【樹木希林】欲があるから人は弱くなる。〔女優というよりも人としてどう生きるかそれが大事なの〕   

2015年 06月 15日
【樹木希林】欲があるから人は弱くなる。〔女優というよりも人としてどう生きるかそれが大事なの〕
個性派女優が本音で語った・樹木希林

「私」と「家族」の物語
がんになってよかった。
夫には感謝しています。
女優が口にしたその言葉にはただただ、重みがあった。
週刊現代2015/6/6号
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〔私は自分の人生、「上出来」だと思っています〕
①樹木希林:イベントを自ら仕切る
〔欲があるから人は弱くなる〕
人としてどう生きるかが大事。
それよりもまず、人としてどう生きるかが大事。
だから普通に生きてますよ。
掃除もするし洗濯もする。普段から特別、役作りというのもしません。

〔『寺内貫太郎一家』では貫太郎の母を演じ、沢田研二のポスターに向かって「ジュリー~!」と叫ぶ演技が話題に〕
あれは自分から老婆をやりたいと言ったのだけど、それからというものずっと老婆役ばっかり回ってきて。
私より年上の女優さんはズラッといるのに、みんな『私はまだ…』とか言って断っちゃうせいなんですよ。

〔『がんをやっつけようとすると、へばるのよ』。〕
〔夫に出会って自分は意外とまともだと思えるようになった〕
若い頃の私は、裡にマグマみたいな激しい感情や自我を抱えていて、
『こんな状態でどうやって生きていけばいいんだろう』と戸惑っていた。
そんな時、更に激しい自我を持つ内田に出会ったのね。
彼と一緒にいると、自分は意外とまともなんじゃないかと、楽な気持ちになれた。
だから、実は救われたのは私のほうなんです。
〔別居、DV騒動だけではなく、内田が勝手に離婚届を提出して裁判になるなど、波乱の結婚生活だった〕

〔ひっそりと燃え尽きたい〕
長年女優をやってきてどこが変わったかといえば、
演技が押しつけがましくなくなっている部分かもしれません。
〔やり残したこと?そんなの、ありませんよ〕
もちろん、自分の言動に反省することは日々死ぬまで続けていくと思いますけどね。

ただ、浄化されてお仕舞いにしたいという野望はあります。
経典にある『薪尽きて火の滅するがごとし』が理想です。

【樹木希林「原点に戻ったよう」映画「あん」】
逆境で生きる力を表現
「寂しさと苦しさはとても言葉では言えないと思う。
でも、それを背負って生きている感じを見せない。
悲劇にしがみつくのではなく、それでも生きようとする力を持っている。人間っていいなと思いましたね」

〔壁なんかない〕
「自分で壁をつくって閉じこもっている若い人はいっぱいいる。
自由に生きていいのに自分で生きにくくしている、そのぜいたくさ。
壁なんかないのにね。
それが伝われば、この役を演じた意味はあったかな」
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【樹木希林】欲があるから人は弱くなる。〔女優というよりも人としてどう生きるかそれが大事なの〕

〔私は自分の人生、「上出来」だと思っています〕
個性派女優が本音で語った。
がんになってよかった。
夫には感謝しています。
女優が口にしたその言葉には、ただただ、重みがあった。


〔欲があるから人は弱くなる〕人としてどう生きるかが大事。
「私のことを怖いという人もいるみたいだけど、それは私に欲というものがないからでしょう。
欲や執着があると、それが弱みになって、人がつけこみやすくなる。
そうじゃない人間だから怖いと思われてしまうのね。
私は女優の仕事にも、別に執着があるわけじゃないの。

それよりもまず、人としてどう生きるかが大事。
だから普通に生きてますよ。
掃除もするし洗濯もする。普段から特別、役作りというのもしません。
現場で扮装をしたら勝手にその役の気持ちに入り込んでしまう。


私の場合、女優業ってそれくらいのことなの」
そもそも樹木が女優になったのは「成り行き上」だという。
「私は周りが心配するほど無口な少女だったの。
なのに不思議ねぇ、たまたま目に飛び込んできた新聞の小さな記事を見て『文学座』の試験を受けたら合格しちゃったわけ」

それが´61年、18歳の頃。樹木は「たまたま」と言うが、
1000人もの応募者の中から選ばれたのは10人だった。
「他は美人だらけだったから、一人くらいそうじゃないのも入れとこうかと思ったんじゃないかしら?
ただ、私は耳がいいと言われましたね。
人のセリフをよく聴いているって。
演技のセリフって、相手の出方によって、
自分がどういう言い方をするか変わってくるはずなんですよ。
でも、相手のセリフを聴いていない人って結構いるんです」

〔『寺内貫太郎一家』では貫太郎の母を演じ、沢田研二のポスターに向かって「ジュリー~!」と叫ぶ演技が話題に〕
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②樹木希林 「寺内貫太郎一家」
主役を張るタイプではなかった樹木だが、
共演者と軽妙な掛け合いができる演技力が評価され、
20歳の時に森繁久彌主演の『七人の孫』(´64年)でお手伝いさん役に抜擢される。
以降『時間ですよ』(´70年)『寺内貫太郎一家』(´74年)などで「怪演」を披露し、広く知られるようになっていった。

