「パーキンソンのキーパーソン・井伊直弼」【永 六輔(80歳)】   

2013年 10月 27日
パーキンソンのキーパーソン・井伊直弼【永六輔】
ラジオは僕にとって、とてもいいリハビリなんです。

【「阿川佐和子のこの人に会いたい」】 放送タレント 永 六輔
週刊文春(2013年10月10日号)
東南アジアから来たトレーナーに、「リハビリにいい歌」と『上を向いて歩こう』を教えられた。
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長く続けられてきたラジオ番組をおやめになることを決めた、永六輔さん。
何かしらの感慨をおうかがいして・・・・・・・
と思いきや、ご自身の病気やリハビリにまつわる爆笑ネタをたくさん用意してご登場。
いいダジャレは元気の素!?

【四十六年続けて来られた『永六輔の誰かとどこかで』を九月二十七日に辞められたので】
永  四十六年、一緒に番組をやりましたけど、
   彼女と二人でお茶飲んだり食事したりしたこと、一回もないの。
阿川 何でですか。愛が芽生えちゃうから?(笑)
永  僕が崩れちゃうんだね、甘ったれて。
   そこから大事なものが崩れるような気がして、歯食いしばって我慢してた(笑)。

【パーキンソン病】
永 初めは、よく転んだり躓いたりするようになったの。
 それまで人生に躓くことはあるけど、平らなとこで躓くことはあまりなかったのね(笑)。
 ただの老化現象だと思ってた。

【長嶋さんの名言『リハビリは裏切らない』】リハビリをやってる人には、あの人は神様ですよ。

【粋なお見舞いベスト1はピーコでした】
永  「ピーコで~す」って入ってきて、病室の窓を全部開けて「風通してね」って、また閉めちゃった。
阿川 へえー。永さんに話しかけたりもせずに?
永  粋でしょ?

【『あ、永六輔がいる』って気配があればいい】小沢昭一さん「絶対にやめるな」って。
「テレビじゃなくてラジオなんだから、どこかに『あ、永六輔がいる』って気配があればいい、
音がしているだけでいい、喋んなくていいから」

【ラジオは僕にとって、とてもいいリハビリなんです】
パーキンソンはせっかく薬が効いても、やりたいことがないと動かなくなっちゃうんです。
永は仕事がやりたいという意欲があるから、薬が効いたときに症状も改善するみたいなんですね。

【いいダジャレを思いついたら、それだけで僕は一日もち(笑)。】
女学生に「スタジオにいる永六輔って知ってる?」って訊いたことがあるんです。
阿川 ほうほう。
永  そうしたら「知ってま~す。桜田門で殺された人!」それは井伊直弼(笑)
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【四十六年続けて来られた『永六輔の誰かとどこかで』を九月二十七日に辞められたので】
阿川 永さんが四十六年続けて来られた『永六輔の誰かとどこかで』を
   九月二十七日に辞められたので、お話をうかがおうと。
永  月曜から金曜まで、一万二千何回かやってました。録音ですけど。
阿川 これだけ長く続いた番組、おやめになる決意やいかに?
永  僕、二〇一〇年パーキンソン病になって、何言ってんのかわからない状態が続いてたの。
   それで、これじゃやってられないと思って。
阿川 ラジオでもパーキンソン病を公表なさって。
永  言うべきかどうか迷ったんだけども、呂律が回らない以上、聴いている人が変だと思うから言ったの。
阿川 おやめになるとおっしゃったとき、アシスタントの方はなんて?
永  遠藤泰子さんはね、何も言わない人。こういうお喋りの前だと褒めにくいけど(笑)。
阿川 私のこと?(笑)。
永  アシスタントだから、自分の意見は言わないってことをちゃんと守ってる。
   彼女は何も言いませんでした。
阿川 出しゃばらない方なんですね。
永  四十六年、一緒に番組をやりましたけど、
   彼女と二人でお茶飲んだり食事したりしたこと、一回もないの。
阿川 何でですか。愛が芽生えちゃうから?(笑)
永  僕が崩れちゃうんだね、甘ったれて。
   そこから大事なものが崩れるような気がして、歯食いしばって我慢し(笑)。・・・・・・・   今、僕が話してるの、聴き取りにくいでしょ?
阿川 全然。聴き取りやすいですけど。
永  ありがとう。これ、よくなったんだと思うでしょ。
   でも、今日はたまたま喋れるだけなんです。
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【パーキンソン病】
阿川 永さんは五年ぐらい前まではお元気でしたけど、
   パーキンソンの症状は、ある日突然、出たんですか?
永  初めは、よく転んだり躓いたりするようになったの。
   それまで人生に躓くことはあるけど、平らなとこで躓くことはあまりなかったのね(笑)。
   ただの老化現象だと思ってた。
阿川 足が弱くなってきたな、ぐらいの。
永  でも、あまりに転びやすいから、「専門医に診てもらったほうがいい」と言われたんです。
   行ってみたら「見事なパーキンソン病です」って。
阿川 見事なって…。
永 それから、呂律が回らなかったり、手が震えて自分で書いた字が自分で読めなかったり、
  歩けなかったり、転んで骨折したり、自動車にはねられたり、いろいろした時期があるんです。
阿川 散々な目に遭われて。
永 それが、薬が効いたのとリハビリでだんだん元気になって、放送にも出るようになった。
阿川 だいぶ回復されて。
永 ただ、この病気は症状がよくなるってことはあっても、根治はしないんです。
お医者さんも「この薬が効きます」とは言えない。
「飲んでみてください」って渡される。
僕みたいに運がいい場合は効く。人によって違うんですね。
阿川 そんなに個人差があるんですか。

