ効果かしら。
梶  最近もフランスから私のドキュメンタリーを作らせてくれって。
阿川 引き受けたんですか。
梶  いえ、海外のお話は全部お断りしてます。
ニューヨークからもハリウッドからもアジアから来ますけど、
私は常に「日本語で表現できる芝居、歌ならやります。
でも、他の国の言葉ではできません」と申し上げてるんです。
芝居も歌も、非常にデリケートなものですから。
阿川 筋を通す人ですなあ。
私が伺うのも憚られるんでございますが、結婚するお気持はなかったんですか?

【別れるとき、二つ約束しました。】絶対に仕事を辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」
梶  ありました。結納を交わした相手がいました。
一緒に住んでいましたし、実際に女房をやっていました。
あとは判子を押すだけで・・・・・・・。『さそり』がヒットする前です。
阿川 えっ、そうだったんですか?
梶  それがある日、映画が当たって世界が変わっちゃって、
簡単に辞められなくなちゃたんですよ。
結婚するというのは仕事を辞めることだし、
辞めたらもっといろんな役ができる役者になりたいという夢が消えて絶対後悔するし、ヒットした映画は大事だし。
阿川 結婚して女優も続ける、という選択肢はなかったんですか。
梶  「辞めてくれ」と言われてましたから。
私はぶきっちょだから、同時に二つのことはできませんしね。
別れたのは二十七のとき。六十三年の人生で、あの決断が一番苦しかったかな。
阿川 うわ~ん、可哀相。
梶  別れるとき、約束したことが二つあるんです。
「絶対に仕事は辞めない」、それから「どんな相手とも結婚はしない」。
阿川 きつすぎるよ、それ。それでも、仕事を選んだ。
でもそれからずいぶん時が経って、
「今なら結婚できるかな」と思う人はいなかったんですか。
梶  結婚は考えたことないですね。恋愛はもちろんありますけど。
だって恋愛するなとは言われてないもの。
私、モテないわけじゃないんだから(笑)。
阿川 重々承知しております(笑)。
c0219232_17131492.jpg

【『キル・ビル』がヒットしたときに、「梶芽衣子って誰?」】
梶  『キル・ビル』がヒットしたときに、若い方たちの間で「梶芽衣子って誰?」という声
がすごくて、『さそり』『野良猫ロック』『曽根崎心中』なんかがDVD化されて、
世界中で売れたんですね。そこでティチクが『恨み節』と『修羅の花』をCDにしたら、これも売れて、じゃあ新曲をってことになった。
私は歌はあまり得意ではないんですけど、自分の中で緊張感を持って元気になれる仕事ですから。
それで去年出したのが『女をやめたい』。
阿川 強烈なタイトルですよね(笑)。
梶  やめてませんけどね(笑)。
こよなく女でありたいっていう気持ちの裏返しですよね。
これも好評いただいたので、
三月に『梶芽衣子ベスト・コレクション』というCD全集を出したんです。
CD六枚に八十二曲。
それにインタビューDVDと写真集も入っているんです。

【驚いたことに、ボブ・ディランの息子さんが】私の大ファンらしいんです。
阿川 ライブも始めたんですか?
梶  三月のライブには、驚いたことにフランスの国営放送とかイギリスから取材が
来たの。もっと驚いたのはボブ・ディランの息子さんが私の大ファンらして・・・・・・・。
阿川 なにィ~!?
梶  ライブのときに取ったアンケートで、私が一番興味あったのはファンの年齢層。      十八歳から七十代までいらしたんです。
三十代後半までが『キル・ビル』、それから団塊世代までが過去の映画、
それ以上の方がおまさのファン。
「おまさが歌を歌うの?」ってびっくりされたんじゃないかしら(笑)


【平蔵の独り言】
梶芽衣子が十七歳でデビュー今も現役の女優をしている。

〔「梶芽衣子」をどういう女優にしたらいいのかって考えたんです。〕
梶  ケースに入ったお人形さんみたいな、
優等生で楚々とした女優さんをやっても私の居場所はない。
ここ(撮影所)にいないのは非行少女だけだ、と思ったんですね。
芝居はできもしないのに、そういう頭だけは働いたんです(笑)。
じゃあ、まずはジーパンでも穿いて撮影所に通ってやるかと。
阿川 それまではスカート?
梶  フリルのスカートも穿いたし、スーツも着ていました。
でもジーパンで通ってたら所長さんに呼ばれて、
「もっと女優らしい格好をしなさい」って叱られまして。
「だって私のイメージってこれじゃないですか。いけませんか」
なんて口答えしてました。
阿川 アハハハハ。生意気!
梶  ほんとに生意気でね。今思い返すとゾッとすることがたくさんありました。
アフレコのとき、私ができないでいると先輩の俳優さんたちがクスクス笑うんですよ。
私は恐いもんなしで
「笑わないでください。あなたたちにもこういう時期があったでしょ!」
主役なんだけどどうしてもやりたくない仕事が来て、断わったこともあります。
それはさすがに「うすら生意気な奴だ」ってことで、ちょっとホサれました。
阿川 仕事がなくなったんですか。
梶  まったくなくなるわけじゃなくて、役の格を下げられるんですよ。
小林旭さんの元恋人の死体役とかね。
で、これはホサれてるな・・・・・・・と感じていたとき、
長谷部安春監督が『野良猫ロック』で使ってくれたんです。
それが私の代表作のひとつになるんですけど。