「『寺内貫太郎一家』に出た時は31歳だったの。
あれは自分から老婆をやりたいと言ったのだけど、
それからというものずっと老婆役ばっかり回ってきて。
私より年上の女優さんはズラッといるのに、みんな『私はまだ…』とか言って断っちゃうせいなんですよ。
『迷惑しました』って書いておいてくれない?」
30代早々から演じ続けた老婆役。
しかし、キャリアを重ね、やがて樹木自身の年齢が役に追いつく頃になると、
かつてはコミカルだったはずの老婆は、ごく自然体の、観る人の胸を打つ姿に変貌した。
´13年には『わが母の記』で2回目となる日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞している。
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③樹木さんは「『がんをやっつけようとすると、へばるのよ』。とわたしは思ってるから...。だから戦うっていう感覚がないんだね。生活の質を下げないで、自然にいるような道を見つけようという生き方なの...」

〔『がんをやっつけようとすると、へばるのよ』。〕
樹木が「全身がん」であることを告白したのは、その授賞式でのことだった。
「最初にがんに罹ったのは´04年です。その数年後に、13ヵ所に転移が見つかりました。
でもね、今はがんになって本当によかったと思っているんです。
自分の体と向き合うようになりましたから。」
´13年に公表した「全身がん」。
現在は放射線治療を経て、体に影響を及ぼすがんは消えている状態だという。

〔夫に出会って自分は意外とまともだと思えるようになった〕
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④別居30年...でも夫婦」内田裕也 ...
40年かけて知った夫婦の最適な関係
「内田がね、ここ最近、会うたびに『体調が悪い』ってうるさいの。
でも私が『それは辛いわねえ、わかるわよ。
私なんか全身がんだもの』って言うと、ピタッと黙るんです。
そんな効果もあるのよ」

「内田」とはもちろん、夫でロック歌手の内田裕也氏だ。
結婚したのは´73年。その壮絶な結婚生活についてはあまりにも有名だろう。
「DVが酷くて、こっちもやり返すものだから大変だったのよ。
近所の金物屋で『なんでオタクは包丁ばかり買いに来るの?』って訊かれたこともあったわね(笑)。
世間の人は私をDVの被害者だと思っているかもしれませんが、内田には感謝しているんです。
若い頃の私は、裡にマグマみたいな激しい感情や自我を抱えていて、
『こんな状態でどうやって生きていけばいいんだろう』と戸惑っていた。
そんな時、更に激しい自我を持つ内田に出会ったのね。
彼と一緒にいると、自分は意外とまともなんじゃないかと、楽な気持ちになれた。
だから、実は救われたのは私のほうなんです。

〔別居、DV騒動だけではなく、内田が勝手に離婚届を提出して裁判になるなど、波乱の結婚生活だった〕
そりゃ若い頃は大変だったわよ。
でも時が経って年を取るにつれ、ぶつかってばかりはいられなくなるし、
それにちょうどいい距離感というのがわかってくる。
それまでにちょっと時間がかかりすぎたかもしれないけどね(笑)」

〔ひっそりと燃え尽きたい〕
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⑧ひっそりと燃え尽きたい
´76年から約40年にわたって別居生活を続ける二人だが、現在は一年に2回ほど会っているという。
「そのぐらいが私たちにとってちょうどいいの。
たまに会う程度だから、お互いに話したいことがいっぱいあるし」

「家族に囲まれて、こんなに平穏無事な晩年を送ることができるとは夢にも思ってなかった。
私は自分の人生、『上出来』だと思っていますよ」

今月末には、孫の一人、内田伽羅と本格初共演した映画『あん』が公開される。
どら焼き屋を舞台に繰り広げられるこの人間ドラマで、
樹木はハンセン病の過去を持つ餡作りの名人・徳江を演じている。

「長年女優をやってきてどこが変わったかといえば、
演技が押しつけがましくなくなっている部分かもしれません。
今回は、重たい過去を背負った徳江さんという人が、
どう心を解きほぐして生きていくのかを考えて演じました。
映画に出るのは嬉しいのよ。宣伝活動はくたびれるけどね。
周りはこれが私の『遺作になる』と騒いでいるみたいだけど、
そんなことを望まれても困っちゃうわ(笑)」
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⑨樹木希林、 「療養の一年。体調は悪くなってない」
〔やり残したこと?そんなの、ありませんよ〕
映画のキャッチコピーは『やり残したことは、ありませんか?』というもの。
同じ質問を樹木に投げかけると、彼女はこう答えた。
「そんなの、ありませんよ。もともと欲がないんだから。
もちろん、自分の言動に反省することは日々死ぬまで続けていくと思いますけどね。
ただ、浄化されてお仕舞いにしたいという野望はあります。
経典にある『薪尽きて火の滅するがごとし』が理想です。
迷惑をかけた人達に『すいませんでした』と告げて、
パッと燃え尽きることができたら最高だなぁと思います。
私はね、女優としてではなく、一人の人間として、ひっそりと逝きたいのよ。
だからもし私が表舞台から姿を消しても、決して追いかけないでね」