【長嶋さんの名言『リハビリは裏切らない』】リハビリをやってる人には、あの人は神様ですよ。
永 わかっているのは、リハビリを一生懸命やり続けたのがよかったことです。
  『週刊文春』の読者にわかりやすく言うと、
  僕にとっては、長嶋茂雄は野球よりもリハビリの名手。
阿川 長嶋さんは、ものすごく努力なさったそうですね。
永 そうでなきゃ、脳梗塞からあんなに治りませんよ。喋れるんだもん。
  あの人の名言は、『リハビリは裏切らない』。
阿川 『巨人軍は永久に不滅です』に次ぐ名言(笑)。
永 リハビリをやってる人には、あの人は神様ですよ。
  リハビリって退屈で、痛くて、途中でいろいろ問題が起きたりするから、みんなやめるもん。
阿川 効いているかどうかわかりにくいし。
永 普通のリハビリって、歩いたり体操したりいろいろやるじゃない。
  でも、パーキンソン病は体が転ぶのを一番注意しなきゃいけないんです。
  転倒予防医学研究会っていう学会があるくらいなの。

阿川 確かに、それがずっと続くと思うと・・・・・・・・・・・・・・。
永  それで、僕は歩くリハビリをずっとやってるんですね。
阿川 普段は車椅子でも?
永  そう。そのやり方っていうのが、
  「立ってください」「右足に重心を移してください」
  「その右足の重心を左に移してください」「それから、一歩前に出てください」
  「そうすると歩けます」って。
阿川 へえ。歩き方なんて親にも教えられたことない。
永  こんなの、当たり前だと思うでしょ?でも、そこから始めないと歩けない。
阿川 それぐらい細かく注意しないと危ないんですね。