【『女囚さそり』】「この役、ひと言も台詞言いたくないんです」
【怨み節】「よし、語りでやってやれ」
【私が女優として厳しかったのは『さそり』を降りてから今に至る三十数年間ですね。】
二番手以下で甘んじていられる心身を鍛えること。

思い切りと覚悟で今も歩いているからだと思う。

もう少し、同じ時代に活きていけるか。

頑張ろう!
[PR]

by asanogawa-garou | 2013-03-23 16:25 | 人間模様 | Comments(1)

梶芽衣子:『鬼平犯科帳』密偵・「おまさ」を演じて23年/『さそり』・『修羅雪姫』しゃべらない・反体制   

2012年 09月 03日
梶芽衣子:『鬼平犯科帳』密偵・「おまさ」を演じて23年
【梶芽衣子】『さそり』・『修羅雪姫』しゃべらない・反体制
『女因701号/さそり』の原作を読んでまずひらめいたのは、
「しゃべらない」ってこと。
無言の方が主人公の強さや、潔さ、覚悟が見せられるだろうと、
「修羅雪姫」
どちらも反体制なのも同じですね。

週刊文春8月16・23日号
c0219232_16521131.jpg

【平蔵の独り言】
「しゃべらない」・反体制
CG、仮想の世界を相手では
このような人間の生き方は語れないですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さっぱりした人柄、下町育ちなもんですから、このまんまなんです。
つくるってことができない。
江戸っ子ってシャイで、心中をうまく表現するのが下手なんですよ。
それが無愛想と誤解のもとになってしまうくらい!
でも実は無愛想ではなくて、こうもしたい、ああもしたいと思うんですけど、それをうまく表現したり、言葉に出したり、それが苦手なだけなんです。
c0219232_1348484.jpg

わたくしは東京人を代表して申し上げたいんですけど、ほんとは人情味があるんですよ。
c0219232_13493571.jpg

『さそり』のナミ(役者)主題歌『怨み節』(歌手)順風満帆で成功して、いちばん不安に感じたのは、叱責と苦言がなくなったことなんです。
やっぱり褒めるほうが楽なんだと思うんですね。
この不安と恐怖というのは、本人じゃないとわからないでしょうね。
原点の俳優に戻って一から始めようと決心したんです。
それから、役の大小を問わず、ありとあらゆる役をテレビでやらせていただきました。これが大きな栄養になっているんですね。
主役をやっていると、脇役の部分って見えないんですよ。
やっぱり成功している人間には、そういう部分って見せないようにするんですね、これがいちばん怖い。
でも、そのとき、脇役の惨めな部分もしんどい部分も全部味わったことで、初めて役者というものの大変さを思い知らされたんです。

梶さん、「おまさ」の役にぴったりですね。芯が強くて、控えめで、あんまり目立たないような、アウトローというんですかな。そういうのが似合っている。

(梶)そういう役が自分でも大好きですし、そういう役が多いんですよ。
ほかの女優さんがやらないような部分でずーっと来たんです。
今の『鬼平』のおまさにしてもそうですね。
    週刊文春(2011.3.24号):複眼対談「梶芽衣子」より

イメージからして酒豪に見られがちだが、本人はお酒が飲めないと言い、
一滴でも酔っぱらってしまうという。
(今夜は最高! で 自身が意外にも笑い好きや低血圧な事を話した。)

【平蔵の独り言】梶芽衣子:日活の女優時代
浅丘ルリ子、芦川いずみ、清水まゆみ、笹森礼子、吉永小百合
一番地味で目立たないけれど、気になっていた女優だった!
・「嵐を呼ぶ男」、「夜霧今夜もありがとう」出演映画にあった事を知った。

裕次郎・浅丘ルリ子の「銀座の恋の物語」をあのおもちゃのピアノのシーン、それと「憎いあんちきしょう」を見ていた。

梶芽衣子の
・「さそり」のイメージが強いが!
・一番好きなのは、寺内貫太郎一家で足の悪い娘が結婚を藤竜也から申し込まれた時
貫太郎から殴られて、その貫太郎が「わっ~と号泣しながら足の悪い娘(梶芽衣子)を抱きすくめた」
こんなシーンだったと思うが、何故かあれが【梶芽衣子】(自分をうまく表現できない、じっと健気に生きている)

東北関東大地震で何気なく時代劇チャンネルを見ていたら
『鬼平犯科帳』
おまさ:梶芽衣子

1947年東京生まれ
同じだ(感嘆!)

梶芽衣子(63)で36歳の密偵役(おまさ)

若さの秘訣は「恋をしていること」
ときめく心・感動することがすごく必要ですよね
(映画、美術、音楽(25年ぶりの新曲「女をやめたい」をリリースした))
と、話している。

金沢に移り住んで30年余東京の下町が江戸(東京)でみんな貧乏が当たり前だから暖かだった
何かホッとする「鬼平犯科帳」密偵(おまさ)
c0219232_14151571.jpg

密偵(おまさ) に恋をして さあ! 明日も歩く事にしよう
[PR]

by asanogawa-garou | 2012-09-03 16:34 | 人間模様 | Comments(0)