【樹木希林「原点に戻ったよう」  映画「あん」】
逆境で生きる力を表現

【樹木希林】映画「あん」北國新聞2015/6/9(夕刊)
「寂しさと苦しさはとても言葉では言えないと思う。
でも、それを背負って生きている感じを見せない。
悲劇にしがみつくのではなく、それでも生きようとする力を持っている。人間っていいなと思いましたね」

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⑪河瀨直美×樹木希林の遺作(?)...『あん』
〔壁なんかない〕
「自分で壁をつくって閉じこもっている若い人はいっぱいいる。
自由に生きていいのに自分で生きにくくしている、そのぜいたくさ。壁なんかないのにね。
それが伝われば、この役を演じた意味はあったかな」


今月末には、孫の一人、内田伽羅と本格初共演した映画『あん』が公開される。
どら焼き屋を舞台に繰り広げられるこの人間ドラマで、
樹木はハンセン病の過去を持つ餡作りの名人・徳江を演じている。

「長年女優をやってきてどこが変わったかといえば、
演技が押しつけがましくなくなっている部分かもしれません。
今回は、重たい過去を背負った徳江さんという人が、
どう心を解きほぐして生きていくのかを考えて演じました。
映画に出るのは嬉しいのよ。宣伝活動はくたびれるけどね。
周りはこれが私の『遺作になる』と騒いでいるみたいだけど、
そんなことを望まれても困っちゃうわ(笑)」

【樹木希林「原点に戻ったよう」  映画「あん」】
逆境で生きる力を表現


リアリティーを重視し、ドキュメンタリー的な手法で撮影していく河瀬組の現場が新鮮だったと樹木。
「70を過ぎた役者でも予測通りにいかない。原点に戻ったような体験ができてよかった」

演じたのは、どら焼き屋の雇われ店長千太郎(永瀬正敏)に「働きたい」と懇願する徳江。
あん作りが得意な彼女の働きで店は繁盛し、徳江は常連の中学生ワカナ(内田伽羅)とも心を通わせる。
だが、徳江がハンセン病を患っていたといううわさが立ち…。
ハンセン病療養所に通い、偏見がもたらした残酷な歴史を知った。
国賠控訴などをニュースで耳にしていたが、その実態まで思いが至らなかったと話す。

「実感として世の中のことを何も知らない。
芸能界なんか井の中の蛙だって思ったわね」
出会った人々は自らの体験を淡々と語ったという。
「寂しさと苦しさはとても言葉では言えないと思う。
でも、それを背負って生きている感じを見せない。
悲劇にしがみつくのではなく、それでも生きようとする力を持っている。人間っていいなと思いましたね」

〔壁なんかない〕
徳江との出会いは、単調な日々をやり過ごしている千太郎や、
未来に希望を見いだせないワカナを変えていく。
「自分で壁をつくって閉じこもっている若い人はいっぱいいる。
自由に生きていいのに自分で生きにくくしている、そのぜいたくさ。壁なんかないのにね。
それが伝われば、この役を演じた意味はあったかな」

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⑫河瀨直美×樹木希林の遺作(?)...

【平蔵の独り言】
〔欲があるから人は弱くなる〕人としてどう生きるかが大事。
それよりもまず、人としてどう生きるかが大事。
だから普通に生きてますよ。
掃除もするし洗濯もする。普段から特別、役作りというのもしません。


【独り言】
普通に生きていますよ。
そうですよね。日々、特に変わったことをしていないですよね。

小泉今日子(キョンキョン)も言っているように
「一人の人間として、普通になんでもできる人じゃなければ、生きている意味がなくなる・・」
(2014/06/10 「平蔵の独り言」)


【平蔵の独り言】
〔ひっそりと燃え尽きたい〕
長年女優をやってきてどこが変わったかといえば、
演技が押しつけがましくなくなっている部分かもしれません。
〔やり残したこと?そんなの、ありませんよ〕
もちろん、自分の言動に反省することは日々死ぬまで続けていくと思いますけどね。

ただ、浄化されてお仕舞いにしたいという野望はあります。
経典にある『薪尽きて火の滅するがごとし』が理想です。

【独り言】
肩の力が抜けて、やりたい事もやったな!
こんな最後に向かって、毎日を過ごして行ければ・・・・・

20年前、これから6時間が“山”です。
「覚悟して下さい」と家人は言われたのだが、
今は 毎日生きているのは “自分のためなんですね”

今の自分と別れたくないから、今を生きる・・・・・


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by asanogawa-garou | 2015-06-15 15:17 | 人生 まだ旅の途中 | Comments(0)