【粋なお見舞いベスト1はピーコでした】
阿川 転んで大腿骨を骨折なさったときは、けっこう大変だったとか・・・・・・・・・・・
永  それで入院した時は、一時的にだけど、譫妄(せんもう)状態になった。
   誰がお見舞いに来てくれたかわからないんです。あなたは来なかったけど(笑)
阿川 すいません。
永  いや、いいんです。はっきり言うと、見舞いはありがた迷惑で、
できれば来ないほうがいいと思ってたの。
阿川 私はそう思って行かなかったんです(笑)。
永  うまいお見舞いのベスト1はピーコでした。
阿川 うまいお見舞い?
永  「ピーコで~す」って入ってきて、病室の窓を全部開けて「風通してね」って、
また閉めちゃった。
阿川 へえー。永さんに話しかけたりもせずに?
永  粋でしょ?
阿川 ご自分も入院なさったことがあるからわかるんでしょうね。
永  何とよくわかってるんだ、と思った。
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【『あ、永六輔がいる』って気配があればいい】小沢昭一さん
「絶対にやめるな」って。
「テレビじゃなくてラジオなんだから、どこかに『あ、永六輔がいる』って気配があればいい、
音がしているだけでいい、喋んなくていいから」
阿川 永さんは、前立腺がんにもなられたそうで。
永  そう。小沢昭一さんも僕と同じ前立腺がんで・・・・・・・・・・・・・・・。
   あ、昭ちゃんの話をしていい?
阿川 もちろんです。
永  僕がパーキンソンになって、昭ちゃんもあまりよくない状態の時に会って、相談したのね。
   「ラジオをやめようと思う」と。
阿川 小沢さんは何て?
永  「絶対にやめるな」って。
   「テレビじゃなくてラジオなんだから、
   どこかに『あ、永六輔がいる』って気配があればいい、音がしているだけでいい、
   喋んなくていいから」って言われたの
阿川 それで永さんは番組を続けられたんですね。

【ラジオは僕にとって、とてもいいリハビリなんです】やっぱり仕事は大事ですよね。
パーキンソンはせっかく薬が効いても、やりたいことがないと動かなくなっちゃうんです。
永は仕事がやりたいという意欲があるから、薬が効いたときに症状も改善するみたいなんですね。

良明氏 パーキンソンはせっかく薬が効いても、やりたいことがないと動かなくなっちゃうんです。
   永は仕事がやりたいという意欲があるから、
   薬が効いたときに症状も改善するみたいなんですね。
永  アハハハ。
阿川 やっぱり仕事は大事ですよね。
   あと、永さんはおしゃべりがお得意だったから、それも効を奏したんでしょうか。
永  それとね、友達。
阿川 お見舞いには来てほしくないけど、友達は大事(笑)
永  ハハハハハ、その通り!
阿川 小沢さんやピーコさんの他に支えられたお友達は?
永  そりゃ、遠藤泰子さんとか外山真理さん(『土曜はワイド』アシスタント)が、
アナウンサーなんだか介護士なんだかわかんないくらい支えてくれてますよ。
僕が言葉に詰まると「こういうこと言いたいんでしょ」って通訳してくれたりね。
ほんとに頭が下がる。
ラジオは僕にとって、とてもいいリハビリなんです。
阿川 『土曜ワイド』のほうはこれからも続けられるんですね。
永  はい、こっちは二十年ちょっと、一千百回くらいやってます。
阿川 これから、他にしようと思っていらっしゃること、ありますか。
永  僕のラジオを聴いてくれていて、
   病気になったり隠居したりしている人たちのとこに行きたいと思っているの。
   僕がラジオの仕事を始めたとき、だから六十年ほど前、宮本常一から言われたんです。
阿川 師匠筋に当たられる方ですね。
永  「ラジオは電波だからどこへでも飛んでいく。
そこに行って、話したり聴いたりして、それをスタジオにもって帰って話をしろ」って。
僕は偉いんです(笑う)。守ってるんですよ。
阿川 じゃ、これからますます旅ガラスの生活?
永  昨日も東北へ行ってきたんだけど、車椅子で旅をすると景色が違うの。
僕、年取ったから、上からものを言うことがあるでしょ。
でも、車椅子に座っていると、下から話を聴くってこういうことなんだって思う。
阿川 車椅子の目の高さって、怖いですよね。他人の荷物とか傘がすぐ近くにあって。
永  駅のプラットホームってよく見ると、雨が降ったときに水が流れるように、
線路のほうに向かってなだらかな傾斜がついているんですよね。
車椅子だと、気をつけないと危ない。
パラリンピック、オリンピックの前にしてほしいこといっぱいあるけど、
これも何とかして欲しい。

阿川 お、発見がどんどん。

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【いいダジャレを思いついたら、それだけで僕は一日もち(笑)。】
永  誌面で使えるような、笑える話をすると・・・・・・。
阿川 まあ。ゲストというより編集者みたい(笑)。
永  すごいでしょ。構成まで考えて(笑)。
・・・・・・ラジオでレポーターが外に出て、
女学生に「スタジオにいる永六輔って知ってる?」って訊いたことがあるんです。
阿川 ほうほう。
永  そうしたら「知ってま~す。桜田門で殺された人!」それは井伊直弼(笑)
阿川 そう言えば似てる。(笑)
永  いいダジャレを思いついたら、それだけで僕は1日もつ(笑)
元気なってるパーキンソンって珍しいから、医者とか研究者が僕を注目してる。
阿川 研究対象として?
永  だから僕は、パーキンソンのキーパーソン(笑)。
阿川 アハハハハ。この調子だともっと回復なさりそう(笑)。

【一筆御礼】
ほとんど半世紀にわたって続けていらしたラジオ番組をお辞めになると伺い、
内心、ご容態を心配しておりました。
が、以前より少し痩せられたとは思うものの、
お会いしたとたん、「ああ!」「ぎゃあ!」とお互いに奇声を発してハイタッチ。
なんと嬉しい再開でしょう。
予想よりはるかにお元気そうで、加えて本当に歯切れのいいお話しぶりにはびっくりいたしました。
しかも、対談の構成を事前にノートに記されて、面白いエピソードを用意くださる周到ぶり。
そうそう、永さんは、ご自身がゲストとして招かれても、テレビラジオ、トークショーでは、
「こっちのほうが面白いよ」
とスタッフにいつも指南していらっしゃいましたよね。
厳しくではなく心から楽しそうに。
お嬢様やお婿様に恵まれたのですから、今後はもっとわがままに、
リハビリついでに全国各地を飛び回っていい

永六輔さんのラジオ番組、46年の歴史に幕 「誰かとどこかで」
2013.8.29 12:40 (1/2ページ)[TV・ラジオ番組]
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 タレントの永六輔さん(80)が46年余にわたって出演するラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」(TBSラジオ系、月~金曜)が、9月で終了することが29日、分かった。
永さんが同日の番組で「これまでの月曜から金曜日の放送は9月27日をもって終了し、休ませていただきます。
できるだけ早く、新しい『誰かとどこかで』をお届けしたい」と明かした。
 TBSラジオによると、同一人物が続けた番組としては「秋山ちえ子の談話室」(昭和32年9月2日~平成14年10月4日)の1万2512回を超えて同局制作では最長で、最終回の9月27日に1万2629回に達する。
 番組は昭和42年1月2日に「どこか遠くへ」のタイトルでスタート。
44年10月6日から現在のタイトルになった。
月~金曜日の10分番組で、全国17局で放送されている。
永さんが出掛けた旅先での話題や、聴取者からの便りに答える形で世相批評などをしてきた。
平成23年秋に永さんが足を骨折した際にも、病室で番組を収録し、休むことはなかった。
 永さんは29日の番組で「『引退しろ』という声がある一方、『ろれつが回らなくても続けて』という声もあり、それに甘えていた部分がある。
医者の助言もあり、ストレスを減らすためにも、しっかり休むことにしました」と説明した。
 TBSラジオによると、年に3、4回、「誰かとどこかで」の特別番組を予定している。平成3年4月に始まり、土曜午前に生放送している「永六輔その新世界」は続くという。
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土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界 六輔交遊録

【平蔵の独り言】
〔四十六年、一緒に番組をやりましたけど、彼女と二人でお茶飲んだり食事したりしたこと、一回もないの。
“僕が崩れちゃうんだね、甘ったれて”〕
【独り言】崩れちゃう!
そう、崩れちゃうのが恐い・・・・・・・・・・・・・

〔【長嶋さんの名言『リハビリは裏切らない』】リハビリをやってる人には、あの人は神様ですよ〕
【独り言】突然半身が動かなくなる。バタンと倒れる。
それから這えば立て、立てば歩め “リハビリは裏切らない”

〔【ラジオは僕にとって、とてもいいリハビリなんです】やっぱり仕事は大事ですよね〕
【独り言】社会へ出て、活動できるようになる。
これが一番のリハビリですね・・・・・・・
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by asanogawa-garou | 2013-10-27 18:43 | 人間模様 | Comments(0)